「鮫嶋さん! その言葉は聞き捨てなりませんわ!」
騒ぎを見て、長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)が走ってきた。
鏡子の発した「格闘技とか、くだらねーなァ」の一言に反応したのだ。
「なんだ、てめェか」
「格闘技がくだらないとおっしゃいましたわね!? ならば、その拳で証明してごらんなさい! 最強を自称するあなたなら、ボクシングを破るぐらい簡単ではなくて? それとも口だけかしら?」
「あァ? 喧嘩ならいつでも受けるぜ?」
「じつに結構ですわ。では拳闘部の部室へおいでなさい。リングで勝負ですわ!」
「ヤだよ、メンドくせえ。やるならココで十分だろ」
「仕方ありませんわね……ならば、この場で白黒つけますわ!」
というわけで、鏡子とみずほは路上で睨みあうことに。
「……元気が良い」
その様子を眺めているのは、染井桜花(
ja4386)
せっかくの好カードだからと、たまたま持ってたビデオカメラを出して電源を入れる。
護身術の家庭教師を受け持っている鐘持兄弟のために、教材として使うのだ。
「……撮影開始」
桜花がカメラをまわしはじめた直後、勝負は始まった。
まずは鏡子が先手をとって突っかかる。
「いくぜ、オラアア!」
「まるで猪ですわ」
みずほは軽快なフットワークで突進をかわすと、Damnation Blowを肝臓に打ちこんだ。
その一撃で、鏡子の足が止まる。
「あら? 苦しそうですわね」
微笑みながら、容赦なくExecutioner Blowを叩きこむみずほ。
攻撃特化の鏡子にとって、これは痛い。
「ちィ……ッ! 次はアタシの番だ!」
鏡子の拳が、うなりをあげた。
一瞬遅れて、みずほがカウンターを返す。
ゴシャアアアッ!
岩の砕けるような音がして、両者とも後ろへ吹っ飛んだ。
壮絶な相打ちだ。が──
もともとダメージの少なかったみずほが、ボクサーの意地にかけて立ち上がった。
そして、倒れたままの鏡子を見下ろしながら言う。
「どうかしら? ボクシングは人類が一万年間積み上げた、殴る技術の集大成ですわ。ボクシングが最強だとは思っておりませんけど、技術を身につけた者が身につけていない者に勝るのは道理ではなくて?」
「あー、痛ぇ……」
「わたくし、鮫嶋さんのことは嫌いではありませんのよ? あなた、口ではそのような態度ですけど拳を交えましたもの。本心はわかりますわ。よろしければ拳闘部に入部しません? 歓迎いたしますわ」
みずほが手をさしのべた。
その瞬間。鏡子の脚が水平に薙ぎ払われて、みずほの足首を刈った。
「な……っ!?」
体勢を崩し、倒れるみずほ。
その鳩尾めがけて、鏡子のエルボードロップ!
あっというまの逆転劇だ。
「やられたふりとは、卑怯ですわ……」
「おう、最高の誉め言葉だ」
この一戦は、スポーツマンシップに殉じたみずほの負けである。
「ついでだ。おまえも相手してやるぜ? このまえの続きだ」
鏡子が桜花を指差した。
そう言われては、桜花も退けない。
まずはカメラを観客に預け、撮影をたのむ。そして──
「……受けて立つ……本気で」
桜花は光纏し、『心技・獣心一体』を発動した。
相手が連戦だからといって手加減はしない。やる以上は本気だ。
「……参る」
先手を取って『神速』で接近する桜花。
その速度と体重をのせたまま、肩口で体当たりを食らわせる。
鏡子はかわすこともできず、まともにそれを浴びて背中から壁に激突。
「……絶技・飛魚」
桜花が呟いた。
この時点で鏡子の生命力はゼロだ。みずほとのバトルで既に限界だったのである。
が、桜花は攻撃の手を止めない。
壁から跳ね返ってきた鏡子の喉元へ、豪快なラリアット。ふたたび壁に激突させる。
「……絶技・柱砕き」
完全に動かなくなった鏡子に、桜花はとどめの追撃。
神速で平拳を鏡子の腹部に突き込み、同時に指を折り曲げて正拳でスマッシュ!
「……絶技奥義・瞬撃」
桜花、容赦なし!
文字どおり完勝である。
「なにをやっているのだレイター……それにアヤもか……」
あきれた様子で、リリィ・マーティン(
ja5014)が姿を見せた。
登校中なので普通の制服姿だ。パッと見、金髪碧眼のアメリカンスクールガール。
これこそ、学園生活において最もステルス性の高い装備なのだ!
「先輩! 最強の格闘技は近接拳銃術ですよね!」
玲汰が同意を求めた。
「あ? あぁ、そうだな……状況次第じゃないか……ハハ……」
早くも厨二病を患ってしまった後輩に、リリィは引き気味だ。
とはいえ見捨てるわけにもいかない。
「まぁ近接拳銃術……CQCを学ぶのは良いことだが、軍人にでもなるつもりか?」
「いえ、僕はただ理想を追い求めてるだけで……」
「それはわかるが、『保身無き零距離射撃』は彼の技量と力と心の強さがなせる技でだな……私もマトモに使えん。リスペクトは大事だが、身の丈にあった戦法を取ることも大切だぞ」
「理屈じゃないんです! 浪漫なんです!」
「うーむ……ならば、その浪漫とやらの戦いかたを見せてみろ、レイター!」
そう言うと、リリィは光纏してライフルを抜いた。
同時に目つきは軍人のものになり、戦場仕様へと変貌する。
「では……いきます!」
玲汰は二丁拳銃で突撃した。
が、リリィは冷静に対処。リーチを生かして、ライフルのストックを玲汰の側頭部に叩きこむ。
よろけたところへ、手加減なしの回し蹴り。パンチラしてるが気にしない(
「終了、だ」
倒れた玲汰の眉間に銃口を突きつけると、リリィは即座に引き金を引いた。
カチン、という音。
弾は込めてなかったのだ。
「ううぅ……」
玲汰は今にも泣きそうだ。
「あー、すまんな。大丈夫か? まぁなんて言うか今のは格闘技なんかじゃなくて、ただ敵を倒す方法だ。CQCの極意なんて、しょせん殺人術だからな。軍人ではなく撃退士になりたいのなら、対天魔の戦法を学ぶべきじゃないか? 私も今それで苦労しているのだ……」
「でも浪漫が……」
玲汰の病状は深刻だった。
「まわりに迷惑かけて、なにが最強の格闘技だ! 龍転っ!」
騒動を目撃した雪ノ下・正太郎(
ja0343)は、我龍転成リュウセイガーに変身! 救急箱を持って駆けつけた!
正義のヒーローである彼にとって、最強の格闘技うんぬん以前に人命が最優先。危険は見過ごせない。
「いま手当てする。そこの少年君も手伝ってくれ……と言いたいが、おまえもケガしてるのか。よし全員まとめて救急箱だ!」
まずは玲汰を治療して人手を確保。内蔵、みずほ、鏡子を治療して、順々に保健室へ搬送する。
「あはははは! みんな保健室送り! やっぱり忍術最強ね!」
見てただけの亜矢が、高笑いして勝ち誇った。
そこへ、礼野明日夢(
jb5590)が話しかける。
「ボクは暴力反対ですね。言葉で論破できない・説明できないから、力で排除しようとするんでしょ? この場合それは負けを認めたと同義ですから」
「そう言うアンタは、なにが最強だと思うのよ」
「ボクですか? 近接は姉さん担当、ボクは援護射撃、お姉さんや姉さんの親友さんは回復と防御、お姉ちゃんやボクの幼馴染は基本補助やサポートで……おたがいの長所を生かすのが最適解ですね」
「んなこと訊いてないのよ! 最強の格闘技の話でしょ!」
「だから、一人で戦うのはナンセンスだと言いたいんですけど……。それでもあえて言うなら? ……忍術? うん、先輩の一人が忍軍で接近戦多いですね。でも矢吹さんが言っても説得力が……」
実力が本物でも性格が残念すぎるから素直にうなずけないや、と明日夢は胸の中で呟いた。
しかし亜矢は気付かない。
「ほら、忍術最強じゃない!」
「でも、格闘技は近付かないと効果ありませんよね? 遠くの敵とか空飛んでる敵には対応できないし……。だから剣術メインの姉さんだって、弓とか銃とか楽器とか持ってますよ。ようするに、どれかひとつの格闘技が最強なんてことはなくて……たとえば、杜さんのはインフィが接近されたときの自己防衛術だし、忍者は情報収集なんかが主体だから色々できるけど回避メインだからガチガチに固めた敵には対処しにくいし、鮫嶋さんは対人間には強いだろうけど人間型じゃなかったら難しいだろうし……。ボクシングなんかも、どっちかというとそれによって培う精神のほうが主なような……結局それぞれが身につけているものが自分の最強じゃない?」
「り、理屈なんてどうでもいいのよ!」
亜矢に話は通じない。
「最強の格闘技とは何か。近接拳銃術、忍術、そして喧嘩……。なるほど、たしかに熟練度を高めればどれも難敵を打ち倒せる技術。だがそれだけで、最強の称号を得られるだろうか。……答えは否、だ」
通りすがりの珍獣・下妻笹緒(
ja0544)が割り込んできた。
なぜか背中に臼を背負い、肩には杵を担いでいる。
『あれ? これって餅つきイベントだっけ?』みたいな、周囲からの視線。
だが笹緒は気にせず続ける。
「敵を打ち倒し、蹴散らすだけであれば、数多存在する格闘術のどれを極めたとしても、それは可能となるだろう。しかし同時に、ただそれだけしか成し得ない技術とも言えるのだ。仮に一週間喧嘩のみに明け暮れたとして、人は生きていけるのか。いけないのであれば、それは最強ではないことの証明。他者を傷つけるだけでなく、ときには癒し慈しみ、なにより自分自身を生かす。それができてこそ最強の格闘術なのだ。ゆえに、自分が提唱する最強の格闘技は、餅つきになる。……餅つきになるのだ!」
力強く言い放つと、笹緒は臼を置いて杵を振り下ろした。
餅をこねるようにと言われて、桜花が手伝いに入る。
「刀を振るい、拳を握り、銃の引き金を引いたところで腹はふくれない。だが餅つきときたらどうだ。杵でつくたび、もちはどこまでも美味くなる。砂糖醤油をかけるか、きな粉をまぶすか、はたまた汁粉にして食べるか……想像するだけでも楽しい、それが餅つきなのだ! 百人千人を倒すのではなく、腹を満たし救う。……ゆえに最強! 納得できた者も、そうでない者も、存分に食べていってもらって構わない。空腹のままでは一日は乗り切れないのだから」
実際狂人めいた演説だが、つきたての餅はおいしかった。
「話は聞いたわ! さいきょーの格闘技は剣術に決まってるじゃん! なにをいまさら!」
雪室チルル(
ja0220)が走ってきて、あんころ餅をほおばった。
そして笹緒にも劣らぬキチ……演説が始まる。
「いい? 『剣道三倍段』という言葉があるように、剣道の段位は他の格闘技の段位の三倍に相当するのよ。つまり剣を使えば、どんな人でも普段の三倍の実力を発揮できるのは確定的に明らか! あたいに匹敵する生徒会長や、最近存在感のない天使のザなんとかさんも、剣の使い手! つまり真の実力者は例外なく刀剣を使ってるのよ! なんていう信頼と実績! クジだって刀剣類が一番多いし! よって剣術最強! もぐもぐ!」
余談だが、生徒会長に匹敵するというのはチルルの思い込みである。
磯辺餅を食べながら、彼女は続ける。
「たとえ剣を持ってなくても、格闘技にはチョップ……正確には手刀と呼ばれる技もあるように、手刀を使いこなすだけで剣術が駆使できるのよ。だから、どんな状況にも完璧に対応できるわけ。ノー剣術、ノーライフよ! まぐまぐ!」
「でも遠くの敵には届きませんよ?」
明日夢が口をはさんだ。
「ふ……。最近は槍並みのリーチを持つ剣や、飛び道具みたいな剣技もちらほら出てるのよ。遠くの敵には届かないなんて戯言は、もはや過去の話。……え? 槍術三倍段? なにそれおいしいの? とにかく以上の理論によって、剣術さいきょー! それを使うあたいさいきょー! 以上、証明終了もぎゅ!」
「食べるかしゃべるか、どっちかにしませんか……」
それ以外の部分を、あえて明日夢はつっこまなかった。
「えー、何なになに! 何の話!? なに話してんの!? すごい気になる! まぜて!」
ものすごい勢いで首をつっこんできたのは、パウリーネ(
jb8709)
当然、餅は林檎餅にして食べる。
「ふーん……最強の……」
話を聞いたパウリーネは、「ふっふっふ……」と笑って語りだした。
「……さて、偉い人は言いました。『爆発は芸術だ』と。爆弾にはロマンが詰まっている。爆発そのものが美しい。一度の爆発で沢山のものが消し飛ぶのが美しい。最高にエキサイティング! つまり爆弾が最強だと思うんだ! 明るく楽しくデストロイしようぜ!」
お、おい、やめろ!
この場には、かつてスタントショーを爆破ショーにしてしまった爆弾魔の珍獣がいるんだぞ!
「爆弾は格闘技じゃないでしょ!」
亜矢が普通にツッコんだ。
「いーじゃん、火術ってくくりで。デストロイはジャスティス!」
いつになくパウリーネがハイテンションなのは、寝不足のせいらしい。
なんと彼女は登校中ではなく、下校中。昨日の放課後から今まで、爆弾作りに精を出していたのだ。
「そういえば、ニンジャも火術……爆弾使うって聞いたよ。これはもうアヤちゃん=爆弾マスターってことだよね!?」
パウリーネはいきなり亜矢に抱きついた。
「ちょ……!?」
「アヤちゃんの爆破芸、見てみたいなー、気になるなー、きっと半端なくカッコイイ爆発を見せてくれるんだろうなー。……いや! むしろ大爆発に巻き込まれても、一人悠然と生還するんだろうなぁー。だってニンジャだし……クノイチだし……」
抱きついたまま、期待の眼差しを向けるパウリーネ。
たぶん、海外の映画に出てくる間違った忍者の影響だ。
そこへ、なんの予告もなくブッこまれるブリザードキャノン!
「「グワーッ!?」」
亜矢とパウリーネ、ついでに桜花と笹緒も吹っ飛んだ。
「あたい最強! 実証終了! あとはみんなでナンバー2を決める戦いでもするのね!」
「チルルぅ……! タダじゃおかないわよ!」
亜矢が火遁を発動した。
その瞬間──
ちゅどおおおおおおんん!!
パウリーネの持っていた、できたてほやほやの爆弾に引火帝国!
チルルを含むすべてを吹き飛ばし、つきたての餅をこんがり焼き上げたのであった。
ちなみに明日夢は『爆弾』のキーワードが登場した瞬間に離脱済み。逃げるが勝ちだ!
「やはりこうなったか……いやな予感がしていた」
保健室から戻ってきた正太郎は、惨状を見て溜め息をついた。
とりあえずリュウセイガーに再変身し、周囲の生徒たちと協力しての救護活動を開始する。
だれよりも懸命に働きながら、正太郎は今回の件で改めて考えた。流派や競技を問わず、どんな動物も戦うことは避けられない。格闘技の部活に所属し、人類や社会を守り悪を討つための格闘技に愛情はあるが、ゆえに格闘家や武術家のように格闘が人生と一体化しているような人たちとの違いを。
なにより、すくなくとも公の場で暴れて周囲に迷惑をかけるのは最強の格闘技ではないと──