マイクロバス1台、バイク2台に分乗した撃退士達が施設の前に到着すると、夜見路沙恵は既に建物の入り口で待っていた。
引っ越し荷物は別途業者が運ぶため、彼女自身は普段着の軽装である。
「はじめまして、レイラ(
ja0365)です。今日はよろしくお願いしますね」
「いえ、こちらこそ‥‥」
(話には聞いていましたが‥‥本当に瓜二つですね)
おずおず頭を下げる沙恵を前に、初対面となるレイラは資料で見たシュトラッサー・ヒルコ(jz0124)の顔を思い浮かべる。
「ギアは蒸姫 ギア(
jb4049)、よろしく‥‥」
やはり沙恵とは初対面となるはぐれ悪魔の少年も挨拶した。
「大丈夫、無事に送り届けるから、この万能蒸気の力にかけて」
「蒸気‥‥ですか?」
不思議そうに小首を傾げる沙恵。
「サエちゃんこんにちはなのです」
既に沙恵と面識のある撃退士の一人、ライダースーツ姿のRehni Nam(
ja5283) (レフニー・ナム)が声をかけた。
「今日は私達がサエちゃんを護衛するのですよ。短い間ですけど宜しくお願いするのです」
「あの、本当に、あたしのせいでご迷惑ばかり‥‥」
「こら。悩んでるなー?」
沈んだ表情の沙恵の頭を、百瀬 鈴(
ja0579)が指でちょんと押した。
「例の適性検査の結果だよね? あるものはあるんだから、今はそれをどうするかを考える時だよ」
そういってにっと笑う。
「撃退士になるのもならないのも、何の為にそうするか、その為なら幾ら考えても誰に話を聞いても‥‥それにまだ今なら誰に迷惑かけてもいいの」
「そう、でしょうか?」
「それぐらいの選択、あたしはいつでも相談にのるし、力にもなるから」
鈴は沙恵の目をじっと見つめ頷いた。
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる沙恵。
「今日はよろしくねぇ、安全運転でいくから」
バスに乗り込む少女の頭をぽんと軽く撫で、笹鳴 十一(
ja0101)も気さくに笑う。
だがバスの運転を担当する十一は、運転席に戻ると険しく顔を引き締めた。
(何もなけりゃいいが‥‥あのタヌキのコトだし、最低嫌がらせぐらいしてくるかね)
タヌキ、すなわちシュトラッサーの厄蔵(jz0139)。
沙恵を「次の使徒候補」として狙っていたあの男が、このまま大人しく引き下がるとも思えない。
「人間の心弄びやがって‥‥そうそう思い通りにさせてたまるかよ」
何としても沙恵を無事に空港まで送り届ける――決意も新たにハンドルを握った。
やがて亀山 淳紅(
ja2261)、そして鈴が運転するバイク2台が先導する形でバスは出発した。
「かわいこちゃんは、知っているのだろうかね‥‥」
上空警戒のためバスの屋根に座り、七種 戒(
ja1267)はぽつりと呟いた。
仮に沙恵が撃退士への道を選んだとして、その情報は遅かれ早かれ国東のヒルコにも伝わるだろう。
人類側に残した唯一の心残りともいうべき双子の姉がはっきり自らの「敵」になったと知った時、彼女は何を思い、どう動くか?
「厄介ですねぃ、今回も」
同じく屋根の上で見張りにあたる十八 九十七(
ja4233)も顔をしかめる。
「一目で敵と判るヤツと、戦えば良いって訳じゃあ無いんですもの」
九十七としては今までそれで良かったし、これからもそれで良いとは思う。
(ですが、それだけではいけない、とも、最近思います故)
「自らは望まず隔たれた久遠ヶ原へ‥‥状況が選択の放棄を許さないというわけか」
やはり屋根の上で風に吹かれながら、ランベルセ(
jb3553)はバスの中にいる沙恵のことを思った。
彼自身の参加理由はまず「我が蒼」と呼ぶ戒と共にあることだが、使徒を肉親に持ちながら撃退士となるだろう沙恵の行く末が気にならないといえば嘘になる。
(守りたかった沙奈と敵対するか見殺しにするか――)
残酷な選択肢ではあるが、それを決めるのはあくまで沙恵自身。
自分が口を挟む問題ではないと割り切り、空を見上げる。
バスを追跡するように飛び交う鴉の群が気にかかるが、攻撃射程の遙か上空であり、今の所向こうから仕掛けてくる気配もない。
(さてと‥‥どっちも厳しい道、けどどっちも手を取り合う道を捨てる選択じゃないはず)
一般道から空港まで続く専用道路に入り、先導のバイクを走らせながら鈴は思う。
まだ13歳の沙恵に選べというのは酷な要求かもしれない。
だからといって、その選択を大人達からの指図や敵の脅しによって決めさせたくはなかった。
自分自身の決意こそが、大きな力をくれるのだから。
(沙恵ちゃん、今頃みんなからたくさん話を聞いてるよね‥‥なら、あたしは自分の行動で示すよ!)
「自分を責めるな。沙恵は沙奈や母親を守ろうとして検査を受けたんだろう?」
バスの中では、大炊御門 菫(
ja0436)が沙恵に語りかけていた。
「‥‥はい」
「今でも沙奈の事を想っているから自分のした事が許されない。そう思ってるんじゃないか?」
「‥‥」
「沙恵はその瞬間瞬間に適切な判断を下したんだ。それはとてもいいことだ。許されていいんだ」
そこまでいって、菫は悔しげに唇を噛んだ。
「沙奈が使徒化したのは厄蔵、そして――私達のせいでもある」
「え? どうして?」
まだ沙奈がシュトラッサーに勧誘される前、菫はとある依頼で厄蔵と遭遇していたことを打ち明けた。
「あの時、私が厄蔵を見逃していなければ‥‥そしてあの下種な撃退士ども」
「そんな‥‥あたし、誰も恨んだりしてません。父さんのことだって‥‥悪いのは悪魔ですから」
「しかし沙奈を取り戻そうと動くのも、国東の皆を守ろうと動くのも私達『撃退士』だ」
「ですよね。もし撃退士になったら、あたしも国東に――」
そこまでいって、沙恵は言葉を呑み込んだ。
もし国東で沙奈に会ったとしてどうするか?
たとえ双子の姉であっても、今の沙奈=ヒルコを説得し人類側に引き戻すのは至難の業。
それは沙恵自身も充分承知しているのだろう。
「よかったら、如何です?」
レイラが持参のいちごオレを沙恵に勧めた。
「私も撃退士になる時は悩みましたけれど‥‥それでも自分の力が助けを求める誰かの役に立てるのではと思って決めたんです」
沙恵やヒルコについて、レイラは資料で読んだ以上の事は知らない。
だからこそ先入観は捨て、「等身大の同じ人間」として接することで、沙恵の心のはけ口になろうと決めていた。
「‥‥自分が今どうしたいのか、それを一番に考えてみるといいよ」
少し離れた席から、ギアも声をかけた。
「ここは素晴らしい、それを自分の意志で選べるんだから」
はぐれ悪魔であるギアの実感。だからこそ彼は魔界を捨て、人界で生きる道を選んだ。
「撃退士になるかはサエちゃんの意志に任せるのです」
沙恵の肩にそっと手を置き、レフニーがいう。
「でも撃退士になるなら、その前に私達に教えて貰えないですか?」
「え?」
「『サナちゃんとの戦いが予想される現場には出ない』という選択肢を選べるよう、上に掛け合うのです」
「あ、それは施設の人からも言われました。依頼を受けるのはあくまで本人の自由意志、国東関連の依頼に関わる義務はないって」
そう答えてから、僅かに黙っていたが。
「‥‥でも、あたしは国東に行きたい。戦うとか説得しようとかそんなんじゃなくて‥‥ただもう一度、沙奈ちゃんと会って話がしたいんです」
バスは順調に走っていた。
今は山中に切り開かれた道を走っている。
この山を抜ければ、空港はすぐ目の前だが。
「見通しが悪いぜ‥‥こんな所で不意打ちをくらったらシャレになんねえ」
十一は速度を落とし、バイクや屋根上のメンバーと連絡を密に取りつつ、自らも前方やミラーによる警戒を怠らない。
左右に切り立った崖が日差しを遮り、ふいに周囲が薄暗くなる。
レフニーは念のため星の輝きを発動、バスの周囲を目映いアウルの光が照らし出す。
その光の中、道路上を滑るように動く複数の黒い影があった。
「生命反応あり――敵襲なのです!」
その瞬間、バスの車体がガクンと揺れた。
急ブレーキをかけたわけでもないのに急にスピードが落ち、やがて停止。
席から弾かれそうになった沙恵を、菫が強く抱え込んだ。
「何だこりゃあ!?」
十一はエンジンキーをかけ直すが、まるでタイヤが地面にへばりついたようにバスが動かない。
車内の撃退士達は一斉に魔具を召喚、臨戦態勢に入った。
バスが急停車し、屋根上の3人は咄嗟に車体にしがみついた。
「ここで落ちたら笑い話にもなりませんよね‥‥!」
戒が空を見上げると、バスが止まるのを待っていたかのように頭上から蒼鴉が舞い降りてくる。
「手荒い歓迎ですねぃ!」
九十七はショットガンの銃口を頭上に向ける。
ほぼ同時に戒はアサルトライフル、ランベルセは雷帝霊符を放ち対空攻撃を開始。
何匹かの蒼鴉がバタバタと堕ちるが、飛行サーバント達は自らの被弾も顧みず急降下で襲いかかってきた。
頭上間近に迫った鴉の群が、ランベルセの炸裂陣でまとめて吹き飛ばされる。
戒がふと道路に目をやると、路面から突き出すように黒い人型の影が立ち上がっていた。
「なるほど。本命はあちらか」
バスの停止とサーバント襲撃を察知した瞬間、淳紅と鈴はバイクを停め路上に降り立った。
2人とバスの間に立ち上がった影型サーバント「スキアー」は3体。
さらにバスのタイヤに粘着して強引に停めた2体が、車体の下から這い出てくる。
淳紅はスキアー1体の足元付近を狙いマジックスクリューを叩き込む。
次いで烈光丸を構えて駆け寄った鈴がすれ違いざまに斬りつけた。
攻撃を受けたスキアーは黒い塵のごとく四散するが、数秒後には再び人型に戻った。命中したのは確かだが、どれだけのダメージを与えたのかよく分からない。
「けったいなやっちゃな!」
「沙恵ちゃんには指一本触れさせないよ!」
とらえどころのない敵を相手に、2人はひたすら攻撃を加え続けた。
蒼鴉の嘴がバスの窓をつつき、硝子一面にヒビが入ったかと見るや砕け散った。
沙恵が悲鳴を上げる。
「怖がるな! 沙恵は一人じゃない!」
菫が叫び、車内に飛び込もうとした鴉を槍で貫いた。
阻霊符を発動、レフニーがアウルの鎧でバスを守るも、いずれ窓から侵入されるのは時間の問題だ。
撃退士たちはバスを捨てることを決断。沙恵を庇いながら次々と道路へ飛び出した。
「やはり来ましたか、陰湿ですね厄蔵!」
蒼鴉の1匹を強弓で射落としつつ、十一が大声で叫ぶ。
その返答のように――。
バスの側にいたスキアー2体がふいに変形、セーラー服を着た少女の形に変わった。
といっても影は影。いわば黒い彫像のような姿だが。
「‥‥沙奈ちゃん?」
沙恵の口から掠れた声がもれる。
十一も一瞬躊躇った。
が、すぐに武器を蛍丸に持ち替え、
「いや‥‥てめぇらは語らず思考もしない。ヒトを真似ることすらおこがましんだよ!」
迫り来る偽ヒルコに斬撃を浴びせた。
心理的な威嚇が狙いなのか、ヒルコに擬態した影たちは沙恵を見つめ、泣き叫ぶような表情で歩み寄って来る。
バスの屋根から飛び降りた戒が、スキアーの1体を迷わず撃つ。
青ざめた沙恵をちらっと横目で見やり、
「敵と決めたなら迷うでないよ、迷うのならまだ、戦場に立つべきじゃない、な」
立て続けにトリガーをひきながら。
「撃退士になるかならないか、ソレは自分で決めるとイイ。己の選択でなければ、悔いか逃げを生むからな。迷うのは構わない、だが嘆いてるだけじゃ、大事なモノはすり抜けていくぜ?」
レイラは沙恵を庇う形で立ちはだかると、蛍丸の一閃でスキアーを薙ぎ払った。
スタン状態に陥った「ヒルコ」のフォルムが崩れ、元の影状態に戻る。
「こいつらは単なる紛い物。沙奈さんでも何でもありません」
後方の3体が放ってくる闇弾を九十七のビーンバッグ弾が逸らす。
さらに敵同士が近接したタイミングを狙い、グレネード弾を発射。
レフニーがコメットを発動、アウルの流星群がサーバント達をひるませた隙をつき、鈴は沙恵にヘルメットを手渡し、手を繋いでバイクの方へ走った。
「こうして逃げるのは2度目だよ。前回は替え玉だったけどね!」
沙恵を後ろに乗せ、タンデムで走り出す。
同時に淳紅もレフニーを後ろに乗せバイクを発車させた。
置き土産とばかり再びレフニーが放ったコメットがスキアー達を打ち据えた。
残ったメンバーは殿としてサーバントの足止めを図る。
「蒸気の式よ、石縛の粒子を孕みかの者を石となせ!」
ギアの八卦石縛風を受けたスキアーが黒い石塊と化して凝固する。
別のスキアーが体を広げ、スライムのごとく菫を包み込んだ。
全身から生命を吸収される感覚。だが菫は槍の火力を強め、自らの体もろともサーバントを焼いた。
「私の焔が貴様如き退けられないと思ったのか!」
外見からは分かり辛いが、やはり相応のダメージが蓄積していたのだろう。
2体のスキアーが動きを止め、黒い塵となって路面に崩れ落ちた。
沙恵を乗せたバイクは、既に道路の彼方に走り去っている。
何処かに潜む厄蔵も「これ以上の戦闘は無駄」と諦めたのか。
残り3体のスキアーは地面にへばりつくや素早くその場から逃走、蒼鴉達も高度を上げて山の方へ飛び去った。
「自分は君が撃退士になるんは賛成や」
空港に到着後、バイクを降りた沙恵に淳紅がいった。
「今回みたいに敵に狙われた時に自衛できるから。それにこれから沙奈ちゃんが戦場へ出た時、君自身が戦場にいることで、誰でもない君が言葉を伝えられるから」
撃退士となった沙恵はいずれ自ら国東へ赴くだろう。
誰からの指図でもない、彼女自身の意志で。
「いっぱい悩んで選ぶんや。でも、泣いて俯いたらあかんよ? 沙奈ちゃんはずっと‥‥ずっと走ってる。止まったら、今度こそ追いつけんくなる」
「追いついて‥‥みせます」
そう答える沙恵の表情に出発前の暗さはない。
戦う撃退士達の姿を間近に見て、彼女なりに何かを決意したようでもある。
「厳しいこと言うてごめん。自分は君らが二人で、謡う歌が聞きたい」
淳紅は以前、沙奈に贈った物と同じ音楽プレーヤーを手渡した。
「ただ、何もしなければ後悔はずっと心の中、可能性はゼロだ」
後れて合流したギアも言葉を贈る。
「‥‥けれど、勇気を出して踏み出したなら、望む未来を掴む可能性はゼロじゃないよ、今その力が見つかった事は、後悔だけで終わりたくない、キミの意思の表れでもあるんじゃないかな?」
言ってから、
「‥‥って、別にギア、心配してるわけじゃないんだからなっ」
照れたようにそっぽを向いた。
クスっと笑う沙恵に、
「みんな、学園にいるからねぇ」
十一が手を振る。
そう。沙恵はもう久遠ヶ原学園の仲間――独りではない。
「お世話になりました。それと、これからもよろしくお願いします!」
撃退士達に深々お辞儀すると、少女は迎えのヘリに向かって小走りに駆け去った。
(続く)