「いやぁ、良いね良いね〜っ! こりゃもう面白くなりそうな予感しかしないよ!」
中等部校舎の空き教室で、武田 美月(
ja4394)はワクワクを押さえ切れず小さく叫んだ。
「偽装」とはいえ、デートのコーディネイト依頼などそうあることではない。
依頼主の湊ヒカリ(jz0099)、磯田剛三の両名は既に教室に揃い、間もなく学園を訪れるであろう剛三の祖母・磯田タツを出迎えるべく待機中。
「ついにあのヒカリきゅんも立派な男の娘に‥‥デートだなんて」
過去の依頼で自らヒカリに女装指南を施したことなど思い出し、アーレイ・バーグ(
ja0276)は感慨にふける。ついでにぽっと赤くなる。
「デ、デートっていっても、あくまで偽装ですから‥‥!」
オロオロした様子でヒカリが念を押す。
「ご安心ください。偽装を成功するためにも、ヒカリきゅんにはより完璧な男の娘になりきって頂きますから」
「あの‥‥」
力強いアーレイの言葉に、ヒカリの笑顔は微妙に強ばった。
「お婆さんに認めさせたい程の、磯田さんの湊さんへの思い‥‥素敵なのです♪ これは是非ともお手伝いせねば♪」
夢見るような瞳で村上 友里恵(
ja7260)が張り切る。
どうやら斡旋所で依頼の趣旨の説明を受けたとき伝言ゲーム的に情報が歪み、若干の勘違いが生じているようだ。
「男の娘ですか‥‥少し複雑だけど、可愛い格好をしたい気持ちに男女変わりはないですからね」
カタリナ(
ja5119)は男の娘という存在に慣れっこになってしまった自分に内心でため息をつきつつも、基本的には応援の姿勢。
「今回は突然だけど、湊さんにとってもいい機会かもしれません」
(うう‥‥告白した身としては複雑な気分)
白沢 舞桜(
ja0254)にとっては色々と悩ましい依頼だ。
いかに偽装といっても、男同士でデートしたとあっては後々どんな噂が立つかわからない。
まあ剛三の場合は自業自得だが、ヒカリの身に累が及ぶようでは困る。
(‥‥変な噂が立たないよう手を打たなきゃ)
「お婆ちゃんは九州から来るんですか?」
黒井 明斗(
jb0525)が剛三に尋ねた。
「ああ、そうだよ」
「僕も九州の生まれなんですよ」
「へえ?」
「だからお婆ちゃんの相手は僕に任せてください」
明斗としては剛三はさておきタツのことが心配だった。
(せっかく出てきたお婆ちゃんをがっかりさせたら気の毒ですからね)
事前の準備としてまず行ったのは、ヒカリや剛三を知る生徒達への連絡だった。
いくらヒカリの女装が完璧でも、互いの友人知人がデートの最中に接触してきて正体がばれてはぶち壊しである。
とりあえず関係各方面にメールを送り、当日は2人をスルーする、もしくは口裏を合わせてくれるよう要請。これには副次的に「後で悪い噂が立つ」ことを防止する目的もある。
「磯田様もヒカリきゅんも知り合いに事情書いたメール送って、デートの邪魔防止に協力して下さいね」
アーレイが剛三に頼んだ。
「磯田様のBL疑惑は‥‥自業自得ということで」
「ビーエル? 蒸気機関車のこと?」
「それはSL‥‥まあご存じなかったら結構です」
アーレイはまじまじ剛三を見やり、
「あ、きちんとした服着て下さいね? あまり持ち合わせが無さそうですが」
「うーん、そう言われて手持ちの外出着をいくつか持ってきたけど‥‥」
剛三がカバンを開けて持参の服数種類を取り出すが、正直どれも代わり映えしない。
どうも「デート」という言葉は知っていても、その意味までは深く考えていなかった様子だ。
「ではせめてお洒落っぽいものを見繕って‥‥これとこれなんか如何です? 今よりだいぶマシになるかと」
剛三にそうアドバイスすると、アーレイはヒカリに向き直った。
「ではこのウィッグを着用して下さいね。そうですねー‥‥ちょっと白いレースつきのリボンで飾ってみますか。胸はいつものPADつきブラで。メイクはいつも通りで良いですし。アクセサリはこれ貸して上げますね?」
エメラルドのイヤリングを外し、ヒカリにつけてやる。
「こうですか?」
ウィッグで髪型を変え鏡を覗くとかなりイメージが変わったので、ヒカリも驚いているようだ。
さらにアーレイは持参のドレスをヒカリに着付けてやった。
「スカートは身体のラインが隠れるように長めのを、あのおばあさまだと筋肉の付き方で性別判断できそうですし。服はフリル多めの可愛い系で‥‥ワタシノシュミジャナイデスヨ?」
以前の女装指南の際にヒカリの各部サイズはインプット済みである。
「別に男子と恋愛しろってわけじゃないんです」
一通り着替えを済ませたヒカリに、カタリナが話しかけた。
ファッションについてはアーレイに任せ、彼女自身は女の子らしい仕草や心境についてアドバイスしてやるつもりだった。
「女の子としてデートをしてみるのは、もっと可愛くなるのにいい経験になるかもしれませんよ?」
「そ、そうでしょうか?」
初デート(偽装)を目前に、ヒカリも緊張を隠せない。しかし「デートのためにお洒落する」こと自体はまんざらでもない気分なのか、その瞳はこころなしか潤んでうっとりした表情。
「磯田さんも今回は本番の練習とでも思ってしっかりエスコートしてあげてくださいね」
「え? はっ、はい」
剛三の方は相変わらずマイペース‥‥というか、むしろ予想以上の大事になってしまったことに戸惑ってる様子だ。
(まあ「ぎこちない」といってもまだ中学生ですからね。下手に演技を意識するより、本気のつもりで取り組めばそれらしく見えるはず)
カタリナは事前に仲間達と相談して決めたデートコースを伝えた。
「お祖母様が普段の様子を見に来られたのでしょうから、あまり特別な所を選ぶのは避けておきました。――ただ」
ちらっと剛三を見やり、
「案内で終わるのも練習にならないし、お祖母様から『普段のデートはどこでしているか?』なんて質問が来るかもしれません。要するに彼女ができたら連れていきたい場所、考えておいてくださいね」
大事なのは場所でなく連れていきたい意思。
だから本人に考えさせるのだ。
(腹を括れば仕草は後からついてくるもの。湊さんが状況にひっぱられ、より女の子の心境を持てれば成功ですね)
「磯田タツさんですか?」
キャンパスの一角。物珍しそうに学園内を見回す老婆が、明斗の声に振り返った。
「そうやけど?」
「黒井 明斗と申します。磯田先輩が急用で少し遅れるので、代理でお迎えに上がりました」
「剛三の後輩さん? いつでん孫がお世話んなっとります」
「いえこちらこそ。あ、お荷物お持ちしましょう」
「ありがとうやね〜。あんたも撃退士やろか?」
「はい。実は僕、天草の出身なんです」
「ほう熊本の? うちは博多たい♪」
「明斗さんからメールが‥‥お婆さんと接触に成功した模様。今は時間稼ぎに話し込んでいるそうです」
教室で待機する舞桜が仲間達に告げた。
「では行きましょうか?」
カタリナが振り返ると、ヒカリと剛三は着替えも済ませ準備OKだ。
「まーあれです。女の子の心を知るためにはデートも良い経験かと」
ヒカリの緊張を解すように話すアーレイ。
「ばれても困るの磯田様だけですし、気楽にいちゃついてみればいいと思いますよ? これでより美人になれれば儲けもの。ぐらいの気分でいた方が楽かとー」
「大事なのは気の持ち様です」
友里恵は剛三に対して助言した。
「湊さんの性別ではなく、可愛らしさを意識するのです! 相手を納得させるのは本当の気持ち‥‥即ち愛! なのです!」
「そうか――愛か!」
悟りを開いたようにぐっと拳を握る剛三。
いやあまり本気になられてもそれはそれで困るが。
「湊さんは変に演技はせず普段のままで良いかも‥‥自然な動きほど相手は信じるものなのです」
「自然な動きかぁ‥‥ありがとう、ボク頑張るよ」
アーレイがヒカリの背中をぽんと押して廊下に送り出す。
美月が物陰からそっと顔を出すと、ヒカリを連れた剛三が明斗と談笑するタツの側に歩み寄り、ペコペコ頭を下げる姿が見えた。
とりあえず祖母との再会、及び「彼女」の紹介はうまくいったようだ。
「ずっと見ていたいのは山々だけど、ぼちぼち行動開始しなきゃね」
デートコースの手始めは学園案内から。ただし中等部の校舎周りは避け、久遠ヶ原ならではの訓練施設等がメインだ。
舞桜はヒカリの「女友達」という名目で同伴し、明斗は引き続きタツの案内役としてサポートした。
何とかタツに挨拶を済ませたヒカリはモジモジしながら「恋人」剛三の横につく。
頬が微かに赤く染まっているのは演技ではなく本当に恥ずかしいからだろう。
友里恵は目立たぬよう制服姿で、表向きは他人のふりを装いつつ、つかず離れずデートの一行を見守る。
「何と言う光景‥‥むしろ私にとって御褒美なのです♪」
スマホを取り出し、こっそり撮影も忘れない。
「こうして証拠を残す事で、お婆さんと磯田さんの思い出を残すのです♪」
一足先にデートコースを下見するのは美月。
これは先行して危険物などがないかチェックする意味もあるが、コース上に他の生徒がたむろっている姿を見れば。
「ごめん、ここ今から依頼で使うんだけど‥‥」
まずは探りを入れ、ヒカリ達からメールを受け取った「知り合い」でないかを確認。
もし知らない様なら、
「ごめん、ほんっとごめん! 今度何か奢るからさ!」
謝ってその場から立ち去ってもらう。
中には、
「あー、メール見たよ。ひょっとして磯田達が来るの?」
と尋ねてくる生徒もいた。
「うん。だからバレないように隠れてて欲しいんだ」
「話しかけたりしなきゃいいんだろ?」
「そうだよ!」
「安心しろ。俺達も陰ながら応援してるからな!」
何やらノリノリの生徒達。よく見れば、しっかりスマホやハンディビデオを構え撮影準備を整えている。
(まあこれくらいならいいか‥‥)
美月が周囲を見回すと、日曜だというのにやけに生徒の数が多い。
どうやらメールを読んだ生徒が他の友人にも情報を回し、多数のギャラリーがヒカリと剛三を「陰ながら」応援するべく詰めかけているようだ。
「じゃあヒカリくんのことバラそうとするお調子者がいたら止めてよね?」
「任せとけ。そんな奴がいたら俺達で取り押さえてやる!」
学園内の案内を終えた後、一行は学外へと移動した。
といっても人工島である久遠ヶ原に史跡の類いはないため、無難なところで市内観光に落ち着いたが。
それでもタツにとっては見るもの全てが珍しいのか、
「いや〜学校も街も大きかねぇ。とてもここが島とは思えんばい」
しきりに感心している。
高齢のタツが疲れてしまう前に、一行は街のファミリーレストランへと立ち寄った。
いくつか候補に挙がった店のうち、予め美月が覗き空席のとれそうな処を調べてスマホで連絡してくれたのだ。
「さあどうぞ」
明斗が椅子を引き、タツは上機嫌で座った。
「なんでも好いとぉもの食べんしゃい。ここはうちの奢りたい」
「では僕はココアだけ頂きます」
間もなくテーブルに軽食とドリンクが並び、一同はすっかり打ち解けた雰囲気で午後のティータイムを過ごした。
「婆ちゃん、久遠ヶ原はどうだい?」
剛三が尋ねると、タツはほうじ茶をずずーっと啜り。
「なんでんかんでん驚くことばかりやねえ。長生きはするもんやけん」
そこでふと思い出したように。
「‥‥ところで剛三、あんたいつから衆道の趣味ができよったんやろか?」
「???」
剛三は不思議そうにヒカリを見やった。
「おい、シュドウって何だ?」
「さあ?」
ヒカリの隣に座った舞桜がつんつん袖を引く。
「あのね、『衆道』って‥‥男の子同士の恋愛のことだよ」
「ってことは、つまり」
「もうバレちゃってるよ‥‥ヒカリくんが男だってこと」
「え!? 何で分かったんですか?」
「分かるさねー。こう見えても若い頃は病院で働いてたもん」
芋羊羹を頬張りながらタツは笑った。
「あ、よかよか。孫が好いて一緒になった相手ならうちは文句なかとよ? ‥‥まあ他の家族が驚くかもしれんけど、故郷(くに)に帰ったらちゃーんと説得するけん」
舞桜と明斗は顔を見合わせた。
タツは「ヒカリが男だ」ということは見破ったが「剛三とヒカリが付き合ってる」ということは信じ込んでいるらしい。
「えーと‥‥」
困ったように剛三が頬を掻く。
「――ごめんなさい!」
次の瞬間、ヒカリがテーブルに両手をついて詫びた。
「ボク、本当は磯田君の恋人じゃないんです」
「どげんこつ?」
「お婆さん、実は‥‥」
舞桜が替わって事情を説明すると、タツはみるみる不機嫌そうな顔になり剛三を睨み付けた。
「剛三さんを許してあげてください。お婆さんを喜ばせようと思ってやったことですから」
「う〜ん‥‥いきなり押しかけたうちも悪かったかもしれなかねぇ」
お冷やの水をぐっと飲み、気を取り直したようにタツはため息をつく。
「まあ、孫が元気でやってる姿が見られただけでも満足たい」
時刻は夕方の5時近く。市内観光を済ませた生徒達はタツを島のフェリーポートまで見送った。
「どうぞお気を付けて」
最後まで付き添った明斗が、荷物を返しながら挨拶した。
「今日は楽しかったです。何だか自分の祖父母に会えたような気がして‥‥」
「嬉しかね〜。あんたらも撃退士のお仕事がんばりんしゃい。でもケガしたらいけんよ?」
ニコニコ笑って手を振ると、タツの小柄な体は桟橋を渡り船の中へと消えていった。
その様子を遠くから眺めつつ、美月もこっそり手を振る。
「お婆ちゃんはお見通しだったかぁ。でも面白かった♪」
「今日の行事を知っているご友人の皆さんも、お二人がどうなったか知りたい筈‥‥そんな皆さんに経緯を教えるのです♪」
スマホで撮影した各種画像にコメントを加え、友里恵は手早く依頼のレポートをまとめるのだった。
依頼を終えたヒカリはその足で『陽だまり』に出勤。
そのまま同行した舞桜も客として入店した。
「ヒカリさん、ご苦労様」
「ううん、白沢さんこそ。これはボクからの奢り」
ウェイトレス服に着替えたヒカリが、トレイに乗せて運んできた「陽だまりディナーセット」をテーブルに並べる。
「どう? 初デートのご感想は」
「緊張しちゃったよ。でも‥‥折角だから次は男の子としてデートしてみたいな、なんてね」
そういって、ヒカリは照れくさそうに笑うのだった。
<了>