●プロローグ
劇場のライトが消えて真っ暗になると、それまで余所見したりガヤガヤ騒いでいた客席の子供達も水を打ったように静まり返った。
幕が上がる。
闇の中、スポットライトの明かりに浮かび上がるのは、壺を持った暗黒女王☆パンドラ――演じるはBeatrice (
jb3348)(ベアトリス)。
「平和ボケの忌々しい人間どもめ! 今こそ絶望を撒き散らそうぞ!」
そう、彼女は若く美しい娘からエナジーを吸収し、美貌と力を奪い取る魔女。そして人間に絶望と不幸を与えるべく、今恐るべき悪の申し子を生み出そうとしているのだ。
ベアトリスが悪魔の翼を広げて天井近くまで浮き上がると、子供達は大きくどよめいた。
久遠ヶ原学園では当たり前の存在であるはぐれ悪魔もこの田舎町ではそうではない。
宙に浮いた魔女の壺からスモークが吹き出す。一体何が生まれようとしているのか?
「さあ行くのぢゃ悪魔王! 人間どもに不幸と絶望を!」
舞台は暗転。今度は明るく照明が灯され、ステージ上に王子の衣装をまとった星杜 焔(
ja5378)、妖精めいた衣装に猫耳・猫尻尾を付けたエンフィス・レローネ(
jb1420)の姿が現れると、一転して大きな拍手と喝采が上がった。
「おやその姿、きみは精霊だね? 俺に一体何の用だい?」
焔がエンフィスに問いかける。
「あ、あのっ! その‥‥と、とにかく大変なんです〜っ!!」
(ここは御伽噺の世界、だから‥‥、私でも‥‥きっと、大丈夫)
緊張にしどろもどろになりつつも、エンフィスは役になりきろうと己に言い聞かせ、本番直前までの短い時間に覚えた台詞を喋る。
「お、おとぎばなしの世界を壊そうと企む、ま、魔王が現れたんです‥‥、このままじゃ、子供達の大好きな童話や昔話が‥‥全部消えちゃいます〜!」
「それは一大事だね。でも俺は王子といってもただの人間だ。お役に立てそうもないなあ」
「だっ大丈夫です! 魔王を倒す力を持った‥‥三人のお姫様を捜して欲しいんです。あと、王子様にも‥‥魔法のパワーを授けちゃいます〜」
すかさずエンフィスは手にした幻想動物図鑑からアウルの力で光る小動物を具現化。
幻想の動物達が王子の周りをクルクル回る。
王子に魔法を授け、不思議パワーを使い果たした精霊はへにゃりとしゃがみ込んだ。
「わ、私には‥‥もう力が残っていません‥‥、でもっ、子供達の想いがあれば、きっと、おとぎばなしの世界を救うことが出来るはずです‥‥」
そこで子供達に向き直って笑いかけながら、
「みんな‥‥、王子様を‥‥、おとぎばなしの世界を‥‥、助けてあげてください‥‥」
アウルで生み出した動物達を自分の元へ集め、それを隠れ蓑にハイドアンドシークを発動して舞台からフェードアウトした。
エンフィスが舞台裏に戻ると、魔女役を演じたベアトリスが撃退士仲間や劇場スタッフへ矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。今回、彼女は舞台監督も務めているのだ。
小さな劇場だけにスタッフの人数も最小限。故にほとんどの雑用は自分達でやる必要がある。
エンフィス自身も、出番待ちの間は裏方として設備や衣装係を手伝うことになっていた。
「こういう‥‥奴は‥‥苦手だが‥‥依頼だしな‥‥」
魔王役の蔵寺 是之(
jb2583)は、エンフィスに着付けてもらった衣装のサイズを確かめている。
「とりあえず‥‥やるだけ‥‥やってみっか‥‥」
第2幕の幕開けが近づく。物語の鍵を握る姫君達の登場だ。
「さてと、一番手か」
シンデレラ役・凪澤 小紅(
ja0266)は舞台へと向かった。
●三人の姫君
「俺はこれから御伽噺の世界を旅して魔王を退治するお姫様を捜さなくちゃならない。でも別の世界に移動するためには、みんなの力が必要なんだ!」
舞台の上から王子が呼びかけると、客席の子供達は大はしゃぎで立ち上がった。
「手伝うよー!」
子供達が声を揃え「アブラカダブラー!」と呪文を唱えるや舞台は暗転。
スポットライトが舞台中央を照らし、みすぼらしい衣装のシンデレラが登場した。
「私達がお城の舞踏会へ行っている間、屋敷を掃除するのよ!」
いつものごとく義姉のカタリナ(
ja5119)に厳しく命じられている。
義母と義姉達が出かけた後、お約束通り魔法使いが現れ、シンデレラを豪華な舞踏服に変身させた。
実は魔法使い役の静馬 源一(
jb2368)が一瞬の早業で着替えさせたのだ。
(忍者の自分にとってはお手の物で御座るよ!)
客席からは「このお話知ってるー!」の声。
カボチャの馬車に乗ってさあお城へ。舞踏会で王子と出会い、硝子の靴を片方残して家に帰る。
そして数日後、靴を持った王子がシンデレラ宅を訪れ。
「硝子の靴に篭められた悪を討つ力、解き放てるのは君しかいない! どうか私と共に魔王を退治してもらえないか?」
「雑用で鍛えられているので、力には自信がありますよ」
‥‥この世界のシンデレラはかなりの武闘派らしい。
最初の姫君を見つけた王子は、次の世界へと移動した。
「ちょっとぉ、これ偽物じゃないのよぉ! そんなんであたしと結婚できると思ってぇ?」
十二単の着物をまとい、垂髪を長く下ろしたかぐや姫が、結婚申し込みに来た貴族の贈り物をにべもなく突き返した。
月から来た和風美人を演じるのは椿 青葉(
jb0530)。
彼女がイメージするかぐや姫はプライドが高く、我が儘なお嬢様である。
(どんな役でも完璧に熟すのが、そう! このスーパーアイドル青葉ちゃんっ!)
源一演じる貴族がすごすご引き下がると、入れ替わりに現れた王子が魔法でそれらしく造り出した宝を差し出した。
「あら、これ本物じゃない? へぇー、あんたは少しだけ見所がありそうね」
「月の魔力と通じている君の力が必要なんだ。どうか私と共に魔王を退治してもらえないか?」
「はぁ?」
きょとんとして聞き返すかぐや姫。
だが王子の話を詳しく聞くうち、
「魔王を倒せばもっとすごいお宝が手に入るかもぉ! ‥‥うん、一緒に行っていいよっ!」
十二単の裾を引きずりながら王子の後へ着いていく。
「継母様は何故わたしを忌み嫌うの?」
王子が訪れた3番目の世界では雪成 藤花(
ja0292)が悲嘆にくれていた。
藤花演じる白雪姫は継母のカタリナと鏡の精に騙され、森の奥へと追放されてしまったのだ。
その美貌を妬まれ‥‥というのは表向きの話。
継母達が怖れたのは、実は白雪姫が持つ高い魔法の潜在能力であった。
そして悲劇は続く。
悪い魔女(源一)に毒林檎を食べさせられた白雪姫は深い眠りに陥ってしまう。
だがそこに立ち寄った王子が彼女を抱き起こし、キス‥‥ではなく解毒作用のある林檎を使った蒸しパンをそっと一口食べさせると、再び目を開いた。
「え、あ‥‥わたし、この国の王女で白雪と申します」
礼を述べたその時に、白雪姫はもう一目惚れに落ちていた。
「ぜひお礼したいのですが、こんな追放の身では‥‥」
王子役の焔とは将来を誓った仲でもある藤花は、ちょっとどきどきしながら台詞を喋る。
「礼をくれるならどうか私と共に‥‥」
かくして魔王と戦う三人の姫君は揃った!
●魔王を倒せ!
途中いくつかのエピソードを交えながら、いよいよお芝居はクライマックスを迎えた。
舞台の上に是之の演じる魔王・パンクエデスが従者と共に姿を現す。
王族風の衣装に黒い翼を広げ、頭には食パン型の被り物。
「お前らに‥‥2時間も‥‥丁寧に‥‥作られて‥‥捨てられたパンの‥‥恨みが‥‥わかるのか‥‥!」
パンクエデスはその名の通り、不味くて食べられないパンや捨てられたパンの恨みが集まって生まれたパン魔王なのだ!
「わからなーい!」とまぜっかえす子供には、
「パンには‥‥2000年以上の‥‥歴史が‥‥あんだぞ‥‥!」
パンの偉大さと作る苦労、そして美味しさを蕩々と説明してやる。
同伴のお母さん達がつい聞き入ってしまうほどの説得力だ!
「魔王様、いよいよ世界征服の時で御座る。その前に腹ごしらえをどうぞ」
「うむ。気が利くな、G」
カイゼル髭をピンと立てた従者が差し出すパンを美味そうに食らう魔王。
既に複数役で登場した源一の姿に、「またこの人だー!」の指摘が上がるも。
「ある時はシンデレラに魔法を掛ける魔法使い、ある時は白雪姫に毒リンゴを食べさせた魔女、またある時はかぐや姫に求婚する貴族――その正体は魔王様に仕える『瀟洒な従者G』! で御座るよ」
源一はビシッと見得を切った。
「そこまでだ、パンクエデス!」
舞台袖から王子と三人の姫君が登場。
「あっ!? おまえは」
従者Gの顔を目にして王子が驚いた。
「城から行方不明になった爺やじゃないか? なぜ魔王なんかと一緒に!?」
「ふっ、所詮この世は力。力こそ正義なので御座るよ‥‥!」
「王子様、私達に任せて!」
姫君達が前に進み出て、いよいよバトルが始まる。だが魔王の圧倒的なパワーの前に形勢は不利だ。
その時、黒子に扮したエンフィスが舞台を駆け抜けざま、素早く三人に魔法のアイテムを手渡した。
シンデレラには硝子の靴、かぐや姫には竹筒、そして白雪姫には林檎を。
「さあ、みんな‥‥お姫様達が、真のパワーを解き放てるように‥‥応援、してあげてください」
舞台裏からマイクで呼びかけると、子供達が声を合わせ「へんしーん!」と叫ぶ。
スモークマシンが作動、立ちこめる白煙に紛れて小紅は素早くドレスを脱ぎ捨てた。
その下から現れるは美少女戦士風のバトルコスチューム。
「ガラスのごとき煌めく情熱の戦士、シンデレラ・バーニング!」
青葉が星の輝きをまとって早変わり。
「夜空に煌めく月の輝き‥‥ブリリアントキューティー☆プリンセス・カグヤ!」
藤花は魔装のプリンセスドレスを活性化させた。
「甘やかな林檎の香り‥‥紅玉姫・ユキシロ」
三人声を合わせて決めポーズ。
『王女戦隊メルヘン☆プリンセスここに参上!!』
だがそこで舞台上空に翼を広げたパンドラが出現。
「こしゃくな人間どもめ‥‥我が忠実なる僕に始末させてくれる。いでよ『暴れん坊ジェネラル☆ヨシムネ』!」
悪役らしからぬ勇壮なBGM、そして近づく蹄の音。
白馬、もとい召喚獣スレイプニルに跨がり颯爽と草薙 雅(
jb1080)が見参!
乗馬を止めたヨシムネは状況を一瞥。
「やっぱり可愛いお姫様に仕えたいでござる!」
何とあっさり寝返ったぞ!
「ぬぬ。かくなる上は‥‥!」
パンドラは最後の手段とばかりパンクエデスに魔法をかけ、「覚醒・悪魔王」へとパワーアップさせた!
ついに一大決戦の幕が上がる。
「どうか‥‥あの方を守る力を」
藤花の祈りがアウルの光を伴う癒やしの風を喚び、王子を優しく包み込む。
光纏の赤い残像を引き、小紅はダイナミックな動きでパンチやキックを繰り出す。
「ルナティック☆ローリングソバット!」
アウルのオーラを身にまとい、星屑のような光を振りまきつつ青葉が華麗に宙を舞う。
「行け! スレイプニル!」
ヨシムネも召喚獣を突撃させる。
「無駄な‥‥足掻きを‥‥」
強大な悪魔王の力を前に何度か気圧されそうになるも、王女達は子供達が懸命に送る声援を糧にそのたび立ち上がる。
乱戦の中、王子の拳を受けた従者Gが力尽きて倒れた。
「‥‥これでいい。これでいいので御座る。全ては王子様の成長のため‥‥」
「なにっ? じゃあきみは、俺を強くするためわざと――」
「王子様に倒されるなら本望なので御座るよ‥‥ではさらば!」
遁甲の術を起動して素早く退場。客席からは姿を消したようにしか見えない。
焔が右耳のイヤーカフに触れると体が虹色の光に包まれる。
虹のリング嵌めた手を掲げ、ポーズを決めるて光纏エフェクトオフ。
指輪だけが虹色の光に輝く。
「数多の御伽話旅する七色の輝き‥‥虹色プリンス仮面、ここに参上!」
爺やの真意を知り、王子の秘められし力がついに覚醒した!
小天使の翼で舞い上がり、パンドラと激しい空中戦を展開。
「今だ! プリンセス達よ!」
王子の合図を受け、王女達の合体殺法トリプル・プリンセス☆トルネードキックがパンクエデスの胸板にヒット!
「おおう‥‥!?」
魔王はばったりと舞台上に倒れた。
客席から「トドメだー」「やっつけろー」の声。
だがシンデレラとかぐや姫は魔王を助け起こし、白雪姫が籠からパンを取り出した。
「三人で作った林檎蒸しパンです‥‥どうぞこれを食べて元気をつけて下さい」
「‥‥なぜだ‥‥」
「パンを粗末にした事は確かに人間が悪いです。でも人は過ちを直すこともできます。あなたのその力で、お腹を空かせた子供達を助けて上げて頂けませんか?」
「おまえら‥‥」
「これパンクエデス! 裏切るつもりかえ!?」
「きみはここで眠っていたまえ」
王子が舞台袖から取り出した魔法の壺を構える。
パンドラは悲鳴を上げて舞台上に落下した。
「むむむ〜っ。この屈辱‥‥忘れまいぞ」
かくして暗黒女王は壺の中に封印された‥‥という流れで退場。
●エピローグ
「俺は‥‥改心したが‥‥ガキ共‥‥! パンを‥‥粗末に‥‥したら‥‥また‥‥第二第三の‥‥俺が‥‥生まれっからな‥‥!」
魔王から心機一転「愛の食戦士」に生まれ変わったパンクエデスが客席に降り、学園から持参したお手製の菓子パンを子供達に配って回る。
「これで一件落着か‥‥では私は元の世界に帰る」
シンデレラが王子に挨拶した。
「どうやら舞踏会より武道会の方が性に合っているようだ」
「あたしもそろそろ帰らなくちゃ」
かぐや姫も手を振りながら言う。
「故郷でスタァへの道が待ってるもの!」
「そうか‥‥みんな元気でな。きみはどうする?」
二人に別れを告げた王子が、背後の白雪姫に振り返った。
「王子様、ありがとうございました‥‥あの‥‥実は打ち明けたいことが」
「‥‥え?」
「いつでも‥‥男の子は格好よくなれる。女の子はお姫様になれる!」
衣装を変えたベアトリスが再び舞台に現れ、幕引きの口上を述べる。
「今日このお芝居を観てくれた汝らだって、どんなにピンチになってもチャンスに変えて成長できる! 忘れてはならんぞ」
ぶっつけ本番で挑んだ舞台は、こうして大盛況のうちに閉幕。
残りの時間、撃退士達は子供達と遊んだり場内を片付けたりして過ごした。
「御伽噺‥‥子供の頃‥‥、お母さんに、絵本を‥‥読んで‥‥もらいましたっけ」
幼い日々を思い起こし、エンフィスはちょっぴり感傷的になるのだった。
<了>