●久遠ヶ原学園〜斡旋所
「これ、百瀬さんが撃退庁に申請した調査の回答やけど‥‥」
生徒会ヒラ委員の伊勢崎那由香(jz0052)が茶封筒を差し出した。
百瀬 鈴(
ja0579)は早速封筒を開け、中の書類に目を通す。
――が、すぐ訝しげに顔を上げた。
「どういうこと? これじゃ答えになってないよ!」
鈴が依頼したのは、ヒルコ(jz0124)、すなわち夜見路沙奈の父親がディアボロ化した事件についての調査。その際、討伐にあたった国家撃退士達が沙奈に対して暴言を吐いたことが彼女をシュトラッサー化させる一因となったらしい。
だがその点を質した鈴の質問に対する回答は、
『当該撃退士に問い合わせたところ、そのような事実は一切確認できませんでした』
また件の撃退士達の連絡先についても「個人情報については一切お答えできません」と、実に素っ気ない返答である。
「‥‥もう1年以上前のことやし、他に証人がいるわけでもない。撃退庁にしてみれば『今更けったいなこと蒸し返すな』いうのが本音やないかな?」
申し訳なさそうな顔で那由香が補足する。
「ほんとにそんな酷いことしたり言った撃退士がいるなんて信じられないよ」
納得のいかない犬乃 さんぽ(
ja1272)は身を乗り出した。
「もし天使側の陰謀だったら、それをちゃんと証明できたらヒルコも、人側に戻ってくるって思うんだ」
「一番の問題は被害者の沙奈ちゃんが使徒になっちゃったことやね。せめてまだ人間だった頃に告発してれば、撃退庁の対応ももっとちごうたと思うねんけどなあ」
「母親の自殺についてはどうだ?」
大炊御門 菫(
ja0436)が尋ねた。
夜見路家を襲った数々の悲劇について、撃退士達は1つの疑念を抱いていた。
すなわち一連の事件の影に厄蔵(jz0139)が関与していたのではないかと。
「こっちは地元警察の記録をあたったけど‥‥」
一家の大黒柱を喪った心労。
「悪魔の家族」として地域住民から受け続けた陰湿な嫌がらせ。
双子の娘も、特に内気な沙奈の方は学校で執拗ないじめを受けていたらしい。
当時の捜査記録を読むだけで気が滅入った――と那由香はこぼす。
「厄蔵が初めて夜見路姉妹に接触したのは母親の葬儀の晩やから、その時点で目を付けてたのは確かやろうけど‥‥今の所、直接手を下した証拠までは見当たらん」
(もどかしいなあ)
鈴は何とかヒルコ=沙奈を救ってやりたかった。
そのためにも、まず彼女の心を天界から人類側へと呼び戻す必要がある。
だがその前に立ちはだかる高い壁を乗り越えるのは、あるいはヒルコという使徒を殲滅するより困難なことかも知れない。
「‥‥過去は変えられんが、さてどうしたモノか」
七種 戒(
ja1267)が腕組みして呟いた。
●本土〜撃退士常駐施設
Rehni Nam(
ja5283)(レフニー ナム)は夜見路沙恵と面会していた。
「近々、サナちゃんに会うかもしれません」
「‥‥」
沙恵が俯き、ストレートロングの黒髪が横顔を覆う。まだあどけない少女の胸中でどんな想いが交錯しているのか、レフニーにも知る術はない。
今日訪れた目的は、双子の妹に伝言などあれば請け負うつもりであったのだが。
「あの‥‥撃退士になれば、九州に行って‥‥沙奈ちゃんに会えるんでしょうか?」
思いがけぬ沙恵の言葉に、レフニーは眉をひそめた。
「先週、学校で集団検診があったんです‥‥ついでに撃退士適性検査も」
「え? でもサエちゃんは、以前にサナちゃんと一緒に受けたんじゃ?」
「はい。でもあたしに双子の妹がいること、昔適性検査を受けたこと自体、今の学校では秘密ですから」
単なるおつきあいの受診。過去を隠蔽するための茶番。
――そのはずだった。
「まさか、サエちゃん‥‥?」
沙恵はポケットから出した一枚の書類を無言で差し出す。
それはアウル能力者の適性を示す検査結果。
「前の検査、機械が故障してたらしいんです。滅多にあることじゃないそうですけど‥‥」
沙恵の顔は青ざめていた。
「レフニーさん‥‥あたし、一体どうしたらいいんでしょう?」
●大分県〜国東半島
「さていい加減ケリを着けたいが今回はそれが主ではないか、まるでお預けを食らった気分だな」
豊後高田市東部の競合地帯。廃屋と化した小学校の校舎に身を潜め、獅童 絃也 (
ja0694)は双眼鏡で窓の外を覗いた。
現在、ヒルコがいる場所まではかなりの距離があるものの、側に控えるゲリュオンの巨体は嫌でも目立つ。
事前の情報通り、ヒルコはゲリュオンから降りて地上を歩き回っていた。
時折しゃがみこんで地面に手を当てたりしているが、何を目的にそんなことをしているかは分からない。
「親玉が居る九州を磐石にってな必然、となると邪魔な防衛線を崩す為の下準備ってトコ?」
笹鳴 十一(
ja0101)が自らの推測を口にする。
では一体何のための準備か?
「力を強めるんならなるだけ大勢のヒトを丸ごと取り込む必要があるから‥‥京都の再現、あるいはそれ以上の何か、かな?」
(‥‥わからんなぁ、何してるんや‥‥京都の七門陣みたいなんの作成場所の下見とか‥‥?)
亀山 淳紅(
ja2261)もまた、封都の戦いで使用された七門陣を想起していた。
規模でいえば豊後高田市は京都と比べるべくもない。だが逆にいえば、比較的小規模なゲートであっても一端開いてしまえば容易に市街地を制圧できることを意味する。
「降りた地点の共通項なり、わかるとイイんだがな」
監視を始めてからヒルコの着陸地点をマーキングした地図を眺め、戒が首を捻る。
マーキング箇所にこれといった規則性はないが、市街地東部の比較的限られた地域に集中している以上、何らかの「理由」があるのだろう。
(使徒などにはさしたる興味もなかったが‥‥人間たちには各々思惑があるようだな)
周辺を警戒しながら、ランベルセ(
jb3553)は今回の依頼の経緯を思い返していた。
(思えば天界ではただ戦って来たものだ。戦場へ送る側の意図など考えたこともなかったな‥‥使徒が何をさせられているのか見当もつかん)
いずれにせよ、この場で己が成すべき事は分かってる。
かつては天界への忠誠のため戦ってきた彼だが、今は唯一人『我が蒼』と呼ぶ少女・戒のために――。
(俺がやることはここでも同じのようだ。同じだけの成果は望めないだろうが‥‥さて)
「ヒルコちゃんは何を調べているのでしょう?」
遠目に使徒とドラゴンの姿を見つめ、レフニーも訝しむ。
ヒルコ達の動きをカメラで撮影しつつ、あらゆる可能性を脳裏に思い浮かべた。
「何かの捜索‥‥ゲート?」
鈴がふと口に出した。
双眼鏡から見えるヒルコの挙動は「何かを捜している」というより「土地そのものを調べている」ような印象を与える。
(新たなゲート候補地の選定か?)
菫の推測が確信へと近づく。
だとすれば、ゲートを開こうとしているのはヒルコ自身か、それとも――。
「‥‥」
十八 九十七(
ja4233)は黙々とスナイパーライフルを手入れしていた。
つい最近、別の依頼で友人を喪っている。
その体験が彼女の心に影を落としているのだろう。
他のメンバーも事情を察し、あえてその話題には触れなかったが。
上空に群がって飛ぶ鴉の鳴き声がやかましい。
通常の鴉に比べ一回り大きいその鳥はサーバントの蒼鴉だろう。
今の所襲って来る様子はないが、次第に数を増しているのが却って不気味だ。
「そろそろ気づかれたんじゃねーの?」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず‥‥行くぞ」
十一の言葉に絃也も頷き、撃退士達は動き出した。
今回の目的はあくまで偵察だが、より詳しい情報を得るためにはヒルコへの接近、可能なら接触を果たしたい。だがそれには護衛サーバントの激しい妨害が予想される。
案の定、廃校舎から飛び出した撃退士達を狙って上空から蒼鴉の群が急降下してきた。
「邪魔はさせないのです」
レフニーが召喚した無数の隕石が降り注ぎ、数匹の蒼鴉がバタバタと落ちる。
だがすかさず後続の蒼鴉が降下してきた。
天使としては珍しい黒い翼を広げ、ランベルセが飛翔する。
一斉に群がってくるサーバントを黒漆太刀を振るって牽制しつつ、地上の味方が攻撃できる高度へと敵の群をおびき寄せた。
長射程を誇る九十七のMX27が最初に火を噴いた。
続いて戒のアサルトライフルが射程内に入った目標を捉える。
「翼をください、ってな」
その彗星のごとき銃撃を、囮役を果たして傍らに舞い降りたランベルセは魅入られたように注視する。
「今回の敵は俺の武を示し難いな」
武術を得意とする絃也にとって飛行サーバントは魅力に乏しい敵ではあるが、それでも邪魔者を減らすべくアサルトライフルのトリガーを引いた。
「雑魚に用はない。散れ!」
菫の構えた杖がアウルの炎をまとい、リーチの長さを活かして襲って来たサーバントを串刺しに。
低空を滑るように突っ込んで来た鴉に対して淳紅がスリープミストを展開。眠りに落ちて墜落した敵に十一がウォーハンマーでとどめをさす。
「そも考えるのは苦手、せめて体使って貢献しなきゃねぇ」
さんぽは高々と宙にジャンプした。
「くらえっ、鋼鉄流星ヨーヨー☆シャワー!」
空中から投げつけたヨーヨーが地面にぶつかるや、輝きを放って大地を割り、爆散したアウルの土砂が低空の蒼鴉をまとめて攻撃した。
撃退士達の防戦で見る間に数を減らしていく蒼鴉の後方から、一際大きな影が近づいてくる。
ヒルコ自身は撃退士達には見向きもせず「作業」を続けているが、その頭上を守るように旋回してきた2体のワイバーンのうち1体がこちらへ向かってきたのだ。
縦横無尽に上空を飛び過ぎながら炎を吐きつけ、鋭い爪で攻撃を仕掛けてくる。
「ブレスに気をつけろ!」
仲間達に警告を発しながら十一は闘気を解放、急降下してきた飛竜の翼を狙い戦槌を振り下ろす。
狙いは僅かに逸れて胴体に命中したが、同時に爪の一撃を食らい地面に叩きつけられた。
「ちっ。このトカゲ野郎が‥‥!」
魔具をサーベラスクローに換装した絃也が飛燕の衝撃波を放った。
ワイバーンの巨体が揺らぐが、さすがに一撃では墜ちない。
反撃の炎が絃也の体を灼く。
「被弾は覚悟の上、この一撃押し通す」
闘気解放と共に大きく跳躍。一端旋回して再度襲って来たワイバーンを飛び越え、その背中に渾身の跳び蹴りを食らわす。
悲鳴を上げて飛竜の巨体が地面に落ちた。
だがその代償も高く、スタン状態で地面に落下した絃也は敵の翼で弾き飛ばされた。
ランベルセの手から伸びたチタンワイヤーが飛竜の翼に絡みつき、再度の飛翔を阻む。
淳紅の放ったブラストレイの炎が走り、烈光丸を構えた鈴が吶喊する。
(国東にいるみんな、撃退士も、姉妹も、あたし達も――全てがいい未来に辿りつけるように!)
アウルの紫焔に燃え上がる太刀が一閃、翼の付け根付近に深々と突き刺さった。
なおも翼と爪を振り回し地上で荒れ狂うワイバーンに撃退士達の攻撃が集中する。
再び立ち上がった絃也が駆け寄り、大地を踏みしめる震脚の構えから沖捶を叩き込んだ。
「我が武の真髄その身に刻み沈め」
1体目のワイバーンが動きを止め、残る1体が高度を下げつつ接近する。
ヒルコが立ち上がった。
ワイバーン、そして残りの蒼鴉を仲間達に任せ、一部の撃退士がヒルコに向かう。
淳紅は体内のアウルを活性化し、爆発的な勢いで駆け出した。
一瞬のフェイントでヒルコの気を引き、少女の額に手を触れる。一か八かでシンパシーを試みたのだが、残念ながら何も読み取れなかった。
「――!?」
ヒルコは後方に飛び退き、手にしたワンドを構える。
だが淳紅の意図を図りかねたのか、不思議そうな顔のまま攻撃はしない。
代わってゲリュオンが怒ったように身を起こすが、ヒルコは片手を挙げてドラゴンを制止した。
「‥‥何のつもり?」
「ヒルコちゃんが何を考えているのか、その全てを‥‥私は、知りたいのです」
遅れて到着したレフニーが語りかける。
沙恵から受けた告白は、さすがにこの場で口にできない。
代わりに差し出したのはタッパーに詰めたカレー。沙恵からレシピを聞いて再現した、夜見路家の家庭料理である。
「今度はちゃんとお話しして貰うよヒルコ‥‥ううん、沙奈ちゃん。みんなだって、戻ってきて欲しいって思ってる」
さんぽも口添えした。大規模作戦の戦場では届かなかった言葉を、いま伝えるために。
「任務の事なら言えない。でもあたしの事はもう知ってるはず」
そういいながら、ヒルコはブラウスの片袖をめくりあげた。
少女の細腕――服に隠され見えない場所に、小さな火傷の痕が点々と残っている。
ちょうどライターの火を押し当てればこんな痕が残るだろうか?
「学校の上級生にやられた。悪魔かどうか確かめるって‥‥これは沙恵ちゃんにも見せてない‥‥とても見せられない」
淡々と、まるで人ごとのように続ける。
「あたし達は本気なんだ。本気で人間側にキミを連れて帰る」
痛ましい傷痕から目を背けながらも、鈴は決然と告げた。
ゲリュオンの方へ顔を上げ、
「どう、あたし達が勝ったら一緒に人間側に来ない?」
『何だと?』
「‥‥ま、あんたとは言葉より戦った方が話が通じそうだ」
「つい最近、親しい仲を一人亡くしました。例によっての糞天魔絡みで」
九十七が静かに口を開いた。
「やっと、あなたの立った立場と同じ立ち位置に立てたと思いますの。夜見路沙奈」
「‥‥そう」
ヒルコは僅かに目を伏せる。
「撃退士を憎む理由は把握した、恨んで当然だろうことも」
声をかけたのは戒。
「ただ、使徒になることで相対した撃退士はソイツらじゃないし、命令を遂行することで奪う命は、誰かの大事な人だ」
「‥‥」
「ソレを踏まえて‥‥戻る気があるなら、手筈は整える。どうしたいね?」
ヒルコが何か答える前に、風を切って石礫が飛んできた。
十一やランベルセと共にワイバーンを引きつけている絃也だ。
「再度の宣戦布告だ、お前は俺が潰す! この顔忘れるな」
使徒の少女は絃也を見やり、そして目の前の撃退士達に視線を戻した。
「あなたたちは優しすぎる。‥‥あの人のように憎んでくれれば良いのに」
その言葉が終わらぬうちにヒルコは身を翻し、ゲリュオンの背に駆け上った。
ドラゴンが羽ばたき、砂塵を巻き上げ離陸する。
それを合図のように他のサーバント達も戦闘を打ち切り、上空へ離脱した。
「ここでの用事は済んだ、というわけか‥‥」
その姿を目で追いつつ、菫が呟く。
撃退士達は彼女が立ち去った跡を入念に調べ、撮影その他の記録を採った。
これらのデータの分析結果が、天使軍の脅威に晒された豊後高田市を救う「希望」となることを祈りながら。
(続く)