●交渉
(ま、バレるか)
クラウディア(
jb7119)は内心呟く。ああも派手に戦えば見つかりもするだろう。
(しっかし‥‥ファズラの奴、相当注ぎ込んだみたいね)
八津華の力を見て、元は悪魔である少女の血が騒ぐ。ヴァニタスはいい。召喚獣と違って自分が痛い目に遭わなくて済むし、時間制限もない。
「できればまぁ潜入して情報収集くらいしたかったけど」
「さすがに諦めるしかないですワ。問答無用で襲われてもおかしくないところ、あのヴァニタスさんの好意に助けられてる状態ですし」
クラウディアにミリオール=アステローザ(
jb2746)が応じる。
「同年代の相手、不信感漂う現状‥‥やり辛いですね」
雫(
ja1894)がこぼす。
「どうします? わたしとしては、彼女は久々に楽しく戦えそうな相手でうずうずするのですワ♪ 皆の考えに合わせますけど」
「収穫は欲しいわねぇ。負傷したディアボロ倒すのが一番楽そうだけど、後々めんどくさいことになるかしら」
ミリオールやクラウディアのそんな意見はあれど。
「あの子がどれほどの強さかはわかりませんが‥‥一般の人の安全や今後のためにも、なんとか交渉で話を進めたいです」
「ファズラ勢の力をそいだら、他のもっと嫌な悪魔が台頭してくるかもしれない。だから戦闘はしたくないんだが‥‥」
紅葉 公(
ja2931)やアダム(
jb2614)らの意見が主流となり。
「お互い、上手く落とし処が見つかればいいけれどな」
桝本 侑吾(
ja8758)の言葉に、今この場にいる全員が肯いた。
*
「合理的な理由があればいいんだな‥‥? 互いの利益になるような話をしようじゃないか」
アダムは、いつものふんわりした様子とは違う、冷静な口調で切り出した。
「その自信、お前はすごく強いんだろう? 無駄に戦ってお前が傷を負えばファズラ勢の戦力が低下する。悪魔の中にも敵がいる状況で、それは避けた方がファズラのためになるんじゃないか?」
八津華は落ち着いて話を聞く。ヴァニタスとして知性など調整されたか、元から賢い子だったのか。
「そして、戦わずに人を返せば、ファズラ勢は人類にとって他の悪魔よりはましと示せる。つまり、他の悪魔が優先して討伐され、ファズラは労せずして他の悪魔を蹴落とせる。二十人を返すだけで、これだけ利益が得られるのは合理的でないか?」
「まず、多少の傷を負っても私は自力ですぐ回復できる。それと、他の悪魔が撃退士に倒されてもファズラさんは出世しない。一組が他校に制圧されても、二組の地位が上がるわけじゃないでしょ?」
淀みなく少女は回答する。
「それに、桐生市が他より優先されないとは思えない。ここは人がとても多いから」
堕天使の提案を拒み、しかし八津華はアダムに微笑んだ。
「でも理屈と利益に基づいて話をするのは当然よね。もう少し続けましょう」
「今回の件、傍からは、撃退士を利用してウビストヴォを排除したと見えます」
「そうね、私が倒すつもりだったのに、あなたたちが強すぎた」
雫に八津華は肯く。
「冥魔陣営は武を重んじるようですから、この行為は内部から誹りを受け、新たな獅子身中の虫を生み出す要因になるのでは?」
「なるほど」
「しかし住民を奪われたとすれば、ファズラの失点となり、出し抜かれたという形にできる。この場合、むしろ住民が無事では冥魔たちの疑いを招くでしょう」
「うーん‥‥私があなたたちを実力で叩き出せば、汚名返上ってことにならない?」
クリフ・ロジャーズ(
jb2560)が頭をかく。
「そうなんですよね。それにこれだと、してやられた八津華さんと象たちが、後でファズラさんに叱られるかもしれなくて心配です」
「‥‥心配してくれてありがと」
「そもそも、貴女がここに来た目的は何でしょう?」
がんもどきマスクをかぶる悪魔オーデン・ソル・キャドー(
jb2706)が、紳士的な口調で問うた。八津華は一瞬ぎょっとするが、目を逸らしつつ敬語で答えた。
「その、ウビストヴォが、ファズラさんの予測通り侵攻してきたので、退治しに来ました」
「あのクズを貴女が潰したことにすれば良いんじゃないですか? 褒美はそちらへ、我々は実を取る。どうです?」
俺も同意見だ、と侑吾が言い添える。
「奴が君の主の支配地で暴れた。それをあのお嬢さんのヴァニタスである君が沈静化。最初の成果としては悪くないと思うけど」
「うーん? 私、別に褒美とか欲しいわけじゃ‥‥」
八津華は、言葉はわかるが言いたいことがわからないという風情。
「ま、そこはどうでもいいさ」
御神島 夜羽(
jb5977)は先読みのスキルで軌道修正を試みる。恩義だ何だ最初に言ってたように、利他的な――この手の交渉では些か面倒な相手らしい。
「貴女のマスターにとっては大した人数ではないでしょう? 戦闘に巻き込まれて全員死んだことにすれば、それで済むのではありませんか」
「それはそうですけど」
まだ決め手に欠けると踏んだオーデンは、少女に近寄った。なぜか身を強張らせる八津華の耳元で囁く。
「貴女の失言について話をしましょう」
不思議そうに首を傾げる少女に告げる。
「『二人目のヴァニタス』『生まれたばかり』から推測されることがあります」
ファズラが弱体化してるであろうこと。力を取り戻すために、相応の贄が必要なこと。
「前者は撃退士の増派を、後者は住民の不信を招くでしょう」
この二つを報告・流布しないことを条件にできないかと持ちかけると、八津華は考え込んだ。
「前者については、報告されても意味がないです。ファズラさんが弱いなんて、すでに知れ渡っているんでしょう? 一万が五千になったとかならともかく、五が三になった程度のことですし」
「ふむ」
「後者は‥‥とっくに詰まりかけの排水口みたいになっているそうなので、あまり脅しに使えないんじゃないかと」
「排水口?」
「んー‥‥あの方たちを全員外へ出し、わたしたちが来なかったことにした方がファズラさんとしては支配し易いんじゃないです?」
「どうなのかな。撃退士への期待が湧いても、支配が難しくなるわけじゃないし」
答えながら金棒を素振りする八津華にミリオールはむずむず。
「不利は承知ですが‥‥もし、潰し合うならばそちらも覚悟は決めて欲しいのですワ。楽しくない戦いは望まないですけれど」
天使の微笑を見せると、ヴァニタスは気まずげな顔になる。
「戦う時は、本気で行きます。こちらも重体になるでしょうけど、住民の方々を全員助けられるように、限界まで食らいつきますね」
公がぺこりと頭を下げ、八津華はますます複雑な顔をした。
侑吾が別の提案を試す。
「手の内を見せていいのか?」
「え?!」
「こっちは手の内を見せ、そっちは見せてない。君たちにとって悪い状態じゃない」
「いや、あの、戦う前に説明とかするつもりだったんだけど‥‥フェアじゃないし‥‥」
「ずいぶん甘いことを言う。情報をさらけ出せば後々学園側に対策され、いずれあなた自身の敗北に直結するのに」
文 銀海(
jb0005)の言に、八津華は微妙に納得いかない模様。
「何も今戦闘しなくてもいいんじゃないのか? せっかく生き返らせてもらったのに、寿命を縮めたいの?」
「そっちに不利過ぎない?」
まだまだとばかり、銀海は言い足す。
「あの象たちの傷を治してもいい」
「信頼の証として、な」
「あなたたち、ほんとに撃退士!?」
心底驚かれた侑吾は肩を竦めた。
「こちらが示せる案はこれくらいだが‥‥」
銀海は駄目を押した。
「もし『撃退士と戦闘した証拠が欲しい』というのなら」
「あの、別にそんなことは」
「この腕を斬り落としてファズラに持って行ってくれ」
「! バカ言ってんじゃないわよ!!」
腕を突き出した銀海に八津華は血相を変える。叫びつつ、自身の右腕を押さえる。
「冗談でもそんなこと言わないの!」
「冗談など言うものか。私の腕一本で彼らを助けられるのなら、安いものだ」
真顔で見つめ合い、少女が折れた。
●説得
「おためごかし言ってもしかたないし、ぶっちゃけましょ」
クラウディアは住民の懸念を肯定した。天魔の被害は頻発し、公的補償は当てにしきれない。彼らが群馬に閉じ込められた数年前から、その状況に変化はない。
「まぁ、現状に甘んじて飼い殺しにされるか、外に希望を求めるかはアナタたち次第よ」
彼らもこのままの方が幸せなんじゃないのか、と内心思うのはまだ撃退士に成りきれていないからか。
(巧いわねぇ、ファズラの奴)
雫も率直に語る。
「法的保護は不完全ながらありますので、飢え死にまではしないと思います」
「仕事が見つかるなら、不完全でもいいけどよ‥‥」
「群馬がこうなる前だって面接に落ちまくってたんだぜ‥‥」
男たちの声は地を這うように沈む。
「田畑を捨てて桐生市まで逃げて、さらに県外へ出ても何ができるやら‥‥」
「ここにいれば、住み家と飯だけは確実に与えられるし、他の天魔に襲われることはなく‥‥」
老人らの言葉はさらに暗く重い。
「そんなの、まるで家畜じゃないか‥‥!」
銀海はそう心から感じ、叫ぶが、反応は薄い。彼らとて今の境遇は承知の上。
それでも銀海は説得を試みる。狙いは子供たちの親。
「こんな生活を子供たちにさせていいのか?」
侑吾とミリオール、夜羽がそこに畳み掛けた。
「子供まで巻き込んで、元凶に力与えて死んでいくのか?」
「連れ戻されたら近いうちに魂を抜かれる可能性もありますワ」
「死にたがりのジジイやオッサンだけなら構わねェんだがよ。ソイツらに巻き添えにされる女子供は見逃せねェんだよ」
うつむく男に無理矢理目を合わせ夜羽は問う。
「子供も犠牲にするのは正しいことか? 外へ逃げて生きれる可能性が本当に0だと思うか? ヤろうともしねェ奴がヤった後のこと考えてんじゃねェよ!」
彼が見ているのは目の前の子供だけではない。かつて助けられなかった子。あの子をもう失望させたくない。
「逃げたいです‥‥死にたくない‥‥」
カップルと思しき男女、その女性が絞り出すように言う。比沙子の母が啜り泣く。
「なら、自分たちで道を開いてほしいです。私たちも手伝います」
公が母親の肩を抱いて言った。ミリオールが他の者にも微笑みかける。
「心配しすぎることはないのですワ」
「私も参加した青森での一戦は、人類の完全勝利と言っても過言ではありませんでした。ここから出ても天魔に容易に殺されはしません」
「私たちはまだ、強くはありません。でも、もう皆さんを守れないほど弱くもありません」
雫と公が、力強く言った。
*
「また悪い悪魔が襲って来るかもしれないから、ここから避難した方がいいんだよ」
はぐれ悪魔の自分が悪魔の支配地域でこんな話を説くことを皮肉に感じつつ、クリフは比沙子に語る。
「象さんがいるもん」
「さっきみたいに象さんが怪我しちゃうかもしれないよ」
「おまえの親はどうしてるんだ?」
アダムは比沙子の友達に訊ねた。
「みどり市から逃げる時にはぐれて‥‥」
「な、なら、親戚は?」
「栃木に、おじいちゃんとおばあちゃんが‥‥」
「最後にいつ会った? きっとまってるぞ‥‥!」
親などの助けも得て、最後にはどうにか子供たちを説き伏せた。
*
それでも、老爺が一人残ろうとした。
「わしは‥‥自分でゲート結界に入るほどの度胸はないが、いずれわしが選ばれれば、その時若い者が一人死ぬのを先延ばしにできる。それぐらいの役には立てるかと‥‥」
撃退士が苦慮していると、様子を見ていた八津華が鋭い口調で命令した。
「めんどくさい爺さんね。あんたみたいな辛気臭いのがいると疫病神だわ。さっさと出て行って」
●手合わせと、脱出
「あー、腕試しとかならお付き合いに吝かではないですワ!」
話がまとまった後、ミリオールがキラキラした眼で八津華に話しかけた。
「やってみる?」
八津華の指示でミリオールの後方に少し離れてクリフが立ち、一撃ずつの殴り合い。
「では、行きますワ!」
ミリオールが放つは「操空の第二腕」、暴風が相手を切り刻む!
八津華は両腕で顔を庇いその攻撃に耐えた。かすり傷に限りなく近い軽傷、というところ。
「んー、わざと食らいました?」
「気を悪くしたらごめん。殺し合いの経験なんてないし、実戦の前に痛みに慣れておきたかったの」
言いながら、八津華は金棒を振りかぶる。
「もちろんあなたは避けていいわよ」
「言われるまでも!」
そして一閃。
「!?」
力と速さ任せの一撃は、軌道が読めても避けられず、ミリオールは吹き飛ばされた。身構えていたクリフが受け止めなければ、地面に叩きつけられてさらに傷を負っていただろう。
(やっぱりヴァニタスっていいわー‥‥いつかまた創りたい)
見物してたクラウディアが物騒なことを思う傍ら、八津華が走り寄ると癒しの風を自身とミリオールに用いた。
「強いのですワ‥‥ところで二人目といえば、お豆腐の譲二さんは元気です?」
「義父さんと知り合いなの?」
「俺たち二人は前に話をしたことがありまして。なるほど、娘さんですか」
「今度お豆腐ご馳走して欲しいですワ」
「あの人は‥‥この状況を諦めているようで諦めていない雰囲気を感じるので、気になっています」
「そんな大層な人じゃないと思うけど」
クリフに対し、八津華は小首を傾げた。
*
クリフとミリオールと銀海が、象たちの傷を癒やす。
それを見る雫は、共闘関係にあったディアボロと戦わなくて済むことに安堵している自分に複雑な心境を抱いた。
撃退士に従い二十人の一般人が動く。
彼らが桐生市を出ようとした時、ディアボロたちが吼えた。象が足を踏み出しかけ、両者の間にいた公らが身構える。
「止まりなさい!」
八津華の叱責に象は動きを止め、しかし鼻息は荒く、その目は境界を超える幼い少女を睨み続ける。
「象さん‥‥?」
比沙子が初めて怯える目を象に向けた。オーデンが静かに言う。
「番犬の仕事は、羊を守るだけではありません。羊の脱走も防ぐのですよ」
「行くぜ」
夜羽に促されて背を向けると、子供たちは速足で歩き出した。
●残る者たち
「で、情報を与えぬ見返りに、その場にいた住民全員くれてやったと?」
ファズラは「全員」と口にする時にこめかみを震わせた。報告する八津華の方が平然としている。
「下剋上企んだ敵を倒してくれた相手に交渉もせず攻撃なんて、そんな恩知らずなことできません」
准男爵は頭を抱えた。こういう性格とは生き返らせた直後の会話でわかっていたし、その時は好ましく思えたものだが‥‥。
「あ、雫って子から伝言が。でっかい剣を構えたちっちゃい子です」
悪魔は覚えている。県境の件で遭遇した相手。
「『貴方が、ウビストヴォが生み出したようなヴァニタスを生み出したら、どんな手を使ってでも必ず滅してやる』と。私にはよくわからないんですが」
「‥‥侮られたものぞよ。うぬを見てなお、わらわと彼奴をごっちゃにするとは」
ファズラは言い捨てた。