●異形
小鳥を成長させることなく拡大し、足の代わりに人間の下半身を取り付けたようにしか見えないサーバント。
生命への冒涜とすらいえるそれを目にしたにも関わらず、アストリット・クラフト(
jb2537)の心には小波すら生じなかった。
どのような意図で、どのように作られたかまで推測できる。
人間社会においては極めつけの悪行とみなされる行為だ。しかしアストリットの心を動かす内容ではない。
「見飽きたものを」
美しすぎて不吉に輝く翼で空を駆けながら、アストリットは苦痛というにはあまりに倦怠が濃い声を漏らす。
「依頼内容を見直す時間もないなんてな」
「今はとにかく速く! 目の前に手を伸ばせば救えるものがあるんだから!」
斜に構えたように見えて現実を見据えている金 轍(
jb2996)と、自身を焼き尽くしかねない激情を好青年の仮面で隠したルナジョーカー(
jb2309)が、アストリットの後方数十メートルの地上を駆けている。
2人に限らず、種族、出身地、出身階層全てが異なる撃退士が8人、それぞれに異なる思いを胸に戦場へ向かっていた。
「ふふ」
アストリットの幼い顔立ちに、計り知れない時を過ごした人外の笑みが浮かぶ。
「仕事中なのが残念」
渇望を叶える要素を他の7人に感じながら、アストリットは真っ先に戦場に到達した。
●開戦
衝撃波が宙に撃ち出される。
余波だけでアスファルトの破片が吹き飛び、威力だけならサーバントの域を脱しかけていることが五感で感じられた。
3体のサーバントは一丸となって、上空であざ笑うような動きを見せるアストリットに注意を向けていた。
数秒後、明らかにアストリットの方が速いのでそのままでは射程に捉えることもできないと判断し、1体1体ばらばらになって撃退士を捕捉しようとする。
中津 謳華(
ja4212)が一際体格の良い鳥人間を目指し、フェンリア(
jb2793)が明らかに戦闘に向いていない、けれど直線での速度だけなら最高の走りで小型の鳥人間に接近していく。
残る1体、奇妙なほどに女を感じさせる異形が、逃げるつもりか背後から衝撃波を浴びせるつもりかは分からないが、かなりの速度でその場から離脱を始めていた。
「誰が逃げていいと言った。我に背を向けるのなら、その首置いていけ」
言葉だけなら傲慢。しかし傲慢な内容を聞き手に常識として納得させるだけの威を持った言葉が響く。
フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)はごく自然に、高みから見下ろす視線と共にサーバントに命じていた。
アウルを混ぜた威圧により、サーバントの注意がフィオナへと向く。
それはフィオナの狙い通りの展開ではあった。が、敵はフィオナの予想を下回っていた。
3体ともフィオナの威に抵抗できず、脅威を除くために己の最大の武器をただ1人に向けたのだ。
「作戦に変更はない。攻めろ!」
超大威力衝撃波発射の構えを見せるサーバントの前で、フィオナは一歩も退かず、直撃だけは避けるためにの両刃の直剣を盾のように構えるのだった。
●一瞬の攻防・子
「あぁ……」
駆けていたフェンリアの背中から刃じみた気配を持つ翼が広がり、小柄な体を瞬く間に上空へ運んでいく。
「獲物が美味しそうに誘ってるです。よく燃えてるから、すごくよくみえる」
空からは、戦場の外れから立ち上る黒煙の中、激しく踊る赤い火がよく見える。
サーバントととの戦いが長引けば、火は盛大な炎となって近くの山や町を焼き尽くすかもしれない。
「ゴー!」
小型の鳥人間の真上に到達した時点で急旋回。蝙蝠のそれによく似た、しかし明らかに数段高い次元の翼が半ば畳まれ、重力に従いフェンリアをサーバントの元へ導いていく。
鳥人間は衝撃波発射直前にフェンリアに気づくが、遅すぎる。
「ははっ! 天敵が目の前だぞ!奮えよサーバントォ!」
それまでの気怠い無表情から一変し、フェンリアは心底楽しげに笑いながら、アスファルトに衝突するのを全く恐れずに獲物に飛びかかる。
包帯を巻いただけの小さな拳を鳥頭に脳天から打ち付け、強制的にサーバントの口を閉じさせ声にならぬ悲鳴をあげさせる。
中途半端に発動した衝撃波が、本来の10分の1以下の威力で暴発する。
フェンリアの左肩が圧力に負けて変色し、フェンリア自身も固い地面に撃ち落とされてしまう。
だが、サーバントがフェンリアを追うことはできなかった。
ひび割れたアスファルトの上を音もなく回り込んだルナジョーカーが、声も呼気も漏らさないまま、一対の魔剣を鳥人間の翼に叩き込んだのだ。
鳥のくちばしの奥から響いた悲鳴が、冬の大気を激しく震わせる。
血走った眼球がぐるりと回転してルナジョーカーをにらみつけ、人間型の足が地面を蹴って、己の体を武器としルナジョーカーにぶつけようとした。
憎悪に晒されたルナジョーカーの肌が粟立ち、激突の衝撃で全身の骨がきしむ。
遠い昔に経験した惨劇を思い起こさせる状況におかれたルナジョーカーは、かつてとは異なり脅威に向かってさらに踏み込むことを選択した。
「俺は二度と……同じ過ちを繰り返すわけにはいかないんだァ!」
サーバントのかぎ爪にアウルごと肌を切り裂かれても動きは止まらない。
鮮やかな赤い血を流しながら、双刀でもって1対の翼を切り落とす。
悲鳴をあげるサーバントは、動きを止めようとはしなかった。即座にその場から離れて仕切り直そうとし、しかし既にアストリットによって逃げ道を塞がれていたことに気づく。
「はははは」
嬲るようにくちばしの尖端をそぎ取ってから、アストリットは次の逃げ道を塞ぐために翼で横滑りする。
代わりにその場に入ったのは金だ。危険きわまりない状況に辟易しながら、けれど決して逃げることなく鳥人間との距離を詰めていく。
「金のためにも死んでもらう」
数秒に満たない攻防で瀕死の重体になったサーバントは、一発逆転に賭けて、再び衝撃波を発動させようとする。
つまり大きな隙を晒すわけで、金は目の前のサーバントと比べると威力に劣る、その分ための時間が10分の1以下の動きで片刃の直刀を振り下ろす。
サーバントにとっての奇跡でも起こったのか、予想外に素早くサーバント前面に衝撃波の予兆が発生する。しかしそれはアルティナ(
jb2645)の牽制により発射のタイミングを後ろにずらされてしまう。
結局衝撃波は放たれることなく、鳥頭の頂点から鳥の腹にかけて、金の刃が切り開き、両断するのだった。
●一瞬の攻防・父
刃のように横凪に震われた翼を、謳華は掌拳で以て受け流す。
すぐさまアウルで禍々しく輝く肘を繰り出すものの、下半分だけ見れば鍛えられた成人に見えるサーバントはバックステップして余裕をもって回避する。
謳華と数メートルの距離をとったサーバントは、間近まで迫られたことで一時中断していた大技を再度使うため大きく翼を広げようとした。
だが間合いは瞬く間に詰められ、ほとんど密着といっていい距離から、さらに鋭さの増した肘が繰り出される。
サーバントは胸を不自然に凹ませ、激しい咳と共にさらに後方へとよろめいていた。
「その程度では武神の『牙』は止められん」
異形が苦し紛れに嘴を突きだすのにあわせ、双腕を組み合わせて大重量の一撃を食い止める。
殺しきれない衝撃が腕、背中、腰、足を突き抜けていく。
このまま謳華を押しつぶせるとでも思ったらしく、鳥の頭に喜色に似たゆがんだ表情が浮かんだ。
「運が悪かったな」
鳥に対して返されたのは、恐怖の感情ではなく哀れみの言葉だった。
謳華のアウルが深みを増し、墨焔とも表現できる光纏に逆巻きの龍が浮かぶ。
「早々に、散れ」
滑らかに重心を落としつつ前進。それと一体の動きとして速度と体重、さらにアウルを乗せた膝をサーバントの腹に叩き込む。
ダメージを受けることを承知でえて受けたのは、この一撃を繰り出すためだったのだ。
サーバントは翼を激しく羽ばたかせ、自身の腹にめり込み背骨を砕いた膝を無理矢理に抜いて、穴を空いた腹をそのままに不格好に飛ぶ。最期の力を振り絞っているようで、空洞の腹のあたりの空間が歪み始めていた。
そこへフィオナ達と戦っているはずの女性型異形から衝撃波が放たれ、アスファルトを粉微塵にしながら謳華の前を通り過ぎる。少々の傷なら無視して戦い続けることができる謳華でも、衝撃波を突っ切って追撃をかけるのは自殺行為に等しかった。
空洞の歪みはますます大きくなり、これまでで最大の攻撃が謳華を襲おうとしていた。
「援護します」
アルティナの命を受けた青い幼龍が宙を泳ぎ、一瞬にも満たない間ではあるが死にかけのサーバントの注意をひきつける。
その隙ともいえぬ僅かな間を捉え、霊符を起点に氷刃を飛ばす。近くの火事を背景に、刃は数十メートルの距離を瞬く間に渡りきり、サーバントの腹の内側に直撃して止まった。急所にあたったとはいえ、射程が短い分一撃の威力が大きい謳華と比べられれば威力に関しては劣る。
だが、サーバントの最大最期の衝撃波を潰すには十分過ぎた。
衝撃波が威力不十分で暴発し、鳥人間の下半身が弾け飛ぶ。鈍い音を立てて上半身も地面に落ち、生命力を使い尽くしたサーバントは完全に動きを止めた。
●母にして本命
美しく整えられた爪が魔法書の表紙を撫でると、アウルにより形作られた雷の弾が次々と現れ、高速で鳥人間に対して直進していく。
小鳥をそのまま拡大した上半身と女性の下半身を持つ冒涜的な怪物は、衝撃波発射前に被弾し、大技の発動に失敗してしまう。
しかし動きは止まらない。
自身への被害は覚悟の上で、サーバントにとっては凄まじく邪魔な、つまり撃退士にとっては非常に有用なる火力支援を行うナタリア・シルフィード(
ja8997)を押し潰そうとする。
「所詮、単独ではどうにかなる訳でも無し」
ナタリアはその場から動く気配を見せず、呆れ混じりに呟きながらアウルによる射撃に集中する。
雷が翼を焼き、人の形をした足を削るのと引き替えに、人と鳥の入り交じった異形が翼の攻撃範囲にナタリアを捉える。
が、見た目以上の威力を秘めた翼が振るわれるより、フィオナが巨大剣と共に割ってはいる方が早かった。
いくら威力が大きくても、想定していない方向から力を加えられると狙ったところに当てることなどできない。
異形はフィオナを突破することができず、ナタリアによって一方的に削られていく。
「とはいえ」
敵は予想以上に頑丈だ。
小さめのサーバントは、仲間達が数の優位を活かして短時間の激闘で仕留めたようだ。
そこから少し離れていた場所で行われていた大きめのサーバントは、双方消耗した時点で援軍が到着して決着した。
どちらの戦場も、サーバントの無秩序な動きによりここから距離ができてしまっている。
「最後まで引きつけられるかどうか」
自己強化の術が切れると同時に再発動しながら、ナタリアは内心だけでつぶやいていた。
「どうした。その程度か」
嘲弄が混じらぬ、純粋に相手を下にみる言葉を投げつけながら、フィオナが我が身を的にしてサーバントを引きつけてくれる。
的とはいっても襲撃者に甚大な被害を与える刃付の的だ。
ナタリアから降り注ぐ雷が与えたダメージも合算すれば、並のサーバントなら2度は滅ぼせているはずであった。
「これが敵の最大戦力ですね。抵抗力があるかもしれません」
銀の魔術師の言葉に、金の騎士は気配だけでうなずいた。
目の前の敵は、少なくとも生命力と頑丈さに関しては3体のうちで随一らしい。この場で逃げられたら消火活動が遅れ惨事に発展しかねない以上、タウントだけに頼るわけにはいかないようだ。
「喜べ外道。我が剣を馳走してやろう」
これまでの、華麗であると同時に堅実な剣筋から一変し、力と勢いはあるがその分隙がある動きで剣を打ち込む。
ナタリアから放たれる雷は奇妙なほど単調に、しかし明らかに激しくなる。サーバントは疑問を抱かず、目の前に差し出された好機を掴むために前方の2人にのみ集中してしまった。
「今です」
ナタリアが静かに指示すると、撃退士の優れた聴覚でも非常に聞き取りづらい足音が近づき、そして、鳥の上半身の首に一本の線が刻まれる。
「っと……」
サーバントの背後で、刃を振り切った体勢のルナジョーカーが姿勢を崩す。
気配を消した上での100メートル近い全力疾走に加えての全力攻撃は、優れた体力を持つルナジョーカーにとっても厳しかったようだ。
ナタリアがとどめの一撃を加えるまでもなく、サーバントは傷口から大量の体液をこぼしながら、全身を崩壊させながらアスファルトの上に倒れるのだった。
●煙漂う現場で
「終わった。報酬に色をつけてくれてもいいぜ。それじゃあな」
学園に対する報告を終えた金は、携帯端末を懐に仕舞って改めて周囲を見渡した。
既に消防士の一団と消防団が到着し、手慣れた様子でポンプとホースを設置し消火を再開している。
「手伝うまでもねぇか」
高温を発しているポンプに背中を預け、ポケットに突っ込んだままだった焼きそばパンを取り出す。
ホースの先端では消防士が放水を行っていて、消防団に所属しているらしい男達はホースの位置を直したりはしているが基本的に暇そうだ。
「旨い」
焼きそばパンをかじると、濃厚なソースと肉の旨味がパンと麺に絡まりながら舌を楽しませる。
帰還後受け取る報酬の使い道を考えると、自然と表情が緩んでしまう。
しばらくして炎は消え、冬の空に煙だけが残るのだった。