●今夜はフリータイム
ガチャリ。ドアを開ければ、深夜テンションの始まりである。
「よう、俺だ、また来たぜ」
深夜テンションのままにミハイル・エッカート(
jb0544)が片手を上げた。
「イケリーマンさんこないだぶりです!」
「よっすー」
それに答えるのは外奪、烈鉄。ミハイルはおうと頷き着席する。
「げだっちゃんとれっちゃん、結構ノリがいいな。俺、そういう敵は嫌いじゃないぜ」
「ノリは悪役のたしなみですよ」
外奪はフッと笑うと、次いで戸蔵 悠市(
jb5251)へ視線を移し。
「貴方も、お久しぶりですよ」
「前回答え損ねていた質問があったからな。個人的にげだっちゃんに聞きたい事もあるが、それはまた後程だ」
「楽しみにしておりますよ」
そう答え、外奪は色眼鏡の奥から他の面子を見遣る――他に見覚えがあるのは、鷺谷 明(
ja0776)とファーフナー(
jb7826)だ。と、ここで「おや」と悪魔は首を傾げる。
「予定では八人で来られるとおうかがいしていたのですが。お一人欠席ですか……なんと、残念です」
楽しみにしていたのに。肩を竦める外奪。
そんな様子。全く笑わせてくれるとファーフナーは心の中で思った。信義則を持ち出したのもそうだ。この会合が店員を人質として行われている時点で、信頼の前提条件など崩れている。
(しかし撃退士が皆、『正義』のために戦っているわけではないように……外奪等も今は私情で動いているのだろう。罠ではなく、暇潰しとして)
だからこそ厄介だ。気紛れな悪魔が、いつ気を変えるかも分からぬ。故にファーフナーはいつもの平然とした様子をしながら、その冷たい青の目の裏側に警戒を宿らせる。「信じるな、疑え」こそが彼のデフォルト。
あくまでもさりげなく巡らせる視線――そんなファーフナーの仕草を目敏く見つけた外奪は「カラオケって不思議な場所ですよねー」と笑いかけてきた。
「確かに……不可思議な遊び場だな」
憮然とした態度のままファーフナーは素っ気無い。彼にとって日本のカラオケは初めてであるが、特にリアクションはない。
そんなファーフナーとは対照的なのが、呵呵と笑うギメ=ルサー=ダイ(
jb2663)である。
「フハハハハハ! ここがカラオケという場所であるか! 聞いてはおったが、実に愉快そうな場所である事よ」
「おや貴方、どこぞの天使と似ておられますね。確かギメ――」
「おいやめろ」
外奪の言葉を真顔で遮るギメ。ごほん、咳払い一つで仕切り直すと、ぐりんと撃退士へ向き直るや雄々しく筋肉を魅せ付けるポージング。
「主ら。はぐれない悪魔と、はぐれそうな悪魔。この区別はつくか? 我はつかぬ。堕天する者に前触れが無い者がいる様にな」
更にポーズを変えて彼は続ける。
「舞台の上では優劣をつけねばならぬ筋肉も、舞台の外ならば優れていればそれで良いと言うものだ!」
と、ギメは最後にサイドチェストでそう締め括った。
「そんなこんなで今夜は仲良く遊びましょうね!」
ギメの言葉に拍手を送った外奪は先程から終始ニコヤカな様子だ。
悪魔のその笑みが上っ面なのかどうかはさておき――九鬼 龍磨(
jb8028)も同様、手土産を広げ友好的に。
「モンブランとエッグタルト、アップルパイは紅玉使ってワンホールー、手作りー! それからクッキーのクッキーもどうぞー」
楽しもう。誠実に、嘘偽りなく。
折角の夜だ。マシュー・ゴールドマン(
jb5294)は丁寧な物腰でお辞儀をする。
「ドーモ、外奪=サン。マシューです。今宵はお招きに預かりまして……ありがとうございます」
「あっ最近流行のニンサツゴですね。どーもどーもあいえー」
実際アイサツはとても大事。外奪へニッコリ会釈をしたマシューは周囲を見やる――挨拶は皆、粗方済ませたか。全員席にも着いた。ならば宴を始めねばならぬ。
「さて皆さん、まずは乾杯と参りましょう。何頼みますか?」
鮮やかな、そしてさりげない動作でマシューは注文用リモコンをその手に支配すると皆に問うた。
「とりあえず生中!」
いの一番にミハイルが手を上げ、
「ウーロン茶で」
外奪はそう答え、他の面子も各々注文し「なんでもいい」と答えた者へは烈鉄が「ほな僕ドリンクバー行ってくる」と適当に混ぜ物ドリンクを持ってくることに。
ほどなくすれば人数分の飲み物。それらを見渡し、マシューが頷く。
「皆さん飲み物行き渡りました? では、主催者の外奪=サンから乾杯のアイサツを」
「はーい挨拶しまーす。じゃあ皆さん今夜は楽しくやりましょ〜乾杯!」
かんぱーい。
●音楽はリリンが生み出した文化の極み
「大規模作戦での負傷という理由により重体となり能力が著しく減少しているので一番に歌おう」
理由になっていない理由と共にマイクを取ったのは明だった。
「ぐ、れ、ん、の、ゆ、……ま行は何処かな」
ピッピッと端末から行うリクエスト。そしてカラオケ特有のあの原曲とはちょっと違う感じの音質で始まるイントロ。そして流れるドイツ語。
彼が歌うのはアニメ化した人気漫画の主題歌だ。
「イエーーガァアアアーーー」
重体とは思えぬこの熱唱。しかも結構上手い。大抵の人がホニャホニャとぼかすドイツ語の部分の歌もバッチリ歌う。
明は享楽主義者であり、どんなものでも楽しい男であり、つまり美醜の観念を喪失している。ので、大まかに言えば彼に好みなんてものはない――のだが、テンポのいい曲ならば辛うじて引っかかるらしい。
「おお、いい歌いっぷりだな!」
じゃあ次は俺、とマイクを手に持ったのはミハイル。得意気な様子で立ち上がる。
「カラオケはサラリーマンのたしなみだ」
そして流れ始めたのは激しいロックだ。アメリカで大人気の往年のロックバンドのメドレーである。かき鳴らされるリズムに合わせて張り上げられる英語の歌声。大ヒット映画のテーマソングは、人間界にいる誰しも一度は聞いたことがあるだろう。
「いやー、英語の曲を外人さんが歌うとサマになりますねー!」
「取引先のお偉いさんにもウケがいいんだぜ」
タンバリンでシャンシャン合いの手を入れていた外奪の言葉に、ミハイルはキメ顔で締め括った。
「ノリノリな歌なら、私も自信が」
と、次の歌い手マシューが微笑みを得意気に浮かべて立ち上がった。その肩越しに見えるモニターに映った曲名は、とある悪魔なバンドの曲である。
「ええ、ええ、このバンド大好きでしてね。CDが擦り切れるまで聞いております――蝋人形にしてやろうか!!!」
超ノリノリ、台詞の部分も完全再現、デーモンな閣下になりきって歌いまくる。
「では我も遠慮なく歌わせてもらおう」
次にマイクを手に取ったのはニヤリと不敵に笑ったギメだ。
「ギメさんは天使のようですが……人間界の歌はご存知で?」
外奪が訊ねる。ギメは「笑止!」と鼻で笑った。
「人の子らの歌ならば――海をまたいだ大陸の北方で歌われる民謡であるな。かちゅーしゃ……といったか」
そして流れるのはロシア語の歌。ロシアンなリズムで、野太い男の声で、歌われるのはカチューシャという娘が川の岸辺で恋人を思って歌う姿。
さてギメは歌い終わると、ギャップにポカーンとする一同を見渡して。
「む、主ら分からぬか。では――」
ポージングと共にピッピッとリクエストするのは、
「兄貴 兄貴 兄貴と――」
ここで何故か凄まじいハウリングが発生。ビックリして注文リモコンを落としたマシューの脚の小指にリモコン激突。「ギャー!」と飛び上がったマシューの肘が烈鉄の横っ面にヒット。「痛いな!?」と無意識パンチが発動して「ウボァー!?」と仰け反るマシューが弾みで吹っ飛ばしてしまったのは、歌い終わったミハイルが座らんとしていた座席。着席に失敗して「あぁああ!?」とミハイルがスッ転ぶ瞬間に近くの龍磨を掴めば、「えぇええ!?」と彼も諸共傾いて、更に龍磨が近くのファーフナーを掴もうとするが、ワインを飲む彼に流れるように回避され。ドンガラガッシャン。「元気だな」と、注文されたピザをもふもふ頬張る悠市の頷き。明はけらけら笑っていた。
まぁ結論と言うと、ギメの歌は謎に包まれたまま終わってしまったのである。
「む、音声が途中で出ておらんかったようだな。不覚――!」
うちひしがれるギメ。
では次の者のターン。気を取り直してマイクを手に立ち上がったのは龍磨である。
「大学部3年の九鬼龍磨、一応アイドルもやってる撃退士でーっす。彼女なし! それでは聞いて下さい」
目配せした先には、マイクを手に立ち上がる外奪。ウム、頷き合う。
そして二人でデュエットするのはキーを下げた昭和歌謡メドレーだ。二人とも無駄に良い声。無駄にノリノリ。無駄に演技派。
更にそこへ、それまで合いの手でエアギターをしていたミハイルがタンバリンに持ち替えて合いの手シャンシャン。
「昭和歌謡も分かるぜ。接待カラオケで鍛えたからな」
「……ち、珍妙な光景やな」
混ぜものジュースを飲む烈鉄が微妙な表情を浮かべていた。
「君は歌わへんの?」
「私か」
烈鉄にそう振られ、答えたのはピザを食べ終わり口元を行儀良くおしぼりで拭いた悠市だ。
「基本的には聞く方が性にあっているのだが……一曲ぐらいは歌っておこう」
ではとリモコンを操作して入れたのは、音楽の授業で取り扱うような『ザ・みんなの歌』である。しかもキーを下げており、バスを通り越したオクタヴィスト。
生真面目な悠市らしく音やリズムはピッタリ正確。だが逆にいえばカッチリすぎて楽譜通りの四角四面。なんていうかハイパー音楽の時間。
そんな、低音の『生真面目ボイス』をタンバリンで対極的なほど明るく合いの手を入れているのは外奪だ。彼はシャンシャン鳴る音の最中、片手で頬杖を突き皆の歌を聞いているファーフナーへ視線を向ける。
「ファーフナーさんはお歌いにならないので?」
「音楽に疎い上に壊滅的な音痴でな」
完全な嘘、ではない。余暇に音楽を楽しむ等という豊かな人生は送ってこなかった為、歌に疎いのは本当だ。一つまともに覚えているのはかつて愛した女が好きだった曲であるが、今では過去を抉るものでしかない。
聞くだけで十分。ファーフナーは外奪へ目線は向けるが身体は向けない。今夜もまた遊びという意識はない。
悪魔達は今夜こそ誰も殺してはいないけれど。彼等の犠牲になった死傷者達は大勢いる。そんな犠牲者の存在を忘れて悪魔達と戯れる事は、世間からの評判に関わるのではないか――ファーフナーはそれを危惧していた。
冷静な判断。ではあるが、社会から疎外されぬよう、人目や外聞を特に気にかけるのは彼の過去から生まれた性分でもあるか。
「何かおかわりしますか?」
そこへマシューが顔を出した。彼はマイクを持っている時以外は注文リモコンの支配者となっている。常にテーブルと皆の飲み物に気を配っては、的確なタイミングで注文を行っていた。
「適当に」「お任せします」と返事がきたので、マシューは手早く追加注文をして――外奪の視線に気付いては、微笑みと共に振り返った。
「ああ、お気になさらず。これでも楽しんでやってるんですよ? ですから、皆さんはお喋りや歌を堪能してくださいな」
更に注文もしながら合いの手もしているというこの縁の下の力持ちっぷり。実はナルシストな性格であるのがにわかに信じ難い。
さてさて、カラオケは続く。
烈鉄の歌にあわせてエアギターを披露するミハイル。スタンドマイクも設置して抜かりない。
そこへ、烈鉄の混ぜものジュースを一気飲みした龍磨がマイクを持って参戦。
「烈鉄くん、採点勝負だ!」
「よっしゃ来いやぁ!」
「最新カラオケの採点対決だって負けないぞー!」
そして始まる、熱きロックバトル。
そんな状況を眺めつつ、タンバリンを手にした外奪は撃退士へ向いた。お聞きしたいことが。笑顔で問いかけてきたのは――様々な質問だ。
「我にも聞くのか? 聞かれれば答えねばなるまい。我こそはギメ=ルサー=ダイ! 久遠ヶ原に舞い降りし天使の一柱とは我の事よ――!」
ポージングと共にギメが雄々しく答えた。「フルネームを続けて呼ぶとヤバイ感じのお名前ですね」と外奪がサラリと言い、それはさておきと言葉を続けた。
「戦いはお好きですか?」
「目的ある戦いならば――トロフィーの為に筋肉を磨く様にな」
「私は戦いそのものは好みませんねぇ」
ギメに続いて答えたのはマシューだ。
ふむ、と頷いた外奪が更に問う。殺人の有無について。
「主にある程度にな」
「……人を殺したことですか? ありますよ。そうしないと生きていけない環境でしたから」
ギメもマシューも淀むことなく即答した。けれど、言葉を続けたのはマシューだ。
「おっと、私としたことが。今のは忘れてください。過去は謎でこそ魅力となるものですので……」
フッと前髪をナルシーに掻き上げたマシューはそのままマイクを手に、また悪魔バンドソングを歌いに立ち上がった。
そして入れ替わりに席へ戻ってきたのは汗をかき肩を弾ませる龍磨だ。烈鉄とのロックバトルは勝利を収めたらしい。
一息をつく。どんな質問がされていたかは知っている。ので、彼は簡潔に答えた。
「正直、この一連の出来事へ僕が言えることって、あまりないんです。力にまつわる問題は……考え中、かな」
龍磨は己の掌を見る。『大事な誰かを守れるなら』と、自分で選んだ力。
力、か。
烈鉄の混ぜものジュースを平然と飲む悠市が質問に対し口を開いた。
「力といえば、ゐのりやツェツィーリアに関してだな。
ツェツィーリアに対しては、気の毒だと思う。誰も彼女に『そこまで一人で背負わなくていい』と言ってやれる人間がいなかったという事が、だ」
小さく息を吐き、彼は続けた。
「誰よりも強い想いはあっただろう。だがそれを実現するための力が足りず、実現する手段も間違えていた。
周囲に集まったのが、彼女に盲信を奉げ楽園を夢見た者だけだったのが彼女の不幸だ」
もう少し早く彼女に会って導いてやれていたら――不遜ながらと思いつつ、無駄に終わったかもしれないがと思いつつ、悠市はそう考えた事もある。
「ゐのりに対しては、どこまで借り物で戦うつもりなのだろうと痛々しい気持ちになるな。思想はツェツィーリアの、力はサマエルの借り物だろう。……彼女が彼女自身を取り戻せる日が来ればいいのだが」
からっぽな少女。憎しみだけが詰まった人形。ただただ哀れだ。
それから、と悠市は烈鉄へ視線を向けた。
「烈鉄には悪いが、猛鉄に対しては聖女を盲信し後ろについていくのではなく、隣を歩む事はできなかったのだろうかと残念な気持ちだ」
「あんなデリカシーのない男に女の隣なんて無理や無理」
烈鉄は鼻で笑う。「猛鉄かー」と呟いたのは龍磨だ。
「まだ新入りだったから、殆ど知らないの。ただ、猛者だったとは聞くね」
「あいつ喧嘩だけは強かったからなぁ」
昔良く喧嘩したものだと烈鉄はピザを頬張る。視線の先では明がノリノリで熱唱している。
質問には一通り答えたか――ぐるりと視線を巡らせたミハイルは、カラアゲを飲み込んでから外奪へ向いた。
「俺の自己紹介は既にやっちまったな。今日はげだっちゃんに改めて聞いてみたいことが」
「ああ、撃退士へ質問ばかりでは一方通行だ。今回は外奪のことも知りたい」
ファーフナーも頷いた。「どうぞ」と外奪が笑みを返すので、ファーフナーは外奪が問うてきたものと似たようなことを問いかける。
「恋人は?」
「欲しいですね〜」
「殺人……もとい、同族を殺した事は?」
「ありますよ」
「サマエルとの関係と、サマエルの下で戦う理由は?」
「サマエル様は上司というか雇い主です。雇い主の言う事を聞くのは当たり前でしょう?」
「過去の過ちは?」
「過去はほろ苦く、そして美しいものです」
「ゐのり達についてどう思う?」
「ツェツィーリアさんは努力家でしたね。ゐのりちゃんは頑張り屋さんですね。猛鉄くんは、大雑把な人でした」
「そうか。では……お前の名前は?」
ファーフナーは問う。前回、外奪が名を問われた時の反応が気になったからだ。
「名前ですか?」
だが今回の彼の反応は、あっけらかん。
「外奪ですよ。何度も自己紹介してるじゃないですか〜」
「オーケー。じゃあこっからは俺から質問だ」
と、二杯目のビールを飲み干したミハイルへ質問主はバトンタッチ。
「年齢は?」
「割と長生きかも?」
「サマエルに仕える前は何をしていた?」
「色んなところをふらふらと」
「『恒久の聖女』関連以前に、人間界に介入したことは? ひでぇことしてたとしても構わん、率直に言ってくれ。そういうものかと思う程度だ」
「ご安心を、ほぼないですね!」
「そうか……。じゃ最後に、サマエルが楽しそうにしていることってあるのか?」
「極稀にありますよ?」
他には? 外奪が撃退士を見遣れば、名乗り出たのはギメだ。
「我からも問おう――外奪、そしてサマエルよ。人の子といることは楽しいか? ……なに『声』をかけるのも一苦労では楽しみにくかろうと思ってな」
「小生は楽しいですよー。サマエル様は?」
「楽しくないのであれば人間界には接触していない」
成程とギメは頷いた。それからポーズと共に声を張り上げる。
「赤き蛇よ。楽しむがよい! その先にあるものはどのような形であれ意味があることであろう!」
「だといいな」
欠伸交じりにサマエルは答えた。
●バトルオンザP
街灯が照らす駐車場。
向かい合うのは龍磨と烈鉄だった。カラオケではなく、手合わせをする為に。
双方武器も防具もなし、「別に要らんやろ」と烈鉄の言葉に審判なし、寸止めルールの正々堂々たる一戦である。
「性格『は』嫌いじゃないのだよ?」
「ありがとー。でもあんま僕に入れ込んで大丈夫? 裏切り者とか言われても知らんでー」
龍磨の言葉に烈鉄が茶化す。
やりとりもほどほどに。では。いざ。
地面を蹴る音。
攻勢を得意とする烈鉄の一方、龍磨は防御を得意とする。
怒涛の勢いで繰り出される烈鉄の攻撃。龍磨はそれを一つ一つ防御する。尤も『寸止め』――実際に打ち込まれていたら防御すらも揺らぐ危険性がある事を、実際に彼と戦った事がある龍磨は身を以て知っていた。
で、あるからこそ。防御の中で龍磨はじっと見極める。粘り強く待ち続ける。攻勢のチャンスを。
そして間隙を見つけたならば、鋭く拳を打ち込んだ。かわされる。ならば次まで待てばいい、再び身構えた。
「いい動き! 君とは思いっきり、悲鳴じゃなくて歓声の中で戦いたいねぇ」
「ハハハ。ほな、大量殺人者でカルト浸けで大悪党の僕が久遠ヶ原学園に入れるように融通してぇな」
烈鉄の態度は相変わらず飄々と冗句めいている。けれど龍磨はそんな彼にも敬意を払い、互いを高めるべく戦いを挑む。
一方――
ミハイルと外奪もまた駐車場で正対していた。
本来の予定ならミハイルはもう少し後に手合わせを行う心算だったが、「折角なのでやりましょーよ」と外奪が頼んできたのだ。ミハイルの他に手合わせ希望者もいなかったので、一対一となる。
「一応申し上げておきますが、小生これでも子爵級悪魔なので……一対一ならまず小生が勝ちますよ。負けても拗ねないで下さいね」
「タイマンになるたぁ思ってなかったが、そのへん承知の上だ。だからこそルールを設ける」
ミハイルが指を立てた。
その一、五手番の間にどちらかが二回ダメージを取れば勝ち。
その二、撃退士は重体手前になれば降参。
その三、飛ぶ高さ十五mまで。
「ルール承知致しました。小生からもいいですか?」
ミハイルを真似して悪魔が指を立てた。
「先に二回、攻撃なさい。サドンデス的な感じにしようじゃないですか」
「ハンデか?」
「一方的勝負は勝負じゃないでしょう?」
「成程、そりゃどーも。……後悔すんなよ!」
言うなりミハイルは拳銃を構えた。笑う悪魔は翼を翻してルールギリギリの高度にまで一気に飛び上がる。
ミハイルは狙いを定めた。その腕に纏う、火花を散らす青白い雷光。それは銃口へと収束し、撃ち出されたのは聖なる弾丸、スターショット。流星の軌跡を描くそれは一直線。
「うわ!?」
その精度に外奪は目を剥いた。身を捻る、だが肩口を僅かに掠める。じわっとディーラー服に赤いシミが小さく浮かんだ。
「ひゃーハッキリ言って油断してました! ここまで精確とは」
「もう一発、あるんだぜっ!」
銃声。
ミハイルの熟練の精度に加え、大きなカオスレート差。
かくしてそれは命中する――ように見えた。
ミハイルは見た。目を見開いた。弾丸が外奪へ当たる寸前、その天の輝きを大きく失った事を。
瞬間の出来事。身を捻った外奪がそれを回避する。
「いやぁーレート差が凄かったら当たってたかも」
縁起臭く胸を撫で下ろす外奪。ミハイルは眉根を寄せる。
「おい、なんだ今のは」
「ネタバラシしましょうか」
答えた外奪が上着の内ポケットから一枚の羽根を取り出した。赤黒い、汚らしい、ボロボロの羽根。けれどこの距離からでもミハイルは感じ取る。かの羽根のなんと禍々しい事か。
「サマエル様の抜け落ちた羽根に小生がちょっと細工をしたものです。羽根の残存魔力からサマエル様の『権能』を擬似的に再現した魔道具、とでも呼びましょうか」
「サマエルの権能?」
「ああ、サマエル様はもとは楽園にいた天使だとかなんとか。要は天の人だったそうなんで、その時のなんちゃらで天の攻撃は効き難いそうですよ?」
「何でもありだな、お前等は」
「悪魔ですから。特にサマエル様は神話級の」
そう言う外奪の手には魔法の光が灯っていた。
「では小生のターン」
「……お手柔らかに!」
ミハイルの苦い笑み、回避射撃の銃声、そして――轟音と暗転。
●ジャンクにカラカラ
ハッとミハイルが飛び起きれば先ほどの個室、ソファの上、額にはおしぼり。身体は無傷だ。「ナイスファイト」と親指を立てた明が治療してくれたのである。ちなみに明は皆の戦いを肴に酒を飲んでいた。
「皆さんお疲れ様でした。冷たい飲み物、用意してありますよ」
戦闘を行った者にさっぱり系のお茶を配るのはマシューだ。それを受け取り、龍磨は改めて列鉄に一礼を。「お疲れ様」と労いあう。
だがそんな時間もまもなく。
明、ファーフナー、龍磨の三人はサマエルと繋がったノートパソコンを手に別室へ行ってしまった。
「あまりサマエルに興味持たせないように」――そうは伝えたが、ミハイルはどこか心配気な眼差しだ。
対照的に悠市は平然としたまま、外奪へ向くと。
「げだっちゃんは『神の悪意』に逆らう事は可能なのか? 逆らう意志や必要性の有無ではなく、単純に可能か不可能かを聞きたい。理由は単なる好奇心だが」
「出来てたらいいな〜。出来てると思いますか?」
そう言って、外奪は手近なジュースを飲んで、クソまずい混ぜものジュースのクソマズさにブハフッと真顔で噴き出すのであった。
「……ご回答どうも」
悠市は自らの眼鏡に飛び散ったそれを冷静に拭き取るのであった。
●イスラエルの死の天使
龍磨は阻霊符を発動すると一礼し入室した。
「初めまして。一応、自分なりにやってみます」
「ああ阻霊符か。我は『ここにいる』のに透過阻止など何故?」
だが直後にサマエルは「ああ」と察しがついたようだ。
「阻霊符では我が声は防げんぞ。それが防げるのは透過能力だけだろうに」
「……そんな予感は薄々」
にへらと龍磨は笑い、席に着いた。明鏡止水の心持ち、決して揺れぬように。
「お手柔らかに」
「我は喋るだけだがな」
寝そべったままサマエルは答え、眼窩の羽を僅かに動かした。
「で……何の用だ。質問か」
「そうだ」
簡潔にファーフナーが頷く。サマエルが返事をする前に彼は言葉を続けた。
「外奪との関係は」
「退屈を紛れさせてやると我が前に現れた」
「ゐのり達についてどう思う」
「人の身で人の限界を超えようとする者は嫌いじゃない」
「寝ていないと体力がもたないのか?」
「アグレッシブに動いたら困るのはお前達であろう」
「人との会話は退屈か?」
「ノー。愉快だよ」
ポンポンと答えたサマエルは視線らしきものを明へ向けた。
「次、お前。確か前もいたな。なんか用か」
「まああれだ。これは性分でね、自分が最強だと思ってる馬鹿を見ると殴り倒したくて仕方がなくて」
純然たる理性による差別を見れないのは残念だがそれだけだ。打倒サマエル、それだけだ。
「ああ、そうだ。許さぬ認めぬ断じて有り得ぬ縁も義理も無い相手の命令を唯々諾々? 天地神明が許容しようともこの鷺谷明は許容せぬ。故に怨と呪とありったけの親愛を込めて、中指立ててこう言ってあげましょう」
おっちね。
「行く前は『耳栓使ったらどうなるのか』とか『そもそも言語を理解してなかったらどうなるのか』とか考えてたけどね。やめだ、やめ。そんな小細工に頼らずとも真正面から張っ倒してやるよ」
明は笑みを浮かべる。笑顔とは本来攻撃的なものだと彼は判断する。つまり明はこう言っているのだ。機会があったら殴り倒す、と。
「ああ、そうだ。お前の鼻っ面を引っ叩いて私達が同じ場所にいるんだってことを分からせてやろう」
前回の事。それが少々、頭にキた。これで対抗できなかったらただの道化、笑えないピエロ。ここで意志を示さずしていつ示す?
「……うむ。つまり我が気に喰わんと」
流暢な、詩的な、素敵な、殺意的な、宣戦布告。サマエルが頷いた。
「好きにすると良い、愉快なアダム。誰かの意思ではなく自らの意思で好きな事をやれ。それが我には一番楽しい」
「人の意思を弄る奴がそれ言っても説得力皆無だから」
「ふはは。お前こそ、真正面から張っ倒すなんて電話越しに言うものではなかろう」
「そこのツッコミはなしで」
「いいだろう」
含み笑った大悪魔は「さて」と一間を空けた。
「これ以上話題がないのなら戻るぞ、神妙な面を並べられてもつまらん」
「あ、はい」
些か拍子抜け――危険など何一つ起きなかった――しつつ龍磨はノートパソコンを持ち上げた。
サマエルは『神の悪意』を発動しなかった? いや、待てよ、「戻るぞ」と言ったが実はそれがそうなんじゃ……
(……こういう疑心暗鬼こそ、奴の力の真骨頂なのかもしれんな)
静かに立ち上がったファーフナーは、ドアを開けつつそう思った。この大悪魔の、なんと気紛れな事よ。
●お時間でございます
最後は皆(聞き専以外)で合唱を。
そう、この曲で最後。もうそろそろ、夜が終わってしまうから。
「いや〜今回も楽しかったですよ」
帰り支度をしながら外奪はニコニコ皆を見渡した。そんな彼に、ファーフナーが。
「次回があれば、その時は自分もちゃんと質問に答えよう」
「お! マジですかファーフナーさん」
「ただし条件がある。『店員及び撃退士の無事の帰還』だ」
「分かりましたー。じゃあまたなんか考えておきますね!」
指きりげんまんと差し出された悪魔の小指は、しかしスルーされたのであった。
その一方では烈鉄が、龍磨へ拳を差し出していた。
「楽しかったわ九鬼くん。また遊ぼなー」
「こちらこそ、烈鉄くん」
ごつん、合わさる拳は友好の証。
「今の内に言うとく。君のこと気に入ったから言うんやで」
烈鉄は笑顔のまま。
「僕のこと友達やと思たらあかんよ? 僕と君は敵同士、君は正義の久遠ヶ原、僕はキ■ガイ犯罪結社。さっきも言うたけど、僕と仲良ぉなってお仲間から変な目ぇで見られんようにな〜。居場所がなくなるんは、そらツライもんでっせ」
「にはは、ご忠告どうも。……そこまで自分の立場を散々言うのに、なんで『恒久の聖女』に?」
「僕の頭は、クルパーやねン。あっはッはー」
その目は笑っていなかった。
さて、カウンターで会計も済ませて。玄関前。サマエルが店員達を『目覚め』させる。店の外。暗かった夜は明るみを帯びていた。夜明けの、まだ肌寒い風が一陣。
外奪が演技臭くお辞儀をした。
「皆様おはようございます。そしてごきげんよう、シーユーネクストタイム!」
『了』