「たのむ、撃退士の諸君! 店を助けてくれ!」
ここはJOJO亭のスタッフルーム。
集まった8人の前で、薄毛の店長は頭を下げた。
「食い逃げか〜、ダメだよね〜。世の中はギブ&テイクだから、おいしいもの食べるなら相応のお金は払わないと〜」
間延びした口調で応えたのは、高瀬颯真(
ja6220)
口にくわえた棒キャンディーが似合う、女の子みたいな少年だ。
「どこのどいつか知らねぇが、この不景気の日本でタダ飯にありつこうなんざ虫が良すぎるんじゃねぇか? ひとつ社会の厳しさを教えてやろう」
颯真と対照的に乱雑な口ぶりで微笑むのは、向坂玲治(
ja6214)
頼りになりそうな姿に、店長は「おお」と声を上げた。
とはいえ、外見からして一番頼れそうなのはファーフナー(
jb7826)だ。ハードボイルド映画の主人公みたいなルックスは貫禄十分。もちろん外見は撃退士の能力と何ら関わりないが、無知な一般人から見れば信頼してしまうのも当然だ。
かと思えば、部屋の隅で泣く男もいる。
陽波透次(
ja0280)だ。
「嘘だ……焼肉を無銭飲食……? そんな……! 焼肉が、焼肉が、泣いている……正当な報酬もないままに食べられてしまった焼肉が泣いている……僕は、僕は、悲しい…… (´;ω;`) 」
うっうっ、と嗚咽する透次。
焼肉部の部員であり、焼肉に人生を救われた彼にとって、この反応は正常だった。
でも他人から見ると、ちょっと近付きたくない感じだ。
ともあれ対策会議が始まった。
まずは犯人特定のため、防犯カメラの記録を全員でチェック。
「うぅん……見たところ、トイレに入ったまま出てこない人がいますねぇ……」
いち早く月乃宮恋音(
jb1221)が指摘した。
このへんは依頼書の情報通りだ。
「物質透過で逃げている……あるいは変化の術だろう」
シリアスに答えたのは、鳳静矢(
ja3856)
今日は真面目な依頼なのでラッコではない。第一印象は大切だ。なにしろ店長の頭髪……もとい人生が賭かっている。そんなところへ怪奇ラッコ男が現れて「キュゥ♪」とか言い出したら、店長は首をくくりかねない。
「そうですねぇ……犯人は悪魔か、天魔ハーフの忍軍と、推測しますぅ……」
恋音が同意した。
「透過できるってことは天魔だろうから、俺達が人の世の理をしっかり教えなきゃね〜」
颯真はお気楽そうだ。
「で、これがホシの武勇伝ってことか……」
眉根を寄せながら、玲治はモニターを見つめていた。
犯人は毎回外見が違うものの、食べる量が異常なのは共通している。
「外見は変えられても中身は変えられない。一連の犯行には共通点があるはずだ。たとえばこの犯人は、毎回必ず生ビールとタン塩を最初に注文している」
鋭い観察眼で、ファーフナーが指摘した。
一同の注目が集まる中、彼は続ける。
「服装は毎回違うが、どれも安物だ。順番待ちのサインを残したくないのか、混雑する時間帯は外している。さらに食事の〆は毎回アイスだ。そして何より……この犯人はトイレに立つとき荷物をすべて持って行く。バッグやコートもだ。女性ならわかるが、男の場合は比較的珍しかろう」
「おお……」
さすがとばかりに、店長が唸った。
「そこまでヒントがあれば、かなり犯人像を絞れるんじゃねぇか?」と、玲治。
彼らは何度もカメラ映像を巻きなおし、犯人の目星をつけてゆく。
一般人には読み取れない情報も、撃退士なら読み取れる。
さらに会議の結果、警備当日は店で使っているインカムを全員装備することが決まり、カメラも死角がなくなるよう配置を見直された。そして各自の配備担当が決定され、食い逃げ包囲網は着実に堅牢なものとなってゆく。
そんな中、『おなかがすいてきましたね……』などと呟く雫(
ja1894)
もう事件は解決したといわんばかりの態度だが、はたして──?
そんな会議をガン無視して、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は店内でソロ焼肉を満喫していた。
「どうやって食い逃げするかってーことを考えるには、まず犯人になった気分で状況を再現してみねーとな。これぞ撃退士流プロファイリング!」
などと言いながら、焼肉を食いまくるラファル。
もちろん代金を払う気などない。店長に押しつける予定だ。
一見ラファルが犯人に見えるが、さにあらず。店からの視点ではわからない盲点があるのではと、彼女なりに推測しての行動だ。客の視点に立つことで、店側からは見えない逃走経路を割り出す策である。
「さらに犯人の食いっぷりにも注目だぜ。前回は肉だけで27人前も喰ってやがる。常人じゃないのは明白! 天魔かそれに類する撃退士なのは間違いねー!」
はたして今回のラファルは役に立つのだろうか……。
そんな具合に作戦を練り上げ、彼らは翌日から警備態勢に入った。
雫はレジ係に扮して客の顔や服装確認。
颯真は無駄にクオリティの高い女装姿で、店員になりきり。
玲治も店員として店に入り込み、裏で待機しつつ怪しい客が来れば接客して様子見。
透次は表通りの通行人に紛れて、スマホをぽちぽちしつつ周囲を警戒している。
静矢、恋音、ファーフナーの3名は、警備室で防犯カメラのチェック担当。
そんな厳戒態勢の中、ラファルは客として潜入し普通に焼肉を食べていた。(!?
とはいえ、犯人も毎日来るわけではない。
空振りの日が2日続き──警備開始から3日目の夕方、ついに怪しい客が現れた。
注文はタン塩5人前と生ビール。手荷物はバッグひとつで、服は見るからに安物だ。
外見は平凡なOL風だが、そもそも会社帰りの若い女が一人で焼肉屋に入ること自体が異常とも言える。(偏見
「CRマイナス。冥魔だぜ!」
すかさずラファルが『霊視』で見抜き、全員に連絡した。
「俺も『中立者』で確かめたよ〜。CRマイナス〜」
颯真の報告が続いた。
「しかも上カルビ5人前とビールを追加……。女ひとりで食べる量ではないぞ。これは確定か?」
インカムを指先で押さえながら、静矢は自問自答した。
「おぉ……まさか、ここまでプロファイリングどおりの人が来るとは……」
モニターを眺めつつ、微かに声を震わせる恋音。
「たしかに『私が犯人です』というプラカードを首から下げてるような人物だが……まだ様子を見よう。誤認逮捕は避けたい」
ファーフナーは慎重だった。
実際、食い逃げは現行犯逮捕が原則だ。おとなしく食べてる間は手を出せない。
「うぅ……っ。絶対そいつが犯人なのに……。こうしてる間にも、お肉が……焼肉が……!」
逃走に備えて店の外を巡回しつつ、インカムからの報告を聞いて透次は泣いた。
この悲しみと怒りが、彼の全能力値を1.2倍にするのだ! なんて控えめな数値!
そんな具合に手をこまねいて見守るしかない撃退士たちの前で、女は一人大食い選手権みたいに食べ進んでいった。
上ロース、キムチ、生ビール、クッパ……
やりたい放題ぶりに、撃退士たちは苛立ちを隠せない。
だが、ついに女は動きを見せた。
お得意のフィニッシュムーブ(抹茶アイス)を決めたあと、静かに席を立ったのだ。
当然のようにバッグを持ち、『潜行』しつつトイレへ向かう女。だが注意深く監視している撃退士の目を欺くことはできない。
「よーし、俺が先に入って邪魔してやるぜー」
意気込んでトイレへ先回りするラファル。
でも残念。個室はいくつもあるぞ!
それと同時に、雫は響鳴鼠を発動。女を尾行させる予定だったが、潜行した天魔を追うのは不可能だ。そもそも成功率1/6だぞ!
「最も可能性が高いのは、トイレから透過で逃げること。……これで防げるか?」
女がトイレに入ったところで、静矢は阻霊陣を使った。
この策は成功だ。
実際、女は確かに食い逃げ犯だった。
が、透過で壁抜けできないのに気付いた彼女は、撃退士に狙われていることを悟ってしまった。
常人ならば、この時点で犯行をあきらめて代金を払うだろう。しかし彼女は無一文だった。金があるなら最初から食い逃げなどしない。おまけに彼女は逃げ足に自信があるのだ。
「こうなったら……やるしかないよね♪」
変化の術を解くと、彼女は女子小学生ぐらいの外見になった。
そこへ、見計らったようにファーフナーが飛び込んでくる。
あきらかに見覚えのない少女を前にしつつも、彼は慎重に「おまえが連続食い逃げ犯か?」と問いかけた。
「そのとーり! でも捕まらないよー♪」
堂々と認めると、少女は一目散に走りだした。
言うだけあって、その俊足は並みではない。
むやみに傷つけずダークハンドで捕縛しようと考えていたファーフナーだが、あっというまに射程外へ逃げられてしまう。
「キュゥ!(略:逃がさん!)」
すかさずラッコ姿の静矢が立ちふさがった。
と同時に、刀を抜いて『挑発』
「逃げるが勝ちー♪」
まったく相手にせず、少女は静矢の頭上を跳び越えた。
「おとなしくしろ。おまえは包囲されてんだよ!」
少女の死角から、玲治がダークハンドを撃ち込んだ。
しかし少女はこれも回避。
「逃がしませんよ」
最後の砦とばかりに、雫が出入口の前で仁王立ちになった。
それを見た少女は進行方向を変え──窓に向かって跳躍。窓ガラスをぶち破って外へ飛び出した。
透過を封じても、窓を破られてはどうしようもない。
「じゃあねー。今日も焼肉おいしかったよー♪」
少女は翼を広げて舞い上がった。
このまま逃げられてしまうのか──と思われた、そのとき。
背後から駆け寄った透次が、少女の足首をつかんだ。
「ひぁぁっ!?」
「なにがあろうと……おまえは逃がさない!」
少女の足をつかんだままビターンと路面に叩きつけ、そのまま背後にまわって飯綱落とし──と見せかけて、透次怒りのドラゴンスリーパー!
「ギブ! ギブ! ギバァーップ!」
「ただ食いされた焼肉の恨みを……悲しみを……思い知れえええっ!」
泡を吹いてタップする少女を、容赦なく締め上げる透次。
あわや殺人事件かというところで、仲間が駆けつけて彼を止めた。
食い逃げ少女は白目をむいて失神KO。
気がつけばJOJO亭の店員や客だけでなく、大勢の通行人が野次馬と化している。
その騒ぎを鎮めるべく、ラッコ着ぐるみで颯爽と現れる静矢。
そしてホワイトボードにキュキュッと一筆。
『私は食い逃げ常習犯を成敗するためにラッコ星から来たシズラッコ。いま悪は滅びた……さらばじゃ』
適当なロープで少女を縛り上げると、静矢はズルズル引きずっていった。
「おお、この子が犯人か。よくやってくれた!」
スタッフルームで、店長は大喜びだった。
食い逃げ少女は簀巻きにされて床に転がされ、半泣き状態。
その頭を、ラッコ静矢がハリセンでスパンスパン叩いてる。石で叩けばよかったのに。
「そんじゃま、このガキは煮るなり焼くなり好きにしてくれ。焼肉店らしく焼くのがおすすめだ」
玲治がにやりと微笑んだ。
「やめてー! 悪魔を殺して平気なの!?」
「まったく平気だ」
平然と答える玲治。
「まぁまぁ、BBQにする前に事情を聞こうよ〜」
颯真が止めた。
「そうですねぇ……見たところ、はぐれ悪魔のようですけれどぉ……何故こんなことをしたのか、気になりますぅ……」
恋音が同意した。
それを見て言いわけを始める悪魔っ娘。
「じつは人界に来たばっかで、お金とか知らなかったの! 信じて!」
「知らなかったら、わざわざ透過してこそこそしないよね〜? 変化の術で工作しないよね〜?」
容赦なく指摘する颯真。
「でもおなか減ってたの! 貧乏人は飢え死にしろっての!?」
「なんでお金を稼ごうとしないの〜? 悪魔なら撃退士になれるよね〜? いまからでも遅くないし〜働いてお金返そうよ〜。なんなら、このお店で働いて返すのもいいよ〜?」
「戦うの怖いし、働くのもイヤ」
「俺が一緒に訓練してもいいよ〜? ここで一緒に働いてもいいし〜」
「えー、やだ」
「………」
少女の態度に業を煮やしたのか、颯真は笑顔で火炎放射器を取り出し「じゃあそろそろBBQはじめようか〜」と言いだした。
そこへ恋音が割って入る。
「あのぉ……撃退士の仕事は、戦闘ばかりではありませんよぉ……? 人助けや事務の仕事もありますぅ……」
「えー、もっとやだ」
「そうですかぁ……うぅん……」
これでは話のつけようがない。
ともあれ人界に下った天魔による犯罪ということで、食い逃げ少女は久遠ヶ原の更正施設に送られることとなった。
焼肉連続食い逃げ事件、これにて一件落着!
「さて成功報酬をいただきましょう」
ビシッと紙エプロンを装備して、雫が席についた。
ちょうど8人が座れるテーブルだ。コンロが3つあって、すでに火が入っている。
「さぁ遠慮なく食べてくれ」
店長じきじきに8人前のカルビ(並)を運んできた。
「まさか、これだけではありませんよね?」と、静かに闘気を漂わせる雫。
「と、当然さ! どんどん食べてくれ!」
「では面倒なので、次から私の分は5人前ずつ持ってきてください。注文はおまかせしますが、野菜は結構です。肉だけで」
「あ、はい!」
店長の顔は青ざめていた。
「では無事に依頼を達成したことを祝して……乾杯」
「「乾杯!」」
「キュゥ♪」
年長者のファーフナーが音頭をとって、打ち上げが始まった。
幸いにも今回の参加者に四次元胃袋の持ち主はいないので、和気藹々とした食事風景だ。
とはいえ、爆乳女子高生、女装の男子高生、ペンギン帽のロボ娘に、殺し屋みたいなハードボイルド野郎、おまけにラッコ着ぐるみの男……という異様な顔ぶれに、周囲の視線は釘付け。久遠ヶ原では見慣れた光景も、一般社会では『異様』の一言だ。
「この店では廃棄予定の肉を出しているという噂でしたが、いまのところ大丈夫ですね。ひと安心です」
真顔で言いながら、雫はカルビをほおばった。
「それはまぁ……全国展開している、有名チェーンですからねぇ……」
これまた真顔で応える恋音。
「うぅ……僕は廃棄のお肉で良いです。まだ食べれます。お肉たちも泣いている……撃退士の頑丈な胃袋は、お肉を救うためにあるのです……」
この依頼を受けて以来、透次は泣いてばかりだ。
とはいえ本当に廃棄の肉が出てくることはない。そりゃそうだ。
「それにしても、あの子どうなるんだろ〜」
抹茶アイスを食べながら、颯真が言った。
「そりゃ死刑だろ。天魔の分際で、これだけ凶悪な事件を起こしたんだぜ?」
と、ラファル。
「ああ、確実に死刑だな。人間社会の厳しさを教えてやろう」
玲治が同意した。
「えとぉ……あのぉ……?」
ふるふるしつつ、一同を見まわす恋音。
気がつけば、彼女以外全員が頷いている。
「お、おお……!?」
げに恐ろしきは、久遠ヶ原式速攻裁判!
あの少女とまた会える日は来るのだろうか……と思いつつ、焼肉を満喫する恋音であった。
なお打ち上げ焼肉パーティーは、閉店まで続いたという。