●わん
「怪我しちゃっても、わんちゃん達の世話は休めないよねー、すごくわかるよ。
大変だよね」
飼い主には及ばずとも力になれれば。ジェニオ・リーマス(
ja0872)は愛犬と愛猫を知り合いに頼んでこの依頼に参加した。
「これだけ居ると勢揃いと言った感じだな。圧巻だ」
大型犬達を見渡すイツキ(
jc0383)は碧眼を僅かに瞠目させる。どの子も可愛い。妹にも見せてやりたかったなぁ。
「犬……」
Robin redbreast(
jb2203)は目をパチクリ。先日参加した依頼で勉強し、珍しく自主的に興味をもった存在。今回も事前に本で勉強してきたが、ロビンはこれまでの人生で犬どころか生物すら飼った事はなく。
興味にキョロキョロする彼女の一方で凪(
jc1035)は穏やかなものだ。
「犬は良い。邪気が無く、また恩義を知っているからな」
いつか己も犬と生活してみたいものであるが、まさか依頼で、一日だけでも叶う日が来るとは。
「きょうは、いっしょにあそぼーなのっ♪」
朝イチでもなんのその、元気良く末摘 篝(
jb9951)は犬達を見渡した。
「うー。りょかんのみんなに、わんちゃんは『じゅんばん』がちゃんとあるからね。っておしえてもらったの!」
犬社会には上下関係がある。故に先ずは観察。ほぼ年功序列? そしてその序列に従い、朝ごはんだ。それぞれの犬に用意されていたドッグフードを指定された量。
ごはん! となれば犬達もハッスル。
「じゅんばんなのー! とりっこ、だめなのよっ」
特に食いしん坊のらぶはくれくれーとわふわふぴょんぴょん。なので篝は彼女の鼻をぺちんとして窘めた。
「食いしんぼは僕もだから気が合うと思うんだ、よろしくね」
ジェニオは笑みを浮かべ、項垂れたらぶを撫でてやった。
「らぶちゃんダイエット中かー、ごはん何食べてるのかな」
担当である犬をもふもふしながららぶの餌を確認する。市販のダイエット用ドッグフードだ。好夫からの事前情報によれば彼女は何でも大好きとの事。なので、
「じゃん。君の為に作って来たんだ」
味に慣れて貰う程度だけどね、とジェニオが用意したのはダイエット用ご飯だ。鳥のささみと野菜入り寒天や、ささみのハムなどなど。レシピを調べ、持ち前の料理スキルで作り上げた逸品だ。少量ずつではあるが。
「カロリー抑え目で美味しくて、かつお腹が一杯になるのを。気に入って貰え――」
たかな、と言い終る前にはらぶは尻尾を回してがっついていた。どれを美味しく食べているかを調べて、それを多めに作ってレシピを好夫に渡す心算だったが、
「全部美味しそうに食べるねぇ」
流石は食いしん坊と苦笑する。それともジェニオに料理の腕が素晴らしくらぶにとって何れも甲乙つけ難いのか。
「お腹へった? ごはん食べよっか」
ロビンもさもへご飯の準備を。しかしドッグフードは初めて見る。一粒手に取る。
「一口もらっていい? 毒味してあげる」
かり。もぐもぐ。
「薄味だね」
にこ。
朝ご飯も終われば撃退士はそれぞれ担当の犬のもとへ。
「君がはすこ、ね。一日だけど、よろしくね」
シュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)が見下ろした先では、はすこが元気良く吠えながらテンション上がり過ぎて自分の尻尾を追ってぐるぐる回っていた。
「こんにちは、さも。あたしはロビンだよ」
ロビンも担当犬サモエドのさもの所へ。臆病なさもは片耳をピンと立て慎重にロビンを見る。少女はさもの前にしゃがみこんでその黒い目をじーーーっと見詰めていた。
「……ロビン、良いかしら?」
その肩を、シュルヴィアがちょいと叩く。
「犬にとって目をじっと見る事は威嚇の意味になるの。気を付けて」
「成程」
もうしないからねーとロビンはさもの目から視線を逸らし、にこりと笑む。
(さて――)
噛み癖、無駄吠え癖か。シュルヴィアは仲間からはすこへ視線を移した。スカートを甘噛みしている大きな子犬。
犬好きで経験も豊富ならちゃんと躾けるだろうが、一先ず監査だ。ふわり、先ずはタッチング。大丈夫そうだ。抱え込み、口元に指を二本。気付いたはすこが指を咥えた。その間に彼女ははすこの足の爪を見る。
(爪、良し。ま、生後七ヶ月の爪ならそもそもだけど)
等と思いながら噛ませた指をはすこの咽奥に突っ込む。子犬はたまらず指を吐き出した。
「苦しかった? でも私も痛かったわ。お相子よ」
ほんのり赤い痕の付いた指を見せ、シュルヴィアは穏やかに言う。躾で大声は厳禁だ。はすこは驚いたような目で彼女を見ている。その視線の先、白髪の女は微笑みを浮かべ。
「食事の後の一服は済んだかしら。散歩しましょ。公園で遊んだげる」
散歩の用意を始めればはすこはまた大ハッスル。
そんなはすこと似たテンション、ブラッシング用ブラシを手にした篝があきおのもとに駆けて来た。
「ひのもとのわんちゃんは、いっぱい、けがぬけます。なの。なので、ブラッシングするのー!」
教えて貰った知識を披露する少女の前で、あきおはキチンと座っていた。篝を数度ふんふんと嗅いだ後は気を許しているようだ。
「きれいきれーいするなのー。あきおくん、いいこいいこーなの」
彼を褒めつつ、真っ白な冬毛を丁寧にブラッシングしてゆく。
「あきおくんのけ、ゆきみたいなの。ふわふわ! あきおくんはもっとふわふわなの!」
抜けた毛をもふもふ、あきおをもふもふ。篝のブラッシングの甲斐あって、その毛は一層綺麗になった。
「うんっ、おとこまえになったなの! ……ん、おやつほしい? じゃあ、すしだけなの」
ニボシを出せばペロリと食べる。もっと、と鼻をふすふすさせて篝をつつく。
「い、いっぱいはだめなのよ!」
ついついもう一匹。
●さんぽ01
「ごる、一日宜しくな」
イツキは担当であるごるに挨拶をした。老犬は穏やかな表情で、しゃがんだ人間の口元を舐めて親愛を示してくる。良い子だな、とイツキは思わず笑みを浮かべてごるを撫でた。
「それじゃあ散歩に行こう。何時も家の中が多いだろうから、折角の機会だし出来るだけ外で遊ぼうか」
いつもとかなり環境は異なるけれど、基本的な事だけでも大差ないように。という訳で好夫から予め聞いておいたのは、いつもの食事時間と散歩時間と散歩距離だ。
ハーネスを着けリードを着け――大人しく着けさせてくれるどころか手を上げて着け易いようにしてくれる――散歩へ出発。リードをシッカリ握るイツキの歩調にゆったり合わせ、ごるは隣を歩いてくれる。
「良い天気だな」
こういう日は時間なんて気にしないでのんびりするに限る。平日の昼間は穏やかだ。と、聞こえてきたのは「わんわん!」と子供の声。幼い子供とその母親。
「触ってみるか?」
既にごるはしっぽをはたはたしてお出迎え体勢だった。なのでイツキがそう言うと、母親の笑みと嬉しそうに寄って来る子供と。ごるは伏せて子供を上手にあやしている。
「お母様も是非」
見守る母親も促して、皆でごるをもっふもふ。毛玉の老婆は穏やかな笑みを湛えていた。
●さんぽ02
ジェニオとらぶ、篝とあきおは一緒に散歩に出かけていた。
頭の良い犬は、共に歩く人のペースに合わせてくれるらしい。初めての相手でもそうだろうか、とリードを握った篝はあきおと歩き出せば、彼はきちんと合わせてくれた。
「あきおくん、さすがなの! じぇんとるわん!」
えへへーと抱き付いて褒めまくる。クールなジェントルも褒められるのは嬉しいようで、彼は巻き尾をゆるゆる振っている。
これなら心配は不要だろう。微笑ましい光景に目を細めつつ、ジェニオはらぶと歩く。
「海岸とか行ってみたいな、きっと景色綺麗だよ」
という訳で辿り着いた冬の海。寒くて泳げないが、それ以外にも楽しみはある。
「らぶちゃんボール遊び好き?」
ジェニオがボールを取り出せば、らぶは途端に尻尾を回した。行くよ、と投げれば犬は砂浜を矢の様に駆けて行く。そしてボールを咥え、全力ダッシュで戻ってくる。
「よーし、らぶちゃんがヘトヘトになるまで遊んであげるからね。ダイエットは運動大事」
再びボールが宙に弧を描き、犬が地に直線を描く。
「あきおくん、はしりたいなの?」
その様子を何処かウズウズと見ているあきお。篝はにこりと笑む。
「かがり、かけっことくいなの! よーい、どーん」
勢い良く走り出し、瞬間、砂に足を取られてずべっと顔から転ぶ篝。
「……ころんだなの……」
ぐす、と涙を浮かべる篝の周りを、あきおがおろおろと回っていた。大丈夫? と言わんばかりに頬を舐める。やさしいなの、と篝はへにゃりと笑みを浮かべ、立ち上がった。
「げんきでたなの! それじゃもういっかい、よーいどん!」
●さんぽ03
「さすが遊びたい盛りね。でもダメよ。君は私の前は歩かせないわ。付いてらっしゃい」
はすこはぐいぐいとシュルヴィアを引っ張る。それに対するのはシュルヴィアの徹底したリーダーウォークだ。引っ張るなら立ち止まる、逆方向に歩き出す。
そうして粘り強く躾けて歩き、はすこの引っ張りがようやっと幾分かマシになった頃、公園に辿り着いた。
(ハスキー犬は他種よりハッスルだからねぇ)
故に散歩で体力とストレス発散させねば。あれだけ引っ張り倒しておいてまだ元気なはすこが遠くの方で吠えているがそれはスルー。無駄吠えはスルー方針だ。犬は主従がしっかり定着していれば基本的に吠えないもの。
すっとシュルヴィアがボールを出せばはしゃいだはすこが寄ってきた。思い切り投げればもっとはしゃいで走り出す。持って帰ってくるがボールを離さない。けれどシュルヴィアははすこがボールを離すまで待ち、離せば優しく撫でてやる。
「君は、いくつまで生きるのかしらね」
もう一度ボールを遠く投げ、走り出す犬を見ながらシュルヴィアは呟いた。
「私の実家にもハスキーがいたわ。18年生きたの。長生きでしょう?」
雄々しくて立派で可愛くて、抱き着くとふわふわで暖かくて、透き通る目は空の色。
「私が生まれた記念にって。ずっと一緒に育って。暮らしてたわ……」
ボールを持って来た子犬の傍にしゃがんで撫でる。子犬は彼女をべろべろ舐める。あの子もこうして舐めてくれたものだ、思い返して笑みを浮かべた。
「君も、精々長生きなさいね」
わんッ! まるで返事のように、はすこは力強く吠えた。
一方。
「トイレは外でするんだ。お散歩いこうね」
散歩大好きはすことは対照的に、散歩嫌いのさもは散歩を断固拒否していた。
「お散歩嫌いなの? じゃあ、おんぶしようか。それとも台車に乗せて運ぶ? どっちも嫌なの? おもらししちゃうよ?」
するとさもは室内用トイレで用を済ませた。そう来たか。けれどロビンはじっとさもを待つ。さもは散歩は嫌だがロビンには気を許したようで、彼女に寄り添い座っている。
最中にふと、箱に入ったおもちゃに目が行った。興味深げにロビンは瞬く。
「おもちゃがたくさんあるね」
ボール。徐に転がすとさもが取ってきた。ロープ。振るとさもが咥え付いた。
「ひっぱりあいっこ?」
いいよ。ロビンはにこっと笑み、ロープを引っ張り始めた――玄関の外まで。
「お外だ。散歩いこう」
ハーネスを着けると観念したのか、ようやっと散歩が始まった。さもが物凄い嫌がってどうしようもなくなって、ロビンが彼を抱っこし戻ったのは5分後の出来事。
「おうちでのんびり遊ぼうか」
おもちゃであれこれ遊び始める。ロビン自身がおもちゃで遊んだ事があまりないので、どちらかというとさもに遊んで貰っているが正しいが、まぁ二人とも楽しいので良いだろう。
遊び疲れたらお昼寝だ。
丁度ジェニオと篝も戻ってきたので、犬達と一緒にごろり。
「一緒に眠ったらそれはそれで幸せだね」
ジェニオは寝息を立てるらぶを撫でる。寂しくないよう出来るだけ一緒に。幸い、寝るのやじっとするのは苦にならない。
見遣った先で篝とロビンがそれぞれの白い犬に抱き付いて眠っていた。微笑みを浮かべたジェニオも瞼を下ろす。
●もふ
(天魔事件に巻き込まれて……か)
マンション別室。部屋の隅に座り込んだ凪の視線の先には、ケージの中で警戒の眼差しを向けてくるもふの姿があった。見知らぬ人が急に近付くと吠えたり噛んだりするかも、と好夫の助言を思い返す。
という訳で凪が取った作戦は、『先ず慣れて貰う事』。彼のにおいをつけたクッションをもふの部屋に放り込み、他の犬の水を替えたりトイレや抜け毛などを掃除して数刻。もふの警戒は最初に比べれば幾分かマシになったと思う。
音を立てず、威圧せず、姿勢を低く、出来るだけ刺激を少なく、もふが安心出来るように。時折優しく低音で名前も呼んだ。
そうやって、『同じ部屋にいるだけ』でどれぐらい経っただろうか。立っていたもふが伏せる。耳と目で凪を意識はしているようだ。
「もふ」
名前を呼んで一歩前へ。先ほどはこの行為をすると毛を逆立て唸られたものだ。尤もその時、凪は敵意を示さぬよう素知らぬ顔をしていたが。
(……お)
目で追っているが、もふは立ち上がらない。そろり、もう一歩前。もふは立たない。それを長い時間をかけて繰り返すと――凪は遂にもふの目前へ。
「触って良い?」
ゆっくり手を出してみる。反応はない。そっと、ケージの隙間から指を毛に埋めた。温かい。唸り声は聞こえない。
凪はケージのドアを開けてみた。ハーネスとリードをもふに見せる。
「散歩にでも行く、か」
ぴく、ともふの耳が片方動いた。
と、その時。イツキが顔を覗かせた。部屋でごるをもふもふしながらまったりしていた彼が様子を見に来たのだ。「上手くやってるか?」と言いかけた言葉は、もふを優しく抱いた凪を見て笑みに変わる。
ここの犬達は人が好きなようだ。きっとそれはもふも同じで、彼も本当は人も犬も好きなんだろう。
「イツキとごるも散歩か?」
「ああ、夕陽も綺麗だしな」
「丁度良い、一緒に行こう」
もふもこのままではいけないだろう。少しは犬同士や他の人間にも慣れなければ。
もふとごるを合わせてみる。ごるは先ほどのように伏せて待つ。凪に付き添われ、もふはちょっとだけごるへ寄り、においを嗅ぐ。次いでイツキ。凪がピッタリ隣に居る事で安心しているのか、彼が敵意を見せる事はなかった。
「一安心だ」
ごるともふをもふもふしながら、凪は笑みを薄く浮かべた。
●わん!
こうして無事、撃退士達は犬の世話を成功させたのである。らぶのダイエットレシピ、はすこの躾け方、もふの警戒心緩和などについて好夫は甚く感謝していた。明日辺りからは世話に復帰できるらしい。
「今日は遊んでくれてありがとうね、さも」
別れの間際、ロビンはさもの首に抱き付いて。
「好夫は学校と依頼をこなしながら、一人で6匹のお世話してるんだ……」
密かに、飼い主へ尊敬の眼差しを向けるのであった。
『了』