現地で村上刑事ら地元警官隊と合流し、杉山志保の通う中学校へ到着したのはもう日暮れ時だった。
異様な気配を感じた撃退士達が校門から校舎を見やると、一瞬だが黒いフード付きマントをまとった人型の「何か」が複数、建物の陰に周り込む姿が見えた。
「わ、タイミングピッタリ」
神喰 茜(
ja0200)が少し驚いたように声に出す。
「呪殺」の標的とされた香川信子が悪魔側に狙われることは想像に難くなかったが、どうやら敵の襲撃と鉢合わせの形となったらしい。
「こんな強引な手段に出るんだ。『死神』の真似ごとにしてはお粗末すぎるよ」
茜の言葉は微かな怒りを帯びている。
故意か偶然か、あのエルウィンと同じ「死神」を名乗る悪魔。だがそのやり方は常に己の「美学」に従い行動していたエルウィンに比べてあまりに稚拙で短絡的。
「彼の名を汚すような所業‥‥絶対に許せない。必ず見つけ出して叩き斬ってやる!」
(やはり悪魔が関わっていたか)
郷田 英雄(
ja0378)の予想も確信に変わった。
呪い代行サイトと銘打ってアクセス相手の個人情報を盗むまでは人間のハッカーでも可能だろう。だがああしてディアボロが現れた以上、一連の事件の黒幕は悪魔と考えて間違いない。
(となればあの女も尻尾を出すのは時間の問題だ。或いは尻尾を掴まれる前に何か仕掛けてくるか? また俺の死神を真似ながら‥‥)
先の調査依頼で志保と接触し、彼女が「死神の館」利用者であるとの証言を引き出したのは神雷(
jb6374)だ。もしあの出会いがなければ、志保も信子も人知れずこの事件の「失踪者リスト」に名を連ねていたことだろう。
「連絡先を渡したのは私ですからねぇ。しっかりと守らなくてはいけませんね」
「兎も角、今回は先手‥‥と言うか、被害者が出る前に動く事が出来ましたね。 これは不幸中の幸いか‥‥と」
リアン(
jb8788)あくまで冷静沈着、いつもの執事然としたスタイルを崩さない。
「出来れば戦力データも手元に残したいですね」
(ん‥‥なんだろうねぇこの違和感は。闇に潜って活動してたのがこんなに人の目がある中に姿を表すなんて‥‥)
突如方針転換した敵の意図を図りかね、九十九(
ja1149)は首を傾げる。
事件の捜査に撃退士が乗り出してきたことを知り焦っているのか?
いや、あるいは――。
「ま、今はごちゃごちゃと考えてる暇はないさね。やるべき事はやらんとねぃ」
「いま職員室では警護対象の女子生徒2名を先生方に見守って頂いてます。しかし彼らは一般人‥‥これはいけない!」
「教師達はすぐ避難させろ。足手まといだ」
狼狽する村上に英雄が要請した。
「ただし女子生徒2人は残した方がいい。校舎の外に逃げたところを新手のディアボロに狙われる可能性もある」
「は、はい!」
背広の懐から慌ててスマホを取り出す村上。
「人目を憚らず来るとは、大胆とゆ〜か面倒なコトになっておるよ〜じゃの〜」
ハッド(
jb3000)が闇の翼を広げ、ふわりと地面から浮き上がる。
それに続き、他の撃退士達も一団となって走り出した。
職員室の場所は事前に知らされている。昇降口から駆け込みそちらの方向に進むと、廊下の向こうから女子生徒らしき大声が響いてきた。
「早く帰らせてください、今夜は7時から塾なんです! それに何で私と杉山さん、2人だけ居残りなんですか?」
怒ったように叫ぶ少女を、若い男が宥める声。
最初に到着したハッドが勢いよく扉を開くと、職員室内にいた人々の視線が一斉に向けられた。
予め学校側からFAX送信してもらった学生証の写真から、大声で怒鳴っていたのが信子、その傍らで小さくなっているのが志保だとすぐ見分けがついた。
村上の勧告に従い大半の教師は既に避難済みだが、早く帰りたがる信子を足止めするため一部の男性教師が残っていたのだろう。
「間もなくディアボロがこの部屋を襲います。先生方は速やかに避難してください」
撃退士の身分証を兼ねる久遠ヶ原学園学生証をかざした九十九(
ja1149)が言い放つと、教師達は申し訳なさそうに信子から離れ、出入り口への移動を始めた。
「え? 先生? え? あなた達誰?」
唯1人事情を知らされてない信子が、呆然として教師と撃退士を見比べる。
その瞬間、外側の窓ガラスが音を立てて割れ、黒装束の人型ディアボロ数体が室内に侵入してきた。
撃退士達が既に阻霊符を発動させていたため、透過能力による侵入を諦め強硬突破に切り替えたらしい。
人型といっても黒フードから半分覗くのは醜く干からびたミイラの顔。
「きゃああああっ!!」
ディアボロ「ユリン」の姿を見た信子と志保が悲鳴を上げ、互いに抱き合ったままその場にへたり込んだ。
『‥‥』
無言のまま職員室に押し入ったユリンの群は床の上を浮遊したまま、口から悪臭を放つブレスをフォオオオ‥‥と吐き出した。
逃げ遅れた教師数名、そして信子と志保がばったり床に倒れた。
「か、体が‥‥動かな‥‥」
撃退士達も手足に僅かな痺れを覚えたが、それ以上のダメージはない。おそらく一般人を捕らえるための特殊攻撃だろう。
彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)は咄嗟の判断で志保に変化すると、本物の体をひきずり手近のデスク下へと押し込んだ。
「しっ。顔を隠していて」
同じく英雄も麻痺した信子の体を片手で軽々と抱き上げ、隣のデスク下へと隠す。
「理由は後だ。お前らはそこを動くな」
ユリンどもは床に倒れた教師達には目もくれず周囲を見回していたが、間もなくデスクに寄りかかり麻痺した志保(実は彩)に気付くなり近寄ると、その体をひょいと担ぎ上げた。
順番からいえば信子が先に拉致されるはずだが、ディアボロにそこまで細かい判断はできないらしい。
「悪いですね。生憎あなたとデートする気はないの」
彩の体が黄色いオーラを放ち、零距離から渾身の拳撃を撃ち込むと、老人のような悲鳴を上げユリンは彼女の体を放り出した。
すっくと立ち上がった彩の両腕は、いつしか虎を思わせる黄色い外骨格アームで武装している。
「気味の悪いナイトで申し訳ないけど我慢してね♪」
光纏して黒獅子のごときアウルの鎧をまとった天羽 伊都(
jb2199)はデスク下の少女達に一声かけると、ふらつくユリンへ駆け寄り大剣を振り下ろす。
撃退士達を「敵」と認識したディアボロ達は素早く教室内を飛びまわり、両手の間に凝縮した闇のエネルギーを砲弾のごとく発射してきた。
「ふむ。ここはひとつ王の威光を示すしかあるまいて〜」
ハッドがナイトアンセムを発動、職員室内が一瞬薄闇に包まれる。
ユリン達は視力に異常を来したかのごとく慌てふためき、てんでばらばらの方向へ闇弾を撃ち始めた。
その時間を利用し、撃退士のある者は麻痺した教師達を教室から運び出し、またある者は果敢に攻撃を仕掛けていく。
廊下に搬出した教師達は遅れて到着した村上と警官隊によって保護された。
ただし志保と信子は依然としてデスクの下にいる。
教師達を逃がし、誤爆の危険がなくなったところでハッドは雷霆の書をかざし、ユリンめがけて雷の剣を浴びせかけた。
陰影の翼を広げたリアンが音もなく床から浮き上がると、志保達が隠れたデスクの真上あたりに位置取り彼女らの直衛と仲間の援護にあたった。
「私は攻撃専門で行きますよ!」
神雷の脳内を電光のごとき思考が駆け巡り、飛びまわるユリンの未来位置をシミュレートから予測。龍髭の鞭で打ち据えた後、さらに距離を詰めるや武器を双剣・両面宿儺に持ち替えディアボロを切り裂いた。
認識障害の効果が切れ、生き残りのユリンが体勢を立て直そうと図る。
「おっと、今暫く大人しくしてもらおうか」
リアンのアウルが生み出した植物の蔦が鞭のごとく伸び、1体のユリンを打ち据えその場に釘付けとした。
デスクに飛び乗った茜は血のようなオーラを揺らめかせ、冷酷な剣鬼の目を以てディアボロ達の動きを見守っていた。
「――見切った!」
デスクからデスクへ飛び移り、跳躍して天井付近に集結した数体のユリンに斬りかかる。
その勢いで卓上の書類が舞い上がり、派手な音を立ててデスクトップPCが床へと落下した。
(‥‥うん、このあと色々大変そう。でも非常時だし、多少のことは目を瞑ってもらお!)
太刀から生じた三日月状の刃が無数に舞い、ユリンどもを空中でまとめてなで切りにした。
この時点で生き残りのユリンは2体。
専ら大鎌を振るい戦っていた英雄は、そろそろ勝負時と見て武器を金属ワイヤーに持ち替えた。
「ハッド、タイミングを合わせろ。まとめてやる」
「うむ、心得た!」
部屋を縦に二分しそれぞれの中央を英雄をハッドが位置どるや、2人同時にナイトアンセムを発動。
再び視界を失ったユリンのうち1体を英雄がワイヤーで絡め取り床へ引きずりおろす。
「さあ、皆チャッチャッと片付けるっすよ!」
大剣をかざし肉迫した伊都が、仲間達と共にディアボロを容赦なくめった斬りにする。
残り1体の頭上では、ハッドの放ったファイアワークスが炸裂しとどめとばかりディアボロの体を炎に包み込んでいた。
十分足らずの戦闘で襲撃してきたユリンの群は全滅。
教師達や女子生徒2人の麻痺も時間が経つと共に回復していった。
だが撃退士達にとって今回の「依頼」はまだ終わっていない。
「ねえどういうこと? あのバケモノ達、一体何なの!?」
「‥‥」
怯えきって撃退士達に問いかける信子と、対照的に青ざめた顔のまま俯く志保。
おもむろに歩み寄った英雄が志保に告げた。
「今使っているスマホは替えた方がいい」
「えっ?」
「おそらく誰かに乗っ取られてるぞ。だからあのディアボロどもはお前の居場所を突き止めた」
「――嫌ぁ!」
志保は慌てて自分のスマホを取り出し、まるで危険物かのように近くのデスクに放り出した。
「よければ俺達で預かろう。まだ乗っ取りの痕跡が残ってるかもしれないからな」
「スマホ? 乗っ取り‥‥?」
怪訝そうに2人の会話を聞いていた信子が、はっとしたように目を見張った。
この中学にも広がっていた「死神の館」の噂と、たった今目の前で起こったディアボロの襲撃が彼女の頭の中で結びついたのだろう。
「杉山さん! あなた、ひょっとして例のサイトで私を‥‥!?」
「‥‥」
志保は否定しない。目に涙をため、ただ黙って俯くばかり。
「どういうつもりよ!? 私に何の恨みがあるっていうの!!」
志保につかみかかろうとした信子を、部屋に戻ってきた教師達が間に入って引き離す。
「彼女は殺人教唆の罪になるんですか?」
彩は村上に尋ねた。
「まあアクセスした時点ではあのサイトに悪魔が関わっていたことまで知らなかったようですし、さすがに刑事罰にはならんでしょう」
刑事が苦笑して肩を竦める。
「法的に問題があるとすれば他人の個人情報を勝手に送信したことですが‥‥このケースでは、我々警察よりご両親や先生方に指導して頂くのが適切でしょうな」
「俺はお前らの関係に深くは突っ込まないが、今回の事に関しては誰がどうするべきかは分かるだろう」
2人の顔を見比べ、英雄はそれだけを告げる。
あくまで事実を隠し通すという選択もある。だがそれでは根本の問題が残り、再び志保に過ちを犯させるおそれすらあるだろう。
「おぬしの証言ではそこの信子んにいじめられていたそうじゃが、本当かの〜?」
ハッドが単刀直入に尋ねた。
「それは、その‥‥上履きを隠されたり、机にイタズラ書きされたり‥‥」
「はぁ? 何よソレ、そんなことで呪い殺されなくちゃいけないの? 第一あれは他の子達がやったことで、別に私が命令したわけじゃないわよ!」
「‥‥でも‥‥香川さん、みんなと一緒に笑ってた‥‥」
「あんただってへらへら笑ってたじゃない!」
「だってそうでもしなきゃ‥‥ますますいじめられそうで」
「それがあんたの悪いトコなのよ! 嫌なら嫌って、何ではっきり言わなかったの!?」
言い争う2人を傍らで見ているうち、撃退士達にもおおよその状況が呑み込めてきた。
まず伊都が歩み寄り志保に話しかける。
「彼女の事ムカつくんだろ? 他力で頼まないでガツンと仕返しして意志表示させないと!」
「そ、そんなこと‥‥私には‥‥」
「そうよ! 呪いなんて陰険なマネされるくらいなら、そっちの方がずっとマシだわ!」
「香川さんはクラスの女子でもリーダー格と聞きましたが」
元の姿に戻った彩が信子に向かって質す。
「いじめの自覚があったなら悪いし、自覚なしでやったのなら相手の気持ちが分からなかったという、洞察力の不足です」
「そんなこといわれたって‥‥」
それまで強気一点張りだった信子が気まずそうに目を逸らした。
やはり悪ふざけ程度ではあっても、志保へのいじめを止めなかったことに対していくらかの罪悪感はあるのだろう。
「何か嫌な思いをしたなら、はっきり言った方がいいですよ? じゃないとストレスが溜まる一方じゃないですか」
神雷が志保にそっと耳打ちする。
信子が志保へのいじめにどの程度加担していたかは分からない。だがいじめを受けながらもはっきり自分の意見を言えない志保の性格にも若干問題がありそうだ。
「結局は自分の口で言いたい事言って、正面からぶつかるのが一番ですよね」
密かに「悪魔の囁き」を乗せ、志保を勇気づけようと神雷が諭す。
「恨みとは汝が些細な気持ちで行った行為からでも復讐をされるもの」
王者のごとき威厳を以て、ハッドが信子に告げた。
「他にも汝を恨むもの復讐の代行者がおるやも知れん。心して生きよ」
「‥‥」
しばし気まずい沈黙が続き、少女2人は互いを見つめ合う。
「ごめんなさい! 呪いサイトなんかに手を出した私が悪かったんです!」
突然、志保が涙を流しながら深々頭を下げた。
「わ、分かったわよ‥‥私も悪かったし、今夜のことは内緒にしておくわ。その代わり、次に何か嫌なことがあったら必ず私に相談して? 私からみんなに話をつけるから‥‥ほら、これ使って」
いいながらハンカチを差し出す信子に、ワッと泣き出して志保が抱きついた。
教師達も村上と話し合い、今後志保へのいじめが再発しないよう目を光らせることを確約した。
「これにて一件落着じゃの〜」
腕組みしてうんうん頷いていたハッドは、ふと窓の外に人の気配を感じた。
見れば、黒い革ジャンにジーンズ姿の若い男が、校門に向かって逃げるように走り去って行く。
「あやつ確か‥‥壬図池鏡介?」
「待て、追う必要はない」
闇の翼を広げ窓から飛び出そうとしたハッドを英雄が止めた。
「すぐにまた仕掛けて来るだろう。奴らの方からな」
志保から預かったスマホを見つめ、英雄は低い声で呟いた。
(続く)