「‥‥やれやれ面倒さぁね」
見かけは平和そのものの小さな町を駅ビル出口にあたる陸橋の上から見渡し、九十九(
ja1149)はため息を漏らした。
「犯人がアウル保持者にせよ天魔にせよ、手掛かりが少ない状況からの調査とか手間さねぇ‥‥」
「人を呪わば穴二つってねぇ。まあ遊び半分でやっちゃう気持ちもわからなくはないけど」
神喰 茜(
ja0200)が長く伸ばした赤髪を揺らし首を傾げる。
「呪いの対価は自らの魂って、死神っていうより悪魔の契約だよね。アウル能力者の犯行を疑ってるって恒久の聖女事件も関係してるのかな」
「直近で悪魔の活動が活発化しているし、奴らの活動が懸念されるけどまずは先入観無しで調査だね」
天羽 伊都(
jb2199)が提言する。
「呪いなんて、ああああるわけないじゃないですかぁ〜」
やや声を震わせるのははぐれ悪魔の神雷(
jb6374)。
悪魔が呪いを否定するのも妙であるが、彼女は非科学的なものは信じない主義なのだ。
(だって怖いから‥‥)
なんて口が裂けてもいえないけど。
「天魔もネットを使う時代か。まァ、人間臭さがあるな」
郷田 英雄(
ja0378)は既に犯人が天魔であると目星をつけている。
ここまで完璧な犯行が人間の手で可能だろうか?
もっとも天魔がわざわざ人類のネットワークを研究しているとも思えないので、協力者の人間がいる可能性もあるが。
「確かに天魔が負の感情を集めるならば適しているかもしれません」
穏やかな口調でリアン(
jb8788)が意見を述べた。
「ただ‥‥非効率なのも確か。これはやはり調査が必要ですね‥‥」
「死神というと彼を思い出しますが、彼は死んだんですよね」
彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)が呟いた。
「彼」――エルウィン。自ら「死神」を名乗り、死期の迫った人間に近づくと魂と引き替えにその相手の願いを叶えてやっていた変わり者の悪魔。
だがそのエルウィンも、ほぼ1年前に四国の戦闘で死亡した。皮肉にも人類側に味方し、かつての戦友である騎士悪魔デスマルグに斬られて。
「模倣犯というやつかの〜」
やはりエルウィンとの関連を推測したハッド(
jb3000)は、斡旋所に依頼し、過去に彼が出現した地域をリストアップしたデータをスマホに送信してもらっていた。
「『死神の館』『対価は自らの魂』――確かに奴の手口をなぞっているようだな」
あの戦いで自らエルウィンを看取った英雄が、低い声でいう。
「だが『呪殺』ここに決定的な差異がある。これは自分と奴は違うという自己主張だ」
(奴を知っていてこんな回り諄い事をしそうな悪魔‥‥)
一瞬、英雄の脳裏にエルウィンと同じ銀髪に赤い瞳を光らせた女悪魔の姿が過ぎるも、現段階では憶測の域を出ないので口には出さなかった。
「何れにしても、捨て置くわけにはいくまいて〜」
「とりあえず地元の警察署に行きましょうか?」
彩の提案を受け、一行は陸橋の階段を降りて町へと向かった。
●
「この市内に撃退署はありません。ご覧の通り治安の良い後方地域ですから」
応接間で撃退士達にお茶を勧めながら、事件を担当する中年の刑事がいった。
地元撃退士の動向を尋ねた、リアンの質問に対する答えである。
ごく希に野良ディアボロが侵入してきて騒ぎになることもあるが、その場合は市長判断で久遠ヶ原学園に討伐依頼を出すのが通例だという。
(ここに常駐する撃退士はいない。つまり撃退士の犯行ではない‥‥?)
リアンは考え込んだ。
もっともアウル能力者の適性をもった人間が必ずしも撃退士になるわけではないから、まだ天魔の仕業と断定するのも早計だが。
「ご存じの通り現在の法律で『呪殺』は犯罪とみなされません。ただし天魔の魔力や撃退士のアウル能力となれば話は別です。詳しい原理は不明でも、現実に人間を殺すだけの効果が実証されているわけですから」
そこまでいって、村上と名乗る刑事は慌てて両手を振った。
「――あ、いや、決して撃退士さん達を疑っているわけではないのです。ただ『死神の館』とかいうサイトがいくら怪しくても、本署として対応できるのは精々サイバー課くらいなので‥‥」
「なるほど。ま、警察が『呪いのサイトについて知りませんか?』なんて聞き込みはし辛いよね」
納得した様に茜が頷く。
「事件が起きる前くらいにこの辺りの地域から転居してきた人間はおるかの〜?」
スマホに保存していた例の地域データを示し、ハッドが尋ねた。
「ではプリントアウトして、市役所の方へ問い合わせましょう。少々お待ち下さい」
「俺はこの事件が始まる前からこの街と周辺地域で起こった事件や事故について知りたい。天魔関連に限らず洗いざらいな」
英雄の要請は内線電話を通して担当部署へ伝えられ、20分ほど後、ハッドの要請と同じくファイリングされて女性署員の手で応接間に届けられた。
まずエルウィンの出現地域は専ら同じ西日本で近いといえば近いが、ここ1年程の間にその地域から引っ越していた者は見当たらなかった。
そして事件・事故は他の後方地域と同じ頻度で発生していたが――。
「ふん。確かに天魔絡みの事件は少ないな」
分厚い書類をパラパラめくっていた英雄の目がとあるページに留まった。
若い女性が別れた元カレに追い回されたストーカー事件。女性が何度アドレスを変えてもスマホに脅迫めいたメールが送られ、挙げ句の果て引っ越し先に刃物を持って押しかけた男は張り込み中の警官に逮捕されたという。
一見、今回の事件とは全く無関係に思えるが。
「この男‥‥どうやって女のメアドや転居先まで突き止めたんだ?」
「ああ、この事件ですか? こいつプロのハッカーを雇って、被害者女性のスマホに違法プログラムを仕込ませて‥‥要するに乗っ取ったんですよ、彼女のスマホを」
「乗っ取り?」
「いくらメアドを変えても個人情報が丸見えですからね。しかも最近の携帯やスマホにはGPSが内蔵されてるから本人の居場所まで‥‥全くタチの悪い犯行です」
男が逮捕されたことで事件は解決したものの、共犯者のハッカーは本名すら分からず未だに捜査中だという。
「そんなことができるのか‥‥」
英雄を始め、撃退士達は驚きと共にこの事件を記憶に留めた。
必要な情報を一通り聞き終え、ここから先は各人が別行動となる。
「こちらのサイバー課でPCとネットをお借りできますか?」
彩は村上刑事に尋ね、了承を得ると仲間達に向き直った。
「私は夜までこちらで待機、みんなの集めた情報をまとめて速やかに共有できるようにするわ」
他の撃退士達もこれに同意。出先で得た情報はリアルタイムで彩のスマホに送るよう約束した。
●
リアンとハッドが向かったのは市内の高校。
最初に失踪した2人の少女はこの高校のクラスメイト同士。そして(現段階で)最後に失踪したのもここの女子生徒と担任教師。
「偶然かもしれませんが、失踪者10人中4人がこの高校の関係者とは、何かの因縁を感じますね」
「例の噂の出所も、案外この高校かもしれんの〜」
授業が終わり、校門から下校の生徒達が出てくるのを待って、リアンは聞き込みを始めた。不審を抱かれないよう撃退士の身分と、失踪した4人について調査していることを明かした上で。
「えっ撃退士? 本物?」
「うっそ〜、初めて見た!」
この町では珍しい撃退士、しかも映画俳優もかくやという美貌の持ち主であるリアンの周囲にたちまち女子生徒の人だかりが出来る。
対するリアンもとっておきの笑みを浮かべつつ、始めに失踪した2人について少女達に尋ねた。
「知ってるー! あの2人、クラスの男子を取り合ってすっごく仲悪かったしねー」
「やっぱりアレだよ、『死神の館』に名前を書いて‥‥」
こちらから聞くまでもなく、問題のサイト名が出た。
「それってネットの掲示版か何かですか?」
素知らぬふりで尋ねるリアン。女子生徒達が口々に答えた内容は、事前に警察から提供された情報とほぼ同じものだった。
「ふうん‥‥その噂、この学校から広まったのですか?」
「ただの噂じゃないよ! うちらの友達でも結構見た子いるよ? えーと、ミキちゃん!」
名前を呼ばれた少女が、おずおずリアンの前に出た。
「あの、一ヶ月くらい前の夜中、うちでスマホいじってたらいきなり‥‥あ、もちろん怖いからすぐ切っちゃいましたけど」
「よければ、ちょっとスマホを貸して頂けますか?」
リアンは受け取ったスマホを操作し過去の閲覧履歴をチェックした。
ミキがアクセスしたという日にちと時間から割り出し、「死神の館」と思しきURLにアクセスを試みるも。
画面に表示されたのは「not found」の素っ気ない文字。
(毎回URLを変えている? 天魔というより人間のハッカーのような小細工ですね)
その間、ハッドは最後の失踪者である森田香澄のクラスメイトを捜し、失踪直前の彼女の様子を聞き出していた。
その結果、担任教師の中山浩二が失踪したその日から、明らかに香澄の様子がおかしかったことが判明。
「もう顔なんか真っ青で。それで何度も私の席に来て聞くのよ、『何か変わったことなかった?』って」
女子生徒の1人が証言した。
「おぬしは香澄んの親友だったのかの?」
「ううん、そんなに仲良くなかったよ? あの子ちょっと怖いから避けてたくらいなのに‥‥そういえば、何で私の心配してたんだろ?」
そこまで聞いて、ハッドにも概ね事情が呑み込めた。
憎い相手を呪殺して欲しい。だが「代償にお前の魂を差し出せ」といわれ、素直に自分の名前を書き込むものだろうか?
(それでクラスメイトを身代わりに‥‥香澄んも浅はかな真似をしたものよの〜)
しかし実際には香澄自身が姿を消した。「死神の館」管理人はフォームへの入力と関係なく、スマホ所有者の個人情報をまんまと抜き取っていたのだろう。
●
「ねぇねぇ、呪いのサイトて知ってるぅ?」
中学の下校時間。神雷はきゃぴきゃぴのJCを装いながら、校門から出て来た生徒達に尋ねて回っていた。
(我ながら頭痛い‥‥でも依頼のためです!)
生徒達の反応は様々だった。
「そんな噂は聞いたけど‥‥私は見たことないなぁ」
「友達の友達が見たって聞いたけど‥‥」
茜は少し離れた場所に立ち、神雷を見守っている。
正確には神雷から聞き込みを受けた生徒の反応を。
「そんなの知りません!」
とある女子生徒が、少し怒ったような声で否定した。
外見からしていかにも気弱そうな少女である。
神雷の目配せを受け、茜も進み出た。
「本当は何か知ってるんじゃないですか?」
「大丈夫だよ。何を話してもここだけの秘密にするから」
2人の撃退士に詰め寄られ、少女は半べそで立ちすくんだ。
「‥‥私をいじめるグループのリーダー格が、どうしても許せなくて‥‥」
彼女もある夜スマホで「死神の館」を発見し、つい相手と自分の名前を入力してしまった。
暫くはビクビクしながら待っていたが、その後何も起こらないので「やっぱりイタズラ」と思い忘れかけていたという。
「事情は分かりました。もし何か身の危険を感じたら、ここに相談して下さい」
久遠ヶ原学園のアドレスを記したメモを神雷が差し出すと、少女はひったくるように受け取り、そのまま走り去っていった。
「死神様はお客を選ぶのでしょうか?」
「さあね〜。数が多すぎて手が回らないだけかも」
●
九十九は単独行動で駅前繁華街を中心に聞き込みを行っていた。
彼のターゲットは主に不良とかヤンキー、俗に「裏側の住人」などと呼ばれる連中。
だからこそ警察からは入手出来ない様な情報が得られるかもしれない。
「あんだ、てめぇは〜?」
路地裏にたむろっていた不良達が、ガンを飛ばされたと思ったのかまだ何も聞かないうちに絡んでくる。
だが十分ほど後には「適度な肉体言語の交流」及び忍法・友達汁の効果で、九十九は彼らから「アニキ!」と呼び慕われる存在となっていた。
聞けば、不良達も確かに「死神の館」の噂を知っていた。
「でも俺たちゃ呪いなんか興味ないっス。気に食わねえ奴がいれば直にシメるっスから」
「‥‥確かに、皆さんはどちらかといえば呪われる側さねぇ」
それを聞いた不良達の顔色がたちまち青ざめる。口では強がっても、やはり呪い代行サイトという得体の知れない存在への恐怖心があるのだろう。
「他に、最近になって変わったことはありますかぁ?」
「そういや、近頃イタチの野郎がやけに羽振りがよくなってるスね」
「イタチ?」
「あ、もちろん本名じゃないっス。他人のPCやスマホから個人情報を抜き取って、業者に高値で売りつけるケチなハッカーでさ。最近大口のお客を見つけたようで、よく高級店で遊んでる姿を見やがります」
(ハッカー‥‥か)
警察で聞いたストーカー事件を思い出し、九十九は不良達から「イタチ」と呼ばれるハッカーの年齢や容姿、よく利用する店などを聞き出した。
●
「やれやれ、安楽椅子探偵も楽じゃないわね」
警察署のサイバー課。仲間達から集まった情報を逐一書き込んだノートを広げ、彩は大きく伸びをした。
今日一日だけでかなりの情報が集まった。「死神の館」が実在し、少なからぬ人数がアクセスしていることも判った。
ちなみに警察のPCから検索しても何もひっかからなかったところからみて、「死神の館」はスマホ・携帯からのみ閲覧可能なサイトらしい。
だが現状、犯人が天魔であるという決定的な証拠に欠けるのだ。
失踪した人々が本当に「死神の館」を利用したかも定かでない。
「さて、どうやって鼠を巣から誘いだすか‥‥」
思案にくれていると、スマホのコールが鳴った。
伊都からの着信だ。
『大変です彩さん! 他のみんなにも至急連絡して下さい!』
●
「死神の館」の存在を追った仲間達に対し、伊都は別のアプローチ、すなわち失踪者達の足取りを追っていた。
警察の捜査資料を頼りに失踪者が最後に目撃された場所まで出向き、そこから拉致された場合人目につかなそうな公園や下水道を調べ、また不審な車両がいなかったか近辺の住民への聞き込みも行う。
だが犯人も証拠が残らないよう工作したのか、日中これといった収穫はなかった。
既に日暮れ近くなり、改めて最初に失踪した女子高生が通学路として使っていた道を歩いていると、いつしか両側に樹木が生い茂る林の中に入っている。
(女の子が一人歩きするには、ちょっと危ない場所かな)
そんなことを思いながら周囲を見回すと。
見つけてしまったのだ。
昼間通った時にはなかったもの――木陰に倒れた制服姿の少女を。
急いで駆け寄り、軽く首に触れたが既に脈はない。
その場で警察署の彩に通報、また救急車を呼ぶ。
その後の捜査で少女の身元は最初の失踪者であること、また司法解剖の結果死因は「悪魔に魂を抜き取られたこと」が判明した。
(続く)