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岩肌が囲う空間の真ん中で、8人の英雄が集った。いずれも王様の依頼を受け、この地へ足を踏み入れたものたちばかりだ。
「ふむ……ドラゴン、か」
そう独りごちるのは、中津 謳華(
ja4212)。高見を目指し戦い続ける格闘家だ。血湧き肉躍る闘いを求め、ドラゴン退治をかってでた。
その隣では、白い布を胸に巻き、腰巻きにセスタスを結んでいる女性が立っていた。彼女の名は、長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)。
彼女はとある闘技場で、様々な闘技士や魔物と戦っていた。この日も、凶暴なミノタウロスを圧倒的な強さで屠り、歓声を浴びる。だが、曇った表情の彼女は控え室でオーナーに告げたのだ。
「ハァ、どいつもこいつも弱すぎる! アタシを満足させられるヤツはいないのかい」
そして、オーナーはドラゴン退治の依頼を語ったのだ。目を輝かせ、みずほは笑う。
「いいねぇ。面白そうだ」
そして、彼女は今、ここにいるのだった。
少し後ろで、志堂 龍実(
ja9408)が呟く。
「ドラゴンなんて、眉唾だと思っていたな」
髪が長く細身で、女性の様な外見だが、れっきとした男である。彼は、路銀稼ぎのため、旅の途中で依頼に乗った。
殺生を好まない彼は、姫の救出を重んじていた。
「姫様、今助けるぞ」
龍実の同じ隊列で、盾を構える少年がいた。亡国の騎士、キイ・ローランド(
jb5908)だ。王様の依頼を受けたとき、彼は穏やかにこう告げた。
「英雄って称号に興味ないけど、困ってるなら手を貸すよ」
騎士としての矜持で、彼はここまで来たのだった。
「全滅オチなんてないようにがんばるっすよ! なさけないセリフなんて聞きたくないんし!」
前衛組から距離をとり、城咲千歳(
ja9494)がグッと意気込む。彼女はこうしたメタ……謎の発言が多く、王様も少々不安だった。しかし、彼女が東方の忍であると聞き、是が非でもと頼んだのだった。
彼女が望む、メタルなんちゃらとかいう武器は与えられなかったが、引き受けたのだった。千歳と対極な出で立ちで、隣に並んでいるのが雪織 もなか(
jb8020)だ。
シスターである彼女は、日課のお祈りを終え、街の喧騒に気付いた。不安と動揺が城だけではなく、街中まで広がっていたのだ。
まるでおとぎ話のような話だと思いつつ、この状況は何とかしなくてはと意気込み、もなかは依頼を受けたのだった。
「必ず、お姫様を連れ帰りましょう」
そして最後尾は、魔道師2人が立ち並んでいた。一人は愛らしい見た目の鑑夜 翠月(
jb0681)である。長髪を緑のリボンで括っていて、愛らしいが男である。もう一方は、遠国の貴族出身の魔道師シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)だ。
翠月は、前方の洞窟をじっと見つめ、意志を固める。
「救出のため、全力を尽くしましょう」
その言葉を受け、シェリアが全員に檄を飛ばす。
「さぁ、姫を攫った卑劣なドラゴンを倒しますわよ!」
その言葉を合図に、洞窟へ英雄たちは入っていった。
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洞窟内は、しっとりとした空気が漂っていた。事前の情報通り光る岩でできており、明るさがあった。最前列をみずほが歩き、続く謳歌が念のために松明を携えて続く。龍実とキイが謳歌とほぼ同列で歩いて行く。
中衛の千歳ともなかを含め、全員でトラップと魔物を警戒する。
最後に、翠月とシェリアが後方を確認しながらついていく。
謳歌と千歳が、それぞれ石とクナイを投げつつ最前方を確認し、龍実が三節棍で周囲を探る。オーソドックスな落とし穴や崩れる岩、仕掛け矢等々、痕跡がはっきりとするものはすぐに解除されていった。
「手応えがありませんわね」
罠らしき場所へ矢を放ち、シェリアがぽつりと漏らす。
「油断しては、ダメだ」
矢で壊された仕掛けを完全に潰しつつ、龍実がいう。
「わかってますわ」
シェリアはいうものの、光りを持つ岩だけに細工の跡も目立ちやすい。つつがなく、前衛組が罠を解除していくのだ。
再び罠が破壊されるのを見やり、シェリアはふと壁に手を突いた。
「ひぁああっ」
前方を行っていたみずほと謳歌が、情けない叫び声に肩をすくめ、後ろを振り返った。洞窟の通路はそこまで広くないため、後ろまで見れない。
「どうした?」
よく謳歌が呼びかけると、
「う、うぅ〜屈辱よ! お願いこっち見ないで!」
シェリアが情けない涙声気味に、そう叫んだ。
伝聞形式で全員に伝わった彼女の様子が伝わっていく。どうやら、魔法陣として罠が仕掛けられていたらしい。静電気的な力で、シェリアの髪の毛が逆立ってしまっているのだ。ダメージもないような代物だから、冒険者が悪戯ついでで仕掛けたものかもしれない。
ともかくとして、彼女が微な魔力を払うのに労した時間で、全員きを引き締めなおした。
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罠を突破しながら進むと、不意に謳歌とみずほが足を止めた。
じわりと広がる緊張感の中、敵がいるのだと誰もが了解した。すぐさま、みずほがセスタスを片手に跳躍する。そこにいたのは、スライムだった。
ぷるぷるとした身体に切り込みを入れて、後続へ引き継ぐ。龍実が攻撃すれば、スライムはすぐにしぼんで消えてしまった。
この音を聞きつけてか、わらわらと魔物が出てきた。
しかし、いずれも謳歌やみずほを満足させるような敵ではなかった。
「雑兵がっ!」
「弱すぎるぞ!」
一撃粉砕。ドラゴンの前の前座にもならない魔物たちに、不満な声をあげる。
一方でスライムを見た千歳は、もなかの後ろへ隠れてしまう。
「スライム……なんかぬめぬめしてそうで嫌だなぁ」
だが、ぬめぬめしていても弱いものは弱い。かくして、雑魚を蹴散らし、罠をも粉砕していく彼らだったが、ドスンと大きな音をたてる魔物が現れた。
全身が岩でできた魔物、ゴーレムと動く魔像ガーゴイルだ。端役でスライムも混ざっているが、そんなものは取るに足らない。みずほは、ガーゴイルに一撃を加えるも僅かな傷を付けるだけだった。
謳歌の腰を落とした一撃も、ゴーレムを奮わせるが動きを止めるほどではない。硬い敵を前に、後方から声が飛んだ。
「魔法、いきますっ」
翠月が派手な花火をぶちかます。手から放たれた魔力が、敵の中心で弾け、色とりどりの炎を撒き散らす。スライムは蒸発し、ゴーレムは動きを鈍らせた。
「魔法のスペシャリストたるこのわたくしに、不可能なんて無くてよ」
シェリアが自信満々にいってのけ、雷撃をゴーレムに飛ばす。ゴーレムは黒焦げになり、やがて崩れた。残されたガーゴイルも、手を緩めない攻撃で押し切った。
しかし、その後ろからさらなるガーゴイルが突貫してきた。
「さあ、君達の相手は自分だ」
すかさずキイが割り込み、攻撃を受け止めると同時に注意を引く。
その隙を突いて、後方から翠月が再び炎魔法で敵を焼き、シェリアが雷撃で撃ち抜く。ガーゴイルは、なおも動き、抵抗を見せる。
「硬いけど、倒せないほどではないね」
ヒビの入った箇所に、剣を穿ち、龍実が魔像をかち割った。
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今の戦闘でやや疲弊したためか、次に足を踏み入れたエリアで大岩の罠が発動してしまった。だが、ゴロゴロと転がる音に、龍実が気付いた。
「走って!」
押し出されるように、全員駆け出す。岩の他にも罠があるようだったが、これ以上かかるわけにはいかないという矜持か、何とか抜け出す。
後方で、岩がぶつかり砕ける音が聞こえると同時に目の前にゴーレムがいた。
その奥には、雰囲気の異なる大穴が開いている。中からは、何かの息の音が聞こえてくる。まずは、目の前の敵。
押し出され、隊列が乱れる中で翠月が冷静に詠唱をする。
周囲に冷気が漂い、ゴーレムたちを凍てつかせる。動きの鈍ったゴーレムを連携でシェリアが撃ち抜き、みずほと謳歌が硬い身体を破りきる。
翠月による追撃で、ゴーレムは凍ったままさらさらと崩れ去った。
戦闘を終え、全員で一息つくと同時に大穴を見つめる。この奥に、求める相手がいることは明らかだった。
キイは自らの生命力を活性化させ、受けたダメージを修復する。もなかは龍実に、聖なる力を流し込み、傷を修復させた。
「ふんっ」
穴から溢れる強敵のにおいを感じ、謳歌は呪言を唱え気を高ぶらせる。何かが降りたように、瞳を朱に染める。
「準備は万端。さあ、ドラゴン退治を始めよう」
キイが告げると、みずほも力を高め、咆吼した。そして、彼女を先頭に大穴へ英雄たちは入っていく。
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英雄たちが突入してきたとき、ドラゴンは胡乱そうに目を覚ました。闖入者を睨み付けると同時に、その闘志を確認する。
ドラゴンは、威圧的な咆吼を飛ばすが、英雄はひるまない。
足元まで辿り着いた龍実が、正眼に構えた剣で切りつける。特殊な剣技によって、硬質な外皮を破り斬撃が内部に響く。
「何処を見ている。獲物はこっちだ」
挑発するように、龍実はいう。ドラゴンの意識が、一瞬惹かれ、隙をつくる。
「お前なんか怖くないんよ! セーブ吹っ飛んだりふっかつのじゅもん間違える事に比べればっ!!」
誰にもわからないことを叫びながら、千歳がドラゴンを睨む。手に持ったクナイに花を咲かせて、ドラゴンの目へ投げる。眼球はそれたものの、その花からもたらされた花粉が、ドラゴンの目を潰す。
突然視界を奪われたドラゴンは、興奮状態のままブレスを吐きつけた。大火焔が地を奔り、英雄たちへと近づく。千歳は、さっとブレスを避けたが、至近にいた龍実や謳歌たちはその炎をひっかぶる。
後衛を守るように、キイが盾を押し立て炎を防ぐ。生命力を高めているとは言え、中々に熱く、そして重い。
「ハッ! アタシはアンタみたいなのと戦いたかったんだ! 久しぶりにドキドキするような闘いが出来そうだ!」
殺戮衝動をあらわに、みずほが右の拳でドラゴンを穿つ。集約された魔力が、拳を光らせ、そして外皮にぶつかる瞬間に爆発。加速した拳は、弾丸のようにドラゴンを抉る。
「どうした、その程度か? ならば、次は俺の番だ!」
ブレスを受け止め、炎の中から突貫した謳歌が更に一撃を与える。ドラゴンの鱗の中でも脆い、中腹を的確に狙う。高ぶった気が、拳を通してドラゴンを貫く。
「まだ、です!」
冥府の風を纏い、集中力を高めた翠月が魔法を放つ。顎を撃たれたドラゴンが、やや身もだえする。
加えて、シェリアも告げる。
「ドラゴン、大人しく姫を返しなさい。わたくし今とても機嫌が悪いの。言う通りにしないと……」
だが、結局のところドラゴンも魔物。人の言うことを聞くわけもない。わかったわ、というと詠唱を開始する。
「激しき風よ。邪なモノを喰らい惑わせ……」
嵐のようにシェリアの周囲に発生した風が一所に集約する。
「マジックスクリュー!」
爆発した魔力が、風と共にドラゴンを撃つ。脳天に受けたドラゴンが目を回すように、首をふらつかせた。
「さあ、奴が目を回している隙に一斉に攻撃を!」
「さて、討伐させて貰う」
接近したキイが、怪しい輝きを見せる剣で切りつける。外皮に幽かな傷を付け、やや離れる。
もなかは、呪文を唱え謳歌が焦がした身を回復させる。だが、ドラゴンも咆吼をあげると同時に、首を揺らしあらゆる症状を振り払った。
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「なら、もう一度すればいいだけっす」
千歳の攻撃は、再びドラゴンの目を潰す。
続けざまに、龍実が先と同じ攻撃を与え、ドラゴンの内部を破壊していく。翠月の魔法も、ドラゴンの翼に小さく穴を空けることができた。
ドラゴンも全力だろうが、英雄たちも全力なのだ。明かな傷をつけられ、悶えるようにドラゴンは身をよじる。そして、そのまま攻撃なのか身じろぎなのか、尻尾を振り払った。
巨大な鞭のような尻尾が、前方で戦う英雄たちに襲いかかる。千歳は、シェリアから受けた風の守護もあってサッと躱しきる。龍実はあらかじめ高めた防御力で、尻尾を受けきる。謳歌も、回復した身であれば受けきることができた。
しかし、みずほは殺戮衝動もあってか、行動が遅れた。
キイは咄嗟に、彼女を庇い、真正面から尻尾を受け止める。はじき飛ばされるが、盾を巧みに使った受け身で、何とか衝撃を流しきる。
なおも暴れるドラゴンを止めるべく、謳歌がドラゴンの横っ腹を打つ。全身を突き抜け、もう片方から気が溢れるほどの衝撃。合わせて、もう片方ではみずほが拳を叩き込む。左右の衝撃がドラゴンの中心でぶつかり、全身へと波及する。
思わず硬直したドラゴンへ、シェリアが暴風を叩き込む。
その間に、キイは起き上がり、体勢を立て直す。生命力が活性化されているためか、彼の傷は自然に治っていく。それを確認し、もなかは次に傷ついているみずほに祝福を与えた。
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揺らめく間に猛攻を加え、ドラゴンの外皮にほころびをもたせた。だが、伝説級の魔物だけあって、その命脈は衰えない。
暴れようとするドラゴンに、千歳が立ち向かう。
「これなら、どうっすか!」
指先へと集中させた気が、糸のように繰り広げられ、ドラゴンを絡め取る。巨体を縛り、引っ張られないように千歳は踏ん張る。
「ここが正念場だ」
自分に言い聞かすように、龍実が呟き、素早く切りつける。鱗の剥がれた身体に、十字を刻む。
合わせるように、謳歌が墨炎の纏った拳を叩き込む。ドラゴンの表面を炎が奔り、身を焦がす。
「終わらせますわよ!」
シェリアが放った暴風は、束縛されたドラゴンを真正面から巻き込んだ。魔力の渦に翻弄され、ドラゴンの目が回る。
ドラゴンの口腔内、喉奥から炎が垣間見えた。
「そのブレスは封じさせて貰う」
キイが盾で、ドラゴンの顎を叩き伏せる。混乱するドラゴンに避けるすべはない。炎は喉奥へと舞い戻っていく。
首が下がり、頭が落ちてきたところへ、みずほが駆け寄る。すかさず、左フックでドラゴンの頭を揺らす。そのまま左アッパーを放ち、ドラゴンの面前で十字を描いた。
悪あがきをするように、ドラゴンは荒い息のまま、無理に炎を吐きつけた。突然のブレスに、再び全員が巻き込まれる。キイは、後衛へとひた走り、再び盾を掲げた。
煌々と盛るドラゴンの炎をバックに、己の墨焔を纏った謳歌が告げる。
「それなりに楽しめた。が、俺を満たすには程遠い」
そして、ドラゴンの頭を炎が包んだ。
「そのまま朽ち果てろ」
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ドラゴンは、再び永き眠りについた。どうやら完全に命を絶たれるより前に、自らを石化させるらしく攻撃を与えられなくなった。
だが、目的は果たせた。
大広間の奥に、数多の財宝と共に捕らわれていた姫を助け出し、英雄は帰還した。
報酬をもらい去る者もいれば、
「報酬は結構。それは国民のために使って差し上げてください」
と言ってのけたシェリアのように、報酬を受け取らなかったものもいた。
しかし、英雄たちの行いは瞬く間に広がり、王国中へ伝わった。
彼らの話は、英雄譚として今も語り継がれている……。