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マスター:ちまだり
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:10人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/11/26


みんなの思い出



オープニング

 九州国東半島・豊後高田市東部にゲート生成を目論んだ天使アムビルは撃退士達との戦いに倒れた。また巨大ドラゴン型サーバント・ゲリュオンの殲滅にも成功、同市を巡る人天の攻防戦はひとまずの終結を迎えた。
 時を同じくして豊後高田市南方に迫っていた天使ハイデルの軍勢は後退を開始、先に占領した西屋敷付近に小規模な守備隊を残して半島南部の杵築城へと帰還しつつある。
 市街地周辺には相変わらず中小型サーバントが出没しているので「安全」とまでは言い切れないが、撃退庁・対天魔対策指令室九州支部は豊後高田市に発令していた非常警戒態勢を解除、同市及び周辺地域の警戒ランクを「交戦地帯」から「競合地帯」へと下げた。

 豊後高田市撃退署長・神志那麻衣を天使側に拉致されるという犠牲を払ったものの、ともあれ1年余りに及ぶ攻防戦はアムビルの死をもって人類側の勝利に終わった。
 アムビルの使徒であるヒルコ(jz0124)は戦場からの離脱を最後に生死不明。
 だがその行方について、撃退庁はある程度の情報をつかんでいた――。

●豊後高田市近郊〜山中
 意識を回復した時、最初に感じたのは全身に走る痛みだった。
「‥‥うっ‥‥」
 微かにあえぎ声を立てつつ、ヒルコはゆっくり身を起こす。
 黒いセーラー服は所々が破れ、手足は傷だらけ。少し身動きするだけで激しい痛みで目眩がしそうになる。
(どうなってるの‥‥?)
 使徒となって以来、戦いで重傷を負ったのは一度や二度ではない。
 だがそれらのケガは余程ひどいものでない限り、ひと晩も休めば綺麗に治っていた。
 使徒としての自己回復能力もあるが、何より主である天使アムビルから(たとえ遠く離れていても)常にエネルギーの供給を受けていたからである。
 だが今はそのエネルギー供給そのものが途絶えている。
 使徒としての契約がある限り、アムビルがエネルギーラインを勝手に閉ざすとは思えない。
 考えられるとすれば、エネルギー供給源である天使自身が――。
(アムビル様が? まさか‥‥そんな)
 なけなしの回復魔法で応急手当を施し、辛うじて立ち上がった。
 周囲は樹木が生い茂る、おそらくは山中。
 既に夜中となっていたが、木の間から差し込む月明かりである程度周辺の様子は分かる。
 そこはベテルギウスの根拠地である両子山とは明らかに違った。
 さらに見回すと、すぐ近くの大樹の枝に引っかかるようにして1体の飛行サーバント・グレムリンが息絶えていた。
 それを見て、ようやくヒルコの記憶も鮮明になった。

 アムビルの命によりゲリュオンに騎乗し出陣、撃退士達との激しい戦闘。
 そのさなか、深手を負った自分は意識を失う寸前、あのグレムリンに助けられ戦場から離脱したらしい。だが彼女を救ったサーバントもまた大きなダメージを負っていたため、両子山に帰還する前に力尽き、どこかの山の中へと墜落したのだろう。

「あたしのために‥‥ごめんなさい」
 だが配下の死を悼んでいる余裕はない。
 ヒルコは夜空を見上げた。
 どの方角を向いても、主の天使が開くはずだったゲートの反応は感じられない。
(それじゃあ、ゲリュオンもアムビル様も‥‥?)
 一瞬放心状態になってよろけた少女は、背後から聞こえる物音にハッとして振り返った。
『グルルル‥‥』
 低く唸りながら姿を現したのは、狼型サーバントのグレイウルフが数体。
 ヒルコは緊張し、片手に魔具のワンドを召喚した。
 もし彼らがよその天使の領地からはぐれた野良サーバントなら、使徒である己も「獲物」と見なされるはずだ。

 だが間もなくグレイウルフ達は少女の足元におとなしく座り、甘えるように鼻先を寄せてきた。
 おそらく彼らはアムビルが豊後高田市周辺に放っていた小型サーバントの生き残り。
 主の天使が死んでしまったため、その使徒であるヒルコを本能的に「新たな主」と判断したらしい。
「おまえたち‥‥」
 少女の瞳から涙が溢れ、自分の傷を気遣うように舐めてくる灰色狼を抱きしめた。
「ごめんね、アムビル様はもういないの‥‥あたしの力が足りなかったから‥‥」
(何で? 何でベテルギウス様は援軍を出して下さらなかったの?)
 天使陣営内部で起きた「政治的駆け引き」など、ヒルコは知る由もない。
 ひとしきり泣いた後、少女は気を取り直して立ち上がった。
 夜空の星の位置、そして使徒の魔法により自らの現在地を割り出す。
(少し遠いけど‥‥敵の勢力圏を避けて両子山に歩いて帰るのは可能ね)
「人類側への投降」という考えが一瞬脳裏を過ぎったが、すぐ振り払った。
(そんなことできない‥‥いまさら撃退士になった沙恵ちゃんに合わせる顔なんか、ない)
 何より両子山に戻り、あの大天使に問いたださねばならない。
 なぜアムビルを、自分の主を見捨てたのかと。
 その結果、自分が粛正されることになっても構わない。
 それが使徒として、アムビルと、そして最後まで自分を守ってくれたゲリュオンのために出来る唯一の償いだと思った。

●久遠ヶ原学園
「なぜですか!?」
 斡旋所のテーブルを挟み、夜見路沙恵は生徒会ヒラ委員の伊勢崎那由香(jz0052) に詰め寄っていた。
「契約を結んだ天使は死んだんですよ? 居場所が分かってるなら、あたしが行って沙奈ちゃんを説得します! もう契約に縛られる必要なんかない、こっちに戻って来ていいんだよって――」
「できれば、うちもそうしてもらいたかったんやけどなぁ‥‥」
 ため息をつきつつ、那由香は九州北東部の地図を広げた。
「ヒルコ‥‥いや沙奈ちゃんを連れて脱出した飛行サーバントは、結局両子山へは戻れんで近くの山の中に墜落したそうや。場所は豊後高田市のすぐ近くやけど‥‥」
 現場の山中では度々サーバント出現が報告され、一般人の立ち入りは厳重に規制されている。そもそも住人がいないので目立った戦闘こそ起きないものの、事実上の「競合地帯」であることに変わりはない。
「沙奈ちゃんの場合、まだ天使側を裏切ったわけやないから、当然向こうからも捜索隊が出てるやろ。もし現場で鉢合わせしたら戦闘は避けられん。残念やけど説得なんかしてる余裕はないで」
 とはいえ、ヒルコを生きて帰し別の天使と契約させれば、再び強力なサーバントを操る「脅威」として復活しかねない。
 その結果撃退庁から出された依頼は、

『山中に潜伏する使徒ヒルコの捜索、及び確実なる殲滅』

「うちかて沙奈ちゃんを助けてあげたい気持ちは同じやで? せやけどな、この1年間ケルベロスやドラゴンの脅威に怯えてきた、あの街の人たちのことを思えば‥‥」

 那由香の言葉に、沙恵はただ唇を噛んで俯くばかりだった。


『可能なら生きたまま回収しろ。ヒルコにはまだ利用価値がある。配下の天使で引き取りを希望する者もいる』
「むろん最善を尽くしますが‥‥主のアルビム様が戦死されたことで、彼女が心変わりを起こす怖れもあるかと。その場合は?」
『――始末しろ。既に新たな”候補者”は確保したのだろう?』
「畏まりました。‥‥では、また後ほど」

 携帯を切った厄蔵(jz0139) の口許に冷酷な薄笑いが浮かぶ。
「元はといえば彼女を勧誘したのはこの私‥‥最期の幕も、この手で降ろしてやるのがスジというものでしょう」

前回のシナリオを見る


リプレイ本文

『”コヨーテ”より本部へ、現場に到着した。現在のところ周囲に敵影なし。これよりミッションを開始する』
『本部より”コヨーテ”へ。現在、同じ山中で久遠ヶ原学園生徒11名が依頼遂行のため行動中だ。目標の殲滅はなるべく彼らの手によって行われるのが望ましい。君らが介入するのはあくまで”最後の手段”と心得よ』
『了解』

●大分市豊後高田市〜市街地南東の山中
「それじゃあ、山狩りを始めるとすっか」
 向坂 玲治(ja6214)はロンゴミニアトの槍を担ぎ直し、肩のこりをほぐすように首を回した。
 現在地は月明かりにぼんやり照らし出された山道。サーバントなど出現しない平和な時代であれば、ハイキングやキャンプにうってつけの観光地として賑わっていたことであろう。
 今回の依頼目的はシュトラッサー(使徒)・ヒルコ(jz0124)の殲滅。
 玲治にとってヒルコは初対面の敵だが、関連依頼の報告書には一通り目を通した。
 平凡な少女だった夜見路沙奈が使徒ヒルコとなった経緯、そして今回依頼を共にする仲間達がこれまでヒルコと関わりをもってきたことも知っている。
(そのうえワケありの新人さんまでご同行か‥‥面倒なことにならなきゃいいが)
 パーティーの後列を俯き加減で歩くバハムートテイマー、すなわちヒルコの双子の姉・夜見路沙恵の姿をちらりと振り返り、複雑な心境になる。
 だが手負いとはいえ相手はサーバントより格上の使徒。また天界側からの捜索隊と遭遇すればその場で交戦は避けられず、いずれにせよ油断は禁物だろう。

(ほんの少し運命が違ったならば‥‥)
 山道を踏みしめ進みながら、レイラ(ja0365)はそう思わずにいられなかった。
 本来、沙奈はシュトラッサーになるはずもない、内気で優しい少女だった。
 彼女の父親が悪魔の手でディアボロにされなければ。
 そのディアボロを殲滅した撃退士達にもう少し分別というものがあれば。
 あるいは姉の沙恵が持つ撃退士適性がもっと早く判明していれば――。
「もし」を言い出せばきりがなくなるが、様々な運命のいたずらが重なった末、いま事態は最悪の結末を迎えようとしている。
 今回、撃退庁を通して出された依頼は「人類の敵・使徒ヒルコの確実なる殲滅」。
 豊後高田市東部の戦闘で主の天使アムビルを失ったヒルコが、天使側勢力圏に生還し新たに別の天使と契約を結ぶ前に始末せよ――という極めて厳しい内容である。

「人類の敵、か‥‥ソレは誰のコトなんだろーな?」
 七種 戒(ja1267)はぽそっと呟いた。
 ヒルコを発見した際に投降勧告を行わないのは「現場が競合地帯であり、天使側捜索部隊との交戦は必至」というのがその理由だが、戒にはそれだけとは思えなかった。
 ヒルコを使徒へと勧誘したのは厄蔵(jz0139)だが、その背景にはディアボロ化した夜見路茂明を殲滅する際、居合わせた娘の沙奈に対して粗暴な言動を取った国家撃退士達の不祥事がある。
「‥‥撃退庁のお役人にしてみれば、あのかわいこちゃんがここで消えてくれた方が何かと都合が良いんだろーね」
 しかし何処の誰にどんな思惑があろうと、戒自身は己の信ずるところによって決断するつもりだった。その結果がどうなろうと、甘んじて背負うだけの覚悟で。
「少なくとも、私は私のやりたいようにしか動かんよ」

(ここが最後の分水嶺‥‥殺す覚悟も、殺さない覚悟も)
 ヒルコ関連の依頼に初期から関わってきた1人、Rehni Nam(ja5283) (レフニー・ナム)はナイトビジョンを装着した目で闇の奥を睨む。
(‥‥そして、命を賭け、ここで死ぬ覚悟も)
 かつてヒルコが豊後高田市の国家撃退士5名を人質に取った事件。その救出依頼に参加した際、レフニーと仲間の撃退士達は――沙奈がヒルコになった大本の原因である――夜見路茂明ディアボロ化事件の詳細を報告書にまとめ、その情報公開と然るべき対応を要請した文書も添えて同市の撃退署長・神志那麻衣に託した。
 肝心の麻衣がその後の攻防戦のさなか厄蔵に拉致されてしまったため、果たしてその書類が撃退庁まで届けられたかどうかは分からない。
 仮に届けられていたとして、今回の依頼そのものが撃退庁側の「回答」だったとしたら。
(もしそうだとしたら、私は――)
 レフニーの胸中で、ある1つの「決意」が形を取りつつある。
 それはこれまで久遠ヶ原学園生徒として、撃退士として築きあげてきた己の人生そのものを否定しかねない危険な選択。
「どないしたんレフニー? えらく思い詰めた顔して」
 すぐ側から心配そうに声をかけたのは亀山 淳紅(ja2261)。レフニーにとって大切な恋人でもある。
「ちょ、ちょっと緊張しちゃったのですよ。夜間戦闘はどうしても撃退士の方が不利になるから」
「そらま、そうやけど‥‥あまり肩に力入れすぎてもあかんで。こんな時だからこそ自分らが落ち着いて動かんと、沙恵ちゃんが不安になるやろ?」
「てへへ、もう大丈夫なのです。後輩の前でみっともないところは見せられませんからね」
 無理に笑顔を浮かべ、レフニーは視線を前方に戻した。

「あの、皆さん、本当に沙奈ちゃんを‥‥?」
 沙恵が傍らのレイラにおずおず問いかけた。
 ヒルコ殲滅の依頼に肉親の沙恵が参加するのは不適当、と一度は生徒会から制止されたものの、彼女の強い希望から「同行する先輩撃退士の指示には必ず従う」という条件付きでようやく許可が下りたのだ。
「安心して下さい、沙恵さん。私達はあくまで久遠ヶ原学園生徒であって国家撃退士ではありません。撃退庁の意向だからといって無条件で従う義務はないのです」
 レイラは答えた。
 同行する仲間達と相談した結果、もし天使側の部隊より早く沙奈を発見できれば、おとなしく投降し学園の庇護下に入るよう説得するつもりだ――と小声で打ち明ける。
「確かに沙奈さんがヒルコとして行った行為は決して許されるものではありません。でも、せめて人の道を取り戻せるようにしてあげたい。彼女が自ら堕天の意志を示して学園に来てくれれば、生きて罪を償う方法もきっと見つかるはずです」
「できる、でしょうか‥‥?」
「沙恵さんは彼女に精一杯思いの丈を伝えて下さい。『一緒に帰ってやり直そう』と」
「‥‥はい」
 不安と希望が入り交じった面持ちで、沙恵はこっくり頷く。
 そんな沙恵に獅童 絃也 (ja0694)が歩み寄った。
「以前に家庭教師として訪問したとき、俺が言ったことを覚えているか?」
「ええ。確か‥‥『人は何かを成す為に生を受け、なし終えた時に死んでいく』でしたっけ?」
「分かっているなら、良い」
 それだけいうと、絃也は再び沙恵から離れ己の配置に戻った。

●夜の森のヒルコ
「だいたいの居場所が判明してるっていっても、こんな山の中じゃ手間がかかって仕方ないぜ」
 スマホに表示されたGPSの地図と周囲の地形を見比べながら、笹鳴 十一(ja0101)がぼやいた。
 デジタルの地図上には、撃退庁のコンピュータが「ヒルコが落下した地点」及び「人類側勢力圏を避けて両子山を目指し徒歩で移動した場合」の仮定からシミュレートした、「ヒルコ現在地予測」が赤い点で表示されている。
 主の天使からのエネルギー供給を断たれたヒルコの身体能力は著しく低下し、撃退士の脚でなら容易に追いつけるものと考えられていた。
 もっともそれらは全て理屈の上の話。実際に深夜の山中に分け入ってしまえば、自らの現在地を確認するのも一苦労であり、ましてや離れた場所を移動中の少女を見つけるのは至難の業といってよい。
「任せて。こんなこともあろうかと修行してたニンポーがあるよ」
 犬乃 さんぽ(ja1272)が一行をいったん停止させ、自らは山中の闇に向かって静かに念を凝らした。
「僕達には見えなくたって、ここには森に息づく物達の目や耳がある‥‥シルバニアン☆ニンポー、教えて森の仲間達!」
 鼠のような小動物達を操り、術者が指定した対象1名の居場所を探る特殊スキル「響鳴鼠」。「術者自身が見知った相手」という条件つきだが、その点さんぽは過去依頼においてヒルコの顔を何度も見ている。
 ザワザワ‥‥茂みの中で夜行性の小動物達が動き出す気配。
「どう? さんぽちゃん」
 百瀬 鈴(ja0579)を始め、撃退士達は息を殺してさんぽを見守った。
「‥‥あれ? この辺にはいないかな」
 残念そうに術を解くと、さんぽは少し移動してから再び響鳴鼠を発動した。
「――いた!」
 今度は反応があった。
「こっちの方だよ!」
 走り出したさんぽの後を、他の仲間達が追う。

 数分後――山林の中で少し開けた広場で、撃退士達はヒルコを発見した。

 歩き疲れて小休止をとっていたのだろう。
 深夜の山中、冴えた月明かりに照らされ、5体のグレイウルフに囲まれ草むらに座り込んだ少女の姿は、あたかも絵本の一頁のごとく幻想的な光景だった。

『グルルル‥‥』

 最初に反応したのはグレイウルフ達だった。
「主」の少女を守るように立ちはだかり、唸り声を上げて鋭い牙を剥く。
「おやめ」
 だがヒルコは配下のサーバント達を制止すると、ゆっくり立ち上がった。
「‥‥何の用?」
 一瞬の気まずい沈黙。
「見つけたヒル‥‥沙奈ちゃん、ボク達と一緒に帰ろうよ!」
 努めて明るい口調でさんぽが声をかけた。
「やっほ、どこまでも付き合うって約束果たしに来たよ」
 それに合わせて、鈴も片手を上げ挨拶する。
「あたしを討つために来たの?」
「まあ、一応はそういう依頼になってますけどね」
 ショットガンの銃口を下ろし敵意はないことを示しつつも、十八 九十七(ja4233)は事実を告げた。
「‥‥そう」
 ヒルコの赤い瞳が、疲れたように睫毛を伏せ地面に視線を落とす。
「なら、もうこれまでね。今のあたしにあなたたちと戦う力は残ってない‥‥早く済ませて」
「バカいわないでよ沙奈ちゃん!」
 後列から飛び出した沙恵が妹の両手を握った。
「みんな沙奈ちゃんを助けに来てくれたんだよ!? たとえ撃退庁に逆らっても、沙奈ちゃんを久遠ヶ原学園へ連れ帰って守ってもらおうって――!」
「それは‥‥無理」
 哀しげにヒルコはかぶりを振った。
「この場を見逃すというなら、あたしは両子山に戻る。戻ってやらなきゃならないことがあるから」

 撃退士達は互いに顔を見合わせた。
 幸いヒルコに抵抗する意志はなかった。だが本人はあくまで天使側陣営に戻るつもりであり、自ら投降させるには何らかの方法で説得する必要がありそうだ。
「さて、ちっとの間だが話を聞いてもらうぜ」
 いつでも槍を構えられる態勢を取りつつ、玲治はやや距離を置いて使徒の少女に相対した。

 撃退士達の一部は沙恵と共にその場に残り、他の者達はさりげなく周囲の警戒にあたる。
 これはヒルコの逃亡を防ぐため――というより、予想される天使側捜索部隊の襲来に備えたものだ。
 現在豊後高田市周辺で活動が確認されているシュトラッサーは吉良峰時々(jz0186)、朧月、そして厄蔵。そのうち朧月は南の西屋敷付近でサーバントの指揮を執っている姿が目撃されているし、吉良峰はそもそもベテルギウスの配下かどうかさえはっきりしない。
「となりゃあ、来るとすればやっぱりあのオヤジか」
 愛刀・紅文字とオートマチック拳銃を携えた十一はヒルコと沙恵が一望できる場所から周囲の茂みを見回し敵の気配を伺った。
「ここまで来ちまったなら‥‥可能性を信じて『敵』を薙ぎ払うのが俺さんのやるべきこと、だわな」
 やはり厄蔵の襲撃を予測した淳紅は、持参したガラス片を周囲の茂みにばらまいた。
「いくら光学迷彩で姿を消しても、足音までは消せへんやろ?」
 レフニーは生命探知と異界認識で周辺を索敵したが、今の所この界隈で感じ取れるのは自分達とヒルコ、彼女のサーバント、あとは無害な森の小動物の気配のみ。
(しばらくは邪魔も入らないようですね)
 そう判断すると、ヒルコの側に歩み寄り、ライトヒールを施した。
「‥‥なぜ?」
 回復魔法を受けたヒルコが驚いたように声を上げる。
「いまサエちゃんが言ったとおりです。サナちゃんさえよければ、私達と一緒に学園に来て欲しい‥‥私も‥‥二人の歌が聞きたいのです」
「‥‥」
「さっき『やることがある』と言ってたが‥‥キミのやりたいコトは何だね? かわいこちゃん」
 改めて戒が尋ねた。
「大天使に‥‥ベテルギウス様に会って確かめる。なぜアムビル様を見捨てたのかと」
「あれ? 天使の世界って上の命令には絶対服従だって聞いたけど‥‥」
 鈴は首を傾げた。
「それじゃあ、堕天しなくとも反抗したって思われるんじゃない?」
「構わない。たとえ、それで粛正されることになっても」
「沙奈ちゃん!?」
 沙恵の顔から血の気が引いた。
「君をグレムリンに助けさせたのはゲリュオンや。あの竜は、最後まで君が生き延びることを望んでたんやで?」
 ヒルコの両肩をつかみ淳紅が告げた。
「彼が‥‥」
「ゲリュオンの気持ちを無駄にするつもり? 今天界側に戻ったって死ぬだけだ。キミを助けてくれた二人に報いたいなら、一番は生きる道を探すこと」
 鈴も言葉を尽くして説得する。
「学園に行けば、生きて天界に行く機会を掴める。撃退庁が何といおうと、あたし達も全力を尽くすよ」
「キミはそれでいいかも知れないよ、でも、沙恵ちゃんはどうなるんだよ‥‥たった一人の家族なんだよ、それをまた独りぼっちにするの?」
 さんぽの言葉に答えられぬままヒルコは俯く。
 表情こそ変わらないが、その瞳には明らかに葛藤の色が浮かんでいた。

 そんなヒルコの様子を、少し離れた場所から絃也はじっと睨んでいた。
 彼自身は説得に加わるつもりはないし、かといって周辺警戒に赴く必要もないと考えている。
 おそらく厄蔵は来るだろう。
 それがヒルコの奪回であれ粛正であれ。
(アレの狙いはこいつだろう、ならば逆にここで待ち構えておけばいい)
 一連のヒルコ関連依頼に関わり始めた当初から、そして現在に至るも彼の目的は揺るぎなく定まっている。
 だからといって仲間達を押しのけ我を通すほど傲慢でもない。
 仲間達がヒルコに同情し、堕天を説得するというなら自由にさせるまでだ。
(俺は俺自身の矜持に従って動くまでのこと‥‥)
 そのためにも、むざむざ厄蔵にヒルコを討たせるわけにはいかなかった。

 ふいに頭上からカアカアと喧しい鳴き声、そして羽ばたきの音が響いてきた。

●姿なき襲撃者
「鴉? こんな時間に‥‥?」
 不審を覚えたさんぽは最後に残しておいた響鳴鼠を発動した。
 森の小動物達を通し、既に見慣れたソフト帽にフロックコートをまとった男の姿が、一瞬さんぽの脳裏に浮かんだ。
「やはりね‥‥出てくると思ったよ。みんな気を付けて、森の仲間達が厄蔵が近づいてるって」
 しかし姿が見えたのはほんの一瞬。
 男の影はすぐ茂みの中に溶け込むように消え去った。
「やっぱりおいでなすったか!」
 十一はさんぽが指示する方向へ走り、月明かりにぼんやり浮かぶ山林を凝視した。
 光学迷彩といっても完全な透明人間になれるわけではない。
 足音、葉擦れの音などから気配を察することはできるはず。
 カシッ――淳紅が予め撒いておいたガラス片を、何者かが踏みつける音。
 レフニーが星の輝きを行使、照明弾を打ち上げたように周囲が明るく照らし出される。
 その光の中にぼんやり人型の影が浮き上がった。
 影の辺りを狙い、すかさず十一が銃弾を撃ち込む。

「――やあ、こいつは皆さんお揃いで」
 もはや身を隠すのは無理と悟ったか、自ら光学迷彩を解いた厄蔵が帽子を軽く取って悪びれもせず挨拶した。
「ほんっと無粋だよねアンタ」
「恐縮ですが、これも仕事ですから」
 鈴の皮肉にもポーカーフェイスでぬけぬけ答える。
「よう、はじめましてってやつだな。俺としちゃ、このまま今生の別れまでいきたいところだが」
 軽口で挑発しつつ、玲治が槍の穂先をシュトラッサーの男へ向けた。
「気が合いますねぇ。実は私も全く同じことを考えておりました」
 厄蔵が片手でステッキを振り上げるや、柄から先が鋭利な直刀へ変わる。
 いわば仕込み杖だが、かつて「天魔大戦」の戦場においては精鋭撃退士数十名を相手に切り結んだ業物だ。
「素直に進まないのがお約束、てか 」
 戒はコンパウンドクロスボウを空に向け、頭上から急降下してくる闇鴉の群に矢を射かけた。
 ヒルコは固まった様に動かない。
 使徒であろうとするなら、直ちにグレイウルフに命じて撃退士達を攻撃するのがスジだろう。
 だが彼女はかねてから厄蔵という男に対して強い不信感を抱いており、また自らの両手を握りしめた沙恵から離れることができなかった。
「自ら追い求めた正義の果てに有ったのは、友の死と呪でしたの」
 ショットガンを構え直しながら、九十七がヒルコに語りかけた。
「貴女はまだ一つ、失っていないものがあります故。その一つすら切り捨て、世界全てを切り捨てるには勿体無いですの」
 それだけいうと、後も見ずに厄蔵目指して走り出す。
(腹に一物抱えての大立ちまわりなんてまた、随分らしからぬ事をしてますの‥‥)
 人ではなくとも、ゲリュオンという「友」を喪ったばかりのヒルコに僅かでも己の言葉が届けば良いと願いながら。

 何を思ったか、突如厄蔵が仕込み杖の切っ先を地面に突き立てた。
「斬魔滅冥流奥義――塚崩し」

 ふぉぉぉぉん‥‥

 不気味な泣き声と共に周辺の大地から黒く干からびた死者の手が無数に伸び、撃退士達の足に絡みつく。
 仕込み杖を背中に付くほど大きく振りかぶり、厄蔵が走る。
 身動きの取れなくなった撃退士達めがけ、強烈な居合い斬りが牙を剥いて襲いかかった。
「‥‥くっ!」
 咄嗟に庇護の翼を展開、仲間のダメージまで肩代わりした玲治が呻き声を上げ地面に片膝を突く。
 その傍らを駆け抜け、厄蔵は夜見路姉妹のいる場所まで接近していった。
「何をしているのですかヒルコ? 私はあなたを助けに来たのですよ。さあ、配下のサーバントに命じて一緒に戦って下さいな」
「‥‥っ」
 今度は天界側からの選択を突きつけられ、ヒルコは無言で唇を噛みしめる。

「沙奈ちゃん守るために――君に厄蔵と戦って欲しい」
 淳紅が沙恵の耳元に囁いた。
 それは沙奈の目を覚まさせるため、悩み抜いた挙げ句選んだ最後の手段。
 だが新人の沙恵を彼女より遙かにベテランの撃退士さえ手こずる強敵と戦わせるのは、無謀の極みともいえる。
「死ぬかもしれん。これは賭けや――賭分は君の命と自分らの大事なもの。勝てば絆、負ければ全て失う。それでもやってくれるか」
「‥‥やります」
 青ざめた顔で頷くと、沙恵はヒルコから手を放し、厄蔵に向き直った。
「もうあなたに沙奈ちゃんを渡さない!」
 彼女が召喚した蒼銀の竜、ティアマットが使徒の男めがけて猛然と突進するが。
「何ですか? このケダモノは」
 仕込み杖が一閃し、4m近い幻獣を一刀の下に切り捨てる。
「あぅ‥‥!」
 我が身に同じダメージを受けた沙恵は悲鳴を上げるが、怯むことなく召喚獣に再度の突撃を命じた。

「選ぶんや、沙奈ちゃん」
 呆然としたヒルコに、淳紅が選択を迫った。
 堕天の意志を明らかにし、沙恵を守るため自分達と共に戦うか。
 沙恵を見殺しにした上で、自らも殺されるか。
「今、君を縛っとるもんは何もない。沙恵ちゃんを守る選択肢も選べる」
「‥‥あたしは‥‥」
「それでも沙恵ちゃんを見殺しにするなら、そん時は自分が君を殺す。この声と一緒に」
 ポケットから取り出したカッターを己の喉に押し当て、空いた方の手で以前に渡した物と同じ携帯音楽プレイヤーを差し出した。
「君の心を信じとる。待っとるよ、沙奈ちゃん」

 何度目かの斬撃を受けたティアマットが消滅し、同様に傷だらけとなった沙恵ががくりと地面に跪いた。
「夜見路沙恵さん。思えばあの時、あなたを消しておくべきでした‥‥まぁ今からでも遅くはありませんがね」
 戦闘不能となった撃退士の少女に向けて厄蔵の仕込み杖が振り下ろされる。
 唐竹割りに沙恵を両断するはずだったその刃が、強い力に弾かれ脇に逸れた。
 厄蔵が顔を上げると、そこにはワンドを構えたヒルコの姿。
 間一髪、空間歪曲で沙恵を救ったのだ。
「‥‥何の真似ですか?」
「よくも、沙恵ちゃんを――」
 ヒルコの華奢な肩が震える。
 無表情だった少女の顔が激しい怒りに歪んだ。

「厄蔵ぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 主の意を汲んだグレイウルフ達が灰色の弾丸のごとく跳躍する。
 サーバント群と連携を取りつつ、突撃したヒルコもワンドから断罪の光を放つが。

 仕込み杖の切っ先が銀色の軌跡を描き、次の瞬間には胴斬りにされたグレイウルフ達の屍が地面に落下。
 ヒルコ自身も肩口から血飛沫を吹いて倒れていた。

「残念ですねぇ、ヒルコ。この場を生き延びれば、あなたはさぞ優秀なシュトラッサーになれたでしょうに」
 言葉とは裏腹に、厄蔵の口の端はさも嬉しげに吊り上がっている。
「天界への反逆者とみなし、あなたを粛正――」
 とどめを刺すべく、再び仕込み杖を大きく振りかぶった、その瞬間。
 闘気を解放した絃也がおもむろに間合いを詰め、一瞬動きを止めた厄蔵の両腕に左右の掌底を打ち込んだ。
 八極拳でいうところの「徹し」である。
 さすがに杖を落とすまではいかなかったが、態勢を崩した厄蔵が驚いて飛び退く。
「貴様に用はない。お引き取り願おうか」
「ほう? あなたも一緒に死にたいと」
 間合いをとった厄蔵に仕込み杖を構え直す余裕を与えず、レイラが突入した。
「もう二人を傷つけさせません」
 蛍丸による複数同時斬撃を浴び、さしもの厄蔵も顔をしかめる。
 肉体の限界を超えたスキル使用によりレイラの動きが止まるが、彼女に続いて十一の鬼神一閃が、玲治のロンゴミニアトが矢継ぎ早に繰り出される。
「沙奈ちゃんはあたし達と一緒に学園に帰るんだ。もう『ヒルコ』なんて呼ぶな!」
 縮地で飛び込んだ鈴が、渾身の力で烈光丸の刃を叩き込む。
 構えに隙の多い七胴落としの使用を諦めた厄蔵は、やむなく通常の剣術に切り替えた。
 威力は落ちるといえ、時に光学迷彩の使用も交えたトリッキーな動きから繰り出される斬撃が撃退士達を攪乱する。
「あなた方と遊んでいる暇はないのです」
 一瞬姿を消してその場を擦り抜けた厄蔵が、夜見路姉妹を仕留めるべく走り寄る。
 そのフロックコートの裾を、九十七の片手が掴んだ。
 言葉による行儀の良い説得など彼女の柄ではない。
 敵だらけの外界と戦ってでしか己が境地を切り開く事が出来ない「醜く歪で純粋で綺麗な、一つの正義」――それをこの場にいる全ての存在に見せつけるために。
 極限まで凝縮されたアウルの力が超高熱・超高圧の大爆発を起こし――。
 爆炎が収まった後には、ダメージを負ってふらつく厄蔵と、その足元に倒れた九十七の姿があった。

 上空の離れた一角から、にわかに一層甲高い闇鴉達の鳴き声が響いてきた。
 その声を聞いた厄蔵が僅かに眉をひそめる。
「おや、別口の『お客』がいらしたようで――」
 ソフト帽を取って周りを囲む撃退士達に一礼。
「どうやら私が手を下すまでもないようです。では、これにて」
 数知れぬ闇鴉の群が一斉に突入してくる。
 各々魔具を構えて応戦する撃退士達だが、数秒後にあっさりサーバント群は飛び去り、そこにはもう厄蔵の姿もなかった。

「終わったのか? ‥‥いや、そうでもないか」
 十一の耳には、闇の彼方から近づく新たな、そして明らかに複数の足音が聞こえていた。

●影の部隊
 間もなく現れたのは、黒い野戦服に身を包み、さらにフェイスマスクで顔を覆った十名ほどの兵士達。中には剣や鉤爪を装備している者もいるから、おそらく撃退士であろう。
「我々は敵ではない。撃退庁から派遣された国家撃退士部隊だ」
 指揮官らしき1人が前に出て声を張り上げた。
「国家撃退士? 聞いてないね。我々以外の撃退士がこの山に来ているなんて」
 負傷者に応急手当を施しながら、戒が聞き返す。
「故あって詳しいことは言えないが‥‥とにかく目的は君らと同じ。使徒ヒルコの殲滅だ」

 学園生徒達の間に緊張が走った。

 噂には聞いていた。
 撃退庁内部で秘密裏に結成されたエリート特殊部隊。その任務は一般の撃退士(ブレイカー)と違い、人間社会に潜伏するシュトラッサーやヴァニタスを探り出し殲滅する、いわば抹殺者(エリミネーター)。
 非公然部隊ゆえ彼らの活動は一切の公式記録に残されないが、その実力は生徒会親衛隊に勝るとも劣らないという。

「何の御用でしょうか? ここにヒルコはいませんよ」
 口を開いたのはレフニーだった。
 さりげなく地面に倒れたヒルコと、自らのケガも忘れ妹を気遣う沙恵を庇う位置へと移動する。
「ここにいるのは夜見路沙奈――ごく普通の、中学生の女の子なのです」
「ああ、ヒルコに関する報告書は全て読ませて貰った。君らが彼女と度々接触し、ある意味特殊な感情を抱いていることも理解している」
 やや気まずそうな口調で、特殊部隊の指揮官が告げた。
「だから我々が派遣されたのだ。君らがヒルコに手をかけるのを躊躇った場合、代わって依頼を遂行するようにと」
(やはり、撃退庁はあくまでサナちゃんを‥‥)
 震えながら拳を握り締めるレフニー。
「待ってよ! ヒルコ、いや沙奈ちゃんは自分から堕天を決めたんだ。現にあたし達と一緒に厄蔵と戦って――」
「夜見路家の一件とその後の住民による苛めは派遣した撃退士の残虐行為と被害者遺族へのケアの無さが産んだ、いわば人災です。撃退庁はこの事件を暴力でもみ消すつもりなのですか?」
 鈴やレイラも、口々に抗議の声を上げた。
 だが、指揮官のマスクからはため息らしき音が洩れただけだった。
「思った通り‥‥殲滅対象へ感情移入しすぎて冷静な判断力を欠いているようだな。もういい、後の処置は我々に任せて学園に帰りたまえ」
「何度言えば分かるのですか? ここにはもう『人類の敵』ヒルコはいません。そもそもヒルコを生み出したのは一体誰ですか?」
 レフニーは己の言葉がもはや虚しいものであることを悟っていた。
 そしていよいよ内心で「決意」を固める。
 ここで撃退庁に沙奈が抹殺されたら自分は人類を見限ろう。
 沙恵を連れて国東半島の天使陣営に「亡命」しよう、と。
(ジュンちゃん、さようなら‥‥大好きだよ)

「ラチが開きませんよ隊長! 直ちに強制執行しましょう。邪魔するガキどもは戦闘不能にして学園に送り返せばいい!」
 隊員の1人が業を煮やした様に怒鳴る。
「落ち着け。こんな所で撃退士同士が争ってどうする?」
 逸る部下を宥めると、指揮官は再び向き直り、やや声を和らげた。
「堕天の意志があるとのことだが‥‥本人と話させてもらえるかな?」
 意識を回復したヒルコがびくっと身を竦めた。
 黒い戦闘服の男達を見て、概ね事態を飲み込んだらしい。
「本当に堕天の意志があるのか?」
 こくん、とヒルコは頷いた。
「一口に堕天といっても、本物の天使とシュトラッサーではまるで立場が違う。あるいは学園に行っても、最終的に我々の手で『処分』されることになるかもしれん。それでもいいのか?」
「‥‥構わない。あたしの犯した大きな罪‥‥この命で、償えるなら」
「よろしい」
 指揮官は部下の方へ振り返った。
「ミッションを一時停止する! まずは本部に現状を報告、目標の『殲滅』を『身柄確保』に変更するよう、私から進言しよう」
「た、隊長? それは命令違反です!」
「心配するな、責任は全て私が取る。光信機を持ってこい」
「はあ‥‥」
 通信兵らしき隊員が機材を担いで進み出る。
 張り詰めていたその場の空気が、やや緩んだ。
「よかったね、沙奈ちゃん!」
 嬉し涙を浮かべた沙恵が、ヒルコを抱き起こし立ち上がらせてやった。
 通信の準備を始めた指揮官の姿に一同の注目が集まる。

 じっと待ち望んでいたその瞬間、絃也は動いた。

 縮地を使い一気にヒルコの側に移動。
 密かに練っておいた練気をシュトルムエッジに込め、彼女の心臓を一気に差し貫く!
 度重なるダメージにより生命を消耗した使徒へとどめを刺すのに、それは充分過ぎる一撃だった。
 少女の赤い瞳が驚きに見開かれる。
 ――が、全てを理解したように微笑むと、絃也を見つめながら微かに唇を動かした。

『ア・リ・ガ・ト・ウ』

「人の理を外れた使徒は既に死者である、死者と生者が共に暮らせる道理はない」
 言葉を失い立ち尽くす仲間達に、絃也は告げた。
「使徒になった罪をそのままに救済したところで意味は無い、死者として永らえる事は生前を貶める事にほかならん。滅する事で救済とする――人にとっては理不尽だろうが、俺にとっては最良の方法だ」

「使徒を殲滅‥‥状況終了だな」
 光信機のスイッチにかけた手を放しながら指揮官が呟いた。
 絃也の前に歩み寄り、背筋を伸ばして挙手の礼を取る。
「撃退士として、君の行動は正しいものだ。ご協力感謝する」
「礼をいわれる筋合いはない。俺は、俺なりのやり方で彼女を救っただけだ」
 それだけいうと、絃也は指揮官からぷいと顔を背けた。


 ヒルコの遺体は久遠ヶ原島へ移送された後、検死や司法解剖など所定の手続きを経て唯一の遺族である沙恵の元に戻された。
 人間にも天使にもなりきれなかった出来損ないの神「ヒルコ」――死することでようやく人間「夜見路沙奈」へと戻れた少女は、いま島内の墓地で静かな眠りに就いている。

<了>


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 厳山のごとく・獅童 絃也 (ja0694)
重体: −
面白かった!:19人

ありがとう‥‥・
笹鳴 十一(ja0101)

卒業 男 阿修羅
202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
思い出は夏の夜の花火・
百瀬 鈴(ja0579)

大学部5年41組 女 阿修羅
厳山のごとく・
獅童 絃也 (ja0694)

大学部9年152組 男 阿修羅
あんまんマイスター・
七種 戒(ja1267)

大学部3年1組 女 インフィルトレイター
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
胸に秘めるは正義か狂気か・
十八 九十七(ja4233)

大学部4年18組 女 インフィルトレイター
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト