●市街地
撃退士たちが現場へ到着した時、2頭のガンガ竜は相変わらず飛び跳ねながら互いの体をぶつけ合っていた。
魔獣の腹部に囚われた2人――主婦の智美とその義母・トキも互いを罵り合っていたが、さすがに喉が枯れたのか、その声は弱々しくなっている。
「うわぁ‥‥嫁姑戦争かぁ」
一通り状況を把握した神喰 茜(
ja0200)が呆れたような声を洩らす。
「てかこれ、無事に助け出せても後のフォローが厄介だね、うん」
今までは家庭内で密かに行われていた嫁姑の争いを、自らの家族も含む群衆の前で派手に披露してしまったのだから。
「呪った者と呪われた者ねぇ。撃退士として救ける事に異論はないんだけどね。でもまぁ‥‥他人事とはいえ醜い様さねぇ」
九十九(
ja1149)もまた「処置なし」といった風情で嘆息した。
「嫁姑問題って大変そうですよねー」
ガンガ竜どもの動きを観察しつつ、どうやって2人を助けだそうかと頭を捻る神雷(
jb6374)。
一方ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)の心境は複雑だった。
外見こそ十代の美少年であるヴァルヌスだが、実は長い歳月を生きたはぐれ悪魔。
かつて実の娘のごとく育てた人間の少女が同じく撃退士として在学しているが、彼女に最近恋人が出来たことで心穏やかならぬ日々を送っていたからだ。
こうしてディアボロが出現した以上、一連の失踪事件の黒幕が悪魔であることははっきりした。
「ふむ〜、マレカんとこのがの〜。世の中はせまいの〜」
先日の中学校襲撃の際に目撃した悪魔マレカ・ゼブブ(jz0192)のヴァニタス・壬図池鏡介の姿を思いだし、ハッド(
jb3000)はやや感慨深げに腕組みする。
ただ腑に落ちないのは、マレカ自身が典型的な武闘派悪魔であり、人間の魂を奪うためにこんな回りくどい「演出」を凝らすような相手ではないということだ。
(あの幼女と従者だけで企んだ事とは思えん。他の悪魔も絡んでいるか‥‥?)
郷田 英雄(
ja0378)には心当たりがあった。
かつて四国の戦場でマレカと共同作戦をとった女悪魔。
人類に心を移し、その咎で粛正された悪魔エルウィンの「妹」――。
(だが、何がしたいのか見えないな。これは俺が死神に囚われすぎて周りを見られなくなっているのか‥‥)
ひとまず先入観を振り払い、改めて仲間の撃退士達へ振り返る。
今回の依頼は2頭のガンガ竜討伐と囚われた2人の救出であるが、それに加え呪殺代行サイト「死神の館」制作者と目されるハッカー、通称「イタチ」の身柄確保も要請されている。
イタチは一般人だから本来は県警の管轄だが、前回の襲撃が失敗したことで悪魔側が口封じのため暗殺を図る危険も予想されるため撃退士達に託されたのだ。
イタチ拘束のため別行動を取るのは彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)と向坂 玲治(
ja6214)。
「敵の意図は不明だが、人質を助け出せば何か分かるかもしれん。ハッカーも逃がすな、色々と訊きたい事がある」
英雄の言葉に彩と玲治は無言で頷き、県警の村上刑事が手配した覆面パトカーに乗り込んでその場から走り去った。
何度目かの体当たりを行った2頭が再び飛び退いて離れたタイミングを狙い、撃退士達は両者の間に割って入る様に突入した。
A班:英雄、ハッド、九十九
B班:茜、神雷、ヴァルヌス
2班編成を取り、それぞれ3人が1頭のガンガ竜を相手にする作戦だ。
ガンガ竜も異変に気付いたか、それまで仲間同士続けていた衝突合戦を止めると警戒するように咆吼した。
もっともディアボロ自体に「臨機応変に対応を変える」だの「人質を盾に取る」などという高度な思考はできない。彼らを創り出した悪魔から「撃退士が現れたらそちらを攻撃するように」と本能へ刷り込まれていたのだろう。
「その嫁姑戦争にッ‥‥武力介入を開始するッ!! 喧嘩両成バァーーースト!!」
まるで人型ロボットの様な悪魔形態へ変貌したヴァルヌスが掌からエアロバーストを放出、2頭のガンガ竜を風圧で引き離した。
「さてと、まずはズバッとジンルイを救出して王の威光を示さねばなるまいて〜」
ハッドは阻霊符を展開、闇の翼を広げて宙へ舞い上がった。
上空から敵2体の位置や動向を確認、ハンズフリーにしたスマホを通じて仲間の撃退士達に逐一報せ始める。
英雄は大鎌グリムリーパーを召喚し、一方のガンガ竜正面に立ちはだかった。
魔獣の腹部からのぞく女の顔、智美が悲鳴を上げた。
「いやぁああ! 殺さないで!」
「人質を取る、姑息だな。だがそんなもので俺は踏み止まらん」
あえて敵正面に陣取ることで、英雄は自らが盾となり仲間達の誤爆を防ぐつもりだった。
大鎌を振り上げ、智美の顔から上、魔獣の胸辺りを狙い刃先を突き立てる。
跳躍しようとしたガンガ竜の動きが一瞬、止まる。
その隙を見逃さず、英雄の斜め後方に控えていた九十九は和弓を射かける。
むろん智美の顔面、及び胴体が埋め込まれていると思しき部位を外して。
「‥‥しかしあの中に人間がいるかと思うと、やっぱりやり辛いさねぇ」
2度目からは広漠風を発動、自らの罪と心の痛みを代償に3本の窮奇と化した矢を放った。
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ三世。王である!」
上空から降下したハッドがガンガ竜の背中を狙い、雷霆の書から攻撃魔法を撃ち込む。
稲妻型に具現化したアウルの剣を受けたディアボロが振り返り、怒った様に口から炎ブレスを吐き付けてきた。
すかさずハッドは建物の陰に退避。ダークフィリアでダメージを回復している間、注意を逸らしたガンガ竜へ英雄と九十九の攻撃が殺到した。
●住宅地
「イタチ」が潜伏するアパートは、戦場と化した市街地からやや離れた住宅地の一角に建っていた。少し古びている点を除けば、何の変哲もない2階建ての安アパート。
2階の一室、202号室がイタチの部屋だという。
「職業的な犯罪者というより、やんちゃがすぎた、という感じですが、何が出るか分かりません」
「まぁ、こっちの都合通りにはいかんだろうな」
少し離れた場所で覆面パトカーから降りた彩と玲治は、周囲を警戒しつつアパートへと接近していった。
途中から二手に分かれ、玲治は正面玄関から、彩はベランダのある裏手へと回る。
アパートの全体が見渡せる位置まで近づいた時、玲治の目に2階共用廊下を通り202号室の前で立ち止まる人影が映った。
「あれがイタチ? あるいは――」
だがその人影が幽霊のごとく部屋のドアを透過して消えたのを見て、玲治は悪魔側の刺客が一足早く訪れたことを確信した。
「出遅れたか‥‥!」
スマホで彩に連絡するなり、アパートに向かい走り出す。
錆びた鉄階段を駆け上り、202号室の前に立つと、中から人が争うような物音、そして若い男の悲鳴が聞こえる。
玲治は咄嗟に呼び鈴を押した。
たとえ一瞬であれ「刺客」の注意を逸らすために。
次いでトンファーを振るいドアロックを叩き壊すと、そのままドアを開けて室内に押し入った。
六畳一間の部屋の中で、回転するチェンソーを振り上げた鏡介がぎょっとした様にこちらへ振り返る。
その足元には、イタチと思しき若い男が畳に尻餅をつき、恐怖に顔を強ばらせ言葉にならぬ悲鳴を上げていた。
「ちっ、肝心な時に――邪魔するならてめぇから片付けてやるっ!」
怒りに顔を歪め、鏡介はチェンソーの刃を玲治の方へ向けた。
その瞬間、ベランダ側の窓硝子がシュカっという切断音と共に大きくくりぬかれ、窓の外から彩が飛び込んできた。
玲治から通報を受けた彼女はアパートの裏手に回るなり、壁走りで2階のベランダまで一気に駆け上り突入したのだ。
「なにぃ!?」
慌てて鏡介が振り返った時、既に彩はイタチを背後に庇う形で双剣を構えていた。
玲治と交戦するか、あくまでイタチを暗殺するか戸惑う鏡介に対し、前後挟み打ちの形で2人の撃退士が襲いかかる。
振り下ろされたチェンソーの鋸刃を玲治はニュートラライズで受け、一気に間合いを詰めると神輝掌で反撃。
「げっ‥‥!」
体勢を崩した鏡介に対し、渾身の体当たりをぶちかます。
窓際まで吹っ飛ばされた鏡介は反射的に窓硝子とベランダを透過――そしてそのまま地面へと落ちていった。
透過能力を備えたヴァニタスといえども、空まで飛べるわけではない。
玲治がベランダに出て見下ろすと、アパート真下の路上にカエルのごとく沈み込んだ鏡介が、浮上するなりほうほうの体で逃げて行く姿が見えた。
「‥‥まあいいか。今回の依頼はヤツの討伐じゃない」
「イタチさんですね?」
その名で呼ばれた若者が、ビクっと身を竦め彩を見上げた。
「県警からのお迎えが来ています。ご同行ねがえますね?」
「待ってくれ! 俺は頼まれた通りプログラムを組んだだけで、相手が天魔だなんてこれっぽちも――」
「それを判断するのは私たちの仕事ではありません」
もはや逃げ場はないと悟ったハッカーは、諦念したようにがっくり肩を落とした。
●市街地
「いい加減にしろッ!! 貴女達はその憎しみを、怒りを、何の為に覚えたのか、忘れたんですかッ!!」
老女・トキを腹部に収めたガンガ竜を相手にしながら、ヴァルヌスは智美の方へも聞こえる程の大音声で叫んでいた。
「ボクにも娘がいます! 最近彼氏が出来たとかでもうね、毎度出合頭にドロップキックですよ、その野郎に!! ――でも、いくら憎くても、愛おしい娘のことを想えばこそ、悲しませるようなことはできない!!」
それまでただ泣き喚いていたトキが、我に返ったようにヴァルヌスを凝視する。
「貴女達はそのエゴに飲まれ、憎しみで視野を狭くして、その愛情の根幹にあったはずの、息子を! 旦那を! 子供達を! 孫を! 見失っている!」
野次馬の中に混じり、涙を流しながら実の母を、妻を、祖母を見つめる中年男性と2人の子どもを指さし、
「貴女達を心から心配し、悲しむ彼らを見て、まだお互いを罵り合うのですか! どちらか一人が失われても、貴女の愛しい人は苦しい思いをするんですよ!!」
「‥‥あぁ‥‥」
老女の双眸から恐怖ではなく、後悔の涙があふれ出た。
「撃退士さん‥‥お願いします。私に構わずこの怪物を退治して下さい‥‥その代わり、智美さんの命を‥‥助けてやって‥‥」
「そんな‥‥お義母様!?」
「私ぁ、もう充分長生きしましたよ‥‥それより智美さん、息子や孫達のためにも、あなただけは生き延びて‥‥」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 私が浅はかだったんです! 撃退士さん、私の方から先に!!」
「ご心配なく。貴女方は必ずぼく達が助けます! だからなるべく、頭を外に出さないように! ‥‥いいですね?」
2人を勇気づけるため叫ぶなり、ヴァルヌスはガンガ竜の側面に回り魔銃からアウルの弾を打ち込む。
やはり側面に周り込んだ茜が片足を狙って天羽々斬の刃で薙ぎ払いを仕掛けた。
「俯せに倒れさせないように‥‥っと」
茜の思惑通り、ガンガ竜の巨体は跳躍しての跳び蹴りを放つ余裕もなく、徐々に片側へ傾いていく。
その間、神雷は背後からの攻撃を担当していた。
「焼くわけにもいきませんし、電流を流すわけにもいかない‥‥厄介ですね」
考えた末に両面宿儺の直剣を構え、スキルを使い尻尾の傍まで接近。
悪魔がモデルにしたと思われるカンガルーは尻尾が「第5の足」と呼ばれる程バランスを取る上で重要な役目を果たしているという。
「まぁ、物は試しと言いますから」
大上段に剣を振りかぶると、試し斬りの要領で剣を振り下ろす。
ガンガ竜が甲高い咆吼を上げ、尻尾で神雷を弾き飛ばした。
逆にいえば相当効いたということだ。
「これはやりがいがありますね!」
体勢を立て直した神雷は、再び尻尾の方へ駆け寄ると同じ様に何度も斬りつけた。
尻尾と片足へ蓄積したダメージに耐えかねたか、ガンガ竜は路面に片膝を突き大きく横へ傾いた。
その瞬間を待っていた茜は全身のアウルを直刀へ集中させるや、上段の構えから椿落としの一撃を決める。
ガンガ竜の頭部が皮一枚を残して落ちると、その巨体も横倒しに倒れ伏した。
ほぼ時を同じくしてA班が攻撃していた残りのガンガ竜も力尽きた様にくずおれた。
撃退士達が絶命したディアボロの胴体を剣や刀で注意深く掘り抜くと、人質に囚われていた智美とトキの体は無事に解放された。
「おばあちゃん!」
「ママーっ!」
駆け寄った夫と子ども達と共に、家族5人はひしと抱き合ってむせび泣いた。
●
「あーらら。あいつら仲直りしちゃったわよ?」
戦場から百mほど離れたビルの屋上から観察していたマレカが、呆れたように声を上げた。
「‥‥くっ」
隣でやはり戦況を見守っていたゲルダが悔しげに唇を噛む。
「これではっきりしたわ‥‥全ての元凶は奴ら‥‥撃退士ども」
「何で?」
「奴らさえいなければ、人間はこれまで通り弱く愚かな生き物だった。兄さんもただゲームとしての死神稼業に満足して、万が一にも人間どもに寝返ることなんかなかったはず‥‥!」
「で、どーするのさ? これから」
「まだこちらには手駒が残ってるわ‥‥奴らを餌にして撃退士どもをおびき寄せて‥‥1人でも多く地獄へ送ってやる!」
「ウフフ‥‥そういうことなら協力するわよぉ。そろそろ四国での借りを返してやらなくっちゃね♪」
●久遠ヶ原学園
「智美さんとトキさんは病院に運ばれ検査中や。これといった異常がなければすぐ退院できるそうやで」
学園に帰還した後、伊勢崎那由香(jz0052)の報告を聞いた撃退士達は安堵の息を漏らした。
「拉致されてる間の情報は?」
英雄の質問に対し、
「それが、どうやら魔法で記憶の一部を消去されてるらしくて‥‥どこかの大部屋で他の失踪者達と一緒に監禁されてたらしいって以外は詳しい事を思い出せないそうなんや」
「ふむ‥‥」
「あと学園で一時的に預かってるハッカーな。あっちも『直に会ったのは壬図池という男だけ。悪魔が絡んでいるなんて知らなかった』の一点張りで‥‥まぁ警察の人らも厳しく取り調べてるんやけどな〜」
「これで偽死神に少しでも近づけるといいんだけどね‥‥」
テーブルに頬杖をついた茜がもどかしそうな表情で呟く。
「――と、そうそう。智美さんの証言で、監禁中に何度か怪しい女の子に会った記憶があるそうや。『銀髪に赤い瞳。歳は高校生くらい』どう考えてもマレカとは別もんやろ?」
「なるほど、な」
英雄の眉が微かにつり上がる。
深く淀んだ闇の奥に、人々を弄び嘲笑する女の影。
(ついに尻尾を掴んだぞ‥‥俺の「死神」を貶めた貴様は決して許さない。たとえ実の妹であっても‥‥!)
こみ上げる激情を表に出すことなく、英雄はくわえた煙草に無言で火を点けた。
<続く>