● 亜矢&卍
「というわけで始まりました! 恒例の突撃アンケート!」
「その前口上、いらねぇだろ」
「あはははは! 今日は時間(字数)が、たっぷりあるのよ!」
「それを私物化するなよ……」
「ところで知ってる? 科学室に置かれた骸骨の秘密を。あれって、魔具の改造で食費がなくなって餓死した生徒の成れの果てなんだって。それから、となりに飾られてる鎧も
「本気で雑談はじめやがった! いくらなんでも、そこまで余裕はねぇよ! さっさと行くぞ!」
「なによ、せっかくあたしが間を持たせてやってるのに」
「よけいなことするな! ……っと、丁度いいところに丁度いいヤツがいたぜ。あいつ、たしかスポーツ万能だろ」
「ねぇ考えてみれば、スポーツのことならあたしに聞けばいいと思わない?」
「立場をわきまえろよ! いいから行くぞ!」
● 黒神未来(
jb9907)
「運動会でやりたいこと……? うちスポーツ推薦で前の学校入ったぐらいやし、自慢やないけど結構いろんなスポーツ経験して、それぞれの楽しいところわかってるつもりやで。だからこそ悩むねん……」
そう答えて、未来は「うーーん」と考えこんだ。
じきに、パンッと手を叩く未来。
「うん、決めたで! うち、ふたりについてくわ!」
「ついてきてどうすんのよ」と、亜矢。
「うち思ったんよ。どうせこのあと、やりたい競技がどういうものか体験するよう勧められたりすると思うねん。ふたりだけで体験しとったら、体がいくつあっても足りへんやろ? そやから、うちが代わりに体験したるわ!」
「いいの? はりつけにされて火炙りにされたりするかもよ?」
「どんな競技やねん、それ!」
「久遠ヶ原では、なにが起きるかわからないのよ……」
「ま、まぁええわ。もう決めたことや。ついてくで!」
というわけで、未来がアンケート調査に同行することになった。
これぞ簡単に出番が増える、お得な手だ! ズルイ! みんな、マネしないように!
● 下妻笹緒(
ja0544)
「運動会を開催するのは一向に構わない。だが同時に、いまが夏だということもまた忘れてはならない事実。部活動に励むも良し。勉学に専念するも良し。ザリガニ釣りに興じるのも良いだろう。十分な時間をそれら青春のあれこれに費やし、なおあり余るのが学生の夏時間。そしてその膨大な時間が『自分とは一体なんなのだろうか』という疑問を生み出すのは必然。……であればこそ、私たちは自分探しの旅に出なければならないのだ。自転車に乗って!」
いつもの演劇調で、笹緒は彼以外だれにも発想できない論理を展開させた。
「はじまったぜ、ブレーキの壊れたパンダ理論が」
やれやれと呟く卍。
「この人、いつもこんな調子なん?」
未来が目を丸くした。
実際、見慣れてない人からすれば、笹緒の言動はキチg……エキセントリックである。
だが無論、本人は気にもしない。
「わかるかね、諸君。これぞ哲学とサイクリングの融合……名付けて『エクストリーム自分探しの旅』! これが私の提案する新競技だ!」
「どういう競技なのよ、それ」
亜矢が問いかけた。
「では説明しよう。この競技のルールは、単純にして明快。すなわち、自転車に乗ってより多く自分を探せた者が高得点を獲得する。そして最終的な獲得ポイントで、勝敗を決するのだ! スポーツしながら哲学するという、これぞまさに文武両道の理想的競技! 日々命を賭けて天魔と戦う久遠ヶ原の学生たちにこそ、この競技を実行してもらいたい!」
「自分を探すって、どういうことなのよ。ウソついてポイントもらってもバレないでしょ、それ」
おお、ボケ担当の亜矢にツッコミをさせるとは、さすが笹緒! 自慢にならない!
「なんと。亜矢君は、生徒たちが信じられないとでも? 勝利のために虚偽報告をしてポイントを稼ぐとでも? なんと嘆かわしい。仲間を信じてこそ、死地を切り抜けられるのではないか。そのような心構えで、撃退士の仕事が務まると……ちょっと待ちたまえ、まだ話は終わってない! いいか、このような世の中だからこそ哲学を……
ひとり延々と語りつづける笹緒を置いて、亜矢たちは次のアンケート対象を探すのだった。
● 鷺谷明(
ja0776)
それは、異様な光景だった。
カーテンを閉め切り真っ暗になった教室の中。ひとりの男が黙々と鍋を食っているのだ。
「なにやってんの、あんた」
亜矢が問いかけた。
「見てわからんか。闇鍋だ」
「それはわかるけど……そういや、あんた。闇鍋やりたいとか言ってたくせして、このまえの闇鍋会にいなかったわね。怖じ気づいたの?」
「馬鹿を言え。あのとき私は、ほかの依頼で忙しかったのだ」
「それで拗ねて、ソロ闇鍋してるわけ?」
「さて、どうかな……。ところで、運動会で何をしたいかという話だが……『借り物競走inYAMINABE』というのは、どうだ?」
「なにそれ」
「簡単だ。お題に出されたものを食うだけ。無論、まちがえたものを取っても食うこと。どうだ?」
「どんだけ闇鍋やりたいの……」
「まぁそれはともかく……。余さず食え、残さず食え、此れ混沌にして典雅なる……。啜れ、齧れ、噛み砕け、其の美味を堪能せよ……」
「ど、どうしたのよ」
「略して言うとねえ……一人で鍋を食うのはつまらんから食ってけ。今日の具は、アガマとヤツメだ。うまいぞ」
言いながら、明は得体の知れない肉が入った椀を3人に手渡した。
おもわず笑ってしまう未来。
「まさか、この短期間にもういっぺん闇鍋食べるハメになるとは思わんかったわ」
NPCに同行すると、こういう目に遭うこともある。
まぁ比較的マトモな鍋で良かったな。
「で、闇鍋以外に何かないの?」と、亜矢。
「闇鍋以外? ……では、紐なしバンジーとかどうだい? どれぐらいの高さから飛べるかで点数競うの」
無茶なことを言いながら、明は鍋をつついた。
「それ、死人が出るわね」
「なにか問題でも?」
「運動会で自殺者続出ってどうなのよ……ちょっと面白そうだけど……」
「だろう? ぜひ検討してくれ」
物騒な話をしつつ、彼らは闇鍋を満喫するのであった。
● 雫(
ja1894)
「……ふたりからインタビューやアンケートを受けるたびに自分のイメージが壊されていく気がするのですが」
今回もまた運悪くつかまってしまった雫は、そう言って溜め息をついた。
「たまにはハメをはずすのもいいじゃない」
適当なことを言う亜矢。
「ハメをはずすというより、ハメをはずされているような気がします……」
「うまいこと言うわね! さぁ答えて!」
「いつもながら強引ですね……。運動会でやってみたい競技、ですか……。では、狩りもの競走はどうでしょう」
「そういうフツーの競技はいいんだって」
「口頭では正しく伝わりませんね。『借りる』ほうではなく、『狩る』ほうです」
「なにそれ」
「基本は普通の借り物競走と同じですが、借りる際には力ずくでもOKというルールです。狩ってくるので、借り物競争では借りられない物なんかもお題に出せるところが面白いと思います」
「おもしろそうだけど、難しいわね」
たしかに、処理が難しい。
借りるものはランダムで決めなければ面白くないが、それだと対応が全部アドリブになってしまうからだ。
「難しいですか。……では、もうひとつ。騎馬戦はどうでしょう」
「ふつうの騎馬戦じゃ駄目だけど?」
「ですので、騎手が気絶するまで戦ってもらいます。武装できるのは騎手のみとして、馬役は素手であれば攻撃可能ということにすれば、おもしろいと思いませんか? ふだんのストレス発散……ではなく、大規模作戦の練習と思えば良いのですよ」
「それ、みんな騎手をやりたがるんじゃない?」
「そうですか? 私は馬役でも構いませんけれど」
「目立ちたがり屋が多いのよ、この学園には」
言ってる亜矢が、その筆頭だった。
「ほかには……」
思案顔で、雫はチラリと卍のほうを見た。
「……そう、スイカ割りなんかも良いですね」
「さりげなくバイオレンスだよな、おまえ」
「いえいえ、冗談ですよ? 悪いことをしていないうちは実行しませんから」
「したら実行するんじゃねぇか」
「それはまぁ……仕方ありませんよねぇ……?」
ふだん無表情な雫が微笑むのを見て、卍は二度と彼女を怒らせまいと心に誓った。
● 礼野智美(
ja3600)
「……ん、水泳、かな」
意見を求められた智美は、短く答えた。
すかさず亜矢がつっこむ。
「もっと具体的に!」
「あぁ、いま実際に『夏の大運動会』とかやってるけど、通常運動会の時期だと場所によっては気温的に適さない水泳競技やっても良いんじゃないかなと思ったんだ。……それとも、ふつうに泳いでも面白くないかな?」
「ただ泳ぐだけじゃねぇ」
「じゃあ、ちょっと思いついた案を。競技に適した会場が確保できるかどうかが、最大の難関だけど……」
「会場ぐらい、どうにでもなるわよ」
「そうか? まぁとりあえず、5〜6人1組で距離を決めて泳ぐことにして……その海で出現している海生サーバントを退治しながら進んでいくってのは?」
「そう都合よく天魔が湧く?」
「サーバントとかディアボロって、たまに大量発生するから……そのときを狙って開催するとか」
「ありえなくはないわね」
納得する亜矢。
智美の説明が続く。
「……で、点数はスピードポイントと退治ポイント、ふたつの合計。……あ、スピードポイントってのは要するにタイムのことだ。チーム全員がゴールするまでのトータルタイム。退治ポイントは、単純に敵を倒した数で」
「たしかに、敵さえうまく出没すれば開催可能ね」
「だろう? 他チームへの妨害は基本不許可にして、紳士的なスポーツにしよう。まぁ範囲攻撃で巻き込まんでしまった場合はマイナスポイントってことで。それから、他チームとの合同で倒した敵のポイントはチーム間で等分すればいいよな」
「ルール的には問題ないわね」
「結局、開催できるかどうかは敵次第ってわけだが……頭の片隅にでも入れておいてくれ」
「オッケー。じゃあまたね」
● 夏木夕乃(
ja9092)
「運動会でやってみたい競技ですかー? エート……とにかく参加者の食いつきが良さそーなの考えりゃいいんですね?」
そう言って、夕乃は少し考えこんだ。
やがて出てきた提案は──
「じゃー、狩りもの競走ってどーです? あ、この場合の『かりもの』っていうのはー、『借りる』のほうじゃなくてですねー」
「『狩る』ほう?」
まさかという感じで、亜矢が訊いた。
「そのとおりです! よくわかりましたねー」
「なんとなくね……。で、ルールは?」
「たとえばですけどー。選手6人で6つの狩りモノを狙うんですよ。モノはスタートと同時に発表する形にして、選手がどれを狙うかは自由にしましょう。狩りモノには、それぞれ点数を設定しておくんですけど、どれが何点かはゴールするまでわからないっていう、ドキドキワクワクなシステムです! ほかの人が狩ったモノでも、ゴールする前なら横取りOKとか、ステキルールだと思いませんかっ?」
「へぇ、雫の案と合わせれば良い感じかも」
「なんの話です?」
「ああ、なんでもない。ほかにルールは?」
「うーん、とくにないですけどー……たとえば点数は、科学室の先生が5点、亜矢さんが10点、卍さんが20点っていう具合にしてー」
「ちょっと待って! なんであたしが卍より点数低いのよ!」
「えーと、いまのは『たとえば』の話ですからー」
「たとえばでも、あたしを上にしなさい!」
どうでもいいことにこだわる亜矢。
「わかりましたー。亜矢さんは25点で、どうですかー?」
「それならいいわよ。……で、ほかに提案はある?」
「うーーん……。チアリーディング合戦とか思いついたんですけど、どうです?」
「応援合戦ね」
「そうですそうです。2チームに分かれて、連携体技の技術と美しさを競うんですよー。スキルを使えば、色々できると思いません? 演技の完成度に加えて、衣装やなんかの外見も点数化することにしてー。ようするに、プレで演技の様子をイメージしやすかったら勝ちみたいなー?」
「でも、男はどうするの?」
「それは普通に女装すればいいんじゃないですかー」
当然のように言い放つ夕乃。
久遠ヶ原では、もはや女装は普通のことなのか……?
● 月乃宮恋音(
jb1221)&袋井雅人(
jb1469)
ここは調理実習室。
その片隅で、恋音と雅人は料理に集中していた。
ふたりとも、カレーを作っている。それも、オリジナルブレンドのスパイスを使ったカレーだ。
「恋音、この味はどうでしょう。かなり冒険してみましたが」
と言いながら、雅人はスプーンでルーをすくった。
そして当然のように「あーんしてください」などと要求する。
「あ、あのぉ……自分で食べられますよぉ……」
「なにを言うんです! 箸より重いものを持ったら、繊細な恋音の指が折れてしまうかもしれません! ここは私にまかせて、さあ!」
「えとぉ……そんなに華奢な撃退士は、いないと思いますぅ……」
一般人にもいないと思う。
「とにかく、どうぞ! こうしてる間にも、私の指が限界点に!」
「そ、そうですかぁ……。では遠慮なく……」
スプーンに顔を近付けて、あーんと口を開ける恋音。
そのとき。
どかああああん!
いきなりドアが蹴り開けられて、亜矢が乱入してきた。
「……ん。カレーの。気配を。察知した。カレーの。あるところ。私あり」
「気配じゃなくて匂いだろ……。つか、なんなんだ、その口調」
卍がつっこんだ。
「なにを言うっすか! カレーと言ったらコレっすよ!」
「時間に余裕があるとロクなことしねぇな、おまえは」
などという夫婦漫才が繰り広げられる背後では、恋音が眉間にカレーをくっつけてションボリしていた。
「あのぉ……なにか御用でしょうかぁ……?」
「恒例のアンケート調査よ!」
「おぉ……そうですかぁ……。今回はどのような……?」
「そのまえに、まずカレーよ!」
というわけで、カレーを試食しながらの取材となった。
「運動会の競技、ですかぁ……うぅん……」
雅人のカレーを食べながら、恋音はうつむいた。
その隣では、雅人も考えこんでいる。
そんな二人を前に、なにも考えてない顔でカレーをパクつく亜矢と卍と未来。
「このカレー、メチャうまいわ。さすが月乃宮クン。ついてきて得したわー。早速おかわりやでー」
我が物顔で、未来が皿を突き出した。
恋音が二杯目のカレーライスをよそってきて、不思議そうに訊ねる。
「あのぉ……先輩は、何故ごいっしょに……?」
「調査の手伝いや。ふたりだけじゃ大変やろと思ってな!」
「おぉ……それは、おつかれさまですぅ……」
「ほんまや。なかなか疲れる作業やで」
この人、鍋とカレー食う以外なにかしたっけ……?
「あ……いま、ひとつ思いつきましたよぉ……。『脱走阻止競技』というのは、どうでしょうかぁ……?」
「どんな競技?」と、亜矢。
「えとぉ……ある意味、久遠ヶ原名物とも言える『重体者の脱走』と、その阻止をテーマにした……チーム対抗の、対戦競技ですぅ……」
「どうやるの?」
「まず、教師陣か参加者の有志の方に、『脱走者役』を演じていただいてぇ……『捕縛側』の参加者たちは、指定された敷地内から脱走者を逃がさないよう捕縛する……という感じですねぇ……。捕縛した人数や強さに応じて得点が入る、という形にすると、良いかもしれません……」
「ようするに鬼ごっこじゃないの」
「えぇ、まぁ……鬼が複数存在する鬼ごっこと言ってしまえば、そのとおりですねぇ……。でも単純ながら、捕縛術や追跡技能の訓練にもなる……と思うのですよぉ……。戦闘依頼が好きな方たちにも、アピールできるかもしれません……」
「たしかに、やってみたら面白いかも。……あ、カレーおかわり。恋音の作ったほうね」
亜矢の要求に、雅人がピクッと眉を動かした。
「亜矢さん! さっきから私のカレーを一口も食べてませんよ!」
「だって、恋音のほうがおいしいに決まってるし」
「そのとおりですが、一度ぐらい味を見ても良いのでは!?」
「えー? いいよ、べつに。どうせ『ああ、やっぱり』ってなるだけだし。それとも、恋音に勝つ自信あるの?」
「これっぽっちもありません! 私の料理が恋音に勝てる道理など、天地がひっくり返ってもありえないことですよ! そんなこともわかりませんか!?」
「いや、わかってるから食べないんだけど……?」
「そうでした! ついうっかり!」
最近、雅人の頭が不安でならない。
いや、ずいぶん前からか。
「ところで私は、運動会の新競技として『大食い選手権』を提案します! 大食いだって、口とおなかの激しい運動なのですよー!」
「……ん。それは。名案。ぜひ。カレーの。食べ放d パーン!
セリフの途中で、卍が亜矢の後頭部をひっぱたいた。
カレーに顔を埋めたまま、動かなくなる亜矢。
「とりあえず、意見はわかった。雅人のカレーもうまかったぜ。じゃあまたな」
クールに言い残すと、カレー皿を顔に貼り付けた亜矢をひきずって、卍は去っていった。
● 月丘結希(
jb1914)
「インドア系のあたしに運動会のアンケートとは、いい度胸ね」
ふ……と冷笑して、結希は一気に言葉を連ねた。
「いい? そもそも運動とは、物体の位置情報が変化することを定義し、観測者によって測定されるものよ。ただ、アイザック氏の提唱した古典力学の方程式は、高速運動する物体には適用できないの。これに対して、時間や空間の概念を取り入れた特殊相対性理論が生み出されたわ。ただ色々めんどくさいから、物理学とか工学の分野では単純で分かりやすい古典力学を用いているの。……で、特殊相対性理論を簡単に言うと、相対的な運動量ね。つまり、あたしが動かなくても周囲が動いていれば、それは運動として定義されるの。これを適用して運動会をすれば、あたしは動かなくても競技に参加していることになるのよ」
「すまん。なにを言ってるのか、まるでわからん」
卍が白旗を揚げた。
その横では、亜矢と未来がポカーンとしている。
「なによ、その顔は。あんたたち高校生でしょう? こんなことも理解できないの? 小学生の理科からやりなおしたら?」
「俺は、音楽と英語以外ちょっとな……」
卍が頭を掻いた。
「あたしも、体育と音楽以外は……」
「うちも、体育と音楽以外アカンわ……」
亜矢と未来の得意科目が完全一致!
っていうか音楽に偏りすぎだろ、このパーティー! 吟遊詩人しばりプレイか! ダンジョンもぐったら即全滅するわ!
「はぁ……しかたないわね。一から説明してあげるわ。ガリレオの相対性原理はわかる?」
結希の問いに、3人は仲良く頭を横へ振った。
「じゃあ、運動の三法則は? それぐらいはわかるわね?」
この問いにも、3人は並んで首をブンブン。
「あきれたわね、なにも知らないじゃないの。この学園の授業体制は、一体どうなってるわけ?」
それはまぁ……どうなってるんだろうな。
だが、そこへ颯爽と救世主が現れた。
その名は九鬼麗司。あらゆる学問を修めた、完全無欠の男だ。
「あら、ハカセ。なんの用?」
「話は聞きました。月丘君の気持ちはよくわかります。とはいえ、彼らは撃退士。授業を受けることさえ満足にできない、あわれな境遇なのです」
「あたしだって撃退士よ」
「ごもっともです。ともあれ彼らには仕事が残っているようですし……よろしければ、私と少々お茶などしませんか? 行きつけのカフェにご招待します」
「退屈な話じゃないでしょうね?」
「それはもう。保証しますとも」
「じゃあ付き合ってあげるわ。そこの3人は、もう少し勉強に身を入れたほうがいいわよ?」
そう言い残すと、結希は麗司とともに去っていった。
● 長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)
結希の話が理解不能すぎたため、亜矢は忍術を駆使して離脱していた。
そして見つけたのは、『拳闘部室』
ここには例の英国貴族がいたはずだなと思い、ドアを開ける亜矢。
するとそこには、シャドーに励むみずほの姿が。
「あら、亜矢さん。なにか御用ですの?」
鏡の前で呼吸を整えながら、みずほが訊いた。
「アンケート調査よ!」
そう言って、亜矢は状況を説明する。
話を聞いたみずほは、どこか複雑な表情だ。
「運動会でやりたい競技ですか……。私の場合あらためて言うまでもないかと思いますが、ボクシングをやりたいですわ。……でも、相手になってくれる方が少ないんですの。興味のある方は多いかと思うのですが、実際にやるとなると二の足を踏む方が多いのかしら……。ですから、一度でも体験していただいて魅力を理解して頂きたいですわ」
「ボクシングって授業にないしね」
亜矢が言った、そのとたん。みずほは名案を思いついた。
「そうですわ、亜矢さん! いちど、ボクシングを体験してくださいませ!」
「やったことないけど要するに殴りあいでしょ? いいよ♪」
上機嫌で亜矢が応じたとき、卍と未来がやってきた。
「ちょっと待ったぁぁ! いまこそ、うちの出番やで!」
目を輝かせてリングに突撃する未来。
「なに言ってんの、あたしの出番よ!」
自重しないNPC亜矢。
そこへ卍の『夜想曲』がぶちこまれて、亜矢は永眠した。
そんなやりとりのすえ、みずほと未来がリングIN!
ふたりとも、タンクトップにキックパンツだ。
そしてゴングが鳴らされ……る前に、みずほが提案した。
「せっかくの機会ですし、チェスボクシングで勝負しませんか?」
「ええで! 受けて立ったる!」
自信満々で承諾する未来。
この子、チェスのルール知ってんのかな……。
ともあれ、ゴングが鳴った。
両者の体重差は1kgなので、同階級。良い勝負が期待できそうだ。チェスさえなければ。
「では、全力でやらせていただきますわ」
華麗にステップを踏みながら近付くみずほ。
対する未来も、シュートボクシングの経験を活かして距離をつめる。
まずはジャブの交換。
そこから、目にも止まらぬパンチの応酬が始まった。
どちらも並み外れたボクサーだが、みずほに一日の長があるようだ。
しかし、油断大敵。
先にクリーンヒットを当てたのは未来だった。
左の拳がみずほの顔面をとらえ、汗を飛び散らせる。
「く……っ」
膝が折れて、みずほの体勢が崩れた。
「もろたで!」
すかさず追い討ちをかける未来。
しかし、これはみずほの仕掛けた罠だった。
腰を落とした姿勢から放たれたのは、カエル跳びパンチ!
「グワーッ!」
未来は盛大に吹っ飛び、脳天からリングに落ちて動かなくなった。
みごとな逆転KOだ。
「あいたー。やられてもうたわ」
意識を取りもどした未来は、頭をさすりながら苦笑した。
「いい勝負でしたわ。黒神さんの左ストレート、もう一発くらったら立っていられなかったでしょう」
応じるみずほの右頬は、赤く腫れていた。
「たのしかったで。またやろうな」
「ええ。次は正式ルールでやりましょう」
「え?」
「本当はチェスのラウンドから始めるんですのよ、これ」
「そ、そうなんか」
「次にやるときが楽しみですわ」
そう言って、みずほはニッコリ微笑むのだった。
● ラファル A ユーティライネン(
jb4620)
「最近俺は、おもろい映画見たんだぜ。その名も『超高々速参勤交代』! 知ってるか?」
ラファルの問いに、3人は首を振った。
そこでラファルが説明をはじめる。
「一言で言うと、弱小藩が幕府の横暴に挑む話なんだが……それを見て、俺は思いついたんだ。運動会で参勤交代やったら、おもろいんじゃねぇかなって」
「どうやるの?」
亜矢が訊ねた。
「まずは参加者を10人あつめて、5人ずつ敵味方に分かれてチームを組む。一方を参勤交代する側にして、もう一方は参勤交代を邪魔する側に設定するんだ。参勤交代チームはメンバーの中から殿様を1人えらんで、あとの4人は家来になる。制限時間内に5人全員がゴールできれば、参勤交代チームの勝ちだ」
「よくわからないけど、それのどこが参勤交代なの? っていうか、参勤交代って何だっけ。どこかで聞いた覚えはあるけど……」
亜矢は、理科だけでなく歴史も駄目だった。
さすがに、卍も未来も気の毒そうな目で亜矢を見つめる。
「おしえてやるよ。参勤交代ってのはな……」
ラファル先生の日本史講義が始まった。
「なにそれ! ひどいわね、幕府って! いますぐ滅ぼさないと!」
講義を聴き終えて、亜矢は憤慨した。
「おちつけ。江戸幕府は150年も前に滅亡してる」
冷静に指摘するラファル。
「真に受けないでよ! いくらあたしだって、それぐらい知ってるっての!」
「どうだかな……。まぁルールの説明をつづけるぜ。参勤交代のコースは校内に設定して、スタートとゴールの間にチェックポイントを三つ置く。参勤側は、このポイントを最低3人以上で通過すること。できなければ負け。妨害チームは、このポイント以外ならどこでも何でもしていいことにしよう。力ずくで殿様を討ち取るか、家来を足止めしてポイントを通過できなくさせれば、妨害チームの勝ちだ」
「ただの5対5バトルになりそうだけど、ちょっと面白そうじゃない」
「だろ? いかにも撃退士らしい過酷なレースじゃねーか? 競技名は、そうだな……『超俺強ぇぇ参勤交代』でどうだ?」
「オッケー。記録しておくわ」
亜矢はメモ帳に『三勤交代』と書いた。
● 藤宮真悠(
jb9403)
「そこの和服のお姉さん! アンケートに協力して!」
「はい……?」
亜矢に呼び止められて、真悠は振り向いた。
手に提げた袋には、購買で買ったばかりのパンがぎっしり詰めこまれている。
「なにこれ。こんなに買ってどうするの?」
「え……? もちろん食べますけど……?」
「もしかして大食いキャラ?」
「そういうわけでは……あの、アンケートというのは……?」
「ああ、そうそう。運動会で何かやってみたい競技はない?」
「運動会ですか……うぅん……」
しばし考えこむと、真悠はパンの入った袋をちらりと眺めた。
そして、突拍子もないことを言い放つ。
「あの……フランスパンを凍らせて殴りあうっていうのは、どうでしょう? ……あ、ただ殴りあうんじゃなくって、格闘みたいな感じでですけど」
「見かけによらず、すごいこと言い出したわね」
「そうですか……? あんぱんやバターロールを凍らせて全力でぶつけあうのも、たのしそうだと思いません? 撃退士なら、カチコチパンが当たった程度じゃ死なないだろうし、是非やってみたいのですが……ダメですか?」
「パンで殴りあうのは、もう何度もやってるのよ」
「ええ……っ、本当ですか!? でしたら、是非もういちどやりましょう! お礼に、このパンをさしあげますから!」
買ったばかりのフランスパンを差し出して、真悠は訴えた。
はたから見ると狂気じみた言動だが、彼女は真剣だ。暑さで頭がおかしくなったとか、そういうことはない。連日の猛暑で少しばかり頭がおかしくなったとしても不思議はないが、大丈夫。彼女はマトモだ。精神鑑定をしたらどう判定されるかわからないが、すくなくとも今のところは正常だ!
「そこまで熱心におねがいされたら、やるしかないわね。パン戦争を! カレーパンへのリベンジを果たすのは、この夏!」
亜矢のコロッケパン愛が再燃してしまったようだ。
なんつーことしてくれるんだ、真悠さん。
「いいですね! とりあえずフランスパンを凍らせて殴りたいです!」
笑顔でうなずく真悠。
一体だれを殴りたいんだろう、この人……。やっぱり精神科に見せたほうが……。
ともあれ、こうして第四次パン戦争が勃発することになった……かもしれない!
● ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)
青い空。白い雲。
生い茂るヤシの木。
遠くから聞こえるのは、波の音。
プールには水が張られ、ハイビスカスやガーベラが浮かべられている。
どこの南国リゾートかと思う光景だが、とある校舎の屋上だ。
そんな中、ゼロは日陰のハンモックに揺られてトロピカルカクテルを飲んでいた。いでたちは、アロハシャツにサングラス。完全なチンピラヤクザ・スタイルだが、こう見えても貴族だ。信じがたい。
「なにこれ! すごいたのしそう!」
亜矢が目を輝かせた。
「あーあー、屋上をこんな改造してもうて……グッジョブや!」
「これはもう、泳ぐしかないでしょ!」
「せやな!」
瞬時に水着に着替えて、プールへ突撃する亜矢と未来。
水しぶきが上がり、歓声がこだまする。
「なんや、おまえら。騒がしいわ。俺はのんびりとバカンスを満喫しとるんや。静かにせえ」
サングラスに指を当てて、鬱陶しそうに声を上げるゼロ。
「あたしだってバカンスを満喫してるのよ!」
「せやで! 邪魔したらアカン!」
亜矢と未来が声をそろえた。
どうやら仕事はすっかり忘れたようだ。
「というか、なにしに来たんや、おまえら」
「遊びに来たのよ!」
「そのとおりや!」
ゼロが軌道修正しようとしたにもかかわらず、遊びほうける馬鹿2名。
「あいつらはほっとけ。運動会で何をしたいかっていうアンケート調査に来たんだ」
卍が説明した。
ゼロは笑って答える。
「運動会? んなもん、学園でやったらただの戦争やん。まぁ殴りあいは大歓迎やけどな〜。せやなぁ……ああ、ナンパ大会はどないや? とりあえず借り物競走って体にしといて、男女別に紙に書かれた条件の人を何人つれてこれるか、みたいな」
「また借り物競走か……」
「『また』って、なんやねん。紙に書くのは、『巨乳』とか『貧乳』とか『ロリ』とか『魔王』とか『鳩』とか『牛』とか……色々おもろいやろ」
「アドリブになっちまうのがなぁ……」
「ええやん、アドリブで」
「まぁ意見としては提出しておこう」
卍はメモ帳を閉じると、溜め息をついた。
そして、「結局パン戦争か……」と呟くのだった。