●彼氏彼女の今朝の事情
「‥‥あれ? あたいの服じゃなくなってる!」
寮の自室で目覚めた雪室 チルル(
ja0220)は驚いていた。
いつの間にか自分の服装がプロ野球某球団のユニフォームに変っているではないか。
「おかしいなあ、昨夜はいつものパジャマで寝たはずなのに」
ベッドを降りてクローゼットを開くと、学園儀礼服から普段着に至るまで、全て男物にすり替わっている。
「ど、どうなってるの‥‥?」
とりあえず友人の服でも借りようかと思いスマホを立ち上げると、学園内SNS「KUON☆ねっと」を通しメッセージが届いていた。
「――天魔が攻めてくる!?」
寮の自室で目覚めたネコノミロクン(
ja0229)が身につけていたのは、黒のゴスロリ服。
元々女性とみまがう長髪だけに全く違和感がない。
「これは‥‥!?」
驚きつつも、まずは両手を己の胸に当てる。
「良かった‥‥体は変ってない」
ほっとため息をついた。
「手足のリーチが同じなら、戦闘には支障はないから安心だ」
さすが冷静である。
だが次の瞬間、重大なことに気づいた。
下着まで女物に変わっていたのだ!
「ううっ、お気に入りのパンツが‥‥ブランド品で高かったのに」
思わず落涙するネコノミロクン。
そんな彼のスマホにも、やはり天魔襲来を告げるメッセージが届いていた。
「やはり奴らの仕業か‥‥ならば戦うのみ!」
おあつらえ向きに、太ももにはホルスターと小型拳銃が装着されていた。
しかも両足に2丁。
同じ頃自室のベッドで起きた小田切ルビィ(
ja0841)の出で立ちは、水色のエプロンドレス&リボンカチューシャ&フリルのオーバーニーソックス&黒のフォーマルシューズ‥‥不思議の国に迷い込んだあの少女を彷彿とさせるコスチュームである。
「‥‥何処の誰の衣装と入れ替わったのか謎だが、完璧に俺の体にフィットしてんのが凄ェよな‥‥」
驚くよりはむしろ感心してしまうルビィ。
何しろ彼は整った顔だけ見れば美少女に見えなくもない‥‥が、身長186cmの長身なのだから。
ふと窓の外を見やると、上空には黒雲が渦巻き、天魔のゲートらしき魔法陣が出現している。
「こいつは穏やかじゃねェな」
魔具はむろんのこと、この珍事件を記録するべく愛用のデジカメを手に立ち上がった。
星杜 焔(
ja5378)はいわゆる男の娘でも、女装趣味者でもない。
そんな彼が正気を保てたのは、過去のトラウマから己に危害を加える変態に対し抱く異常な殺意が悪魔の魔法に打ち克ったためであろう。
「なぜ女装? ‥‥ともかく露出度の低い服で助かった」
その言葉通り、今の彼はハイネックシャツにロングスカートという服装。
着痩せのため普段は判らないが、焔の肉体は筋肉質で腕や脚はガッチリ、もちろん腹筋も割れている。
これで臍出しルックやミニスカ等であれば、視覚の暴力もいい所であった――と、胸をなで下ろす。
頭にネコミミを付け、普通よりヒラヒラ多めのゴスロリ服を着た滅炎 雷(
ja4615)は、少し考えたあと、
「少し動きにくいけどこれなら何とかなるかな!」
と実に楽天的である。
「何だか珍妙な光景が広がっているな」
校舎内の廊下を下駄箱へ向かいつつ、天風 静流(
ja0373)は呆れたように呟いた。
「‥‥まあいつものことか」
と納得してしまう辺り、久遠ヶ原の「業」といえなくもない。
かくいう静流の服装はいつもどおりの男子儀礼服。
そう。彼女のように日常的に異性装を嗜む者の衣服には、特に異変が起きなかったのだ。
強いていえば下着が男性用のトランクスに変わっているくらいだが。
それすらも意に介さず、静流は一路校庭へと急ぐのだった。
●Dawn of the Hentai
校庭に出ると、そこで待っていたのはネットで情報を流した綿谷つばさ(jz0022)と後輩の湊ヒカリ。
つばさが空の一角を指さし何か叫ぶ。
彼女の説明を聞くまでもない。
今まさに、天空から降りた光柱が大地へ到達し、完成したゲートからわらわらとディアボロの群れが攻め込んできたのだから!
問題はその格好が――。
「敵までこれか‥‥全くやれやれだよ」
頭痛を堪えるように、こめかみを押さえる静流。
メイド衣装のグール、サラシ&褌姿のサキュバスと、律儀なことに敵もしっかり異性装で統一していたのだ。
(ふざけて? いえ‥‥相手は天魔、油断などしない)
黒い執事服をまとった氷雨 静(
ja4221)の中で、「もう1人の自分」が警告を発する。
「うふふぅ‥‥あいつらきっと変態ね‥‥変態は全員ぶち殺してあげるわぁぁぁ!」
同じく漆黒の執事服に身を包む黒百合(
ja0422)が、虚ろな瞳に満面の笑顔を湛えて叫んだ。
校庭に集まった撃退士たちの姿が早くも目に入ったのか。
幾百とも知れぬディアボロ軍団は、こちらに向けて喊声を上げ突進してきた。
『うおぉーっ! 撃退士がナンボのモンじゃーっ!!』
『悪魔の根性見せたれ! 魂(タマ)とったれやぁーっ!!』
それにしてもガラが悪い。
侵攻というより「出入り」と呼びたくなる光景である。
「えっと、とりあえず倒せばいいのね?」
戸惑いながらも、フランベルジェを召喚するチルル。
「あらあらまあまあ‥‥どうしましょう」
たたたっと前方へ飛び出したのは中津 謳華(
ja4212)。
見かけは黒のチャイナドレスに身を包んだほんわかおねーさんだが、その正体は代々一子相伝の古武術「中津荒神流」を受け継ぐ屈強の武道家である。
ちなみに体型と声まで女性化しているのは、自ら骨肉をずらし声帯まで変えて女身化する荒神流の神技が、チャイナドレスに反応して勝手に発動してしまったものらしい。
「私のことは闘華、とお呼びくださいな」
スリットからチラリと生足を見せつつ、仲間たちに挨拶してから改めて敵の方へ向かい合い、構えを取る。
「――はいっ♪」
母性溢れる笑顔を浮かべつつ、ハンマーモップを振りかざし襲いかかってきたグールの顔面に正拳を叩き込んだ。
『ごばぁっ!?』
屍鬼の顔面がボコっと内側に陥没するや、次の瞬間には木っ端微塵に爆発。
「死にたい方は、どうぞ遠慮なくかかってきてくださいね?」
にこやかに笑いながらも、闘華のこめかみはピクピクと怒りに引きつっていた。
「僕の前で群れるな。‥‥咬み殺す」
黒い男子学生服。通常より丈が長めな学ランを、腕を通さずワイシャツの上に羽織った格好。
某少年漫画の風紀委員長を思わせる男装のルーネ(
ja3012)が、グールの密集地帯を選んで突っ込んでいった。
手にした胡蝶扇で殴り、燃やし、薙ぎ払う!
さながら撃退士無双である。
「ねぇ、変態に人権なんて無いよぉ‥‥」
黒百合がにんまり嗤う。
無音歩行でグールの1体に接近するや、敵の死角からハルバードの攻撃!
眼球、延髄、首筋など相手の急所を抉る様に槍の部分で突き刺し、頭部や四肢を跳ね飛ばす勢いで斧を振るう。
グールが密集している方角へ振り向くと、黒百合の斧槍が黒い焔に包まれた。
「――喰らえ」
ハルバードの先端から赤と黒の炎で形作られた無数の腕が伸び、射線上のグールたちをたちまち焼き尽くす。
「ふふふ‥‥お嬢様の邪魔はさせませんよぉ‥‥♪」
案外ノリノリである。しかし誰なんだお嬢様って。
殺戮戦のさなか、黒百合の後方についた静は魔法で創り出したナイフやフォークを投擲して援護攻撃。
「私は‥‥あくまで執事ですから」
執事さんコンビで奮戦する2人であった。
気を取り直した静流もハルバートを得物にメイドグールの群れに斬り込んでいた。
斧槍を駆使して片端から薙ぎ倒し、近付かれたら蹴りや肘などで迎撃。
広い間合いを活かして、牽制から本命での攻撃で相手の出鼻を挫く。
静流が突入していった辺りを中心に、竜巻が起きたがごとくグールたちがなぎ倒されていった。
(周りの人達は堂々としてるけど、恥かしがってる僕が異常なのでしょうか?)
激戦のさなか、朝からナース服一式を身につけた楯清十郎(
ja2990)は不安げに周囲を見回した。
そんな清十郎の目に、モップを振り上げ襲ってくるメイドグールの姿が映った。
あれはディアボロ、あれは敵。
当然闘わなければならないが――。
急に憐憫がこみ上げ、彼はポケットから取り出した手鏡を相手に突きつける。
『――うぐっ!?』
グールの動きがピタリと止まった。
「可哀想に‥‥殺されて死体を利用され、挙げ句にこんな恥ずかしいコスプレまでさせられるなんて」
とりあえず自分の格好の件は脇に置き、清十郎はグールの肩をポムと叩いた。
ディアボロの手からモップが落ちる。
『撃退士さん‥‥俺どうして‥‥こんな姿に‥‥なっちゃったのかな?』
「その答えを見つけるのは、お前自身だ」
清十郎の言葉を聞くなり、グールは声を上げて泣いた。
一方、褌サキュバスへ向かい先陣切ったのは、ツーハンデッドソードを構えたラグナ・グラウシード(
ja3538)だった。
「ちいっ、何たるカオスだ!」
戦場を駆けるラグナ、どうしてこうなった真っ赤なチャイナドレス。
スリットからもろ見えの太ももが悪い意味で眩しい。
「麗しいが、天魔は敵‥‥覚悟を決められるがいい!」
褌サキュバス軍団に突撃するなり、大剣を振り回し戦闘開始。
‥‥何やら嬉しそうに見えるのは気のせいか?
(くっ‥‥しかし、‥‥何という嬉しい、いや目のやり場に困る戦場だ!)
自分も別の意味で目のやり場に困る姿になっているが、非モテ騎士ラグナはとにかく嬉しそう。
彼女たちにボコられても至福なんじゃないか‥‥?
「はぁん‥‥も、もっと強くぅ」
ハァハァと息を荒くしてつい求めてしまうラグナ。
そうですか隠れMでしたか。
そんなラグナを狙い長ドスを突き立てようと走り寄ったサキュバスたちだが――。
一歩手前でピタリと止まり。
互いに顔を見合わせると、どん引きしたような表情で一斉にその場から離れていく。
「あ、こら! どこへ行く!?」
ふと気づくと戦場でぼっちと化していた。
「悪い事をするお姉さんにはお仕置きが必要だね!」
男女問わず「かっこいい年上のお姉さん・お兄さん」大好きなレイ(
ja6868)は、(外見上は)人間の美女と変わらぬサキュバス軍団を前にハスハスしていた。
朝起きた時から白レースフリフリのピンクゴスロリドレス姿だが、そんなこと問題ナッシング!
メイドグール軍団などアウトオブ眼中!
「あい! きゃん! ふらいぃぃぃぃぃ!」
小天使の翼を発動し空へ舞い上がるや、
「必殺の聖火の力! ファイアーアロー!」
手にしたショートボウが聖なる銀色の光に包まれ、眼下のサキュバスたちへ高速の矢が降り注ぐ。
慌てふためき、きゃあきゃあと逃げ惑うサキュバスたち。
そのはずみでつい胸のサラシがポロリと解けたり、中には褌まで(ry。
思わぬ眼福に満足しながら着地するレイ。
「でも僕にはヒカリさんがいるから付き合えないんだ!」
「‥‥うぅ、何で僕がこんな目に。しかも何だよこの格好は‥‥」
そうぼやくグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)の服装は、黒基調のゴスロリドレス。
頭のカチューシャには赤いバラの飾りがついてたりする。
ぼやきながらも、とりあえずサキュバス軍団を相手に魔法書を掲げアウル力の球雷を浴びせた。
(しかしこいつらは所詮ザコ‥‥あのゲートの中にいるボスの悪魔を倒さない限り、僕らの服も元には戻らないのか?)
とりあえずスキルを温存しつつディアボロたちを各個撃破していくグラルスの傍らで、
「君らに恨みはないけれど、このままサヨナラするわけに行かないからね」
ゴスロリドレスの裾を翻したネコノミロクンが2丁拳銃を構えてサキュバスを掃射する。
嵐のような銃撃を浴び、女ディアボロたちはバタバタと倒されていった。
十八 九十七(
ja4233)と友人のギィネシアヌ(
ja5565)は不機嫌だった。
彼女たちは別に男装趣味はない。
顔立ちも美少女といってよい。
しかしその性格やら言葉遣いやら胸の(中略)やらで、なぜか男装の方が超絶似合ってしまう。
ただそれだけの話なのだ。
今朝目覚めたとき、九十七は「どこの帰還兵だよ?」と訊かれそうなタンカースジャケット。
ギィネシアヌは執事服とモノクル姿。
共に2人がかつて異性装コンテストで着用した衣装である。
おまけにつばさの仮説を信じる限り「異性装趣味の者だけが悪魔の洗脳から免れた」という。
「おい、誰だ俺に男が似合ってるなんて言った命知らずな奴はぁ!?」
校庭のディアボロ軍団に向けて、ギィネシアヌが荒々しく啖呵を切った。
それに気づいたサキュバスたちが、仲間同士でひそひそ囁き合う。
『あの人間って男? ‥‥男よねぇ』
『おかしいわね。デモス様の魔法で、男はみんな女装化してあるはずなのに‥‥』
2人の中で、何かが音を立てて切れた。
ガシャーンッ!
九十七が袖の中に仕込んだスリーブガン・ギミックのピストルが飛び出し、手近にいたサキュバスの口の中に銃口を突っ込む。
「九十七ちゃんの性別を言ってみィやアァァァ!?」
『アガガ‥‥お、おと‥‥』
みなまでいわせず銃口が火を噴き、サキュバスの頭を吹き飛ばす。
「あーもームカつくっ! こうなりゃ殺るっきゃないね、ぎーちゃ! ヒャッハァァァ!!」
「オッケー、つっくん」
ギィネシアヌもリボルバーを召喚し、周囲のサキュバスたちを睨み付けた。
「ほう、つまり俺に、俺たちに喧嘩を吹っ掛けに来たと、成程。そこに並べ。親切な俺が肩こり知らずの身体にしてあげようじゃないか」
その言葉が終わるなり、リボルバーが立て続けに発射される。
ディアボロの雌たちを片っ端から殲滅していくぎーちゃの表情は、とてもよい笑顔であったという。
カタリナ(
ja5119)の場合、最初から戦闘に参加したわけではなかった。
その朝は早くから登校し、異性装コンテストの衣装合わせの最中、何やら校庭の方から聞こえる騒ぎに気づいたのだ。
「何かしら‥‥?」
宝○ミュージカル風、具体的には中世フランスの近衛騎士風コスに身を包んだまま窓の外をうかがったカタリナの目に、学園生徒たちと戦うメイドグールの群れが飛び込んだ。
「まあ、何てことなの? これは放って置けないわ!」
なぜか着替えのメイド服と予定衣装の羽織袴をわしづかみにして教室から飛び出た。
校庭に走り出るなり、カタリナは手近にいたグールの首根っこをつかんで叫んだ。
「何です、そのメイド服の着方は!」
『ウゴ?』
突然のことに狼狽するグールを、有無をいわせず着替えさせる。
「歩き方は‥‥あ、いい所に。教えてやってください」
少し遅れて校庭に現れた恋人の権現堂 幸桜(
ja3264)を見るなり、歩き方の指導を委ねた。
ちなみに幸桜は緑の特注メイド服姿だが、これはいつものことなので驚くにあたらない。
カタリナの頼みを聞き入れ、そのままメイドの立ち居振る舞いをグールに仕込んでやる幸桜。
その最中、相手の顔色が悪いのが気になった(当たり前だが)。
「いや‥‥ゾンビだろ‥‥」と普通ならツッコミが入るところだが、今はツッコむ者さえいない。
カタリナは腕組みしたまま幸桜のレッスンを真剣に見守り、時折「スカートをもっとこう‥‥!」と口を挟む。
周囲にはいつしか戦いも忘れ、物珍しそうに覗き込むグールのギャラリーまで集まってきた。
「うん! これでバッチリだね!」
グールの顔面にファウンデーションを重ね塗りした幸桜が、満足げに頷いた。
『こ、これが‥‥俺? 結構イケて(ry』
興味が湧いたのか、ギャラリーのグールたちが『俺も、俺も』とメイクをねだる。
やがてはその場にいたグール一同による投票を経て、最終選抜を勝ち抜いた5人(?)で男の娘ゾンビグループを結成。
「メイドグールは男の娘!? 死んでも貴方に仕え隊! ‥‥うん、コンセプトはこれよ!」
ポンと手を打つカタリナ。
「これが後に『ゾンビ萌え』の走りとして一世を風靡する『死んでも貴方に仕え隊!』誕生の瞬間である」
(眠冥書房「大日本アイドル全史」より)
●ビアンカ土俵入り
「あかん、すっかり寝過ごしたわー」
シャツ、リボン、白セーター。
紺のプリーツスカートに黒オーバーニー。
いわゆる普通の女子制服で目覚めた小野友真(
ja6901)は、茶髪ロングのウィッグを被り、見た目もごく普通の高等部女子生徒に扮して、やや遅れて登校してきた。
初めての女装だけに照れ臭いが、ちょっぴりトキメキを感じたり。
だが門をくぐると、校庭の方が何やら騒がしい。
「何のお祭りやろ? きっとこの学園の伝統なんやろな‥‥」
校庭の片隅で、戦国武将よろしく床机椅子にどっかと腰掛けたビアンカの後ろ姿に気づき、事情を尋ねようと駆け寄るが。
多数のグールとサキュバスに行く手を塞がれ、初めて事態を把握した。
「うわっ、天魔やないか!? しかもふざけた格好しよってからに!」
リボルバーを召喚、すかさず応戦する。
「己ら、撃退士のガキども相手にいつまで手こずっとんじゃーっ!」
ビアンカは苛立ったように叫んだ。
そんな彼女の前に、
「貴様! 女のくせに褌! 更にはその口調! 恥ずかしいとは思わぬのか!」
中世イタリア貴族の出で立ちで男装した珠真 緑(
ja2428)が魔法書を掲げて勝負を挑む。
「吾輩が相手をしてくれる!」
「上等じゃワレ! かかってこんかい!」
魔法書から球雷が放たれビアンカを打つが、さすがヴァニタスだけあって防御も固い。
「淑女の慎みをお忘れですか?」
静もナイフ、フォークの投擲で加勢するが、やはり効き目はいまひとつだ。
「己らの力はその程度のもんかい? なら次はこっちから行くぜよ!」
ビアンカが日本刀を抜き、撃退士たちに斬りかかろうとした、その時。
「おい! そこのヴァニタス! もっと官能的なポージングで襲いかかって来いよー」
それまで校庭のあちこちで阿鼻叫喚の戦闘を撮影していたルビィが、近寄ってデジカメを向けた。
「――はっ!?」
これも女の性か?
カメラに気づいたビアンカの動きが止まる。
「さ、さあ行くぜよ♪」
露骨なカメラ目線で、にっこり笑って刀を構え直した。
その隙をついて、素早くビアンカの背後に回り込んだ幸桜は両手に巨大ハンマーを召喚。
「正気に戻って!」
どごっ!
後頭部を殴られ前につんのめった女の瞳が、赤い戦闘色から元の色に戻った。
「――あら? 私、一体‥‥?」
「さあ見るがよい! 今の自分の姿を!」
どこから持ち出したのか、緑が大きな姿見をドンと置く。
「ぎゃあーっ!?」
ビアンカは某名画の叫びのポーズで悲鳴を上げた。
「ヴァニタスって大変なんだな? そんな恥ずかしい格好を上司から強要されるなんて‥‥」
「うわぁ‥‥どないしたんその格好? 引くわ〜」
「何か凄い格好してるね!? 寒くないの!?」
ルビィや友真や雷の言葉が次々と追い打ちをかける。
もうやめて! ビアンカの残生命は1よ!
「‥‥着て下さい。その格好は流石に‥‥」
騎士の情けとばかりに、カタリナが羽織袴を差し出した。
「かっ、貸してください!」
ひったくるように羽織袴を受け取るなり、ビアンカは目にも留まらぬ速さで校舎内へと駆け込み、やがて侍衣装に着替えて戻ってきた。
「‥‥拙者、行きずりの武芸者で大山玉之丞と申す者。そなたら撃退士に一手御指南願いたい」
(誤魔化した――ッ!?)
その場にいた生徒全員が思うが、さすがに不憫すぎて口には出せなかった。
「その勝負、合意と見ていいですね?」
声と共に、傍らのゴミ箱の中からRehni Nam(
ja5283)(レフニー・ナム)が飛び出した。
「世界撃退士協会、A級エリュトル公認レフリー、レフリー・ナムが審判を務めるのです」
いきなりその場を仕切る。
こうなっては誰も逆らえない。
だってワイシャツ&スラックスに蝶ネクタイだし。
付け髭が何だか偉そうだし‥‥。
なし崩し的に騎士(カタリナ)vs侍(ビアンカ)の一騎討ちが決定。
他の撃退士たちは後ろに下がり、両名は間合いをとって対峙した。
「エリュトル‥‥ファイッ!」
レフニーのかけ声と共に、十字槍と日本刀が火花を散らす。
――勝負は一瞬にしてついた。
「ま、負けたわ‥‥」
日本刀を取り落とし、ビアンカががっくりと膝を突く。
「こんな変態的行為を強いる将の下について‥‥君は幸せなのかい?」
このタイミングを待っていた焔がつーっと近寄り、ビアンカの肩に手を置き説得にかかる。
「私が浅はかでした‥‥あの求人広告‥‥『時給3千久遠、社保完週休2日、残業少なめの簡単なお仕事です』なんて甘い言葉につられたばかりに‥‥!」
(最初に気づけよ‥‥)
内心呆れつつも、焔は言葉を続ける。
「離反という手もあるんじゃないかな‥‥共にあのド変態を滅ぼそうじゃないか」
「そ、そうね‥‥もう変態の下で働くなんて真っ平よ!」
早っ! あっさり寝返った。
「手始めにあのディアボロたちを撤退させてくれないか?」
「それがその‥‥」
焔の頼みに、なぜか気まずそうに視線を逸らすビアンカ。
「さっき殴られたショックで、ディアボロを操る呪文を忘れちゃいまして‥‥」
「僕に任せて!」
声を上げたのはルーネだった。
「今こそ秘奥義を使う時! 天より与えられし暖かき恩恵よ、輝き降り注ぎ全てを洗い流せ! シャイニングレイン!」
究極スキル発動。
広範囲に光が降り注ぎ、ディアボロたちの半数を一気に屠る!
しかしまだ残る敵の数は優に百を越す。
「雑魚は任せて先へ! ‥‥必ず追いつく」
そう言い残すや、ルーネはディアボロ軍団の方へ駆け出して行った。
●死すべし変態!
「ゲート内は空間を歪めた迷宮の各所にトラップを配し、熟練撃退士でさえ最奥の大広間にたどり着くまで一週間を要するでしょう」
ビアンカの説明に、撃退士たちは息を呑む。
「あ、ご心配なく。私や配下のディアボロが簡単に出入りできるよう、専用の抜け道がありますから♪」
彼女の指さす先、ゲートの光柱の隅っこに『関係者以外立入禁止』と書かれた光の扉があった。
抜け道から忍び込むこと3分余り。
撃退士たちは割とあっさりデモスがいるという大広間へ到着した。
広間の中は暗闇に閉ざされている。
各自が手持ちのペンライトを点けようとしたとき。
『フハハハ! 歓迎するぞ撃退士の諸君!』
闇の中に不気味な老人の声が響き渡った。
『我がヴァニタスを破り、ゲートの迷宮すら突破するとは見事。まずは誉めて‥‥ってビアンカ君、そ、その姿は!?』
「私は目が覚めました! もう貴方の言いなりには――」
『もったいない。あのヨコヅナ衣装の方が似合ってたのに』
突っ込むのそこかよ!
だがその言葉はビアンカのトラウマを直撃したらしい。
「〜〜!!」
再び叫びのポーズで凝固したまま、彼女はポテっと倒れた。
「あ‥‥死んじゃった」
「正しくは『死体に戻った』というべきでしょうか」
冷たくなったヴァニタスの亡骸をつつきながら、黒百合と静が頷き合う。
『うぬぬ‥‥かくなる上は、吾輩自ら相手をしてくれる!』
パァっと照明が点き、大広間を照らし出す。
その中央に立つネグリジュ姿のジジイ、Dr.デモスを見るなり。
「「変態だ――ッッ!!」」
清十郎と雷が某AAのごとく口を菱形にして叫んだ。
「うわぁ‥‥」
緑は呆れて言葉もない。
「近寄ったらあかん気がする‥‥!」
顔面蒼白の友真は踵を返し、来た道を戻った。
あんなのと関わり合うくらいなら、校庭でディアボロと戦っていたほうがマシだ。
「お前の仕業か‥‥でも、この由緒正しき戦闘服には、効かないもん‥‥」
そこまで言いかけ、犬乃 さんぽ(
ja1272)は恐怖のあまり目をうるっとさせた。
「変態だ変態がいる‥‥」
ちなみにさんぽがいう「戦闘服」とは女物のセーラー服。彼は女装ではなく、これが日本の伝統的な戦闘服と信じているのだ。
「お前だな、僕たちをこんな恰好にしたのは。早急に片付けさせてもらうよ」
グラルスの手の先に雷をまとった鏃のような結晶が出現する。
「貫け、電気石の矢よ。トルマリン・アロー!」
結晶は雷の尾を引きながら飛翔しデモスの胸に命中。
「‥‥あなたは見た目も含めて存在そのものが有害です。一刻も早く消えなさい」
静の魔法が生んだナイフとフォークが嵐のようにデモスを襲う!
「滅んでおしまい‥‥」
着物姿の東城夜刀彦(
ja6047)は超冷酷顔で告げるや、容赦なく急所を狙い苦無投擲苦無投擲苦無投擲――。
集中砲火を受けたデモスが後方へ弾き飛ばされる。
だが、すぐに涼しい顔でムクリと起き上がった。
「うははは! 効かん、効かんなぁ〜! 貴様らの攻撃など、却って心地よいくらいよ!」
「まさか、これだけの攻撃が効かない!?」
「くっ‥‥変態とはいえやはり悪魔かっ」
「何を隠そう吾輩は‥‥真性Mなんじゃーっ!!」
(胸張っていうことか――っ!?)
撃退士たちのモチベががくりと下がる。
デモスの全身から立ち上る邪悪なオーラが分裂、無数の闇弾となって撃退士たちに襲いかかった!
しかし清十郎の背中から伸びた巨大な翼が、済んでのところで闇弾を食い止める。
「シールドと小天使の翼を合わせて、ありったけのアウルを込めた『翼の騎士盾』。一回が限界ですけどね‥‥」
「ちょっと待て?」
焔がハッと気づく。
「野郎がMで、心地いいってことは――しっかりダメージも受けてるってことじゃないか!」
気を取り直した撃退士たちは、再び攻撃を再開。
「ヒーローは遅れてくるものよ!」
チルルがデモスへと突撃、フランベルジェの波打つ刀身で斬りつける。
「いい加減、大人しくして貰おうか」
死角から接近した静流は槍斧に禍々しい光をまとわせ、凄まじい殺気と共に壱式「鬼哭」の瞬檄を繰り出した。
素早くデモスの背後に回った黒百合が奇襲をかける。
「もう許さない!」
獅子堂虎鉄(
ja1375)(今は女性人格てとら)が白輝射杭を発動、ロングボウの矢に濃密なアウルの雷をまとわせ至近距離から放った。
「うおぉぉぉ‥‥いい!」
全身から火花を散らし、苦しみ(悦び)ながらデモスが倒れる。
「やったか‥‥?」
だが次の瞬間、痩せた老人の体がメキメキと音を上げ膨れあがった。
『くく‥‥まさか人間相手に奥の手を使うことになるとはな‥‥これぞ我が真の姿、カマデモス!』
身の丈3m余り。漆黒の翼を生やしたサイクロプスが高らかに嗤う。
それはそれとして、なぜビキニ姿?
「露出が‥‥増えた!」
巨大変態を前に、夜刀彦は絶望に囚われた。
翼からの暴風。怪力にものをいわせた殴りつけ。各種属性の魔法――ありとあらゆる悪魔の攻撃が、たちまち撃退士たちの生命を削っていく!
「変態のくせに強い!?」
カマデモスの暴威の前に為す術もなく、てとらの心が挫けかけた、その時。
傍らにいたつばさのネコミミが目映い光を放ち、撃退士たちの心に語りかけた!
『僕と契約して獣耳戦士になってよ!』
次の瞬間、てとらの姿は虎耳&ミニスカ白ゴスロリ&編上げブーツへと変身。
同じく夜刀彦は黒猫耳ホワイトブリム&侍女ドレス&編み上げブーツに変貌していた。
「黒猫耳は愛の証! いつもハラペコ☆猫メイド! クロミミヤトニャン! もう何も怖くない!」
さらに広間の天井付近から鳥のごとく白い影が舞い降りた。
「美少女がピンチの時、危機を救いにやってくる! 私の名はカレン仮面!!」
白燕尾服&白犬耳で目許を仮面で隠し、マントを翻すのは風鳥 暦(
ja1672)だ!
今までどこにいたんですか? しかも別人格に変ってるし。
『うぬ。猪口才な!』
カマデモスが口から吐いた炎を、カレン仮面のTHE・マントが防御!
「フハハ! 甘い! そこか! くらえ! とりゃーー!」
大太刀と打刀の双剣を構え、巨大変態へと果敢に斬り込んでいく。
男装女子の勇姿を目にして、
「やだ、イケメン‥‥」
つい赤面してしまうてとら。
だがすぐ気を取り直し、
「荒ぶる虎のポーズ! ケモミンタイガー!」
白く輝く長弓から光の矢を連射した。
撃退士側の反撃開始だ!
「オーダー入るにゃー!」
夜刀彦が迅雷発動。
「悪ぃ子にぁおしおきーぃ!」目隠!
「ご愛想入るーにゃv」辻風!
獣耳戦士のスキル連打だ!
「ボクの心にシノビが走る‥‥武装、夢幻!」
さんぽが印を結ぶや、鼓の音と共に反物が飛び交い、セーラー服が濃紺に!
宙高く飛び上がると、
「猛犬疾走ウォーク☆ドッグ!」
巨大化したヨーヨーが大地を爆走、サイクロプスをはね飛ばす!
「弾けろ、柘榴の炎よ。ガーネット・フレアボム!」
グラルスの奥の手、紅色の炎を纏った深紅の結晶が巨大変態に命中、無数の小爆発に包み込む!
「もう‥‥おいたはめっですよ?」
ほんわか笑顔の闘華がカマデモスにそっと掌を当てた瞬間、急激に黒焔が膨張。
焔の中、全方位から抉る貫く破壊の撃が変態を襲う。
中津荒神流神技、櫻戮(おうりゅう)だ!
数々の必殺技を一身に浴び、さしもの巨大変態もふらつき始める。
「チャンスよ! みんな力を貸して!」
てとらの頭上に巨大な黄金のハンマーが出現。
撃退士全員が、持てるアウル力をハンマーに託した。
「ハンマーアウルキャノン!」
迸る金色のビームがカマデモスの心臓を貫いた!
『ぐあああっ!?』
焼け爛れた悪魔の巨体が崩壊を始める。
『これで終りと思うな! 人の心に悪ある限り‥‥って貴様ら! 人の最期の台詞くらい聞いていけー!』
誰も変態の叫びなんか聞いてない。
全員が清々した表情で広間から引き揚げていた。
「ヒカリさん! またチューしようー! チュー!」
消滅していくゲートを背景に、レイがヒカリに迫っていた。
「ええ〜、こんな場所で‥‥」
「大丈夫ちゃんとするから!」
「なら‥‥ちょっとだけだよ?」
そっと口づけしつつ、こっそり舌まで入れるレイであった。
<了>