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三方をマンションに囲われた寂れた公園の入り口に、撃退士達は来ていた。
すっと先を見れば、五体の石像の姿がある。
「五分の一はハズレです、ってか。厄介な間違い探しだなぁ、おい」
おどけた口調でそういうのは、麻生 遊夜(
ja1838)だ。
「考えるのをやめた人の像ねー?」
疑問符を呈しながら、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が目の前の石像たちを睨む。それらは、一様に虚ろな瞳で空を見ながら棒立ちする青年の姿をしていた。
「――成程、考えてないわ、あれ」
苦笑しながら隣でジェンティアン・砂原(
jb7192)が、感想を述べる。
「俺には途方に暮れているようにしか見えねーけれどな」
ラファルも肩をすくめる。
氷雨 玲亜(
ja7293)もやれやれといった風に、一つため息を吐く。
「一応、重要な文化財らしいのに扱いが悪いわね」
「でも、守らねばならないのでしょ?」
春名 瑠璃(
jb9294)が問うと、玲亜はまぁ、と気のない返事をする。
「……守れと言われたら守るけど」
「……本物の石像をディアボロにしてくれていれば、心置きなくぶっ壊せたんだけどな……」
冗談っぽく月詠 神削(
ja5265)がいえば、誰かがわからないでもない感じで頷いてみせる。それくらいには、微妙な感想しかもてない石像ではあった。
「それにしても、小賢しいことをするディアボロですのね」
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)は、偽物の石像を睨めつけながら、拳を固める。間違い探し、と遊夜が揶揄したように遠目で見ては完全に違いがわからない。
「スリルのある間違い探しになりそうだよ」
そんなことをいいつつ、来崎 麻夜(
jb0905)はくすくすと笑う。
本物は壊してはいけない、が、偽物はどうか。
石像に何か感じていたのかもしれないが、とラファルがいう。
「俺達が壊しちまうからどうでもいーんだけれどな」
これのは全員が頷く。
「行きましょう」
瑠璃が告げ、全員が戦闘態勢を整えるのだった。
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作戦開始と同時に、遊夜は出方をうかがうために石像の方へ前進した。少し近づいただけでは、本物はわからない。続けて神削が、前へと出る。
「さて、どちらか」
目を細めて、対象のカオスレートを見極める。前面に二体、後方に二体。それらに囲われるような形で、一体の石像がある。さしあたり最も近い前面右端の石像にあたりをつける。
得られた答えは、
「ディアボロだ」
仲間にそれとなく伝えた、その時、石像が動きを見せた。
見破られたことに気付いたのか、そいつは目を光らせて、光線を飛ばす。
「っと、こっちだな」
遊夜は光線を後方へ行かせないように受け止める。
同時に、みずほがその石像へと駆けていく。そこへ、他の石像も光線を飛ばす。一撃、二撃と受けながらも背中から放出したアウルを推進力に変えて、前進する。
シャッフルするような動きに惑わされぬよう、神削があたりをつけた石像を逃さないように心がける。
みずほに続き、瑠璃も全力でその石像を逃さないように駆け寄る。
「んー、あれが反応ないから本物だね」
瑠璃と同時に駆け出したジェンティアンが、中心に置かれていた石像を指さして告げる。
だが、その石像を紛らわせるように石像たちも攻勢を強めつつ、動いていく。
「とりあえず、追えているものから決めちゃおう」
ジェンティアンの言葉に、みずほが頷く。
最初に断定されたディアボロに近接し、構える。石像の体を引きずりながら、ディアボロはみずほに突進を仕掛ける。
一呼吸にディアボロの突進を体を反らしてかわす。そのまま、しゃがんだところから左フックを放つ。当ててみれば、硬い外皮のような触覚。ぶち当てる瞬間に、握り拳から即席のカラーボールを放つ。
「うまくいきましたわ」
まずは一匹、うまくボールに込められた塗料が炸裂した。
浴びたディアボロは、透過能力を機能させようとするが、みずほをはじめ何人かが起動させている阻霊符がそれを邪魔する。
「Hey、COME ON!」
そして、みずほは挑発するように偽石像に呼びかけるのだった。
「後は、あいつとあいつもだぜ」
無音で移動し、息を潜ませていたラファルが全員に告げる。本物と紛れないようつぶさに観察していたのだ。ラファルの声に反応し、遊夜が弾丸を放つ。
着弾した石像から、紅いアウルが血の如く吹き出る。風穴はない、それは単なる演出的効果だ。
だが、見分けるにはそれで十分だ。
「動いた奴が敵、ってな」
その通りといわんばかりに、偽石像は光線を乱舞させる。
玲亜は、魔法障壁を前面に展開し光線の衝撃を減らす。
「なるほどね」
感覚から、光線に障壁が有効であるとわかる。連続で飛んでくる光線も魔法障壁で威力を殺す。
光線がやむと、前へ出た神削が指示を出す。
「こいつもディアボロだ」
「この石像はアウト!」
指示に従い、瑠璃が布に巻いた即席カラーボールを浴びせる。
「次行きますよ!」
これで三体に、識別がついたことになる。
と、そこにクスクスと笑う声が聞こえてくる。麻夜だ。
「本物さえ区別できれば、あとは全部敵……だよね?」
ジェンティアンやラファルの指示を仰ぎながら、マンションから急接近したのだ。麻夜は、真っ赤なネックウォーマーを本物の石像に纏わせていた。
残った偽物にも、遊夜が放った弾丸により紅いエフェクトがかかる。
「さて、反撃だぜ」
ラファルはそういいながら、本物の石像に近づいていった。
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偽石像たちは誤射を誘うように蠢きつつ、ある者は光線を飛ばし、ある者は体当たりを仕掛ける。
同時に、遊夜の赤黒い光纏から赤色だけが銃身へ集まり、弾丸を放つ。
「臆病なくらいが、生き残るにゃ丁度良いらしいぜ?」
放たれた弾丸は、偽石像たちの光線の軌道をずらす。遊夜の助けを受け、瑠璃や麻夜は光線を避けきる。
「行くわよ、飛んで」
玲亜の声に反応し、麻夜が少し高く舞う。地面から鋭く尖った土を生やさせ、本物の石像を挟んで、左側に集う偽石像を穿つ。
「ほらほら、だるまさんが転んだら止まらなきゃ、ね?」
地面からの攻撃に、バランスを崩した石像達をジェンティアンが捕らえにかかる。髪が伸びて絡めに来る幻術にかけ、動きを縛ろうとする。が、偽石像は縛られない。
残念そうに次の攻撃を考える。その間に麻夜は降り立ち、翼をしまう。
右側では偽石像が突進を神削に叩き込もうとしていた。
すでに遊夜に紅いエフェクトを作られた偽石像だ。何も考えていない突進を、神削は体で受け止める。同時に装備の下に仕込んでいた即席のカラーボールを炸裂させた。
塗料が飛び散り、偽石像の表面に色を付ける。
「念には念を、だ」
そういいながら、続けざまに黒色の大剣を大ぶりに叩き込む。強烈な一撃は偽石像を後方へと飛ばし、硬い体によって神削の手も痺れさせた。
「硬いな」
痺れた手を見て、神削は剣から白色の大鎌へと武器を入れ替えた。
神削とは別の偽石像の前に立つみずほは、
「こちらも、行きますわよ」
といいながら、迫ってくる偽石像に込められたアウルの爆発力により、加速した右拳が叩き込まれる。黄金色の拳筋が残り、偽石像の体を揺らして退ける。
同時に、みずほは重心を移動させる。その側では、瑠璃が偽石像に剣を当てる。
「あなたに背中は任せます! いきますよ!」
連携する動きを見せつけ、偽石像を牽制していく。
「巻き込まれないように、注意だぜ!」
巻き込まないよう本物の石像を背に、ラファルが全員へ告げる。その声を聞き、みずほと瑠璃は数歩交代する。
そして、ラファルの背中から無数のロケット推進メカアームが射出!
偽石像を捕らえにかかる。数体につかみかかるも、激しい抵抗によってアームを破損させられる。それでも、一体はその場に縛られた。
「さぁ、夜の祝福をあげるよ!」
麻夜が楽しげに宣言する。数多の羽根が収束したかと思えば、散開し偽石像たちに纏わり付く。そいつらの感覚器官がどこであるかは定かではないが、包まれては致し方もない。
ただ一体、ラファルに掴まれた偽石像だけは抵抗を強めて羽根を散らしていた。
「すまんが硬そうなんでな……腐れて、良い華咲かせてくれや」
麻夜の羽根を散らした偽石像を狙い、遊夜が弾丸を撃ち込む。撃ち込まれた偽石像の表面にうっすらと蕾のような文様が浮かび上がる。これが咲くのが先か、それとも偽石像が倒れるのが先か。
ジェンティアンも再度、左側の偽石像を縛りに行く。
「……シャッフルするとさ、動いてないのが本物ってもろバレだよね」
苦笑しながら、今度こそ偽石像の動きを留める。髪によって捕らえられるという幻惑が、偽石像に聞いてるのかはわからない。だが、確かに偽石像の動きは止まっていた。
ジェンティアンが絡めた偽石像と遊夜が花咲かせた偽石像を巻き込むように玲亜が再び、土の槍を放つ。
それらを受けたうちの一体は、その場に崩れ落ち、起き上がることがない。
「一度崩れだしたら、脆いものね」
そんな感想を零す。
右側では、突進攻撃を受けとめ、みずほが右ストレートを叩き込んでいた。
こちらも少しずつ攻勢を強める。動きの鈍る偽石像の間を、
「あたしは足の早さしか取り柄がないのですよ」
と冗談めかしく言いながら、瑠璃が駆ける。それは、さながらビクトリアンローズの業火が走っているようでもあった。
「想い馳せるは疾風迅雷! これがその第一歩!」
瑠璃は剣を力強く振るい、着実にダメージを与えていく。
その後ろでは、ラファルが機械化した身体の偽装を限定解除し、余分なパーツをパージしていた。
「それじゃあ、一気に決めようぜ」
気合いを入れ、ラファルは機械的な雰囲気を持つ直刀を構えるのだった。
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羽根に塗れたり、動けなくなっていく偽石像を分断すべく神削は大鎌を振りかざして、偽石像を弾き飛ばす。
「んじゃ行こうか、麻夜」
そこへ合わせて遊夜が弾丸を撃ち込み、花を咲かせつつ、麻夜に声をかける。
「ボクと先輩からは逃げられないの」
くすくすと笑いながら、アウルで形作られた耳や尻尾をぱたぱたとする。麻夜は猟犬のように偽石像を追い立てながら、引き金を引いていく。
そんな彼女の壁になるように遊夜が動く。ひらけた空間めがけて、偽石像が光線を発した。
光線は真っ直ぐに玲亜へと飛ぶ。軌道をそらすべく、遊夜は弾丸を撃ち放つが間に合わない。
「たまには、かっこいいところも見せないとね」
ヘラルドリースクトゥムを活性化し、ジェンティアンが割って入る。光線を受け止めて、玲亜にアイコンタクトをする。それを受けた玲亜が、反撃とばかりにアル・アジフ断章を広げた。
断章から噴出された黒い斑点は、偽石像に襲いかかり、その息の根を止めた。
「あと半分ね」
玲亜が独りごちた、その時である。
対峙していた偽石像の突撃を受け、みずほが膝を突いた。
「少し前に出すぎましたわ」
ステップで正面に立たないよう注意していたが、偽石像はヤケになったのか猛攻撃に走っていた。
最前面で戦っていたみずほは、いささか攻撃を受けすぎたのだった。
そこへ追い打ちをかけるように、偽石像が迫る。
「させませんわ!」
意識を失う直前にみずほが見たのは、ビクトリアンローズを纏う瑠璃の姿だった。
石像を剣で受け止め、瑠璃はぐっと後ろ足を踏み込む。そのまま引きはがすように、剣を薙ぐ。
「これで、後一匹だな」
そこを見切るように、ラファルが直刀で切り結ぶ。偽石像の人部分と台座が切り離され、ごろりと地面に転がった。復活することなく、偽石像は空を見つめていた。
残るは一体。
「さぁて、最後まで耐え切れるかな?」
狙うは遊夜。
「楽しいなぁ、楽しいねぇ……ねぇ、先輩?」
付き添うは麻夜。
踊るようなステップを重ね、石像に風穴を穿つ。石像は弾丸の嵐から逃れきれない。
ぐるりと一回転したところで、重なるように二人が告げる。
「おやすみなさい、良い旅を」
「おやすみなさい、良い旅を」
眉間に穴を空けた偽石像が、呆然と突っ立つ。
やがて、風穴同士がヒビで繋がり、最後の偽石像は崩れ落ちるのだった。
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「芸術作品に庇護を行うのも貴族の務め、ですわ」
ジェンティアンに回復され、意識を取り戻したみずほが、本物の石像を丹念に調べていく。
紅いネックウォーマーも取り外し、元通りの状態にする。
偽石像達は誤射を誘うような動きも見せたが、至近からの攻撃を心がけたおかげで、欠けるところもなく石像は呆然と突っ立っていた。
「改めて見ても、何にも考えてないね」
ジェンティアンは、まじまじと石像を見やりながら苦笑を零す。
「文化財ではあるけど……ね」
じっくりと見ながら玲亜やラファルも肩をすくめる。
遊夜や麻夜もいくらみたところで、最初の印象を抜け出せるものではない。
自分たちも何も考えたくないときもあるけれど、そうもいってはいられない。
そんな自戒を胸にしまいつつ、晴れ渡る空を見上げるのだった。