クリスマス会当日。
施設の子供たちは、グラウンドに集まっていた。
子供たちには、これから何が起きるのか知らされていない。サプライズ企画なのだ。
ただ、撃退士は来ないと思い込んでいるため、どの子も機嫌が悪い。
そんなアウェイ感ただよう中。ひとりのオッサンが、サンタ姿で大きな袋をかついで登場した。
その名は矢野古代(
jb1679)!
「わぁ、サンタさんだー!」
「ただのオッサンじゃん!」
意見が割れるガキ……お子様たち。
そんな子供らを見つめる古代の瞳は、とても温かい。なにしろ、ここの子供たちは例外なく親を亡くしているのだ。思わず同情しそうになる古代。だが、そんなヒマはない。今日は、子供たちをたのしませるために来たのだから。
「やぁ、良い子のみんなー! プレゼントだよー!」
古代が呼びかけると、半分ぐらいの子供たちが駆け寄ってきた。
しかし。その手がプレゼント袋に届く寸前。ヒゲを生やした真っ黒なサンタ服の男が現れた。
「私はブラックサンタ! 悪い子にあげるプレゼントはないのだ! ふはははは!」
ノリノリで高笑いするのは、桜井疾風(
jb1213)
そのまま袋をかついで逃げだしたところへ、古代が立ちはだかった。
「ここは通さんぞ!」
「どけっ!」
疾風が突き飛ばそうとした、その瞬間。古代の体から、鈍色の光が放たれた。瞳は緑色に輝き、両手には赤と青の双槍が握られている。一目で撃退士とわかる姿だ。
「「わあああっ!!」」
一瞬の沈黙のあと、子供たちは歓声をあげた。
「おじさんだってヒーロー(撃退士)になれるんだ! 行くぞ!」
目配せしつつ殴りかかる古代。
赤と青の光が交錯して、疾風は派手に吹っ飛んだ。
もちろん、袋の中身を守るのは忘れない。
「うわー! やられたー!」
「見たか! 撃退士の力を!」
「うう……。ここの子供たちは良い子だったというのか……」
がくりと崩れ落ちる疾風。
子供には大ウケだ。
しかし。古代が袋を拾い上げようとしたとき。
なにもなかった空間に、突如として魔女のような女が出現した。
神秘的な光をまとったその姿は、見るからに悪の組織の女幹部。
その正体は、月乃宮恋音(
jb1221)!
ふだん使ったこともなさそうな大鎌を見せびらかしながら、彼女は言う。
「……このプレゼントは、いただいていきますよぉ……?」
「そんなことはさせん!」
「ふふ……では皆さん、やっておしまいなさい……」
恋音の指示に従って、仮免ライダーの悪の組織に勤める戦闘員みたいな4人が飛び出してきた。
染井桜花(
ja4386)、藤沢薊(
ja8947)、桜花(
jb0392)、そして袋井雅人(
jb1469)。
「「イーーッ!」」
お約束の奇声を発して、右腕を掲げる戦闘員たち。
そして、いっせいに殴りかかる!
「グワーッ!」
ボコボコにされて地面に倒れる古代。
だいぶ痛いが、あとで自分で殴れば治るから大丈夫だ。
「他愛のない相手ですねぇ……。では、この鎌で首を刎ねてあげましょう……」
ぎらりと大鎌を振りかざす恋音。
子供たちの間から、悲鳴と叫び声が上がる。
多くの子供たちが、これをショーだと理解してなかった。なんせ、こういう天魔はわりと実在するのだ。
「がんばれ、撃退士ァー!」
子供たちの声援が飛んだ。
すると、その声に応じるように。颯爽と登場したのは、黒装束姿の静馬源一(
jb2368)。
「正義の忍者、シズマブラック! 味方のピンチに、いざ参上なので御座る! 悪党どもめ! 今宵の愛刀・八岐大蛇は血に飢えているで御座るぞ……! わふふふ……!」
きゅぴーん!
華麗に光纏してニンジャヒーローを発動する源一は、いつもの5割増しでカッコよかった。
5割では大したことないように見えるが、子供たちの目から見れば圧倒的な格好良さだ。
「く……っ、二人がかりとは卑怯な……」
自分たちのことを棚に上げて悔しがる恋音。
「ええい……まとめてやっておしまいなさい……!」
「「イーーッ!」」
まず最初に、ショタコンのほうの桜花が源一に襲いかかった。
目が真剣だ。本気で源一を押し倒そうとしている。子供が見てるのに!
「星に帰るで御座るッ!」
いままでのお礼とばかりに、八岐大蛇を薙ぎ払う源一。
ズドシュゥウウッ!
峰打ちとは思えない音を立てて、桜花は雅人を巻きこみながら吹っ飛んだ。
なぜか切られた箇所ではなく鼻から血を流しているが、いつものことなので仕方ない。
「ねーねー、俺と遊んでくれるの? あそぼ★あそぼ★」
薊は剣玉を武器にして飛びかかった。
「これは遊びではないで御座るッ!」
ふたたび八岐大蛇が一閃。
薊は反撃も出来ずに倒れ、おもわず演技抜きで涙目になった。
「くぅ……悔しいぃ……」
生来の負けず嫌いが発動して、本気で悔しがる薊。
だが、戦闘員はまだ残っている。
「キーー!」
素手で殴りかかったのは、比較的マトモなほうの桜花。
だが──
「正義は勝つ!」
「で御座る!」
古代の双槍と源一の刀が同時に振り抜かれて、Xの軌跡を描いた。
「キィィィィッ!」
地面を転がって、ド派手に吹っ飛ぶ桜花。
やられかたは彼女が一番だ。
「……おぉ……おのれ、撃退士め……」
恋音は歯軋りした。
「おぼえてなさい……来年こそプレゼントを奪ってみせる……。さらば!」
捨てゼリフを残して、恋音は消えた。
『瞬間移動』大活躍だ。
そのとたん。グラウンドは歓声と拍手に包まれた。
「ふ……っ。俺たちの、勝ちだ!」
ビシッとポーズを決める古代。
その数秒後。押し寄せてきた子供たちに薙ぎ倒されて、彼はモミクチャにされた。
源一も同じ運命をたどったことは、言うまでもない。
こうして、ふたりの尊い犠牲のもとにヒーローショーは閉幕した。
「良い子のみんな、撃退士特製のお菓子ですよー!」
雅人は袋からクッキーを出して、配りはじめた。
となりには、ミニスカサンタのコスプレをした恋音。おっぱいがおっぱいなので、一部男子の視線を釘付けだ。教育上、大変よろしい。
二人は以前にもこの施設を訪れたことがあり、子供ウケも良い。
「……メリークリスマス」
マトモなほうの桜花は、クールに微笑みながらクッキーを手渡ししていた。
一人一人、子供たちの目をじっと見つめながら配っている。
彼女は、手の込んだアイスボックスクッキーとメレンゲクッキーを作ってきた。ギリギリまで材料費を切りつめ、1グラムの無駄もなく材料を使い切ったため、用意できたクッキーの量はかなりのものだ。余裕で児童全員に行き渡る。ラッピングには子供たちの似顔絵が貼り付けられており、皆そろって「にてる」「にてない」などと盛り上がっていた。
「みんな、お行儀よくね? お姉ちゃんと一緒にクッキー食べよ? ね?」
かわいい子を選んで声をかけているのは、ロリショタなほうの桜花。
本性を察した子は逃げるが、気付かない子は桜花のやりたい放題である。まさに、水を得た魚!
「みんな並んでー! 順番は守ってくださーい!」
疾風が声を張り上げる。
が、子供たちのテンションは高く、言うことを聞かない悪ガキばかりだ。
「あの……これ、どうぞ……?」
薊は白衣姿でクッキーを配っていた。
すこし恥ずかしいのか、目をそらしがちだ。
そうして、全員の経費をあつめて作った大量のクッキーは数分で品切れになった。
子供100人の食欲は、ハンパなものではない。
クッキーを配り終えると、施設スタッフの先導で夕食会が始まった。
野外でのバーベキューだ。
用意された肉と野菜と魚介類が、次から次へ焼かれていく。
「さぁ、撃退士の皆さんたちも」
スタッフに促されて、子供たちと一緒に食べはじめる撃退士たち。
だが、のんびり食べているヒマなどない。
「ねぇー、なにかやってよぉー!」
子供たちの間から、そういう声が上がった。
漠然とした要求に撃退士たちは少々とまどうが、なにも用意してなかったわけではない。
「では、僕たちと歌を歌いましょう!」
雅人はヒヒイロカネからVギターを抜き放ち、ズギャーーーンと爆音を掻き鳴らした。ただのギターでは迫力に欠けるところだが、これはV兵器。アウルの衝撃波が空き缶を吹き飛ばし、カーーンと高い音を響かせた。
見たことのない現象に、子供たちが沸きかえる。
「……みなさん、ご一緒に……ですよぉ……」
雅人のギターにあわせて、恋音がアップライトピアノを弾き始めた。
一部の男子は「歌なんかどうでもいいよー」と反抗的だが、女子にはウケが良いようだ。
ピアノとギターの旋律が重なり、だれもが知っているクリスマスソングが流れだす。
そして、合唱が始まった。
クールな桜花は、お姉さんらしく子供たちと手をつないでコーラス。
非クールな桜花は歌などそっちのけで、子供との交流に余念がない。
「ねぇねぇ、いま何歳? 好みのタイプは?」
「年上のお姉さんってどう? しかも撃退士だよ?」
「あっ、逃げないで! お姉さん変態じゃないよ! 仮に変態だとしても、変態という名の淑女だよ!」
……等々。
おかしいな、これはコメディではなかったはずだが……。
「よーし。歌なんて嫌いな男の子たち! おじさんと遊ぼう!」
古代は光纏して、白龍三節棍を手にしていた。
それを聞いて、不満顔だった男子たちが一斉に集まってくる。
「ここに棍がある。きみたちが俺に向かってボールを投げ、それを全部打ち落とせれば俺の勝ち。ひとつでも当てれば、きみらの勝ちだ」
言いながら、古代はゴムボールを子供たちに手渡していった。
その直後。彼の後頭部にボールが命中した。
「やったー! 撃退士に勝ったー!」
「ちょ……! ま……!」
思わぬ不意打ちに慌てる古代。
だが、冷静に咳払いすると彼は諭すように言った。
「よーく聞くんだ。いまのは良くないぞ。卑怯なことをしてはいけない」
「天魔に向かって卑怯だなんて言えるのかよー」
「う……っ」
鋭いツッコミを返されて言葉を失う古代。
そこへ、源一が声をかけた。
「古代お父さん、子供たちの言うことももっともで御座る。……というわけで、次は自分が相手で御座るよ!」
ワフッと光纏!
キラーンと忍者ヒーロー発動!
シャキーンと八岐大蛇抜刀!
ポコッと後頭部にボール命中!
「やったー! 二連勝だー!」
「「…………」」
沸きかえる子供たちを背景に、ずーーんと落ち込む古代と源一であった。
クリスマスソングが流れ、バーベキュー大会は滞りなく進んでいった。
そんな中、薊は少し離れたところで『ダンス』を踊っている。
じきに、同い年ぐらいの男子が数人集まってきた。
思わず薊は問いかける。
「その……俺のこと怖くない?」
「怖くないよ。どっちかっていうと、かわいいかな……」
男の子は顔を赤くさせた。
どうやら、薊の性別を間違えているようだ。
「あの……俺、男だよ?」
「「えええっ!?」」
子供たちが声をそろえた。
この瞬間、薊は男の子の純心を打ち砕いてしまったのかもしれない。
「いや、でも、これはこれで……」
「アリかも……」
「うんうん」
変な方向に目覚めようとしている男の子たち。
それを見た薊は、妙な罪悪感を覚えるのであった。
「うわ、すげぇ! ホントに先生そっくりだ!」
疾風の『変化の術』を見て、子供たちは驚愕の声を上げた。
ふだん戦闘依頼で使うことなどないスキルだが、こういうときには威力を発揮する。
「次、オレ! オレに化けてみて!」
「まってよ! あたしだってば!」
左右から服を引っ張られて、「あはは……」と困り顔になる疾風。
しかし、ふと考える。ここの子供たちは一見無邪気だが、皆例外なく家族を天魔に殺されているのだ。一方自分はといえば、とくに親しい者が天魔に襲われたこともなく、これまでの人生をのほほんと過ごしてきた。そのため天魔に対する恨みもなく、撃退士に向いてないのではないかと思いつつある。以前世話になった隠れ里から、漬物をネット販売するスタッフとして働かないかと声をかけられており、そういう人生も悪くないなと考えていたところだ。
が、いざ天魔に家族を殺された子供たちを前にすると、心が揺れる。
天魔と戦う力を持ちながら、それを使わない──。そんな人生が許されるのか?
「……俺には何ができる?」
無意識に悩みを口にしてしまう疾風。
子供たちの回答は簡単だった。
「なに言ってんだよ! 変化の術見せてくれるんだろ!?」
「あ、ああ……そうだった」
苦笑しながら、疾風は取り留めのない考えを打ち切った。
そんなこんなで、クリスマス会は盛況のうちに終わった。
が、撃退士たちの仕事は終わってない。これから施設の大掃除を手伝うのだ。
こんな時間から大掃除かよと誰もが思うが、施設側からすれば撃退士の手助けは実際ありがたい。
「よーし! お正月も近いで御座るからね! みんなで綺麗にするで御座るよ!」
渋る子供たちの前に飛び出して、発破をかける源一。
いつもはただの豆柴なのに、今日はやけにテンションが高い。小さな子の前で、お兄さんヅラしたいのだ。が、源一より年上の児童も大勢いるので、やっぱり豆柴にしか見えない。
「行くで御座る! 忍法壁走り!」
源一は光纏すると、壁を駆け上がって天井を雑巾がけしはじめた。
子供たちがどよめく。これは確かに撃退士にしかできない芸当だ。
「わふー! なにを隠そう! 自分は大掃除の達人で御座る! わっはーで御座るーー!」
高い移動力を生かして、一気に天井を拭いてゆく源一。
次の瞬間。彼はスプリンクラーに足を引っかけて、勢いよく廊下を転がっていった。
「静馬ぁぁ! 私が助けるよぉぉ!」
回復スキル持ってないのに、全力で追いかけるショタコン桜花。
「無用で御座るぅぅ!」
必死で逃げる源一。
なにがなんだかわからない子供たちだが、みんな大笑いだ。
おかしいな、これはコメディでは(略
「……さ、掃除だ」
マトモなほうの桜花が、淡々と告げた。
ひょいとロッカーを持ち上げて、裏側を掃除する。
「こういうのは俺たちの仕事ですね」
疾風も重いものを動かしたりと、おもに力仕事を手伝っている。
薊は、ダンスで仲良くなった子たちと窓拭き。
恋音と雅人は、バーベキューの後片付け。
古代は子供たちにせがまれて、グラウンドでガンアクションを披露していた。
一時間後。無事に大掃除は終わった。
ふだん掃除できない壁や天井、重い機材の裏側などまで、いたるところピカピカだ。
「ねぇ、最後にみんなで写真撮ろうよ!」
ふいに言いだしたのは薊だ。
もちろん、反対する者などいない。
「あ、デジカメ持ってますよ、僕」
雅人が言った。
「じゃあ両方で撮っておこうよ。せっかくだし」
「いいですね。そうしましょう」
というわけで施設のスタッフがカメラマンになり、全員の集合写真をパシャリ。
こうして子供たちに惜しまれつつ、撃退士たちは施設を後にした。