●そしてわたしは、
塵は塵に。
●解き暴く01
転移装置を前にした一同の表情は皆一様に引き結ばれ、そこは緊張の空気に満ちていた。
特に坂嶺恵太の様子は見て取れるほどだ。そんな彼に巫 聖羅(
ja3916)は囁きかける。静かな声、けれどハッキリとした物言いで。
「……無理をするな、とは言わないわ。けれど、命を粗末にする様な特攻だけはしないで。今日のXとの戦いは『明日の為の一歩』を踏み出す為にある。それを忘れないで欲しい。奥さんと娘さんの為にも、必ず生きて還るのよ」
「うん、絶対に『全員』生きて帰ろうね。皆……独りではないのだから」
笑顔で頷き、言葉を繋いだのは星杜 焔(
ja5378)だ。翡翠 龍斗(
ja7594)も同意であると恵太へ向いた。
「死ぬのは誰だって怖いさ……それが、普通なんだ。さてと、今回も意地でも生き残らんとな」
誰しもに、誰かしら、誰かが居る。大切な人が、帰りを待つ人が。
三人の言葉に恵太はしっかと頷いた。緊張はある。けれど焦燥や動転はない。
「勿論、無茶や無謀な事はしません。自分の命と皆の命を最優先して動きます」
生きて帰りましょう。男の言葉に一同は頷く。
「恵太は依頼人だから。ぜんぶ恵太の意向に従うよ」
あどけない、けれど『仕事人』の眼差しを恵太に向けたのはRobin redbreast(
jb2203)。
「恵太がとどめをさしたいならお膳立てをするし、自分ではとどめは無理だけど殺したいっていうなら代わりにするし、やっぱり許す、というなら討伐しないよ」
「……ありがとう。まだどうなるかは分からないけど、頼りにさせて貰うよ」
そして、撃退士は転移装置の中へと足を踏み入れ――
――状況は、Xと相対する場面へと帰着する。
「決意の色が見えるぜ、X。ゾクっとくる目だ」
目の前の純然たる、『敵』。テト・シュタイナー(
ja9202)は片方の口角を吊った。ディアボロや無頼の様な暴力的な殺意ではない、例えるならばこめかみに押し付けられた拳銃の様な、物言わぬ断頭台の様な、しかし明確な、殺気。
「本気でやる、ですか……最後の最後に、少しは見直しました。ならば、それを無駄にしない為、こちらも全力を尽くすのみ」
ユーノ(
jb3004)は言葉と共に白銀の槍をその手に携える。決意には決意で。覚悟には覚悟で。
「何があっても、仲間は渡さないし、命も渡さん」
金色の龍の姿をしたオーラを纏う龍斗の鋭い瞳にもまた、言葉に表した意志がある。
「諸君の言葉を期待し、信じよう」
それらを真っ黒い目で見澄ましたXが、ただ一言そう言った。今更仲良く語らう必要も無いだろうと言わんばかりに。
「――この庭で雌雄を決する事になるなんて、ね……。X、私も本気で行かせて貰うわ」
光纏し魔法書エクシェレイションを開きつつ魔力を練る聖羅の脳裏に、家族として過ごした束の間の一日が過ぎる――家族で草むしりをして、家族で花の種を撒いたこの場所。思い出の場所、とでも呼ぶべきか。皮肉な巡り合わせだが、これも縁。然らば『娘』の一人として全身全霊で戦うのみ。
「……X、覚えてらして?」
殺伐とした空気の中、穏やかに響いたのはロジー・ビィ(
jb6232)の言葉。
「柘榴の幼木、一緒に植えましょう……とあたしは言いましたわ。それから、春になったら植えて下さいと手渡したサルビアの種……。
いつか……その時が来ることを……心から祈っています。『家族』として。そして『家族』の間違いは『家族』が正す。全力を以って。今」
「ロジー。お前は真に優しい存在だ」
Xの言葉通りだった。ロジーは優しい。本当の意味で優しいからこそ、Xと本気で戦うべく今ここで向かい合っているのだ。
悪魔は心の内で、己に好意的であったロジーがもしや刃を曇らせるのではと危惧していた事は事実だ。だが彼女の凛とした佇まいに一つ安心する。
ではもう一人の『危惧している者』はどうか――
「ほう」
Xは感嘆の言葉を吐いた。視線の先ではメリッサ・アンゲルス(
ja1412)が揺ぎ無い決意の瞳をXへと真っ直ぐ向けていたのだ。
ならば言葉をかけるのは無粋だろう。彼女の決意に敬意を払い、Xは口を引き結んだ。
白羽根舞い散るオーラを纏い、メリッサは白銀のロザリオを握り締める。
深呼吸一つ。
決してXから目は逸らさずに。
「……いざ、尋常に!」
●解き暴く02
獣の如く、爪牙をぎらつかせ飛び掛ってきたのはレイコだった。狙いは目の前、前衛の龍斗。
「迅いな。だが、」
俺の方が迅い。
レイコの爪が龍斗に届く寸前、黄金の一閃が煌いた。それは目にも止まらぬ烈風の速度で龍骸刀『咬龍・皇華』が振るわれた光。敵を喰い破らんとする龍のアギトが、レイコを刻むと共に衝撃で弾き飛ばした。
「今だ。やれ!」
「了解なのだ!」
応えたメリッサが両手を天に掲げ詠唱すれば、星色に煌く魔法陣が浮かび上がる。
「派手にいくわよ……!」
その同時、聖羅が纏う真紅<瞳の色>のオーラが膨れ上がった。翳した手に現れるのは赤い魔法陣。
ロビンも攻撃態勢だった。静かに闇色の魔力を練り上げる。
そして雪崩の様にXとレイコへ降り注ぐのは、無数の彗星、巨大な火球、闇影の逆十字架。
圧巻の光景。だがこれしきで沈黙する相手ではないとユーノは確信している。故に、その指先には既に不浄病符が作り出されていた。
「先ずは、レイコ。あなたに沈黙して頂きます」
連撃余波の煙の合間よりレイコを見つけ出し、投げ付ける術符。不浄なる呪詛は張り付いたレイコを途端に猛毒で溶かし蝕み、肉が爛れる音と得物の悲鳴を響かせた。
ギャアアッ。痛みに叫ぶディアボロに、ロジーは矢の如く視線を向ける。敵意の篭ったそれはまさしく挑発であった。彼女をXから少しでも引き剥がすのが撃退士の作戦である。
「さぁ、貴方の相手はあたくしですわ」
ロジーの声に顔を上げたレイコが牙を剥く。
その横合いから。
「不可視の竪琴、爪弾いて舞えよ紫紺の雷子。其が成すは暴虐、猛る雷楔!」
テトの両手を覆う幾何学模様の光纏、砲口へと変じたそこより放たれる強烈多量な圧縮誘導電流弾――雷言素≪電衝楔≫<テスラ・ウェッジ>がレイコを強襲する。爆発音に似た雷鳴、雷の衝撃を以てディアボロの意識を一時的に焼き切った。
「焔、そっちは任せる。キツいのをかましてやれ!」
「ありがとう、頑張るね」
テトの言葉に焔は攻撃態勢に入る。彼女と繋いだ『力』の名前は、絆と云う名の道標――テトが父と母から受け継いだモノ。生を幸福を諦めずに足掻き続けろと優しく抱き締める親の温もり、愛情の言霊。
彼等の想い、言葉、それは同じく親である焔には良く分かる。だからその力を信じ、虹色に輝く焔を纏い、五指に同じ色の指輪を煌かせた彼はXへ向いた。展開した魔力障壁によって悪魔のダメージは想像以上に少ない。しかしそれは攻撃を躊躇する理由にはならなかった。
焔は一つの『奇跡』を願っている。それが起こると信じている。
「……だから、殺す気で」
絆・連想撃。絆を追求した悪魔へ向けられる攻撃が絆の力とは、なんとも皮肉な話だ――焔は脳の片隅でそう思った。その間に十個現れた虹色の光が雨の様にXの鎧へと襲い掛かる。
「見事な手筈だ」
顔色を変えぬXが言った。
撃退士の作戦は隙が無く、個々人の動きも磐石。Xの言葉は嘘でも偽りでもなかった。だからこそ彼はその『本気』を揺るがせる事なく、レイピアの切っ先を軽く振るい魔法陣を作り出した。
遂にXの攻撃が来る――撃退士達が心臓の鼓動と共に身構えた、その瞬間。槍が突き出されたかの様な鋭い魔法光線が幾条も戦場を貫いた。そして時間差で鎧から打ち出される杭が追い討ちをかける。
「っ……」
ロビンの白い肌に何箇所も鮮血が咲く。Xは誰を狙ってくるかと注意していたが、まさか『全員』とは。成程彼の本気に偽りは無いらしい。
「恵太、大丈夫?」
「取り敢えずは、な」
盾を構えた恵太は呻くようにそう言った。指示通りにタウントを発動した彼はロジーと共にレイコの惹き付けを引き続き行う。注目の効果はXには利かなかったがそれでいい、レイコだけが想定だ。
分かった、と答えたロビンは傷や痛みに表情一つ変える事なく、肩に突き刺さった杭を引き抜いて捨てると、再び闇の逆十字をXへと叩き落した。
無表情で余計な事を喋らず淡々と『仕事をこなす』その有様はまさしく武器。ロビンとしては教えられた通りにやっているだけなのと、誰かを特別扱いしないロビンにとってXは『元依頼人』程度の認識なのと。憎くもなんとも無い、仕事だから戦うだけ。
そも、恋愛や友愛感情なら兎角、家族の絆ができるには、それなりの時間が必要である筈だ。片手で足りる程度の邂逅では知人の域を出ないのでは。
少女の刃は疑いなく曇りない、研ぎ澄まされた不可侵の白金。
ロビン、メリッサ、聖羅が範囲攻撃で鎧諸共Xへ攻撃を加え、焔が鎧を集中して狙う一方、対レイコ班の撃退士は確実に彼女を追い詰めていた。
Xの盾にはさせぬよう、ロジーと恵太が注目効果でレイコを引き寄せXから引き離しつつ、龍斗が烈風突で更に弾き飛ばす。そこへテトが雷言素≪電衝楔≫を打ち込んでレイコの意識を刈り取れば、無防備なディアボロへ撃退士の総攻撃が降り注ぐ。幾ら再生力や防御力があれども、ユーノの不浄病符によってじわじわと体力が削られ防御力まで溶かされては意味が無い。
正に見事な戦術、一方的展開と呼んでも差し支え無い状況であった。
「万は百に、百は一に。集えよ燭光、滅びの種子よ!」
テトが放つ言素魔法が一つ、熱言素≪融蝕炎珠≫<メルティング・スフィア>。熱力学第二法則を限定的に無視して超圧縮された熱は光纏砲口より撃ち出され、伝播させる高熱で獲物を容赦なく焼き尽くす。
火に塗れたレイコが後ずさるも、次の瞬間には敵意露に近場のロジーに襲い掛かった。溶けた顔から剥き出した牙を白い天使に突き立てる。
「う、くっ……」
血と共に生命力を啜られる感覚に顔を顰めつ、ロジーは武骨な鉈を超速で振るってレイコを切り裂き飛ばして引き剥がした。翔閃。Xから随分と離れた為に彼へは届かないが、少しでもレイコへのダメージを上乗せる。
幸い傷は浅い。それは他の面子も同様。スタンによってレイコの手番を減らせているのと、複数であるレイコ班に対しレイコは単体攻撃しか持たない故にダメージが分散している事が大きい。
(厄介なのは、Xからの攻撃ですわね……)
長射程多数対象魔法攻撃。あれを何発も喰らっていてはこちらが持たない。となれば、一刻も早くレイコを倒しXを撃破したいところである。
しかし、だ。
「これだけ攻撃されてまだ倒れないとは……」
ロジーは目を細めた。おそらくそこいらのディアボロならばとうに倒れていても可笑しくはないダメージだ。とはいえレイコの限界は既に見えている。
「ここが踏ん張り時ですわね。――いざ!」
下段から切り上げる鉈、と見せかけてロジーの手に握られていたのは鉈ではなく二対の黒銃であった。発砲音、更に恵太が聖火を纏わせた武器で追撃を。
タイミングを合わせた攻撃にレイコの片腕が刎ね飛んだ。血交じりの息を荒く吐く冥魔が残った方の腕を振り上げる。
「させねぇぜ」
しかしその時にはもう、テトの攻撃が始まっており。
「汝は理。我が意は螺旋。交われば歪、捩れて喰らう悪食の業!」
操力言素≪歪なる螺旋の理≫<グラインディング・エフェクト>。既にレイコの足元へ放射されたアウルは空間内の運動ベクトルに干渉し、瞬間、多方向に渦巻く運動ベクトルの嵐がレイコを襲った。捻じ切る様な凄まじい衝撃はレイコの意識を歪に歪める。
そして魔力嵐が晴れた刹那、龍斗がレイコの目の前にいた。
「もう一度、お前の生を断つ」
一閃。
黄金の軌跡を描いたその一撃は、レイコの体内にまで斬撃を徹し貫く。如何に堅い外殻を持てど、中を斬られれば全くの無力だ。
ディアボロの体が傾き、そして――倒れ伏した。
「さて……」
残るはXとその鎧のみ。X対応班の範囲攻撃連打により双方にダメージがある。ユーノが彼へと向いた瞬間、Xの魔法による大爆発が周囲一面に次々と起こった。
やれ、弱い悪魔などと自称するが、Xは十二分に強敵だ。爆発衝撃に蹌踉めかされながらも耐えたユーノは指先を鎧へと向けた。
「その鎧、邪魔ですの……」
パチリ、ユーノを中心に僅かな電光が煌いた。壊雷<インサニア・コンターギオ>。発生した魔力電界は鎧であるディアボロの意識を掻き乱し、幻惑した鎧は主へと噛み付いた。
「良い判断だ」
鎧の合間より血を流したXが言う。鎧は主への状態異常を防ぐが、鎧自体はそうではない。
そしてそんな冥魔の目前には酷い火傷を負った龍斗が仁王の如く立っていた。彼の背後――肩越しには、石榴の幼木が戦場の風に靡いている。
「ったく、何故、あれを植えたかも忘れたのか?」
広範囲の攻撃は石榴にも流れそうになった。龍斗はそれを、剣と我が身で防いだのだ。物理型である龍斗にとって魔法攻撃は厳しい。それでもあれは護らねばならなかった。
「加減をしている暇は無いのでね」
「奇遇だな、こちらもだ。――さてと、多少は援護させて貰うぞ」
咬龍が唸る。龍斗の刃にして牙はXの鎧へ喰らい付き、その堅固さ諸共徹し千切る。ズタズタに裂かれた鎧は――溶けるように、落ちて消えた。
Xの鎧が剥がされた瞬間、間髪入れず、絆の力が篭った焔のヴォーゲンシールドが一閃、二閃。
切り裂かれた箇所から血を散らしたXは踏み止まると魔力レイピアを焔へ突き出した。
「!」
焔は素早く盾を構える。天魔に恨みこそあれ復讐心はない、人間にも善悪様々な存在がいるのだから――そんな中庸の心を護る力に変換した彼はカオスレートを零にして、切っ先を受け止める。
ガキン、と金属音。けれど刹那に刀身が赤い光を帯びて、炸裂――激しい衝撃波の嵐を撒き散らしながら、焔と龍斗とユーノ、そしてロジーと恵太を打ちのめすが如く吹き飛ばす。
「生きてる?」
ロビンは吹っ飛ばされた者の中から一番近かった存在、ユーノを受け止め地に下ろす。
「まだ生きてますの」
「そっか」
にこ、と硝子の様に笑んだ少女は影をその手に集約するとユーノの身体へ。安らぎを与える夜闇の愛が、悪魔の身体を優しく癒す。
「強いね」
「ええ。……強いですの」
二人の視線はXへ。残るは真にXのみ。彼のダメージは零ではないが、撃退士のダメージも積み重なっている。
「回復なら任せるのだ!」
しかし仲間の傷はメリッサの治癒魔法が拭い去った。そして彼女は恵太に手を貸し立ち上がらせると、彼に前に威風堂々と立つ。
「我が恵太殿の盾だ。護りこそ騎士の本分だからな!」
礼は要らん。そう言って立て続けにXへと聖なる鎖を放った。冥魔を裁く審判は触れただけでもXを縛る。その間に撃退士は立ち上がり、態勢を立て直す。
「……X。『家族』と戦う心境は――どう?」
Xの攻撃によって裂けた唇。伝う血を拭いながら、息を整える聖羅は凛と視線を向けた。
「不思議な感覚だ」
「そう」
言下、聖羅が翳した手に展開された魔法陣より巨大な炎塊がXを強襲し、同時にロビンが立て続けに爆華を咲き乱れさせる。
「X。貴方を――倒します!」
更に味方を焼かぬ炎の中、白銀の髪を靡かせたロジーが闇を消し飛ばす光を宿したワイヤーを舞う様に振るった。その壮麗さは天に煌く銀月の如く、強烈な天の力は間違いなくXにとっての痛打となる。
そしてテトが、長射程より仲間の攻撃と直交する様にバスターライフルAC-136からアウル弾を発射した。Xが向ける意識の分散と死角取りの難度低下を狙ってだ。
「今だ、恵太!」
「ああ!」
隙は与えぬ。テトの言葉に踏み出した恵太が刃を振るう。
衝撃と炎と。数歩後退したXがお返しと言わんばかりに剣を天に向けた。赤い魔力雷を降り注がせつつ、悪魔は真っ黒い目で次々と攻撃を繰り出してくる撃退士を見据えていた。
●解き暴く03
死闘と呼ぶ他に何があるだろうか。
自らに回復魔法をかけたXはまだ、立っている。
「今ので回復は弾切れだ。諸君の回復も尽きたようだな」
双方。持てる技の有りっ丈を出し尽くした。空になるまで。
焔は視界の端、彼の肉体再生を促す炎の蝶<リジェネーション・フェアリー>が虹色の燐光を残し揺れ消えたのを見届けた。そのまま油断無く周囲を見渡す――
ロジーはその天の力でXに痛打を与え、更にワイヤーを張り巡らせXを絡めんと画策したが、Xの冥府の力を強めた攻撃に力尽きてしまった。
龍斗の物理攻撃力は、物理に対して強くはないXの身体を慈悲無き修羅の如くり裂いた。けれど遂に、冥魔の魔刃が彼の意識を断ち切る。
回復と攻撃、ロビンはあらゆるスキルで戦線を支えていたけれど、その華奢な身体を魔力弾に貫かれ、鮮血の中に頽れてしまい。
倒れた者は三人。恵太はメリッサがその身を以て護っている為無事だが、メリッサ自身が激しい負傷に息を掠れさせている。血を失いすぎたのか、死人の様に肌が白い。
メリッサだけではない、誰も彼もが傷だらけで、ボロボロで。次にいつ、誰が倒れても可笑しくはない状況。
けれど真っ向勝負、ユーノは挑みかかる。白い身体を血に染めて、白銀の槍をXへ突き出す。激しく何合も打ち合う。
「魔法を使わないのか」
「最後まで貴方がきちんと状況を認識できる状態であるべきです。答えと向き合う為にも」
「状態異常は余計だ、と?」
「私は貴方に否定的です。それは変わりませんが……一時的にも『兄』でしたから、機会そのものまで奪う気にはなれませんの」
「成程、感謝する」
槍と剣の切っ先が、互いの身体を切り裂いた。
瞬間、Xの身体をテトのアウル弾が襲う。
「有難うよ。お前のお陰で解を得た」
硝煙の彼方、テトの青く澄んだ目がXを見る。
「俺様は諦めない。立ち止まらない。艱難辛苦に立ち向かい続け、同じ苦しみを抱える者の道を切り開く。例えそれが、エゴに過ぎなかったとしてもだ!」
疲れ果て、傷だらけ。けれど身体は不思議と軽い……まるで誰かが支えてくれているかのように。錯覚だろうか、父と母の手が抱き締め支えているかのよう。頑張れ、と鼓舞してくれているかのよう。
溢れそうな思い。噴き出しそうな何かをぐっと堪え、テトは声を張り上げた。
「答えろ、X。お前が得た――いや、得たいと望む解は何だ!」
「なんだろうな」
切り結んだ恵太を蹴り飛ばし、Xは応える。
「……この瞬間のような一時かもしれない。私の虚無を埋めてくれ。もうすぐ埋まりそうな予感がするんだ。さぁ、まだ戦えるんだろう?」
「うむ、まだ戦えるのだ!」
恵太を庇いつつ、槍を握って躍り出たのはメリッサ。
「我の本気の一撃、いくぞX!」
「来い、メリッサ」
一直線、少女は突撃する。彼女はXから目を逸らさなかった。
(たとえどんな結末になろうと)
一瞬を、一瞬を。自らの中に記憶する。そうして今出来る限りの絆を作り上げたいと、メリッサは願った。
視界が歪む。涙が出そうだ。でも泣いてはならない。泣いてはならない!
剣と槍が交わる度に血の花が咲く。
Xは強い。途方も無く強かった。
おそらく。
メリッサは負けるだろう。
――『たった一人だけ』ならば。
響く金属音。
それはXが突き出した剣を焔が盾で受け止めた音。
「……っ」
盾を貫いた刃が焔の腕を貫通する。切っ先は辛うじて、焔の眉間には届いていない。
「――〜〜〜ッッ!!!」
力尽く。歯を食い縛り、もう片方の手で刃を握り込み、動きを封じた。血が伝う。
その一瞬、聖羅とテトの一斉魔法射撃がXの腕を襲った。弾き、払い、彼から剣を引き剥がす。
同時にユーノと恵太が、斬撃によってXを更に押し遣った。
大きな隙。
「これで」
そこへ、踏み込んだメリッサが槍を振り被る。
「これで――終わりなのだ!!」
突き出される一撃――酷くゆっくりと目に映った。走馬灯とでも呼べば良いのだろうか、脳裏を過ぎる光景。
ゆっくりと。白銀の切っ先がXの胸にめり込み。刺さり。そして、
貫いた。
「……、」
Xは自らの胸を貫いた槍と、槍を持つ少女と、撃退士へ順番に視線を遣った。
それからたった一言。
「――良くやった」
直後、悪魔はごぼりと血を吐き頽れる。
●証明終了01
静寂。倒れた悪魔。広がる血潮。
意識を取り戻した龍斗はXに問うた。
「さて、聞くぞ? 前回、お前は、ゆうたくんをディアボロにしたのは手抜きと言っていたが、正確には……ヴァニタスにしなかったのではなく、『できなかった』のではないか?
邪推になるが……お前は、死期が近いのでは? 故に、興味もあった家族というものに対しての答えを知るために学園に依頼をだしたと見るが?」
「良く見抜いたな」
掠れた声でXが応えた。
「確かに。私は間も無く死ぬ。それが今日なのか明日なのかも分からんほど、私はいつ死しても可笑しくはない。例えばここで命を奪われずとも、次の瞬間には尽きるかもしれん」
淡々としている。死を悲しむでも喜ぶでもなく、見据えている。
焔はそんなXを見詰めていた。絆を持たぬ己には外見が必要だと、身動きが取れないほどの鎧を身に着けていたかの悪魔。それほど執着していたのだろう、確かに結ばれた人の絆に。信頼と憧れのようにも感じる。
知らないから知りたい。Xは何も与えられず生きたのだろう。冥魔が老いてしまう程を。
(姿が変わっても既にある人の絆は壊れないと信じていたとしたら、既にディアボロしか創造不可能な力しかなかったのだとしたら)
思い返すのは前回の任務にて、メリッサを撫でたXの手、見詰める眼差し。
それは芝居には、見えなかった。
「もし」
だから、焔はXに語りかける。
「Xがもう罪の重さを理解しているのなら、生きているうちにそれを伝えて欲しい。償えるのは人を殺めていないうちだから」
彼の言葉にXはしばし思考した。そして徐に恵太へ向くと、
「恵太。あの時、お前の息子の亡骸を見つけた際、『彼に何もしない』事が正解だったのだと、今の私は思う。そして私が行った事とは過ちで、罪悪であると」
「そうだ」
「ならば詫びよう。だが赦しは請わない。私の言葉はあくまでも謝罪であり、命乞いではない」
「分かった。もう喋るな」
一歩、得物を握り直した恵太が前に出る。
「――恵太さん。お願い……」
見守る聖羅は彼に『最後の一撃』を託した。焔がもしもの時に備えて油断無く恵太を護るよう立つ。
斯くして価値観や文化の違う異界人を裁けるのか。重傷の身を聖羅に支えてもらったロビンは思う。郷に入りてはと一般人の心情を基準にして、無知な加害者の救済よりも、被害者を慮る方が混乱はないのかもしれない。
身体を近場の塀に凭れさせたロジーも静かに状況を見詰めていた。
(ただ、)
密やかにロジーは思うのだ。
(願わくばあたし達の『家族』を殺す真似をして欲しくない)
家族を奪われた恵太にこの気持ちが届く事を、天使はただ祈る。
一方のメリッサは黙していた。恵太がXにトドメを刺す事に異論はない。が、『メリッサとして』は当然嫌だ、本当に嫌だ。
(でも我は撃退士なのだ。仇討ちを邪魔はしてはならぬのだ……絶対に)
恵太がトドメを刺したとしても復讐はしない。復讐の連鎖は何処かで断ち切らねば終わらない。
(だからここでおしまい! なのだ)
故にメリッサは見届ける。油断なく、邪魔をせず、最後まで。少女は強がる。その目に浮かんだ涙を決して零さぬよう奥歯を強く噛み締めながら。
そして『その時』はやって来る。
恵太が腕を振り上げ、そして、
――振り下ろす。
「これが俺の『トドメ』だ、X」
恵太の剣盾は、
……遠くへと投げ捨てられていた。
「あとは……勝手に死ね!」
武器を投げ捨てた彼はその手でXを殴り飛ばしたのだ。
言葉を吐いた恵太は踵を返す。あらゆる感情を抑え堪えた男の背を、テトがどんと叩いた。
「……よくやった。と、俺様は思うよ」
黙したまま恵太は涙を一筋流した。恵太にとってXは、悪意めいた好奇心で息子の死を踏み躙った存在だ。けれど直接息子を殺したのではなかった。最後には罪を理解し謝罪をした。逃げる事なく真っ向から裁きを受け入れていた。
そしてXの生を望む者がいるのも事実。彼等は直接言葉にこそしなかったけれど、その感情は言葉よりも雄弁で。なにより彼等は自身の感情ではなく、あくまでも恵太の思いを優先してくれた。復讐と憎悪で盲目になっていた自分を助けてくれた恩もある。
だから恵太はXを殺さなかった。どちらにしてもXはもうじき死ぬらしい。やはり赦せない相手ではあるけれど、きっとこれが正解なのだろう。
復讐、憎しみ、その感情を否定はしない。
けれど溺れてはならぬのだ。支配されるのではなく、支配せねばならない。
きっときっとそうなのだ。そう信じたい――恵太の想いを汲んだテトは恵太の背に手を置いたまま空を見上げた。
「さぁ、一歩を踏み出そうぜ。ここで得たモノが何であれ……きちんと歩いていかねーと、逝っちまった家族に怒られちまう。アンタも、『私』も」
●証明終了02
「お父さん」
曖昧な意識の中、聞こえたのは少女の涙声。
「お父さん、お父さん」
胸の上が暖かく、柔らかな重みを感じる。
「――、」
目を醒ましたXの身体にメリッサが縋り付いていた。お父さん、とボロボロ涙を零しながら。
Xは体の痛みがほとんどない事に気が付いた。
「私は……」
「生きてるよ」
応えたのはにこりと微笑む焔だった。彼のライトヒールがXの傷を癒したのである。全ての状況を悟ったXは「そうか」と地面に身体を預け直し、感情を決壊させたメリッサに片手を回した。嗚咽するその背を撫でる。
「泣くな。もう泣くな」
Xに頭を撫でられながらメリッサは顔を上げた。ぐしぐしと涙を拭い鼻を啜ると、Xに問いかける。
「……我は、Xの本当の娘になれただろうか……?」
「メリッサ。私は今すぐ死んでも可笑しくない身だ。それでも良いのならば、お前さえ望むのならば、今からお前は私の娘だ。本当の家族になろう」
少女は一瞬、目を大きく見開いた。それから笑顔でしっかと頷きつつ、
「勿論なのだ! 一緒に暮らすのだ。ずっとずっと一緒にいるのだ!」
「約束だ」
「約束なのだ!」
「……約束だ」
その時、ほんの一瞬Xが微笑んだ様な気がした。
強く抱き合う二人の姿は、紛う事なく本当の親子であった。
●グリーン・グリーン
Xが息を引き取ったのは、メリッサと暮らし始めてから5日後の朝の出来事であった。一緒の布団で眠り、娘を抱き締めたまま、父は逝ったのだという。亡骸は灰となり溶ける様に消えてしまった。
娘は泣かなかった。「私が逝っても泣くな」と、父との約束を守ったのだ。拳を固めて胸を張り、彼女は父を見送った。
久遠ヶ原学園、とある教室。聖羅は窓から遥かな空を眺め、呟いた。
「……叶う事なら、庭に咲いた花を皆で見たかったわ。――お父さん」
皆で撒いた花の種。きっと春には美しく芽吹く事だろう。瞼を閉じる。
きっと聖羅の描いた通りの光景が、『我が家』に広がる事だろう。『家族愛』を花言葉に持つ赤いサルビアが咲き乱れ、風が吹けば『子孫の守護』を樹木言葉に持つ石榴の小さな木が優しくそよいで。
その木の下には龍斗が埋めた箱がある。箱の中には家族の写真が、いつまでも笑顔でこちらを見ているのだ。
――春めき始めた穏やかな日差しが、青い空に煌いていた。
『了』