その招集に応じたのは、8人の撃退士だった。
まずは、食べ放題と聞いて全力で駆けつけた最上憐(
jb1522)
おなじく、カニを倒すだけで海産物食い放題と聞いて参加した鐘田将太郎(
ja0114)
「漁師の生活を守るのじゃ。決して魚介の食べ放題を期待しておらん!」とか言い張るイオ(
jb2517)
「蟹型ディアボロですか。わたくしの敵ではありませんわね」
とクールに言うのは、長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)
「さあて、今日は食い放題だぜー。なに? 蟹が出た? まあ全部みずほに任せとけば神の拳で沈めてくれるさ」
などと丸投げする気満々なのは、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)
「敵は全高30m……単独で街ひとつを破壊しかねない強敵だ……! よし、この敵をガ○メと名づけよう。……え? 南海の怪獣映画とか見てないから!」
桜花(
jb0392)は、えらくマニアックなことを口走っている。怪獣映画ヲタに違いない。
同じ名を持つ染井桜花(
ja4386)は、ビデオカメラを持って参上。なにか目的があるようだ。
そして最後に、深森木葉(
jb1711)。偶然居合わせた撃退士が蟹にやられたと聞いて、どうにか助けようと参加したのだ。
……な、なんてこった! NPCの命がかかったシリアス依頼にもかかわらず、マジメに助けようとしてる人が木葉しかいない!(
まぁそれはさておき、彼らはディメンションサークルで現場へ急行した。
そこに待ちかまえていたのは、体長15mの蟹ボロ!
「これは……大名ザザミ?」
思わず某狩猟ゲームの敵を思い出す、染井桜花。
「……ん。大きい。カニ。食せないのが。残念。結構。食べごたえ。ありそうなのに」
憐は、いきなり攻撃モードに入った。一刻も早く食べ放題したいので、全力で撃破優先だ。
もちろん玉砕する気はないし、『擬態』で潜行。隙を見て『闇討ち』を狙う。
ほかのメンバーもそれぞれ行動を開始して、戦いが始まった。
命知らずの野次馬漁師たちから、声援が湧き上がる。
「……皆様、こんにちわ。天魔クッキングのお時間です」
ビデオカメラをまわしながら、染井桜花が実況をはじめた。
もう一方の手には布槍を持って、料理番組風に解説をつづける。
「本日は、大名……もとい、大蟹の解体の仕方です」
ぽつぽつとしゃべりながら、布槍を蟹の鋏めがけて繰り出す。
射程3だけど、鋏が振り下ろされたところを狙えばOK!
うまく鋏を縛りつけたら、みずほの出番だ。素早く接近して、黄金の拳!
だが、硬くてダメージが通らない! まじめな戦闘するからだ!
「わたくしの拳が通じないとは、不可解ですわね。……え? なにが不可解ですかって? わかりませんか? 簡単な理論ですわ。グーはチョキに勝ちますわよね? それだけの話です。パンチを使うわたくしが、ハサミに負けるわけないのですわ!」
理論派ボクサーらしく、ぶっとんだ理屈を言い出すみずほ。
でも、相手は15mの化け物ですよ……?
「おや、わかりませんか? わからないのでしたら、お教えしましょう。今回わたくしがセットしたスキルのうち、BKはもしMS様がわからないとき素早くお教えするためにセットしたもの。好きなだけ受けていただいて構いませんわよ。ご希望であれば、わかっていてもパンチを差し上げますわ。BKはアウルが蝶の形で溢れ出して、とても美しいと褒められました。至近距離でご覧いただくのはいかがかしら?」
メタい! メタいよ! ひとつもまじめじゃなかったよ!
オッケー、わかった。みずほの拳は蟹に通じる! そういうことにした!
そのとき、将太郎がカナロアに気付いた。
「おいおい。あそこで真っ二つになってるの、焼肉食い放題で一緒に飲み食いした海魔の姉ちゃんじゃねぇか」
「あれは、自称海洋学者の……」
無印桜花が応えた。
カナロアのことは知らぬ関係でもない。が──
「く……っ。まにあわなかった私たちを許してくれ……。でも、いいでしょ? 海洋学者として、海に帰れるんだから……あなたの愛した海に……魚のエサに……」
勝手に死んだことにする桜花。
目の前は海だし今すぐ水葬にしようと言い出して、毛布を取り出すほど本気だ。ひでえ。
「ひ、人が真っ二つに! 大変です! 早急に治療を施さないと!」
木葉は慌てて走りだした。
それをイオが冷静に止める。
「慌てるでない。あれはどう見ても死んでおるのじゃ。いくら撃退士といえども、真っ二つになって生きてられるとは思えぬ」
そう言うと、イオはカナロアの足首をつかんで桜花の用意した毛布へズルズル引きずっていった。
「ちょ! なにすんねん!」
妖怪テケテケ状態のカナロアが、大声を上げた。
「おお、生きておったのか。信じられん。よく見れば、いつぞやの焼肉CMで一緒した御仁か。久しいのう。……ところでおぬし、普通の撃退士か?」
「ウチをそこらの撃退士と一緒にせんとって!」
「ふむ、まだ余裕がありそうじゃの」
と言いながら、カナロアの下半身を遠くへ引きずるイオ。
「ウチの下半身をどうする気ィや!」
「いやなに、一般人の皆さんに血みどろの半身を晒しておくのはマズかろう? じゃから、この毛布にくるんでおこうと思っての」
「アカンて! 死ぬて!」
カナロアはわりと必死だった。
このままでは、冗談で殺されかねない。
「つーか、海魔の姉ちゃんよ。こんなとこで何やってんだ?」
将太郎が、真顔で問いかけた。
「あのカニやっつけて漁師のオッサンにたかろうと思ったら、返り討ちにあっただけや!」
「言ってることがよくわからないが……って、あんた撃退士だったのかよ。真っ二つでも生きてるってことは……あんた、驚異的回復力を持つ天魔ハーフだな!」
「ハーフちゃうわ! 純粋な悪魔や!」
「おっと、そうなのか。……しかし、これ。もとどおりくっつくのか?」
「くっつくに決まってんにゃあああッ!?」
怒鳴ってる途中で、巨大蟹に蹴られて転がるカナロア。
「……ん。接着剤。いる? くっつくかもよ?」
なぜか持っていた瞬間接着剤を、憐が差し出した。
指一本ぐらいの大きさの、どこでも売ってるやつだ。
「アホ! もっとでかいの持ってこんかい!」
ツッコミがおかしいような気もするが、接着剤でどうにかなるのか?
「治療はあたしにまかせてなのです」
よいしょっとカナロアの下半身を持ち上げると、木葉は上半身のほうへ駆け寄った。
服は血まみれだが、気にせず上半身と下半身をくっつけて治癒膏をかける。
正直つながるかどうか怪しいが、これは賭けだ。
「よし、治療はまかせた。残る全員で蟹退治だ」
将太郎が金属糸を取り出した。
関節を狙えるほど器用ではないが、動きを鈍らせるぐらいはできるだろう。
というわけで、木葉以外の全員が一斉に攻撃を──
と思ったが、ラファルの姿がどこにもない!
というより、現場に着いたときから姿が見えない!
そう、自他ともに認めるメカ撃退士である彼女にとって、海辺はお肌や関節の大敵。百害あって一利なしとくれば、そもそもこんな依頼を受ける道理もなかった。しかし、いつも自分を全殺しかつ真面目なみずほがいるなら丸投げでオールオッケーと判断したラファルは、「毒味を兼ねて、先に海の幸を満喫させてもらうぜー」とか言って戦線離脱してたのだ。ひでえ。
ていうか、今回のみずほは全然まじめじゃないぞ! だいたい、みずほってラファル並みのキャラだよ!
まぁともあれ蟹退治だ。早く倒してメシにしないと、憐が餓死しちゃう。
とはいえ、敵はデカイし硬い。撃退士6人がかりでも、仕留めるのは一苦労だ。
ここで、無印桜花が満を持して策を披露。
「これだけの巨大な敵、地上で戦えば踏みつぶされかねない。だが、幸いなことにここは漁港。周囲には建物もある。……ならば空中戦だ!」
飛行スキルなど持ってない桜花が、どうやって空中戦をするのか?
まずは、某怪獣王最終戦争の最初の戦闘シーンばりにハサミ攻撃を大ジャンプで回避!
さらに倉庫の壁を走り、ライフルを乱射しながら蟹の頭に飛び乗る!
甲殻にヒビが入ったところで、銃身をねじこんでデスペラードレンジ!
よし、勝った!
……というのは全て桜花の妄想で、そもそもインフィルである彼女に壁走りなどできなかった! 気合と根性でどうにかなるような気もしたが、どうにもならなかったぜ!
というわけで、壁から落っこちた桜花は蟹に蹴られてどこかへ転がっていった。
「……ん。わりと。案外。意外と。手強い。こうなれば。アソコで。真っ二つに。なっている。物体を。囮とか。盾にする?」
鬼のようなことを真顔で言い出す憐。
彼女にとっては『食べ放題>越えられない壁>蟹退治>越えられない壁>カナロア』なので、死んだって構わないのだ。
「それは最後の手段ですわ。わたくしの全身全霊をこめた拳をごらんなさい!」
みずほが、Damnation Blowで殴りかかった。
と同時に、染井桜花の布槍が蟹の鋏を封じて、攻撃をサポートする。
バキィィィッ!
鋏が1本、砕けて吹っ飛んだ。
さすが、MSを脅してまで手に入れた破壊力! 良い子はマネしないように!
コンビネーションが決まったところで、すかさず染井桜花の料理番組実況。
「……鋏の切断後は、このように関節を分解していきます」
と言いながら、双剣に持ち替えて突撃敢行!
鬼人化して、乱舞をぶちこむぜ!
「……ポイントは『蟹が苦しもうが、暴れようが』『躊躇なく、すばやく、問答無用で』おこなうことです。……決して躊躇や手加減をしてはなりません」
淡々としゃべりながら蟹の関節をメッタ斬りにする、双剣料理人・染井桜花。
続けとばかりに、将太郎が闘気解放からの烈風突を叩き込み、憐の闇討ちが炸裂。
「最後に蟹をボイルじゃ!」
とどめにイオの炎陣球が、蟹を焼きつくした。
撃退完了。番組は成功だ。
「……以上で本日の内容となります。次回は、巨大牛の解体と、牛料理の授業です。……それではまた」
なぜか空を見上げつつ、染井桜花が締めの言葉を述べた。
この人たち、牛に何の恨みが……?
「……ん。敵を。倒したので。食べ放題。迅速に。大盛りで。たっぷり。なみなみと。お願い」
即座に食べ放題を要求する憐。
「ウチも食べるでぇぇ」
カナロアが血まみれで地面を這ってきた。
木葉の介護で胴体はつながったようだが、つなぎ目から腸みたいなのがはみ出てる。無駄にグロい。
「おいおい、海魔の姉ちゃん。今日は諦めて帰れ。な?」
将太郎が引き止めた。
「ウチは諦めへんでぇぇ」
「あんた、さっきまで瀕死状態のホラーなオブジェだったんだぜ? いや、いまでもまだホラー状態だけどな。一般人にはキツいモンがあるし、化け物扱いされるだけだ」
「じきに完治するて! ちゃんとくっつくて!」
「必死すぎるだろ……。相変わらず金欠なのか?」
「そのとおりや……後生やでぇ、食べ放題させてぇなぁ」
そこへ、木葉が声をかけた。
「カナロアちゃんも、ご一緒に食べましょう。ちゃんと食べて、栄養をとって、療養しましょうねぇ〜」
「おお、ええ子やなぁ〜」
そんなこんなで、ぐだぐだな会話のすえに食べ放題突入。
漁港の片隅に建つ食堂では、すでにラファルが海の幸を満喫していた。
テーブルに並んでいるのは、ヒラメやブリなど旬の刺身盛り。さらに、カニ鍋や握り寿司もある。
ついさっきまで外では巨大蟹が暴れてたわけだが、完全無視してメシをがっつくあたり、さすがラファル。憐でさえ、一応は戦ったのに!
そこへ、おなかをすかせて突撃してくる戦闘班。
一番手は、もちろん憐だ。
「……ん。新鮮な。海の幸ばかり。シーフードカレーは。ないの?」
「おう。あるぜ!」
オッサンが持ってきたのは、カニ味噌をたっぷり使った蟹カレーだった。
「……ん。おかわり。おかわり。大急ぎで。生でも。良いから。できれば。寸胴鍋で」
「お、おう」
「わたくしは、カニ鍋をいただきますわ」
みずほは上品なしぐさで席に着いた。
そして、だれにともなくしゃべりはじめる。
「……あら、イギリス人は味覚音痴だなんて思っておられません? もともとイギリスは海の幸が豊かな国。海産物をそのまま味わうのが尊ばれただけですわ。日本人と一緒ですわね。それでも味覚音痴とおっしゃるなら、MS様にパンチをお見舞いしましょう」
メタい! メタいよ!(コピペ)
そんなみずほをじっと見つめるラファルがいた。
普通の料理は飽きたので、女体盛りとか出てこねーかなーと思っているのだ。
「MSが気をきかして、本当に気をきかして、そういう展開を用意してくれると嬉しかったり嬉しかったり。返事はイエスかハイで頼むぜ?」
メタい! メタいよ!(コピペ)
ていうか、アドリブで女体盛りは問題なので!
みずほが『女体盛り歓迎ですわ』とか書いてれば!(
となりの卓では、カナロアが蟹コロッケを食べていた。
先刻まで真っ二つだったとは思えない食いっぷりだ。
漁師たちが、魔物を見るような目を向けている。
それに気付いた将太郎は、「海の男がビビってんじゃねぇ! 撃退士には、こまけぇことはいいんだよ!」と言い張った。
ただし、酒は飲ませない。焼肉屋の惨劇をくりかえすのはゴメンなのだ。
「おつかれさまですぅ〜。助かってよかったのですよぉ〜」
木葉がカナロアに話しかけた。
「おお、嬢ちゃんは命の恩人やでぇ〜」
実際、木葉の治癒膏と憐の接着剤がなければカナロアは死んでた。
NPCの命は儚いんやで。
「カナロアちゃん、食べさせてあげましょうかぁ? はい、あ〜んなのですよぉ〜」
「あ〜〜ん♪」
「待て! 木葉にあーんしてもらうのは私だ!」
無印桜花が走ってきて、木葉に抱きついた。
「こ、これでは、あ〜んできないのですぅ〜」
思いっきりハグされて、もがく木葉。
「だったら私があーんしてあげる! このワサビたっぷりのマグロの刺身を……」
「遠慮するですぅ〜!」
「遠慮しなくていいんだよ? なんなら口移しで……」
おかしいな。撃退酒は飲んでないはずなんだが。
そんな騒ぎの中、打ち上げパーティーは賑やかに進んでいった。
天魔は撃退したし、料理はおいしいし、言うことナシだ。
双剣マスター……もとい蟹マスターの染井桜花も、カニ料理に舌鼓を打っている。
イオは冷凍蟹をおみやげにもらえないか交渉してるし、憐はシーフードカレーを飲んでる。
皆たのしそうだ。
こうして数時間後。食材をあらかた食べ尽くした撃退士一行は、漁港を去ることに。
「漁師と食堂の皆様に感謝なのです。カナロアちゃんは、しばらくお休みするとよいですよぉ〜」
「木葉ちゃん、最後までええ子やなぁ。持って帰りたいわ〜」
これは危険が危ない。
「待て! 木葉をお持ち帰りするのは私だ!」
すかさず割って入る、無印桜花。
その不毛な口論は、彼女らが久遠ヶ原に着くまで続いたという。