●包囲された村へ
ディーゼルエンジンの音を轟かせ、相次ぐ天魔との戦闘のため荒廃した大地を2台のHMV(高機動車)が疾駆する。
四輪のランフラットタイヤで駆動する武骨で大型の車体はお世辞にも乗り心地が良いとはいえないが、生身で天魔どもと相見える撃退士にとっては貴重な「戦場の足」といえる。
それぞれ久遠 仁刀(
ja2464)、酒々井 時人(
ja0501)がドライバーを務める2台には、計15名の撃退士たちが分乗し、現在サーバントの群れに包囲された村の友軍救出、および住民避難を援護すべく急行する途上であった。
「増援が来るのを読んでの、避難先のゲート出現か?」
ハンドルを握り、前方の障害物や天魔襲来を警戒しつつ、仁刀が訝しんだ。
「だとすれば随分と嫌らしい攻め方をしてくる天使もいたものだが‥‥天魔の性根を今さら言っても仕方ないか。何をしてこようが、押し返すだけだ」
「しかしまあ、大変なことになったものだね。‥‥やつらの思うようにはさせない。無事脱出させてみせようじゃないか」
車体の震動に揺られながら時迅 輝結(
ja5143)がいう。
斡旋所で依頼の詳細を聞いたときから、彼女は取り残された村人と守備隊の撃退士たちを切り捨てるかのような撃退庁の対応に内心毒づきながらも、危機が迫っている人々の救出に全力を尽くす覚悟を決めていた。
「‥‥それにしても自発的に増援を出さないとはどういう事だ?」
リョウ(
ja0563)もまた、今回の撃退庁の対応に不満を覚えていた。
「すぐに学園に要請を出して然るべきだったろうに。上層部は彼らを見捨てるつもりだったのか‥‥?」
今回の依頼は現地で国家撃退士との混成部隊として滞在する学園撃退士側のリーダー、伊勢崎那美香から個人的に出され、後になって撃退庁側も渋々「追認」する形になったらしい。
久遠ヶ原学園は日本国撃退庁の下部組織ではなく、国際撃退士養成機構の管轄する養成校である。撃退庁上層部において「組織の異なる久遠ヶ原学園に借りを作りたくない」という意向が働いた可能性は否定できない。
撃退庁とはいっても、最前線で戦うわけでない本庁の事務方――いわゆる「背広組」――の殆どは、他の省庁と同じく一般人の官僚たちなのだから。
「所詮はお役所仕事か‥‥まあいい、こうなったら俺たちの手で助け出してやろう。よろしく頼む」
リョウは振り返り、同じクラブ「旅団【カラード】」に所属する楯清十郎(
ja2990)、氷月 はくあ(
ja0811)らを見やった。
「こちらこそよろしくお願いします。敵に囲まれた村の人たち‥‥手早く安全に引越しができる様にお手伝いしましょうか」
「早くゆっくり休める場所へ連れて行ってあげたいね‥‥」
清十郎やはくあも、現地で助けを待つ住民たちを思いやりつつ頷く。
「む、むー‥‥良く分かんないけど、とりあえず戦えばいいのだっ?」
運転席の仁刀をちょっと羨ましそうに眺めながら、フラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)が呟く。
彼女にとってはお偉方の思惑などより、いま乗ってるHMVの方に興味津々だった。
(ゴツい車だけど、なかなかcoolなのだ! ボクもdriveしたいのだっ)
チャンスがあれば、帰り道にでもドライバー志願してみようか――と思ってみたりする。
(俺にどれだけの事ができるかは分からない。だが‥‥やれるだけのことはやってみようか)
時人が運転する車中では、南雲 輝瑠(
ja1738)が戦闘を前に武者震いしていた。
傍らには友人の麻生 遊夜(
ja1838)も座っている。
「戦闘依頼で一緒になるのは初めてか? まぁ‥‥今回はよろしく頼む」
「おう、こちらこそな」
自らの装備をチェックしながら、遊夜も頷いた。
友軍の撃退士20名、そして200人におよぶ民間人の命が彼らの双肩にかかっているのだ。
「ミスるわけにはいかないよなぁ、・・・この依頼は」
その言葉を小耳に挟み、ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)の表情が一瞬固くなった。
(そうよ、もう失敗は許されない‥‥)
初めての依頼で守るべき民間人から多数の犠牲者を出してしまった苦い体験。
それは未だに心の傷となって彼女を苦しめる。
同じ事を繰り返したくない――その信念が、今の彼女に力を与えていた。
(今も戦ってるでしょう撃退士の人たち、そして村の人たち‥‥必ず救ってみせますから)
同じ車中にあって、東條 美咲(
ja5909)は他の者たちとはやや見解を異にしていた。
――そもそも、なぜ政府や自治体は危険を承知で200人もの民間人があの村(実質的には難民キャンプに近いが)に住むのを許していたのか?
(バカね。結局住んでた場所には戻れないんだから、近くにいたって危険なだけなのに)
『たとえ天使に占領されても、自らの故郷だった街に少しでも近い場所にいたい』
心情的には理解できなくもない。
だが時が経てば収まる自然災害ならいざ知らず、天魔たちの侵略にそんな人間の感傷など一切通用しないのだ。
住民たちが何と言おうが、始めから政府が強権を発動してでも疎開させればよかったのにと思う。
(まあ今さらいっても詮無いことよね‥‥私は依頼の達成に専念するだけよ)
そろそろ目的地の村が見えようかという時。
「前方300m、サーバント確認ですぅ!」
小さな体を乗り出して索敵にあたっていた三神 美佳(
ja1395)が叫んだ。
2台のHMVがタイヤを軋ませ急停車。
直後、撃退士たちも車を飛び降り、光纏を身にまとって各々の魔具・魔装を召喚する。
作戦の成否が決するのに2時間とかかるまい。
だがそれは、撃退士たちにとって限りなく長い時間の始まりだった。
●総員突撃せよ!
前方に確認された敵はスケルトンの一群。おそらく「村の南方を封鎖している」と報告された集団だろう。
少し離れた場所には所在なげに徘徊する腐骸兵の姿も見える。
その頭上には鴉によく似た、しかし頭部と翼の先が青い鳥型サーバントも飛び交っていた。
「人は抗い、骨は嗤い、屍体は踊る。なんとも、なんとも、なんともまあ素敵な有様で」
ジェーン・ドゥ(
ja1442)が芝居がかった口調で戦場の光景を形容する。
「さて、さて、それでは魔女はどうするべきか──なんて、踊る以外にないだろうさ」
ポケットから取り出した棒付き飴をくわえるや、右手にハンドアックスを、左手にケーンを召喚した。
「悪いが‥‥力尽くでも道を開けて貰うぞ」
玄武院 拳士狼(
ja0053)が両手を組んでバキバキっと指を鳴らす。
光纏の影響か、その逞しい両肩と胸板の筋肉がさらに膨れあがり、ロングコートがはち切れんばかりだ。
獅堂 遥(
ja0190)はスマホを耳に当て、村内にいる友軍の守備隊指揮官と懸命に通信を交している。
脱出路となる村南方出入り口の迅速な確保。そのためには、村内の守備隊と共同作戦を取り、敵を挟撃する必要があるのだ。
こちらの存在に気づいたか、スケルトンの集団が動き出した。
片手に剣を携えた骸骨の群れがギクシャクとした動きで駆け寄って来る姿はさながら白昼夢の様だが、よくよく見れば奴らの後方にただ1体、鎧兜を被ったリーダーらしきスケルトンが甲高く意味不明の叫びを上げている。
知性のない下級サーバントでありながら、奴らは軍隊のごとく統率されているのだ。
「旅団の名に懸けて、誰一人欠けさせることなく護り抜くぞ。天魔どもの好きにさせるな」
リョウがクラブの仲間たちに声をかけ、
「麻生、俺の命‥‥お前に預けよう」
輝瑠は遊夜とグッと手を組み合う。
「村内の守備隊と連絡つきました! 我々とタイミングを合わせて出撃するそうです!」
遙の報告を合図に、15人の学園撃退士たちは迫り来る骸骨兵の群れに向かって駆けだした。
スケルトンの群れはリーダーを合わせても11体。数の上ではこちらの方が優勢だ。
敵もそれを悟ってか、リーダーを後方に置き、配下の10体がV字型の隊列を組んで一直線に向かってくる。
「一点突破を狙うつもりか? ふん、小賢しい!」
最初に接敵したのは、前衛に立つ阿修羅の輝結。
長い黒髪をなびかせ舞うように大太刀を振るうや、先頭の骸骨兵の肋骨を断ち切る。
続いて飛び込んだフラッペが、おもむろに両手を地面に突いて逆立ちした。
「ガンマンが使えばレガースだって銃なのなのだっ!」
カポエラのごとく両足を旋回させ、スケルトンの頭部めがけてメタルレガースの蹴りを続けざまに叩き込む。
先に輝結の太刀を浴びてふらついていた骸骨は、これに耐えきれず粉々に崩れ落ちた。
「Yea!」
器用に跳ね起きたフラッペの両腕を、リボルバーの弾倉を思わせる六角形の光纏が包み込んでいる。
「塵は塵に、‥‥さしずめ今は、骨は骨に、かな?」
輝結はふっと笑うと、後は振り向きもせず、新たな獲物を求めて敵陣へと斬り込んでいった。
「ホァタタタタタタァー!!」
裂帛の気合と共に、拳士狼の拳がスケルトンの肉体――骨格というべきか――に雨あられと炸裂。
反撃しようと剣を振り上げる骸骨兵の体が、ガクガクと震えながらみるみる奇妙な形に歪んでいく。
「ホゥアッタァ!」
とどめとばかり繰り出された蹴りの一撃と共に、スケルトンはバラバラに砕け散った。
「亡者は大人しく地獄へ戻るのだな‥‥」
遊夜と輝瑠は連携し、息の合ったコンビネーションでスケルトンを翻弄した。
ピストルとメタルレガースを装備、さらにダガーやサバイバルナイフも携えた遊夜が軽快にステップを踏みながら動き回り、踊るように撃って切って蹴り飛ばす。
「そろそろ疲れただろう? 俺が止めてやるよ」
遊夜の派手な動きに気を取られた骸骨兵の背後に忍び寄った輝瑠が、素早く間合いを詰めるや、打刀と苦無の2刀を振るい、熟練の料理人のごとく鮮やかにサーバントを解体した。
「グッジョブ!」
友人に向けて親指を立てると、遊夜は地面に倒れたスケルトンに視線を戻し、
「おやすみなさい、安らかに」
彼にとってはサーバントもまた天使の犠牲者である。
自我なき敵は憎しみの対象外。
ただ優しく語り、優しく眠らせるまでだ。
リーダーを護衛する敵前衛の一部を相手取り、ジェーンはケーンを振るい、相手の肋骨に引っかけるようにして体勢を崩したところで、首の骨めがけてハンドアックスを振り下ろした。
「『その首を刎ねておしまい!!!』ってね」
彼女としては、骨よりは屍体の方が好みではあるけれど。
「こんなにも素敵な状況なのだから。ええ、ええ、有象無象の区別なく、思うがまま息をするように刎ねるとしよう」
上空からは鳥型サーバント「蒼鴉」が飛来し、鋭い嘴で撃退士たちを狙ってくる。
幸い奴らはスケルトンリーダーの指揮を受けているわけではないらしく、時折数匹が気まぐれに舞い降りて来る程度だが、空からの攻撃が厄介であることに違いはない。
「こっちに来ないでください!」
美佳がスクロールから光弾を打ち上げ、射程内まで降りてきた蒼鴉を迎撃する。
「仲間たちには指一本触れさせないよ!」
はくあもまたリボルバーの銃口を空に向け、対空射撃に専念する。
銃弾(正確にはアウル力のエネルギー弾だが)を受けた蒼鴉の1匹が、もんどりうって地上に墜落していった。
緒戦で早くも数体の配下を倒されたスケルトンのリーダーが奇声を放った。
増援を呼び寄せたらしく、東と西から新手のスケルトンが向かってくるのが遠目にも分かる。
だがその直後、銃声と共に村の入り口から2台のHMVが走り出た。
突入支援のため、守備隊の撃退士たちも打って出たのだ。
それに気づいたスケルトンリーダーは、増援の到着も待たず前衛にいる配下の一部を慌てて呼び戻す。
敵部隊は混乱に陥った。
チャンスと見たリョウが、傍らで戦う清十郎、そして蒼鴉を相手にしていたはくあに合図を送る。
「敵の前衛に穴が開いた。一気に突破してリーダーを叩くぞ」
はくあの援護射撃のもと、清十郎とリョウが突撃する。
清十郎はスクロールが創り出したアウルの光球を右手でつかんだ。
「突貫します!」
リーダーを護衛するスケルトンたちが、光を放つ清十郎の右手に一瞬注意を奪われる。
だがこれはフェイント。
「僕の肩を踏み台に跳んでください!」
背後から駆け寄ったリョウが、黒い疾風と化して跳躍!
護衛の頭上を飛び越えリーダーの目の前に舞い降りた。
「後ろにいるからって、油断は命取りですよ‥‥」
はくあは膝立ちにリボルバーを構えると、動揺する護衛たちの隙間から覗くリーダーへの射線を狙い、立て続けにトリガーを引く。
苦無の投擲でリーダーに奇襲を加えたリョウは、間合いに入るやショートスピアで鋭い刺突をかける。
さらに護衛を突破した清十郎が、武器をショートソードに持ち替え斬りかかった。
【カラード】隊3名の連携攻撃を一身に浴びたリーダーは、剣を振り回してしばし抵抗を続けていたが――。
やがて動きを止め、糸が切れた人形のごとく大地にくずおれる。
他のスケルトンたちは彼らの指揮官が倒れたにも拘わらず、何事もなかったかのように戦い続けているが、これはただ「最後に受けた命令」に従って動いているに過ぎない。
その統率が徐々に乱れ始め、陣形も崩れた骸骨兵の部隊は、南北から突入した撃退士たちに各個撃破され壊滅していった。
●村での邂逅
南部のサーバント掃討に成功した撃退士たちは、友軍の守備隊と合流を果たし、首尾良く村へと入ることができた。
「ちょっと待たせてしまいました?」
「かまへんかまへん。お疲れさん。いや〜助かったわ♪」
心配そうにいうファティナに対し、那美香が快活に笑った。
いや顔では笑っているが、那美香を含め、守備隊の撃退士たちが限界近くまで疲弊していることは、援軍に来た一行にも容易に判った。
「しかし去年入学したての新人さんたちまで危険な依頼に引っ張りだして、ホンマ悪いことしたなぁ。うちら先輩失格やわ」
「とんでもありません。ご一緒に戦えて嬉しいです」
微笑していう遙の言葉に偽りはない。
撃退庁勤務に憧れる彼女にとって、今回の様に国家撃退士や学園の先輩撃退士と共に戦場に立てるのは貴重な体験である。
「皆さんを脱出させるまであとひと息、先輩も頑張ってくださいね」
「そやな。お互い気張っていこうや!」
清十郎は持参してきた熱いお茶の水筒、それに紙コップを取り出し、傷ついた友軍撃退士たちに配った。
「気を抜くわけにはいきませんが、少しの余裕は必要ですよ」
脱出路の確保、そして友軍との合流は果たしたものの、任務達成は未だ道半ばだ。
南のスケルトン部隊が壊滅したことを知れば、北に布陣しているというもうひとつの部隊が動き始めるだろう。そうでなくとも、グズグズしていれば西や東に展開するサーバントたちの大群が移動し脱出路をふさいでしまうに違いない。
残された時間は少ないのだ。
事前の打ち合わせでは、住民たちも脱出のため村内からかき集めたバスやトラック、乗用車などに乗り込む手筈であったが、ここで1つ問題が持ち上がった。
一部の住民が、村の周囲にサーバントが残っている状況での脱出に尻込みして「ここに残る」と騒ぎ出したのだ。中には、予定されていた援軍到着が遅すぎる、数が少ないと文句をつける者までいた。
遙が説得にあたるが、住民のうちでも高齢者の一部が頑として聞き入れない。
天魔襲来以前の平和な時代で長く生きてきた彼らは「何が起ろうと、自分たちの土地に住み続けるのは当然の権利」と信じて疑わないのだ。
今回の場合、厳密には「自分たちの住んでいた土地のそば」であるが。
「‥‥ちょっと代わろう」
遙を下がらせ、輝結が村人たちの前に進み出た。
長い髪をかきあげ、いったん深呼吸してから、
「あなたがた、自分たちさえよければ他の人間がどうなっても構わないんですか? 元々あなたがたが故郷の街に執着してこの村を作り、今になって天魔の襲撃を受けている。それを救うために撃退士20人が命を落しかけ、こうして私たちが派遣されてきた。撃退庁の対応にも確かに問題はあったでしょう。でもただでさえ数の少ない撃退士をこの村ばかりに集めて、その結果他の街が天魔に占領されることになったら、いったいどう責任を取って頂けるんでしょうか?」
一見辛辣ともとれる輝結の言葉に対し、老人たちから一斉に抗議の声があがる。
「そんなの、わしらにゃ関係ねえ!」
「そうだそうだ! よそもんのあんたらに、俺らの気持ちが分かってたまるか!」
「‥‥」
しばし沈黙していた輝結は、騒ぎが収まるのを待ち、毅然とした口調で再び語り始めた。
「そうやって被害者の立場に甘んじていれば楽かもしれません。でも相手は人外の天魔なんですよ? このままじっとしていれば彼らがおとなしく立ち去ってくれますか? それとも天魔相手に住民訴訟でも起こしますか?」
「‥‥」
「もちろん一般人であるあなたがたに天魔と戦えとはいいません。それでも皆さん1人1人がご自分の出来る範囲で協力して頂ければ‥‥みんなの命が助かるんです。天使に奪われたあなたがたの街は、たとえ何年かかろうと私たちが取り戻します。せめてそれまでの間、辛抱してもらえませんか?」
老人たちが黙り込む。
ややあって、村人の中から何人かの若者が進み出た。
「教えてくれ‥‥俺たちにも、何か手伝えることがあるのか?」
「さて、あとはきみの役目だ。任せたよ」
「はい!」
輝結にポンと肩を叩かれ、遙が再び前に出る。
「みなさんに少しだけお願いがあるんです。余力のある方にはご老人の方々の介護や援助を、小学生以上のお子さん方には、小さな子供たちをまとめて頂ければ――」
「ハイ! ぼく、やるよ!」
「あたしにもやらせて!」
若者たちに続き、子供たちも相次いで元気よく手を挙げる。
かくして遙は住民たちの有志と打ち合わせに入った。
住民同士による協力体制をとらせる事で幾らか恐怖を軽減し、今回の「助け合い」が今後彼らを支える力となるように。
決して悲壮感や不安感を与えないよう、遙は笑顔を絶やさず人々に語りかける。
その間、他の撃退士たちは住民たちの脱出を支援する『護衛班』、北から襲来するであろう新たなスケルトン部隊を迎え撃って足止めする『迎撃班』に部隊を分ける相談を行っていた。
消耗の激しい守備隊の撃退士たちは、住民の直衛も兼ねて共に脱出する。
輝結と遙の説得が功を奏し、住民たちの自発的な助け合いにより全ての民間人が車両に乗り込み、後は出発を待つだけとなった頃。
村の北部を警戒していた国家撃退士から、「敵スケルトン部隊が動き出した」との報告が飛び込んだ。
●脱出への死闘
北側のリーダーに率いられた骸骨兵の群れが、阻霊陣の展開された村の建物を紙細工のごとく打ち壊しながら、遠慮会釈なく村の中へと雪崩れ込んでくる。
「彼等の護衛と、退路の確保を頼む。‥‥俺は奴らを穿つとしよう」
迎撃班に入ったリョウが、護衛班を担当する清十郎とはくあに告げた。
「俺も迎撃班だ。しばらく別行動だな」
「住民の護衛は任せてくれ。遠慮なく暴れてこい!」
遊夜と輝瑠もしばし別れの挨拶を交す。
「後は、避難完了まで北側の群れの南下を持ちこたえるのみ‥‥か」
独り言のように仁刀が呟き、再び大太刀とメタルレガースを召喚した。
守備隊のHMV2台が先導、住民たちを満載した車両が次々出発するさなか、北の方角から不気味な喊声が聞こえてきた。
「行きますよ‥‥!」
迎撃班リーダーを任された美咲の指揮の下、計9名の撃退士たちが北へと走る。
「‥‥俺達が脱出路を確保する、早く撤退準備を」
「わたしも微力ながら、お手伝い致します!」
拳士狼やはくあを含む護衛班6名はその場に留まり、引き続き住民脱出の警護にあたった。
「一気にリーダーを叩きたいところだがな‥‥無理に切り込んで怪我もできない」
スケルトンの1体が振り下ろしてきた剣を、仁刀は大太刀で受け止めた。
骨格だけの骸骨兵に斬撃は通しにくいだろうと踏んだ彼は、大太刀を専ら受け専用の盾代わりと割り切っている。
それに代わる武器は――。
短い気合と共に、メタルレガースで固めた片足を上げ、膝のスナップを効かせた回し蹴りを叩き込んだ。
狙いは体を支える足や腰、武器を操る腕の起点となる肩の骨。
「倒せなくとも戦闘能力を落とせばやりやすい!」
ロー、ハイ、ミドルと変幻自在に高さを変えた蹴撃で、骸骨兵の骨格要部を文字通り粉砕していく。
「kickなら負けないのだっ!」
再び倒立の姿勢を取ったフラッペが、竹とんぼのごとく両足を旋回させつつ、骸骨兵たちを当るを幸い蹴りまくった。
「血肉の無い貴方達に、薄櫻の修羅は倒せません、倒れません、いきますよ」
遙の燃えるような緋色の髪が光纏により白く変わり、その瞳は逆に空色から紅へと染まる。
薄桃色の少女の影がショートスピアを構え直し、アウルの力をその穂先に込めてサーバントを刺し貫いた。
スクロールで上空の蒼鴉へ対空攻撃を行いつつ、美佳は最後まで踏みとどまり地面に阻霊陣を展開する国家撃退士の元へ駆け寄った。
「代わりますっ」
「各自突出は慎み、防衛ラインを崩さないように。個体の撃破に拘らず、なるべく群れ全体へ圧力を加えてリーダーに増援を呼ぶ余裕を与えないようにして!」
美咲は最前線のやや後方から全体の戦況を見渡しつつ、スマホから迎撃班の仲間たちへ臨機応変に指示を送る。
その合間、防衛線を突破し接近してきた骸骨兵を、自らケーンによる魔法攻撃で打ち倒した。
「最優先目標は敵リーダーよ! 雑魚の1匹や2匹取り逃がしても追わなくていいわ。奴らは護衛班が引き受けてくれるから」
その言葉通り、迎撃班の猛攻を擦り抜け村中央の広場へとたどりついた数体のスケルトンたちを、護衛班の撃退士たちが待ちかまえていた。
スクロールで蒼鴉の迎撃にあたっていたファティナは、骸骨兵の姿が視界に入るなり、きっと睨み付けた。
胸の裡に苦い記憶が蘇る。
初めてのあの依頼。
護ろうとして護りきれなかった命――。
「もう誰も‥‥殺させません!」
少女の長い銀髪がフワリと揺れ、星屑のような金色の粒子が舞う。
敵が射程に踏み込むのを待たず、ファティナは自ら前進して果敢にアウルの光弾を撃ち込んだ。
村の東西から、リーダーが呼び寄せたスケルトンの増援が続々と侵入する気配。
住民と友軍を無事に脱出させるため、時間稼ぎの戦闘は果てしなく続く。
「まるで、湊川の戦いにおける楠木正成みたいだね。最も、討ち死にするつもりはないけどね」
時人は苦笑しつつも、ブロンズシールドを掲げ、積極的に前衛でファルシオンを振るった。
また負傷した仲間の回復も、数少ないアストラルヴァンガードである彼の重要な役目だ。
「『前に出て戦う』じゃなく『前に出て防ぐ』。これが僕の戦闘スタイルなのさ」
突進してきた骸骨兵の剣を盾で受け止め、しばしの押し合いの後、思い切って後方へはね飛ばす。
敵に体勢を立て直す暇を与えず、曲刀で片手を切り落とした。
「まだまだ!」
返す刀で足を払い転倒させ、盾を振り上げ叩きつける。
鈍い音と共にスケルトンの片足が折れた。
片足を失ってもなおむっくり立ち上がるサーバントのしぶとさに、さすがの時人も呆れざるを得ない。
だが、その抵抗も虚しく――。
「‥‥いつまでも遊んでられる状況ではないのでな。全力でゆくぞ!」
拳士狼の天武四神拳・玄武流奥義が怒濤の拳撃と化して、死に損ないの骸骨兵を木っ端微塵に砕いた。
「ここを通るなら僕たちの相手をして貰いますよ」
距離に応じてスクロールと剣を使い分け、清十郎は出発街の避難車両へ近づくスケルトンを追い払う。
その間にも、脱出する車両を狙い舞い降りてくる蒼鴉を阻止するため、はくあはひたすらリボルバーを撃ち続けていた。
「一匹も通さない‥‥っ!」
広場で待機するトラックの荷台で怯える子供たちに振り返ると、自らの傷の痛みを堪えてにっこり微笑んだ。
「もう大丈夫、大丈夫です‥‥向こう着いたら、皆で何か美味しいものでも食べましょうっ」
美咲が率いる迎撃班は、ついにスケルトンリーダーの位置を特定した。
「前方20m、右手の建物の陰よ! 一気に追い込んで!」
リョウが黒い光纏に包まれた短槍を振るい、護衛の骸骨兵を蹴散らす。
「さぁ、終わりにしようか」
遊夜はピストルの標的を、頭上の蒼鴉からプレハブ住居の陰に潜むリーダーへと変えた。
「おっと、どこに行く気だい? リーダーさん」
建物の裏から素早く回り込んだ輝結が、大太刀で斬りつけリーダーを力ずくで路地から追いやる。
撃退士たちに囲まれたリーダーが、天を仰いで甲高く叫んだ。
村の外から新たな増援を呼んだのだろう。
「残念ながら待ち人来たらず‥‥だな!」
「観念するのだっ!」
仁刀はフラッペと呼応し、前後からの挟み打ちで骸骨指揮官へハイキックをぶちかました。
骨片が飛び散り、リーダーの足取りがふらつく。
「‥‥大地に還りなさい」
長く編んだ髪をなびかせ、遙は自ら槍と同化したように突貫した。
アウルの力が、修羅に変じた少女の決意が、鋭い穂先の一点に集中し、凝縮されたエネルギーがインパクトの瞬間破壊力に転化してスケルトンリーダーの骨格内で解放される。
錆びた鎧兜が吹っ飛び、元の骸骨へ戻ったリーダーはガラガラと崩れ落ちた。
南北のリーダーを倒したといえ、村の外からは相変わらずスケルトンや腐骸兵の薄気味悪い咆吼が響き、上空には数知れぬ蒼鴉の群れが飛び交っている。
組織的な攻撃が途絶えた――というだけで、この村が包囲されている状況に変わりはないのだ。時が経てば、北方の天使占領エリアからさらに強大な増援が送られてくるやも知れない。
「村人の避難、完了ですっ!」
避難車両の最後尾が、村の南出口から安全圏と思しき距離まで達するのを確認したはくあが、スマホで仲間たちに連絡した。
「そろそろ潮時か‥‥」
生き残りのスケルトンにとどめを刺しながら、拳士狼が呟く。
あとは北側にいる迎撃班の後退を待ち、全員が合流して村から脱出するだけだ。
「民間人の避難完了を確認。私たちも撤退するわよ!」
美咲の指示を受け、迎撃班のメンバーも撤収準備に入った。
「さてと、本日の踊りはここまでか。名残り惜しくはあるけれど、ね」
ジェーンが北の方角を見やると、リーダーがいまわの際に呼んだ増援が今頃到着したのか、新手のスケルトンが群れをなして押し寄せてくる。
ただし肝心の指揮官がもういないので、彼らはもはや本能に任せて襲ってくる怪物に過ぎないが。
投擲武器や遠距離武器を持つ者たちが敵群に牽制攻撃をかけつつ、迎撃班は広場に向かい後退する。
狭い村のこと、護衛班と合流を果たすのにそう時間はかからなかった。
全員の無事を確認し喜びあう間もそこそこに、撃退士たちは直ちに南出口を目指す。
往路に乗ってきたHMV2台は、最初の戦闘時に停車した地点にキーを差したまま残してある。
そこまでは負傷の度合いが高い者、移動が遅い者などを優先に徒歩での撤退だ。
そんな中、清十郎が自ら殿を買って出た。
「危険な状況であるなら、仲間の為に僕のいるべき場所がここですから」
●遠く故郷を離れて
「おう、おおうっ‥‥これは格好いーのだ! 荒野を走る愛馬なのなのだっ!」
一同が無事にHMVへたどり着いた後、時人に頼んで運転を代わってもらったフラッペが、さながら荒馬を乗りこなすカウボーイ気分で歓声を上げる。
激しく揺さぶられる同乗者たちは、振り落とされないよう車体につかまり苦笑い。
「‥‥」
大騒ぎの車中、遊夜は静かに瞑目し、敵味方の区別なく斃れていった者たちに黙祷を捧げている。
乾いた砂塵の中、やがて先行する避難車両の最後尾が見えてきた。
「私たちがお手伝いできるのはここまで‥‥皆さん、新しい街でもお互い助け合ってくれればいいのですが」
遙は疎開先での彼らの生活を案じている。
(色んな思い出のある故郷‥‥)
ファティナは思う。
既に天使に占領された故郷の街に固執したのは、元住民たちのエゴだったのかもしれない。
だがそれも人間が人間である証。
天魔ではなく、人間だからこそ抱ける感情なのだと。
(これが最後になるかも知れません、ちゃんと覚えていて‥‥自分たちが育った場所を)
彼女はそう祈らずにいられなかった。
<了>