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マスター:ガンマ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/10/08


みんなの思い出



オープニング

●永久に眠れ
 紙を拾う。それは資料。
 記されていたのは、ヴィクトワールについて。

 ――現れた天使の記録。

 曰くその天使は悪魔との戦いで臓器を欠損したという。
 友人からも仲間からも厭われ、愛する人も亡くし、天界にも居場所を失った彼女の願望は「愛した人との子供が欲しい」。
 愛する人も亡くしたのに? どうやらこの天使は狂気に陥っている。おそらく天界から爪弾きにされたのもその所為か。
 人間界には、天界では決して叶わぬだろう願望を叶えられないかと一縷の望みに懸けてやって来たようである。
 ヴィクトワールと偶然にも接触できたのは我々にとっても幸いである。
 彼女に身体を治す代わりに研究に協力してくれないか申し込んだ。
 快諾してくれる。精神に異常をきたしており一時はどうなるかと思ったが、こと「願望」に関しては熱心なようである。

 ――経過観察。

 我々の研究は未だ完全には至っていない。
 けれどヴィクトワールは既に一人を出産したつもりのようである。
 だけでなく、傍らには夫となる筈だったのであろう天使がいるそうだ。
 我々はかの天使の身体の完全修復には至っていない。
 そしてヴィクトワール以外の天使はここにはいない。
 妄想、幻覚、幻聴の類であると判断。
 未だ叶わぬ願望に精神が現実逃避をし始めたか。
 遭遇した時よりも確実にヴィクトワールは『崩壊』している。
 既に半ば手が付けられない状況。

 研究員がヴィクトワールに殺害される。
 彼女は目に映る対象悉くを「子供を奪おうとしてくる敵」と見なすようだ。
 誰も彼女に近づけない。
 近付いたら最後、「敵」として殺害されてしまう。
 今は暴れないことを祈りながら、最奥に閉じ込めることが精一杯。
 いよいよ困ったものである。
 久遠ヶ原学園辺りにでも処分して貰いたいものだが、そうはいかないのが辛いところ――

 ――記入者、花鳴 在貴(カメイ・アリタカ)。

「そういう訳さ〜」
 点々とした資料の先、辿り着いた一室、椅子に腰かけこちらを見ていたのはチープなゾンビマスク。たった先程、撃退士と戦いを繰り広げた研究員、カメイ。その傍らには先の戦いから撤退した、他の被検体と研究員もいる。
 身構える撃退士達――けれどカメイは「待って待って」と仲間と共に両手を上げた。カランカランと武器が落ちる。それは降伏のポーズ。
「降伏、降伏〜。もう僕らは戦いませんよ〜。投降します、マジで」
「……疑わしいな。罠か?」
 クリスティーナが剣に手をかけたまま問いかけた。彼女は表面上こそ冷静さを保たんとしているが――目の当たりにした資料に、動揺を隠し切れないでいた。
「武器も手放して、『情報』も渡してあげたのに〜」
 わざとらしいゾンビマスクの溜息。どうやらあの資料はカメイによって置かれていたらしい。
「常識的に考えてご覧よ。今ココで君達に戦い挑んでも、僕ら絶対負けるだろうし。僕らもここで死にたくないし〜。だったら投降する方がいいじゃん〜?」
 君らも無益な戦いや消耗や殺生は嫌だろう。カメイは軽く言う。「『捕虜』なりの誠意なんだけどね〜」、そう言って、やれやれ、肩を竦める動作。そのまま彼は向こう側のドアを指差す。
「ヴィクトワールならこの先。ドアなら僕らが開けるから〜……って本当に行く気? 資料読んだから分かってると思うけど、『あれ』は――」
「それでも私は、行かなくてはならない。真実はこの目で確かめる」
 絞り出すような天使の声だった。「そっか〜」と半天使は答える。
「そうそう。あのさ〜、交換条件があるんだけど。僕らを監獄送りじゃなくって『更生プログラムの後に久遠ヶ原学園へ入学』ってのを受諾してくれるならさ、この先で、もしも戦うことになったら……手伝ってあげるよ」
「……信じられんな」
「ふええ〜ここまで尽くしてあげたのに! だって監獄怖いじゃん! 『恒久の聖女』が襲撃したとか事件あったし!」
「断ったらどうするんだ?」
「その時はまぁ、その時だよね、仕方ないね。普通〜に連行されま〜す」
 へらへら、笑って。カメイがドアを開く。
「まぁ好きにするがいいさ〜。行ってらっしゃ〜い」


●−
「もし、お前なら」
 クリスティーナがふと、震える声を堪えて貴方へ問いかけた。
「目の前に、壊れてしまった友達がいて。その者が、攻撃をしてきたら……どうする?」


●まるで無垢な
 真っ白い空間だった。
 その奥に、ポツネンと。背中が見える。
 天使だった。
 一人の天使が、揺り籠を揺らしている。子守唄を、笑いながら口ずさんで。
「ヴィクトワール、……」
 その名を呼んだのはクリスティーナ。
 振り返ったのは、名前を呼ばれたヴィクトワール。

「誰?」

 言い放たれた言葉に、歩み寄ろうとしていたクリスティーナの体が止まる。
「分かるわ。私の子供を奪うつもりなんでしょう。来るな。殺すぞ」
 ぞっとするような声音。途端に揺り籠へ振り返った天使は幸せそうな声で囁く。
「ああごめんね、いいこでねんねしてたのに、いいこいいこ……いいこいいこ……」
 その目には何も映っていない。揺り籠の中は、空っぽだった。
「私の子供は誰にも奪わせないわ。いいこ、いいこ、お母さんが守ってあげるからね。ねぇ、そう思うでしょう、『あなた』?」
 ゆらりと身体を撃退士へ向けるヴィクトワール。虚空を見つめる眼差し。両手には銃。
 そこには狂気に塗れた殺意のみ。

 撃退士の視線に気付いたクリスティーナが、皆へ振り返る。凛と、静かな表情だった。
「ヴィクトワールを、……連れて帰ろう。ヴィクトワールはヴィクトワールだ。私の友人なんだ。……もう逃げない」
 あの日。最後にヴィクトワールと会った日。
 クリスティーナは恐れたのだ。別人のようになったヴィクトワールを。
 友人だのなんだのと上辺は美しいことを言いながら……恐れて、逃げたのだ。
 それは罪となって今、クリスティーナを責め立てる。

 あの時、共に居たのなら。
 彼女を支えられたのなら。
 居場所になってあげられたのなら。
 ひょっとしたら、……。

「……すまない」
 後悔と共に噛み締められた唇。
 握り締める刃は贖罪か、自らの為のエゴか、他が為のアガペーか。

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リプレイ本文



 安らかに眠れ。


●突入直前
「問おう。壊れたものが、元に戻ると思うかね?」
 鷺谷 明(ja0776)はクリスティーナ・カーティスへと振り返り、そんな言葉をかけた。
 狂人が正気に戻ることがありや? 悪人が正道に帰ることがありや? ――いつもの笑みを顔に浮かべて。
 一呼吸の間。クリスティーナは真っ直ぐ彼を見返し、そして真っ直ぐ言葉を返した。
「たとえ無理だと馬鹿にされようと、私は『戻す』ことを諦めない。もう、決して、私は逃げない」
「なるほど」
 頷いた明は口角を吊り上げる。満足げに双眸を細めた。
「礼讃しよう、祝福しよう。欲望こそヒトがヒトたる所以と知れ」
 どうにもならぬと知り、なおも求める浅ましさ。その姿は、美しい――彼女の回答を以ってして、明の方針は決まった。全てを救済しよう、少なくともそのように努力しようじゃないか。
 と、クリスティーナは首を傾げて。
「私はヒトではなく天使だぞ?」
「そこは言い回しのあやという奴だよ。気にしない気にしない」
 生真面目というかなんと言うか。
 ある意味彼女らしく在るのは何よりだ――狩野 峰雪(ja0345)は小さく笑み、それから「さっきの質問だけど」と口を開いた。

『目の前に、壊れてしまった友達がいて。その者が、攻撃をしてきたら……どうする?』

「本人が救いを求めているなら、何としても正気を取り戻す。でも安らぎを望んでいるなら……終わらせてあげるかな。僕はね」
「自分は、殺しますよ。敵ですから」
 溜息のように数多 広星(jb2054)が次いで答えた。さもありなんと言わんばかりに。
 そうだなぁ、と頷いたのは狗月 暁良(ja8545)
「俺も敵ならヤる派かな。過去に友で現在は敵となれば、ブッ倒すしかないだろ」
「必要であれば戦います。仲間を守るためならば」
 若杉 英斗(ja4230)も意見を述べる。
 けれど二人の答えには続きがあった。
「その友達が人殺しをするのを、止めてやらなきゃいけない。友達として」
「そうさ。現在は敵デモ……未来ではマタ友達になれるかもしれねぇ。だから、現在を頑張って戦いな」
 英斗が、暁良が、クリスティーナを見やる。
「大丈夫。やり直す機会はきっとあります。信じましょう」
「見えかけていたのに見ないふりをした……それはこちらとて同じこと」
 ユーノ(jb3004)が、英斗の言葉に声を続けた。
「ならばクリスティーナ様、共に向き合うとしましょう。今の友とともに、かつてよりの友と」
 覚悟は決めていたつもりだった。けれど、学園生(仲間達)の言葉は――強く強く、クリスティーナの心を支えてくれる。
 そんな仲間の想いに答えるように、天使はしっかと頷いた。
「ご友人がどんな状況でも冷静でいてください。絶対に約束です。単独で飛び出したりしないでください」
 山里赤薔薇(jb4090)が言う。
「勿論だ」
 少女に、クリスティーナは小指を差し出した。
「ユビキリゲンマンだ。誓いの儀式だ、知っているか?」
「……ふふ。知ってますよ」
 約束だ。

 皆で、生きて帰ろう。

「青春だねぇ」
 傍観していたカメイがしみじみと呟いた。彼がついてきているのは、撃退士が彼らの要求を呑んだ証である。
 途端、赤薔薇が打って変わって厳しい目つきをして振り返る。
(こいつらは信用出来ない。でも、利用するんだ。ヴィクトワールさんを救うために。本当は殺ってやりたいけど……!)
 それはユーノも同じであった。総意として受ける形になったが、彼女としては不本意である。
(受けると決めた以上、約束は違えませんが)
 とはいえ、こちらからも釘を刺す。英斗が皆の意見を纏めてカメイへ言った。
「自分達にはその条件を受け入れるか判断する権限がない。が、もし協力してくれたら、学園には寛大な処置をするよう進言しよう。約束する」
「うん。証言するのは僕らだから、心証よくなるよう頑張って」
 笑顔のまま、峰雪も軽く圧力を。
「おーらいおーらい」
 肩を竦めるカメイ。に、英斗とユーノが声をかける。
「でも、君達も消耗しているだろ? 無理はするなよ」
「こちらとしても、実際に危険な状態で退くのなら止めはしませんし、もし約束を違える者がいるなら止めさせていただきます」
「おぉ、お優しいねぇ〜。ありがと〜やばくなったら逃げるわ」
 最初から変わらない態度。赤薔薇は隠しもせずに溜息を一つ、指先をカメイに突き付け言い放つ。
「マスク脱いで! 真剣さが感じられない」
「ええ〜!? そんな藪から棒な」
 しかし赤薔薇は譲らない様子で――カメイはやれやれと息を吐いた。ゾンビマスクを投げ捨てる。
「も〜。これでいい?」
 苦笑するのは存外に普通の顔だった。醜男ではないが美男でもない、その辺にいそうな無特徴。
「それでいい」
 赤薔薇の反応は素っ気無い。
「それじゃ作戦を説明するから、良く聴いて――」


●奈落のような花園で
 白い空間。
 狂気の天使。
 向けられた銃口。
「途中参加だけど……皆の手助けになるといいな」
 森田良助(ja9460)は仮面の奥から天使達を見据え、【黒鼠】と名付けられた小銃を油断なく構えた。
 撃退士の最初の作戦。それは、ヴィクトワールが攻撃してこなければこちらも攻撃しない、様子見を行う、というものだったが――

 銃声。

「っと、」
 いきなりだった。なんの躊躇もタイムラグもなかった。
 撃退士へ放たれた銃弾。咄嗟に英斗が庇護の翼を展開しそれを受けた。鋭い、そして熱い痛みに英斗は顔を顰める。
「おいおいっ」
 カメイが慌てたように声を発した。
「資料! 読んだでしょ! アレはもう視界に入ったもんを全部『敵だ』ってぶっ殺そうとするんだってば〜! 狂ってんの! ヤバイの!」
 どうやら彼の言う通りらしい。ヴィクトワールがこちらを見る目は殺意と敵意と憎悪に塗れ、その銃口に迷いはなかった。
「渡さない……誰にも……私の大事な子供……」
 彼女の瞳に正気はない。その意思を表すかのように、六体のサーバント達が展開し撃退士達へ迫り来る。
 作戦通り、撃退士は二班に分かれて動き始めた。峰雪、広星、赤薔薇、そしてカメイ達三人がバンシイを迎え撃つ。
「さぁ、いこうか」
 虚ろな足取りで来たる従属天使、峰雪はそれらに紫電の銀銃エクレールCC9を向けた。狙いを定めたそれら全てに、降り注がせるは暴風めいた猛射撃。轟雷の如き銃声と相まって、それは暴風雨そのもののよう。
 峰雪の射撃に合わせ、赤薔薇も自らの魔力を練り上げた。深く深く、絶対零度を以って自身の周囲を凍て付かせる。
 強力、そして精確な二重攻撃。弾丸と氷の嵐。
 それに合わせるように広星も動き始めた。指先で繰るのは白いワイヤー、アルブム。バンシイの一体を絡め、切り裂く。
 ……複数体を絡め取って一箇所に纏めたかったが、如何せんバンシイは散開もしており、ワイヤーの長さが足りないか。そも、ワイヤーは攻撃用の武器である。相手がロクに動けぬ瀕死状態であるならまだしも、捕獲は困難極まりないか。
(まぁ、いい)
 どちらにしても、潰すことに変わりはない。

 一方のカメイ達、は――後ろの方から牽制程度の攻撃を行っている。
 そんな彼らに、赤薔薇が。
「ちゃんと闘え!」
 怒りの声を大きく飛ばした。
「ふええ……」
 カメイは眉尻を下げる。峰雪も言っていたが、カメイ達の証言を行うのはこの場にいる撃退士だ。参ったなぁと彼は仲間二人に振り返る。
「しゃ〜ない、ボチボチ本気でいこうか〜。お前ら天使殲滅掌使え、一体ずつ仕留めてくぞ」
「了解っす。やばくなったら撤退してもいいんですよね?」
「言ってたね〜。ばーっとやってぱーっと退くぞ〜」
 本来なら適当に戦うつもりだった彼らであるが。魔力爆撃、レートを下げた弾丸、アウルの蔦。カメイの偽天使、そして半天使の天使殲滅掌、撃退士に天使がいなかったからこそ輝かなかったが、彼らは対天使となれば最も本領を発揮できるのである。だがそうなったのも、撃退士の上手い誘導で『ちゃんと戦う』ようにさせたからに他ならない。

 とは、いえ――
 バンシイ対応の全員が前衛ではない。接近してその進路を妨害せねば、それらはバンシイ対応班以外にも襲いかかってくる。
 従属天使共の不気味な悲鳴が響き渡った。魔力のこもった声による攻撃。それだけでない、溢れ出る不吉な金切り声は傍にいるだけで死を引き寄せる。
 まるで魂を削られるような感覚。暁良はわずかに眉根を寄せつつ、ヴィクトワールへの行く手を阻むそれらに対し身構える。
「退きな。構ってヤってる暇はネェ」
 その腕に構える氷狼爪。バンシイ対応班を抜けてきた二体へ、冷たく鋭く振るうのは刹那の二閃。銀世界を駆け抜ける狼の如く。
「邪魔ですの」
 その間にユーノは障害壁たるバンシイの合間を縫い、ヴィクトワールの付近へと躍り出た。
「射線確保――」
 ユーノと同じく、バンシイの妨害を縫って良助は【黒鼠】をヴィクトワールへと向けた。「窮鼠猫を噛む」、強敵に立ち向かう意思を込めて。押し込んだ引き金。腐敗の弾丸がヴィクトワールへ飛び――バリアのようなものに吸い込まれる。バンシイの防御スキルだ。狂天使の代わりに従属天使が弾丸を受け、腐敗酸にぐずぐずと浸蝕される。
「……厄介だな」
 良助は仮面の下で苦い表情を浮かべた。腐敗は、基よりバンシイに肩代わりさせる心算だったので良いのだが。撃退士で言うところの庇護の翼か。バンシイを倒しきるか、バンシイの『庇護の翼』を使い切らせるか、その圏内からうんと離すか、そうしないとマトモにヴィクトワールへ攻撃は出来なさそうだ。
 さて、どう動くか。身構える撃退士達。
 その最中、駆ける影あり。十字聖杭ラミエルを構えた明だ。その半身は透けており、代わりに長髪美麗の乙女の幻影が重なっている。風乙女<イルマタル>。フィンランド叙事詩「カレワラ」に伝わる大気の精霊へと変身する術でさる。
 彼の狙いは、ヴィクトワールではない。
 彼女の背後、小さな揺篭。

 言葉に形容できないようなケダモノめいた咆哮が響いた。

 振り上げられた杭、それに対しその身を挺するヴィクトワール。肩口に突き刺さる杭、滲む血、明を眼前で見据える怒りの双眸。
「渡さない……渡さない……!」
 零距離で向けられた二つの銃。一発目。風の如く軽やかに回避してみせる。だが、二発目。ごり、と脳天に押し付けられた銃口。明の回避能力は高い、けれどヴィクトワールも、負けないほど命中能力が高かった。
「おっと――」
 男が笑った刹那、ぱん。爆ぜた筈の弾丸は、しかし、明を一つも傷つけない。
「あなたの相手は俺だ」
 英斗が、傷つけさせるのを許さない。庇護の翼。技の気力も体力も、削られて構わない。彼は盾だ。ヴィクトワールからの攻撃を全て引き受ける覚悟が、英斗にはあった。
「手加減できる相手じゃない」
 既に踏み込んでいたのは真正面。刃盾『飛龍』を振り翳す。天使の意識が揺篭と、それを攻撃した明へ向いているその隙を狙う。
(理性を失い、全力で攻撃してくる天使が相手だ……)
 卑怯かもしれないが、手段を選んでいる状況じゃない。振りぬいた攻撃は、しかしバンシイへと吸い込まれる。それでも今は攻撃だ、攻撃をし続けねば――結果として、勝利を得ることは出来ない。ヴィクトワールがバンシイという盾で自らを守るのであれば、それを砕かねばならない。
「ヴィクトワール! 私だ、クリスティーナだ! 聞こえるか!」
 クリスティーナも攻勢に加わる。投げ放つのはヴァルキリーナイフと、張り上げる声。
 彼女が声を止めないのであれば、己はそれを全力で手伝おう。良助は再び引き金を引く。敵の『盾』は無限ではない。サーバントに腐食を付与できれば、それだけ撃破も早くなる。
「ソッチばっか見てんじゃねぇぜ」
 ここで響いた、銃声。暁良だ。揺篭の方を狙って放たれた弾丸。ヴィクトワールの眼光が彼女を見やる。
「ア゛ア゛ア゛ァ゛アアアアアッ」
 絶叫。銃声。暁良の柔肌を貫く弾丸。だが、暁良がそれに怯むことはなかった。加速――逆風を行く者。
「Привет」
 よお。母国語の一つを呟いて、暁良はヴィクトワールの眼前へ。
「おら、イくぜ」
 風の如く。冥府の力を込めて突き出す、痛烈な一撃。
 貫いた、感触。
 けれど、ヴィクトワールではない。
 ヴィクトワールを守り続けていたバンシイの一体が、遂に瓦解したのだ。
 ゾクリと本能で感じる悪寒。暁良の目の前、向けられた二つの銃口、その奥に狂気の瞳。
「イイぜ、来いよ」
 銃声と銃声。風穴二つ。鮮血。硝煙。
 踏み止まる。まだ戦える。
 暁良の背後、クリスティーナがすぐさま治癒のアウルを飛ばした。回復手は多くいる。不安要素などなにもない。

 ヴィクトワール対応班の動きは堅実であった。回避に優れた明が、防御に優れた英斗が手分けして揺り篭を狙い、徹底的に攻撃を己達へと向けさせる。暁良は損傷を抑えるためにも揺篭を狙ったのは先ほどの一度きりだ。近づく為の作戦である。
 結果として、現在ヴィクトワールの攻撃を一身に引き受けているのは明と英斗。スナップスナイプ。二人の対抗技は瞬く間に削られてゆく。
「なんとまぁ」
 明の足元に転がったのは弾丸による大穴が開いた形代<サクリファイス>。こうも早く使い切ることになろうとは。
「技がなくても、俺にはまだ盾がある」
 英斗の庇護の翼も底が尽きた。ここからは――術に頼らぬ素の状態でヴィクトワールの弾丸を受けねばならぬ。
「倒れないでくれたまえよ、若杉君?」
 明は冗句めかして癒しの風を英斗へ送った。半ば本気でもある。
 ヴィクトワールの攻撃を一身に引き受けるその行為はこの上なく危険な行為と言えよう。手分けしていなければどうなっていたことやら。事実、二人の被弾数は桁違いだ。それでも倒れていないのは、明は回避が、英斗は防御が、最たる得意分野であるが故に。
 そして、なにもたった二人だけではない。良助が、峰雪が、回避射撃で援護もしてくれる。手傷を負えばクリスティーナが、ユーノが、治癒の術を飛ばしてくれた。
 まだまだ。まだまだ、これからだ。
「勿論。俺はディバインナイトですから――鷺谷さんが倒れそうになったら、守りますよ!」
 仲間の言葉に、英斗はニッと笑って冗句を返した。幾度目か、ヴィクトワールへ攻撃を仕掛ける。

 度重なる攻撃に、バンシイの蓄積ダメージは増え続けていた。ヴィクトワールからの攻撃を肩代わりし続けるだけでなく、バンシイ対応班も攻撃の手を一つも緩めていないからだ。
 峰雪の弾丸、赤薔薇の魔刃、立て続けの攻撃を受けた従属天使へ、広星が和弓鳴神で狙いを定める。紫電を纏う矢が、バンシイの脳天を貫いた。
「さようなら」
 残りは四体。次なる獲物へ、彼は矢を番え直す。

 ダメージコントロールを行っているとはいえ、ヴィクトワールの攻撃は強烈だ。戦いは撃退士が想定した『短期決戦』から、壮絶な削り合いの泥試合へと変貌を遂げていた。
 時間がかかればかかるほど、傍にいるだけでダメージを与えてくるバンシイの存在がじわりじわりと効きはじめていた。
 撃退士の消耗は激しい。誰も彼もが傷を負っている。
 カメイ側も、アカシックレコーダーが手傷を負って戦線離脱した。

 また一体――体力を削る悲鳴を上げながら寄ってくるバンシイの首を、赤薔薇はフレイヤの刃で直接斬り飛ばし。
「あと、半分」
 肩で呼吸をしている状況。
 そんな撃退士達を絶望させんとするが如く、ヴィクトワールの絶叫と銃声は鳴り止まない。
「……」
 その声に、眉根を寄せたのは広星だ。ずっと無表情で粛々とバンシイを攻撃し続けてきた彼が、『不快感』をその表情に浮かばせる。

『おい』

 声をかけたのは、ヴィクトワールへ。忍法「霞声」、広星の声は天使のみへ。
『旦那は一体何をしているんだ? 話しかけてくるだけか? 子供の泣き声が反響して聞こえるか? こういう場所ならエコーがかかるはずだ。ご飯は食べているか? 影があるか? 触れる事が出来るか? お前が守っているのは何だ? 幻想ばっかり見てるから、お前はいつまで経っても独りなんだよ』
 言葉を紡ぐ彼の瞳は、血溜りのように赤く赤くなっていた。言下に放つ炎陣球。揺篭へ向けて。叫ぶヴィクトワールがそれを守る。そして何か意味不明なことを喚き散らした。怒りと殺気に満ちていることだけは理解できた。

 それが尚更――広星の感情を逆撫でする。

(現実を見ない奴は嫌いだ。絶望を理由に諦めて立ち止まっている奴はもっと嫌いだ。自分を悲劇の主人公に置いて立ち止まっている事の免罪符にしている奴はもっともっと嫌いだ)

 殺したくなるくらいに。

『テメエだけが愛する人を失ったと思うなよ。テメエがこの世で一番不幸だとでも思ってるのか。フザケルナ』
「黙れぇええ!!」
 狂天使の金切り声。二度の銃声。
 一発目の弾丸は、広星の脇腹を貫いた。
 二発目は、

 ――明は即座に鋼腕<ベルリヒンゲン>を行使し、『それ』を拒まんとした。
 だがそれを凌駕する、ヴィクトワールの弾丸。溢れ切った怒りの成した業なのか。

 パニヒダ。死者の為に行われる奉神礼の名を冠した致死の弾丸が、
 広星の首を、抉る。

 血飛沫。
 大量出血。
 くずおれる広星の体。

 だがヴィクトワールはまだ広星を狙っていた。
 追撃を許せばどうなるか、撃退士達は嫌でも分かる。させるかと射線を塞ぐ撃退士達。
「おい、こいつ連れて下がりな! そんで治療してあげて! 早く!」
「了解!」
 カメイの指示でインフィルトレイターが広星を担ぎ上げた。止血するように彼の首に手をあてがい、応急手当を施しつつ、後方へと走り始める。
「へいへい死ぬなよアンタ、死なれたら俺達の評価も下がっちまうだろ! 生きろ!」
「……」
 煩い、と。言おうとした広星の言葉は、ごぼりと吹き出た血に溺れた。首が熱い。遠ざかる意識。暗転。


 正に削りあいの状況が、悪夢のように続く。
 ――どれだけの時間が経っただろう。
 遂に、ようやっと、最後のバンシイが峰雪の弾丸に貫かれ、砕け散る。
 その頃にはヴィクトワール側の『防御手段』も尽き、少しずつ、けれど確実に、狂天使にもダメージが蓄積し始めていた。
 ここからは、撃退士全員でヴィクトワールを攻める。
(正念場だ……)
 応急手当で自らの傷を癒しながら、良助は深呼吸一つ。
 その直後に、銃声二つ。
 ぽたぽた、白い部屋に赤い染みが垂れた。
 けれど、それよりも赤いオーラが――血を流す英斗より立ち昇る。まるで力強く羽ばたく不死鳥<フェニックス>のように。「どんな窮地に立っても絶対に絶望しない、あきらめない」、それは彼の心の顕現。
「あいにく、しぶとさだけが自慢でね」
 ヒビの入った眼鏡を押し上げた。英斗の心も、そして構える盾も、砕けていない。壊れない。挫けない。
 そしてそんな彼の周囲――バンシイを殲滅した撃退士達が、ヴィクトワールを取り囲む。
 下がった赤薔薇が、カメイ達へ声を張った。
「後は私達でするから角で大人しくしてなさい!」
「お、大人しくって」
「正座でもしてろ!」
「ハイ」
 どうもカメイは赤薔薇には逆らえない様子だ。
(あのロリっこおっかねぇ〜……ありゃ将来相当なカカア天下女になるぞ……)
 などと思いながら、言われた通り最も離れて隅っこで正座した。

 一方では、峰雪と良助の弾丸が挟撃のように放たれ、更に別方向からは暁良の凍れる爪が襲いかかる。
 ヴィクトワールは命中と攻撃力に優れている。だが、防御面はそうではない。そして彼女を守る盾ももうない。命中。狂天使のくぐもった悲鳴。そこへ立て続け、英斗が飛龍でその脇腹を切り裂いた。
 その天使の懐へ、更に明が潜り込む。吸魂符は使い尽くしたが、まだ『食事』の手段はある。メキメキと音を立てて明の頭部がケダモノのそれへと変貌した。
「がおー」
 餐食<イーティング>。冥府の力を纏う禍々しい牙がヴィクトワールへと噛み付いた。それも、二度。暴虐的な牙に引き裂かれた天使の肌から鮮血が迸る。
 戦闘が長引いたからこそ、ヴィクトワールの厄介な対抗技グリムナーブもまた弾切れだ。
 そして、盾も完全にない。

「――この時を、待っていました」

 回復などサポートに回っていたユーノが、攻勢に出た。
 仲間内で最もカオスレートが低い悪魔である彼女は、天使に対し最も有効的な技を持っている。そしてそれを、従属天使ごときに邪魔されるわけにはいかなかった。
 淵雷<イグニス・テネブラエ>。天使を蝕む悪魔の死毒。黒い電光。それは血絡<ウィンクルム・サングイス>によって打ち込まれた魔力触媒より、ヴィクトワールの生命を根本から瓦解させる。
「ガァアアアッ」
 血反吐を吐きながらヴィクトワールが弾丸を放った。二発の猛射に、悪魔の体がグラリと揺れる。それでも、ユーノは凛と前を見澄ましたまま。
「……もう一発」
 天使が仲間の攻勢に阻害されている間に。
 再び纏う、淵雷。

 かくして今一度――黒い火花が、鮮血と共に舞い散った。

「どうして」
 ヴィクトワールが、片膝を突く。
「どうして、どうして、邪魔するの? 私の幸せの、邪魔するの?」
 銃声。けれど、震えた腕では最早狙いなど定められず。
「どうして? どうして? どうして? どうして?」
 銃声と、うわ言だけが、空しく響く。

 最早、ヴィクトワールが戦闘不能状態であるのは見るに明らかであった。
 ――これだけ長期戦となり、リミッターの外れた天使とぶつかりあい、苦戦を強いられながらも、被弾による戦線離脱者は二名だけというのは奇跡かもしれない。尤も、誰も彼も血だらけ傷だらけだけれども。
 もう少し、あと少し、どこかで掛け違えていたら、被害はどうなっていただろうか。否、今は『If』に思いを馳せても仕方がない。

 黙したまま、暁良はクリスティーナの肩を押した。
「友達なんだロ」
 真っ直ぐな眼差し。
「……感謝する」
 クリスティーナがしっかと頷いた。
 そして、剣を捨て、一歩、ヴィクトワールへと。
「ヴィクトワール。私が分かるか、クリスティーナだ」
「来るなァアアッ」
 叫ぶ天使が、天使へ銃を。
 だがそれは、飛び出した良助がヴィクトワールの腕を抑えて。
「来るな来るな来るな来るな」
 遮二無二暴れて良助を引き剥がそうとするヴィクトワール。けれど彼は離れない。
(させない――)
 クリスティーナが自分を守るようなことは、何があっても。
 振り回された腕が、爪が、良助の仮面を弾き飛ばした。それでも彼は、ヴィクトワールへと組み付いて。クリスティーナへ声を張った。

「彼女の心に声を届けることが出来るのはキミしかいない。
 僕には構わずキミは彼女に全力をぶつけるんだ!
 どんな結果になろうとも。でないと絶対にまた後悔するよ!」

 何度払いのけられようと。
 意識がある限り、ボロボロになるまで。
 彼女心を取り戻す可能性がある限り――抑え続けてみせる。諦めない!

「ヴィクトワールさん」
 良助が抑えている最中、峰雪が狂天使へと語りかけた。
「『友人からも仲間からも厭われ』と言っていたそうだね。それは、喪失感、孤独感、絶望感が発端かな。受け止めてくれる人が、いなかったのかな」
 声が届くか、聞こえているのか、聞いているのか、分からないけれど。何か取っ掛かりになるものはないか、彼は言葉の力を信じて声を紡ぐ。
「『子供を奪おうとしてくる敵』とすべてを認識するのは、誰も信じられないという不信感――虚実の世界にこもって、外に出たくないという拒絶」
 狂気に逃げ、虚構に止まるのも、もうお終い。
 夢からは覚めなくてはならないのだ――現実が、そこにいるから。

「ヴィクトワールさん。……あなたの心に、友人が入り込める余地は残っているかな? 手遅れでなければ、聞いてほしい。君の友人――クリスさんの言葉を」

 その言下。
 ヴィクトワールの目の前には、クリスティーナ。
「……ヴィクトワール」
 天使は、語る。
「すまなかった。あの時。私はお前の傍にいるべきだったのだ。なのに私は、友人などと思っていながら、逃げてしまったのだ……寂しくて辛くて、悲しかったお前を独り置き去りにして」
 天使は、懺悔する。
「お前は一体、どれほど悲しかったことだろう。辛かったことだろう。孤独だったことだろう。すまなかった。……すまなかった」
 天使は、友達を抱きしめる。
「もういいんだよ、ヴィクトワール。辛かったな。……一緒に帰ろう。今度は、もう、何処かに行ったりしないから」
 抱きしめられた、天使は。
「――」
 黙っていた。
 けれど、震える手で、天使を抱きしめ返して。
「……いいこ……いいこ……いいこね……」
 うわ言のよう。けれど、優しい声で。赤ん坊をあやすように。
「さ……ねんねしましょう……ね……いいこ……いいこ……」
 優しく、優しく、クリスティーナの背中を撫でていた。
 クリスティーナは、瞼を閉じる。
「山里、頼む」
「……はい」
 そして赤薔薇によるスリープミストが、二人の天使を白く白く包み込んだ。


●グーテナハト
 眠りに落ちたヴィクトワールは直ちに厳重に拘束された上で、学園へと護送されることになった。
 カメイ達も、残った研究員と共に連行されてゆく。
「ちゃんと『味方』してくれるんだろうね〜」
 振り返るカメイに、暁良は「まぁな」と答える。
「少なくとも俺『は』してヤるぜ」
 特に嫌悪感もないし、協力(それも想像以上に)してくれたことは事実。やれやれ、安堵の息を吐いたカメイは――最後に、赤薔薇へと視線を向けて。
「ヘイお嬢ちゃん」
「……」
「無視しないでよ〜、そこの、ダアトの、小さなお嬢さんだよ〜」
 鬱陶しい。ので、赤薔薇は嫌々ながらも視線を向けた。にへらと男が笑う。
「お名前はなんていうのかな〜」
「……山里赤薔薇」
「アリスちゃん、か。可愛い名前だね〜。漢字ではなんて書くのかな? ああ僕の本名は花鳴 在貴ね。学園で会ったら仲良くしてくれると嬉しいな〜、先輩?」
 赤薔薇の返事は、汚物を見るような目。「わはは」とカメイは笑っていた。そして、そのまま連行されてゆく。その間ずっと笑っていた。嬉しそうに。真正の気狂いである。

 戦線離脱した広星は無事だった。研究員のインフィルトレイターが手術室へ担ぎ込んで適切な処置を行っていたのだ。施術主は「手術は成功です。あ、変な器具がいっぱいあるけど変なことはしてないです本当です」と供述している。事実その通りのようである。
 ややもあって意識を取り戻した広星は、忌々しげに溜息を一つ零すのであった。今すぐ、この首の縫合を引き千切りたい気分だった。

 やがて激戦が繰り広げられた空間に、静寂が訪れ始める。
 それは撃退士が任務を完了した何よりの証。
「……ふぅ」
 終わったんだ。英斗は大きく大きく、息を吐いた。
「なんとか、任務を達成できましたね」
 安堵はユーノも同じく。「そうだねぇ」と、流石の峰雪も笑みに疲労を滲ませていた。
「クリスティーナはどうしようか」
 と、外れた仮面を付け直した良助が皆へ問うた。彼女はヴィクトワールと共にスリープミストを受け、眠ったままである。
「そのまま寝かせといてヤろうぜ」
 答えたのは暁良だ。「色々疲れてるだろうしな」と。

 ややあって、後続部隊より治療をうけながら、撃退士はその場を後にすることとなる。
 最中、明は思うた。ヴィクトワールを生きて連れ戻せたはいいが、これから彼女はどうなるのだろうか、と。処遇の問題ではなく、だ。
 どちらにせよ、新しい人生が始まるのであろう。ならばそれを、精々祝福してやろうではないか。


●後日談
 カメイ達は撃退士への強力、そして口添えによって、学園への入学が遠くない将来に決まった。
 勿論彼らの危険性は、峰雪と良助が秘密裏に伝えたけれど――であるからこそ、尚更学園の監視下に置くべきであろうという結論が出たのである。
 現在彼らは入院中である。違法手術による違法強化が施された滅茶苦茶な体を、徐々に戻す為にだ。
「いいさ、完全な天使を作ることよりも僕ぁ興味があることができたんさ」
 病室のカメイはウキウキとした様子であった。「興味?」目を向けてくる元研究員に、彼は言い放つ。
「幼い少女がカカア天下に至るまでのプロセスを密接に観察し論文に纏めようと思うんだ、どうかな〜」
「わっ、カメイさんそれは……本気でキモいです」
「ひどい」
 彼らの頭への教育は、難航しそうである。


 件の違法研究所は取り壊しとなった。
 取り壊し作業には、広星が自ら立候補して参加した。
 機材などにサンダーブレードを突き立てる彼の様子は――まるで鬱憤を晴らすようだったそうである。


 そして、ヴィクトワールは。
 未だ深い深い眠りに落ちたまま、目覚めない。
 白い病室――その傍らにはクリスティーナ。
 静かな空間。横たわった天使。
 と、病室のドアが開く。入ってきたのは赤薔薇だ。
「山里……来てくれたのか」
「はい」
 にこりと微笑み、彼女はクリスティーナの傍らへ。
「ヴィクトワールさんは」
 赤薔薇の問いに、クリスティーナは首を振った。「そうですか」と少女は呟く。
「それでも、私は、ヴィクトワールが目覚めるまで毎日ここに来るつもりだ」
 今度こそ。そう告げる天使の瞳は、何処までも真っ直ぐで。
「きっと、目覚めてくれますよ」
 頷く赤薔薇は言う。赤薔薇は信じている。

 この世界は理不尽で、意地悪で、冷酷で。
 それでも、ハッピーエンドを信じている。
 どれだけ過去が辛くても――きっといつか、そんなこともあったねと、笑う為に。

 どんなに時間がかかってもいい。
 おかえりなさいを、いつか……いつか。きっと、君に。



『了』


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: 死のソースマイスター・数多 広星(jb2054)
   <天使より致命的な一撃を受けた>という理由により『重体』となる
面白かった!:7人

Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅
セーレの王子様・
森田良助(ja9460)

大学部4年2組 男 インフィルトレイター
死のソースマイスター・
数多 広星(jb2054)

大学部4年4組 男 鬼道忍軍
幻翅の銀雷・
ユーノ(jb3004)

大学部2年163組 女 陰陽師
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト