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マスター:茶務夏
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:11人
サポート:6人
リプレイ完成日時:2013/04/24


みんなの思い出



オープニング

※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。


「ギャハハ! 今日も冷奴定食が美味いのう!」
「ファズラ、あまりたらふく食うでないぞ。午後の九九の授業で居眠りしたら、どぐされ教官にまた死ぬほど殴られるからのう」
「スランセの姐御、この阿呆がそれくらいでくたばるもんか!」
「それもそうじゃな!! ガハハハハ!!」
 茨城県沖の孤島の昼下がり、安い油の匂いが充満する場末の定食屋で、豪快な笑いがこだまする。その声の主は、素肌へサラシに長ランを羽織り、ボンタンを穿いた‥‥スランセ(jz0152)やファズラ(jz0180)ら、若い女たち。
 もちろん店で飯をかっ込み外の道を行くのはそれだけでなく、男も女も老いも若きも学ラン姿で闊歩する。
 ここは久遠塾。日本中、いや世界中から、更生の余地なしと見做され見捨てられたゴンダクレどもが集う私塾だ。
 しかし彼ら彼女らの心は熱い。いずれ世界を変えるのは、こんな連中なのかもしれないと思わせる何かが感じ取れた。

 そこに今、新たな戦いの嵐が吹き荒れようとしていた。
「狂羅打威死強殺(きょうらだいしきょうさつ)が‥‥」
「今日の午後から‥‥」
 街角から聞こえた噂話に混じる単語に、スランセは眉をひそめた。
 命が軽く安いこの塾にあってなお、そんな狂犬どもすら二の足を踏む、剣呑極まりない殺し合い。過去十年ほど試みた者どもはないと風の噂に聞いたことがある。

 その歴史は古く、室町期の六代将軍・義教まで遡る。自身がくじ引きによって将軍の座に就いた義教は、人間の真の強さを決めるのは運だとの考えに囚われ、無数の罠を仕掛けた広場で罪人同士を斬り合わせる、大名たちにいきなり煮え滾る油を浴びせ叫ぶか逃げるか耐えるかによって処遇を決める、などの運試しに興じた。「狂羅打威死強殺」はそれらを洗練させた果てに生まれた、過酷ながら運と実力の双方が問われる試合形式だが、その初披露前日、義教が恨み募る大名に殺害されたのはまさに不運と言う他なかった。
 なお、この語の中の「打威死」が後に海外に訛って伝わり、運の象徴・サイコロを指す「ダイス」と呼ばれるようになったことは言うまでもない。
(以上、ピープルライト書房『集成 日本残酷死闘大全』より)

 決戦の舞台は、孤島中央にそびえる霊山。
 骨まで焼き溶かすマグマの上、飛び石を活用して闘う「溶岩泉洞」。
 毒ガスに包まれる危険の中、不運な獣の骨を踏みしだきながら闘う「白骨荒野」。
 鬼すら呑み込むというクレバス上、命綱を握りしめ宙吊りで闘う「呑鬼絶壁」。
 そして大将戦、雷鳴轟く中を闘う「霊山頂上」。
 こんな気の違った舞台で闘う命知らずどもはどんな面をしているのか? そして勝利の女神は誰に微笑むのか?
「酔狂な奴もおるもんじゃ。こいつは面白くなってきたのう」
 スランセは笑い、ファズラたちと連れ立って霊山へ向かった。


リプレイ本文

●死闘開始! 誘うは謎の立会人!
「あっ、スランセさんにファズラさんも観戦ですか?」
 六道 鈴音(ja4192)が、ポテトチップスをパリポリ食べながら呑気な風情でスランセたちに話しかけてきた。彼女も胸にさらしを巻いた学ラン姿。快活な性格で、多くの友人を持つ。
「おう、どんな命知らずどもが集まったかと思ってのう」
 物見高い連中は多く、普段は寂れた霊山の麓の山門は、ちょっとした人だかりだ。
「最近来た留学生組と、国内組みたいですね」
 鈴音が指さす先にいるのは国内組。
 久遠塾一号生筆頭。金髪ポニーテールにたおやかな肢体と学ランが魅力的なミスマッチ。ヨーヨーの腕前でもよく知られる犬乃 さんぽ(ja1272)。
 なぜかガスマスクをかぶっているが、豪壮無比なる筋骨隆々の肉体(※AP仕様)は見間違えようもない十八 九十七(ja4233)。イミテーションのショットガンを弄んでいる。
 学ランさらしに加えて下駄履き。島外の強敵との抗争において功績を上げている、知的でクールな凪澤 小紅(ja0266)。
 上品な立ち居振る舞いながら英国ではボクシングを修め、さらなる強敵を求めてこの島へ来た長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)。
 いずれも参加しておかしくない剛の者ばかりだった。
「ん? みずほも最近の留学生じゃろ?」
 その際の親善試合で彼女が小紅と繰り広げた死闘は記憶に新しい。
「あの件を機に、みずほさんは小紅さんと仲良くなったみたいですよ」
「ほう」
「留学組はまだ‥‥あ、来ましたね」
 悠然と現れたるは、すでに久遠塾の学ランを着こなしている四人。
 小柄な美少女ながら転校初日に爆発事故を起こし名を馳せたテト・シュタイナー(ja9202)。
 校内でしばしば怪しげな水を売り歩く巨漢クリオン・アーク(jb2917)。
 九十七にひけを取らぬ屈強な肉体を誇る(※AP仕様)、銀髪にして桃色の目をした女ギィネシアヌ(ja5565)。
 そして保健委員に立候補し早くも保健室に君臨している、小さく華奢な容姿のNicolas huit(ja2921)。
「ヒイッ?!」
 と、ニコラを見たファズラが悲鳴を上げた。
「どうした?」
「こないだ枝豆盗みに行ったら農家のおっちゃんが散弾銃で撃ってきての、ケツに何発か当たったから保健室に行ったんじゃ。そしたらあの女の子、いきなり傷口に指突っ込んで弾丸ほじくり出したんじゃあ!」
 ごっつ痛かったんじゃと涙目の悪ガキは、ひとまず放置。
「そう言えば前に聞いたのう。今度の保健委員長は見た目は白衣の天使なのにやることはえぐいとか」
「『傷は焼いて塞げ、銃弾は指で抉り出せ、気分が悪けりゃ誰かに鳩尾殴ってもらって吐いてこい』‥‥そんな治療方針らしいですね」
「素敵な面子が揃ったと思わない?」
 二人の会話に割り込んできた月丘 結希(jb1914)に、スランセは眉をひそめる。
「イカれ科学者が何しに来よった」
 結希は若年ながら「人体に秘められた力の解明とその産業的応用」を研究している。マッドな人体実験が理由で久遠塾に連れて来られたが、研究対象や実験台がたくさんいるのでむしろ大喜び。スランセも「アイスあげるから」と誘われて危うく脳に電極を刺されかけたことがある。
「もち、狂羅打威死強殺の見学に決まってるじゃない。この参加者なら有意義なデータが集められるわ。あいつらのトンデモ武術がどんな理屈で発動するのか、徹底的に観測して解析してやるのよ」
 話しながらも、結希は手元の携帯端末を忙しなく操作し続ける。
「理屈なんぞあるか。あれは気合と根性じゃ」
「だからその気合や根性を数値化しようと‥‥六道ならわかるでしょ?」
「まあ、ある程度は。将来はその能力を人為的に作ろうとか?」
「ご名答! あの怪物ども並みの能力が付与できれば、極限環境での活動とかすごく簡単になるわ! それどころか、新人類の創造すらできるかも‥‥」
 舞い上がっている結希を横目に、鈴音は戦いに臨む八人を見やる。四人と四人、微妙な距離を保ち対峙した。
「久遠塾風の歓迎会、存分に楽しんでもらおう」
(え?!)
 小紅が留学生たちへ述べた言葉に、鈴音は驚きを隠せない。狂羅打威死強殺は死人続出のデスマッチ。それをまさか、歓迎会のために開くとは。
(いや、あの脳筋たちならやりかねない‥‥)
「フハハハ! 熱烈な歓迎痛み入るぞ!」
 喜んでいるギィネシアヌら留学組も少しは疑ってはどうか。
 その時。
「我、狂羅打威死強殺立会人、法水 写楽(ja0581)!! 死出旅路歓迎!!」


 山門の上に、一人の青年が立っていた。
 歌舞伎役者のごとき派手な出で立ち。しかし動きづらそうな服を着て不安定な場所に立ち、さらには見得まで切りながらも、挙措に乱れはなく、かなりの達人であろうと窺わせる。
「俺は狂羅打威死強殺の立会人よ。闘いに不正がないかを見極め、決着がついた際には死亡確認する。こいつらは補佐のマルズークと穣二」
 写楽の背後に二人の男が立つ。スーツ姿のアラブ人男性と、エプロンにゴム長の豆腐屋みたいな中年男性。服装だけ見れば笑うしかないが、二人の謹厳な表情は緊迫感に満ち、腕組みして屋根の上に直立不動の姿はこれも並々ならぬ強さを感じさせた。
「貴様たちを歓迎するぜ。行けば帰れぬ黄泉路の扉、この門を潜れば其処は地獄。希望は捨てろ、ただ闘いな」
 飛び降りた写楽は、しかし足音一つ立てずに着地。補佐二人が開けた門を通ると、一行を先導する。先に広がるは鬱蒼たる木々。
「言われるまでもないよっ!」
 さんぽたち八人が毅然とした面持ちで踏み出し、その後を鈴音や結希らが追った。



●さらば友よ! マグマの上の殴り合い!
「写楽のあんちゃん、戦いって何すんじゃ? 電流爆破か? 有刺鉄線か?」
 人怖じしないファズラに写楽は笑う。
「そんな可愛いもんじゃねえさ」
 斜面を登ると洞窟に入った。通路は広く、随所に松明が燃えている。
「暑い‥‥」
 気温の変化に鈴音たちが気づいた頃、洞窟は曲がり角になる。奥からはより強い熱気と、赤々とした光。とてとてと先走ったファズラは目を見開き、鈴音は口を押さえた。
「な、何じゃこりゃあ?!」
「あ‥‥あれは‥‥」
「第一闘場、溶岩泉洞!」


 円形の広場、その中央に丸い池。ただしそれは、水の代わりにマグマが煮え滾る、溶岩の泉!
「この霊山は活火山。マグマは日々地下から湧き出している。ここで闘う二人は、溶岩に飲まれる恐怖を制する必要があるだろう」
 赤く光るマグマの中にはいくつか黒い岩が突き出していた。どれも直径一メートルほどで表面は平ら、足場になりそうだ。
「第一の闘者は誰だ?」
 進み出たのは、みずほとテト。みずほは優雅に礼をする。
「わたくしが先陣を切らせていただきますわ」
「相手は貴様か。くく‥‥感じるぞ。猛者のみが持ち得る覇気をな!」
 傲岸不遜にサイドテールの少女は笑う。
「ウォーミングアップ、よろしいかしら」
「構わん。我が陀亜斗一族は常在戦場、肩慣らしなど要らぬがな」
 テトの言葉を聞き、鈴音が顔色を変える。
「彼女も陀亜斗一族‥‥それも、素手ということは、魔法拳士?」
「何よダアトって。どんな字書くの?」
 結希が端末で検索するが、すぐには見つからない。

陀亜斗とは
 古くは春秋戦国時代においてその存在を確認できる闘争民族。直接的な格闘は不得手だが、雷や炎・風などの魔法を自在に操ったとされる。後に全世界に散り、各地の魔術に強い影響を与えた。
 その術の命中精度は高く、彼らを真似ようとした一般の兵士は手投げの矢を的に投げることから始めた。それがやがて遊戯として洗練され、英国由来とされるダーツの源流となったことは言うまでもない。
(ピープルライト書房『闇黒武闘集団 その歴史と分布』より)

「その中に、敢えて物理攻撃に特化し、傍流ながら名高い一派があると聞くわ。恐らく彼女はその一員!」
「‥‥殴る蹴るは苦手なのよね、その一族?」
 観戦者のやり取りをよそに、みずほは手近に転がっていた岩を投げ上げた。
 落ちるまでのごく短い間に、秒間十発のパンチを打ち込む!
 地に落ちた岩には「Ruin」(破滅)の文字が刻まれていた。
「これがあなたの運命ですわ」
「面白い。その石をこちらへ放るがよい」
「?」
 投げられた岩に、テトは手刀を二度突き入れる!
 岩の文字は「Boin」に変わっていた。
「これが貴様の将来、であればよいな」
「な‥‥!」
 みずほが頬を真っ赤に染めて胸を押さえた。
「「てめえ喧嘩売ってんのか!!」」
 なぜか九十七とギィネシアヌが激しくエキサイトする。
「長谷川アレクサンドラみずほ、テト・シュタイナー、前へ!」
 ついに始まる死闘に、結希は喜色満面だ。
「この灼熱の戦場でどんな技が見られるのか、期待に胸が躍るわね‥‥踊るほどないとか言ったらコロス」
「わしゃ何も言っとらんぞ!」


 みずほは淑やかに、テトは天高く跳躍して腕組みしたまま、溶岩の中の石に飛び乗る。
「慢心など無用。全力で潰すのみ!」
 テトは気合とともに腹腔に気を溜め、それを全身へと伝播させた。
「これぞ、陀亜斗流魔旺拳!」
 軽やかに足場を変え、四方八方から魔力を乗せた拳を放つ。狙うは全身の様々な急所。
「くっ」
 みずほはスウェーして反撃を図るが、鋭いパンチも効果が薄い。
「今日は良き闘争の日だ。その強さに感謝する」
 かわしきるのは至難と見たテトは、半身になって急所を隠す・急所以外の箇所で受けるなど、最小限の防御で直撃を避けつつ、隙を見極める。
「受けよ、これぞ我が敬意!」
 ボディにアッパーを食らい、みずほは一瞬宙に浮く! 溶岩にこそ落ちずに済んだが、膝を突きダウン寸前だ。
「うーん、一方的ね」
「そりゃ何じゃ?」
 結希が弄る小さい器具についてスランセが問う。
「これは根性測定器。テトが9202なのに、みずほはどんどん下がって413しかないわ」
「このままでは‥‥」
 ボクサー得意のフットワークを活かしきれない。状況はみずほに不利だ。
 だがその時。
「みずほ!」
 耳に届いた小紅の声援。それがみずほに過去の対戦を思い出させた。
 立ち上がると、目を閉じる。
「自暴自棄か? つまらぬものよ」
 テトは一気に詰め寄り拳を突き出す。
 と、みずほはその拳を完璧に回避、カウンターのストレートをボディに決めた!
「‥‥あの時、スピードで上回るわたくしが押していたのですが、小紅は心眼で攻撃を見切りカウンターでKOしたのですわ」
 目を開けば、テトがマグマへ落ちていく。せめて安らかな眠りを祈ろうとしたみずほだったが、一瞬後目を疑った。
 テトは魔法でマグマに干渉して珪素を抽出し槍を形成! その穂先に仁王立ちになる。
「やりおる。ここまで滾るのは久々よ!」
「わたくしも同じですわ」
 二人の少女は、互いに笑みを交わし合う。死力を尽くして闘ったからこそ生まれる敬愛の念。
「二人の根性がぐんぐん上がっていく‥‥どっちも五万越え‥‥そ、測定器が!?」
 結希の手の中で機械が弾けた。
「すべてを賭す時が来た。空舞う帝星に恐怖せよ!」
 テトが高く跳躍、飛び掛かりつつ、手刀に炎を纏わせる!
「陀亜斗流極技、滅流手印具棲恐(メルティングスフィア)!」
 迎え撃つみずほは、小紅に笑いかけた。
「うふふ‥‥先に地獄で待ってますわ」
「みずほ!!」
「必ず勝ちなさい、この狂羅打威死強殺! これがわたくし最後の必殺パンチ、Sting Like Beeですわ!」
 とどめの一撃を体で受け止め、放たれるはニューブロウ! 高速のコークスクリュー右ストレートが、がら空きの腹部を捉える!
 だが同時に、テトの手刀はみずほの胴を貫いていた。
 しばしの静寂。
 崩れ落ちるみずほの体をテトが受け止め、手刀を抜く。そして沈痛な眼差しで闘いを見届けていた小紅の足元へとみずほを放った。
「良き猛者であった。丁重に葬るがいい」
「き、貴様!」
「死者を手荒に扱ったことは詫びる‥‥我も限界でな」
 言うと同時、テトは膝を折り大量に吐血!
「二度のパンチでアバラを十本以上、内臓もいくつか破裂、これは致命傷だ」
 冷静な口調は変わらず、しかし声は震えている。
「だが甘美‥‥些かの悔いもない!」
 そして天高く突き上げた拳を足場に叩きつけ、割り砕いた。
「我が闘争の結末を見よ。さらばだ!」
 灼熱のマグマの中へ消えるテト。不意に立ち昇った水蒸気が周囲に立ち込め、薄れた後には何の痕跡も残っていなかった。


「死亡確認!! この勝負引き分け!」
 写楽の声が洞窟の中に朗々と響き渡る。みずほは穣二の手で棺桶に入れられ、そそくさと運ばれていった。
「亡骸は彼に手厚く埋葬させておきましょう‥‥不不不‥‥」
「みずほ‥‥!」
「シュタイナー殿、見事にござった」
 小紅たちが、クリオンたちが、仲間の死を悼む。しかし闘いはまだ始まったばかりだ。



●勝つのはどちらだ? 毒ガスの恐怖を乗り越えよ!
「うう‥‥根性測定器、開発費が嵩んだのに」
「うるさいのう」
 第二の闘場へと歩む道のり、結希は延々愚痴をこぼしていた。
 洞窟を抜けた後は森の中の獣道を登る。いつしか潮風が漂ってきた。
「ま、いいわ。この損失は放送料で補填できるし」
「はあ?」
「機材を用意して、狂羅打威死強殺を全島放送してるのよ。放送権はあたしが独り占め! そのうちソフト化して、島の外にも売ってやるわ」
「がめついですね」
 長い髪の一部がなぜかチリチリになっている鈴音が、呆れたように結希に言った。
「研究には実験台とお金がかかるのよ。って、あんたどこ行ってたの?」
「ちょっと野暮用で」
「鈴音、その髪どうしたんじゃ? ぱーまとやらか?」
「阿呆かファズラ、この島にぱーまなんちゅう洒落た技を使える床屋がおるはずなかろう」
「さて、この先はご見物衆も要注意だ。死にたくなけりゃァ、気を配るこったな」
 唐突に写楽が言う。
「何やら嫌な予感がするのう‥‥うおおっ?!」
 後に続いたスランセが、異様な光景に腰を抜かしそうになる。
 山の一角の平坦な台地。太平洋が広がる雄大な眺め。
 しかしその台地は、白い骨で埋め尽くされていた!
 唯一の救いは人間の骨でないことか。いや、小動物や鳥に混じって、もしかすると?
「第二闘場、白骨荒野!」


「青酸化砒素ガスを知っているか? 猛毒ガスの一種で、吸い込めばものの十秒で死に至る。こいつらのようにな」
 写楽は層をなす白い骨を指し示す。片隅にはインド象と思しき白骨も横たわっていた。
「この一帯は、火山活動の影響でガスが頻繁に噴き出す。しかし予兆を感じ取るのは極めて難しい。闘う相手は目の前の敵と地下のガスって寸法だ」
「猛毒ガスって‥‥風上にいないと危ないわね」
 鈴音に従い、観戦者たちはそそくさと移動する。
「さァ、第二の闘者の出番だぜ! 勝負を始めな!」
 小紅とクリオンが歩み出た。


 小紅は果敢に攻めるが、戦況はクリオン有利に運ぶ。
「リーチの差はでかいわね」
「身長で五十センチ違うからのう」
 小紅の二刀流ダガーは巧みに振るわれるが、クリオンは鈍重な肉体ながら滑らかに攻めを受け流す。
 そして事態を撹乱させるのが毒ガスだ。決定的な一撃の寸前にガスが間近で噴出し攻撃中断、という不運が続き小紅の足を引く。
「ふむ‥‥」
 クリオンが不意に動きを止めた。
「源流薙命活聖拳(げんりゅうながれのみことかっせいけん)、輪渡潤瑠夢(リンドヴルム)!」
 叫びとともに異変が起きる。中年の巨漢が二十歳前後へと若返り、骨格すらほっそり小柄な、水色の髪も美しい青年に変化したのだ!
「わが流派は、人体の六十%は水であることに着目し、水を操作する技術と拳法を融合させました。水を自在に操る私にかかれば、身体の構造とて思いのまま、ということでございます」
「それは、私にハンデをくれてやるということか?」
 声が尖る小紅に、クリオンは首を振る。
「一撃の重みは落ちますが、貴女に対応できる速さを得られ、ガス溜まりを踏み抜く危険も減り、もう一つ別の目的もございます‥‥純粋な力比べに心躍らないと言えば、嘘になりますが」
「ふむ。ならば私も本気を見せてやろう、浮技亜須決闘(フィギアスケットウ)‥‥!」
 下駄を脱いだ小紅は、予備のダガーを地面に刺し、その柄を足の指で挟んで乗る。
「小紅さん、ダガーを履いている‥‥?」
 そしてスケートのように刃で地面を滑り、足場の悪い骨の上を高速移動しながら相手を翻弄し始めた。
「フィギア‥‥これね!」
 結希が端末に収集した電子書籍の中から該当の一節を発見した。

浮技亜須決闘とは
 中国宋代において、北方の騎馬民族国家・遼に圧迫されていた皇帝の勅命により、当代随一の遣い手として知られた亜須決が考案した戦闘法。短剣で滑走することにより、騎馬に匹敵する戦闘速度を実現したが、会得にはあまりに高度なバランス感覚が要求され実用には至らなかった。
 なお、この闘法が演技となったのがフィギュアスケートである。
(ピープルライト書房『氷上格闘の始祖・亜須一族』より)

 さらに、小紅の狙いは他にもあった。
 ガス噴出の直前に地下で高まる圧力上昇の振動を、小紅はダガーの刃を通して感知、闘場を滑りながらクリオンの動きを制限・誘導する!
「そこっ!」
 かわされることを織り込んだ大振りの一撃。意図通りクリオンはガス溜まりへ向かい、直撃を受けた!
 しかし。
 クリオンはガスを物ともせず、一瞬だけ油断していた小紅をガスを纏った拳で襲う。致死量には至らなかったがガスが体内に回り、小紅は崩れ落ちた。
「私の体内から放出された水は、ただ消えたと思いましたか? 水蒸気として私の身を包むバリアと化していたのですよ。さすがにガスの直撃など、一度しか耐えられませんが」
「策士策に溺れた、か‥‥無念だ」
 死を覚悟した小紅をクリオンが抱え闘場を離脱する。
「おっと。女人は命を包む水そのもの。戦場で倒れるなどなりませぬ」
「しかし‥‥」
「貴女の友は、貴女がここで散ることを喜びますか?」
 象の頭蓋骨の上に立ち写楽が告げた。
「死亡確認!! もとい、この勝負、クリオン・アークの勝利!」


 宣言の直後、クリオンの肉体は元に戻ると同時に倒れ込む。
「どうしたんだぜ、クリオン?」
「水蒸気を再び取り込んだ時にガスも混じったんだろう。だがこいつらの命は保証するぜ。中国四千年の医術に賭けてな」
 ギィネシアヌに解説した写楽。彼に促され、マルズークが二人を抱えて姿を消した。



●虚空に浮かぶ二つの命! 二人の山田の最終決戦!
 さらに山を登る。道は険しさを増し、山肌にしがみつくことも珍しくなくなってきた。すでに陽は傾き闇が迫る。
「第三闘場、呑鬼絶壁!」


 比較的平坦なエリアだが、その中央には深く暗いクレバスが生じていた。
「すでに標高は二千メートル。だがこの裂け目は、地下にまで及んでいるという話だ。鬼すら呑み込むこの絶壁で、ロープ一本を頼りに闘ってもらうぜ」
 断崖の縁には、適度に離れた場所に留められた太い縄が二本。これを手に飛び降り、片手が塞がった状態で闘えということらしい。
「絶壁?」
 これまでの闘いでほぼ沈黙を守ってきた、胸板厚くも平らな巨漢(性別:漢女)が動く。非人間的に凶悪な仮面を外すと、人間的に凶悪な面相(AP仕様)が現れた。
「グヒャヒヒャハハハハ!」
「あ、あのあんちゃん怖い‥‥」
 ファズラの声を聞き咎め、咆哮。
「九十七ちゃんの性別を言ってみろおオッォォオォォォ!!!」
「ヒィィッ!?」
「フッ、どこまで強くなったか魅せてもらおう‥‥つっくん」
 ギィネシアヌが進み出る。それを見て鈴音が呟いた。
「(自称)蛇の眷族ギィネシアヌさん。彼女の戦いを、この目で見る日がこようとは」
 すると、九十七がさらに吼えた。
「やぁぁぁぁまだぁぁぁぁ! 山田被りはこの世に二人と要らぬ!」
「え?」
「山田花子、山田ギィネシアヌ、もとい、十八九十七、ギィネシアヌ、前へ!」
「そうか、九十七さんもまた山田の一族‥‥」

山田とは
 かつて聖徳太子が著した歴史書「国記」においては「邪魔堕」とも記された一族で、邪馬台国との関連も指摘される。戦闘に長け、現在は銃術を修める家が総本家とされている。その名字たるや隠密性に極めて優れ、どんな場にいても不自然さを喚起しないが、近年はそれに不満を抱く一族若衆が奇怪な名字を名乗りたがるともいう。
(ピープルライト書房『名字でわかる一族の黒歴史』より)

「その山田の分家において、力を振るうことにのみ執着し、身一つで外国へと渡った名高き悪女且つ猛者、それがギィネシアヌさん‥‥!」
「あたしたちはこっちで見物よ」
 結希は日陰の切り立つ山肌をスクリーン代わりに映像を投影した。そこでは様々な角度から崖下の二人の動きが捉えられている。
「どんな手を使ったんです?」
「マルズークっておっさんに黄色い缶コーヒー十本あげたら、喜んで崖に張りついてカメラ設置してくれたわよ」


 初手、九十七は動かない。行動に絶対的障害が伴うこの戦場において相手に先手を出させ、軌道を読むことを優先した。
 一方のギィネシアヌは果敢に動く。
「フフフ‥‥つっくん、覚えているかこの技を!」
 十メートルのロープの先を両脚で固定し、空中ブランコのごとき格好となる。
 振り子のように運動開始、最も岩壁に接触する瞬間に岩をもぎ取り、相手に接近した時に砕いた石を弾丸の如く指で弾く!
「とくと味わえ、胤古流執麗足(いんふりゅうとれいた)の極み!」

胤古流執麗足とは
 完璧な狙撃手は場所を選ばぬとは言い条、様々な悪条件がそれを阻む。だがこの技を極めし武人に限れば常に真実と裏社会では囁かれる。
 古代中国の高官が政敵を屠るため胤古流執麗足を用いて宮中の天井よりぶら下がりながら射殺したという逸話が残され、見目にも麗しい構えとされるが、技の特異性からその姿を見て生き残った者は少ない。
 後の世で優れた狙撃手がインフィルトレイターと呼ばれる所以がそこにあるのは言うまでもない。
(ピープルライト書房『裏社会における狙撃手の歴史』より)

「空気抵抗の少ない体だからこそ、今の攻撃はかわせたのよ」
 自分の胸のサイズは棚に上げ、鈴音はくわと目を見開いて九十七の動きを解説した。
「この十八九十七に勝とうなぞ、百億万年早ェですのよオォオォォォォ!!??」
 やがてギィネシアヌの動きと可動範囲を見極め、九十七は崖を蹴り吶喊した。
「ぬおっ?!」
 石の散弾をばらまくギィネシアヌ。岸壁を砕く勢いで拳を振るう九十七。両者は血みどろになりながら長時間に渡り一進一退の攻防を繰り広げる。
 しかし、二人は確かに、ともに練達の胤古流執麗足であったのだ。
「勝てばよろしのこの勝負ゥ! 戴きですのオォォォオォォォオォ!!!」
 目的は敵を確実に倒すこと。その最善手は、相手がコントロールしきれない部分を狙うこと。
 互いにその仕込みは進めていた。
 ギィネシアヌの動きが止まったわずかな隙を突いて、九十七は岸壁に彫り込んでおいた円盤状の巨大な岩塊をもぎ取ると投げる!
 動きを止めたギィネシアヌは両手の中に蓄えていた散弾を残らず発射する!
 ともに、相手のロープを目掛け。
 円盤が縄を断ち切る。とどめの散弾がそれまでに充分弱っていた縄に最後の損傷を与える。
 怒りや恨みとは遠い、どこか爽やかな笑いにも似た絶叫とともに。
 二人の戦士はクレバスに呑み込まれていった。



●雷鳴の下の大将戦! 力と技の大激突!
「第四闘場、霊山頂上!」


 ついに一行は、頂上にまで辿り着いた。火口に近い広場は、闘うには適しているが、空はこの一帯だけ暗雲が常に居座りひっきりなしに雷が落ちる。その光が、すでに夜を迎えながらも闘いに支障ないほど周囲を照らしてくれもするのだが。
「これは‥‥火山雷?」
 結希が呟く横では、ファズラがへそを取られると泣いていた。
「雷は基本的に闘場にしか落ちねえからまァ安心しな。室町以来、数多の武具が埋まっているからな。‥‥さて! ここまで留学組の一勝二分け。だが最後は大将戦、勝負の決着はここで決まる!」
 写楽の口上に全員が聞き入った。
「一号生筆頭犬乃さんぽ、保険委員長ニコラ・ユィット、前へ!」


 ニコラはワイルドハルバードを担いで歩きながら、考える。
「これは死んだみんなの銅像を校庭に建ててやるべきかな‥‥」
 仲間たちも、対戦相手も、誰もがひとかどの強者だった。それを忘れるなんてあってはならない。
 一方さんぽは学ランを脱ぎ捨てた。そこには白いセーラー服が。
 久遠塾白星羅(びゃくせいら)、それこそは死地に赴く覚悟の戦装束!
「今こそ漢を見せる時! さぁ、決着をつけようか!」
「さんぽ姉ちゃんきれいじゃのう」
「うむ、女のわしでもグラリと来ることがあるのう」
 くだらないことを話すファズラとスランセに、鈴音が口を挟む。
「でも聞いたことある。さんぽさんが、本当は男の子だって‥‥」
「嘘じゃ!」
「ニコラさんもああ見えて筋肉ラブの男だとか」
「悪い冗談も大概にせえ」
 そんな噂を流す鈴音に結希が問うた。
「それよりあんた、さっきもしばらく見なかったけどどうしてたの? 何か怪我もしてるし」
 闘場では、向かい合うさんぽにニコラが告げる。
「先手はあげる、どこからでも来なよ。その代わり近づいたら怪我するけど!」
 言葉の通り、重量級の得物をぶんぶんと振り回す。見た目に似合わぬパワータイプで、その旋風だけで地が抉れるようだ。
 鋼鉄のヨーヨーを構えるさんぽだが、不用意には近寄れない。
 そこへ、二条の落雷!
 ニコラは咄嗟にコインを弾き飛ばす。雷の軌道がそちらへ逸れる。
 しかしさんぽは直撃を受けた。
「まさかこれで‥‥いや、そんなわけないか」
 さんぽのポニーテールに仕込まれていたヨーヨーの鎖。それが地面に垂れ、体に流れるはずの電流を地面に流していた。
「これぞ零亜守(れいあーす)!」

零亜守とは
 古来より高所での決闘においては、不意の落雷が悩みの種であった。そこで古代中国の拳法家、飛雷針(ひ・らいしん)が編み出したのがこの技である。
 彼は己が頭髪の中に鋼鉄の糸を仕込む事により、落雷の電流を体に流れるより早く地面に流しきったという。
(ピープルライト書房『電気のふしぎ 信じる心は力になる』より)

 それを潮に、さんぽが攻め始める。落雷の都度対応せねばならぬニコラと気にせず動けるさんぽ。闘いが長引くうち、その差が次第に影響し始め、集中を欠いたニコラが余分にダメージを受けていく。
「さっさと終わらせるつもりだったけど‥‥流石にそう簡単にはいかないか」
 ニコラはオーダーメイドの改造学ランを脱ぐと、それを近くで観戦していた結希に渡した。
「って何これ重い!! 地面が凹む!」
 悲鳴は無視し、さんぽに臨む。
「残念だけど、僕に大した策はない。だから」
 重量から解放された肉体が歓喜の声を上げる。彼の精神的な昂揚も相俟ってか、観戦者はその一瞬、彼の小さい体が二メートルもあるように錯覚した。
「君を、正面から、ぶん殴る」
 言うや否や、バネのように弾けた突進からの唐竹割り! さんぽは慌てて回避するが、疲れを知らないかのごとき連続ラッシュに防戦を強いられるばかり。鬼神も避けるというものか、雷もニコラを狙いはしない。
「やっぱり僕には、これが一番合ってる」
「君は強いね‥‥だけど!」
 さんぽは天高くヨーヨーを持った腕を掲げ、地に垂らした鎖を回収した。そこへ落雷!
「自害?! いや、あれは‥‥」
 さんぽのヨーヨーに雷の力が込められていく。
 それを見ていた鈴音が叫ぶ。
「あれは伝説の、超電寺遥揺拳(ちょうでんじよーよーけん)!」

超電寺遥揺拳とは
 感電は、己の体を通し電流が大地に流れることで起きる‥‥超電寺美貌の拳法家 崑覇兎羅(こん・ぱとら)はこれを逆手に取り、雷に撃たれつつも感電直前でヨーヨーにその力を込め投げ放ち、絶大な打撃を相手に与えたという。
(蔵門晦日新聞社『覇兎羅ボール全史』より)

「漢の魂充填完了‥‥これがボクの、魂の一撃だっ!」
 十億ボルトのエネルギーがニコラを直撃! タフな彼もこれには堪らず吹き飛んで動けなくなる。
「この勝負、犬乃さんぽの勝利!」
 写楽の宣言を聞きながら、力を使い果たしたさんぽもその場に倒れ込んでしまった。



●感動の再会! 闘いは果てしなく続く!
「あれから一ヶ月、か」
 門前の桜はすでに散り終え、今は葉桜の季節。結希やスランセに迎えられ、仲間とともに退院したさんぽは、久遠塾へ向かう途中ふと振り返る。
 小紅。クリオン。ニコラ。少なくなった人数で歩く道は少し寂しく、俯き気味になる。

 と、前に誰かが立った。
「うふふ、地獄からは追い返されてしまいましたわ」
 みずほが微笑むその後ろには、テト、九十七、ギィネシアヌ!
「九分九厘死んでいた我らを救うとは、酔狂な奴らもいたものよ」
「足もちゃんとあるですのよ?」
「改めて、よろしくであるぜ!」
 笑顔を浮かべる友たちが幻でないことを悟り、さんぽは小紅たちとともに彼女らへ抱きつくのであった。


 山門の柱に寄りかかり、鈴音はポテトチップスをパリポリ食べる。そこへ頭上から声がかかった。
「しかし、救助と手当てを頼まれもしねェのに手伝ってくれてありがとよ。マグマからの救出もクレバスでの手際も、さすが陀亜斗一族の秘蔵っ子だ。マルズークと穣二だけじゃ、ああ上手くは行かなかった」
「私はただのお節介ですよ。もしかして、写楽さんたちは違ったの?」
「‥‥ああ、俺らもそういうことにしとくとするかァ」
 写楽は晴れ渡る空を眺める。どこかで雲雀が鳴き、世はなべてこともなし。
 いずれ起こる新たな闘いの予兆を微かに孕みつつ、この瞬間は誰もが穏やかな日常を楽しんでいた。


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