今日は猫の日。
開店前。カフェ『ミアン』の厨房で、店長魅暗は嘆いていた。
「無理、無理よ。あたしは不器用なの……」
「大丈夫。慣れですよ、慣れ」
凪澤小紅(
ja0266)が励ました。
二人の手元には、カフェラテ。
じつはミアンのオープン時に小紅は手伝いに来ており、そのとき披露したラテアートが好評だったのだ。しかし魅暗は小紅のようには出来ず、客の要望に応えられなかったのである。そこで、今日は特訓というわけだ。
「どうせあたしは絵心ゼロ……首をくくるしか……」
「店長が首を吊ったら、猫ちゃんたちは保健所行きですね」
小紅は冷たく告げた。
「そ、そんな……!」
「首を吊らなければいいんですよ。なので、しっかり覚えてください」
小紅の指導は、わりとスパルタだった。
「うぅ……制服のサイズがぁ……」
月乃宮恋音(
jb1221)は、ぱつんぱつんの胸元を両手で隠しながら更衣室から出てきた。
頭には黒猫の耳、おしりには黒猫の尻尾。長い黒髪と相性抜群だ。
「は、恥ずかしいですわ……。でも、猫は百獣の王ライオンと同じ科の動物。……そう、わたくしは猫。強く獰猛な猫。高貴で美しいシャム猫ですわ!」
妙な開きなおりを見せる長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)も、猫耳+猫尻尾だ。
「今日は頑張るのですー!」
久々の猫依頼に、シグリッド=リンドベリ(
jb5318)は胸をたぎらせていた。
なぜかメイド姿で、ロングのカツラを着けている。おまけに、安定の猫耳&猫尻尾。
いずれも、ごく自然にマッチしている。いっそ、一年中女装するべきだ。
「ミィのだけ明らかに本物にゃけど、気にすることじゃにゃいよね?」
はぐれ悪魔の狗猫魅依(
jb6919)は、自前の耳と尻尾をプルプルさせた。
実際、似合うとか似合わないとかの次元ではない。ほとんど、猫そのものだ。
「おー、お手伝い頑張るのです♪」
江沢怕遊(
jb6968)もまた、猫耳と猫尻尾を装備していた。
服装は、なぜか小等部の夏服。半袖半ズボンなので、生脚が見えている。
これは一体、なにが狙いなのか!?(←
「今日も張り切って行きますよ!」
袋井雅人(
jb1469)は、いつもどおりの女装姿。
「っしゃー! いくぜー!」
だれよりも元気な声で、桃園小夏(
jb9196)は気合を入れた。
まるで、天魔退治にでも行くかのような気合の乗り方だ。
以上8名の撃退士たちが揃って、いざ営業開始!
● 11:00〜
開店と同時に、数人の客が訪れた。
「いらっしゃいませぇ〜。にぇこカフェ『ミアン』へ、ようこそー♪」
魅依がピョンと飛び出して、客の前に立った。
「ね、猫!? でかい猫がいる!?」
目を丸くさせる男性客。
「ささ、こちらへどうぞにゃ♪」
「これは一体……?」
「今日は猫の日にゃ。サービスサービスにゃ♪」
説明になってないが、客ウケは悪くなかった。
「いらっしゃいませ、お客様。こちらにようこそ」
みずほは高貴なシャム猫スタイルで、接客に応じた。
ツンとした澄まし顔は、一部男性客の心を鷲づかみだ。
「それで? ご注文は何になさるんですの?」
「あ、紅茶を……」
「あなたのような庶民に、紅茶の味がわかりますの?」
「えと、その……」
「まぁ少々お待ちなさい。英国式ゴールデンルールで淹れた紅茶をお持ちしますわ」
「あ、ありがとうございます」
なぜか頭を下げる客。
じきに、みずほが戻ってきた。
「ほら、紅茶ですわよ」
ぞんざいな手つきでティーカップをテーブルに置くみずほ。
それを一口すすって、客が笑顔を浮かべる。
「おいしいです」
「あら……その紅茶の味がわかるなんて」
ポッと頬を赤らめるみずほ。
このギャップに、客は完全KO。
みごとなツンデレ接客である。
「ところで、ご存知かしら? わたくしの祖国イギリスには、世界で唯一、国家公務員の猫がいますのよ。その名も、Chief Mouser to the Cabinet Office。日本語だと首相官邸ネズミ捕獲長になるのかしら」
「初耳です。物知りですね。すごい」
知性派ツンデレみずほの魅力に、客はメロメロだ。
「ふふ……。でも残念ですわね。シャム猫は簡単に心を許しませんのよ?」
「そんなところも素敵です!」
なにかのプレイみたいになってきたが、あくまでここは猫カフェ!
「そうそう。ここは猫カフェなんだから、主役は猫だよな!」
などと言いつつ、小夏は猫をもふもふしていた。
まずは猫と仲良くなり、客との架け橋になるのが目的だ。
断じて、猫をモフりたいわけではない。接客のための第一歩なのだ。
「あたしは動物と仲良くなるのは得意なんだ。猫の名前をぜんぶ覚えて、お客さんに紹介しちゃうぜ」
たいした意気込みだが、周囲から見ると遊んでるようにしか見えなかった。
● 12:00〜
「う、うらやましい……」
ぼそりと呟いたのは、レジ係のシグリッド。
猫に囲まれているだけで幸せな彼はあえてモフりにいかず、仕事をがんばっている。レジ打ちと掃除が、彼の担当だ。ポケットには消毒用のアルコールスプレーとダスターをひっかけ、手のひらサイズのコロコロも装備。レジが空いているときは、こまかな掃除に余念がない。
「けどやっぱりモフモフしたいです、先生……!」
欲望に負けそうになりながらも、ストイックに仕事を続けるシグリッド。
だが、笑顔は忘れない。
「ありがとうございましたー。またおいでくださーい」
己の欲望を封印して任務を遂行するシグリッドは、まさに撃退士の鑑だった。
猫カフェのバイトが撃退士の仕事か否かは別だ。
「うぅ……あのブロガー、いつ来るの……?」
魅暗は、厨房の隅で体育座りしながら震えていた。
「そんなに怯えなくてもぉ……。対策も立ててありますしぃ……」
と、恋音が声をかけた。
友人たちから幸子の情報を得た彼女は、ダイエットメニューをいくつか考えてある。
「ああ……いっそ交通事故にでも遭えばいいのに……」
物騒なことを言いだす魅暗。
小紅が「はぁ」と溜め息をつく。
「あの……せめて仕事してください。ずっと体育座りしてるつもりですか?」
「うぅぅ……」
よろよろと立ち上がり、食器を洗う魅暗。
その周囲は、テラーエリアみたいに真っ黒だった。
● 13:30〜
「みぃ〜♪」
休憩時間に入った魅依は、店内で猫と遊んでいた。
はたから見ると、大きい猫が小さい猫に遊ばれている感じだが、どうも遊んでいるというより会話しているようなフシがある。もしかすると、猫語がしゃべれるのかもしれない。
しかも、ただ遊んでいるだけなのに周囲の猫が集まってくる。
つられて客も集まりだし、魅依のまわりはたちまち猫溜まり状態に。
「かわいぃ〜♪」
「もふもふ〜♪」
「みみぃ〜♪」
猫と一緒にモフられてしまう魅依。
集客効果という点では、仕事中よりも働いてる。
「会計おねがいしまーす!」
レジの前で、客が声を上げた。
シグリッドが休憩に入ったため、レジ係が減っているのだ。
「いま行きますぅ……」
あわてて走りだす恋音。
そこへ、棚の上から猫が飛び降りてきた。
じゃれついただけなのだが、場所が悪かった。あるいは良かった。
猫が着地したのは、恋音の胸元。
「「にゃっ!?」」
猫と恋音の声が重なって、猫の前脚がブラウスに引っかかり──
プチンとボタンが弾け飛んで、中身がポロリ♪
「あぅぅぅ……!」
服をどうにかしなければならないが、客を待たせるわけにもいかず右往左往する恋音。
それを見た雅人が、颯爽と駆けつける。
「ここは任せてください! 恋音のおっぱいは私が守ります!」
「お、おねがいしますぅ……!」
両手で胸を隠しながら厨房へ走る恋音。
それを見る雅人の目は、いつになく真剣だった。
「さぁ会計をお待ちのかた、こちらへどうぞ!」
● 14:30〜
「きましたよ、例のブロガーさん!」
シグリッドが、血相を変えて厨房に飛びこんできた。
恋音からの情報で幸子がショタコンだと知って、戦慄しているのだ。女装したのも、被害を避けるためである。
「よし、来たか。全力で迎え撃つ」
小紅は顔を引きしめると、調理に取りかかった。
「そちらの席へどうぞ。メニューはこちらですわ」
幸子を席に案内したのは、みずほだった。
メニューを広げて、幸子が言う。
「ふーん、ヘルシーなのが多いわね」
「ええ。ただいま、ダイエット応援キャンペーン中ですわ」
「じゃあ、『豆腐のココアババロア』と、『きなこと黒糖のクッキー』……あと『柚子寒天ゼリー』にしようかな。飲み物はミルクティーで」
「かしこまりました。英国式ロイヤルミルクティーをご披露しますわ」
そう告げると、みずほはスカートの裾をつまんで優雅に一礼した。
「あら。噂以上に本格的♪」
出てきたスイーツを一口食べて、幸子は微笑んだ。
どうやら、魅暗の心配は杞憂のようだ。
が、さらなる評価を得ようと小紅が出動する。
「よければ、こちらの試食をどうぞ」
小紅が差し出したのは、豆乳を使ったヘルシーラテ。
「それもローカロ? なんか、狙い撃ちされてるみたい」
「いえいえ。本日は猫の日キャンペーンですので。お客様全員にご提供しております」
「ふぅん」
とくに怪しむ様子もなく、豆乳ラテを飲む幸子。
うまく行っているようだと見て、小紅は更に作戦を実行する。
「ところで、お客様。当店では、本日からこのようなものを置いております」
さりげなくテーブルの下からノートを取り出す小紅。
表紙には可愛い猫のイラストが描かれ、『猫日記帳』と題名が振られている。
「なにそれ」
「こちらはコミュニケーションノートです。猫への熱い想いをぶつけるもよし、メニューのご感想やご希望を書いていただくもよし、お客様の自由にお使いください」
「へぇ。気が向いたら書いてみようかしら」
「ええ、ぜひ」
好感触だと判断して、小紅は厨房へ下がった。
● 15:00〜
「おー、お客さん増えてるのです」
休憩から上がった怕遊は、店内を見て声を上げた。
「さっそく、お仕事なのです」
猫の尻尾をひきずって、食器を下げに行く怕遊。
その姿を見て、幸子の目がギラリと輝いた。
「そこの子! すぐに来て!」
「お? おー、いま行くのですにゃん♪」
何も警戒せずに近付く怕遊。
そのとき、彼の足下を猫が横切った。
「ふわぁ……っ!?」
足をもつれさせてスッ転ぶ怕遊。
倒れた先は、幸子の太腿だ。
「はわわ……っ! すみませんですにゃああ!」
あわてて起き上がろうとする怕遊。
だが、身動きできなかった。幸子の腕が、がっちりと背中に回されているのだ。
「口先だけじゃダメよ。誠意を見せてくれないと」
幸子は鼻息を荒くしながら、怕遊の頭や尻をナデナデした。
「はぅぅ……!?」
全身を紅潮させて、ヒクヒクする怕遊。
「ボク、名前は? 歳は? 住所は?」
質問責めにしながら、幸子は怕遊の耳たぶをハムハムした。しかも光纏して、怪しい汁をあふれさせている。
「それ以上いけない!」
見かねたシグリッドが、割って入った。
しかし、相手は文字どおり腐っているとはいえ、ベテラン撃退士。シグリッドでは太刀打ちできない。
「あなたも男の子でしょ。あたしの目はごまかせないわよ?」
舌なめずりするや、幸子は異界の呼び手を発動した。
たちまち束縛されてしまうシグリッド。
「このお店、すごく素敵♪」
「「アッーー!」」
こうして、シグリッドと怕遊は尊い犠牲になったのであった。
● 16:00〜
そんな騒ぎと関係なく、魅依は真面目に接客していた。
猫じゃらしを持って客に『かまってアピール』したり、猫と一緒にゴロゴロしたり、客にケーキをおごってもらったりと、大忙しだ。これを仕事と言えるかは疑問だが、客には受けているので問題ない。ただ、ちょっと見方を変えるとキャバクラ的な営業に見えなくもないが……。
無論、魅依の頭にそんな発想はない。
というより、なにも考えてない。猫と同じで、本能のまま動いてるだけだ。
「みぃ〜♪ ごろごろごろ♪」
猫以上に猫らしい魅依は、大人気なのであった。
「お客さん、この子たちと仲良くしてやってくれよ!」
ヒマそうにしている客を見つけて、小夏は声をかけた。
その元気さに、客は少し驚いた顔になる。
「この子はピート。ジンジャーエールが好きなんだぜ。変わってるだろ。……で、こっちはジェニィ。すごく上品なんだぜ」
二匹の猫を紹介する小夏。
その表情は、どこか得意げだ。
「ピートとジェニィ? よろしくね?」
「うんうん、よろしくしてやってくれよな」
猫を撫でる客を見て、小夏は一仕事した気分になるのだった。
● 18:00〜
幸子が帰ると、店には静けさが訪れた。
かと思いきや。
「ぐぅ……っ!」
突然、うめきごえが響いた。
見れば、雅人が頭をおさえている。
視線が集まる中、雅人は妙なことを口走った。
「ぐっ、これはどうしたことでしょうか!? 恋音以外の女の子のおっぱいが気になってしまうなんて……! 撃退酒を飲みまくった副作用で、欲望が暴走しているのかもしれません!」
なんという説明台詞。
おそらく、撃退酒でクソ真面目になってしまったときの反動が来たのだ。
「ならば、ナイトビジョンという名のおっぱいスカウターを装着! ……こ、これはっ!?」
よくわからないことを言って、雅人は小夏やみずほの胸をガン見した。
そのまま光纏すると、一気にみずほへ襲いかかる。完全に理性を失った行動だ。
「そんなことはさせない!」
全力疾走で、小紅が駆けつけた。
「小紅さんの手を患わせるまでもありませんわ」と、みずほ。
「いや、相手は変態紳士。甘く見るな」
「では、力を合わせて……」
「いくぞ。1、2の……」
「「3!」」
ばこーーん!
「アバーッ!」
みずほの右ストレートと小紅の左ストレートが同時に炸裂して、雅人は窓ガラスをぶち破りながら吹っ飛んでいった。
● 22:00〜
その後は特に騒ぎもなく、閉店時刻となった。
「はぅ……ひどい目に遭ったのです……」
蛍の光が流れる店内で、怕遊は猫に囲まれながらグッタリしていた。
「せっかく女装までしたのに……」
シグリッドも、著しく生命力が減っている。
猫をモフって体力回復したいところだが、その気力さえなかった。
「今後、撃退酒は控えたほうが良いですね。まさか、こんな副作用があるとは……」
雅人は反省しきりだが、おおかた数日後にはケロッと忘れているに違いない。
「んにゃ……みぃ……」
そんな男子3名など眼中にもなく、猫を枕に寝息を立てる魅依は幸せそうだ。
そこへ、魅暗がノートPCを抱えて走ってきた。
「見て、このブログ! もう更新されてる!」
幸子の日記には、ミアンを絶賛する文章がアップされていた。とりわけ、スタッフの接客が最高だったと記されている。
「よかった……首を吊らずに済むのね……」
心の底から安堵する魅暗。
だが、翌日。ショタ目当てで訪れた腐女子たちの期待に応じられなかった魅暗は、本気で首を吊りそうになったという。