●ここで教室に集った生徒のリアクションをどうぞ
「エロは何処行ったァ!!?」
法水 写楽(
ja0581)は思わず立ち上がりながら叫んだ。
「え、なに、ボンキュッボンの外人美女が、欧州南米中東とより取り見取り咲き乱れてますとか先生言ってた気がするンですけどォ!!?」
「うーんそれは俺言ってないかな!」
きっと夏の暑さの所為だと教師はニコリ。対照的に項垂れる写楽。
「うわァ……男子大学生の純情が弄ばれたンだけど……ついでになンか周りからの視線が痛い気もするンだけど……うわァ……」
嘆く写楽。若杉 英斗(
ja4230)には彼の気持ちが痛いほど分かった。
今回こそエロい依頼に違いない――
そう信じて疑わなかった英斗は、突き付けられた現実に鼻血が出そうになった。
鼻血を堪えた真顔のまま、彼は教師へ向いて。
「これだけ暑いんだから、プールの監視員とかそういう依頼にしましょうよ。先生〜」
「プールならこないだ行ったじゃないか、ビニールプールだけど」
そういう問題じゃない。
なんかもう、うん、なんだろう。シュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)は縁日にあるような水風船をヨーヨーよろしくシャボシャボ。そのままずっと、饒舌な教師へジト目のガン睨み。
「こないだあげた縁日のお土産代払え」
「じゃあ今回の任務報酬がそれってことで……一応俺の財布から出てるし……」
「……はぁ。貴方の辞書には、『省みる』とか『弁える』って文字は……いくつになったら記載されるの?」
ないのか、と聞かない辺り慣れた感が否めない。そしてそれは自覚済みで、「省みてわきまえた結果だよ!」とドヤ顔が来るのも予想済みで。
「何かほだされてる気がして癪だわ」
シュルヴィアは苦虫を噛み潰したような表情である。
そんな一方で、教室を見渡したメリー(
jb3287)は見知った顔に懐かしさを覚えた。とある騎士級悪魔の事件を共に解決したメンバーがチラホラと。そして、教師から聞いた覚えのある名前に首を傾げ。
「グラストンさんは盛大に振られたから不良になってしまったのです?」
はぐれ悪魔グラストン・フォールロウ。あ〜、と英斗は思い返した。
(噂できいたことあるな。魔界でのし上がろうと政略結婚を企てたら、フラれてそのまま久遠ヶ原に居ついたっていう悪魔の事)
そうですねぇ。メリーの言葉に苦笑をしたのはシャロン・エンフィールド(
jb9057)。
「グラストンさんにヒャルハーさん、こちらに馴染んでくださったのはいいですけどちょっと馴染みすぎちゃったみたいですね……。新入生さん達が入ってくる前に心を入れ替えてもらいましょう!」
「もうすぐ新年度で、図書館で勉強したい人たちには、ほんと迷惑だよね。まったく困った子たち……」
Camille(
jb3612)は小さく溜息を吐く。
という訳で、教師率いる生徒達は歩いて図書館へ向かったのであった。
●それにしてもマジ暑い
ドアの向こう側から既にゲラゲラ不良生徒達の声が聞こえていた。
ふと。写楽は顎に手を沿え考える。
「ちょっと待てィ……これは図書館にたむろする不良共を駆逐したらご褒美として……ないですね、ハイ」
ま、まぁ、取り敢えず、だ。ゴキリと鳴らす拳。
「この愛と怒りと悲しみを糧にして不良共に教育的指導をしてやるぜ。……おい、そこ。八つ当たりとか言うな」
八つ当たりではないと否定しない辺りお察し下さい。
「後、誤解なきように言っておくが……俺はヘタレじゃねェ!!」
と、そんな言葉を体現するかのように写楽はガラリと図書館の扉を開けた。
見渡せば居辛そうに縮こまっている図書委員と、部屋の隅で憚らぬ声量で喋り合う不良達。
(煩くするのはマズいだろうし、静かに教育的指導しねェとな)
英斗へ目配せをし、頷き合う。
そして二人は不良達のもとへ。先ずは英斗が、インテリジェンスに眼鏡をクイッと上げつつ言い放った。
「君達、もう少し静かにしてくれないか」
「あァ!?」
途端に振り向く不良達。やれ「ウゼェ」だの「なにこいつ」「ムカツク」だの。
やれやれ、英斗は言葉を続けた。
「まだ人間界の事には慣れていないだろうから、教えてあげよう。ココは図書室。本を読んだり、勉強する場所だよ」
「はぁ〜? うっせーな、ケンカ売ってんのか?」
「ウケル〜」
聞く耳持たずとは正に。
英斗は俯きながら溜息を吐いて――
ゴゴゴゴゴゴゴ……
解放し溢れさせる、それは負のオーラ。
今年こそ、今回こそエロ依頼だと思って参加したのに裏切られた、怒りとガッカリの負のオーラ。
彼だけではない。推理小説を読みつつ、写楽もまたエロだと思ったのにエロくなかった悲哀と憤怒を込めて、メンチ切ってプレッシャー。
「読書の邪魔だ」
そう言わんばかり。
「ひっ」
二人が放つ異様なオーラに不良達がたじろいだ。すかさず英斗が言い放つ。
「グラストンさん、ヒャルハーさん、その他ABCさん。正しい図書室の使い方をしてもらえないですかね!?」
「そうです、図書館では静かにしなければいけないのです。ヒャッハーさんもグラストンさんもちゃんとルールは守らないと駄目なのです!」
更にメリーが声を揃えた。
彼女を見た途端、グラストンとヒャルハーは「げぇっ」と露骨に顔を顰めさせる。他の不良達は「はぁ?」「いみわかんねーし」と中身のない反論をぶつくさ呟いていた。
それらを構うことなく、メリーは不良達――そしてその『リーダー格』へ視線を据えると。
「グラストンさん達はまだ学園生活に慣れてないのです? それならメリーが図書館での過ごし方を教えるのです!」
「なんだ、過ごし方のクソもあるか。どう過ごそうが俺達の勝手だろうが」
「ではグラストンさんはお手洗いでご飯を食べて、キッチンで眠られるのです?」
容赦のない言葉に、悪魔生徒は言い返せない。「そういうことなのです」とメリーはすまし顔だ。メリーにとってグラストンは、実はあんまり好きでない相手。かつてのお茶会でのガッカリ感は抜けていない。
「図書館では、好きな本を取って机で静かに読むのです。メリーはお兄ちゃんの為に日々色々勉強なのです!」
反論の余地は与えぬと言わんばかり、メリーは机の上に座っていたグラストンを押しのけるように本を置いた。
本のラインナップは以下の通り。
『簡単に出来るお料理本』
『好みのあの人が簡単に堕ちる黒魔術』
『ベストショットの撮り方』
「……」
言葉を失うグラストン。こう、うん。なんだろう。怖い。
が、それをお構いなしにメリーは続けた。
「図書館では飲食は駄目なのですけど、今度メリーの料理をご馳走するのです!」
彼らは知らない。メリーの料理は世界を崩壊させかねないレベルであると。
そんな感じで完全にメリー達のペースに不良達が圧倒されている一方。
シャロンは箒と塵取りを手に、せっせと片付けを行っていた。不良達が散らかしたお菓子の包装や食べカス、ほったらかしの空き缶にペットボトル……注意は他の者に任せ、シャロンは文句の一つも言わずに図書館を綺麗にしていく。
予想通り、不良達は注意に対し「ウゼー」「はぁ?」などといった言葉を吐き続けている。反省の色は見られない。注意しても寧ろ「注意されることをしてる自分」を喜びそうな気もする、とシャロンは思った。
ので、この『不良を無視してお片付け作戦』だ。綺麗な図書館の使い方を実践することで、「アウトローで特別視される自分」ではなく「一人でただだらしなくしてる自分」を感じさせる心算である。
その効果はじわじわと効いてきたようで。最初は全く気にも留めなかった不良達も、テキパキ掃除をするシャロンが目に付くようになってきたらしい。遂にはヒャルハーが口を開いた。
「な、なんなんスか、その掃除は嫌味スか?」
どことなく居心地悪そうなヒャルハー。シャロンは会釈のみ返して、掃除を続行。
そんなシャロンに対してヒャルハーはまた何か言おうとして――
ちょんちょん。
肩を突かれた。グラストンもだ。
振り返る二人。そこには、ニコッと笑顔のシュルヴィアが。
「御機嫌よう。楽しそうね。『図書室では静かに』って張り紙見えなかったかしら?」
瞬間、彼女は真顔になり。
「何しとん、あんたら」
地獄の底から響くような低音。悪魔が無言でビクッとした。
「まず聞こう。この部屋を意味を知っていて?」
「別にどこで何しようが――」
「そ。じゃあ貴方達に愉快な選択肢をやろう」
話を半ば無視する形で、シュルヴィアは言葉の次に一間を空けると。
「選べ。部屋を片付け図書委員に謝り屋上で模擬戦して園芸部の花壇の草むしりして反省文書いて円満に終わるか……。
――お前等の装備全部くず鉄になるまで門木先生に強化させるか」
くず鉄。それは久遠ヶ原生徒ピンポイント死刑宣告である。
「どっちにする? ちなみに、どちらも選ばない謙虚な答えには……特別に両方くれてやろう」
「なっなんだとコラァ!」
怖いけどビビってると思われたくなくて取り敢えず言い返した感である。
だがここで、不良達は気が付いた。
部屋の中が……暑い!
「ああ、クーラーなら故障したんだって」
カミーユが皆に言う。だが実際は嘘だ。これ以上彼らをここで騒がせない為に、クーラーを一旦止めただけ。
「はぁ!?」と振り返る不良達。「ああそれから」と素知らぬ様子でカミーユは手紙を一つ取り出した。どこか古風なラブレターのようであるが。
「ちょっと大きな声じゃ言えないんだけど……」
グラストンに耳を貸すようジェスチャー。いぶかしむ彼が顔を寄せれば、小さな声でカミーユは囁いた。
「これ。とある子から渡されたんだ」
「!?」
驚くグラストンの手に、カミーユはラブレターを渡す。背を向けた悪魔は無言で手紙の内容を確かめているようだ。
『休み時間に、屋上で待ってます』
そう書いてある筈だ。だってカミーユが不良達を図書館から追い出す作戦の為に書いたのだから。
無言のグラストン。ヤイヤイ囃す不良達。
と、ここでメリーが。
「図書館ではお静かになのです!」
「どうしても涼しいからここがいいなら、もっと良い場所を紹介しますから」
更にシャロンが、不良達の袖を引きつつ言葉を続けた。ちなみに「もっといい場所」は、まぁ、血の気が引く的な意味だけれど。
「……いいだろう。丁度俺様は屋上に用事が出来たし、そこで『話し合い』といこうじゃあねぇか」
振り返ったグラストンは、なんだかソワソワしていた。
兎にも角にも作戦成功。
●今日も真夏日
多分気温的に猛暑。ジリジリ太陽が照りつける、屋上。ミーンミンミン蝉が鳴く。
「「あっつ」」
生徒の声と気持ちが重なった。
それはまぁ置いといて。カミーユはグラストンの肩にポンと手を置いた。
「失恋の傷が癒えないから、群れて寂しさを紛らせてるんだね。でも、図書館は寒いから、心が凍ったまま。あんな暗くて狭くて静かな場所で燻っているから、鬱憤が晴れないんだよ。
この明るくて暑い屋上で、熱い青春を取り戻すといいよ。思いの丈を、屋上から全校生徒に絶叫してごらん。休み時間の屋上なら、どれだけ騒いでも大丈夫だからね。ああ、四人も仲良く一緒に」
「……」
グラストンは黙っていた。
それから無言のまま、肩を震わせ低く笑った。
ラブレターの主はいない。騙されたと気付いたのだ。そして暑い。図書室ではなんやかんやと言われ。彼のイライラはMAXにならんとしていた。
「てめぇら覚悟しやがれよ!!!」
「うるせぇ!!!!」
即座に、彼以上の声量で英斗が言い返す。グラストンの顔面に受け防御689.1のグーパンチ(?)を叩き込みながら。
「暑いんだったらプール行って騒げよ! そしたら、ヒャルハーさんや不良生徒Aの水着姿がみれて、エロい依頼じゃなくても多少は満足できたというのに!!」
暑いのとエロくなかったのとで思考がおかしくなっているのだ。
「そうですよ!!!」
更にタウントを発動したメリーも声を張ったが、多分こっちも暑いのであんまり話聞かずに同意した感が否めない。
「暴力は好きではないけど我が儘言うなら仕方ないのです……!」
「ちょ、待っ」
グラストンの顔面に受け防御436.7の金属バットグーパンチ(?)が突き刺さる。にしても硬いなこの二人。
「そんな事だからマルガレヂアさんに見向きもされなかったのです!」
「う、うるせー!」
殴り返そうとするグラストン。だがそれは、メリーの蒼華盾Veronicaにあえなく阻まれる。
「俺だって俺だってなー! 俺なりに一生懸命やってんだよ! てめぇら好き勝手言いやがってコノヤロー!」
ガンガン、殴り続けられる盾。割れることはないけれど。
「息抜きしたい気持ちは分かるわよ」
そこに、声をかけたのは日傘の下で暑そうにしているシュルヴィアだった。
「……けど、TPOを弁えなさいって事よ。いいわね?」
そんなシュルヴィアの隣には堕天使クリスティーナ・カーティスが。
「特訓に付き合ってくれるのはお前か? 今回はよろしく頼む」
「え?」
グラストンがシュルヴィアと天使を交互に見た。
「うん、そゆこと」
ニッコリ微笑むシュルヴィア。彼女がクリスティーナを呼んだのだ。
「え?」
グラストンは仲間へ振り返った。皆、そっと視線を逸らした。
「ちょっ、」
●人生そんなこんな
とまぁ、こんな感じで。
グラストン及び不良ズはガッツリ特訓という名の教育的指導を受け、アルティメット園芸部のジャングル状態な花壇の草むしりして、クーラーをつけた図書館にて図書委員に謝り、掃除をして、現在は反省文を静かに書いていた。ちなみに傷に関してはメリーがしっかりライトヒールで治してくれた。
「あ、そうだ」
不良達を見張るついでに本を読んでいた英斗が顔を上げる。
「もうすぐ進級試験ですよ。フラれた上に落第したら、もう悪魔の体面もあったもんじゃないですよ。真面目に勉強した方がいいですよ、グラストンさん」
マジな忠告だった。グラストンは苦い表情のままフイと視線を逸らす。
(まァ、改心すれば良いンじゃねェか)
そんな様子を見守りつつ、写楽は不良達を見渡して。
「折角図書館に居るンだったら、自分で面白いと思う本でも捜してみろや。あ、勿論反省文を書き終わってからな」
ちなみに彼のオススメは昭和の推理小説だ。「気が向いたら読ンでみな」と写楽は語った。
なんにしても正しい図書館の使い方を叩き込まれた不良達は、もう図書館で騒いだりしないだろう。シャロンは窓の外を見やった。
「まだまだ夏ですねぇ……」
「そうだね。にしても、クーラーは便利だね」
答えたのはカミーユ。その近くでは、英斗が小声で棄棄に「次はエロ依頼を……」と来年の打診を行い、シュルヴィアが何ともいえない目でそれらを見守っており、メリーは料理本を熱心に読んでいた。
聞こえるのはクーラーの稼動音。
図書館では、お静かに。
『了』