○
「来るぞ!」
電波塔の頂上から敵が飛び立つのを見て、先陣を駆ける日下部 司(
jb5638)が言った。
「私、グロッソを引き受けますねっ」
日下部の後ろで、阻霊符を展開した川澄文歌(
jb7507)が言う。
その隣では鍋島 鼎(
jb0949)が、捕虜となったヴァニタスと光信機で話をしていた。
「肆号。あなた方の主は死んだ、それは間違いないのですよね?」
「……ああ」
「動いている彼の事情は見えませんが、恐らくもう一度彼を滅ぼすことになります」
ヴァニタス達にとってはこの上なく残酷であろう言葉と共に、鍋島は問うた。
「何か、伝えておくことはありますか?」
「ひとつだけ、頼めるなら……」
「伺いましょう」
肆号は小声で何事かを話した。それを聞いた鍋島は、目を伏せて言う。
「分かりました。では、そのように伝えましょう」
鍋島は通信を切ると、日下部と川澄に声をかけた。
「私もグロッソを引き受けます。よろしく」
「クヒヒヒ……あの悪魔も喰ってみたいわねェ……まァ、今回は止めておくけどさァ……♪」
「時間も無い、速攻でいこう」
銃を手にした黒百合(
ja0422)とアルジェ(
jb3603)が、翼を広げて空へと舞い上がった。
「誰が相手でも落として見せるッ」
「皆の……邪魔をさせない」
浪風 悠人(
ja3452)と浪風 威鈴(
ja8371)も、それに続く。
「援護します。皆さんも気をつけて」
侵入スキルで気配を殺した神谷春樹(
jb7335)が、銃を手に狙撃地点へと向かった。
戦闘開始である。
○
対峙した敵の姿を眺めた日下部は、生気のない相手の挙動に違和感を抱いた。
(あれがグロッソ? だけど、壱号の言葉に嘘は感じられなかったし、あの様子はまるで……)
まるで人形だ。
そう感じた日下部は、出発前にヴァニタス達と交わした会話を思い返していた。
―
「……元々、俺達はゲートの破壊とグロッソの討伐で集まった部隊だ。そんな俺達に協力したくないかもしれない、でも今の混乱した状況では少しでも情報が必要なんだ」
壱号の目を見つめながら、日下部は言った。
「お願いだ、敵に関する情報は何でも欲しい。教えてくれないか?」
壱号の横で、弐号と肆号がぽつりと呟く。
「……襲撃者は3人です」
「奴ら、ただの悪魔じゃない。たぶん、有力貴族か武力階級上位の直属だ」
それを聞いた壱号も口を開いた。
「お父様は……一撃で死んだようね」
「そうだ。あの黒い甲冑の悪魔に……あいつが……」
肆号は頷くと、自分の体を抱きしめて震えた。そんな3人に、日下部はそっと声をかけた。
「ありがとう。もし、此処を切り抜けることができたら、君の……いや、君達の本当の名前を教えてくれないか?」
3人からの答えはない。少し前まで敵だった相手からの思わぬ言葉に、戸惑っているようだった。
「答えは、今でなくてもいい。ただ、俺の言った事を覚えておいてくれると嬉しい」
そう言い残し、日下部は仲間と共に戦場へと向かった。
―
(彼女達の思いを無駄にするわけには!)
敵の急襲に気を配りつつ、日下部はグロッソと真正面から向き合った。
○
一方、他の5人は……
「きゃはははァ、さてェ……あの悪魔は何発目に当たるかしらねェ……ほらァ、もっと頑張って避けなさいなァ♪」
弾幕を張る黒百合の挑発に合わせるように、フィッツロイは撃退士の待ち構える空域に自ら飛び込んだ。
フィッツロイが手にした短剣から放たれる光弾を、威鈴の回避射撃で避ける黒百合。
身を捻っての回避の刹那、敵との視線が一瞬だけ交差する。
敵の眼に怜悧な理性の光がある事を、黒百合は見て取った。
挑発に釣られた振りをして、撃退士達の腕の程を確かめる気なのだろう。
(きゃはァ……その自信がいつまで続くか、じっくり見させてもらおうかしらァ……)
黒百合の銃撃。悠人の星の鎖。
威鈴と神谷のロングレンジショット。
アルジェの清澄のロザリオが生み出す水の礫。
波のように押し寄せる攻撃を、フィッツロイは苦もなく捌き続ける。
間隙からお返しとばかりに光弾を発射し、彼女を包む5人の撃退士達に、次々と弾が命中した。
(強い。威力も狙いも速さも、今まで戦ってきたヴァニタス達とは比べ物にならない)
シールドで攻撃を防いだ悠人は、敵の力の程を知りつつあった。
初弾は威鈴が回避射撃で敵の弾の軌道を逸らすことに成功。
しかし、敵はすぐさま狙撃地源を特定し、軌道を調整した攻撃を撃ってきた。
その時、フィッツロイの肩に神谷の精密狙撃が命中した。
しかし敵は眉ひとつ動かさず、眼下の悠人に更なる攻撃を加える。
(負けてたまるか!)
悠人は気持ちを奮い立たせて攻撃を防御。側面から星の鎖を放つも命中には至らない。しかし……
(かすった……!)
今までとは明らかに違う手応えだ。
もう一度。もう一度鎖を撃てば当てられる。そんな確信が、悠人の心に生じた。
悠人の星の鎖と同時に発射された威鈴のロングレンジショットを、水平飛行の横転で回避するフィッツロイ。
その時、背後からアルジェが仕掛けた。
(皆、行くぞ。一気に決着をつける!)
撃退士達は一斉に攻めに出た。
属性を付与されたアルジェのエーリエルクローが、鈍い光を湛えてフィッツロイを襲った。
フィッツロイは上空へと上昇。ストールターンでアルジェの一撃を回避し、返す刃でアルジェの背後から光弾を撃つ。
「甘い」
すぐさまスナップロールで体を捻り、装着したレガースで弾を蹴り返すアルジェ。
それを見たフィッツロイの眼が笑う。
再び攻撃態勢に入るフィッツロイに、神谷のスターショットとデビルブリンガーを持った黒百合が襲いかかる。
宙を蹴って急上昇し、銃弾を避けるフィッツロイ。
その後を追うように、黒百合の斬撃が足元から空を切り裂いて迫る。
宙返りの動作でこれを回避したフィッツロイは、眼下の撃退士達に向かって、肩の傷跡を見せつけた。
もう少しでお前達の攻撃が当たる……そう言わんかのように。
そして、その直後。
悠人の放った最後の星の鎖が、ついにフィッツロイの足を捉えた。
「くくっ……」
空を眺めるフィッツロイの顔に、猛禽を思わせる獰猛な笑みが浮かんだ。
○
(まずいな。日没まで時間がない……)
塔の上で銃を構えた神谷の額に汗が伝った。
戦いは予断を許さない状況だった。
今ここで自分が抜けることは避けたい。
だがそれ以上に、決着がつかないまま、徒に時間を浪費する事態だけは避けねばならなかった。
(……行こう。ゲートへ)
決意を固めた神谷は、シュトレンを手にしてゲートへと走った。
戦いが始まる前に川澄から頼まれた、「あのこと」を頭の片隅に留めながら。
(皆……無事で!)
○
「爆ぜろ、天焔……!」
鍋島の炸裂陣で、一瞬だけグロッソの動きが止まった。
その隙をついて、鍋島と川澄が敵の側面へと回る。
すかさず攻撃体勢に入った川澄に、グロッソの火炎放射が襲いかかった。
「目くらましに高熱による行動阻害ですか……。でもその手は私には効きませんよ」
敵の攻撃に怯むことなく、川澄は召喚獣を呼んだ。青い羽根を持つ鳳凰、「ピィちゃん」である。
蒼い鳳凰の暖かい炎に護られながら、川澄と鳳凰がグロッソの右側面から攻撃。
だが、敵に怯む気配は全くない。
その時、あることに気づいた川澄が、仲間達に注意を促した。
「あの宙に浮いてる手袋。あれはディアボロ? 試しにまとめて攻撃してみますっ」
彼女の声に反応して、グロッソの背後に浮かぶ手袋が指を動かした。
グロッソの体が後ろに引き下がり、前にいた三人の撃退士に火炎放射を放つ。
「炎は貴方の専売特許ではないですよ!」
川澄はグロッソの一撃を回避して、炎陣球を発動。
炎が直線を描いてグロッソとディアボロの体を焼いた。
「日下部さん。あれを見て下さい」
鍋島が、焼け焦げたディアボロとグロッソを指差した。
よく見ると、そこには無数の細い糸が走っている。
「成程、あの糸でグロッソを操っていたのか……なら、徹底的に邪魔させてもらうよ」
日下部が光の矢を回避し、返す刃で数本の糸を切断すると、グロッソの右腕ががくりと垂れ下がった。
そこへ川澄が式神・縛を発動。式神に絡みつかれたディアボロが宙に縛り付けられる。
「今です。一気に畳み掛けてっ」
川澄の言葉と同時に、日下部の手から三条の剣閃が走る。
アウルの糸が断たれ、グロッソの躯が崩れ落ち、切断されたディアボロの白い指が宙を舞った。
○
(終わりにしてやる!)
落下してくるフィッツロイを見て、追撃の準備に入る悠人。しかし……
――バカめ。
悠人の意識が、一瞬だけ止まった。
笑顔を浮かべたフィッツロイが、自分に向けて、確かにそう言ったのを開いたからだ。
刹那、フィッツロイの短剣から、白い光弾が生み出された。狙いは悠人である。
それを悟った悠人は、すぐさまシールドを展開。
だが、そんな彼を嘲笑うかのように、光弾はシールドの防御を突き破り、悠人の体を吹き飛ばした。
「悠人!」
傷つき倒れた悠人を見て怒りに燃える威鈴が、無言で銃を構えてフィッツロイにクイックショットを放つ。
だが、銃口のマズルフラッシュと同時に、フィッツロイは横跳びで銃撃を回避。
背後から繰り出される黒百合の横薙ぎとアルジェの蹴りを、身を屈めて次々と避けながら、お返しとばかりに狙い済ました一撃を威鈴に放つ。
光弾の爆発の衝撃に吹き飛ばされ、威鈴は意識を失い倒れた。
「あの女、貴様に近しい者のようだな」
よろめいて立ちあがる悠人の眼前で、フィッツロイが口を開いた。
「何だと……」
「貴様を攻撃した時だけ、あの女は殺気を発した。よほど貴様の事が大事とみえる」
短剣の切先に白い光が収束し、再び光弾が生み出される。狙いは悠人と威鈴だ。
「つくづく甘い連中だよ。貴様も、その女も……」
その時、フィッツロイの背後の電波塔から、一条の光が迸った。
ゲートに侵入した神谷が、コアを破壊したのだ。
日没は、すぐそこまで迫っていた。
○
「終わりです」
炸裂陣の発動体勢に入る鍋島の言葉とともに、灰燼の書の頁がひとりでにめくられた。
その足元では、グロッソの躯の傍で、指を失ったディアボロが苦痛にもがいている。
もはや逃れる術はない。間もなく鍋島の一撃は、地に伏すふたりを跡形もなく吹き飛ばすだろう。
だが、その前に……
「グロッソ。彼女達からのメッセージです」
その前に、伝えなければならない。ヴァニタス達から預かった、あの言葉を。
『ごめんなさい。必ず仇は討ちます』
『這いつくばってでも、泥をすすってでも、絶対に果たすわ』
『だからそれまで、待っててくれ』
「……以上です。確かに伝えましたよ」
鍋島の魔方陣が一斉に紅い光を放った直後、ディアボロとグロッソは消し炭となって崩れ落ち――
山の地平線に沈んだ夕日が、人形劇の幕切れを告げた。
○
「どうやら、潮時のようだな。ではこちらも、最後の仕上げといこう」
フィッツロイは白い光が収束した剣先を、悠人とその背後に倒れる威鈴へと向けた。
「逃げないのか?」
フィッツロイは笑った。
「今逃げれば、死なずにすむぞ」
「ふざけるな」
悠人はクリアワイヤーを手に、フィッツロイへと跳んだ。
「お前だけは許さない」
「哀れだな。あの悪魔がヴァニタスのひとりを庇って死んだ時、奴らも同じ事を言ったよ」
迷わずに向かってくる悠人を、フィッツロイが嗤う。
「もっとも、奴等はそのあと泣いて逃げたわけだが。ここで犬死にする分、貴様は奴等よりも愚かだ。そう思わないか?」
フィッツロイの言葉通り、彼女が悠人へ向ける視線は、犬へのそれだ。
だが、その時。
「思わないな」
「思いませんね」
「思いませんっ!」
3つの声が、同時にフィッツロイの言葉を否定した。
日下部、鍋島、川澄である。
「行って下さい。そのままっ!」
川澄の乾坤網が覆い被さるように、悠人の体を保護した。
直後、発射された白い光弾が悠人の眼前で弾ける。
だが悠人は倒れない。なおも戦意を失わずに迫り来る悠人を見て、フィッツロイが苛立たしげに舌打ちする。
フィッツロイは後方へ跳躍すると、再度赤い光弾を悠人めがけて発射。
しかし、発射と同時に両者の間に割って入った黒い影が、光弾を弾き飛ばした。
レガースを装着したアルジェである。
「うむ。さすがに2回目ともなると、足が痺れるな」
それと同時に、黒百合と鍋島、日下部の攻撃がフィッツロイの背後と両脇から襲い掛かった。
側面からの袈裟懸けによる日下部の一撃を、斜め後方への跳躍で回避するフィッツロイ。
そこへ、鍋島の灰燼の書による火球が電波塔の上空から襲い掛かる。
狙いは足元だ。回避の逃げ場を塞ぎ、確実に攻撃を命中させようというのである。
フィッツロイはあえて攻撃を受けた。
直後、黒百合による胴薙ぎの熾烈な一撃が襲い掛かる。火球の回避を見越した攻撃だった。
フィッツロイは紙一重でそれを回避すると、翼を広げて飛行の体勢を取る。
だがその時、2発の銃声が鳴り響き、ふいに彼女の体勢が僅かに傾いだ。
銃弾の一発が、フィッツロイの腹部に命中したのだ。
撃ったのは――威鈴である!
「よくも……悠人を……」
「貴様……!」
フィッツロイの目が見開かれた。すかさずそこへ悠人が迫る!
「食らえ!」
アークで光るクリアワイヤーがフィッツロイの首筋を捉え、赤い血飛沫が雪を染めた。
フィッツロイは自らの左手を首筋に添えるようにして、血を滲ませた手でワイヤーを掴んでいた。
悠人の刃は、確かに届いた。だが、首を刈るには至らなかったのだ。
フィッツロイは短剣でワイヤーを切断すると、振り返らずに飛び去った。
○
「北東の方角です」
日の沈んだ山中で、神谷がフィッツロイの向かった先を仲間達に告げた。
先ほどの2発の銃声のうち、1発は彼の放ったマーキングだったのだ。
悪魔が逃げた時に、もし可能ならばと、川澄から頼まれての行動だった。
「詰所から少し離れた、神社の辺りで止まっていますね」
神谷の言葉を聞いた日下部が呟く。
「残り2人の悪魔と合流した可能性が高そうだね」
日下部の隣にいたアルジェが唸った。
「つまり、あの悪魔は囮……奴等の狙いはアルバか?!」
「恐らくは……」
同意する神谷に向かって、鍋島が伺うように言った。
「神谷さん。確か出発前に、瑞樹とアルバに連絡先を伝えていましたよね。あの後、ふたりから連絡は?」
「いえ。詰所にも確認しましたが、襲撃は受けていないそうです。念の為、警戒も強化するよう伝えておきました」
そうですか、と頷く鍋島の横で、悠人が携帯を手に取った。
「学園には、俺から報告を入れます。応援を頼めないかも聞いてみます」
「分かりました、お願いします。……時間がありません、急いで戻りましょう」
神谷の言葉に仲間達は頷き、堺らの待つ山頂入口へと歩き始めた。
黄昏が、山の斜面をあかく照らしていた。