●
追憶。
疵であろうと過去は甘美。
●棺桶と揺籠
アラート。赤い。
イカれた半天使の哄笑。
すぐさま戦闘態勢に入る撃退士。が――その視線の彼方、開いたドアから雪崩れ込む三体の異形が。
「人間じゃない……サーバント……?」
想定していなかった『乱入』に狩野 峰雪(
ja0345)は眉根を寄せる。
「……連中には作れぬはず」
ユーノ(
jb3004)も訝しむ呟きを漏らす。
「この研究所に協力している天使がいるのか、それとも利用されているのか、洗脳されている……?」
峰雪はクリスティーナへチラと視線をやった。瞠目した彼女は「なぜここにサーバントが」と合点がいかない様子だ。
そんな天使の名を呼ぶ声があった。山里赤薔薇(
jb4090)だ。振り返るクリスティーナの目を真っ直ぐ、少女は言い放つ。
「やつらはあなたに興味が強い。特にカメイからは離れて後方支援お願いします。あなたにもしものことがあれば、ご友人に会わせる顔がないから……お願い」
「……分かった。任せてくれ、誰も倒れさせはしない」
「はい。必ず、皆で帰りましょう」
しっかと頷き合う。
不明、謎、その真相はまだ誰にも分からない。――『今は』、だ。
「色々と、聞かねばならないことがありそうですの」
ユーノは視線を敵陣へと向け直した。
秒単位で、動き始める戦場。
「数が多いね」
一番目に動き始めたのは峰雪だった。手にした紫電の銃に魔力を込めて、押し込む引き金。まだ散開しきっていない敵陣のド真ん中、着弾したそれは灼熱の大火となって一面に炸裂した。
紅蓮の中、聞こえるのは半天使共の呻き声、陽炎の向こう側で散開する人影。
が、その炎を飛び越えて、降下と共に一気に撃退士へと間合いと詰めてきた者がいた。
ゾンビマスクの半天使、カメイ。
「天使じゃない子は帰れ〜っ」
振り上げられたステッキの狙いは、カメイを見据え駆け出していた赤薔薇。かち合う視線、少女は物怖じせずに不気味な半天使を睨み付ける。
「狂った道化師め! 私が相手よ!」
「いいねぇ〜、勝負だお譲ちゃん!」
振り下ろされるファンシーなステッキ。
対して防御に構えられるのは、緊急活性化された大戦斧。
ぶつかる。瞬間、炸裂するのは魔力の業炎。ファイヤーブレイクめいた何か。峰雪と全く同じ作戦だ。散開しきる前の敵へ、広範囲攻撃。
「っふ、」
肌を焼く痛み。けれど赤薔薇は動じることなくエクスキューショナーを振るい、火の粉を切り裂き振り払った。
カメイの魔法攻撃は非常に強力だった――が、魔法は赤薔薇の得意分野。その手には女神の名を冠した黄金の大鎌。
(こいつ、外奪に感じが似てる……。今止めないと途方もない数の犠牲者が出る!)
第六感。眼前の邪悪。薄気味悪い、得体が知れない、何を考えているのか分からない、毒沼めいたモノ。
振り払った動作から、返す刃。巻き起こすのは激しい風の渦。
「バ〜リアっ!」
それに対しカメイはマジックシールドめいたものを展開し防御する。
轟、吹き荒れる風。
「なンだ。ニーチェでも拗らせたか?」
それを突き破るように、カメイの横合い。現れたのは凛とした眼差しを向ける狗月 暁良(
ja8545)。逆風を行く者。半天使の火炎が暁良の接近を許すという結果を導いたのだ。
接近するその勢いに乗せて。キラリと冷たい軌跡を描いたのは氷狼爪。烈風の如き一閃が、カメイの身体を切り裂いた。
「い゛ぃッっでぇーーー!!!」
「キいただろ」
コキュートスが如き、凍て付く冥府の力。それは強く天界的であるカメイにとっては痛打に他ならない。迸った悲鳴、暁良は鼻で笑った。
尤も、カオスレートを下げることは同時にカメイからの攻撃も致命的になり得るのだが――ヤられる前にヤる。それならば何一つ問題はない。
「なにが『いいこと』なのかが気になるけど、まぁ……取り敢えず、襲ってくるならブッ斃す。悪ィが、仮初の力を得て悦ンでるような精神じゃ、永劫回帰は無理そうだナ」
「ひぎい! 忌々しい悪魔の力を使うだなんて、なんて忌々しいんだ! この悪魔! おっぱい魔神!」
プリプリ怒るカメイ。動作だけならばファニーだが……
(あのゾンビマスク男、それなりに計算高そうなタイプとみた)
先程のカメイの一撃から庇護の翼で仲間を庇った若杉 英斗(
ja4230)は直感する。これまで数々の狂人と戦ってきた経験が、彼にそう判断させたのだ。
それを裏付けるように、カメイは暁良に対し怒った素振りを見せているけれど『マジギレ』ではない。からかうように、小馬鹿にするように、『怒ったような素振りを見せているだけ』で本音を見せない。
(おそらく、命を賭けてまでこの場を死守するような奴じゃないだろう。取り巻きを倒して奴に不利な状況にすれば撤退するかもしれないな)
ならば。光纏した英斗は『飛龍』と名付けた浮遊刃盾を構えた。雰囲気がヤバそうな奴――検査衣を着た双剣使いルインズブレイドを見やった。その者に正気は、ない、らしい。焦点の合わない目、涎を垂らし続ける口。
「ぎぃいいいいいいいっ!!!」
ケダモノめいた咆哮。目が合うなり猛烈な勢いで飛び掛ってきた。神速めいた何か。突き出される二本の刃。
「目が合っただけで襲ってくるだなんて、本当にケダモノめいてるな」
至極冷静。英斗は熟練の動きで攻撃の勢いを殺すように受け流した。
「なんでディバインナイトっぽいのがいないんだ? 納得いかないな!」
そのまま、反撃。天に翳す掌。聖剣<ディバインソード>。白銀に光り輝く無数の剣が英斗の周囲に降り注ぐ。彼が敵と認識した存在を貫き、斬り裂き、切り刻む。
それと同時、敵アストラルヴァンガードは撃退士へコメットをぶつけるべく詠唱を行う――が。突如として揺らいだ視界、妨害された術、倒れこんで、ワンテンポ遅れで穿たれた手の甲の痛みに気が付いた。
一体何が起こった? 驚愕するその者の目の前には。
「いやあ、やはり狂人は見るに限るね。関わると鬱陶しくて仕方がない」
横目にカメイを見やる、鷺谷 明(
ja0776)。その手にはアストラルヴァンガードの返り血で濡れた聖杭ラミエル。
仕掛けは簡単。
一拍子<アクセラレーション>――刹那に刹那の速度を超えた瞬撃が、先ずは襲い掛かった。
鋼腕<ベルリヒンゲン>――次いで半天使を殴り飛ばしたのは、盾を備えた機械仕掛けの魔手。如何なる技も発動する前に潰せばいい、その理念が彼の者の魔術を阻害したのである。
「なんというか、キ印礼讃というか」
さて、木杖をぽんぽんと掌に叩く明は立ち上がって体勢を立て直すアストラルヴァンガードを見やった。と、それは半天使の翼を広げて明の手の届かぬ距離まで飛び上がってしまったではないか。
「……颯爽と無視か。まぁいい」
ならばと明は戦場を見渡す――見つけた。フリーになっているのはアカシックレコーダーめいた存在。カメイへ強化の烙印を施している。サポートに徹しられては面倒だ、軽快に地を蹴った。
一方でサーバント達も歪な足取りで撃退士達へ襲いかからんとしてくる。
「増援、か。いいさ、相手をしてやろうじゃないか」
状況を見据える冷静な瞳。サーバント登場という予期せぬ自体に、しかしアサニエル(
jb5431)は不敵な笑みを浮かべて見せた。
攻撃的なフォルム。アサニエルは予想する。あれは支援型でも防御型でもなく明らかに攻撃タイプ。放置すればそれだけ、その攻撃力で被害が出るだろう。ならば、先んじて潰さねば。
「さっきからド派手な魔法ばっかりだねぇ……ま、あたしも同じことするんだけどね」
向ける指先。展開されるのは彼女の髪色に似た真紅の魔法陣。撃ち出されるは灼熱。まだ展開しきっていないサーバント共を巻き込み、焼き潰す。
そこへ同時に起こった爆発は、数多 広星(
jb2054)が繰り出した炸裂陣である。
ばふ。火を突っ切り、火傷を負った異形は足を止めない。だがその内一体はカメイの口笛に呼ばれ、半天使の支援へと向かってしまう。残り二体は、そのまま直進。
「好きにはさせませんの」
その横合い、飛び込んできたのは回り込んだユーノだった。刹那に展開するのは魔力電界、壊雷<インサニア・コンターギオ>。瞬く電光。それは従属天使共の意識に干渉し、ドロドロに掻き乱す。
結果。向かい合う二体の異形。そのまま、刃を突き立て合う。
これで実質、バルキリ達の行動はしばし封じた。ユーノは上空、一体のバルキリへクリアランスを施しているアストラルヴァンガードを見やった。同じく、広星も明鏡止水の術を発動しつつ同じ対象を見上げる。
(何故集まった人達はこの研究を否定するんだろうか)
最中に、広星は思う。どうも、仲間達は彼ら研究員に対し良い顔をしていない、と。それに広星は疑問を感じる。
(悪いことはしていないとエースを自称する男が言っていたが、確かにその通りだ。むしろ、結果によっては人間にとってはプラスとなる有意義な研究だというのに)
それは世間の闇を渡り歩いてきた彼だからこその――世間一般で断ずるならば歪んだ思想だろうか。誰とはなしに呟く。
「……所詮、善と悪は表裏一体か」
そんな彼の呟きを掻き消すほどの騒音、戦場音楽、状況は動き続ける。
その中でひときわ大きく爆ぜ、轟くのは、赤薔薇とカメイの魔法攻撃がぶつかり合う音。魔術師同士のゼロ距離戦闘。赤薔薇が風の渦を放てば、カメイが火炎を放つ。そして互いの攻撃を、互いが防御しあう。
双方一歩も譲らない――カメイをインフィルトレイターが支援しているように、赤薔薇もまた、クリスティーナからの支援を受けていた。
中には不干渉を勧める意見もあったけれど、クリスティーナは「ここに来たからには既に不干渉ではない」とそれを是としなかった。であるがなるべくカメイから離れるようにとの仲間の意見は尊重し、後方から回復や補助を徹底していた。
爆風。暁良は僅かに眉根を寄せる。というのも、彼女の目の前にはバルキリが一体。カメイへの接近を阻害しているのだ。それはカメイが偏に暁良を脅威と見たからに他ならない。更にはアカシックレコーダーめいた者までも、壁となって邪魔をしてくる。
炎の攻撃に、従属天使の毒刃。暁良の白い肌に乱れ咲く赤。
「邪魔だナ……まぁ、纏めて相手シてヤるよ」
援護に何か来るであろうことは想定済み。暁良は足に力を込めた――刹那。ひゅるり。風の如く。彼女の前に立ち塞がる天使共を纏めて切り裂いたのは、目にも留まらぬ鋭い一撃。徹底的に攻撃。
立て続けに、そこへ。
「はい援軍ー」
天使共を取り巻いたのは、アカシックレコーダーの目の前に現れた明が放つ紅蓮<フリームスルス>。絶対零度を体現する古の霜の巨人の再現。その『存在』は深い冥府の力を伴って、アカシックレコーダーとバルキリを凍て付かせる。
「ドッチかが落ちた次点で俺はカメイに行く。残りは任せル」
「オーケー、了解」
暁良の言葉に明が答える。二対二。冥府の力を持つ者と天使共。正に一触即発。
他の半天使と撃退士の状況――英斗と狂ったルインズブレイドの戦いは、英斗の圧倒的有利で進んでいた。
ルインズブレイドが繰り出す悉くの攻撃、それは堅固な盾に阻まれて英斗に届くことはない。
「温いな!」
白銀の盾で弾き返す刃。そのまま、英斗は攻撃姿勢を取った。
「燃えろ、俺のアウル!!」
瞬間的に極限まで高めるアウル。燃え上がるそれは、彼の腕にある飛龍に超新星が如き白銀の光を纏わせる――天翔撃<セイクリッドインパクト>。それは英斗の凄まじい『堅さ』を攻撃力に変換した、圧倒的な破壊力を誇る必殺撃。出し惜しみはしない、倒れるまでは。
ルインズブレイドがドレスミストを展開する。けれど、英斗の狙いはブレなかった。黒を切り裂く銀、飛龍の刃が半天使の身体を大きく切り裂く。
「がっ」
血を吐いてくずおれる半天使。ピクリとも動かない。
「悪く思うなよ」
手加減や情けをかけている暇はない。躊躇している場合ではない。眼鏡に散った血を袖で手早く拭い、英斗は戦場を見渡す――
戦場を駆けた轟雷の銃声。それは峰雪が構える銀銃より放たれた。専門知識によって威力を高められた銃弾は真っ直ぐ、宙に飛ぶアストラルヴァンガードのコメカミを掠める。
「ふーむ、流石に防御は上手いね」
眉間を狙ったつもりだったが。峰雪は再度狙い定める。発動された防御の術は、攻撃を容易には通してくれないようだ。
ならば、それ以上の大火力で削ればいい。
ユーノが白銀の槍の切っ先を半天使へ向ける。本来ならば神聖な雰囲気を漂わせている筈のそれからは黒い火花めいた電光が瞬いていた。光を喰らうようなその黒の、なんと禍々しいこと。
淵雷<イグニス・テネブラエ>。それは悪魔が編み出した、天使滅殺の攻勢。
「――堕ちなさい」
言下に撃ち出される魔力触媒。血絡<ウィンクルム・サングイス>。それは強制的に半天使とユーノの生命力を接続し、彼の者の力をユーノが簒奪するだけでなく、淵雷によって内部から生命を蝕んだ。
「ギャッ!」
防御しようと、防御を無視する一撃の前では無駄な行為。上がった悲鳴はユーノの一撃が痛打となった何よりの証明。
その隙を突いて、ユーノの背後に隠れる広星は雷弓鳴神を撃ち放つ。だがこれは咄嗟の防御姿勢に弾かれてしまった。自らへ回復魔法を施す半天使を見上げ、広星はサディスティックな嘲笑を浮かべる。
「この研究は流石ですね。撃退士でもないのにこんなに強くなれるなんて一般人にとっては夢の研究です。所詮はこの程度だったとしても、人間としては充分な成果ですよ」
挑発行為。意識を自分に向け、降りてこさせる為。
「まだまだこれからさ。であるからこそ、我々は研究を完遂させねばならない!」
広星に返されたのは、使命感を帯びた恍惚。挑発は失敗か、半天使が降りてくる気配はない。そして狙われていると自覚したからこその徹底防御姿勢、自己回復も行って粘り続ける。
倒し辛い、が、メリットもある。実質、他の敵への回復や支援を阻止した状況なのだから。
いいだろう。倒れるまで攻めてやろう。静かな表情を浮かべるユーノは再び、淵雷を武器に纏わせる。次で決める、眼差しがそう告げていた。
「やれやれ、天使だなんだと、そんなくだらない事気にしてるから中途半端なんだよ」
聞こえてきた恍惚の言葉に、アサニエルは肩を竦める。
そんな彼女の目の前にはバルキリが二体。振りかざされる超攻撃的刃。毒を含んだそれは、しかし、アサニエルの高い毒抵抗力の前に彼女を冒せない。
「さて、どうするかねぇ……」
二方向からの刃にアサニエルの体は傷だらけ。既にファイヤーブレイクは撃ち尽くした。滅魔霊符によって攻撃は継続しているけれど、中々に目の前の従属天使共は厄介だ。
「ご無事ですか!」
ど、そこへ。やって来たのは英斗の声と、降り注ぐ白銀の聖剣。凍て付く刃に、バルキリ共が眠りに落ちる。振り返る英斗、アサニエルは笑みを返す。
「おー、助かるよ……いてて」
「どうか無理はなさらず、ココは敵のホームですし」
「だねぇ。ま、ボチボチ頑張ろうじゃないか」
自らへ回復術を施し、アサニエルは髪を掻き上げる。
「さてさてぇ? こいつら、どうしてくれようかね」
ニヤリ。視線の先に、眠りこけるサーバント達。
もう一体のサーバント。
それは暁良の爪刃、明の紅蓮の前に、砕け散る。
「ヨッシャ」
宣言通り、暁良は一気にカメイへと間合いを詰めた。再度繰り出すのは烈風突、容赦のない一撃が半天使を深く切り裂く。
「ほげぇえええ!」
カメイは赤薔薇の猛攻の前に、既に防御魔法は使い切っていた。インフィルトレイターの回避射撃も然り。つまり、カメイは小細工のできない状態で暁良の攻撃を食らうハメになったのである。
「ンのやろ〜、痛いでしょ!」
だくだくと流血しながらカメイはステッキを地面に振り下ろした。アーススピアめいた魔術槍、それが赤薔薇と暁良に襲い掛かる。更にカメイを支援するインフィルトレイターが、スターショットめいたものを暁良へと。
「チッ……」
物理型への魔法攻撃、更にレートを下げた状態の暁良には手痛い攻撃だった。
だが、そんな彼女へを、そして赤薔薇を包み込む癒しの風。クリスティーナによる治癒魔法である。
「仲間を倒れさせはしない」
「ありがとナ」
暁良は敵に対し激昂しているクリスティーナを気にかけていた。だが、怒りこそあれど冷静な行動を取ってくれている。ならば彼女を信じよう、暁良はカメイを見澄ました。
「流石は完全な天使だね〜」
その様を見て呟くカメイ。けれど、赤薔薇がその眼差しを塞ぐように立ちはだかる。
「通しはしない」
構える魔鎌。その体は傷だらけだ。しかし少女の双眸が怯むことはない。防御の術もマジックスクリューも使い果たした。でもまだ、戦える。手身近に深呼吸を一つ、赤薔薇は自分に喝を入れ直した。
軽く地を蹴り、回り込むように。カメイへ烙印による支援を行うアカシックレコーダーも巻き込める位置、放つのは絶対零度。氷の夜想曲。
「ぐっ……」
激しい負傷、よろめくアカシックレコーダー。睡眠だけは、特殊抵抗で抗ってなんとか凌いだけれど。
「一旦飛んで態勢立て直しな〜」
カメイの言葉に彼の者が半天使の翼を広げ、飛び上がる。
「またか」
アカシックレコーダーを相手取ろうとしていた明は溜息を吐き、限界高度まで全力で飛び上がった半天使を見送った。そのまま赤薔薇と暁良へ癒しの風を送り、さてどうしようか。
後方にて暁良を狙うインフィルトレイター……は飛んでる。クソッタレ。
ルインズブレイド。もういない。
ではアストラルヴァンガード。は……たった今、明の視線の先、淵雷を発動したユーノの強襲に落下して動かなくなった。ユーノ、そして広星が翔けて行く姿が見える。その先には、アサニエルと英斗が相対するバルキリ二体。ならば便乗と明も駆け出した。
立て続けの攻撃に、バルキリが破壊されるのは時間の問題だろう。
半天使と従属天使の攻撃は苛烈だった。だが、峰雪、明、アサニエル、クリスティーナ。撃退士の回復手段は豊富で、撃退士達の攻撃もまた、怒涛の勢いであった。
銃撃戦。アウトレンジ同士、インフィルトレイターと銃の撃ち合いをする峰雪は油断なく狙いを定めながらも状況を冷静に見据えている。
状況は撃退士の優勢へと傾き始めていた。
それは向こう側も理解しているのか、カメイはどこか苦い様子である。
「だああ! もう! なんでそんなに邪魔ばっかするのかな〜! 困るよ〜!」
「自らの在り方を受け入れることすら出来なかったものと善悪を語る気はありませんの。悪にすらなれない愚かさ故に罰されると知りなさい」
吐き捨てたカメイに、答えたのはユーノ。叩き込まれる血絡。「うげっ」と呻いた半天使に、彼女は続ける。悪魔の背後、肩越しに見えるのは砕け散ったバルキリの残骸が二つ分。
「戦線から退いた筈の天使を捕えたことといい、天使の協力者……いや、黒幕でもついておりますの?」
「ふっはっは。もう察し付いてるんじゃないの〜?」
「察し? 例えばどんなものを予想していますの?」
「さぁ〜? それは君達自身の目で確かめるといいと思うよ〜」
へらへらと笑うゾンビ顔。ならばと銃声の合間、峰雪が問いかける。
「カメイ、あなたは天使率99%って言ってたけれど。ヴィクトワールさんを確保していながら、クリスさんを見て、完全なる天使の身体を手に入れたと言ったね」
「うむ」
「それはヴィクトワールさんが完全な身体ではないから?」
「ヴィクトワールも完全なる天使だよ? ああでも……うん、ものすご〜く厳密に言うと、完全な身体……ではないかも〜?」
「そうか。……彼女が協力しているから、とかは?」
「お察し下さい、ていうか、もう面倒だから答えちゃうけど、ぶっちゃけその通りだよね〜。だからぁ、言ったじゃん。僕らは悪いことしてないって。双方合意なんだよ? ね? 悪いことしてないじゃん? そんな、天使をボコボコにして拉致監禁とかじゃないんだってば」
「馬鹿を言うな」
それに言い返したのはクリスティーナであった。
「貴様のような連中に、ヴィクトワールが手を貸すなど有り得ない!」
「そんなこと言われても……。彼女、喜んで協力してくれたんだけど……」
「差し詰めヴィクトワールを騙したか。下衆めが」
「んも〜。めんどくさいな〜、纏めて吹っ飛んじゃえ〜!」
言うなり、カメイがステッキを頭上に掲げた。展開されるのは複数の巨大魔法陣――不穏な輝き。直後に撃退士全員へ降り注ぐ、光の束。強力な魔力砲撃。
戦場が真っ白に染まる。
全員倒すのは無理だろう。カメイはそう思った。だが一人ぐらい――そう、自分と相手取っていた少女と女、そのどちらかぐらいは。
そう思った、が。
二人とも立っている。
いいや、けれど、ズルリ――血を流して傾く人影があった。
それは暁良を庇ったクリスティーナ。レート差のあるかの必殺技は、カメイとの戦闘で体力を削られていた暁良には致命的になるだろうと判断したから。
しかし。
「しっかりしな。まだ立てるだろう?」
倒れかけたクリスティーナの腕を掴んで引き止めたのは、アサニエル。神の兵士。鼓舞の力が、クリスティーナの落ちかけた意識を踏み止まらせる。
「っ…… すまない」
アサニエルから治癒の術を受けるクリスティーナが呟く。「いいってことさ」とアサニエルは微笑み、「無茶すンなよ」と暁良は天使の背をポンと叩きつつ溜息を吐いた。
一方、暁良と同じく被ダメージが多い状態でカメイの一撃を受けた赤薔薇はどうか。
彼女は先の一撃で一切の傷を負っていなかった。英斗の庇護の翼が守ったのである。
護ることこそ、彼の、ディバインナイトの、『専門』。カメイと目が合う。彼はニヤリと余裕の笑みを浮かべてみせた。
最中にも。
「お前に似てる外道を知ってるよ!」
声を張り上げた赤薔薇が、金の鎌を振り上げて。
「お前は危険過ぎる! ここで仕留める!」
小さな少女が振るう、大いなる一閃。
「ぐぬっ……」
切り裂かれ、鮮血。数歩、カメイが後ずさる。悔しげな呻き声。
「ぐぬぬぬぬ……畜生〜、一旦退くぞお前ら! 撤退撤退〜〜〜!」
言うなり、インフィルトレイターとアカシックレコーダーを引き連れて。カメイがポイズンミストめいたものを広範囲に展開しながら一気に後退する。インフィルトレイターは牽制の射撃を放ち、アカシックレコーダーは蜃気楼によってその身を眩ませた。
毒霧の向こう、バルキリ達がやってきたドアが開く音、そして閉じる音。
撃退士に彼らを追う者はいなかった。毒霧が晴れた頃、そこには案の定、敵影はなく。
一先ずの戦闘は撃退士の勝利で締め括られたのである。
●せいし
倒れたアストラルヴァンガードには辛うじて意識があった。
彼を取り囲んだのは、英斗、暁良、広星。
「救いようがないほど愚鈍でなければ察しがついているだろうが」
広星が無感情に言い放つ。
「吐いて貰おうか。情報を」
ヴィクトワールの居場所。
敵の数。
施設の全容。
実験内容。
必要なキー。
「ふ、はは」
研究員は鼻で笑う。
「これでも研究員の端くれ、漏洩は唾棄すべき行為でね。……殺したいなら殺せば良い。撃退士は殺人集団だと触れ回ってやるさ」
馬鹿にした笑いだった。
「ふーん。ま、自爆しないだけラッキーだナ」
暁良は全く気にしていない様子。
一方広星は用済みならばと彼を殺害しようとしたが、それは英斗が止める。「殺人集団だと触れ回ってやる」と言っている以上、下手な行動は取らないほうが良いか。それに、研究員に従うつもりは毛頭ないが、久遠ヶ原学園は決して殺人集団ではないこともまた事実。
「……やれやれ」
広星はわざとらしく肩を竦めて、密かに研究員を威圧するように苦無刀をくるりと手の中で回した。ならば、「殺しはしないから」と研究員に対しボディチェックを行う。だが、カードキーやそういったものは見当たらなかった。
「残念でしたーやーいやーいおまえのかあちゃんでべそー」
小馬鹿にして舌を出す研究員。「ふむ」と眉一つ動かさず暁良は自らの顎をさすると。
「やっぱ自爆サレたらメンドーだし。隠し武器とかナンカで危険がアブネーかもだし。オマエ、パンツ一丁になれ」
「えっ」
「いいですね。賛成です。危険が危ないですからね。パンツ一丁になって下さい」
英斗もクレバーに眼鏡を押し上げながら言い放つ。
こうして、研究員がパンツ一丁という屈辱的な姿を晒している一方――
「なんとまあ、あれの作り手は腕でも切り落とされたのだろうかねえ?」
明の視線の先、つま先で突っつくのはバルキリの残骸。
「さてさて、天使が一人しかいないはずのここでサーバントが現れた。何があったのだろう。何があったのだろうねえ?」
裏切りかなあ私怨かなあ。ともかく見ての、お楽しみ。そしてこれはただの独り言。反応する人がいるかもしれないし、いないかもしれない。それは誰にも分からない。
「もし貴女の友人が剣をむけてきたら、貴女はどうしますか?」
同じく。わざとクリスティーナに聞こえる声量で広星が呟いた。天使を窺うその目は、嗤っている。
「……」
クリスティーナは悲しそうな様子を瞳に滲ませ、広星をじっと見つめた。
「友を大切だと想うことは、愚かなことだろうか? どうか、この私を、お前と同じ久遠ヶ原学園の生徒だと認めてくれているのならば、私の感情を嗤わないで欲しい」
弱弱しく呟いて項垂れるクリスティーナ。そんな彼女の肩にポンと手を載せたのは峰雪だった。
(クリスティーナさんは狙われているし、精神的にも平常心を保つのは難しいだろうし)
そう思い、彼は一言。常と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべたまま。
「クリスさん、どうか自分の身を守ることも忘れないようにね」
「ああ、勿論だ。感謝する狩野」
しかし、と。そこへ、口を開いたのはユーノだ。
「糸を引くものがいることは、事実でしょう。このサーバントが『誰が何故作ったか』の追求は、ここではさておき……ですが」
カメイの言葉を全て信じるのならば、「ヴィクトワールが協力している、それも合意の下」ではあるけれど。
クリスティーナへ振り返るユーノは静かな声音で続けた。
「サーバントの存在と、天界にいたはずのご友人が捕まったこと。異常な事態なら、考えることは多いはず。クリスティーナ様、ご友人を確実に助けるためにも知れることは知っておきたいですの」
「そうだね」
峰雪が頷き、言葉を代わる。
「ここへ来る前、クリスさんは『だって彼女は――』と言いかけた。言えないということは、ヴィクトワールさんの尊厳に関わることなのかもしれないね。だから僕達はあなたに無理強いはできない。けれど……僕らのことを仲間だと信頼して、とだけは、言わせて貰うよ」
「そうさねぇ。知らないのならともかく……、クリスティーナにとって、ヴィクトワールは助ける為に全力を尽くさない程度の友達でしかないのかい?」
アサニエルも、クリスティーナへ視線を向けた。
堕天使は、逃れるように視線を逸らす。俯いた。引き結ばれた唇。迷っている、ようである。
ならば、もう一押し。赤薔薇がクリスティーナの前に現れる。真っ直ぐ、その目を見澄ました。
「お友達を救うために彼女のことを教えてください。……時間がない。シンパシーを使わせてください。大丈夫、情報はここにいる仲間以外に話さないから」
そう言って、伸ばす指先――
けれど、それが届く前に。
「分かった」
クリスティーナが頷いた。
状況が状況。そして何より、クリスティーナは仲間を信じている。
ならば己の口から言うのが義理ではないか。
それがヴィクトワールを救う手がかりになるのならば……。そんな決意を、瞳に浮かべて。
そして彼女は語り始める。
ヴィクトワールは戦線を退いていた。悪魔との戦いで体の一部を欠損するほどの重傷を負ったのだ。
そして欠損した箇所は。臓器。詳細を述べるならば、子宮。
子を望めなくなった上に、戦いの中で婚約者をも喪った彼女は、やがてとある狂気、決して叶わぬ願望に取り憑かれる。
愛した人との子供が欲しい。
「ねぇ、クリス」
病室。微笑んだ彼女はクリスティーナへ手を伸ばした。
「ねぇ、お願い、子宮頂戴。一年だけでいいの。お願いよクリス、貴方の子宮、頂戴よおおおおおおおおおおおお」
彼女の、ヴィクトワールの、白くて細い指が、クリスティーナへ掴みかかる。
とんでもない力だった。見開かれ血走った目は、クリスティーナの知らないヴィクトワールだった。
看護師達に引き剥がされても尚、ヴィクトワールは叫んでいた。叫び続けていた。
「クリス! クリス! ねぇ! いいでしょう! 友達でしょう! ねぇ! クリスゥウウッ」
白い病室、白いベッド、まるで揺り籠、あるいは棺桶。
ならばその中でもがいている『もの』は一体、なんなのだ? 産声か? 断末魔か?
クリスティーナはただ、引っかかれた傷をそのままに、呆然と佇んでいる他になく。
それが――クリスティーナの中にある、ヴィクトワールについての最後の記憶。
話が終わった頃、後続の補給部隊が到着した。スキルや生命を回復されつつ、撃退士は彼方のドアを見据える。
前に、進まなくてはならない。例え何が待ち構えていようとも。
赤薔薇の「せーの」の声と共に一斉攻撃。やがて固く固く閉ざされたドアが開く。
いつの間にかやかましいアラートは消えていた。
長い廊下――そこにポツリ、ポツリ、まるでヘンゼルとグレーテル、一定間隔で落ちていたのは……紙切れ。資料?
撃退士はそれに、手を伸ばす――
『続く』