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マスター:ガンマ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/05/19


みんなの思い出



オープニング

●テレホンショッキング
「緊急事態である」
 と、生徒が教室に急遽集められたのは深夜の出来事であった。
 教卓には教師棄棄。彼の手には受話器が一つ、握られていた。
 そこから聞こえてきた音声は――

『ハァーイ! どうもどうもこんばんは〜。小生、外奪でございまぁ〜す』

 聞き覚えがある者も居るだろう。
 悪魔、外奪。【双蝕】と【ギ曲】事件における『恒久の聖女』のスポンサーとして暗躍している存在。『恒久の聖女』を悪の道へ引きずり込んだ張本人。先日では学内放送をジャックしてその声を久遠ヶ原学園中に響かせた。
『小生は今! 人間界のファミレスに来ています〜。こないだテレビジャックに協力してくれた辺枝折烈鉄くんも一緒ですよ。
 え? あはは。嫌だなぁ、一般人の方々に手を出したりはしていませんよ。死傷者ゼロですよ? 何もしませんとも、まぁ――人質みたいに見られても仕方ないですけどねぇ?』
 わざとらしい言い方だ。悪びれぬ外奪はペラペラと言葉を続けてゆく。
『あっでも〜騒がれると小うるさいので、サマエル様に“静かにしてて”って仰って頂きました。それ以外はほんっと! なんにもしてませんよ! 今ご飯食べてますが代金もちゃんと払いますよ!
 で――本題に入りましょうか。ねぇ久遠ヶ原学園の皆様? 小生達とちょっとお茶でもしましょうよ〜。いつもマトモに会えやしないどころか、話せる機会ってほとんどないじゃないですかー。
 小生としてもね、皆様とお話してみたいんですよ。ご飯代はこっちが出しますし、偶にはこういうのもいいんじゃないですか?』
 受話器の向こうで外奪がどんな顔をしているのかは窺い知れない。だが彼は、間違いなく、笑っているのだろう。
『……小生、嘘は吐きませんよ? 皆様に今まで嘘吐いた事なんて、ありますか?』
 そしてこちらの疑念を見透かすかのように言葉を繋いだ。
『ああそうそう、勿論、ちょっと手合わせしたいとかなら受けてたちますよ〜。一般人巻き込む危険性があるかもしれませんけどね。まぁやるなら駐車場で〜とかでも構いませんし。ここの駐車場けっこう広いですしね。
 でも、そんなガッツリとかはやりませんよ? ほら、間違ってここで死ぬとか、怖いじゃないですか。小生まだ死にたくないんですよ〜。まぁ軽〜く、ね? コミュニケーションですよ?
 あ〜、あと、伏兵とかそういうのはいませんからね。ファミレスにいるのは小生と、烈鉄くんと、あとノパソの通話をサマエル様と繋いでいるんで、2人+バーチャル1人ですね。
 ではでは……お待ちしております。楽しみにしていますからね?』


●こんな夜だし
「ホンマに来はりますかね?」
 ピザを頬張るスキンヘッドの無頼、辺枝折烈鉄が向かいに座った外奪に問うた。
「来なかったら腹いせに一般人虐殺しますか〜。ほら烈鉄くんが『劣等種めー』って」
 外奪は上品な動作でパンケーキを食べながら笑顔で答える。マジなのかその場のノリで答えた冗句なのかは、分からない。
「ま〜やりはるんなら別にやるけどさ……」
 溜息を吐き、ピザを完食した烈鉄はウェイトレスを呼びつける。彼女は虚ろな顔をしたまま、彼らの注文に逆らわない。間もなく別の種類のピザが運ばれてくる。
「サマエル様も来られたらよかったのに〜」
 その様子を横目に、外奪はテーブルの上の小さなノートパソコンに目をやった。
 ディスプレイの中、通話ソフトで繋がった向こう側では、長椅子に寝転がった天使のような姿をした悪魔――サマエルが、「あ?」と生返事。
『別に良いではないか。ゐのりも来なかったのだろう?』
「まぁ……ゐのりちゃんは、少々コミュ障のケがありますからね!」
 サマエルにそう言った外奪はケラケラと笑った。
「てかさ、外奪さん?」
 烈鉄が悪魔に問いかける。
「この……お茶会? に意味とか目的なんてあるんです?」
「あるわけないでしょそんなもん」
 なんとまぁ即答。
「我々はいつだって行き当たりばったりのその場のノリですよ。人生、ふいんきで生きるのもまた一興ですからね!」
「雰囲気(フンイキ)、ちゃいますか」
「わざと良い間違えたんですぅ〜」

 そんなやり取りの直後に、入店を知らせるドアベルが鳴った。
 『恒久の聖女』陣が目を向ければ、そこには派遣された久遠ヶ原撃退士が。

「やぁどうもこんばんは皆様! 今夜はまったりしようじゃあないですか。こんな夜ですからね?」
 外奪はそれを、笑顔で迎える。


リプレイ本文

●どうせ夜
 冷静に考えれば奇妙極まりない光景である。
 学園撃退士と『恒久の聖女』陣営が、同じテーブルに座っているなんて。

「え、京臣君いないの」

 第一声、外奪と烈鉄を順に見た鷺谷 明(ja0776)は露骨に(そしてわざとらしく)残念そうな顔をした。
(敵味方でお茶会……不思議だけど……この混沌……外奪のお兄さんの在り方……かな……不謹慎だけれど……楽しみ……)
 ぐるりと周囲を見渡したベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)は淡い表情の中で密かに好奇心を輝かせる。
「ゐのりちゃんはシャイなのでねぇ」
 そんな撃退士を見やる外奪は、彼の有様を代表するような笑顔。
「では、先ずは皆様の自己紹介をおうかがいしましょうか? お名前、学年、好きな食べ物、恋人の有無とか将来の夢とか……お好きにどうぞ!」
 さぁ貴方から。促され、最初に口を開いたのはルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)。
「名前はルドルフ。ルドルフ・パーシヴァル・ストゥルルソン。歳は二三、大学部四年。好きな食べ物は甘い卵焼き、あとチョコレート。恋人についてはノーコメント。とりあえず美人な女の子も好きだし男前のお兄さんだってスキだよ? ……ああ、まあ、命より大事な相方はいるかな」
「相方さんは恋人ではないのですか、ルドルフくん?」
「恋人についてはノーコメントって言ったろ」
「ふむふむ。久遠ヶ原学園は恋愛にフリーダムな方が多いですね!」
 では次、と外奪が視線を移した先には、結わえ直したリボンでしっかと白髪を束ねた姫宮 うらら(ja4932)が物珍しげにキョロキョロ辺りを見渡していた。直後にハッと外奪に気付くと、
「……お初にお目にかかります、姫宮うららと申しますわ」
「うららちゃん。可愛いお名前ですね。……何かお探しで?」
「え。いえ、何でもございません」
「おやそうですか。ではそこの、素敵なサングラスの貴方」
 と、外奪が指名したのはニカッと笑ったミハイル・エッカート(jb0544)だ。
「大学部三年のイケリーマンことミハイルだ、よろしく! 好きな食べ物はプリン! 恋人はいないから紹介してくれ、人間の姿してる美女がいい」
「おお、貴方がイケリーマンさんだったんですね! 美人造形人型プリンと結婚すれば解決では?」
「生き物で頼むわ」
 あはは、と笑った外奪が次に向いた先には髑髏を小さな膝の上に乗せたベアトリーチェ。
「ベアトリーチェ・ヴォルピ……中等部一年。好きな食べ物は……イタリアン全般がジャスティスで……将来の夢は……お嫁さん……」
「ああやっぱりベアトちゃんでしたか! 将来の夢はお嫁さん……良いですねぇ。美人さんなのできっとドレスはお似合いですよ」
 グッとサムズアップした外奪は、次にファーフナー(jb7826)へと話題を振った。
「不躾な質問だな。踏み込みすぎるのは野暮ってものだろう」
 素っ気無く、ファーフナーはそれだけを答え。ひょいと外奪へ投げ渡したのは名前や誕生日が書かれている学生証だ。尤も、名前は偽名で誕生日は適当であるが。
「あっその声はニホンゴワカリマセンの人ですね! なんか一個ぐらいは答えて下さいよぅー」
「ご想像にお任せする」
 外奪の言葉にファーフナーは取り合わない。
(いかに利用し抉るかのネタなのだろう)
 ファーフナーは何処までも冷静冷徹に思考する。受け答えの最中にも、録音や放送などをしていないかさっと視線を巡らせ確認する――どうやらそういった妙な仕掛けはないようだ。
 が、彼は決して油断しない。これは仕事。悪魔と交誼を結ぶつもりはなく、殺し合う相手に思い入れもない。
(人間同士で争わせれば、どちらが勝っても被害が出るのは人間。悪魔には痛手がない。……本気の侵略ではなく、家畜で暇潰し程度なのだろう)
 そう思うファーフナーのアイスブルーの瞳と、外奪の色眼鏡越しの金瞳がかち合った。悪魔はニコリと『友好的に』微笑む。真意や本音を悟らせぬままに。フン、と半悪魔は鼻で笑った。
「げだっちゃんは意外と人間を見ているのだな。それでも悪魔と人間の溝は埋められないだろうがな」
 至極真面目な表情でファンシーなあだ名を平然と口にしたのは戸蔵 悠市(jb5251)。ふざけたのではない、(彼なりに)常識的に考えて本人の希望を尊重しただけである。
「素敵なあだ名をありがとうございます」と外奪は電話で聞き覚えのある声の主に微笑みかけ、言葉を続けた。
「我々冥魔が『人間とは分かり合えない』と言うのは納得できますが、まさか……はぐれ悪魔も歓迎している久遠ヶ原の貴方からそんな言葉が聞けるとは」
「天魔と人間は個人として一時分かり合う事は可能でも、種族単位での和解は不可能だろう。私はそう思っている」
「成程、一理ありますね」
「あと恋人の有無に関しては無だ」
 悠市の言葉に「きっと出来ますよ」と親指を立てた外奪は次の者に視線を向けた。
「よっす。この前は、烏龍茶ご馳走さん」
 そう言って片手を上げたのは江戸川 騎士(jb5439)。
(食い放題無料飯、外奪との『楽しい会話<腹の探り合い>』、サマエル様鑑賞機会――このキラキラ萌えきゅん三拍子が、揃ったら重体でも行くしかねぇだろうが!)
 等と思いながらも、騎士の西洋人形の様な秀麗な相好は穏やかにニッコリだ。
「騎士くんではありませんか! 先日はどーも」
「どーも。しっかしファミレスとは庶民的だねぇ、人によっちゃあ金の出所が気になるだろうが俺は気にしない性質だから存分に奢ってくれ」
 ピンポーン。言い終わるや騎士は備え付けの店員呼び出しボタンを躊躇なく押した。やって来たウエイトレスは虚ろな表情。そんな彼女に騎士はメニューを広げつつ、
「とりまこのページの全部。セットも一番いい奴を片っ端からよろしく」
 傀儡であるウエイトレスは従順に頷いた。
「全く、自分の好き嫌いのなさには感謝だぜ」
 なんて自賛した騎士はお土産としてパンも買う気である。そのまま彼は仲間達を見渡した。
「なんか頼む人いる?」
「ピザ全部」
 と、笑顔のまま即答する明。
「取り敢えずビール! あと枝豆」
 割と深夜テンションなミハイルはシュバッと手を上げた。
「ワインを。赤で」
 ファーフナーは適当な様子。
「もうちょっと……考える……」
「わ、私も」
 ベアトリーチェはそう答え、うららは何処か緊張した様子で答えた。「じゃあこれどうぞ」と騎士がメニューを差し出してくる。うららはそれを――まるで表彰状でも受け取るのかと言わんばかりの硬さで受け取った。
(これが……ふぁみれすの、めにゅー)
 先程外奪に問われた時は濁したが、実はうららは人生初ファミレスである。食い入るようにメニューを見詰めた。
(今回は相手の奢り……店員に仕事をして貰ったいた方が、何もしていないよりも安全でしょうか)
 そう思っては、先程騎士がやったように呼び出しボタンをたどたどしく押した。何回かミスった。4回目でやっと『ピンポーン』と鳴った。
 そしてやって来た店員に、
「ここから」
 1ページの最初のものを指差し、
「ここまでを」
 最後のページの最後のものを指差した。
「なんとまぁ豪快な」
 外奪は目を丸くした。うららはしれっとしていた。

 一方のベアトリーチェは烈鉄の隣に座り、黙々とピザを食べている男と、その口へ運ばれてゆくピザをじっと眺めている。
「なんや? 欲しいんか?」
「ん……イタリアン食べてるから……気になった……。まだ頼んでないイタリアン……ある……?」
「せやなー、パスタ系とスイーツ系はまだやと思う」
「オッケー……」
 こっくり頷き、少女はうららが注文をした店員へと、まだ頼まれていないイタリアン料理を頼んでゆく。
「お茶会の時は……心遣い……大事……」
「ええ子やねぇ、良いお嫁さんなれるわ」
 友好的に微笑んだ男に、少女は小さく「ありがとう……」と礼を述べた。
「烈鉄のお兄さん……カラオケ……好きって聞いた……」
「まぁ好きか嫌いかって言うたら〜って感じよ。毎週行くってほどちゃうで」
 今度行く? 烈鉄は冗句交じりにそう言った。ベアトリーチェは運ばれてきたフォカッチャをフーフー冷ましながら頬張りつつ、
「楽しそう……だけど……『一人は危ない』って……学校に言われそう……」
「さよかー。なぁ外奪さん、次カラオケしよや」
 軽いノリで烈鉄が外奪へ。
「いいですよー」
 軽いノリで即答する悪魔。
 せやって。ベアトリーチェに視線を戻し、烈鉄は彼女の前に黒茶色の液体が注がれたプラスチックのグラスを置いた。結露滴るそれと烈鉄とを見比べるベアトリーチェに、彼は「僕のスペシャルブレンド」と答える。
「混ぜ物ドリンク……挑戦せねば……漢じゃない……って聞いた……ので……」
 ふぁいおー。淡々とした物言いで、それにそぐわぬ単語を発言したベトリーチェは謎のスペシャルブレンドを持つと一息にぐい飲み。形容しがたい味だった。グラスを下ろし、少女は首を傾げる。
「これ……何……?」
「コーラとジンジャーエールと烏龍茶とレモンスカッシュ」
「初体験……」
 チビチビ飲み始めたベアトリーチェ。烈鉄は彼女から撃退士へ目を移すと、変な色のジュースを「皆も飲みぃや」と差し出してくる。
「ピザうめえ」
 注文品のピザを頬張りながら笑っている明が、それを躊躇なく受け取って遠慮なく飲んだ。
「ジュースまずい」
 やはり彼は肩を震わして笑っている。すると笑った事で腹に力が入り、包帯の下の重体の身が容赦なく痛んだ。
「からだ痛い」
 それでもやっぱり明はケラケラ笑っていた。
 一方のうららは上品な様で豪快に、運ばれてくる料理を運ばれてくる速度に負けぬほど片っ端から食べていた。
 最中に明から謎ジュースが回されれば、頬張っていたオムライスを飲み込んでから不思議そうにしげしげ眺め、それから躊躇いなくゴクリと飲み干した。
「成程……」
 神妙な顔で頷いたうららはすっくと立ち上がり、ドリンクバーへ。初めて見る『どりんくばー』に悪戦苦闘しながらも、烈鉄を真似て超ミックスジュースを二つ持ってくる。
(これがお茶会なのですね……!)
 勘違いと共に「どうぞ」と、全ての飲み物をちょっとずつ混ぜた変な色のそれを外奪と烈鉄へ。
「ねーちゃんパンクやなぁ」
 すげぇ味やわ、と烈鉄はうらら特製ジュースを飲んでいる。一息にそれを飲み干した後、彼はふと撃退士に問うた。
「あのさぁ。僕の兄貴……猛鉄兄ィについて知ってる人おる?」
「ああ」
 答えたのは、枝豆をつまみにビールをジョッキで飲んでいるミハイルだ。
「ナイスファイト&ナイス散りっぷり」
 簡潔に。直後には鳥の唐揚げを頬張っていた。烈鉄も「そっかー」と、特に感情を出す事なくベアトリーチェとピザを半分こして食べ始める。
 ファミレスの安物ワインを少しずつ口に運ぶファーフナーは、そんな様を静かに眺めていた。
(おそらくは)
 烈鉄も、猛鉄も。教団に所属する者は自身を悪魔の使い捨ての駒だと分かっていても、人間社会で虐げられてきた身にとっては、自身が役に立てる事自体が喜びなのだろう。
 そして生きる意義や未来を見いだせたのなら、本人にとっては幸いなのだろう。
「……」
 偽名の彼は何も語らず。同情も肯定も否定もせず。
 彼は自身の血を受け入れられず、バケモノだと自嘲する。人でありたいと渇望する。選民思想の教団とはベクトルが違うのだ。
 ただ――敵対するなら戦うのみだと、油断だけはしていなかった。


 一方で外奪は、ルドルフに話しかけていた。笑顔のまま「人を殺した事は?」と。
「ある。撃退士になる前の話だけど」
 フォークで刺したソーセージを頬張る彼は玲瓏な眼差しを悪魔に向けた。
「生きるために必要だった。君たちと同じさ。その日の糧を得るために、あるいは自分自身を守るために、俺は名前も知らない誰かの命を奪った。……このご時勢だ、よくある話だろう?」
「尤も、こんなご時勢ですからね。では次の質問、戦う事はお好き?」
「好きだな。自分の力を存分に振るえる事も、手加減ナシにぶん殴ったって傷一つ負わない奴らが居る事も、素敵で素敵で仕方がない。撃退士だってそうだ。自分より強い相手に挑むのって、生きてるって感じがしてマジ最高」
「おお、猛鉄君がいればきっと話が合ったでしょうね。貴方は真っ直ぐ生きていらっしゃるようだ」
「どうも。自分には正直でいたいって思ってるからな。この生き方にも、この性格にも、後悔はないし、逆に誇りすらある。『朝には紅顔ありて夕には白骨となれる身なり』、人間なんて弱いもんさ」

 だけどね? フォークを置いたルドルフは
毅然と微笑んでみせた。
「弱いというのは、戦わない理由にはならない。どんだけ矮小であろうと、牙を持つならそいつは狼だ。飼い殺しにされる犬じゃない。
 だからね、俺は挑むよ。あんたの先にいる――『神の悪意』に」
 ルドルフは思うのだ。ただのそこいらの人間では『俺達』の意思を捻じ伏せる事なんて出来やしない、と。
(だからこそ、ここで挑むんだ)
 モニターの中で惰眠を貪る大悪魔を見、ルドルフは背骨の裏でゾクゾクとしたものを感じながら。

(きっと、サマエルなら、あの絶対的な強者なら――俺の本能ごと、捻じ伏せ潰してくれるんじゃないか)

 いつかの邂逅を夢見、ただただ、ルドルフは目元をニィと笑ませているのであった。
「ええ、どんどこサマエル様に挑んでみて下さい。その方がこの出不精には良い刺激です」
 外奪は相変わらず不敬というか自由というか。次いで視線を移した先にはピザと烈鉄特製ミックスジュースを飲んで楽しそうに笑っている明へ。
「その声はトナカイマスクさんですね。将来の夢とか、小さな頃の夢とか、やり直したい過去はおありですか?」
「そんなものがあったら享楽主義者を名乗らない。悔恨すべき過去も、夢想すべき未来もない。今しかない。故に享楽」
 楽しげな表情のまま、享楽主義者はスラスラと淀みなく答えた。
「ザ・今を生きるですね! 良いと思います。では、ゐのりちゃんやツェツィーリアさんについてはどうお思いで?」
「思想的に言うなら大好物。差別と区別、身分と種族、生まれという名のどうしょうもない理不尽。ありきたりな題材だが、言い換えれば王道だ。
 そもそも人類史とは見方を変えれば差別の歴史だ。その最先端に現れた覚醒者≠人間の対立軸とそれに伴う優生学思想。これは覚醒者というものが世に出でた時から予測され、その誕生を切望された望むべき珠玉の大乱」
 の、はずなんだけどねえ。ピザを大口で飲み込んだ明は演技の様な仕草で息を吐き肩を竦めた。
「や、悪魔<人外>の介入はいいんだよ。それは思想の価値を貶めはしない。武力を振りかざすのも問題ない。それもまた外交の一形態だ。だが恨み辛みはいかんのよ、それは明確に思想を言い訳にする。
 で、そこのところどうよ、外奪。京臣ゐのりは恨み辛みに捕らわれているか?」
 明の問いに、外奪はブフッと噴き出した。それからおそらく今までで一番楽しそうに目玉を歪ませ、こう言ったのだ。
「ええ、それはもう!」
「あーそう。あーピザうまい」
 出来ればゐのりに教義や思想を聴きたかったのだが。明は残念な気持ちをピザで胃袋に押し込んだ。
 彼が見たいのは、純然たる理による覚醒者優生の潮流。種の違いという名の根拠ある区別。
(これにヒトはどう争い、そして結果はどうなるか? ……見たいねえ)

「他の方はどうですか? 撃退士になった理由も併せてどうぞ」
 外奪は他の撃退士へ視線を移し、質問への返答を促した。
「前の大規模戦で何人かやっちまったかも? 覚えてないぜ。戦いは勿論好き。撃退士になった理由は会社の命令だ、撃退士ビジネスでも始めるのだろう」
 『会社の命令』に関してはすっとぼけた様子で、唇に付いたビールの泡を拭いつつミハイル。
「人を殺した事はない。戦いは好まない。撃退士になった理由は、自分の甘受してきた普通の幸せを少しでも多くの人間に分け与えたかったからだ」
 次いで、サラダをマナー良く頬張る悠市が答え、言葉を続けて曰く。
「やりなおしたい過去はない。その選択が過ちであったとしても、それを経た今の自分に誇りを持っているから」
「イケリーマンさんと君は対照的ですねぇ」
 同じ撃退士なのに興味深いと外奪が頷いた。そんな彼に、「あと、ゐのりとツェツィーリアについてだっけか」とミハイルが言葉を続ける。
「ゐのりを逃がしたのは失敗だった。今度は逃がさん。もう少し大人で美女だったら追い掛け甲斐があるのにな。ツェツィーリアについては、惜しい美女を亡くしたぜ。っつうか、げだっちゃんが無理させて殺したようなもんだろう。ゐのりも同様に死ぬのか?」
「さぁ〜、どうでしょうねぇ。小生に人の寿命を見切る力はないんですよ」
 外奪は苦笑してエビフライを齧った。そしてスープを飲んでいる騎士へ目をやり、「貴方は?」と。
「恋人は居ない。なんだったら俺の恋人になってみるかい? 死にそうな時は、他人に殺らせず行ってやるぜ」
「まぁ素敵。小生のハートがトゥインクルしちゃいますよ」
 縁起臭くウインクする外奪。騎士は楽しげに微笑み、質問の回答を続けた。
「やり直したい過去は無し。過去は過去だからいいんだよ。ゐのりについては、あの笑えるまでの純粋さは、悪魔的に惚れるよね。聖女は中途半端。人間らしいっていえばそれまでだが。その点、猛鉄は突っ走った感があるよな」
 まぁ猛鉄については別担当だったので直接は知らないが。そう心の中で付け加え、騎士は外奪を見ながら「楽しんで死んだみたいだったぜ」と言った。
「そっかー」と軽く頷いた外奪よりは、烈鉄の方が密かにしっかり話を聴いていたようだった。
「で」
「どうだったかな、忘れた」
 外奪が視線を移した瞬間にファーフナーは素っ気無い。ワインのつまみにフライドポテトをフォークで刺して頬張って、更なる言葉も拒絶する。
「ちえー」と口を尖らせた外奪。枝豆の皿を抜け殻で満たしたミハイルは彼に「俺からも質問いいか」と声をかける。「どうぞ」と返事が来たので、遠慮なくミハイルは言葉を続けた。
「これまでの報告を見ると人を殺したかどうかに興味あるようにみえるが、なぜだ? 学園生には軍人や裏社会の人間もいる。少年少女ばかりじゃないぜ。それにヤバイ覚醒者もいるご時勢でいつ命取られるか分からん。綺麗ごと言ってられない時もあるぞ、この世は戦場だらけだ」
「撃退士って大体は『人類の味方』が基本スタンスでしょ? だから、味方の筈の人類と戦ったり殺したりするのってどんな気持ちなのかなって。イケリーマンさんみたいにどうも思わない方もいれば、悩んだりショック受けたりする方もいる……小生達はそういう人間ドラマが楽しいんですよ。悪魔ですから」
「成程ねぇ……。前から思っていたんだ。天魔も人間もそう変わらんと。食うために家畜を殺す。一部の人間が覚醒して対抗する力を持ってもお前らの認識は変わらんだろ? 一部の牛や魚が喋ったとしても人間は食べることを止めないようにな」
 だが、とミハイルは不敵に笑った。
「――俺たちは牛じゃない。精一杯抵抗するさ。何度叩き潰されても起き上がり、いつか喉元食いちぎるぜ」
「はっは、それは怖い」
 首の防御を固めないと、と外奪は冗句で微笑み返した。精々気をつけな、とミハイルはプリンを食べ始めるのであった。

 一方ベアトリーチェは外奪の隣に席を移動し、悪魔が気付いた所で頭を下げた。
「今日はお招きくださり……感謝……」
「こちらこそ、お越し頂き感謝です」
「……忍者、忍法……何が一番好き……?」
「ニンジャヒーローですかね」
 なるほどー、と少女は目をパチクリさせた。この悪魔は話上手だとベアトリーチェは思っていた。
「冥界では……何が流行か教えてくれると……ドキドキ……」
「小生の知り合い達の間ではTRPGが流行ってますよ。小生GMを良くやります。人間界の遊びは中々エキサイティングですね!」
 例えば前回のセッションでは……とベアトリーチェに話し始める饒舌な外奪。

 一通り食べて一息吐いていたうららは会話の様子をじっと眺めていた。ふと、指先で触れた赤いリボン。それから徐に、件の悪魔へ問うてみる。
「貴女の本当の名は何というのでしょうか?」
 外奪が少し目を丸くしてうららへ向く。珍しくニヤニヤ笑いを引っ込めていた。
「それはどういう?」
「いえ、意図などない、ただの思いつきの質問です」
「ふむ。本当の名前、ねぇ……」
 また悪魔はニタッと笑みを浮かべていた。
「『外奪』だといいですね!」
 それに意図があるのか思い付きなのか、うららには分からなかった。


●神話の怪物
「サマエル様の声……聴いてみたいけれど……私……抵抗力ないから……しょもん……」
 空いた席を見詰めたベアトリーチェが俯いた。
「なので……もっと……イイ女になった時に……お話して貰えるように……」
 外奪のお兄さん。少女は悪魔にメモを渡す。美味しいアップルパイ屋の事が記されていた。
「ここのアップルパイを……私からの……お土産に……しておいて貰える……?」
「勿論ですよ! きっとお喜びになるでしょう」
「あと……」
「はいな?」
「決めポーズ……見たい……」
「オッケーです。いきますよ、サンハイ!」

 それはとっても地獄的でチョベリグなポーズだった。

 ――空席の主、明、悠市、ファーフナーは従業員用の別室へ移動していた。
 向かい合うのはノートパソコン、モニターの中で寝転んでいる大悪魔サマエル。
「態々移動までして、我に何の用だ?」
 簡潔に大悪魔は彼等に問う。まるで無害な素振りをして。
 ではと悠市から口を開いた。
「サマエルが人間に望むものは何だ? 聞き入れる気は毛頭ないが、目的は知っておきたいのでね」
「暇潰し」
 即答過ぎた。それだけに嘘偽りがない事を直感させる物言いだった。
 ふむ、と頷いたファーフナーが次いで問う。
「人の憎悪を煽りすぎては、天使が感情を美味しく頂くだけでは?」
「それもいいな。全て天使が滅ぼすのもアリか」
「『神の悪意』は強力すぎて撃退士とは能力差がありすぎて、退屈凌ぎにならないのでは?」
「だから我は退屈なのだ。故に積極的・直接的介入はしない。前線にも出ない。全てが『言った通り』になるのは、死ぬほどつまらんぞ。若い頃は楽しかったが」
 相変わらず寝転んだまま、サマエルは生返事気味にそう言った。
「まぁそれは置いといて、だ。折角だお前達ちょっと戦ってみせろ」
 何気ない一言だった。

 けれど、三人は気付けば光纏し武器を構えていて。

 しかし切りかかる事は起こらない。
 拮抗と静寂。
「生憎、私は既に学園を選択した事に誇りを持っている……大切な相棒もできたしな」
 悠市は震える腕で武器を押さえる。サマエルと学園、選ぶならどちらかなどとうに決まっている。
「一度選んだ学園が間違いだと思うなら内部から変えていけばいい。それが自分の選択に誇りを持つと言うことだろう」
 情報には聞いていたが、ここまでとは。悠市は絶対強者<サマエル>の『声』に内心で驚愕していた。
 だが。悠市は思うのだ。
「誰かの声に従い己の選択すべき事項を放棄する。それは自由の放棄だ。
 己で選択した道ならそれが過ちであろうとその先が地獄であろうと、誰のせいでもない己の責任として笑って背負える。他人に己の運命を委ねその責任を押付ける事は絶対しない」
「自分の責任で相棒が死んでもそう言えるか?」
「お前の言葉に、この選択は歪めさせはしない」
 サマエルはくつくつ笑っていた。
 一方のファーフナーは咄嗟に魔槍を足の甲に突き立て、痛みで正気を留めんとしていた。
 けれど、思うのだ。

 感情を奪われ操られるのは楽なのでは。

 ファーフナーは元より社会の望む役割を演じてきた傀儡だった。
 嗚呼、楽なんだろう。全部全部委ねてしまうのは、きっと。
 でも駄目だ。脚を刺す刃に力を込める。正気を保つ為にはもっと鮮烈な痛みを。刃に力を込める。そうだ、脚なんて切り落としてしまえばいい。邪魔だ――

「まだ死ぬな」

 サマエルの声で全員がハッと気が付く。
 ファーフナーは自分の脚を滅多刺しにして切断しようとしていた。
 悠市は自分の首を両手でギリギリ絞めていた。
 明は剣で自分の腕の肉を削ぎ落としている真っ只中だった。
 気付かなかった。いつの間にサマエルは喋って、撃退士を唆していたのか。聞いていたのかもしれない。けれどそれを意識できなかった。
「さぁ、気を付けてお帰り」
 サマエルが笑う。
 撃退士は別室から去る事にしたが、果たしてそれは誰の意志だったのか――ただただ、興味と好奇心で構成された明だけが、狂ったように笑い続けていた。


●神の悪意
 うららはサマエルに一人で相対したいと申し出た。
「『神の悪意』をお示し下さい。――私はそれを、打ち破ります」
 リボン解けば鬣の如く、銀の髪が翻る。
 死活。時間制限の無敵状態。肉体も精神も傷を負えばただでは済まぬと知りながら。全て人の意を侵す術には無意味と悟りながら。

「姫宮うらら。獅子の如く、参ります」

 獅子たる意思を歪められる事。それは彼女の在り方全てを亡くすに等しい。
 故に身を意志を全てを以て、抗う覚悟をここに。
「ほう、新手の自殺か?」
「戯れの悪意には確たる決意で。他の何で劣っても負けても、獅子として在ると決めたこの心だけは、誰にも屈せず、変えません」

 人が意思・在り方を歪め堕とすその所業だけには決して負けぬ、勝ってみせる。
 全身全霊、己が全てを賭けても良い――……

「良いだろう。その気高き意志、評価する」
 サマエルがうららに興味を持った。持ってしまった。
 寝転んでいた大悪魔が立ち上がる。

「『神の悪意』を知れ、愚かなイヴよ」



●やっぱり夜
 うららの帰りが遅い。
 異常事態が起きたのだと、撃退士は直感する。
 直ちに撃退士は別室に向かい、ドアを開けた。

 ――そこにいたのは、倒れたうらら。

 息はある。だが目を見開いたまま意識が無い。反応も無い。屍のよう。
「あー……」
 外奪が肩を竦めた。
「ご愁傷様です」

 『神の悪意』を直撃したうららはただでは済まなかった。
 先の三人が無事に戻れたのは、互いの存在に加えサマエルが加減した事もある。だがうららに関しては、サマエルが『三人に向けたそれより更なる力を、たった一人のうららに絞って向けた』のだ。

 結果、うららの精神はズタズタに引き裂かれ、粉々に砕け散ってしまった……。

「……っ」
 騎士は端整な顔を歪ませた。
 どうすればいいか。結論が出たからだ。
「おい、外奪」
「はぁい?」
「〜〜〜……頼む」
 凄く凄く、嫌そうな様子で。騎士は友好的オーラを発しつつ、悪魔の舌を用いて外奪に囁きかけた。
「……『お願いします』。コレでいいだろ!」
「エエー」
「全員が無事帰還できなかったら後で色々言われるんだよ」
 珍しく怒気を露に騎士は歯列を剥いた。
 外奪はしばし考え込むと、パソコンへ向き。
「サマエル様〜。治せます?」
「仕方ないな」
 意外にも即答だった。
「安心しろ、姫宮うらら。お前の身には何も起きなかった」
 そう、サマエルが言った途端。

「 ―― ッ!」

 意識を取り戻したうららが飛び起きる。
 息を弾ませ、己の顔を触り……それから悔しげな表情を浮かべた顔を俯かせた。血が伝うほど、その唇は噛み締められていた。

 もし。
 騎士がサマエルに頼めば「嫌だ」と答えていただろう。外奪に頼まなければ、「まぁ撃退士の中でも顔馴染みで仲良しだしなー」と思わせていなければ、『嫌そう』にしなければ、うららはこのまま精神的重体となっていただろう。

「今回だけですからね?」
 負傷した撃退士に治癒魔法をかけつつ、外奪はそっと騎士に小声で伝えた。「十分だ」と彼は答えた。
「あ。それよりもう朝になりそうですよ」
 話題を逸らす外奪が窓を指差す。
 東の空が青く明るみを帯び始めていた。お開きの時間ですねと悪魔が言う。
「ありがとうございました……」
 ベアトリーチェは頭を下げる。それからちょっと恥ずかしいけれど、バイバイと手を振りながら。
「またね……」
「おう、次はカラオケやな」
 烈鉄、外奪が手を振った。

 会計を済ませ、一同はファミレスから退場する。
 最後にサマエルが、傀儡となった店員へ。

「起きろ人間、もう朝だ」

 そうして、奇妙なお茶会は幕を閉じたのであった。



『了』


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: RockなツンデレDevil・江戸川 騎士(jb5439)
重体: −
面白かった!:13人

銀閃・
ルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)

大学部6年145組 男 鬼道忍軍
紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
撃退士・
姫宮 うらら(ja4932)

大学部4年34組 女 阿修羅
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
剣想を伝えし者・
戸蔵 悠市 (jb5251)

卒業 男 バハムートテイマー
RockなツンデレDevil・
江戸川 騎士(jb5439)

大学部5年2組 男 ナイトウォーカー
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
揺籃少女・
ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)

高等部1年1組 女 バハムートテイマー