●純白の天使(燃え尽きた的な意味で)
「……あっ」
これ、めんどくさいやつだわ。シュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)はそう直感した。
それはシュルヴィアがアルティメット園芸部の様子――今は蜜を一杯吸えるツツジの開発に勤しんでいる――を見てきた帰り、「涼しくなってほんと助かったわ。今日もいい天気だし長めに散歩して帰ろうかしら」なんて考えてた矢先である。
多分、きっと、ここで回れ右して、向こうの喫茶で紅茶と菓子を頂きながら一息つくのが一番疲れない選択。なのであろう。が。
……はぁ。溜息を一つ。
「我ながら、世話焼きね。私」
そういう訳で、事の顛末を話したクリスティーナ・カーティス(jz0032)は項垂れていた。
「麺なしラーメンをバカにするなー!」
そんな彼女に、瀬波 有火(
jb5278)は取り敢えず暴走機関車ばりのタックルをぶちかます。ついでにカオスレート差もある。どむっと鈍い音。「がぼす」等と奇妙なくぐもり声と共にクリスティーナがベンチごとひっくり返る。どんがらがっしゃん。
諸共にひっくり返った有火はそのままクリスティーナの胸倉を掴んでわさわさと揺さぶり乱しては声を張り上げた。
「麺がなくったって! メンマも、おねぎも、スープも、チャーシューだってあるじゃない!」
「そうですよ、クリスさん!」
通りすがりの若杉 英斗(
ja4230)もこれには黙っていられなかった。大真面目に言い放つ。
「これだけは言わせてもらいます。……麺のないラーメン、すなわちスープだけだとしても、ラーメンは偉大です」
「くっ……私はなんという過ちを」
もう駄目だと三角座りで凹み始める始末である。が、有火と英斗の熱意も負けちゃいなかった。
「そんなに落ち込まないでください、クリスさん。いいでしょう、この英斗、力になりましょう!」
「そうだよ、あなたは一人じゃない! さあ立って! 立ち上がるんだくりすちーなさん!
あなたのその脚はなんのためについてるの!? 立ち上がって、栄光<ハト>を追うためでしょう! じゃあその両手は!? 栄光<ハト>を優しく抱きとめるためでしょう!」
有火はガッシとクリスティーナの肩を掴んだ。
「こんなところでしゃがみ込んでる時間なんてないんだよ! そんなことしたって何も変わらない! 変わりたいなら、救いたいなら、栄光<ハト>を手にしたいなら!」
掴んだ手。握り締める手。力一杯、天使を引き起こしながら。
「立てぇえええええええ!! くりすちーな・かーてぃいいいいいいいいすッ!!!」
もっと熱くなれよ諦めんなよと火よりも熱く。
その力強い想いが伝わったのか、クリスティーナがようやっと顔を上げた。
「あぁ……そうだな! そうだ、私は立ち止まる訳にはいかないのだ」
交わされる熱い握手。しっかと眼差し。頷きを返す。
凄い熱血展開だ。だがハトを捕まえるだけの話だ。まぁそこはきにしちゃいけない!
「ハトかぁ。また面白そうな遊b……じゃなくて修行だな」
傍らで様子を見ていた不破 怠惰(
jb2507)が眠たげな表情に笑みを浮かべる。『友人』が凹んでいるならば、駆けつけない道理はない。
その一方では雁鉄 静寂(
jb3365)が、元凶っちゃ元凶である件の小等部少年の前で目線を合わせる様に屈み込んでいた。
「少年。あなたには戦術のイロハを知ってもらいます」
キリッと大真面目に言いはするが、彼には考えることと動くこと、それで成功すること失敗すること足りないことを考えること、その楽しさを伝えられたら、という静寂の想いがそこにある。
「なんだかおもしろそう、がんばるよ!」
「ようし少年、今からわたし達がどのように鳩を捕まえるか見てごらん」
立ち上がって振り返れば、仲間達が頷きを返す。
「ふう。それじゃがんばってハト捕まえよー! おー!」
有火の元気な掛け声で、作戦は始まった。
●作戦名『キャッチ ザ ピジョン』
「スカイとは言いません。……いや、形から入ることも重要かと」
キリリと静寂は至って真面目だ。CTPですね。
「ではエルヴァスティさん、説明を」
「了解。まぁ、簡単に言うと『餌付け作戦』よね」
壱:豆とか沢山用意します。
弐:それらを砕いて細かくします。
参:ばらばら撒いてハトを呼びます。
肆:この人間は餌をくれると認知させます。
伍:少しずつ餌を撒く場所を近づけます。
陸:ゆっくり屈んで、最終的に手に乗せた餌を啄ばむまでになったら完成です。
漆:優しく抱え込むように抱き上げます。その間も手の餌をハトから離さないようにします。
捌:捕まえたら、優しくリリースしましょう。
「ね、簡単でしょう?」
シュルヴィアの両手や肩にはハトがたくさん留まっていた。
「なんという圧倒の早業、一切の無駄がない動きッ……!」
戦慄したクリスティーナがゴクリと唾を飲む。「そんなビックリするほどの事じゃないわよ」とシュルヴィアは苦笑する。
「予め計画を立てて行動すれば案外うまくいくものです。さぁカーティスさん、これを」
そう言って、静寂は皆で用意した豆をクリスティーナに手渡した。頷いた天使は豆を砕きながらハトへと見遣る――ハト――その中に明らかにおかしいけど明らかにハトなのが一人(一羽?)。
「ぽぽぽぽ……」
ぽりぽりと豆を食べていたのはロンベルク公爵(
jb9453)その人(鳥?)である。
「鳩を捕まえる、か……。良いだろう、手伝ってやる……」
キリッと振り返りながら片翼ばっさぁマントわっさぁ。
「おい天使! 先ず豆を寄越せっ! とりあえず豆だっ! 豆の用意をっ!」
「承知した!」
節分かという勢いで、ロンベルク公爵の口を狙い豆を投げるクリスティーナ。因みにカオスレート差もある。「イソフラヴォッ」と変な悲鳴と共に倒れこむ公爵。でも豆の魅惑には勝てなかった。くやしいびくんびくん。
「豆ぇ〜……♪」
目的とか色んな事を忘れて豆をぽりぽり。そうしていると目の前に両手を拡げて滑り込んできたクリスティーナが……
「捕まえたぞ!!」
「ぐふっ! おい! 離さぬか……! 離せ天使っ! 私は鳩では無い! 誇り高き吸血種だぞっ!? 血を啜るぞっ! 豆を寄越せっ!」
「畑の肉を喰らえ!」
「豆豆ぽぽぽ……♪ ハッ! そうではなくて! お、おい者共! 見てないで助けろ! 助け……助けて頂けませんか」
ジタバタしていたがクリスティーナにガッチリホールドされていて逃げられない。その内力尽きたロンベルク公爵はグッタリと震え声で仲間を見遣った。
怠惰は噴出しそうになるのをプルプル堪えつつ、「捕まえたぞ」とドヤ顔で公爵を見せ付けてくる天使の肩をそっとポムる。
「カーティス君、彼は、ええと……味方の鳩で良いんだよね?」
公爵を見遣れば、コクコクと頷きが返ってきた。クリスティーナが息を飲む。
「なんと、変わり身か!?」
「う、うん……鳩もなかなかに強敵だね。これは1人で捕まえるのは相当大変、かな」
そのままポンポンと彼女の肩を叩き、怠惰は続けた。
「なに、案ずることはないさ。1人でできないなら、皆でやればいい。それが人間界流のやりかたなんだろう?」
という訳で、怠惰はハトへと向き直った。実は鳩なんてじっくり見るの初めてだ。取り敢えずどんなものかやってみよう、何が好きかも分からないので手には豆にパンくずトウモロコシ。
根気が要りそうな作業は得意分野だ。捕獲道具用にもふもふ羊さん付きハンチングキャップを脱ぎつつ、じっとハトの動きを観察してみる。
「ええ、あれはジャック、こちらはメアリーにしようかな。ああ、帽子をとっていくなよロドリゲス!」
きゃっきゃとハトと戯れる。もっふもふ。
似た様な感じでロンベルク公爵もハトの群れの中にいた。ぶっちゃけ仲間といるより光景的には自然である。
「ぽぽぽぽ……」
仲間が撒いた豆をポリポリ。最中にハトへ(一方的に)会話する。
「おい、そこの鳩っ!」
くるっくー。
「……聞け! 貴様等の事だっ!」
ほーほほっほほー。
「……」
くるっぽー。
ポリポリ。
「ふんっ鳩風情が……ならば私の豆をわけてやるっ! 話を聞け! 高級品だぞ? 貴様ら鳩では到底食せの代物だっ! 有り難く食せっ! ……美味であろう……?」
超ドヤ顔ですが、普通に市販品の豆です。お手軽ですね!
「……ぽ? ん? おい、あの人間等も豆をくれるらしいぞ? 受け取ったらどうだ? ぽぽぽぽ……」
くるっぽー。
ポリポリ。
「いったよ! カーティス君、皆!」
餌で飛ばれない程度にハトを追い一箇所に集めていた怠惰の声。
伸ばされたクリスティーナと静寂と少年の手が、ハトをそっとキャッチした。
「ナイスキャッチです!」
静寂は手早く証拠写真としてカメラをパチリ。凄いドヤ顔のクリスティーナ。少年に捕獲された公爵。少年が楽しげなので、静寂としてはミッションコンプリートである。
一方、天使に名誉挽回して欲しいと願っていた怠惰は友に拍手を送っていた。そして今度こそクリスティーナが見せてきた本物のハトをまじまじと覗き込む。
「へええ、意外と可愛いんだな」
「愛でつつ鍛える、良い修行だな」
「うんうん、『敵に塩を送る』は立派な戦術だしね」
「よし、今度は独力でやってみる」
そう意気込んではみたが、どうにもやる気オーラの威圧感でハトが逃げてしまうクリスティーナである。再び彼女は凹みかける。
「クリス。いらっしゃい」
見かねたシュルヴィアがクリスティーナを手招いた。
「ほら、これ手に乗せてゆっくりしゃがんで差し出すの」
豆を手渡し、手本を示すようにシュルヴィアはしゃがみ込む。クリスティーナもその行動を真似た。
餌で随分と人馴れしたハトが、豆の乗った二人の手元に寄って来る。
「そしたら、やさしく抱え込むの。あくまでもやさしく、びっくりさせちゃダメよ。羽も痛めないようにね」
「……こうか」
極力そっと、クリスティーナがハトをその手に抱きかかえた。
「上出来。できたじゃないの」
シュルヴィアはニコリと微笑み、手に乗ったハトをそっと逃がしてからクリスティーナへ視線を向けた。「ねぇ、クリス」と呼びかける。
「『北風と太陽』ってお話、知ってる?」
「いや、知らないな」
「そうねぇ……詳しくは、図書室で読んで貰うとして。簡単に言うと、何事にも適切な手段が必要であるってことよ」
「ふぅむ……」
「大丈夫よ。クリスならきっと、分かる日がくるわ」
「これからも努力の日々だな」
「そうね。応援してる」
と、その時である。
びゅん、と二人の目の前を何かが駆け抜け、起こった風に髪やらがぶわっと舞い上がる。
有火だ。
彼女はそのままハトを狙って地面に滑り込むが飛んで逃げられ失敗、顔から地面にダイビングずっしゃあああ。でも「これ楽しい!」と笑顔で顔を上げる。
「今のは練習なんだからね!」
次から本気出す、と有火はスカートの土を払って立ち上がる。
そんな有火理論によれば、今回ハトを捕まえる為に必要なのは
壱:ハトの反応速度を超えるスピード
弐:ハトに気配を察知されない隠密性
参:ハトを優しく捕まえる繊細さ
との事。
しかしド脳筋前進者たる彼女にとって隠密とは「何それ美味しいの」である。故に、とるべき作戦はただ一つ。
『遠距離から加速をつけトップスピードでハトの背後に接近、逃げられる前にキャッチする』
これだ!
「今度こそ――決める!」
距離を取り、狙いを定め、クラウチングスタートからの全速力。走る。走る。ハトが飛ぶ。有火も跳んだ。華麗なるダイビングキャッチ。荒々しく見えるが、ハトを傷付けぬよう身体全体で柔らかく包み込む様に。
「とったーーーッ!」
そのままずじゃじゃじゃと地面を転がってブレーキをかけてから、有火は誇らしげに立ち上がる。その両手にハトを抱きかかえた状態で。
「ミッションこんぷりーと!」
ハトからしたら良い迷惑かもしれないが!
まぁ、自分は傷付けぬように頑張ろうと英斗は気を引き締めた。いざ、ハトを捕まえに。
「いいですか、クリスさん。こういうのは、ハトの気持ちになることです」
一体このハトは、今どんな気持ちでいるのか?曰く、己自身がハトになりきりその気持ちを掴む事で、次の行動を読めるのだ、と。
「ハートをつかむ事が大切なんです。ハトだけにっ!!」
キリッ。
クリスティーナの「成程!」以外は空気が静まり返ったが、それを気にするほど英斗の心の防御力は低くない!ディバインナイトすげぇ!防御すげぇ!
そんなこんなで英斗はハトとのシンクロを試みる。
徐にハトの群れの中にしゃがみこみ、
「くっくっくる〜、くっくっくる〜」
鳴き真似をしながら豆を食べる。その背後に回りこむ。そしてガバッと捕獲を試みた――が、逃げられてしまった。
「……まだハトになりきれてなかったみたいです」
くっ、と奥歯を噛み締めてから、再び始まるくっくっくる〜タイム。すっげぇシュールだが突っ込んじゃ駄目だ。
(俺はハト。俺はハト。目を閉じる。俺はハト――ハトと一つに――そう、今こそ!)
「あ、ホントに捕まえられた……」
手の上にモッフリとハトが乗った。
次の瞬間。
「でぇりゃああああああ」
「!? あばす!!」
ハトとのシンクロ率が100%を超えた為か。何故か英斗をハトと勘違いした有火がロケットの如くタックル(レート差あり)をぶっかます。英斗が宙を舞う。有火もクソ堅い英斗にぶつかって「はぎゃあ!」と地面をハデに転がった。ゴロリと無残に転がる撃退士二人。THE惨劇。
英斗は倒れたまま大の字で空を仰ぐ。眼鏡がずれた視界。ハトが飛んでいた。自分達の大変な事など露知らず。雲が流れる、蒼い空。目を細めた。
「ハトは、自由に大空を飛んでこそですよ」
●おつでした
クリスティーナはアウルに頼らぬハト捕獲法を覚え、すっかり元気になったようだ。そして日も暮れてきたので、今日はこの辺でお開きである。
「ああ、楽しかった! 久しぶりに良い運動したし、今日はぐっすり寝れる気がするよ」
ぐっと伸びをしながら、怠惰は欠伸を一つした。
「カーティス君ともみんなとも、また一緒に遊べるといいな!」
おっと修行だったっけ、なんて苦笑を浮かべ。クリスティーナも「また何かあれば色々教えてくれ」と友人に微笑んだ。
そんな天使に、英斗は声をかける。曰く、ラーメンを食べに行こう、と。
「麺を食べ終わった後、残ったスープと一緒に白米を食べるとおいしいんですよ」
「ほう、そんな食べ方が」
「ええ。それに運動した後のラーメンは、きっと格別です。うまい店があるんですよ、なんなら棄棄先生も誘いましょうか?」
「良い話だな。折角だし、皆で行こう。皆で食べれば何倍も美味しい筈だ」
そう言ってクリスティーナは皆へと振り返った。
行こう、と笑みを浮かべて手を差し出しながら。
『了』