●進めや進め
遠くから。暗い夜の遠くから、聞こえるのは奇妙な、奇怪な、行進曲。
廃遊園地ドリームキングダムは只管にガランドウであった。撃退士は遠巻きより身を隠し、予め入手した地図も参照しつつ園内の様子を見やる。
「夢の跡……か、寂しさすら感じるな」
かつて多くの笑顔で溢れていたのだろう。天風 静流(
ja0373)は目を細める。
誰が何を想い、かのディアボロを造ったのか――陽波 飛鳥(
ja3599)が持つ双眼鏡には狂ったパレードが映っている。眉根を寄せた。なんとも悪趣味で物悲しい、見ていると胸が苦しくなる。
そんな親友二人に目をやり「無茶はしないようにです」と言ったのはファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)だ。頷きを返す二人の目には凛と戦意が研ぎ澄まされている。
「いよいよ初陣じゃ。全国統一の第一歩だな!」
敦盛を舞い終え士気を高めた南条 政康(
jc0482)は準備万全、緊張感さえ気持ちが昂ぶり心地良い。
「さて」
と皆を見渡し一つ言ったのはファーフナー(
jb7826)。
ディアボロの行動進路も確認済。タイミング確認も完了。
撃退士の作戦は『廃遊園を永遠に練り歩く』というディアボロの性質を利用し、背後より待伏せ・強襲を仕掛けるというものだ。
撃退士は速やかに動き出す。場所は、飛鳥が提案した大通りの付近だ。中央には枯れた噴水、ボロボロのお城とジェットコースターが見える。
隠れるのは容易であった。雰囲気作りの半ばハリボテの建物に入り、割れた窓から外の様子を見やる。
「……来た」
双眼鏡を覗いていた飛鳥がそう呟いて間も無く。
壊れたラジオのよう、調子外れのパレードが聞こえてくる。目に優しくない光を振りまき、何処にもいない客に手を振って。
ディアボロ『パレードキング』。マーチを引き連れ、終わらないパレード。
(いよいよ儂の初陣じゃ)
心の中で、政康は右手に装着した冷静沈着な軍師腹話術人形、タダムネに話しかける。
『殿、まだですぞ。もっと引きつけるのです』
(わかっておるわ。これが儂の桶狭間よ)
心臓の音が聞こえる。悪魔のパレードが歩いてゆく。歩いてゆく。歩いてゆく――
今だ。
影。それは静流が編み出した『限定的気配遮断技術』。物陰に隠れた彼女が構える神話弓ガーンデーヴァは外式「鬼心」によって開放された凄まじい膂力を以て限界まで引き絞られ、撃ち放たれる。
恐怖を体現したかの様な禍々しいアウルを乗せた矢はドス黒い光を纏い、一直線――マーチの合間を縫い、夜を切り裂き、パレードキングに突き刺さった。
文字通り開戦の鏑矢となった静流の一撃が決まった時にはもう、他の撃退士も攻撃を続々と開始しており。
「さあ、行進はここで終点。もう夢から覚める時間さね。……遠慮はいらないよ。皆貰っておきな」
不敵な笑みを浮かべたアサニエル(
jb5431)がその言葉を吐いた時には、パレードキングとマーチの下に赤い魔法陣が浮かび上がっていた。
指を鳴らす。赤い、赤い、蠍の焔。対冥魔側眷属戦用攻勢属性を付与された激しい焔が悪魔達を焼き潰す。
「火よ、彼等に安らかな眠りを」
星屑の金色を纏うファティナも詠唱を終えていた。翳した手の魔法陣より放たれるのは巨大な火球、アサニエルの大火と共に赤く全てを薙ぎ払った。
赤く熱いそれとは対照的に、マーチの周囲の温度が俄かに下がる。きらりきらり輝くそれはダイヤモンドダスト、静かな冷たさは術者であるファーフナーの瞳に似ている。
これでマーチの電飾めいたものに故障が起きればいいのだが――どうやらアレは本物の機械というよりは『そんな感じのモノ』らしい。要は偽物だ。が、凍てつく氷塵がマーチの動きを鈍らせたのは事実。
「今だ、行け」
「承知した! ――久遠ヶ原守南条政康、推して参る!」
天魔の手から日本を取り戻し、平和な国を作る為に。政康にとって今宵は夢の第一歩だ。ここで失敗する訳にはいかない。
「ゆけドンベエ! 突撃じゃー!!」
政康は召喚したストレイシオンのドンベエに命令を下す。グォーンと吼えたドンベエは前線へと躍り出るや、その口から強烈な魔法弾を吐き出し負傷していたマーチを消し飛ばした。
「良し、先ずはひとォつ!」
ぐ、と政康が拳を握り締めたその視線の先。
抜刀・煌華による光の刃でマーチを裂いた飛鳥がディアボロの前に立ちはだかっていた。
真っ直ぐ見据えるその目の先にはパレードキングがいる。あれだけ攻撃を、しかも不意打ちを食らっておいて尚、こちらに振り返る事もなく平然とパレードを続ける驚異の悪魔。
けれど感じる、猛烈な殺気だ――それはパレードを邪魔する者を決して許さない。駄々っ子の様な。ヒステリックに泣き喚く様な。どうしようもない感情の矛先。
(来る――)
誰もが直感したその瞬間。
パレードキングが絶叫を上げた。歌声の様な、慟哭の様な。
それと同時にマーチ達が襲い来る。楽隊が毒を乗せた魔弾を放ち、兵隊が剣を振り上げ走り出し、道化が火の玉を投擲する。
「折角来た客を追い返す気?」
黄金の灼焔状光纏を揺らめかせる少女は大切な護刀で攻撃を受け流す。肩が外れそうなほど衝撃が伝わった、同時に『邪魔者』に向けられる怒気も伝わった、しかし悪いけれど退く事はできない。絶対に。
「夢を人を殺すものじゃない。人を救う為にある。このパレードは間違ってる。だから止めるわ」
終わらないパレードに終わりを。パレードは止まらない。故に撃退士もそれを追いながら戦わねばならぬ。走り出した。
パレードキングへの道はマーチが並んで邪魔をする。ならばその道を切り開かねばならぬ。どのみち全て斃さねばならぬのだ。
削り切られるか削り切るか。やるかやられるか。ディアボロの初撃は確かに手痛いものであったが、奇襲による撃退士の猛攻で少しでもマーチの数が減った状態であった為に、その被害は可能な限り減らせたか。
(とはいえ)
ファーフナーは冷静に戦場を見やる。まだほんの、一番最初を通り抜けただけだ。最初が上手くいったからと油断はできない。パレードキングの声に未だ頭が眩み耳から血が垂れるけれど、横になっている暇はない。永遠に眠りたくなければ。
「生憎、今日は『死ぬには良い日』ではないようでね」
兵隊の銃剣が振り下ろされる。男は身を捻って回避したがその体を浅く刃が切り裂いた。そのままファーフナーは手の中に雷の剣を形成する。振り向きざまの一閃、道化を切り裂く。体ごと痺れさせる。
襲い来る大量の敵をバッサバッサと切り倒す――なんともヒロイックだ。素敵だろう。だが己の役ではないと、ファーフナーは断ずる。一体でも行動不能に、兎に角動ける個体を減らすべく。
「皆さん、キングからの攻撃に気を付けて!」
マーチへファイヤーブレイクを打ち込んだファティナが声を張り上げた直後、パレードキングが無差別に無数の腕を伸ばし、癇癪を起こした子供が積み木を崩す様に撃退士を薙ぎ払わんとしてくる。ファティナが身を隠していた半ハリボテの建物から転がる様に飛び出せば、彼女の背後で建物がぐしゃりと叩き潰されていた。
物理攻撃――暴力的なまでの。直撃すればどうなるか、考えもしたくない。ぐっと奥歯を噛み締めた。
「ここは貴方の『夢の国』でしょうに――!」
自らの『国』を王が壊すなど。もうそれすらも分からなくなっているのだろうか。哀れ、と形容すべきなのだろうか。ファティナは呪文を唱える。マーチの足元に大地の魔法陣が浮かび上がり、魔力で形成された土の槍が大量に突き出して範囲内のマーチ達を串刺しにした。
弱った個体、特に兵隊を優先して、政康はドンベエに攻撃指示を下す。鞭の様に振るわれる龍の尾がまた一体、マーチを両断に叩き潰した。
「頼むぞ、ドンベエ……!」
政康の体に伝わる痛みはドンベエが攻撃を食らっている証。が、まだ倒れる訳にはいかない。展開された防御効果で仲間を一秒でも長く守る為に。未熟は承知、しかしお荷物は御免だ。
一つまた一つ、徐々にマーチはその数を減らしている。
一方、パレードキングを相手取る3人――静流は弓でパレードキングを射続けつつ、気付く。矢張り装甲のある体よりも天辺の人型上半身の方が攻撃の通りが良い。弱点、と呼べる場所なのだろう。
「皆、あの場所を狙うんだ」
「了解。やれ、今夜は忙しいね」
応えたアサニエルは苦笑する。ディアボロからの攻撃に警戒しつつ仲間へライトヒールを飛ばしつつ適宜散開してパレードキングを追いかけながら弱点へ攻撃を行わねばならない。
片方の手を翳した。そこに集う光を握り締めると、それは槍の形となる。退魔の属性を乗せた上に天の力を強く宿した、悪魔にとっては必殺となり得る脅威の槍だ。
「それ、腹括りな!」
振りかぶって投げつける。真っ直ぐ、流星の如く、アサニエルの聖槍がパレードキングの人間部分に突き刺さった。それは確かな痛打となる。一瞬、ディアボロの身体が大きく揺らいだ程だ。
なのに未だ倒れない――肩を弾ませつつ飛鳥はパレードキングへ攻撃をし続ける。終わりはあると信じながら。
シールドは切れた。後はもう、マーチ対応班がマーチを止めしてくれる事を信じて、自分が敵の攻撃に当たらない幸運を信じて、我武者羅にでも戦う他にない。
(私だって……!)
防御面に難があるのがコンプレックスで、故に全神経を酷使する。パレードキングを凝視していた。かの悪魔はただただ前を見据えており、視線で挙動を判断する事は難しい。そうしている内にまた薙払われる悪魔の腕――形振り構わず横に跳んだ。地面を転がる。土にまみれて汚れながらも剣を振るい、パレードキングへ刃を飛ばした。
パレードキング対応班は後衛系、必然的に中衛である飛鳥が前衛となる。後ろから聞こえるのは、最後衛にて敵の状況を逐一知らせてくれる静流の声だ。
「まだ戦える……!」
気力を振り絞る。
ボタボタ、と垂れた熱い温度。それが己の血だと、ファーフナーはワンテンポ遅れて気が付く。同時にまだ生きている事も理解する。
パレードは終わらない。けれど終りは近い。マーチの数はかなり減っていた。
「後は俺だけで十分だ。お前等は王を討ち取れ」
雷の剣や蔦の鞭を形成する魔力は尽きた。ファーフナーは鈍戦斧を手に、残り僅かとなったマーチの前に立ち塞がった。仲間達の了承の声と駆ける音――それを追わんとしたマーチへ斧を振るいつつ。
遊園地が戦場になるなど皮肉なものだ。嗚呼、皮肉だ。
遊園地、これまでの人生で無縁だった場所。夢を抱くことなどあり得なかった、あるのはこの身を縛る呪いだけだ。目立たぬよう人から隠れ、息を潜めるように生き、子供らしい娯楽に接する事もなく、自らの子など望める立場でもなく――人と悪魔の血を引く混ざり者など。
皮肉だ。初めて訪れた遊園地が、悪魔の支配する廃墟だとは。嗚呼。
(俺に相応しいかもしれないな)
感慨はなく、表情もなく。
「ゆくぞ、タダムネ! 奴等に目に物見せてくれるわ!」
『殿! 孤立しないよう、味方と連携するのです!』
パレードキングへ駆け出しつつ、タダムネと言葉を交わした政康はヒリュウのチビマルを召喚した。
「これだけでかければ死角があるはず! 行けチビマル!」
主の命令にキュッと鳴いたチビマルは翼を翻しパレードキングへ向かう。荒れ狂う腕がチビマルを殴りつけ、吹き飛ばすも、竜は懸命にパレードキングの背中にしがみついた。牙を剥く。噛み付く。
「ぐ、くっ……チビマル、頑張るのじゃ!」
全身の痛みに目が眩む。咳き込んだ吐息には血が混じっていた。政康は歯を食い縛る。
ファティナもパレードキングの真後ろに回り込む。
(この巨体なら、全ては無理でも半身はいけるでしょうか)
深呼吸を短く一つ。天に翳す両手、唱える呪文、徐々に集う星の光が輝きを増してゆく――
終わりは近い。
「頑張らないとねぇ」
回復も尽きた。アサニエルは最後の力をヴァルキリージャベリンに込める。3回目の槍がパレードキングへ向かい――人間部分の頭部を吹き飛ばした。
一瞬弛緩する悪魔の体。だらりと垂れた体の傷口から大量に吹き出すのは真っ黒い血だった。夜の様に流れるそれがパレードキングの極彩光を塗り潰してゆく。
だがその瞬間、傷口から響いたのはまた、あの、絶叫だった。光だった。それが撃退士に、アサニエルに襲いかかる。
目を見開いた瞬間、体を内側から破壊する衝撃波がアサニエルの体内を駆け巡った。吹き出す、鮮血。彼女はレート差による非常に強烈な攻撃を行ってきたものの、それは諸刃の剣でもある。
倒れるアサニエル。地面に彼女の赤い髪が、赤い血が一杯に広がった。
だが彼女の動きは決して無駄ではなかった。パレードキングの動きは明らかに鈍っている。
「夢はいずれ終わる……ただそれだけの事」
何度目か、静流は弓を引き絞った。無窮――数多の闘争と血の滲む様な努力の果てに到達した武の練達。洗練された無駄のない動きで敵の動きを完全に捉える。容赦も躊躇もないその様は美しくも恐ろしい。
また一本の矢がパレードキングに突き刺さった。
そしてその時にはファティナが最大魔術Licht Durandalの詠唱が終わった刹那で。
「夢はいずれ、覚めて消えてしまうもの。それでも追い求めてしまうのが夢。
……未練を残してしまうなら、せめて私達の手でその夢に終わりを」
彼女の手に収束した光は今や超新星の如く眩く輝き、剣の形となっていた。それは触れる全てに終わりを告げる魔法剣――光の収束と加速を繰り返しながら放たれる斬撃がパレードキングを飲み込んだ。
半身以上を消し飛ばされたパレードキングの装甲が溶け、崩れ、崩壊し始める。
されどファティナは目を見開いた。
これは未だ生きている!
魔法の反動で動けぬ彼女が息を飲んだのと、半ば崩れた悪魔の腕が迫ったのは同時。暴力の掌がファティナを握り潰さんと――
「させぬ!!」
飛び出したのは政康だった。ファティナの体を突き飛ばす。盾となる。彼女の代わりに、悪魔の手の中――後悔も恐怖もない、男の強い眼光は闇を見据え、
――肉と骨の潰れる音は、飛鳥が張り上げた声にかき消された。
「もうこれ以上、好きにはさせない。止めるわよ、紅炎村正!」
飛び上がり、抜き放つ、灼焔の如き黄金の光。少女が宙にて大上段に構えた刀は、天の力を帯びていっそう激しく輝いた。
それは夜に終わりを齎す太陽のようで。
「これで、終わりだッ!!」
振り下ろす、灼熱の一閃。
●ロングロングアゴー
「つわものどもが夢のあと……てね」
重傷の身で周囲を見渡したアサニエルの言葉だけがその場に響いた。
マーチの殲滅を終えたファーフナーが無言で噴水の縁に座る。
パレードは終わった。
夢は終わった。
もう何も無い。
撃退士の勝利に終わったここには、もう、何も無い――。
『了』