●登山です
「耐寒雪中行軍訓練ねぇ……」
「……違いますからね?」
2011年12月31日、国内某山の登山口。時計はまだ早朝と言って差し支えない時刻を指している。
バスを降り立って開口一番いきなり勘違いを炸裂させる雨宮アカリ(
ja4010)に、横に並んだ沙耶(
ja0630)が思わずツッコミを入れる。
中東生まれで戦場に親しんで育ったせいか、中等部の1年生であるにも関わらず、アカリの格好は雪上迷彩の防寒服でどうにもミリタリー色が強い。一方で大学部1年生の沙耶はと言うと、服装こそダウンジャケットとタイトなスキニージーンズとファッショナブルだが、よく見ると足元が軍用ブーツだったりする。
「動きやすい格好がいいって言ってたっす」
とは、事前に同好会だかなんだかの代表から服装について助言をもらっていた大谷 知夏(
ja0041)である。そのアドバイスを受け、伸縮性のある化繊のズボンやアンダーウェアなど、なるほど見るからに登山らしい服装に身を固めている。リュックに担いだ荷物もよく吟味しており、中等部1年生ながらもしっかりした準備を整えていた。
そんな喧騒を他所に、気合を入れる者たちもいる。
「ご来光に、『皆で楽しい学園生活が送れますように』ってお願いするんだ♪」
そう笑顔を浮かべているのは、アカリと同じく中等部1年生の羊山ユキ(
ja0322)だ。手袋をはめてイヤーマフの位置を直し、準備万端である。
「お嬢様に外界では見られぬ初日の出を御覧になって戴くのだ!」
と拳を握るのは高等部2年生、坂月 ゆら(
ja0081)。名家の令嬢を主人と仰ぐ彼女は、雲を超え現れるという初日の出を写真に納め、土産に持ち帰るつもりでいた。見ればその手には、既に使い捨てカメラが握られている。……もっとも、このカメラは彼女のものではなく、セイジュ・レヴィン(
ja3922)の持ち込んだ物なのだが。
その高等部1年生は一同の最後尾に周る。皆のフォローに回りつつ、今はゆらの手にあるカメラで撮影しながら登るつもりであるようだった。
ところで、中等部1年生の一色 万里(
ja0052)は、今回の出発前夜に人知れず悩んでいたようだ。伊達眼鏡を愛用する彼女は、時と場合によってそのフレームを使い分けるのだが、「山」「温泉」「初日の出」と多数揃ったキーワードの前にどれを使うか迷っていたらしい。結局、間をとって深緑の縁と金の金具のフレームを選んだのだが、何と何の間なのかは話を聞いた一同にはよく判らない。多分、深緑は山の、金は初日の出のイメージなのだろう。
蓋を開ければ、今回の登山に飛び入り参加した8人はいずれも女生徒で、しかも比較的年若い生徒が多い。これには同好会の会員たちも「珍しい」と目を丸くした。
そんな一同をひと通り眺め、参加者の最後の一人、高等部2年生の栗原 ひなこ(
ja3001)は防寒具の確認を行い、
「みんなでわいわい、楽しも〜ねっ♪」
と、笑顔を浮かべるのであった。
●登山はスポーツの一種です
高校総体には数日をかけて行う登山の競技がある。体力や、装備・天気図等の知識や技能、応急処置やテントの設営、マナー等を得点化し、順位を決定する過酷な競技である。取り敢えず今回の登山はそれとは何の関係もなく、ただの余談なのであるが。
同好会会員達の先導のもと、登山は始まった。冬山とは言え積雪はそう多くなく、この時期も登山客が訪れる事はあるようで、登山道には雪はない。周囲の木々や地面を見れば、所々雪が積もっているのが見える程度である。どうやら今回は、快適な登山が楽しめるようだった。気温も氷点下に入ることはなく、知夏の持ち込んだバナナで釘が打てるというような事もない。
そんな積もった雪や山草に興味を抱くのは、年少組……ではなく、むしろ上から数えたほうが早いゆらである。
「ぉ? なんだあれ? なんだあれ?」
「余り離れすぎると、置いて行かれるぞ?」
キリリとした外見とは裏腹に、根の純粋な少女である彼女は、好奇心を丸出しに登山道を次々外れそうになる。道中終始ご機嫌でテンションの高いユキ共々、他の年長者……セイジュや沙耶やひなこにその都度フォローを受けていた。
「いい眺めだわぁ。日本って美しい国ねぇ……」
騒動が目にも耳にも入らず、道中から麓を見下ろすアカリであった。
山を8合目程まで登った辺りで、昼食を摂ることにした。必要であれば同好会側が用意する予定ではあったのだが、前もって昼食を持ち込むと彼女たちは連絡しており、見晴らしの良い広場でそれぞれ弁当を広げる。
持ってきた弁当はお握りが多いようだった。知夏や万里、ゆら、沙耶がそれぞれお握りを頬張る。ゆらが食べたお握りは具に好物のミニハンバーグが入っており、思わず彼女は目を細めた。
「おやつは現地調達だよ」
とは、万里の弁である。他の者が持ち込んだおやつとの交換を狙っているらしく、彼女のお握りはひときわ量が多い。
「いい景色みながらのサンドウィッチ美味しいね〜♪」
幸せものだぁ、と相好を崩すユキ。同じ部活で仲の良い、ひなこと弁当を交換しあって食べている。そのユキが、突然「ぶっ!?」と吹き出した。
「かっ、辛っ!? お茶! お茶ー!!」
慌てて、同じく部活仲間の知夏が差し出したお茶をひったくるように飲む。ユキの片手には、何処かで見たようなお握りが握られていた。
「……あ、悪魔のおにぎり持って来ちゃってた……」
冷や汗を掻きながら、そのお握りを見て今更気づいたように呟くひなこである。
そんな光景を見て、クスクス笑うのは沙耶とセイジュ。沙耶の弁当は混ぜご飯お握りの他に卵焼きや唐揚げ、漬物等と幅が広く、魔法瓶には温かいコーンポタージュ。女性らしい色とりどりの弁当である。彼女もひなこ達との弁当交換に応じており、おかずは好評を博していた。ちなみに沙耶も悪魔のおにぎりを食べたのだが、辛いものは平気らしく、ケロリとしている。セイジュもひなこと同じく、サンドウィッチが中心である。フランスパンに野菜や肉を挟んだそれを、やはり交換しあって食べていた。特にゆらが「それ美味いか? どんな味だ?」と目を輝かせ、交換していった。
少々本人にとっても予想外なのは、アカリだろうか。彼女自身はチョコレート味のブロッククッキーで済ませる積もりだったのだが、他の者達がそれをよしとしない。同好会員の「しっかり食べないと」という言葉も借りてか、一同がなかば押し付けた弁当やおかずで、下手をすれば一同で一番豪華な弁当に様変わりしているようだった。
一同がその他にも持ち込んだおやつを分け合ってデザートに食べ、ゆらが主人に作ってもらったという『お泊りのしおり』の注意事項を声に出して読み上げた後、ゴミひとつ残さぬよう後始末をして、山頂目指し再び彼女たちは歩き始めた。
「一緒に行く人達の言う事をよく聞く」
「勝手に一人で行動しない」
「途中で帰りたいとか我侭を言わない」
「皆と仲良く」
ゆらが読み上げた、と言うかむしろ同好会員も含めて全員で唱和した、『お泊りのしおり』の注意事項である。
山頂に近づくにつれて、積雪が目に見えて増えていく。気づけば雲も眼下に収めるようになり、自分たちが登ってきた高さを実感する事になる。変わりゆく景色にあるものは感心し、ある者はカメラに収め、そうして夕方近くになり、彼女たちは山頂へ到達する事になる。
●ビバークではありません
山頂に到着し、一同は山小屋の掃除に取り掛かる。人数もいるため程無く終わり、夕方には夕食の用意が始まった。
コンロを用意し、土鍋を置く。出汁をとり、各々持ち込んだ食材を投入。闇鍋であった。
調理は主に沙耶とセイジュ担当し、そこに万里やひなこ、知夏が手伝う形になる。アカリは食卓の用意へ回り、料理のできないユキとゆらはアカリの手伝いへ回る。
「味見するっす! ……もう一口っす♪ 追加で更に」
「そこまでよぉ?」
誰も味見を呼んでいない。と言うか、完全にただのつまみ食いで、流石にアカリが知夏を止めた。
「どんな材料でも、味付けに気をつければ、美味しい……筈だよね……?」
不安に顔を少々ひきつらせる万里である。
一同が持ち込んだ中で、普通に食べられそうな食材は冷凍餃子を筆頭に、卵といりこ、肉団子、ピリ辛ウィンナー、葉ねぎ、人参、タコ足など。ゆらが持ち込んだ肉団子の材料は、「ハンバーグ型にしてください」というメモがついている辺り、彼女らしい。
アカリがタコ足の他に持ち込んだヤコウタケは食用に適さない……どころか毒性の有無すら不明な為投入を一同に阻止され、セイジュは生どころか何故か生きてるタコとカニをさばく。
圧巻は沙耶であった。彼女が持ち込んだのは、同じく生かしたままのスッポンである。唖然とする、あるいは興味津々な一同を尻目に、沙耶は冷静な表情でスッポンをさばき始めた。にわかに始まったスッポンの解体ショーに、一同の注目が集まった事は言う間でも無い。
闇鍋というか海鮮鍋……むしろスッポン鍋と化した夕食を和やかに食べる。
「鍋最高っすね! 何かもう、このまま下山してもいい気がして来る勢いっすよ!」
「こんな真っ暗な中下山したら遭難しちゃうよ!?」
闇鍋と言う名目ではあったが、予め食材が判っていれば調理の仕方も解るというものである。万里の心配は杞憂で済み、あまりの味に思わずとんでもないことを口走る知夏にひなこがツッコミを入れる。
「こ、これは……美味しい……☆」
思わず頬に手を添え、更に箸をすすめるユキ。
ゆらは好き嫌いなく何でも食べるが、子供のような食べ方であった。横に座った沙耶が、それを見て食べこぼしを拭いたりと世話をやく。
その沙耶だが、夕食には持ち込んだ各種酒類を開けるつもりだったようだ。しかしこれについては、部活動の一環であることと、沙耶の実年齢が18歳であると言うことで流石に未成年の飲酒を認めるわけには行かないということを理由に、同好会側が禁止した。参加者では彼女が最年長であることもあり、酒類はその封を切られる事なく仕舞い込まれた。
夕食の終了後、彼女ら付近に湧いているという露天風呂へ入りに行った。女性ばかりということで、女湯を利用する。
「うぇいー、極楽っすね♪ 10歳くらい若返りそうっすよ!」
「露天風呂だ、素敵素敵☆」
幼児まで遡るつもりだろうか。知夏の言葉に笑いながらも、気持ちよさに思わず鼻歌を漏らすユキ。ふたりとも当然のように裸である。
「温泉なんて何年ぶりだろう……」
笑顔で呟くのはひなこである。女同士とは言え少々恥ずかしいか、沙耶やひなこ、セイジュやアカリはタオルを巻いて入浴している。これまでの疲れが癒える心地よさに、彼女らはほうとため息をついた。
ようやく一息つけると肩の力を抜いたところを、知夏が狙っていた。
「ふっふっふー♪ 隠されると剥ぎ取りたくなるのが乙女心っす! 覚悟して下さいっすよ!」
後ろから襲いかかる知夏。黄色い悲鳴が上がり、温泉の飛沫が舞う。
「ちょっ!? あたしのなんて見たって、楽しくないんだからっ!!」
童顔気味だが体型は標準的なひなこ。決して魅力がないわけではないが、ともかく徹底抗戦の構えを見せる。
沙耶はと言うと、迷わず距離をとって反対側の隅へ逃げ出した。タオルの端を掴んで、その豊かな胸を守りに入る。弱点らしく、特にお触りは何としても避けたいようだ。
知夏はアカリをターゲットに定め、タオルの剥ぎ取りにかかる。
「コンタァクト! オープンファイア!!」
こんな事もあろうかと持ち込んでいた水鉄砲を湯船から取り出し発射して抵抗。思わず知夏が避けたその一撃は、流れ弾となってユキを襲う。何故か彼女も水鉄砲を持ち込んでおり、途端に銃撃戦へと発展した。
その光景に思わず苦笑いを浮かべるセイジュ。彼女も知夏の剥ぎ取りに遭ったのだが、そこは大人の対応か、あらわになった胸を湯船に隠し、ちょっと困ったように笑っただけで済ませていた。
「密封袋にすれば、温泉も対応可能なんだよね♪」
そう言ってそんな喧騒をデジタルカメラで撮影しようとした万里だが、これは全員が一丸となって取り押さえて阻止した。
そして、その騒動を他所に、アヒル人形を浮かべて犬掻きで泳ぐゆら。どうやら従者の役目を離れると、自由奔放の塊となるようである。むしろなまじ良いスタイルをしているだけに、大きな女の子とでも言うべきであろうか。温泉は完全にカオスのるつぼと化していた。
「……やっぱり湯船にゆっくり入れなかったなぁ……」
苦笑いを浮かべて、ひなこはため息をひとつ。白い息が星空に消えた。
温泉を上がって山小屋へ戻った一行は、ユキの発案でトランプに興じる。
「もう一回! もう一回だぞ!!」
「……う」
ルールを教わって、負けず嫌いを発揮するゆら。意外にも苦戦するセイジュ。逆に連勝を重ねるのはアカリと万里である。
ひなこと知夏も含めてよく楽しむ中、時計の針が12時を指す。2012年1月1日、元旦である。
「明けましておめでとー!」
「おめでとうございます」
口々に新年の挨拶をする。しかし、ゆらの声がない。どうしたのかとセイジュが見れば、既に横になり、眠ってしまっていた。クスリと微笑を浮かべ、セイジュはゆらを布団へ運ぶ。
それを見て、明日も早いと就寝することになり、一同はそれぞれ布団へ入る事にした。日の出前に起きられるよう、起床時間を目覚まし時計で合わせ、お休みから三秒でユキは眠りについた。
●初日の出に願いを
なかなか布団から出られなかったひなこもどうにか起きだし、夜明け前に彼女たちは山小屋から外に出た。
「……」
言葉にならない。同好会員が指した方向から見え出した光に、ゆらははしゃぐのも忘れて見入っている。セイジュがそんなゆらの手にカメラを握らせ、ようやく初日の出をカメラに収める為に来たと思いだし、慌ててゆらはカメラを構えた。
「取り敢えず初日の出に感動を伝える為、たまやーと叫んでおくっす! たまやー!!」
「それは花火では?」
早朝から元気な知夏に、沙耶が一言ツッコむ。
「これからも皆で楽しく過ごせますように」
「皆で楽しい学園生活が送れますように!」
ひなこはそっと手を合わせ、初日の出に祈る。ユキも初志貫徹、願い事をしっかり祈る。そんな二人を見て、アカリも手を合わせた。
「……それなら私は、この国がずっと美しいままであって欲しいと願うわぁ」
そんな彼女らから少し離れ、万里も一人願う。
「新しい学園で友達が出来て、撃退士としてやっていけるように」
恥ずかしくて人前じゃ言えないよ、と伊達眼鏡を外して弄びながらも、ご来光をしっかりと目に焼き付ける万里だった。
この後は、朝食を済ませたら山小屋を片付けての下山となる。新しい年に思いを馳せ、彼女たちは帰る支度を始めるのだった。