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××市に蔓延る赤ずきんの都市伝説。
退治するべく街に入った撃退士たちは、実物を見たという三浦巡査長に面会を求めた。
そのために、市田巡査を呼んだのだが……。
「……いや、待って! 確かにあたしも赤頭巾してますけど、人違いだから……! 銃を抜かないで!」
まさしく赤ずきんな若松 匁(
jb7995)の姿に、市田が銃に触れたのだ。
その隣でジョン・ドゥ(
jb9083)が笑い声を漏らし、匁に睨まれた。
「おっと。ウチの義妹は撃退士。退治する側だから、安心してくれ」
「そうそう。闇ずきんよりモンメさんのほうがカッコイイですよねー」
藍那湊(
jc0170)も頷き、市田は銃から手を放す。
場を引き締めるように、「さて」とファーフナー(
jb7826)は切り出した。
「それで三浦巡査長との面会は、できるのか?」
人数を絞り、時間制限もあればと市田は言いつつ、ちらりと匁を見る。
「わかりました。怖がられたら、あたしもさすがに傷つく」
「代わりに、市田さんもお話。聞かせてくれるわね?」
肩をすくめる匁の前で、ケイ・リヒャルト(
ja0004)が尋ねる。
もちろん、と答える市田に先導され病院に向かう。
●
閑静な住宅街に響き渡る、チャイムの音。
夕暮れ時の街は、若者で賑やかになる。
片田舎の街にも駅前には、若者向けの施設が並んでいるものだ。
「少しお時間よろしいでしょうか?」
ファストフード店の前で話し込む学生の一群に、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が話かけた。唐突に声をかけられ、学生たちは警戒の表情を見せる。
だが、撃退士であることを示すと、警戒が緩んだ。いくつか茶飲み話を披露した後、こう切り出した。
「ところで、赤ずきんの噂は知ってるのかな?」
互いに敬語も削れてきた。その方が話しやすいのか、学生たちは自分たちの知っていることを楽しそうに出してくれる。
「それって誰から聞いたのかな?」
「えーっと……たしか……」と情報源をたどる。
「襲われたわけではないんだな?」
「それなら、学校休みになるし、違うんじゃないかなぁ」
ローニア レグルス(
jc1480)もエイルズレトラの調子に合わせて襲われたという話がないか等、情報を補填していく。
ときにはSNSの情報もある。匿名掲示板よりは、発信源がわかりやすい。
「その子って今、どこにいるのかな」
会う約束を取り付けて、次へ行こうとした。そのとき、一人の学生がふと漏らした。
「そういえば、アリサも同じこと聞いてきたな」
「その話、俺にも聞かせて欲しいぜ」
市田から情報を受けたジョンが、エイルズレトラたちに合流する。
彼の言葉から、アリサの状況に察しがついた。
●
警察署にあてがわれた一室、黒髪の少女がモニタを眺めていた。
「きゃはァ、楽しそうな都市伝説ねェ……」
オカルト板の履歴を遡りながら、黒百合(
ja0422)がぽつりと漏らす。
情報は拡散していくごとに歪みをもつ。できるだけ初期の情報をさらうように、黒百合は努めていた。また、類似情報や繰り返し見られる目撃情報は内容をまとめていく。
「話を聞いてきたわよ」
そこにケイたちが市田とともに戻ってきた。
「まず、最初に三浦アリサについて、だ」
落ち着くまもなく、ファーフナーが切り出した。三浦から聞き出したアリサの電話は、不通。
電源を切っている状態なのだという。
「交友関係を当たりたいところだが……」
「その情報なら、僕たちが持ってきましたよ」
そう発言したのは、エイルズレトラだった。
学生の間を渡り歩いてきた分、アリサに近しい友人にも巡り会えた。
アリサもまた、赤ずきんを追っている、とわかったのだ。
「出会えてはいない。ただ……」
「赤ずきんの近くに、彼女もいるかもだね」
ローニアの言葉を受けて、湊がいう。
赤ずきんの発見と三浦アリサの確保、この二つの道は同じなのだ。
「それじゃあ……」
匁が全体に目配せをしつつ、切り出す。
「目撃情報から出現位置を絞るので、市田さん。手伝ってください」
土地勘は住人である市田の方が上だ。エイルズレトラやローニアが聞き出した学生の生の声、黒百合とケイが調べたネット情報。
そして、直接ではないにせよ、「噂話」の被害者三浦からもたらされた情報。
「この辺りが怪しいですね」
市田が地理情報を示し、共有する。
いよいよ、本格的な現地捜査が始まろうとしていた。
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(そもそも、この噂の発端は何なのかも微妙に気になるな)
住宅街を匁と捜索しながら、ジョンは考え事に耽る。
(そういえば、巡査長も事故で怪我しただけって事は、逃げるときは敵は何もしてこなかったんだよな。動きが遅いのか、それとも咄嗟に動けないようなタイプだったのか)
「何を考えてるの?」
「んー、いろいろだ」
匁に問われ、ジョンは思考を中断する。ふと、この間取り乱してしまったことを思い出す。
どのような相手であれ、今度は絶対に冷静でいようと心に誓う。
そんな二人から離れた位置で、飛ぶ影があった。ローニアである。
「統計的には、あの辺りに出現する筈だが」
視線の先に、三浦が赤ずきんを目撃した場所があった。やはり、その場所の周囲が最も目撃情報が多い。
別方向からは、ケイたちが生の情報を得るべくして動いていた。まだ、発見にはいたれていない。候補地は他にもあるが、いずれも近い。
各地点を潰し、囲い込むようにファーフナーたちも動いていた。
「地上はどうだ?」
「いないかな」
ローニアから見えない位置を調べるのに、湊が地上を行く。
ふと、匁たちに視線を向けた時、気になる姿があった。湊にその姿について、確認を取る。
「間違いないと思うよ」
返ってきた答えをすぐさま、全員に通達する。明るい茶髪、紺色の制服、カバンには女子学生には××警察署のマスコットがぶら下がっていた。
湊が市田から聞き出した、アリサの特徴に合致したのだ。
ローニアからの情報で、立ち止まった匁たちに突撃してくる人影があった。
手には木刀が握られていた。振り上げられる木刀をジョンがかばうようにして、受け止める。
「あー、そのなんだ。アリサ……ちゃん?」
ジョンが木刀を持ったアリサをなだめるように声をかけた。
その後ろで匁は、
「またこのパターンなのね」と肩を落とす。
アリサは木刀を下げる気配をみせず、いきり立つ。どうしたものかとジョンが困惑していたところへ、ファーフナーとエイルズレトラが合流した。
「三浦アリサだな?」
「……なんなの、オッサンたち」
警戒心をむき出しにするアリサに、撃退士であることを明かす。匁から目を離さないアリサにファーフナーは、教師とアリサの親友の名を出した。
「彼女たちも心配していた。まずは、話を聞いて欲しいんだが」
ここで腕から力が抜ける。赤ずきんの討伐を引き受ける旨を伝えると、態度が軟化した。ただし、着いてくると言い出した彼女を湊とファーフナーが説得する。
「……俺たちがきっと赤ずきんを倒してみせるよ」
湊が言い切ると、未練を残しつつアリサは了承した。彼女の情報を役立てることで、一緒に仇を取るんだということを強調したのだ。
市田にアリサを引き渡したとき、黒百合から連絡が入った。
「現れたみたいよォ。時間帯もピッタリだわァ」
時刻は黄昏時、三浦が出逢ってしまった時間帯だ。
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「……みぃつけた」
視線の先、不自然なほど大きな二匹の犬を連れ、赤いずきんが歩いていた。
視線の主もまた、赤ずきん。匁は複雑な表情でいう。
「ドッペルゲンガーとは、違うのよね……?」
「そうだとしたら、死ぬのはあっちだ」
匁の隣で、ジョンが告げる。
「それもそうね」
軽い口調で返し、大鎌を構える。
赤ずきんの後ろ姿を捉えたまま、じわりじわりとにじり寄る。
そのときである。ピタリと赤ずきんの歩みが止まった。どうやら前方に気を取られているらしい。望み見れば、ファーフナーとローニアの姿が見えた。
「待ち伏せ、うまく行ったみたいだね」
匁の後ろから湊が姿を現す。黒百合たちが見つけた時から、二人は行く先に待ち構えていたのだ。挟撃し、確実に落す。湊の策がハマった瞬間であった。
「避難は完了しているみたいだわァ」
「住民を巻き込む心配がないなら、戦いやすいわね」
これも湊の提案であった。市田に協力を仰ぎ、あらかじめ住民を避難させておいた。
今、この住宅街で邪魔が入る可能性は限りに無く低い。
黒百合が飛び立ち、闘いの機運が高まる。
●
「向こうが赤ずきんなら、私たちは狩人かしら?」
「使うのは、銃だけじゃないがな」
ケイの言葉に、ファーフナーは応えながら狼の様子をうかがう。
赤ずきんの中にある闇が蠢き、狼の鼻がひくつく。向こうも出方を伺うように、小首を傾げる仕草をしながら佇んでいた。
互いに緊張が高まった刹那、エイルズレトラが一歩を踏み出す。
それを合図にするかの如く、狼が咆哮した。すかさず動いたのは、ファーフナーだ。
間合いを図ると同時に、無数の影の刃が赤ずきんともども、狼を狩りに出る。
「さすがに素早いか」
赤ずきんはそれを受け、狼はかわしてみせる。反撃するように、紡がれた闇の触手をエイルズレトラも避けてみせた。狼がエイルズレトラに向かおうとするが、一筋の闇が狼に襲いかかる。
ローニアのダークブロウだ。
「闇での攻撃は俺も得意なものでな」
適切な距離を保ちつつ、ローニアは狼に睨みを効かせていた。
その隙にエイルズレトラは、狼へと接近を果たす。
「……さぁ、遊んでみようか……」
エイルズレトラが接近を果たしたと同時に、後ろから匁が仕掛ける。
大鎌一閃。放たれた刃を、赤ずきんは触手でいなす。
「一筋縄ではいかないみたいだ、な!」
続けて飛び込んだのは、紅を纏ったジョンだ。コールタールのような液体の染みた拳を赤ずきんへと叩きこむ。受ける体勢を取らせたならば、勝ちだ。
滴るのは、甘い幻嗅を催す毒液。赤ずきんの闇が、微かに歪む。
カシャッ!
幻聴かと思わしきシャッター音に、二人の動きが一瞬止まる。
「戦闘中に、何をしているのですか」
「いや、協力者に写メ送らないといけないんですよ」
約束を果たすべく、エイルズレトラが写メを撮っていた。
適当に撮り終えると、すぐさま戦闘態勢に切り替える。爆発するカードをアウルで生み出し、すれ違いざまに赤ずきんに刺す。
小さな爆発の後、赤ずきんは自ら跳ね飛んだ。コンクリート塀を背に、両手を広げると無数の触手を生み出していく。熾烈な連続攻撃が始まるのだった。
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「……さしずめ、俺達は猟師役だねー」
湊は狼の牙を氷の幻で受け落すと、わずかに距離を取りながらいう。
その間をロケット砲が貫く。上空に対座する黒百合の一撃だ。
「……ん、狼さァん。貴方ァ、私に食べられてくれないかしらァ」
楽しげな声を上げつつ、狼の動きを冷静に見極める。
確かに回避は素早いが、攻撃が直情的だ。カウンター気味の攻撃であれば、難なく当たるだろう。
無論、そのためには多少の負傷を覚悟しなければならないが。
「あっちはどうかしらァ」
視界の隅にいた赤ずきんは、触手を全開にして匁たちに対応していた。動きは不規則であるが、本体が移動をほとんどしていない。隙間を縫って、噛み付けば届くだろう。
ふむ、と一人頷き武器をロンゴミニアトに切り替えた。
「攻めるならァ、攻めてきた時が一番よォ」
仲間に伝えながら、自ら実践する。降りてきたところへ、向かってきた狼の鼻っ面をなぎ払うのであった。
黒百合と同じく敵を洞察していたケイも、同じ結論に至っていた。
「闇雲に動きまわらず、ね」
狼は飛びかかる直前に、後ろ足へ力を貯める予備動作があった。
近接ならば予備動作を見、いなすように反撃を与えればよい。では、射撃攻撃は?
同じである。
予備動作を見、予測される地点へ弾丸を浴びせればいい。
ケイの弾丸が狼を穿ち、闇の毛皮を剥ぎ落す。内側の肉もまた、闇を湛える漆黒。
ファーフナーとケイの方向へ、狼が跳躍する。
「近づいてくるか」
静かに告げるとファーフナーは、飛び込む狼を巻き込むように自身の周囲を凍てつかせた。
飛んで氷に入る黒の狼とはこのことである。
幾度となく凍傷を追いつつ、寒さが生み出す睡魔に打ち克ち、狼はさらに進まんとする。
ケイが出迎えるように、狼へと銃口を向ける。
「さすがは狼といったところだけど」
噛み付こうとするその口へ、至近距離から弾丸を文字通り食らわせる。
「鉛の飴玉の味は如何かしら?」
突っ伏し悶える狼を見下ろし、妖艶な笑みを浮かべるのであった。
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「暴れるワンコにはリードを繋いでおかないとねっ」
湊の目の前で、狼は氷樹に磔にされていた。
棘のある枝に傷つけられ、動きも封じられた狼へ湊は引導を渡す。
「ふぅ」
銀の洋弓を下げ、湊は赤ずきんとの戦いを見やる。
こちらも決着のつくところであった。
「貴方ァ。私に食べられてくれないかしらァ……」
生命力はさほど減っていなかったが、折角の相手に吸血幻想で噛みつきかかる。
赤ずきんの死角、ブロック塀の上からの強襲だった。
匁やエイルズレトラ、加えて新手と対応しきれていない。触手も数こそあれ、荒くなる。
「歪んだ童話を正してやろう」
さらにローニアがその触手を払うように飛び込んできた。
好機、とばかりに匁が異界の呼び手を用いて赤ずきんを縛りにかかる。
「意趣返しよ」
にやりと笑う匁の前を、ジョンが駆け抜ける。
「そして、終わりだ……もらう!」
黄金の槍が赤ずきんの闇を貫く。悲鳴ともつかぬ音を響かせ、闇が溶け、赤いずきんが崩れ落ちていく。
残されたのは、ただの虚空。都市伝説がまやかしであるように、消えていなくなるのであった。
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「もしもし、アリサちゃん。仇を取ったよ」
アリサに報告する湊の隣でエイルズレトラは、協力者に例の写メを送っていた。
その写真に映り込む、もう一人の赤ずきん匁はほぅっと溜息をつく。
「……今思うと、あたし誤退治されなくてよかったよね……」
「本当にな。赤ずきんは匁だけで十分だぜ。さて、終わったし帰るか……」
「生きていてよかった……ホントウニ」
虚空に語る匁は、まだ知らない。
まさか、この戦いが……あんなことになるだなんて。
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今宵、オカルト版を賑わすのは新たな都市伝説。
「化けて人を丸呑みする闇の赤ずきんを、正義の赤ずきんと狩人達が撃退した」
というものだった。
前にあった都市伝説に付随して発生した、この噂は瞬く間に××市に広がった。
エイルズレトラが発信した赤ずきんの写真にちらりと写る、匁の姿。そして、アリサが口々に語った撃退士の勇姿。この二つが合わさった結果であった。
事実が、乖離して独り歩きするとき、新たな都市伝説が生まれる。
次なる都心伝説はいかなるものか……撃退士たちの戦いは続く。