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マスター:ちまだり
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/07/12


みんなの思い出



オープニング

●大分県、豊後高田市東部〜天使占領エリア
「京都では撃退士たちが新たな住民救出作戦を実施する模様‥‥まだまだあちらの戦いも長引きそうですな」
「勝手にやらせておけばよい。その分北九州の守りが手薄になるなら、こちらとしても有り難いしな」
 シュトラッサー・厄蔵からの報告を受け、天使アムビルは嘲笑に唇を歪めた。
 純白のローブをまとい、外見は妙齢の美女と見まがう容姿。
 だが彼女は大天使ベテルギウスから両子山西部地域の占領統治を委ねられた、齢数百歳を数える古参の天使である。

 神殿を模した薄暗い広間の中空に、魔法で映し出された人類側勢力圏の市街地が3Dホログラフィーのごとく浮かび上がっていた。
 およそ十年前の天使軍侵攻により東側の大部分を奪われ、一時は人口が激減した豊後高田市であるが、辛うじて占領を免れた市の中心部はその後の復興や他地域からの難民流入もあり、現在は人口も2万人近くまで回復している。
「豚は太らせてから食え‥‥そろそろ『収穫』の時期というわけか」
 両子山を拠点に国東半島を支配する大天使ベテルギウスの意志により、配下であるアムビルは十年ぶりに人類側勢力圏への本格的な侵攻作戦を命じられていた。
 彼女にとっても、ここで大きな戦果を挙げてゆくゆくは大天使、さらには「その上」を目指すための願ってもない好機である。
「こんな地方都市ひとつ陥とすのに七門陣など持ち出すまでもない。兵を進めて一気に制圧してくれようぞ」
「‥‥ときに、『彼女』の方は如何ですかな?」
 アムビルは半ば振り向き、背後の厄蔵を横目で見やった。
「まあまあ使えそうだな。悪魔を憎むのは当然として、同じ人間相手にも容赦のないところが気に入った。‥‥それと、誰かさんのように無駄口を叩かないのものな」
「それは何より。私めもシュトラッサー候補として紹介した甲斐があったというものです」
 アムビルの皮肉にはあえて気づかなかったように、厄蔵は中折れ帽を胸に当て恭しく一礼した。
「厄蔵。おまえ、よもやこの件で私に『貸しを作った』などと思ってはいまいな?」
「滅相もない。天使の皆様方に誠心誠意お仕えするのが使徒たる者の務め。そのような傲慢な考え、我が主が許しますまい」
「分かっておればよい」
「では、私はこれにて失敬‥‥ベテルギウス様へのご報告もありますれば」

 帽子を目深に被り直し、フロックコートの裾を翻して立ち去る男の背中を横目で睨み、
「ふん。相変わらず食えない奴だ」
 アムビルは小声で吐き捨てるように呟くと、再び市街地の幻像へ向き直った。
「ヒルコ!」
「‥‥はい」
 呼び声に応じて、黒いセーラー服の少女が進み出た。
 人間であればまだ12、3のあどけない顔立ち。やや眠たげに睫毛を伏せた紅い瞳は、まるで硝子玉のごとく生気がない。
「そろそろ『聖戦』の始まりも近いわけだが‥‥その前に、もうひと仕事頼みたい」
「また撃退士狩りですか?」
「いや、一般人を1人始末するだけだ。今のおまえなら造作もないことだろう?」
 アムビルは意味ありげに薄笑いを浮かべた。
「サーバントはこの前のケルベロスを連れていけ。頭ひとつ無くしているが‥‥なに、所詮は使い捨ての道具。今度は潰しても構わん」
 主の天使から「標的」となる人間の名前と居場所を告げられ、ヒルコの肩が微かに震えた。
「‥‥なんで‥‥」
「これは最後の試練だ」
 一転、アムビルの表情と口調が険しいものに変わる。
「おまえが人間どもとの縁を断ち切り、私の使徒として嘘偽りのない忠誠を尽くしてくれるかどうか――その覚悟の程を見せてもらおうか?」
「‥‥畏まりました」
 少女は小さい拳を握りしめ、消え入るような声で答えた。

●久遠ヶ原学園〜斡旋所
「子供を1人保護して欲しいんや。名前は夜見路沙恵、13歳の女の子。いま九州の児童保護施設におる」
 生徒会ヒラ委員の伊勢崎那由香(jz0052)が、依頼のため集まった撃退士たちに一枚の顔写真を見せた。
「あれ? この顔、どこかで‥‥」
「ちょっ! こいつまさか!?」
 写真に映った少女の顔を見るなり、何人かの撃退士が驚きの声を上げた。
 無理もない。
 先頃大分に現れ、撃退士襲撃を繰り返したシュトラッサー「ヒルコ」と瓜二つだったからだ。
「この子の双子の妹、沙奈ちゃんが半年ほど前に失踪しとる。ご両親はその前に亡くなっいて、今は施設に引き取られて中学に通ってるそうや」
「失踪‥‥やはり厄蔵にそそのかされて?」
 撃退士の1人が尋ねる。
「その可能性は高いやろな。はっきりした証拠があるわけやあらへんけど、沙奈ちゃんが失踪したのはちょうどあのシュトラッサーが若い人らを天使陣営に勧誘していた時期と重なるし」
「亡くなった両親って、やっぱりディアボロに殺されたの?」
「それが、詳しい事情はうちも知らされてないねん」
 ちょっと困ったような顔で那由香は答えた。
「ただ撃退庁九州支部からの依頼で、『この少女を早急に保護、身柄を学園に移して欲しい』ってだけで」
 わざわざ保護依頼を出したくらいだから、撃退庁は何か情報をつかんでいるのだろう。
 ただしそれが沙恵の個人情報に関わる内容だけに、現段階で容易く撃退士たちにも教えるわけにいかない――ということらしい。
「何だよそりゃ? こっちは体張って任務にあたるってのに」
「まあまあ。無事に沙恵ちゃんを久遠ヶ原で保護できれば、本人から色々話も聞けるやろ。もしあの『ヒルコ』と名乗るシュトラッサーの正体が――」
 そこまでいいかけたとき、斡旋所の電話が鳴った。
「はい、こちら久遠ヶ原‥‥何やて? 防衛線を突破したヒルコとケルベロスが施設に向かってる!?」
 受話器を置いた那由香が、慌てたようにいった。
「あかん。あいつら、証人の沙恵ちゃんを消す気や‥‥!」
「現地の撃退士は?」
「それが、現在市街地付近にも小型サーバントが多数出現して、そちらの対応に手一杯らしいわ。もう時間がない――悪いけど今すぐ出発してや!」

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リプレイ本文

●大分県・豊後高田市郊外
「むー‥‥まだ怖いワンワンを連れているのだよー‥‥」
 首ひとつ失ったケルベロスの巨体が近づいてくるのを見て、ふくれっ面の鈴蘭(ja5235)がこぼした。
「駄目な飼い主様なのだなー‥‥」
 一方、佐倉 哲平(ja0650)と笹鳴 十一(ja0101)は臨戦態勢を取りつつも、夜見路沙恵がいる施設の建物をちらりと見やった。
「‥‥どうしても関連性を考えたくなるな」
「ヒルコの身内の可能性がある少女、か」
 普段はあまり意識しなくとも、こうなると考えざるを得ない。
 シュトラッサーも元は人間であったということを。
「沙恵ちゃんとヒルコの関係ってどう見ても‥‥」
 やはり一瞬考え込む百瀬 鈴(ja0579)だが、すぐかぶりを振った。
「‥‥理不尽なのはきっと、二人の過去と裏にいる黒幕。あたしは許さないっ!」
「さてはて。本心からの殺意か、はてまた上司に恵まれない系か‥‥」
 召喚したマグナムにグレネード弾を装填しつつ、十八 九十七(ja4233)が呟く。
「天魔抹殺は己の正義」を信条とする彼女だが、何かと雲行きの怪しいこの展開には少々興味があった。
「とはいえ、まずはやるべきことをやるだけか‥‥」
 哲平の言葉どおり、いま戦うべき相手は目前に迫ったケルベロスとヒルコだ。
「だなぁ。今はもう使徒、つまり敵だし容赦ぁできねぇ――どんな事情があろうが沙恵も、施設のヒト達も、殺させるワケにゃあいかねぇだろ」
 そう腹をくくり、十一は大太刀「蛍丸」の鞘を払う。
「さて今回は上手くやれるだろかね‥‥」
 七種 戒(ja1267)は周辺の状況を把握すると、仲間たちと防御陣の構築にかかった。
 ちなみに戒にとって「上手くやる」とは戦闘もそうだが、ヒルコとの交渉も含めてのことだ。
 むろんこの場で説得したところで、容易く寝返るというものでもないだろう。
 しかし戒はヒルコというシュトラッサーを「ただ殲滅すべき目標」とみなしてはいない。
 できれば彼女のことをもっと知りたいと思っていた。

 既にケルベロスは交戦圏内に入りつつある。
 そしてその後方にあのセーラー服の少女、ヒルコも姿を見せていた。
 前回との違いといえば、彼女の周囲に6体のグレイウルフが従っていることだが。
 体も小さくサーバントとしては下級クラスだが、その1体でも施設への侵入を許せば、いかなる惨事となるかは明白だ。
(やっぱりあの子の目的は‥‥)
 亀山 淳紅(ja2261)はケルベロスの背後をうろつき回る灰色狼の群れを睨む。
「片割れを生贄にして忠誠の証とでもするつもりか、本人の意思か命令か知らんが唾棄すべき行動だな」
 獅童 絃也 (ja0694)が眼鏡を外し、本来の厳つい相貌をサーバントたちに向けた。

 犬乃 さんぽ(ja1272)が素早く建物に駆け込むのを確認した後、撃退士たちも本格的な迎撃を開始した。
 正面玄関前に陣取ったRehni Nam(ja5283)(レフニー・ナム)は先制第一撃となるコメットを発動させた。
「アスヴァンはただの回復役ではないのです!」
 アウルが生み出した無数の彗星が、流星雨のごとくサーバント群とヒルコに襲いかかる。
「おらぁ! 受け取れや糞犬どもぉ!!」
 タイミングを合わせて九十七が投擲したグレネード弾もケルベロスの真上で炸裂。
 初手からの強烈な範囲攻撃にケルベロスの巨体が震え、ウルフたちは苦しげな悲鳴を上げる。
 敵が混乱している僅かな時間に乗じてレフニーの背後に回り込み、戒は阻霊符を発動した。
 これで透過能力を利用した敵の奇襲は防げるはずだ。
「‥‥」
 ヒルコは顔色ひとつ変えず、手にしたワンドを振った。
 青白いオーラが配下のサーバントたちを包み、みるみるダメージを回復させる。

 レフニーと九十七の範囲攻撃に引き続き、たたみかけるべくアサルトライフルを構えた鈴蘭は微妙な違和感に首を傾げた。
「小さいワンワンはまだこっちに来ないのですねー‥‥」
 彼女としては先陣切って突入してくると思われたグレイウルフの掃討を第1目標に考えていたのだが、ウルフたちは相変わらずヒルコの周囲に控え、それ以上前に出ようとはしない。
 ならばと壁のごとく迫ってくるケルベロスに目標変更、二つの頭部を狙いブーストショット併用でフルオート射撃の弾幕を張った。
「ちっ、デカブツの方が露払い役かよ!? どっちにしろこっから先は通さねぇ!」
 やはり対ウルフ担当だった十一は魔具をウォーハンマーに持ち替えた。
 鈴蘭の弾幕が魔犬の双頭を牽制している隙をついて突入、かつて真ん中の首があった傷痕を狙って重い一撃を叩き込む。
「こないだの借り、ノシ付けて返すぜ!」
「‥‥厄介な相手だが、なんとかするか」
 十一と呼応する形で、大剣「フランベルジェ」を構えた哲平が大地を蹴って駆ける。
 神速を発動し敵の懐に飛び込むと、左側の首の根元あたりを狙い斬りつけた。
「‥‥残った首二つ、ここで叩き落としてやる」
 怒り狂ったケルベロスが二つの顎をくわっと開く。
 左右の首からブレスを放とうとする体勢だ。
「みんな、左によけるのです!」
 そう叫ぶなり、カイトシールドを掲げたレフニーが突撃。
 大きく跳躍するや、魔犬の左側の口の手前でブレスシールドを発動した。
 彼女の盾を中心にアウルの祝福を受けた魔法の防壁が出現、炎ブレスを塞き止め周囲へ拡散させる。
 撃退士たちはとっさにレフニーが作った死角へ逃れ、ブレス攻撃をやり過ごした。
 スキルの効果が切れたレフニーを狙いなぎ払われた敵の前肢を、横合いから吶喊した九十七のドラゴンブレス弾が弾き返した。
「足クセの悪い糞犬にゃお仕置きだぁー! って本物の犬に失礼ですねぃ」
 他の撃退士たちも一斉に距離を詰め、ケルベロスに対して集中攻撃を再開する。
 ヒルコとグレイウルフたちはまだ動かない。
 後方から魔法でケルベロスを支援しつつ、時折遠距離の魔法攻撃を放ちながらも、少女の紅い瞳はじっと施設の建物を見つめていた。


 施設の屋内。職員と子供たちが避難しているという大部屋へ飛び込んださんぽは、挨拶もそこそこに夜見路沙恵の名を呼んだ。
「は、はい‥‥あたしです」
 地元の中学校の制服を着た少女が、おずおず立ち上がった。
(わっ!? ホントにそっくり‥‥)
 一瞬驚くさんぽだが、よく見れば瞳の色は黒、そしてその表情や仕草はごく普通の女の子だ。
「ボク、犬乃さんぽ、宜しくね」
 気を取り直し、にこっと笑いかける。
「あの‥‥一体どうなってるんですか?」
「詳しい話はあとで。それより、妹さんのこと少し聞きたいんだけど」
「妹が‥‥沙奈ちゃんがここに来てるんですか!?」
 沙恵の顔からみるみる血の気が引いた。
 撃退庁からはまだヒルコの件は知らされてないはずだが、彼女なりに何か心当たりがあるのだろう。
「妹に会わせてください!」
 そう叫ぶなり外に出ようとする沙恵を、施設の職員たちが慌てて引き留める。
 動揺する沙恵を落ち着かせるため、さんぽはそっと彼女の肩に手をかけた。
「大丈夫、天魔のことはボクらに任せて。それより君にお願いがあるんだ。ここにいるみんなを助けるため、君にしかできないことを」


「はぁぁぁ‥‥!」
 己が丹田に練り溜めたアウルの力を、絃也は闘気に変え一気に開放した。
 ケルベロスの双頭が放つブレス攻撃を警戒しつつ、その前足の1本を狙い舞うような動きで立て続けの拳撃を浴びせる。
 闘気が切れる最後の一撃に破山を加えて打ち込むと、魔犬の巨体がグラリと傾いた。
 そのとき、おもむろにヒルコが駆けだし、グレイウルフたちもその後に続いた。
 ケルベロスを援護するためではない。
 むしろ前衛の撃退士たちが大型サーバントを包囲したその間隙をつき、戦場を迂回する形で施設めざし移動を始めたのだ。
 これに対し、中衛と後衛にいる撃退士たちが迎撃にあたった。
「てめぇらにゃドッグフードの代わりにコレをくれてやるぜぇっ!」
 魔具をショットガンに持ち替えた九十七のスラッグ弾が火を噴く。
 銃口から打ち出されたアウルの一粒弾を脇腹に食い、1体の灰色狼が転倒した。
 鈴蘭もアサルトライフルの照準をウルフの群れに合わせ、ヒルコの魔法攻撃の的とならぬよう、1発狙撃するごとに素早く移動を繰り返す。
 自身の周辺空間を歪曲させ銃撃を回避するヒルコだが、あくまで施設への突入を優先するつもりか、配下の支援にまで手が回らない。
 健気に主の盾役を務めるサーバントの1体を、淳紅の魔法書から放たれた雷球が打ち据えた。

「久しぶりだなかわいこちゃん?」
 いよいよ施設の正門玄関まで迫ったヒルコの前に、アサルトライフルを構えた戒が立ちはだかった。
「‥‥どいて」
「本日のご予定は? なんて野暮な事は言わんよ。ただ、一言だけ――同じ顔と、人で在る事をやめる程の過去の象徴と、向き合う覚悟は出来ているかね?」
「できてるわ。だからここに来た」
「撃退士嫌いとな‥‥かわいこちゃんに嫌われるのは切ないんだがな?」
 飛びかかってきた灰色狼を精密殺撃で受け流しつつ、重ねて問いかける。
「せめて理由を教えちゃくれないかね‥‥好かれる努力も出来んだろうて?」
 虚ろに見開かれたヒルコの瞳が、ふいに強い光を放った。
「父さんと母さんを殺して‥‥あたしから全てを奪った。あたしは絶対に許さない。おまえたち撃退士を」
「? それは、どういう――」
 戒の質問が終わる前に、施設の玄関から二つの人影が飛び出した。
 戦闘に紛れて建物に入っていた鈴と、彼女に手を引かれた制服姿の少女。
 バイク用ヘルメットからクセのない長い黒髪がはみ出ている。
 ヒルコの顔が強ばった。
 即座に戒から離れるや、猛然と二人の少女を追って駆けだす。
「よし、今なのだー! いっぱいいっぱい逃げちゃうのだよー♪」
 主に従って後を追おうとしたウルフを、鈴蘭の放ったダークショットの銃撃が弾き飛ばした。

 鈴に手を引かれて逃げるのは、変化の術で沙恵に化け、さらに服装も交換したさんぽだった。ただし声までは変えられないので、ひたすら無言で鈴の案内に身を任せる。
 任務のためとはいえ、年上の女生徒に手を握られて走るのは少々照れくさい。
(‥‥でも、いざとなったら先輩はボクが守る)
 駐車場までたどり着くと、鈴が職員から借りたキーでバイクのエンジンを始動させた。
「沙恵ちゃん、しっかり掴まって!」
 変装したさんぽをリアシートに乗せ、裏門から車道へ走り出す。
 バックミラーを見やると、すぐ背後から長い髪を振り乱し、セーラー服のスカートを翻したヒルコが凄まじい速さで追ってくる。
 鈴はとりあえず人家の少ない方角にハンドルを切り、アクセルを踏み込んだ。
 逃走すること数分――。
 突然ダッシュをかけたヒルコに前方へ回り込まれ、鈴は急ブレーキを踏みバイクを止めざるを得なかった。
「この子には指一本――うぐっ!」
 沙恵(さんぽ)を背後に庇って立つ鈴だが、立て続けの魔法攻撃を浴びその場に倒れ込む。
 それ以上鈴には目もくれず、ワンドを差し上げたヒルコはさんぽに歩み寄った。
『どうして、こんなことをするの?』
 さんぽはポケットに隠したICレコーダーのスイッチを入れ、沙恵に吹き込んでもらった音声を再生した。
 ヒルコが目を伏せ、唇を噛んだ。
「沙恵ちゃん‥‥ごめん。本当に、ごめん」
 少女の白い頬を涙が伝う。
「あたしもう人間じゃないから。もう後戻りできないから‥‥」
 ワンドの先に白い光が収束し、さんぽを貫いた。
 ――が。
 ポワンと煙が上がったかとみるや、そこに残されたのは大きな犬のヌイグルミ。
「え‥‥?」
 空蝉の改良版・エクソダスシャドーで攻撃を回避したさんぽがすぐ傍らに現れた。
「‥‥騙したのね」
 怒りに顔を歪めたヒルコがワンドを振りかざし、断罪の光がさんぽを襲う。
「ボクは鏡‥‥この姿は、キミ自身だよ」
 凶暴な魔法攻撃に耐えながらさんぽは叫んだ。
「攻撃から動揺が伝わってくるのが分かるもん。ほんとは夜見路ちゃんを殺したくないって」
 ふいに攻撃の手を止め、ヒルコはワンドを下ろした。
「本物の沙恵は、どこにいるの?」
「もうあの施設にはいないよ。今あたしの仲間がばっちり保護してる」
 辛うじて立ち上がり、鈴がはったりをかけた。
「キミがシュトラッサーになった理由は何?」
「‥‥」
「もちろんどんな理由があっても、あたしはキミが人を傷つけた事実は許さない。いつか全力でキミを倒すつもりでいた‥‥けどね」
 鈴はヒルコの目をまっすぐ見つめた。
「まだそんな辛そうな顔ができる沙奈ちゃんにお姉ちゃんを殺させたり‥‥お姉ちゃんがいるこの世界で沙奈ちゃんを殺すわけにもいかないんだ」
「あたしは、もう沙奈じゃない」
「今日は帰りなよ。これ以上やるんなら‥‥沙恵ちゃんと沙奈ちゃん、両方を悲しませる。そんなの嫌だから、さ」
「沙恵がいないのなら‥‥もうここに用はないわ」
 施設の方角から哀しげな断末魔の咆吼が響く。
 ヒルコは踵を返し、再び走り出した。


「いい加減くたばりやがれぇ!」
 ケルベロスの背後に回り込んだ十一が豪快にハンマーをなぎ払う。
 後肢に鉄槌の一撃を受けた魔犬が、雷に撃たれたごとく一瞬動きを止めた。
 その気を逃さず、絃也は再び闘気を解放。
「我が武の真髄をこの一撃に」
 山をも破るアウルの気を込め、渾身の沖捶を叩き込む。
 悲鳴を上げてもんどりうったサーバントに、淳紅のマジックスクリューが追い打ちをかけた。
「‥‥これで、終わりだ」
 神速で間合いを詰めた哲平の刃が振り下ろされる。
 ケルベロスの胴体から左首が落ち、力尽きた魔犬は大地に頽れた。

 再びヒルコが姿を現したのは、ケルベロスが倒れた直後だった。
「本物の沙恵ちゃんはもう逃がした。今から追っても遅いで」
「知ってる」
 そのまま撃退士たちの傍らを通り過ぎ、息絶えたケルベロスにワンドを向けた。
「おつかれさま‥‥もうゆっくり休んでいいんだよ」
 サーバントの亡骸が炎に包まれ消滅していく。
「人間なんか捨てても構わん。好きなだけ捨て。‥‥でも、自分がほんまに捨てたくないもんは捨てたらあかんよ」
 ヒルコは不思議そうに淳紅をみやった。
「何で? あたしは敵なのに」
「声が綺麗って言うてくれた。それだけやけど、自分にとって十分命かけて君の『心』を守る理由になる」
「もう駄目なのだよ‥‥ヒルコちゃん悪い事しちゃ駄目なのだ。皆悲しい想いばかりしてしまうのだよー‥‥」
 寂しげな目で、鈴蘭も声をかけた。
「‥‥」
 撃退士たちの言葉を、ヒルコがどう受け取ったのかは分からない。
 少女は無言のまま、日没も近い両子山の方角へ立ち去っていった。

「‥‥距離は、はたして縮まっているのだろうか、ね」
 その背中を見送りつつ、戒が小声で呟く。
「渡したかったけど‥‥今回は、無理やったなぁ」
 淳紅は手許の携帯音楽プレーヤーに目を落とした。
 それは年頃の女の子の好きそうな様々な曲を収めたものだった。

<了>


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 思い出は夏の夜の花火・百瀬 鈴(ja0579)
 ヨーヨー美少女(♂)・犬乃 さんぽ(ja1272)
 胸に秘めるは正義か狂気か・十八 九十七(ja4233)
 前を向いて、未来へ・Rehni Nam(ja5283)
重体: −
面白かった!:12人

ありがとう‥‥・
笹鳴 十一(ja0101)

卒業 男 阿修羅
思い出は夏の夜の花火・
百瀬 鈴(ja0579)

大学部5年41組 女 阿修羅
一握の祈り・
佐倉 哲平(ja0650)

大学部5年215組 男 ルインズブレイド
厳山のごとく・
獅童 絃也 (ja0694)

大学部9年152組 男 阿修羅
あんまんマイスター・
七種 戒(ja1267)

大学部3年1組 女 インフィルトレイター
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
胸に秘めるは正義か狂気か・
十八 九十七(ja4233)

大学部4年18組 女 インフィルトレイター
其れは楽しき日々・
鈴蘭(ja5235)

中等部1年2組 女 アカシックレコーダー:タイプA
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード