●桜の花と花見を守り
空の青さに、満開の桜色が映える。時間は早朝だが、この時期ならそろそろ寒さも気にならなくなって来る頃である。
8人の撃退士達は、花見会場となる公園に到着すると早速簡単に打ち合わせを行い、二箇所の入り口に分担して警備を開始した。勿論、天魔が来なければそれに越したことはないのだ。
「来たら来たでしっかりやるさ」
「ちょっと、こんなところで銃なんか抜かないでよ」
一方の出入口で、大学部2年の鴉乃宮 歌音(
ja0427)はがちゃりとリボルバーを構える。それを隣の中等部1年、雪室 チルル(
ja0220)が見咎めた。確かに一般人の通る往来で出すものではない。歌音は慌てて銃を仕舞い込んだ。
他方、もうひとつの出入口では、中等部2年の徳川 夢々(
ja3288)が緊張にその表情をこわばらせていた。
(しっかり、お花見の場は、護って、みせます……!)
生来の人見知りに加えて、初依頼の緊張も重なったらしい。そんな彼女の肩を軽く叩いて緊張をほぐすのは、高等部3年のフェリーナ・シーグラム(
ja6845)である。
「民間人の恐怖を抱かせないように、笑顔で」
有言実行とばかりに、彼女は微笑みを浮かべて見せた。
些細なトラブルや騒動はあるものの、特に事件となるような事は起きず。
「何事も無く終了か、それじゃあと宜しく〜♪」
無事に引き継ぎも終えて、大学部1年の雀原 麦子(
ja1553)は後続の撃退士とハイタッチを交わす。こうして、恙無く警備の役目は終了。
時間は午前11時、丁度昼食時である。公園の管理人から穴場となる桜の木を教えて貰った一同は、そこで予定通り、食事ついでに花見を行う事にした。
折角だからと、彼らは友人に連絡を取っていた。一緒に食べるなら、親しい者が傍にいる方が良いに決まっているのだ。
幼馴染の大学部2年生、鴻池 柊(
ja1082)が姿を現すと、1学年下の常塚 咲月(
ja0156)がすかさず駆け寄った。男女の意識が薄いというか、スキンシップ過多の咲月が飛びついて抱きつくが、ラグビーのタックルのようにも見えなくはない。麦子も大学部3年の西条祐子(
ja4491)とハグしあって挨拶を交わしている。
夢々は自身が母と慕う高等部3年の珠真 緑(
ja2428)の姿に、安堵の表情を見せる。やはり人見知りの彼女にとって、親しい者のいないこの状況は少々酷だったようであった。
「お招き有難うございます」
丁寧な物腰を崩さない大学部1年のカタリナ(
ja5119)は、フェリーナが呼んだ。荷物を運んでいたフェリーナを、カタリナはごく自然に手伝う。
彼ら4人を加え、12人の団体となった。
賑やかな花見になるだろう。誰もが皆、心を踊らせた。
●花見料理に舌鼓
公園の奥まった場所にあるその桜は、花見客が殆ど訪れないにも関わらず、見事な花を咲かせていた。見上げた学生たちから、思わずため息が漏れる。人目につかないのが勿体無いと思うべきか、これを独占できる幸運を喜ぶべきか、ふと複雑な気持ちになる者もいた。
桜に目を奪われつつも、彼らは花見の準備を始めた。咲月とチルルが持ち込んだブルーシートとレジャーシートを敷く。そこに一同は靴を脱いで上がり、それぞれ皆が持ち寄った弁当箱を開いていく。いつの間にか、歌音が着物に着替えていた。本人曰くただのお洒落だとか。
「あ、少しお待ち下さいな」
それを遮るように、水無月 葵(
ja0968)が声を上げる。何事だろうかと、皆の視線が高等部2年の彼女に集まった。葵はにっこり微笑みを浮かべ、重箱を開ける。目に飛び込むのは、春の桜のピンク色、冬のなごり雪の白、ヨモギの夏を先取る緑色。何とも鮮やかな、三色の花見団子であった。
「お花見といえばコレですね」
確かにと思わず納得する、特に日本人を中心にした一同。あまり見かける機会の少ない、海外出身のフェリーナ達も目を丸くする。
前菜として、花見団子が弁当の前に配られる。それに合わせて、飲み物も回されていく。やはりというべきか、大学部の面々の間ではアルコール類が渡され、高等部や中等部の者たちにはソフトドリンクが渡されていく。明らかにアルコールの量が多いのは、やはり大酒飲みが数人いるからか。未成年の方が多い事を考えれば本来は自重すべきところではあるが、花見のつきものでもある。多少は仕方のないところだろうか。
「それじゃ、かんぱ〜い♪」
案の定テンションが高まっている麦子の音頭で、がちゃがちゃと缶やペットボトルをぶつけあう。ぐ、とまず一口。
乾杯がひと通り落ち着いてから、改めて弁当を開けていく。
「美味しそうなお弁当がいっぱいね!」
チルルが目を輝かせた。皆それぞれ、趣向を凝らして弁当を用意していたようだ。
「こう見えましても、あたしは料理研の部長でそれなりに料理は得意なんですよ〜☆」
じゃーん、とファンファーレらしきものを口ずさみながら重箱の蓋を開け、高等部2年の大曽根香流(
ja0082)が豊かな胸を張る。服の下で重たげに揺れる胸に密かにコンプレックスを抱く香流だが、料理への情熱はそれを上回るようだ。
「お花見の友のお稲荷さん! そして唐揚げ、あとはだし巻き卵焼きと筑前煮を持って参りました」
稲荷寿司は中身にバリエーションをつけ、普通の酢飯の他に山菜おこわのものと山葵の茎を入れたものを用意。唐揚げはじっくりと醤油と大蒜で下味をつけてあった。料理研の部長というだけあって作り込まれた弁当に、一同の注目が集まる。
チルルとフェリーナはそれぞれ、サンドイッチを用意していた。二人共レパートリーを広く作ることを心がけたようで、フェリーナは予め複数のサンドイッチを作ってアソートしており、チルルはパンと卵やハム、トマトやレタス等の具をそれぞれ分けておき、好きな具の組み合わせでその場でサンドして食べるようにしている。
麦子はおにぎりをメインに持ち寄った。定番のツナマヨに始まって明太子、高菜、梅干し、鮭、天むす、ウニやマグロの角煮まで、具を豊富に揃えている。
「中は食べてのお楽しみよ♪」
という彼女の言葉通り、見た目はどれも同じで食べてみるまで味は分からないようだ。おかずは量を抑えて、代わりにこちらも数を揃えた。色とりどり鮮やかだが、枝豆やチーちくなど、酒のツマミらしきものも幾つか混ざっているように見えるのは、彼女が酒飲みだからだろうか。
「その、わたくし、和食しか作れませぬもので……えっと、お勧めは、くわいきんとんです」
おずおずと、弁当箱を差し出したのは夢々。本人曰く、江戸時代のものしか作れないのだとか。逆に今時、凄い特技なのではないだろうか。ちなみにきんとんは、現代でこそお節料理の一つとなっているが、江戸時代では傷みにくいために料亭の土産料理として出されていた。その材料となる食材も各種あったが、中でも高級なものとして扱われていたのがくわいであったという。
「ひーちゃん、お弁当、いっぱい色々入ってる……?」
自分では料理を作らなかったらしく、咲月が柊に訊ねる。勿論と言わんばかりに、柊は咲月に2段重ねの重箱を渡す。どうやら彼女専用の弁当らしく、さらに別の重箱を取り出して、皆の弁当の輪に添えた。こちらも2段重ねで、旬の野菜の天ぷらや酒のツマミになる料理の段と、草餅といちご大福の入った段に分けられている。
他にもカタリナが本場ドイツのソーセージを用意、軽く火で焙っている。ディバインナイトの技法で火を付けているあたり、アウルの無駄遣いと言うべきか有効活用と言うべきか。また、縁はイタリアンで揃えた弁当を広げた。イタリアンならではの色の鮮やかさが、特に目を引いた。
「美味しそうなお弁当がいっぱいね!」
チルルの歓声も尤もであろう。それぞれが工夫を凝らし、幅広く楽しめる食事になりそうだった。
香流が用意した紙皿が配られ、皆それぞれ箸をすすめる。香流の唐揚げが特に人気だったようだ。
「ひーちゃんと味付けが違うから新鮮……」
「ね、その唐揚げとそれトレードしない?」
咲月が幼馴染の料理と味を比べながら舌鼓を打ち、麦子は香流に南蛮漬けを差し出す。当の香流も、しっかりと他の者達の弁当のご相伴にあずかっていた。
賑やかに食事が進んだところを見計らい、歌音がデザートにと和菓子と茶を配る。配った和菓子は彼の手作りとのことで、中々本格的であった。
●桜の花に心寄せ
食事が一段落した後は、それぞれ思い思いに過ごした。
皆から少し離れた咲月は、スケッチブックと鉛筆を取り出す。満開の桜を中心に、植物のデッサンを取り始めた。みるみるうちに、公園のイラストが出来上がっていく。そこに、チルルが近づく。
「折角だし、写真に撮ってみていい?」
咲月が首肯すると、チルルは少し離れてスケッチを取る彼女の姿をカメラに収めた。何枚か撮ると、彼女は他の者も撮ると告げて後にする。
大の字。着物が汚れるのも気にせず、歌音は両手両足を投げ出して仰向けに寝転がる。酔っている訳ではない。
(……いや、むしろ酔っていた方がいいのかも知れない)
見あげれば、空の青と桜のピンク。どちらが7分でどちらが3分だか、と埒もない事を一瞬考える。
「視点を変えてみると違うものが見える。どう?」
通りがかったフェリーナがカタリナに勧めてみた。悪くないと微笑んで、二人も大の字に寝転がった。
「サクラ、綺麗ですね……」
「綺麗……ですね」
一面の桜に、目を細めた。
「母さんが好きだった桜を、この大地を守りたい」
フェリーナは呟く。もっと強くならないと。改めて心に誓った。
「せっかくのお花見ですので、御琴を弾かせて頂きます……。皆様に気に入って頂ければよろしいのですが……」
縁に背を押されるように、おずおずと夢々が切り出した。縁も合わせて三味線を取り出す。「ならば」と、葵も三味線を用意した。3人で演奏を始めた。どうやら3人とも弾ける曲目のようで、それぞれミスもなく、綺麗に音色を重ねている。自然、皆の視線が3人に集まった。
「美味いお酒に料理の数々、周りには綺麗な桜と可愛い女の子、さらに心地良い音楽まで……。この世の春って奴ね♪」
裕子の酌を受けながら、麦子が相好を崩した。
「桜に琴……風流だね……。よく寝れそう……」
チルルと入れ替わるように訪れた柊に、咲月は膝枕して貰っていた。彼女もまた、歌音たちと同じように空を見上げる格好になった。
「桜花 散りぬる風の なごりには 水なき空に 浪ぞたちける……確か紀貫之だったかな……空も見えるから……」
本来は、桜が散った後の空を詠んだ句である。彼女は空から柊の目に視線を移す。
「ひーちゃん、今度は3人で来よう……? で、来年も……」
ここにはいないもう一人の親友も共に、皆が生きて会えるように。言外に祈りを込めた。
「……そうだな。……心配しなくても死んだりしない」
その祈りは柊に伝わったか、見透かしたかのように彼は答える。そして彼はそっと、咲月の頭を撫でた。
皆の注目が集まったのを見計らい、葵は三味線を置いて立ち上がった。懐から取り出した扇を開いて、ゆっくりと舞い始める。桜の花びらが舞うこの場所は、まさに最高の舞台であろう。
それに合わせて、夢々達の演奏も曲目を変えた。曲と舞のそれぞれが、桜吹雪に演出されて調和する。華やかに、きらびやかに、可憐に。時に儚げながら、優しく慈悲深く、それでいて切なく艶っぽい。3人の誰が欠けても、また幻想的な桜の花びらが散る中でなければ、こうも魅力的にはならなかっただろう。
舞と曲が終われば、万雷の拍手が鳴り響いた。横になっていた歌音達や咲月も、身を起こしている。チルルも首にかけていたカメラから手を離し、拍手する。勿論、曲や舞の様子は撮影済みだ。香流がお疲れ様と、3人にお茶を差し出した。
夢々と葵が話し込む。人見知りの夢々だが、何か感じ合うものがあったようだ。初対面とは思えない程に二人と縁の話は盛り上がる。
やがて、勇気を振り絞り、夢々が切り出した。
「ぁ、ぁ、あ、あの、わたくし、その……皆様と、御友達になりたい、です……!」
日が傾き始め、吹く風も寒さを増してきた。自然、そろそろお開きとなる。
誰が言うともなく、協力して後始末を進めていった。あっという間にゴミひとつ残さず片付けてしまう。
「そうだ! 最後だし、皆で記念撮影しようよ!」
チルルの言葉に、笑顔で皆が集まる。桜の木をバックに、並んで撮影。フェリーナもデジタルカメラを持ち込んでおり、交代で数枚、それぞれシャッターを切った。
写真は後に、二人からそれぞれ皆に贈られるのだろう。チルルからは特に、集合写真以外にも色々な写真が届く筈だった。
それで一応の解散となったが、葵は残って一般の花見客の側も掃除しようとする。勿論それを黙って見過ごす一同ではなく、結果として12人でのちょっとした公園掃除となった。流石に広さがあるためか、終わる頃には日は沈み、月が現れている。思わぬ夜桜に、また彼らに笑みが浮かぶ。
桜吹雪を瞳に焼き付け、撃退士たちは公園を後にする。久遠ヶ原に帰れば、またの日常と、そして戦いが待っている。
撃退士たちに祝福を送るように、桜の花びらが舞った。