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マスター:ちまだり
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:10人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/11/12


みんなの思い出



オープニング

「誠に面目ございません。一度は神器を手にしながら‥‥」
『状況は分かった。今回は神器の威力、それに人間があれを使いこなせることが分かっただけでもよしとしよう‥‥いや、むしろこれでよかったのかもしれん』
「と、申しますと?」
『上層部の方針は、相変わらず冥魔どもとの交戦は自重して神器捜索に専念せよとのことだが‥‥それでは気の収まらない者達も徐々に増えている‥‥味方も敵もな。これを切っ掛けに地球での戦端を開けるなら、我らにとっても好都合といえよう』
「なるほど」
『おまえは引き続きヒルコ(jz0124)と共にその地に留まれ。別命あるまで待機せよ』
「畏まりました」

 シュトラッサー・厄蔵(jz0139)は携帯の通話を切り、改めて周囲を見回した。
 ここは「旧支配エリア」からほど近い天使占領地域。
 現在は神器捜索の「前線基地」として、ゲートを通して増援のシュトラッサーやサーバント達が続々と送り込まれ、さながら開戦前夜のごとき様相を呈している。
「いや、活気があって実に結構。これはこれで胸躍る展開ってやつですかねぇ?」
 ステッキを鳴らして歩き出すと、間もなく目の前に小山のようにうずくまった巨大なドラゴン型サーバントの姿が現れた。
 力なく目を閉じ、低い唸り声と共に呼吸するドラゴンの傍らには、黒髪を長く下ろしたセーラー服姿の少女がぺたんと座り込み、身じろぎもせずその巨体を見守っていた。
「ゲリュオンのことなら心配ありませんよ。暫く休んでいればダメージも回復するでしょう」
「‥‥」
「しかし困りますねえヒルコ。仕事はきちんとやってもらわないと‥‥なぜあの時戦闘を続行して神器を奪わなかったのですか?」
「でも、急いで回復魔法を施さなければ彼が‥‥」
「確かにドラゴンは貴重な戦力ですが、所詮はサーバント。いくらでも替えの効く道具です。唯一無二の神器とどちらが重要か、考えるまでもないでしょう?」
「厄蔵、あなたはあの時あそこにいたの?」
 ヒルコが振り返り、キッと男を睨み上げた。
「なら、なんで――」
「(おっと、こいつは藪蛇)いやもちろん助太刀に入るつもりでしたよ? しかしあいにくヴァニタスに邪魔されましてね」
「ヴァニタス?」
「人間でありながら悪魔に魂を売り渡し、その手先となった者達。まあいずれ相まみえることになるでしょうが‥‥ディアボロなんぞより遙かに危険な相手です。精々用心することですな」
「許さない‥‥」
 ヒルコは両手でスカートの端を固く握りしめた。
 ヴァニタスの乱入があったのは事実だが、それは撃退士が神器、すなわち聖槍アドヴェンティを使用した後のことだ。実のところ、厄蔵は神器の威力を己が目で確かめるため、撃退士の行動をあえて見過ごしていた。
 口先三寸でヒルコの怒りの矛先をうまくかわすと、厄蔵はおもむろに話題を変えた。
「時に耳寄りなお話が‥‥あなたのお姉さん、夜見路沙恵の居場所が分かりましたよ」
「――!」
 少女の顔が強ばった。
「ああ、ご安心を。このことはまだアムビル様に伝えておりません。私自身は別に彼女をどうこうしようとは思っちゃいませんから」
 以前、ヒルコは主の天使アムビルの命令により双子の姉・沙恵を手にかけようとした。
 しかしそれは撃退士達に阻止され未遂に終わったが。
「まあゲリュオンが回復するまでお暇でしょうし‥‥何なら、お会いに行かれては?」
「‥‥何で?」
「かくいう私も元は人間ですからね。肉親の情とやらは理解しております。そうそう、何でしたら、お姉さんも『こちら側』に誘ってみたら如何です?」
「そんなことできるの?」
「当然です。アムビル様が無理でも、国東には他にも使徒を欲しがっている天使の方々がいらっしゃいますからねぇ」
「‥‥」
 ヒルコは無言で厄蔵に背を向けると、ゲリュオンに向き直り、ゴツゴツした固い鱗に愛おしげに頬を寄せた。
「ちょっと出かけてくる‥‥心配しないで、すぐに戻るから」

●人類側の街
 夜見路沙恵は本土の中学校に通い始めていた。
 国東での事件からしばらくの間久遠ヶ原学園に保護されていたものの、一般人の、しかも義務教育年齢の少女をいつまでも島内に閉じ込めているわけにもいかない。
 学園側でも検討した結果、国内でも比較的治安良好な地域にある撃退士常駐施設に彼女を移し、そこから一般の中学に通わせることが提案され、沙恵自身もそれを承諾した。

 新しい学校にも次第に馴染んできた、ある日の放課後。
 下校途中の沙恵のポケットでスマホが着メロを奏でた。
「誰だろ? 施設の人かな?」
 なにげに通話ボタンを押す。
『‥‥沙恵ちゃん‥‥』
 その声を聞き、沙恵は一瞬息が止まった。
「沙奈ちゃん? 沙奈ちゃんでしょ!?」
『ごめん‥‥ちょっとだけ声が聞きたくて‥‥』
「心配してたんだよ? 元気してる? 今どこにいるの?」
『この前撃退士に聞いた‥‥私に会いたがってるって‥‥ほんと?』
「決まってるでしょ! 使徒だか何だか知らないけど、沙奈ちゃんは沙奈ちゃん――あたしのたった1人の妹じゃない!」
 妹のシュトラッサー化の件は学園側から聞かされている。
 ただしその具体的な活動、たとえば「神器」争奪戦の件などは、一般人である沙恵は知るよしもない。
 また久遠ヶ原で知り合ったとある撃退士に「妹に会えたら改心するよう説得したい」と希望したのは沙恵自身であるが、久方ぶりに沙奈の声を聞いた瞬間様々な思いが胸にこみ上げ、とてもそこまで気が回らなかった。
『あのね、友達が大ケガしたの‥‥あたしのせいで』
(友達って誰だろ?)
 沙恵は首を傾げたが、少なくとも妹がひどく落ち込んでいることだけはよく分かった。
『今更図々しいと思われても仕方ないよね‥‥でも、あたし辛くて、心細くて‥‥急に沙恵ちゃんの声が聞きたくなったの』
「待って、切らないで!」
 沙恵は懸命に叫んだ。
「もし近くにいるなら‥‥直に会えないかな? あたしなんかでも、話を聞くことくらいなら‥‥」

 姉妹の会話を密かに聞き取っている者達がいた。
 撃退庁からの依頼を受け、沙恵のスマホを盗聴していた警察公安部の刑事である。
 その情報は、即座に沙恵のいる施設を所轄に含む撃退庁地方支部に伝えられた。

「思った通り接触してきましたね」
「ああ」
 支部の幹部職員達が対応策を協議していた。
「配下のサーバントがいない今がチャンスですよ! ヒルコが現れたら身柄を拘束しますか? あるいは一気に殲滅――」
「場所を考えろ。住宅地、商店街、学校‥‥ここで戦闘なんぞ起こされたら一般市民にどれほどの被害が及ぶと思う?」
「ではどうしろと?」
「まあ何とか交渉して、やんわりお引き取り願うしかないだろうな。今回は」
「しかし‥‥!」
「国東の友軍には悪いが、うちの所轄で面倒を起こされてはかなわん。そうだな‥‥対応に当たるのは、なるたけ歳が近い連中の方がいいだろう」

 かくして地方支部から久遠ヶ原学園へと緊急依頼が出された。

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リプレイ本文

 夜見路沙恵がヒルコ(jz0124)と再会を約束したのは、某大手ハンバーガーショップのチェーン店だった。
「やはり接触を図ってきたか、残した者に相当に未練がある様だな」
 少し離れた路上から、獅童 絃也 (ja0694)は鋭く店を睨んだ。
「まぁいいどちらにせよその次で未練ごと砕くのみだが」
「たった1人の妹か‥‥使徒がどういうものか理解してたとしても、誘われちまうかもなぁ」
 笹鳴 十一(ja0101)の懸念は、ヒルコが妹の沙恵を新たな「使徒候補」として天使陣営に勧誘することにある。
「それが情って奴で、人間らしさ‥‥シュトラッサーになるのがか、皮肉が効いてんなこりゃまた」
「一度は殺害を失敗したアレの行動にしては天使側の対応が温い、何かしらの意図でもありそうだが」
 絃也が疑問を呈した。
「この状況が作り出されたものなら、コレを利用しようとする者がいてもおかしくは無いかもしれん」
「陰でお膳立てした奴がいるってことか‥‥」
 影野 恭弥(ja0018)はまだヒルコと面識はないが、今回の依頼参加にあたり、関連する過去の報告書には一通り目を通している。
「兎に角会話の邪魔だけさせないように踏ん張って‥‥俺さんはひとつだけ訊ければいい、かな」
 十一は肩を竦めてかぶりを振った。
 一方、大炊御門 菫(ja0436)は複雑な心境だった。
 ヒルコとは「神器」探索依頼の際、1度交戦しただけの関係に過ぎない。そのため恭弥と同じく過去の報告書を読んだのだが、そこにもう1人の使徒、厄蔵(jz0139)の名を見つけた。
 偶然ながら、まだヒルコがシュトラッサー化する前、菫は厄蔵と遭遇している。
(やはりあの時戦えばこんな事にはならなかったのかもしれない)
 だが今それを悔やんでも詮無いこと。
 ひとたび使徒となってしまった以上、彼女はもはや「敵」だ。
 気持ちを切り替え、殲滅対象としてみなさねばならない。
 だが今回依頼を共にする仲間達の中に、ヒルコの「救済」を模索している者が何人かいることを知り、菫は戸惑いを覚えていた。
(間違っているのは私か?『仲間』か?)
 主の命令とはいえ、ヒルコはかつて沙恵を殺そうとした。
 今回も同じ行動を取らないという保障はない。
 そしてもう一つの不安材料は、ヒルコ以外にも配下のサーバントや他の使徒が潜伏している可能性。
 今のところ店の周辺に敵の気配はないが、警戒するに越したことはない。

 今回、撃退士達は店内でヒルコと会い直接交渉する接触班、ヒルコ以外の天界勢力を警戒する監視班の2グループに分かれ行動する手はずとなっている。
 監視班として行動する十八 九十七(ja4233)の関心は、他のメンバーとやや異なる点にあった。
「これまでのヤツの行動を顧みるに――」
 その身を悪に堕としながらも肉親の為に足掻く様。これは、一度天魔の契りを結んだ身でありながら、肉親が為にその契りすら裏切る可能性を感じさせる。
「しからば、これはこれは、九十七ちゃんにとって大変な興味となります故」

 歩道の向こうから、接触班を担当する撃退士達が姿を見せた。
 監視班メンバーとは表向き他人を装い、接触班から先に店内へと入っていく。
「上手く接触してくれよ、こんな場所で戦闘なんぞ笑うに笑えん」
 その姿を目で追いながら絃也が呟いた。
「まぁ何処かに笑う者がいるかもしれんが」

「最初は、お土産買えればソレでよかったんだけどなー」
 ハンズフリーにしたスマホのイヤホンを長い髪に隠れるようにセットした七種 戒(ja1267)は、さりげなく店内を見回した。
 合わせて百席近いフロアはそこそこの賑わいを見せていた。
 夜見路姉妹がいるならおそらく禁煙席だろうとそちらの方を見やると――。
 テーブルを挟んで座る2人の少女。
 セーラー服とブレザーという制服の違いを除けば、まるで鏡に映した様に似た双子の姉妹が向かい合っている。
 撃退士達はすぐには近づかず、店内を仕切るパーティーションの陰から2人の会話に耳を澄ました。

「何でも好きなもの頼んでいいんだよ?」
「いらない。使徒は天使様からエネルギーを頂くから食事は必要ないの」
「あ、そうなんだ‥‥」
「沙恵ちゃんは、この近くの中学に通ってるの?」
「うん。今度のクラスはね――」

 そんな調子で、他愛のない会話が続いていく。
(ヒルコちゃんはサエちゃんを勧誘しに来たのではないのでしょうか?)
 Rehni Nam(ja5283)(レフニー ナム)は不思議に思った。
 ともあれ、このまま放置しておくわけにもいくまい。
 まずはライダースーツ姿の犬乃 さんぽ(ja1272)が、ゴミを捨てに行く振りをして2人の脇を通る。
「‥‥? あれ? 夜見路ちゃん? わーい、こんにちは」
「あ‥‥犬乃さん?」
 振り向いた沙恵が目を丸くした。
「今日はねみんなと一緒に遊び‥‥びびびび、ひっ、ヒル‥‥じゃない、沙奈ちゃん」
 心底驚いたように口ごもる。
「どうしたのー、さんぽちゃん?」
 その後に続き、百瀬 鈴(ja0579)が顔を出した。
「やっほー、って沙奈ちゃんも一緒なんだ!」
「おまたせー♪ やー、準備てまどっ‥‥、‥‥え‥‥?」
 丁度待ち合わせ時間に訪れた――という設定で入り口から近づいた亀山 淳紅(ja2261)も事前の打ち合わせ通りの熱演。
「そ、その節は‥‥お世話になりました」
 慌てて立ち上がり、ペコリとお辞儀する沙恵。
 ヒルコは一瞬だけ撃退士達を睨んだが、それ以上は特に動じる様子もなく、無言で視線を逸らした。
「あの‥‥妹の沙奈です」
 おずおずと沙恵が紹介した。
 本来なら「ヒルコから接触があればすぐ通報するように」と撃退庁の人間から言い含められたところを、つい失念していたので気まずく思っているのだろう。
「そっか、そろそろかなって思ってたけど本当に良かった♪」
 沙恵にプレッシャーを与えないよう、鈴は屈託のない笑顔で応じる。
「話をしたいな、隣いいっ?」
 ヒルコはじろっと横目で鈴を見た。
「‥‥沙恵ちゃんがいいっていうなら‥‥」
「おや、かわいこちゃんじゃないかね、久しぶり‥‥意外なトコで会う、な?」
 戒もまた「いかにも偶然」の風を装い声をかける。
「‥‥」
「沙恵とは一緒に勉強した仲でなー」
 といいつつ、さりげなく沙恵の隣に座る。
 さらにその隣にレフニーが座り、鈴はヒルコの隣に座った。
「わわ、争うつもりなんて無いよ‥‥でも、折角だから少し話たいなって」
「ごめんね、自分も同席、ええかな?」
 さんぽと淳紅は通路を挟んだ近くの席へ。
「沙奈ちゃん、大丈夫だよ? みんな久遠ヶ原であたしに親切にしてくれた人達だから」
「‥‥」
 警戒するように黙り込むヒルコの方へ、鈴は自らのヒヒイロカネ――普段は鈴型アクセとして持ち歩いている――を指先でピンと弾いた。
 その行為が意味するところを悟ったヒルコは、意外そうに撃退士の象徴ともいえるアイテムを凝視した。
「‥‥必要ない」
 ややあって、手に取ったヒヒイロカネをそのまま鈴に返した。
「今日は沙恵ちゃんに会いに来ただけだから、戦うつもりはない。沙恵ちゃんに迷惑がかかるようならすぐ帰る」
「まあ、そう急がんでも。甘いモノでも奢らせてくれんかね?」
「‥‥だって。折角だから奢ってもらったら?」
 頑なな妹の態度をほぐそうという気遣いか、沙恵も口添えする。
「必要ないっていってたけど、味わうくらいなら‥‥沙奈ちゃん、このお店のストロベリーシェイク大好きだったじゃない?」
 それを聞いた戒は、ヒルコの答えも待たずにシェイクを注文。
 やがて運ばれてきたシェイクを前にヒルコはしばらく躊躇していたが、やがておそるおそるストローに口をつけた。
「‥‥おいしい‥‥」
 人間の食べ物をとるのは久しぶりだったのか、ヒルコの表情がこころなしか和らいだ。

 接触班から少し時間を置き、独りで店に入った恭弥は窓際の席に座りコーヒーを注文した。
 しばらくは鋭敏聴覚でヒルコと沙恵、そして仲間達の会話を聞き取っていたが、続いて店内の索敵を開始する。
 やがてフロアの片隅、成人男性の多い喫煙席に恭弥の視線が止まった。
 中折れ帽を目深に被った男がのんびりコーヒーなど飲んでいる。
 恭弥にとっては初対面だが、過去の報告書からその特徴は頭に叩き込んである。
 席を立ち、男に歩み寄った。
「あんた厄蔵だな。なんとなく居るような気はしてたよ」
「‥‥はて? どこかでお会いしましたっけ」
 とぼける厄蔵にずいっと近づく。
 店外で待機する仲間達のスマホには既にメールを送信してある。
 密かに光纏し、臨戦態勢を整えた。
「目的は沙恵の勧誘か?」
「違いますよ。今日のところはね」
「なら何が狙いだ」
「お二人に仲直りの機会を作って差し上げたまでのことです。特に沙恵さんは実に妹思いの優しいお姉さんですからねぇ」
 それを聞いて、恭弥は厄蔵の真の目的に感づいた。
 この先、自分達との戦いでヒルコが倒れれば、遺された沙恵はやはり撃退士を恨むだろう。
 理屈では割り切れない肉親の情――それは奴にとって、新たな使徒候補を勧誘する格好の機会だということに。
「別に俺は誰がどうなろうが興味ないが‥‥守りたいって奴がいるらしくてな」
「私は何もしませんよ?『その時』が来て、決めるのは沙恵さん自身ですから」
 そのとき十一、菫、九十七らが店内に踏み込んできた。
 恭弥からの連絡を受け、引き続き店外の警戒にあたる絃也を残し駆けつけてきたのだ。
「やはり貴様の差し金か‥‥!」
 菫は怒りに言葉を詰まらせた。
 だが彼女も冷静さまで失ったわけではない。
(ここでは戦えない‥‥周囲に一般人が多すぎる)
 厄蔵を険しく睨みつける一方で、密かにスマホの録音モードをオンにした。
「あなたとはもう3度目ですね。よくよく縁があるようで」
 九十七は無言でガンを飛ばして威圧。
 薄く笑みを浮かべた十一が皮肉と敵意を込めて挨拶する。
「俺は笹鳴十一‥‥まぁしがない撃退士ですよ、どうぞお見知り置きを」
「こちらこそ。仕事柄、一度会った方は忘れませんから」
「この前の礼を返したい‥‥が、何故前回あの場に居た筈なのに最初から顔を出さなかった?」
 菫の詰問に、厄蔵は顔色一つ変えず答えた。
「私も神器の性能については興味がありましたものでね。しかも標的は超大型ドラゴン。実験台としちゃ申し分ありません」
「大人しく去るなら見逃すよ。それ以外の行動は戦闘開始の合図と取る」
 恭弥が最後通告のごとく言い渡す。
「やれやれ、コーヒーの一杯も飲ませてもらえませんか」
 大袈裟に肩を竦めつつ、厄蔵は席を立った。

「ずっと聞きたいことがあったのです」
 レフニーがヒルコに尋ねた。
「貴女は、人間に、撃退士に復讐したくてシュトラッサーになったのですか? ‥‥それとも、冥魔に復讐したかったのです?」
 同じ疑問を戒も抱いていた。
 できれば沙恵のいない場所で聞き出したかったが、この際やむを得ないと口を開く。
「誰も知らない――沙恵にも告げられない、何が、あったね?」
「あいつら‥‥笑ってた」
「あいつら?」
「撃退士。父さんだったディアボロを殺した」

『もうやめて! 父さんを殺さないで!』
『すっこんでろこのガキ! こいつはな、もうおまえの親父じゃねえんだよ!』
『おっ、生意気にまだ動いてやがるぜ?』
『面白れえ。いっちょディアボロの解体ショーといくか?』

「あたしの目の前でなぶり殺しにして‥‥最後は笑いながら、携帯で記念写真まで撮ってた‥‥!」
 ヒルコの肩が小刻みに震え、固く噛みしめた唇に血が滲む。
「違うよ‥‥撃退士だってそんな人ばかりじゃない!」
 目に涙を浮かべ、沙恵が叫んだ。
「あたし、しばらく久遠ヶ原にいたけど‥‥みんな、いい人達ばかりだったよ?」
「沙恵ちゃんはいいの。復讐は全部あたしがやるから」
 大きく息を吐き、再びヒルコは無表情に戻った。
「沙恵ちゃんは沙恵ちゃんのままでいて欲しい‥‥だから使徒にはならないで。もしまた厄蔵と会うことがあっても、あいつの言葉に耳を貸しちゃ駄目。‥‥それだけ伝えたかった」
「ヒルコちゃんの上司はよう知らんけど‥‥、きつい思いとか、してへん? 大丈夫?」
 心配そうに訊く淳紅に、ヒルコはしばらく押し黙ったが。
「アムビル様は厳しい方だけど‥‥今のあたしはあの方の使徒。あの方の命じるままに戦う。それがシュトラッサーだから」
 おもむろにヒルコは立ち上がった。
「帰る。もう用は済んだ」
 鈴の脇を通り過ぎようとしてふと立ち止まり、
「‥‥ありがとう」
 小声で囁いた。
「あなたから聞かなかったら、沙恵ちゃんともう一度会う勇気が出なかった」
 鈴は思わずヒルコの華奢な体を抱きしめていた。
「天使の元に行った時のキミの決意や環境を軽く思う気はないんだ。辛かったんだよね」
 ヒルコが驚くのも構わず腕に力を込める。
「けどどんな経緯でも、あたしは二人が一緒に暮らすのが一番だと思ってる。キミだってそう思うでしょ? その気があるなら、あたしは全力で手助けする」
「夜見路ちゃんに会いたい、そう思った気持ちが本当の心じゃないかな‥‥ボク達が争う事なんて、本当はないんだよ」
 ヒルコをじっと見つめ、さんぽがにこっと笑う。
「人間側に来た天使がいるよね。あの天使に頼んでその下に移る、とかさ」
「いわないで‥‥多分、厄蔵が近くにいるから」
 ヒルコは鈴から体を離した。
 店を出ようとするヒルコを淳紅が呼び止め、携帯音楽プレーヤーを手渡した。
「今日のお礼もかねて、プレゼント。‥‥そんな顔せんでも、ただのミュージックプレイヤーよ。正真正銘ね」
「‥‥何で?」
「歌も心も、無くさんシュトラッサーがおってもええと思うから」

 店を出たヒルコを待っていたのは、菫と十一だった。
「貴様があくまで天使の側で戦うというなら、私も容赦はしない。だが、これだけは聴いておけ」
 菫はスマホを突きつけ、店内で録音した厄蔵の声を聴かせた。
「こんなことだろうと思った。あいつはそういう男」
 それだけ言って立ち去ろうとする少女を、十一が呼び止める。
「ひとつだけ訊かして。‥‥キミの名前は、なんていうの?」
「‥‥ヒルコ」


「一瞬だけ逡巡してるように見えた‥‥まだ望みはあるのか?」
 最後に見たヒルコの表情を思い返し思案する十一に対し、
「どちらにせよ現状では潰すべき敵だ、次で終わらせる」
 仲間達の報告を聞いた上で、絃也はきっぱり言い切った。
「使徒としての決意は揺るがない様ですねぃ。しかし沙恵に忠告したということは、まだ天使側に染まりきったわけでもない?」
 今後の成り行きについて九十七の興味はますます募る。
 ヒルコを救おうとする者。断固として討つ覚悟を固める者。
 その間に立ち、菫は当惑する。
「人に戻れないまでも、再び人の世界に呼び戻す‥‥そういう道もあるのか?」

 雑踏に消えた使徒の少女を巡り、撃退士達の思いもまた様々だった。

(続く)


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:14人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
ありがとう‥‥・
笹鳴 十一(ja0101)

卒業 男 阿修羅
創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
思い出は夏の夜の花火・
百瀬 鈴(ja0579)

大学部5年41組 女 阿修羅
厳山のごとく・
獅童 絃也 (ja0694)

大学部9年152組 男 阿修羅
あんまんマイスター・
七種 戒(ja1267)

大学部3年1組 女 インフィルトレイター
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
胸に秘めるは正義か狂気か・
十八 九十七(ja4233)

大学部4年18組 女 インフィルトレイター
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード