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マスター:Barracuda
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/01/03


みんなの思い出



オープニング


「……行っちゃったね」
「そうだね」
 山の麓で撃退士達を見送り、詰所に入った瑞樹とアルバは、所内のソファの上で言葉を交わしていた。
「それ、もう持っててもいいの?」
 アルバがブローチを手にしているのを見て、瑞樹はそっと尋ねた。
「うん。怪しい物じゃなさそうだからって」
「そう……ところでアルバ。体は平気?」
「大丈夫。さっき、堺さんに治療してもらったから」
 そう言うと、アルバはふいに堺が瑞樹に言った言葉を思い出した。

――大丈夫。もうすぐ帰れるからね。

「もうすぐ帰れる、か……」
 アルバは、自分がこれからどうなるのか考えた。恐らくは、このまま人間の捕虜となり、こちらの世界で生活を送る事になるだろうことは想像できたが、あの父が、このまま黙って指をくわえているとも思えなかった。
(もし僕が、魔界に帰ったら……)
 人間界で迷子になって毎日のように夢想した光景を、再び脳裏に思い描くアルバ。だが、いまのアルバの目の前に映し出された光景は、何故か随分と色あせて見えた。
(昔と同じ日々が始まって、しばらくしたら父さんの跡を継いで……部下を率いて人間を相手に戦って……)
 そこまで考えて、アルバは頭を垂れた。
「……ねえ、瑞樹」
「なに?」
「瑞樹は、僕が敵になったら……どうする?」
「それは、あなたが罪のない人達を傷つけるということ?」
 瑞樹はそう言って、金色の瞳でアルバを見つめた。
「ううん、例えばの話だよ。僕が君の……」
 慌てて瑞樹の言葉を否定したアルバは、その時、ふと違和感を感じた。

――金色の瞳? 確か瑞樹の瞳は黒だったはず……

 そう思ったアルバが瑞樹を見つめると、金色だった瑞樹の瞳が、ゆっくりと黒に戻った。
「瑞樹。まさか君は……」
「うん。そういうこと、みたい」
 瑞樹は小さく頷くと、ぽつりと呟いた。
「堺さんに言われたわ。『それは光纏って言って、アウルに目覚めた証なの。瑞樹ちゃん、きっと将来は立派な撃退士ね』って」
「瑞樹は……撃退士になるの?」
「どうかな。考えた事もなかったし」
 そう言って、瑞樹はぼんやりと宙を眺めた。
「でもね、もしアルバが敵になったら……私、きっと撃退士になると思うな」
「撃退士になって……どうするの?」
 アルバは探るような目で瑞樹を見つめる。
「あなたの所に飛んでいって、みっちりお説教する。皆に謝って、すぐに魔界に帰りなさい! って」
「もし……君の傍に仲間達がいて、彼らが僕に剣を向けたら?」
「その人達も一緒にお説教かな」
「本当に?」
 ふいに、アルバの目にくらい色が宿る。
「もし彼らが、僕の同族に家族や友人を殺された人だったら? それでも瑞樹は、その人達を怒ることができる?」
「できる」
「どうして?」
「あなたが私にとって、大切な人だから」
「大切な人……」
「そう、大切な人。友達っていうには、まだ早いかなと思うけど」
 はにかむように笑って、瑞樹は続ける。
「私、人間の世界に攻めてきて、罪のない人達から魂を奪うようなひとは、絶対に許せない。でも、あなたに酷い事をするひとも、絶対に許せない。だから私は、どっちも怒る」
「そうか。瑞樹は、強いね……」
 それだけ言うと、アルバはソファにもたれ、無言で目を閉じた。

 アルバの心の中では、これからも瑞樹と一緒にいたいという想いが芽生えていた。これからも瑞樹と一緒に生きて行ければ、どんなに素晴らしいことだろう。
 しかし、今の自分が置かれた状況を考えれば、そんな未来が夢物語に過ぎない事も、アルバは十分に承知していた。
(父さん……瑞樹……僕は……)
 アルバの心は、苦悩で満たされていた。


 一方、その頃。
 山頂で合流した撃退士達の間には、緊迫した空気が流れていた。先の戦いで捕らえた壱号の口から、予想もしない言葉が出てきたからだ。
「グロッソが死んだ……ですって?」
 堺の言葉に頷くと、消え入りそうな声で、壱号は続けた。
「今こっちに、弐号と肆号が逃げてくるわ。陸号とはぐれて……」
 訝しげな表情を浮かべる堺の背後で、堺の同僚の声が聞こえた。
「班長! ゲートの方角から人影が」
「何ですって?」
「あれは……弐号と肆号です!」


 同時刻、山中のゲート内にて。

「撃退士が接近している、だと?」
 剣に付いた血を拭いながら、アルゲウスは言った。
「はっ。先ほど討ち取った者達の仲間と思われます」
「数は?」
 足元で絶命したグロッソには一瞥もくれず、剣を鞘に収めるアルゲウスの問いに、アンナプルナは答えた。
「目視で10前後かと」
「寡兵だな……ヴァニタスどもはどうした」
「申し訳ありません、見失いました。追いますか?」
「捨て置け。主が死んだのだ、どの道長くは生きられん。邪魔をするならば殺せば良し、撃退士どもと潰し合うならば尚良かろう」
 アルゲウスは、感情のない声で続けた。
「アルバ様の居場所の特定は済んだか」
「はっ。ゲートの東にある、山麓付近……人間の勢力圏内です」
 アルバのものと同じ造りのブローチを手にしたアンナプルナが答える。
(アルバ様……人間に囚われたか)
 アルゲウスは振り返り、背後に立つ黒服の女悪魔に言った。
「フィッツロイ。私はアンナプルナと共に、アルバ様の救出に向かう。お前はここに残り、囮となって時間を稼げ。適当なところで撤退し、我々と合流しろ」
「承知致しました。……ところで、アルゲウス様」
「何だ」
「あの悪魔の骸、『人形』に使いたいのですが」
「構わん、好きにしろ」
「ありがとうございます」
 フィッツロイが一礼と共に両手の白い手袋を外すと、手袋はふわりと宙に浮き、指先から発した細い糸状のアウルでグロッソの四肢を絡め取った。程なくして、手袋の指の動きに同調して、グロッソの体が動いた。
(よし、動く。時間稼ぎ用としては、上出来だ)
 「人形」が問題なく動く事を確かめると、フィッツロイはアルゲウスに向き直って言った。
「それでは、後程合流いたします。お気をつけて」
「うむ。……あまり熱くなるな」
 アルゲウスはそれだけ言い残すと、アンナプルナを引き連れて姿を消した。


 体中に傷を負った弐号と肆号は、程なくして待ち構えていた撃退士達に取り押さえられた。
「あなた達だけ? グロッソと陸号はどうしたの?」
 堺の問いかけに、顔をそらして黙り込む弐号と肆号。だが程なくして、肆号が全てを諦めた表情で口を開いた。
「親父は死んだ。陸号は、逃げる途中にはぐれて、それきりだ」
 それを聞いた堺は、壱号の言葉が真実だった事を理解した。しかしその時、ゲートを監視していた同僚の口から、再び一報が告げられた。
「班長。ゲートの中から、正体不明の敵が現れました。黒服を着た、紫色の髪の悪魔です。それと……」
「それと? 何かしら」
「ゲートから、グロッソが……グロッソが歩いて出てきました」
(どういうこと? 彼は死んだのではなかったの?)
 堺は妙な胸騒ぎを覚えつつ、
「もう日没まで時間がないわ。グロッソとの戦いが終ったら、一旦麓まで戻りましょう。あの黒服の悪魔の事も含めて、一旦学園に連絡して指示を仰がないと」
 西の地平線に足をつけた夕日を見ながら、学園の撃退士達に言った。
「ヴァニタスは私達が監視しておくわ。くれぐれも気をつけて」


「さて。どの程度の実力か、見せてもらおう」
 アルゲウスとアンナプルナを見送り、ゲートの外に出たフィッツロイ。
 彼女はゲートへと迫って来る撃退士達を見下ろしながら、静かに宙へと跳んだ。

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リプレイ本文


「来るぞ!」
 電波塔の頂上から敵が飛び立つのを見て、先陣を駆ける日下部 司(jb5638)が言った。
「私、グロッソを引き受けますねっ」
 日下部の後ろで、阻霊符を展開した川澄文歌(jb7507)が言う。
 その隣では鍋島 鼎(jb0949)が、捕虜となったヴァニタスと光信機で話をしていた。
「肆号。あなた方の主は死んだ、それは間違いないのですよね?」
「……ああ」
「動いている彼の事情は見えませんが、恐らくもう一度彼を滅ぼすことになります」
 ヴァニタス達にとってはこの上なく残酷であろう言葉と共に、鍋島は問うた。
「何か、伝えておくことはありますか?」
「ひとつだけ、頼めるなら……」
「伺いましょう」
 肆号は小声で何事かを話した。それを聞いた鍋島は、目を伏せて言う。
「分かりました。では、そのように伝えましょう」
 鍋島は通信を切ると、日下部と川澄に声をかけた。
「私もグロッソを引き受けます。よろしく」

「クヒヒヒ……あの悪魔も喰ってみたいわねェ……まァ、今回は止めておくけどさァ……♪」
「時間も無い、速攻でいこう」
 銃を手にした黒百合(ja0422)とアルジェ(jb3603)が、翼を広げて空へと舞い上がった。
「誰が相手でも落として見せるッ」
「皆の……邪魔をさせない」
 浪風 悠人(ja3452)と浪風 威鈴(ja8371)も、それに続く。
「援護します。皆さんも気をつけて」
 侵入スキルで気配を殺した神谷春樹(jb7335)が、銃を手に狙撃地点へと向かった。

 戦闘開始である。


 対峙した敵の姿を眺めた日下部は、生気のない相手の挙動に違和感を抱いた。
(あれがグロッソ? だけど、壱号の言葉に嘘は感じられなかったし、あの様子はまるで……)
 まるで人形だ。
 そう感じた日下部は、出発前にヴァニタス達と交わした会話を思い返していた。



「……元々、俺達はゲートの破壊とグロッソの討伐で集まった部隊だ。そんな俺達に協力したくないかもしれない、でも今の混乱した状況では少しでも情報が必要なんだ」
 壱号の目を見つめながら、日下部は言った。
「お願いだ、敵に関する情報は何でも欲しい。教えてくれないか?」
 壱号の横で、弐号と肆号がぽつりと呟く。
「……襲撃者は3人です」
「奴ら、ただの悪魔じゃない。たぶん、有力貴族か武力階級上位の直属だ」
 それを聞いた壱号も口を開いた。
「お父様は……一撃で死んだようね」
「そうだ。あの黒い甲冑の悪魔に……あいつが……」
 肆号は頷くと、自分の体を抱きしめて震えた。そんな3人に、日下部はそっと声をかけた。
「ありがとう。もし、此処を切り抜けることができたら、君の……いや、君達の本当の名前を教えてくれないか?」
 3人からの答えはない。少し前まで敵だった相手からの思わぬ言葉に、戸惑っているようだった。
「答えは、今でなくてもいい。ただ、俺の言った事を覚えておいてくれると嬉しい」
 そう言い残し、日下部は仲間と共に戦場へと向かった。



(彼女達の思いを無駄にするわけには!)
 敵の急襲に気を配りつつ、日下部はグロッソと真正面から向き合った。


 一方、他の5人は……

「きゃはははァ、さてェ……あの悪魔は何発目に当たるかしらねェ……ほらァ、もっと頑張って避けなさいなァ♪」
 弾幕を張る黒百合の挑発に合わせるように、フィッツロイは撃退士の待ち構える空域に自ら飛び込んだ。
 フィッツロイが手にした短剣から放たれる光弾を、威鈴の回避射撃で避ける黒百合。
 身を捻っての回避の刹那、敵との視線が一瞬だけ交差する。
 敵の眼に怜悧な理性の光がある事を、黒百合は見て取った。
 挑発に釣られた振りをして、撃退士達の腕の程を確かめる気なのだろう。
(きゃはァ……その自信がいつまで続くか、じっくり見させてもらおうかしらァ……)

 黒百合の銃撃。悠人の星の鎖。
 威鈴と神谷のロングレンジショット。
 アルジェの清澄のロザリオが生み出す水の礫。
 波のように押し寄せる攻撃を、フィッツロイは苦もなく捌き続ける。
 間隙からお返しとばかりに光弾を発射し、彼女を包む5人の撃退士達に、次々と弾が命中した。

(強い。威力も狙いも速さも、今まで戦ってきたヴァニタス達とは比べ物にならない)
 シールドで攻撃を防いだ悠人は、敵の力の程を知りつつあった。
 初弾は威鈴が回避射撃で敵の弾の軌道を逸らすことに成功。
 しかし、敵はすぐさま狙撃地源を特定し、軌道を調整した攻撃を撃ってきた。

 その時、フィッツロイの肩に神谷の精密狙撃が命中した。
 しかし敵は眉ひとつ動かさず、眼下の悠人に更なる攻撃を加える。
(負けてたまるか!)
 悠人は気持ちを奮い立たせて攻撃を防御。側面から星の鎖を放つも命中には至らない。しかし……
(かすった……!)
 今までとは明らかに違う手応えだ。
 もう一度。もう一度鎖を撃てば当てられる。そんな確信が、悠人の心に生じた。

 悠人の星の鎖と同時に発射された威鈴のロングレンジショットを、水平飛行の横転で回避するフィッツロイ。
 その時、背後からアルジェが仕掛けた。
(皆、行くぞ。一気に決着をつける!)

 撃退士達は一斉に攻めに出た。
 属性を付与されたアルジェのエーリエルクローが、鈍い光を湛えてフィッツロイを襲った。
 フィッツロイは上空へと上昇。ストールターンでアルジェの一撃を回避し、返す刃でアルジェの背後から光弾を撃つ。
「甘い」
 すぐさまスナップロールで体を捻り、装着したレガースで弾を蹴り返すアルジェ。
 それを見たフィッツロイの眼が笑う。

 再び攻撃態勢に入るフィッツロイに、神谷のスターショットとデビルブリンガーを持った黒百合が襲いかかる。
 宙を蹴って急上昇し、銃弾を避けるフィッツロイ。
 その後を追うように、黒百合の斬撃が足元から空を切り裂いて迫る。
 宙返りの動作でこれを回避したフィッツロイは、眼下の撃退士達に向かって、肩の傷跡を見せつけた。
 もう少しでお前達の攻撃が当たる……そう言わんかのように。

 そして、その直後。
 悠人の放った最後の星の鎖が、ついにフィッツロイの足を捉えた。

「くくっ……」
 空を眺めるフィッツロイの顔に、猛禽を思わせる獰猛な笑みが浮かんだ。


(まずいな。日没まで時間がない……)
 塔の上で銃を構えた神谷の額に汗が伝った。

 戦いは予断を許さない状況だった。
 今ここで自分が抜けることは避けたい。
 だがそれ以上に、決着がつかないまま、徒に時間を浪費する事態だけは避けねばならなかった。
(……行こう。ゲートへ)
 決意を固めた神谷は、シュトレンを手にしてゲートへと走った。
 戦いが始まる前に川澄から頼まれた、「あのこと」を頭の片隅に留めながら。
(皆……無事で!)


「爆ぜろ、天焔……!」
 鍋島の炸裂陣で、一瞬だけグロッソの動きが止まった。
 その隙をついて、鍋島と川澄が敵の側面へと回る。
 すかさず攻撃体勢に入った川澄に、グロッソの火炎放射が襲いかかった。
「目くらましに高熱による行動阻害ですか……。でもその手は私には効きませんよ」
 敵の攻撃に怯むことなく、川澄は召喚獣を呼んだ。青い羽根を持つ鳳凰、「ピィちゃん」である。

 蒼い鳳凰の暖かい炎に護られながら、川澄と鳳凰がグロッソの右側面から攻撃。
 だが、敵に怯む気配は全くない。
 その時、あることに気づいた川澄が、仲間達に注意を促した。
「あの宙に浮いてる手袋。あれはディアボロ? 試しにまとめて攻撃してみますっ」
 彼女の声に反応して、グロッソの背後に浮かぶ手袋が指を動かした。
 グロッソの体が後ろに引き下がり、前にいた三人の撃退士に火炎放射を放つ。
「炎は貴方の専売特許ではないですよ!」
 川澄はグロッソの一撃を回避して、炎陣球を発動。
 炎が直線を描いてグロッソとディアボロの体を焼いた。
「日下部さん。あれを見て下さい」
 鍋島が、焼け焦げたディアボロとグロッソを指差した。
 よく見ると、そこには無数の細い糸が走っている。
「成程、あの糸でグロッソを操っていたのか……なら、徹底的に邪魔させてもらうよ」
 日下部が光の矢を回避し、返す刃で数本の糸を切断すると、グロッソの右腕ががくりと垂れ下がった。
 そこへ川澄が式神・縛を発動。式神に絡みつかれたディアボロが宙に縛り付けられる。
「今です。一気に畳み掛けてっ」
 川澄の言葉と同時に、日下部の手から三条の剣閃が走る。
 アウルの糸が断たれ、グロッソの躯が崩れ落ち、切断されたディアボロの白い指が宙を舞った。


(終わりにしてやる!)
 落下してくるフィッツロイを見て、追撃の準備に入る悠人。しかし……

――バカめ。

 悠人の意識が、一瞬だけ止まった。
 笑顔を浮かべたフィッツロイが、自分に向けて、確かにそう言ったのを開いたからだ。
 刹那、フィッツロイの短剣から、白い光弾が生み出された。狙いは悠人である。
 それを悟った悠人は、すぐさまシールドを展開。
 だが、そんな彼を嘲笑うかのように、光弾はシールドの防御を突き破り、悠人の体を吹き飛ばした。

「悠人!」
 傷つき倒れた悠人を見て怒りに燃える威鈴が、無言で銃を構えてフィッツロイにクイックショットを放つ。
 だが、銃口のマズルフラッシュと同時に、フィッツロイは横跳びで銃撃を回避。
 背後から繰り出される黒百合の横薙ぎとアルジェの蹴りを、身を屈めて次々と避けながら、お返しとばかりに狙い済ました一撃を威鈴に放つ。
 光弾の爆発の衝撃に吹き飛ばされ、威鈴は意識を失い倒れた。

「あの女、貴様に近しい者のようだな」
 よろめいて立ちあがる悠人の眼前で、フィッツロイが口を開いた。
「何だと……」
「貴様を攻撃した時だけ、あの女は殺気を発した。よほど貴様の事が大事とみえる」
 短剣の切先に白い光が収束し、再び光弾が生み出される。狙いは悠人と威鈴だ。
「つくづく甘い連中だよ。貴様も、その女も……」

 その時、フィッツロイの背後の電波塔から、一条の光が迸った。
 ゲートに侵入した神谷が、コアを破壊したのだ。

 日没は、すぐそこまで迫っていた。


「終わりです」
 炸裂陣の発動体勢に入る鍋島の言葉とともに、灰燼の書の頁がひとりでにめくられた。
 その足元では、グロッソの躯の傍で、指を失ったディアボロが苦痛にもがいている。
 もはや逃れる術はない。間もなく鍋島の一撃は、地に伏すふたりを跡形もなく吹き飛ばすだろう。
 だが、その前に……

「グロッソ。彼女達からのメッセージです」
 その前に、伝えなければならない。ヴァニタス達から預かった、あの言葉を。

『ごめんなさい。必ず仇は討ちます』
『這いつくばってでも、泥をすすってでも、絶対に果たすわ』
『だからそれまで、待っててくれ』

「……以上です。確かに伝えましたよ」
 鍋島の魔方陣が一斉に紅い光を放った直後、ディアボロとグロッソは消し炭となって崩れ落ち――
 山の地平線に沈んだ夕日が、人形劇の幕切れを告げた。


「どうやら、潮時のようだな。ではこちらも、最後の仕上げといこう」
 フィッツロイは白い光が収束した剣先を、悠人とその背後に倒れる威鈴へと向けた。
「逃げないのか?」
 フィッツロイは笑った。
「今逃げれば、死なずにすむぞ」
「ふざけるな」
 悠人はクリアワイヤーを手に、フィッツロイへと跳んだ。
「お前だけは許さない」
「哀れだな。あの悪魔がヴァニタスのひとりを庇って死んだ時、奴らも同じ事を言ったよ」
 迷わずに向かってくる悠人を、フィッツロイが嗤う。
「もっとも、奴等はそのあと泣いて逃げたわけだが。ここで犬死にする分、貴様は奴等よりも愚かだ。そう思わないか?」
 フィッツロイの言葉通り、彼女が悠人へ向ける視線は、犬へのそれだ。

 だが、その時。

「思わないな」
「思いませんね」
「思いませんっ!」
 3つの声が、同時にフィッツロイの言葉を否定した。
 日下部、鍋島、川澄である。

「行って下さい。そのままっ!」
 川澄の乾坤網が覆い被さるように、悠人の体を保護した。
 直後、発射された白い光弾が悠人の眼前で弾ける。
 だが悠人は倒れない。なおも戦意を失わずに迫り来る悠人を見て、フィッツロイが苛立たしげに舌打ちする。
 フィッツロイは後方へ跳躍すると、再度赤い光弾を悠人めがけて発射。
 しかし、発射と同時に両者の間に割って入った黒い影が、光弾を弾き飛ばした。
 レガースを装着したアルジェである。
「うむ。さすがに2回目ともなると、足が痺れるな」
 それと同時に、黒百合と鍋島、日下部の攻撃がフィッツロイの背後と両脇から襲い掛かった。

 側面からの袈裟懸けによる日下部の一撃を、斜め後方への跳躍で回避するフィッツロイ。
 そこへ、鍋島の灰燼の書による火球が電波塔の上空から襲い掛かる。
 狙いは足元だ。回避の逃げ場を塞ぎ、確実に攻撃を命中させようというのである。
 フィッツロイはあえて攻撃を受けた。
 直後、黒百合による胴薙ぎの熾烈な一撃が襲い掛かる。火球の回避を見越した攻撃だった。
 フィッツロイは紙一重でそれを回避すると、翼を広げて飛行の体勢を取る。

 だがその時、2発の銃声が鳴り響き、ふいに彼女の体勢が僅かに傾いだ。
 銃弾の一発が、フィッツロイの腹部に命中したのだ。
 撃ったのは――威鈴である!

「よくも……悠人を……」
「貴様……!」
 フィッツロイの目が見開かれた。すかさずそこへ悠人が迫る!
「食らえ!」
 アークで光るクリアワイヤーがフィッツロイの首筋を捉え、赤い血飛沫が雪を染めた。

 フィッツロイは自らの左手を首筋に添えるようにして、血を滲ませた手でワイヤーを掴んでいた。
 悠人の刃は、確かに届いた。だが、首を刈るには至らなかったのだ。
 フィッツロイは短剣でワイヤーを切断すると、振り返らずに飛び去った。


「北東の方角です」
 日の沈んだ山中で、神谷がフィッツロイの向かった先を仲間達に告げた。
 先ほどの2発の銃声のうち、1発は彼の放ったマーキングだったのだ。
 悪魔が逃げた時に、もし可能ならばと、川澄から頼まれての行動だった。
「詰所から少し離れた、神社の辺りで止まっていますね」
 神谷の言葉を聞いた日下部が呟く。
「残り2人の悪魔と合流した可能性が高そうだね」
 日下部の隣にいたアルジェが唸った。
「つまり、あの悪魔は囮……奴等の狙いはアルバか?!」
「恐らくは……」
 同意する神谷に向かって、鍋島が伺うように言った。
「神谷さん。確か出発前に、瑞樹とアルバに連絡先を伝えていましたよね。あの後、ふたりから連絡は?」
「いえ。詰所にも確認しましたが、襲撃は受けていないそうです。念の為、警戒も強化するよう伝えておきました」
 そうですか、と頷く鍋島の横で、悠人が携帯を手に取った。
「学園には、俺から報告を入れます。応援を頼めないかも聞いてみます」
「分かりました、お願いします。……時間がありません、急いで戻りましょう」
 神谷の言葉に仲間達は頷き、堺らの待つ山頂入口へと歩き始めた。

 黄昏が、山の斜面をあかく照らしていた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: おかん・浪風 悠人(ja3452)
 焔生み出すもの・鍋島 鼎(jb0949)
 揺れぬ覚悟・神谷春樹(jb7335)
重体: −
面白かった!:4人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
白銀のそよ風・
浪風 威鈴(ja8371)

卒業 女 ナイトウォーカー
焔生み出すもの・
鍋島 鼎(jb0949)

大学部2年201組 女 陰陽師
その愛は確かなもの・
アルジェ(jb3603)

高等部2年1組 女 ルインズブレイド
この命、仲間達のために・
日下部 司(jb5638)

大学部3年259組 男 ルインズブレイド
揺れぬ覚悟・
神谷春樹(jb7335)

大学部3年1組 男 インフィルトレイター
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師