あ……ありのまま、いま起こったことを話すぜ。
俺は鮫嶋鏡子を止めてくれという依頼を出したと思ったら、いつのまにか鏡子と一緒に暴れる依頼になっていた。
な、なにを言ってるのかわからねーと思うが(ry
「えとぉ……そもそも鏡子さんは、仮に私たちと戦って気が済んだとしても……『じゃあ落ち着いて殴りに行こう』という結論になると、思うのですよぉ……。なので、止めるだけ無駄ではないかとぉ……」
依頼を受けた月乃宮恋音(
jb1221)は、そんなことを言いだした。
「そのとおりですね! さすが恋音! 私は全力で支援しますよ!」
同意したのは、袋井雅人(
jb1469)
「ありがとうございますぅ……。ではまず、幸纏社について調べましょうかぁ……。誇大広告が事実なら、撃退士が犯罪に関与していることになりますしぃ……あるいは、学園側で既に調査を始めているかもしれませんねぇ……」
「なるほど! なら私は資料をあつめますね!」
「いえ……それより、いますぐ現場に向かって、時間稼ぎをおねがいしますぅ……。私は鏡子さんが合法的に幸纏社の社長を殴れるよう、書類をそろえますのでぇ……」
「わかりました! 現場はまかせてください!」
そんなわけで、この二人は全面的に鏡子の味方についた。
いや、いいんだけど……いいんだけどさ……
「これが噂の『幸纏EXゴールド』か」
月詠神削(
ja5265)は、参考用にと担当官から渡されたブツを一息に飲み干した。
が──
「よし、まったく効いた気がしない」
どうやら神削にはプラセボ効果が働かなかったようだ。
当然だ。彼のような超合理主義者に、そんな効果はありえない。
「いや、こんなときは他のドリンクと一緒に飲むんだ。『眠●打破』と『レッド●ル』の組み合わせは凄く効くし」
合理主義者とは思えないことを言いだす神削。
そして右手に幸纏EXゴールド、左手に爆裂元気エリュシオンZをにぎりしめると、いざ――!
「ぐあっ!? ゲホッ、ゴホッ、はあはあ……」
ふたつ同時に一気飲みした神削は、盛大に噴き出してむせかえった。(注:良い子はマネしないでね!)
「やはり効かないか……。ならば、この殴り込みには俺も同行させてもらう!」
「おお、月詠君も協力してくれますか! では男同士の友情にかけて、この依頼を成功させましょう!」
雅人が妙に熱い口調で場を盛り上げた。
ちなみにこの会話はすべて、ほかの参加者たちにも聞かれてる。
「なにやら、あちらでとんでもない相談をしている方々がいらっしゃいますわね」
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)は、だいぶ呆れた様子だった。
そりゃまあ、鏡子を止めろという依頼なのに鏡子を支持する連中がいるのだから無理もない。
「……面倒です、全員殴りましょう」
小声で応じたのは、雫(
ja1894)
なにか不機嫌そうなのは、気のせいか。
「イイネ! なにごとも暴力で解決するのが一番ヨ! 依頼の邪魔するヤツは、みんなKOネ! なんか面白そうダシ、派手にパーティーといこうゼ!」
長田・E・勇太(
jb9116)は、妙に乗り気だった。
先日マグロにやられた傷は大丈夫か。
「……そうと決まれば……先回りして、迎え撃つべき……」
そう言うと、染井桜花(
ja4386)は先頭を切って歩きだした。
たとえ同じ依頼を受けた仲間が敵にまわろうと、躊躇はない。
(たしかに過剰広告はいけませんが、だからといって暴力に訴えるのは止めなくては……けれど、ディアボロのほうはどうなったのでしょう……こちらはもちろんですが、あちらも放置できません)
お祭り気分で盛り上がる連中を横目に見ながら、ユウ(
jb5639)は冷静に考えていた。
依頼人の話によると、鏡子は討伐中のディアボロをほったらかして幸纏社に向かったという。
ならば、ディアボロ退治の人手が足りないのでは?
そこまで考えて、ユウは方針をかためた。
「すみませんが、私はディアボロ殲滅の援護に向かいます。この場はよろしくおねがいします」
なんという冷静な判断。
でもよく考えると、いちばんフリーダムな行動だなコレ。
さて、そのころ。
鮫嶋鏡子は迷子になっていた。
なんせその場の勢いで殴り込みを決意したため、幸纏社の場所がわからないのだ。
そうこうしてる間にも、鏡子の怒りゲージはどんどん溜まる。
「くっそ! どこにあンだよ、インチキ社長のアジトは!」
当然ながら、通行人の誰ひとり彼女に関わろうとしない。ヘタすれば警察を呼ばれそうだ。
そこへ、神削と雅人がタイミングよく駆けつけた。
「話は聞きましたよ、鮫嶋さん! おっぱいを揉ませてくれたら助太刀します!」
まじめな顔で、突拍子もないことを言い放つ雅人。
「あァ? なに言ってんだ、てめーは」
「ですから、あなたのおっぱいを揉ませてくれレバーーッ!?」
セリフの途中で顔面に拳をぶちこまれ、雅人は路上を転がっていった。
「なんなんだ、あの変態ヤローは」
さすがの鏡子も困惑気味だ。
「彼は病気なんだ。気にしないでくれ」
と、神削。
「おう、てめーか。ちょうどいい。幸纏社の場所知らねェか?」
「もちろん。俺は協力しに来たんだ」
「協力?」
「ああ。鮫嶋さんは知らないだろうが、今回の件は久遠ヶ原に依頼が出されている。このまま殴りこむと、撃退士が待ちかまえてるぞ」
「ほー。そいつァおもしれー」
「鮫嶋さんなら、そう言うと思ったよ。それで俺たちが手を貸すことにしたわけだが……俺も鮫嶋さんも、なれあうタイプじゃないよな? ここは、どちらが先に糞社長を殴れるか……競争といかないか?」
「いいねェ。受けて立つぜ」
「よし決まりだ。さっそく現場に向かおう。鮫嶋さんも、武運を」
「私も同行しますよ! おっぱいのために!」
全身傷だらけで駆けもどってくる雅人。
こうして3人の無法者が、幸纏社ビルを襲撃することになった。
鏡子たちが目的地に着いたとき、そこには6人の撃退士が待っていた。
「マッタク。またオマエね?」
あきれたように言うのは勇太。
だが、なんとなくこの事態をたのしんでいるようにも見える。
「……無駄に元気なのが……来た」
淡々と呟く桜花は、ライダースーツ姿で戦闘用バイク『月華』によりかかっていた。
まさか、このバイクで轢き殺すつもりか? イイネ!
「まったく……いくら腹が立ったからといって、八つ当たりはよくありませんわよ。学園の評判が下がりますわ」
まじめな顔で説教するみずほも、やる気十分だ。
相手が久遠ヶ原生だろうと、手加減はしない。
「剣を交わす前に、一応は警告しておきます。馬鹿なまねはやめて素直に帰ってください」
雫は冷静だった。
だが、その微笑の裏には赤黒いオーラが漂っている。
以上は久遠ヶ原から派遣された、正規の撃退士たちだ。
が──
「あ、兄貴……俺たち、どうしてこんな所に!?」
「仕方ねぇだろ! 教官の命令なんだ!」
「うぅ……死にたくねぇよぉぉ……」
などと言いながら震えている二人がいた。
彼らの名は、一郎と二郎。
とある依頼で雫が『狂育』することになった、前科者だ。
「言っておきますが……敵前逃亡は死刑ですので」
太陽剣を肩に担いで、静かに微笑む雫。
この状況で逃げられるほど、一郎たちは根性入ってない。
「おまえらが依頼を受けた連中か。よォし、早速やろうぜ」
鏡子は光纏し、両手にメリケンサックをはめた。
「ふふふ……いまこそラブコメ仮面の真価を見せるとき!」
雅人はキャストオフ(脱衣)すると、ブリーフに網タイツ姿で女物のパンツを顔面にかぶった。
異様な戦闘スタイルだが、みんな見慣れてるので今さら驚く者はいない。
「やれやれ……。やる気はありませんが殺る気はあるので、近づいてくる人は全て敵と見なします。ご注意を」
雫がドス黒い闘気とともに剣をかまえた。
「……いざ……参る」
つづいて桜花も光纏。
「鮫嶋さん。わたくしでよければ、気の済むまで殴っていただいて結構ですわ。もちろん、わたくしも殴り返しますけれど」
緊張感がみなぎる中、みずほはあえて挑発した。
「よォし、アタシの相手はオマエだ。変態野郎ども、あとの連中はまかせたぜ」
と、鏡子。
「まかされましたとも! このラブコメ仮面が、勝利を約束しましょう!」
「俺は変態じゃないんだが……まぁいいや」
鏡子の横に、雅人と神削が並んだ。
こうして野次馬たちの見守る中、戦いの火蓋が落とされたのである。
まずは、雫が先手をとった。
「さぁ行きなさい、一郎、二郎。調教の成果を見せるのです」
「「え!?」」
「どうしました? 鉄砲玉の矜持を見せなさい」
「でも……」
「早く!」
「ひぃぃぃ……!」
小便を漏らしそうになりながらも、一郎と二郎は突撃した。
「雑魚に用はない」
神削の『弐式≪烈波・破軍≫』が容赦なく撃ち込まれ、あわれな兄弟は一瞬で昇天蒸発。ただちに病院送りとなった。
「時間稼ぎにもなりませんか……再狂育ですね」
ハァと溜め息をつく雫。
一郎と二郎の受難の日々は続くようだ。
「いきますよ! フオオオオオッッ!」
究極ラブコメ仮面と化した雅人は、両手をワキワキさせながら桜花に襲いかかった。
桜花はあえて武器を抜かず、素手で応じる。
「止められますか!? 私の! おっぱい愛を!」
「……止めて……みせる」
雅人の両手が桜花の胸へ伸び、同時に桜花の拳がそれを打ち落とした。
「さすがですね! これはどうですか!」
雅人の両手が、百烈拳みたいな勢いで桜花に叩きこまれる。
が──
そのすべての攻撃を、桜花の拳が打ち砕いた。
「な……っ!? 私の奥義・48手観音責めが!?」
「……絶技・拳断舞踏(けんだんぶとう)」
すべてのおっぱいタッチを防いだ桜花の拳からは、白い煙が噴き出していた。
そのまま、体勢を崩した雅人の顎へサマーソルトキック!
宙へ打ち上げられる雅人!
「グワーッ!」
そして、落ちてきたところを腹部へ回し蹴り!
ビターーン!
「グワーッ!」
地面に叩きつけられる雅人!
「……絶技・狂独楽(くるいこま)」
今日の桜花は本気だ!
「なんの! 私のおっぱい愛は不滅です!」
立ち上がる雅人!
そこへ、桜花の連続攻撃!
しかも、左右の太腿で首を締め上げつつ脳天へ肘鉄を落とすという羨まし……凶悪な攻撃だ!
「……絶技・蛇太鼓」
「こ、これは……なんという、むっちりフオオオオオッッ!」
雅人は覚醒し、謎のピンクオーラで桜花を吹き飛ばした。
太腿で首絞めたりするから……。
「隙ありヨ! GO、ティアマット! サンダーボルト発射ネ!」
一難去ってまた一難。
桜花の連続攻撃を耐え抜いた雅人に、勇太の召喚獣が襲いかかった。
「なんの! 私のおっぱい愛ぐわーっ!」
残念! ティアマットにおっぱいはなかった!
「皆ミーより頑丈だし、巻き込まれてもヘイキネ! ドンドン暴れるね! ティアマット!」
今日の勇太は、完全にパーティー気分だ。
そんな乱闘をよそに、殴りあいをはじめようとする鏡子とみずほ。
「わたくしはボクサーです、ただ殴られるつもりはありません。1発殴られたら2発殴り返しますわ。2発殴られたら4発、4発殴られたら8発、かならず倍殴り返しますわ」
「だったらアタシは、その2倍殴り返すぜ」
「ふふ……それは楽しみですわ」
たがいのグローブとメリケンが、キラリと輝いた。
「では、まいりますわ!」
みずほは華麗なサイドステップで躍りかかった。
強烈なボディフックが、鏡子の脇腹に突き刺さる。
「いいパンチじゃねェか。なら倍返しだ!」
鏡子の拳が、連続でみずほをとらえた。
が、この程度で倒れる彼女ではない。
「でしたら、こちらは更に倍返しですわ!」
「こっちも倍だ!」
こうして、戦闘ルールを完全無視した殴りあいが始まった。
両者一歩も引かない。壮絶な打ち合いだ。
そこへ、ディアボロ退治を終えたユウが到着した。
「みなさん、武器をおさめてください。学園生同士が争うなど、あってはいけません!」
むなしい説得をこころみるユウ。
無論、耳を貸す者はいない。そもそも、暴れるために参加した連中ばかりなのだ。
「説得の通じる人たちではないと、わかってはいましたが……。こうなれば、すこしでも周囲への被害が出ないようにするだけですね」
ユウは説得を放棄すると、野次馬の安全確保や交通整理をはじめた。
な、なんと真面目な……。
そうこうするうちに、乱闘は混迷の度合いを深めてきた。
まずは鏡子とみずほの決闘に、雅人がおっぱい目的で乱入。
すかさず『神威』を発動した雫が『時雨』で対応。
さらに勇太のティアマットが飛び込み、神削の『破軍』がブチこまれ──
「……吹っ飛べ」と呟きながら、桜花が戦闘バイクで突撃してきた。
しかも皆そろって敵味方識別してない! まぁパーティーだしな!
が、しかし──
「もう我慢なりませんわ。神聖なるリングを汚すような方々には……鉄拳制裁あるのみです! 恥を知りなさい!」
ついにブチ切れたみずほが、MSさえ重体にする拳力で暴走開始。
問答無用で周囲のすべてをぶちのめすと、そのまま力尽きてダウンした。
あとはユウ先生のやさしい介護にまかせよう。
という次第で、鏡子の殴り込みは阻止されたわけだが──
みずほが暴走する寸前、神削は戦闘を離脱していた。
そう。ほかの参加者たちが戦闘を目的としていたのに対して、彼の目的は飽くまでも社長を殴ること。無駄な戦闘で力を使い果たすような愚は犯さない。これぞ鉄砲玉の美学!
しかもビルの中からではなく、全力跳躍で外壁を駆け上がるという入念さだ。
か、壁走りの立場が……!
ともかく、神削は社長室の窓を破って侵入することに成功。
そこにいたのは──社長と恋音だった。
「!?」
予想外の光景に、一瞬おどろく神削。
だが即座に思考を切り替えると、冷静に『混沌の片鱗』を発動した。
「まて! 話せばわかる!」
顔面蒼白で腰を抜かす社長。
その横で、恋音は手にした書類を読み上げる。
「えとぉ……電話でおしらせしましたとおり、御社の商品CMが誇大広告であることは、久遠ヶ原学園の調査で判明しておりますぅ……」
「だが、公正取引委員会の調査では……!」
「はい、そちらでは問題なしとされたようですが……撃退士の中には、御社のCMを信じて命を落とした者もいるようでしてぇ……学園では、合法/違法によらず、あなたの撃退士ライセンス剥奪をふくむ厳正な処分を……」
グシャアアアッ!
「アバーッ!」
神削の一撃で、社長は壁まで吹っ飛ばされてダウンした。
目的を果たし、たがいにうなずく神削と恋音。
そして二人の犯罪者は、素早く現場をあとにするのだった。
以上は紛れもない暴力事件だが、すべては表沙汰になることなく水面下で処理された。
幸纏社がイメージの失墜を恐れたことが、その要因だ。
ちなみに問題となった栄養ドリンクは、いまだに販売されている。