「パンで戦争が起きるなんて、人間界って凄いわよね……。しかも三次……」
25人の撃退士たちを見て、シエロ=ヴェルガ(
jb2679)は呆れたように呟いた。
彼女が陣取るのは実況席。こんな戦争に参加する気はハナからないのだ。じつに賢い選択だが、あいにく今回の戦争において、その席は安全地帯ではない。最初に言っておこう。今回の生存者は1人だけだと。
「戦争の前に、やらねばならぬことがあろう! そう、試食だ!」
のっけからグラウンド中央で大声を張り上げる者がいた。
自称『魔界の大公女』ジャル・ジャラール(
jb7278)だ。
彼女はひとり優雅にテーブルに着き、すべてのパンを試食しようとしている。
「わらわはいずれのパンも食べたことはあるが、世の中ピンキリだからのう。こなたらの一番のオススメを持ってくるが良い! 最もおいしかったパンの派閥に参入しようではないか!」
かなり尊大な態度だが、外見は6才のチビッ子である。
それを見て、シエロが言う。
「ユニークなことをするわね。完全に無防備だけど、いいのかしら……」
「よっしゃ、一番手いただきや!」
試食会に名乗りを上げたのは、獣系悪魔のSilly Lunacy(
jb7348)
「あたいのイチオシは、お好み焼きそばパンやで! お好み焼きと焼きそばとパンが一体となった、究極の小麦粉コラボ! 考えた人は天才やな! この、食材の三重奏から生み出される完璧なハーモニー。別々に食べたら味わえない不思議な食感……これこそ、従来の枠に囚われぬ、新次元のパンや!」
「ほほう。うまそうだのう。どれどれ」
小さな口で、一気に食べきってしまうジャル。
身長90cmの彼女だが、意外に大食漢なのだ。
「どや。うまいやろ?」
「ふむ。なかなかの味よのう。では、次のパンを持ってくるが良い」
塩と砂糖と水で味覚をまっさらにするジャルは、完全に舞台を仕切っていた。
実況席のシエロが、不安げに言う。
「このペースで試食……? 時間だいじょうぶ?」
「ぬ? 試食は当然であろう? それとも、こなたらは食べ比べもせず争っておるのか? だとすれば、食物と考案者と料理人への冒涜にほかならぬぞ!」
「……ん。カレーパンを。試飲すると。良い」
いつもの調子でやってきたのは、最上憐(
jb1522)
彼女は慣れた手つきでジャルの口にカレーパンを押し込み、秘伝の流星カレーを流し込む。
「もがっ! むが……っ!?」
この攻撃に、ジャルは目を白黒させるだけだった。
そこへ走ってくるのは、夜雀奏歌(
ja1635)
「試食ならメロンパンを食べると良いですよ♪」
カレーまみれになったジャルの口へ、大量のメロンパンが詰めこまれた。
「んがっんぐっ!」
このカレーメロンパン攻撃の前に、ジャルは窒息失神。最初の退場者となった。
「おたくら、タダモンやないな……?」
相手の実力を悟って、Sillyは警戒態勢をとった。
奏歌がニッコリ笑う。
「私はカレーパンに恨みがあるだけです。お好み焼きそばパンのことは何とも思ってないので、退いてくれれば追いませんよ?」
「なめくさったこと言いよって! お好み焼きそばパンは究極のパンやで! もっちり食感のパン、ソース甘辛の焼きそば、風味ゆたかなお好み焼き……。まさに三位一体のトライアングルホールドや!」
「刃向かうなら仕方ありませんね……。くらえ、雑種! アンリミテッド・メロンパン・ワークス!」
奏歌の固有結界が展開され、メロンパンの嵐が吹き荒れて、なすすべもなくSillyは倒れた。
なんと圧倒的なパン値。前回の失敗を糧として戦闘前から詠唱を済ませておいた奏歌に、隙はない!
「ふふ。邪魔者は消えました。今日こそ、積年の恨みを晴らすとき……! くらえ、無限のメロンパン!」
ドオッ、と津波のようなメロンパンが憐に襲いかかった。
リベンジ成功かと思われた、その直後。
「……ん。カレーに。染まれば。すべて飲み物。飲み干してあげる」
メロンパンにカレーをぶっかけて、憐は平然と飲みこんでしまった。
「ぬぁ……っ!?」
予想外の反撃に、絶句する奏歌。
「……ん。おかえしに。カレーパンを。飲むと。良い」
憐はベルフェゴルの鉄槌を抜き放って、奏歌の口と鼻と耳にカレーパンを叩きこみ、瞬時に勝敗を決してしまった。
地力で憐に対抗できる貴重な人材はこうして序盤で脱落したのだが、カレーパンの3連覇を止められる者はいるのだろうか。
「さすがカレーパン……」
矢吹亜矢はコロッケパンLv15をにぎりしめ、武者震いしていた。
その背後から迫るのは、柚葉(
jb5886)だ。
「LV15のコロッケパンとか、どうなのー? パンは焼きたてがおいしいのに☆ ほかのパンを蹴落とすことに必死で、パンへの愛を忘れてるんじゃない? せっかくのコロッケパンを食べれなくして、それでそのコロッケパンは幸せなのかな?」
痛いところを突いてやったぞとばかりに、にやりと笑う柚葉。
だが、亜矢は微塵も動じない。
「コロッケパンの幸せなんて、どうでもいいのよ。あたしが幸せならいいんだから」
「ふーん。でもやっぱり、一番はメロンパンだよー☆ あのサクサクの皮! ふわふわの中身! 美しい網目模様、キラキラ輝く砂糖! まさに人類の考え出した最高の発明だと思うの☆」
それを聞いて乱入してきたのは、御供瞳(
jb6018)
「オラァの村にはメロンパンなんかねぇだよ。あるのはコッペパンだけだっちゃ。だからオラァはコッペパンが好きっちゃ。食べやすくて飽きの来ない味は、まさしくキングオブキングだべ。そんでもって、数ある調理パンも大半はコッペパンベースっちゃ。焼きそばパンも、ジャムパンも、チョコパンも、そしてコロッケパンさえも、つきつめればコッペパンファミリーだっちゃ。というわけで矢吹さーのコロッケパンは、オラァの仲間だっちゃ!」
強引な理論でコロッケパン派に加わった瞳は、亜矢の前に立って右腕を振り上げた。
「薙ぎ払え、だっちゃ!」
号令とともに亜矢のコロッケパンLv15から謎のレーザー光線がほとばしり、柚葉はキノコ雲を上げて吹き飛んだ。
「本当に物理法則無視ね……」
コロッケレーザーの威力に、実況役シエロは呆然と呟くだけだった。
「まったくもって、不愉快です」
この惨状を前に、ジェイニー・サックストン(
ja3784)は怒りをたぎらせていた。
農家で育った彼女にとって、麦は生活をささえる大切なもの。パンの種類ごときで争うなど許せないのだ。
「……見過ごせねーのです。農家の人間として」
校舎の屋上に陣取ったジェイニーは、本気モードのカウガールスタイルでショットガンを抜いた。
そう。彼女の目的は、このくだらない戦争をつぶすこと。
とはいえ、全員を倒すのは不可能だ。よって、馬鹿騒ぎの元凶たる亜矢に制裁をくだす。
「自分の価値観しか見えない傲慢さを悔いなさい」
どこからともなく取り出したサングラスをかけ、ショットガンで狙撃を試みるジェイニー。
散弾銃で狙撃するのは物理的に不可能だが、そもそもパン戦争にマトモな物理法則は働かない。それよりなにより、こんな西の警察の団長みたいなことされたら、どんな狙撃も成功するに決まってる。
ズキュウウウン!
放たれた弾丸は、みごとコロッケパンLv15を貫通!
直後、撃ち返されてきたコロッケレーザーがジェイニーを貫いた。
そう、きたえられたコロッケパンは、穴があいたぐらいでは何ともないのだ! でも袋に穴があいたから、数日中に腐るだろうな。
これを見かねて行動に移ったのは、蔵寺是之(
jb2583)
パン研究会に属し、ふだんからパンを手作りしている彼もまた、この戦争を許せなかった。
「たったひとつの…パンだけを愛するなんて…、視野が…せめぇ奴らだな…! 本当に…パンが好きなら…、すべてのパンを愛する…もんだろ…! あと…本当に好きなら…手作りしやがれ…! 俺は…全部やってんだぞ…! こうなったら…俺のできる全ての手作りパンを…布教してやる…!」
決意をかためると、是之は自家製パンを無料で配りはじめた。
授業をサボってまで焼いたパンは、どれも絶品。
「焼きそば…コロッケ…揚げパン…その他もろもろ…なんだってあるぜ…?」
山のごとく積まれたパンを前に得意顔を見せる是之だったが、光の速さで駆けつけた憐によって、たちまち在庫切れに。
「な…馬鹿な…! あれだけ用意した…パンが…瞬殺だと…!?」
「……ん。なかなかの。美味だった。礼を。する」
放心状態の是之にカレーパンがぶちこまれ、『すべてのパンを愛する会』は発足と同時に消滅した。
そのころ。村上診療所は大忙しだった。
今回、戦闘不能になった者は全員ここに搬送される仕組みになっている。その名もダーク村上こと、村上友里恵(
ja7260)の診療所に。
今日の友里恵は怪我人の救護を目的とした『自家製パン派』であり、戦う気はない。負傷者をやさしく看護するのが、彼女の生き甲斐なのだ。そう、彼女こそ戦場に舞い降りた天使!
そこへ新たに担ぎ込まれてきたのは、是之だった。
担架の上で周囲を見回しながら、彼は目を見開く。
「は…っ、これは…自家製パン…!?」
「そうです。いまの私はパン職人……。人を超え、パン好きを超えた、いわばパンの神とも言うべき存在なのです」
「よくわからねぇが…同志だな…?」
「はい。パン好きの皆さんを治療するのが、私の仕事……。さぁ新しい顔ですよ!」
焼きたて熱々の巨大あんぱんを持ってくる友里恵。
是之の顔が青ざめる。
「な…んだと…?」
「これで元気になるのです!」
「や…やめろ…! てめぇは…同志なんかじゃねぇ…! パンをそんな風に…ぐわぁぁぁっ!」
ジュウッと音を立てて押しつけられた熱々パンは、無慈悲にも是之の生命力をマイナスにした。
この戦争で戦闘不能になった者は、みな同じ目に遭う。ダーク村上容赦なし!
さて、そんな中。長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)は、前代未聞の行動に出ていた。
「今回ははっきり、雌雄を決しましょう。わたくし、前回の戦争でトーストは薄切りが好きと主張したのですが、MS様は言いましたわね? 『個人的には厚いほうが好きですけどね!』と。……わかりましたわ。薄切りと厚切り、どちらが素晴らしいか決闘しようではありませんか!」
いや、あの、MSと戦う……!? ど、どうすればいいの、これ……。
対処に困るMSを無視して、みずほは堂々と語りだした。
「薄切りのクリスピーなトーストが食卓に並ぶ朝食は、なにより素晴らしいものです。厚いのを1枚食べるというのは、はしたなくていけませんわ。薄切りを2枚か3枚、ゆっくりと食べるのが優雅でいいのではありませんか。もちろんミルクティーも一緒にどうぞ。人間、食事のときは落ち着いて食べなければいけません。その点では、やはり薄切りですわ」
「でも厚切りのほうが好きです」の一言で終わらせるのは簡単だが、それじゃつまらないし……。放置プレイでいいのかな……。
「ちょ……っ! 放置だなんて許しませんわよ! きっちり戦いなさい! 戦って白黒つけなさい! 厚切りトーストなど認めませんわ! こ、こら! おまちなさい!」
さて。戦場の片隅では、因縁の対決が始まっていた。
サンドイッチvsフランスパンだ。
両者の間には、サンド派が持ちかけた同盟をフランス派が蹴ったという経緯がある。
まず語りだしたのは、ウェル・ラストテイル(
jb7094)
「パン食の王道にして覇道たる存在が誰なのか、教えてあげようじゃないか。それはサンドイッチだ。もとをたどれば、私みたいな賭博師が片手間に食べていた夜食だが、その正体が真の万能食であることは誰の目から見ても明らかだよ。……そう、サンドイッチこそが正義なんだから。んふふ、きゃは、あはははは!」
これに反論するのは、シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)だ。
「真に万能なのはフランスパンですわ。バゲットやエピ、ブールと種類も多く、食感や風味も違います。なにより優れているのは硬さ……! 見なさい! この、穂の形のパンを!」
スラリと両手に抜き放たれたエピは、まるでフランベルジェだ。
その横で、安形一二三(
jb5450)が力強くうなずく。
「そうそう。フラスパンッてよォ……バゲットがすべてじャないんだなァ、これが」
にやりと笑う彼は、全身にクロワッサンを装備していた。
頭のてっぺんから足の爪先までクロワッサン。どこから見ても、クロワッサン。完全なるクロワッサン。事情を知らない人が見れば確実に頭のおかしい人だが、事情を知ってる人から見てもやっぱり頭のおかしい人だ。それとも、これはアレか。防弾チョッキ的なアレか。たしかに、38口径ぐらいなら止められそうだ。
その狂気めいた姿を見つめながら、柳田漆(
jb5117)は冷静に応じる。
「待ってくれ。僕たちが戦う理由はないはずだ。フランスパンだって、サンドイッチの仲間じゃないか。……ほら、ここにブルスケッタを持ってきた。食べてみるといい。そうすれば、この戦いが無意味だとわかる。争いは何も生まないぞ」
穏健派の漆は、なんとか衝突を避けようとしていた。
しかし、シェリアは応じない。
「いいえ。これはパンへの愛と矜持を知らしめるための聖戦! 自身が愛するパンのみで戦ってこそ、真の勝利を得られるのですわ!」
「そうか……。争いは好まないけれど仕方ない。ピザトーストの素晴らしさを知ってもらうために、僕は羅刹となろう」
「ふふ……。王道にして覇道の正義(サンド)で他の正義(パン)を粉砕する……シビアな戦争だ」
漆とウェルは、それぞれ武器(パン)を構えた。
「そんなふにゃふにゃパンで勝てると思うんですの? くらいなさい! 必殺! 弐式・エピ獄焔斬!」
ズバシュゥッ!
「ば、馬鹿な……。サンドがフランスパンごときに負けるなんて……。やっぱり硬さか……? 硬さが足りなかったのか……? それとも長さ……?」
サンドイッチごと両断されて、ウェルは血を吐きながら倒れた。
そりゃまぁ、パン同志で殴りあったらフランスパンは強いに決まってる。
しかし、漆は怯まない。
「かかってくるがいい。僕のピザトーストは、サンドイッチより遙かに硬いぞ。その程度の攻撃、ラクに受けきってみせよう。そして、友の仇を討つ!」
「ならば、これが受けられるかしら? 双雷・エピ稲妻突き!」
ズドシュゥッ!
「ぐは……っ。僕のピザトーストをも貫くとは……。やられた……よ……」
漆は胸から血を噴き上げつつ、折りかさなるようにウェルの上へ倒れた。
それを見て、シエロが実況する。
「あらあら。最初からわかってはいたけれど、やっぱりトーストよりフランスパンのほうが硬いみたいね」
うん。たぶん、みんな知ってた。
「ほう……。みごとな切れ味だ」
「ま、まさか!」
聞き覚えのある声に、シェリアはバッと振り向いた。
その目に映ったのは、強羅龍仁(
ja8161)
前回、『フライパン』などという駄洒落兵器をもってシェリアを破った、因縁の相手である。となりに桝本侑吾(
ja8758)が立っているのも、前回と同じ。──いや、実際にシェリアを吹っ飛ばしたのは侑吾だから、こちらこそが因縁の宿敵だ。
「期せずして訪れたリベンジの機会……! ここは退けませんわね。安形さん、援護をたのみますわ」
「おう。このクロワッサンで、やつらの口を封じてやろうじャん」
シェリアがエピ二刀流で構え、一二三も両手にクロワッサンをつかんだ。でも最初から全身クロワッサンだから、なにをしてるのかよくわからない。ちゃんと前が見えているのかどうかも不安なレベルだ。
龍仁はバトルフライパンLv5を抜いて、相棒に手渡す。
「侑吾……おまえに俺の魂(フライパン)を貸そう。攻撃は任せた。防御は任せろ」
「わかりました。前回同様、俺が強羅さんの剣になりましょう」
言うや否や、侑吾はいきなり走りだした。
「おなじミスを犯すわたくしではありません。前回の反省から学んで、パンは二刀流。そして、ノコギリ状のエピが鋼鉄をも切り裂くのですわ! 受けてみなさい! ふたつのエピが奏でる、鋸歯波の戦慄(メロディ)を! 必殺・アバーッ!」
前回とまったく同じ展開で、エピをフライパンに折られて地平線の彼方へ吹っ飛ぶシェリア。
「くそッ! 姉御の仇は討つぜ! いくぞ、ヒリュウ! 同時攻撃だ!」
一二三がオーバースローでクロワッサンを投げ、ヒリュウはアイ○ラッガー投法でクロワッサンを投げた。どちらも侑吾狙いだ。
「防御は俺の役目だな」
龍仁の手からヴァルキリージャベリンが投げられ、クロワッサンを串刺しにした。
攻撃スキルを防御に使うとは、さすが龍仁!(アドリブ!)
「なんだとォォッ!?」
動揺する一二三に、侑吾のウェポンがバッシュされた。
しかし、一二三は全身をクロワッサンでシールドしてある。フライパンなど、やすやすと撥ね返し……はできなかった。これもまた、硬さが足りなかったゆえの悲劇だ。すなおにフランスパンを装備しておけば、吹っ飛ぶ距離が少なくて済んだのに。
「……安心しろ。峰打ちだ」
太平洋まで吹っ飛んでいく一二三を見つめながら、侑吾はぼそりと呟いた。
「フライパンの峰ってどこなのよ、桝本……」
シエロの問いかけに、侑吾は軽く肩をすくめるだけだった。
「さいしょにシエロもいってたけど、パンで戦争ってどうなんだー?」
殺伐とした空気を払うように、あんぱんを持って登場したのはアダム(
jb2614)
イチゴが大好きな彼は仲良しのクリフ・ロジャーズ(
jb2560)と一緒にジャムパン派で参加したかったのだが、クリフがアンパン派で参加してしまったため、苦悩しているのだ。
「あっ、クリフだ! くりふ〜くりふ〜!」
あちこちで脱落者が続出する戦場の中、アダムはクリフを見つけて必死で駆け寄った。
「どうしたの、アダム」
「クリフ……なにもいわずにこれをたべるんだ!」
それは、イチゴジャムの仕込まれたアンパンだった。
クリフは何も言わず、もぐもぐ食べてニコニコしている。
「おれは、いちごがすきだ。……で、でもクリフとあらそいたくないんだ……!」
キリッとした顔で言い放つアダム。
もちろんクリフには、アダムと争う気などカケラもない。
「いちごあんぱん、きにいったか? きにいったな?」と、アダムが必死にたずねる。
「うん。気に入ったよ」
「じゃあ、たたかわなくていいな? おれとクリフは仲間だな? 毎朝いちごあんぱんをあーんしてあげるんだからなっ」
「ま、毎朝……!?」
とまどいながらも、ピトッと貼りついてくるアダムの頭をなでなでするクリフ。
それを見て、シエロが言う。
「あの二人、戦争する気あるのかしら……。あと、クリフはどうしてジャムパン派で参加しなかったの? ふたりでかわいいアピールすれば、いいところまでいけそうだったのに」
まったくもって、そのとおりだ。
「ん? クリフ君とアダム君じゃないか」
そんな仲良しペアに声をかけたのは、侑吾だった。
「ゆ、侑吾さん……。そのフライパンは……?」
「これか? 強羅さんから借りた」
「そういうことじゃなくて……」
クリフは怯えていた。侑吾のフライパンが血まみれだったからだ。
「ああ、これか……。まぁ戦争だからな。意見が合わないなら、戦うしかない。友人だからといって……いや、友人だからこそ手を抜くわけにはいかない。まとめてかかってこい」
ぼんやり顔でハードボイルドなことを言い放つ侑吾。
「……わかりました。勝負です」
「こい、ますもと!」
クリフとアダムは真剣な顔つきで身構え、そこへ侑吾のウェポンがバッシュ!
ドバァアアン!
「「あーーーっ!」」
空高く吹っ飛ぶ二人を見上げながら、侑吾は「パンの世界も非情だ……」と呟いた。
まえにもどこかで見たことあるぞ、この光景。
「桝本はブレないわね……」
シエロは溜め息をつくしかなかった。
「4人斬りか。さすがだな」
龍仁が、侑吾の肩をぽんと叩いた。
「いや、俺はまだまだです」
「謙遜は良くないぞ。……その力、もういちど披露してもらうことになりそうだ。宿敵のおでましだぞ」
龍仁の言うとおり、やってきたのはユリア(
jb2624)
「ひとりで俺たちに挑むというのか?」
龍仁が問いかけた。
「うん。だって、カレーパンLv5が57個あるからね。負ける要素がないもん。カレーパン食べて学園入口に立ったこともあるし、あたしのカレーパン愛は誰にも負けないよ!」
ユリアの言葉に、龍仁は失笑した。
「ふ……おまえの台詞には愛がない……。教えてやろう! カレー1000食を作り、公式に年表を飾った俺こそが学園一のカレー愛好家だ! 当然カレーパンもしかり! カレーパンLv5を50個作ろうと、カレーを極めた俺には効かん! 愛とは求めるだけにあらず! おまえたちのように一方的な搾取は愛ではない! 強奪だ! カレー愛を語るなら、言葉ではなく俺のように極めてこそ! すなわち、料理人の女房と言っても過言ではないフライパンこそ最強!」
こ、これは強い! 華麗なるカレー大作戦でトップの座についた龍仁のカレー愛は、まぎれもない本物!
で、でも、ちょっと待て!?
「一位おめでとう。あたしは四位だったよ。本当にカレーが好きなんだね。で、フライパンは千個作った?」
「な……に……!? そ、そう来るのか……っ!?」
「作ってないよね? 本当はカレーパンのほうが好きでしょ?」
「い、いや……俺はフライパンのほうが好きだ……っ! 主食はフライパンだっ!」
「無理しないほうがいいよ? はい、おいしいカレーパンあげるね♪」
龍仁の口にカレーパンLv5が押し込まれて、勝敗は決した。
た、龍仁……。否定しなけりゃいけないはずのカレーを全力で支持したら、負けるに決まってるだろ……。まぁ龍仁がカレーパン派についたら、それこそゲームにならんけど……。
「強羅さんの仇は俺が討つ。……まえにも言ったが、フライパンこそ至上。フライパンで作ったツマミは種類が多く、色々な酒に合う。汎用性高いフライパンは本当に凄い。弱点は皆無。うまい酒を飲むためにもフライパンは重要……!」
侑吾は果敢に突撃したが、「でも食べられないよね?」というユリアの一言で轟沈した。
やっぱり、カレーパンLv5×57は強すぎる。
というか、いったい何が彼女をそこまでさせるのだ……。
「やはり強いですね……。しかし、僕たちアンパン派はフライパンのようなミスは犯しません」
命知らずにもユリアに挑むのは、楯清十郎(
ja2990)と吾妹蛍千(
jb6597)、そして清十郎に焚きつけられて急遽参戦したチョッパー卍の3人だった。チョッパーは本来焼きそばパン派だが、『ひとりじゃ勝てねぇし』という理由でアンパン派についている。
まず語りだしたのは、清十郎。
「アンパンの魅力。それは、手頃な値段でどこにでも売っていることです。一口食べれば甘さが口に広がり、それはそれは至福のひととき。見た目にも、ゴマやケシ、塩漬けの桜の花がアクセントとなって、ほかのパンと一線を画します。西洋と東洋の食文化が融合したアンパンこそ、人類の至宝!」
さらに、蛍千が続く。
「アンパンには添加物がほとんどない……。これは愛! 消費者への愛なのです! しっとりとした甘さの中にも、ちりばめられたゴマによって香ばしさと歯応えが追加され、なおかつアンパンひとつでも(自重)」
両者とも力のこもった主張だが、その程度ではユリアのカレーパンLv5バリアを貫くことはできなかった。言っておくが、このバリアを破壊するのは単独でヴァニタスに勝つぐらい難しい。
だが、しかし! 清十郎には秘策があった!
それは、携帯品の欄で『アンぱんダイスキ』とアピールするというもの。
おお! これは凄い! プレイングだけならダントツだ。こんなこと、よく考えついたな。そして、考えついただけでなく実現したのも凄い。まさに一発大逆転の奇策!
そのうえ清十郎は、歯が溶けるぐらいのアンパンを紙袋に入れて口に当て、スーハースーハーと深呼吸してラリ……覚醒モードに! なんだかもう、いろいろヤバイ。清十郎、おまえは天才か!?
「これが、いまの僕にできる全力プレイングです! 突き抜けろ! アンパン・ドーン!」
「きゃあっ!?」
清十郎の破暁が、ユリアを打ちすえた。
おお。かすり傷とはいえ、彼女にダメージを与えたのはパン戦争初の快挙だ。
「よし、いまがチャンス。私がとどめを刺しましょう。アンパン最高! 漉し餡最高!」
蛍千が仕込み傘で斬りかかった。
その背中へ、清十郎の疑問が投げかけられる。
「え? アンパンは粒餡ですよね?」
「ええっ!? アンパンは漉し餡に決まってますよぉ?」
「いえいえ、粒餡です」
「漉し餡ですって!」
「まて、おまえら。ずんだのうまさを知らないのか?」
唐突に餡子戦争が始まり、アンパン派の3人はユリアをほったらかして侃々諤々の論争を繰り広げた。
そこへユリアのダークブロウが発射されて、アンパン派は壊滅したのである。
……うん。フライパン派よりひどいミスだった。
「ったく、役立たずばかりね。一人ぐらい消してくれりゃいいのに。……しかたない。行くわよ!」
御供瞳とリンクス キャスパリーグ(
jb7219)を引きつれて、亜矢が出撃した。
迎え撃つのは、合流したユリアと憐。
まずは、リンクスが呪文を詠唱する。
「コロッケはラードで揚げなくてはイケマせん! サラダ油はNGデス。風味・コクが一味もふた味も違いマスね。中のジャガイモは塩ゆでにシテ、塩コショウで味を整エ、荒く潰シテごろんとシタじゃがいもの食感を残しテモ、なめらかになるまですり潰しても美味しいデス。挽き肉は合挽きガ好きデス。牛とブタの織り成すハーモニー……。それをホクホクのジャガイモがマトメテ……さらニその周りを、カリっと揚がってラードの旨味を吸っタ衣が包み込みマス。コレをふかふかのパンに、刻んだキャベツと一緒に挟みマスね。このとき、ソースをカケてはイケマセン。パンがソースを吸って、ふやけてシマイマスから。コロッケをどぷんとソースに漬けてカラ挟むのデス!」
すごいこだわりだが、もうすこし行動を書いてほしかったぞ!
ともあれ、この長広舌によって爆発的なオーラをまとったコロッケパン軍団は、いっせいにカレーパンチームへ突撃! 最終決戦が幕を開ける!
しかし! そこで両軍の間に飛び出してきたのは、歌音テンペスト(
jb5186)
ロシアとアメリカの全面核戦争の中に第三国が乱入したようなものだが、はたして彼女のプレイングは!?
「あたしの好きなパンは、女の子の生パン! 牛さんの好物も、きっと女の子の生パン! みんな大好きホヤホヤの生パン! Yeaah!」
こ、これはやばい。女の子の生パンに比べたら、ほかのパンなど全てゴミだ。さすが歌音。この発想はなかった。
「生パンはノーパン以下と思われがちだけれど、それは違う。ノーパンが素体のポテンシャルに左右されるのに比べて、生パンはチラリズムと妄想力で無限の可能性をもたらすのよ。これこそ、永遠無窮の宇宙パワー!」
うむ、じつによくわかっている。そう、ノーパンなど何も面白くない。
「おまけに、局部描写を避けつつエロスをもたらし、蔵倫にも優しい(重要)。もちろん、温かい生パンは食品としても美味。濃厚な香りと芳醇な味わいは、まさに至高フォー!」
おお。いつも頭のネジが大気圏までスッ飛んだような発言ばかりの歌音が、これほど理路整然と正しいことを語るとは。感動だ。いけ、歌音。MSが全力で支持するぞ。
「さぁいくよ! 牛さんの全面支援を受けて、いま究極のパンチラ発動!」
歌音のスカートがひるがえり、真っ白なパンツがチラッと見えた、次の瞬間。
カ……ッ!!
視点が上空からに移り変わり、歌音を中心としたリング状の閃光が広がって、衝撃波と爆風が走り抜けた。
轟音が轟き、砂煙が巻き上がり、爆炎が渦を巻いて、地響きとともに校舎の窓ガラスが割れる。
これら全てのことが、ほぼ一瞬のあいだに起きた。
このパンチラ・カタストロフが去ったあと、グラウンドに残っているものは何もなかった。カレーパン派もコロッケパン派も、ダーク村上診療所も、放置プレイされてたみずほも、実況席のシエロも、そして歌音も。なにもかもが消滅していた。
おそるべし、生パン!
歌音は、パンの争いにパンツを持ちこむという禁忌のプレイングによって、すべてを崩壊させてしまった。もはや、パンでパンツに勝てないことは明白。第四次パン戦争が開かれることはないだろう。かわりに第一次パンツ戦争が開かれるかもしれないが。
こうして第三次パン戦争は文字どおり大惨事のうちに終わり、勝者なしのドローゲームとなった。めでたしめでたし。
……と言いたいところだが、じつはまだ登場してないキャラがいた。
鬼畜策士の月詠神削(
ja5265)である。
彼はパン戦争など興味がなく、ワンニャン戦争で負けた悔しさを晴らすために作戦を練ってきたのだ。
「き、聞いてくれ、みんな……」
だれもいないグラウンドにやってきたとき、神削は全身ズタボロだった。
がくりと膝をつきながら、彼は迫真の演技で訴える。
「じつは……ここに向かっている途中で、猫派を名乗る連中に襲われた……。げふっ、ごふっ(吐血)……や、奴らは……猫が食べられないことも多いパンなど……生ごみにも劣ると、主張して……すべてのパンを……この世から消すと……。いや、ちょっと待て。待ってくれ……。なぜ、だれもいない!? どうなってるんだ、これは!? パンでネコ派を倒す計画が……っ! 『パンVSワンニャン戦争』がぁぁ……っ! だれか、俺の話を聞いてくれ……っ! 俺の、俺の話を聞けぇぇっ!」