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マスター:Barracuda
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/12/05


みんなの思い出



オープニング


 行方不明になっていた佐藤瑞樹の救出に成功した撃退士達。
 だが救出の喜びも束の間、彼らはその姿をグロッソ配下のヴァニタス「陸号」に捉えられていたのだった――


 山頂付近のゲート内で作戦を練っているグロッソの下へ、ディアボロを介した意思疎通で情報がもたらされた。少し前に捜索に送り出した陸号からだ。
『親父。標的を見つけた。一瞬だけだが、間違いない』
『本当か! よくやった、奴は1人か?』
『いや。小学生くらいの女のガキが1人、それに撃退士4人と一緒だ』
『撃退士と、女のガキ? ……なるほど、そういう事か』
 陸号の情報を聞いて、グロッソは事の次第を把握した。おそらく撃退士は、この山に迷い込んだ人間の少女を、自分達がさらったと勘違いしてやって来たのだろう。
(ならば、こちらにも手の打ちようはある)
 グロッソの顔に狡猾な笑みが浮かんだ。
『今、そちらに参号を向かわせる。急ぎ標的を捕まえて戻れ。標的さえ捕えたら、撃退士は無視して構わん。無理ならば人間のガキだけでも捕まえろ。人質にして取引に使う』
 グロッソはそう言って指令を下した。だが、陸号からの返事はなかった。

 山中の森で息を潜める陸号のもとに、再びグロッソの思念が飛んできた。
『どうした。返事をしろ、陸号』
『親父。参号の傷はどうなんだ?』
 剣呑な口調で陸号が尋ねた。陸号はゲートを出る前に、参号が戦闘で負傷した事を壱号から意思疎通で聞かされていたのだ。
 ほんの少し間を開けて、グロッソが応える。
『大した怪我ではない』
『ああ、そうか。よく分かったよ』
 自分の主である悪魔が嘘をついていることを、陸号は即座に見抜いた。
 グロッソもそれを察したのか、威圧的な口調で再び陸号へと思念が飛んでくる。
『分かっているな、陸号。今度俺の命令に背いたら、貴様への力の供給を――』
『参号にはゆっくり来いと伝えてくれ。心配するな、命令には従うよ。奴らに参号の礼を済ませたらな』
 主であるグロッソに自分の意思を一方的に伝えると、陸号は意思疎通をやめた。グロッソの方はなおも意思疎通で何か言ってきたが、陸号は無視した。

――親なんて勝手な生き物だ。人も悪魔も同じだ。

 グロッソの雰囲気から、参号がかなりの深手を負った事を陸号は察した。
 怪我をした「娘」を戦いに送り込もうというグロッソも、それに文句ひとつ言わずに従う参号も陸号は気に食わなかった。大した力もないくせに先輩風ばかり吹かす参号の事が陸号は好きではなかったが、どんな役立たずであろうと身内である事に変わりはない。

――参号を傷つけた償いは、必ずさせてやる。

 そう決意した陸号は、
「東か」
 ディアボロの送ってきた情報で撃退士達の居場所を特定すると、すぐさま身を翻した。
 彼女が手にした、戦斧の冷たい輝きと共に……


 ここで、話を数刻前の北西エリアへと移す。

「はあっ、はあっ……」
 B班に所属するダアトの沢田は、人気のない森の中をひたすらに逃げながら、数分前に自分達を襲った出来事を思い出していた。悪魔グロッソとその配下であるヴァニタスの討伐任務を帯びた彼は、上司である小川らと共に、山中で敵の捜索を行っていたのだ。
 ヴァニタスのうち、姿が確認されていないのは3体。既に捜索の範囲はおおよそ絞り込めている事からも、これから自分達が向かう北西エリアに、ヴァニタスがいる可能性は高い。そう思って警戒を強めながら、4人は先を進んだ。
 程なくして先頭を歩いていた同僚の青木が、鎧を着た人影が見えたと伝えてきた。事前に得た敵の情報から、恐らくヴァニタスの「弐号」だろうと沢田は思った。
「敵の数を確認して仲間に連絡。その後、戦闘に入る」
 小川の言葉に頷き、武器を手にして人影に忍び寄る撃退士たち。
(ヴァニタス1体と配下のディアボロなら、5分もかからないだろう)
 沢田はそう考えた。

 しかし、そこで4人を待っていたのは、ヴァニタスでもディアボロでもなかった。
 彼らが目にしたのは、鈍色の鎧を着込んだ巨躯の女悪魔と、黒い甲冑に身を包んだ男の悪魔が、剣を抜いて自分達を待ち構えている姿だった。

 前列にいた小川と青木は、誰何の時間すら与えられず悪魔達の剣に体を両断されて死んだ。斃れた小川と青木には一瞥もくれずに、悪魔達が紅く光る瞳を後列の撃退士2人へと向けた瞬間、沢田と同僚の山本の戦意は瞬時にして吹き飛んだ。
 2人の撃退士は、脱兎のごとく逃げた。

 沢田は今まで、撃退署の職員として多くの天魔と戦ってきた。その中には当然、悪魔も含まれている。そんな撃退士としての経験が、彼にこう告げていた。
――奴等は化物だ。逃げるしかない。
 光信機は小川が持っていた。山の北側は電波も通じない。つまり、他の班のメンバーと連絡を行う手段を、彼らは何ひとつ持っていないのだ。一番近い場所にいるD班の堺は、北東エリアで捜索を行っている。茂みをかき分けながら、2人はD班の元へと走り続けた。
 どの位走っただろうか。ふいに沢田の背後から、山本の断末魔の悲鳴が聞こえた。振り返った沢田の目に映ったのは、胸に風穴を開けられた山本が、ゆっくりと地面に倒れる光景である。まさか、あの悪魔達が追ってきたのだろうか。だが、山本の背後に悪魔の姿はない。
「畜生、畜生……!」
 そう言って向き直った沢田の眼前に、黒服を着た長身の女悪魔が回り込むように空を舞って現れ、彼の行く手を塞いだ。
 言葉にならない絶叫をあげ、沢田の杖から光の矢が放たれる。悪魔は矢を難なく回避すると、返す刃で赤黒い弾を発射。弾は沢田の眼前で破裂し、沢田の上半身を吹き飛ばした。
 沢田は死んだ。


 躯となった2人の撃退士を見下ろしながら、黒い甲冑の悪魔は部下の報告を受け取っていた。
「……間違いないのだな? アンナ・プルナ」
「はっ。微弱ながら、痕跡を感知致しました」
「追跡は可能か?」
「位置特定前に反応が消失したため、見失いました。消失直前の反応パターンを見る限りでは、山中を移動しているものと思われます」
「場所はどこだ?」
「失礼致します。ただ今戻りました」
 アンナ・プルナと呼ばれた悪魔が口を開きかけたところへ、アンナの背後から黒服の悪魔が現れた。甲冑の悪魔は一瞥をくれると、黒服の悪魔に尋ねた。
「鼠どもはどうした」
「処分しました」
「気取られてはいまいな?」
「手抜かりなく」
「ご苦労。……報告を続けろ、アンナ・プルナ」
「はっ。感知した場所は、南南東の方角に位置する森林地帯です」
「南南東の森林か。……山頂のゲートを横切る事になるな。ゲートの主は特定できたか?」
「特定には至っておりません。規模から察して、恐らくは武力階級の兵士クラスと思われますが」
 甲冑の悪魔はしばし黙考し、傅いた2人の悪魔に言った。
「先に山頂に向かい、ゲートの主に『挨拶』を済ませる。その後、捜索を行う」
「はっ。抵抗した場合は如何致しますか」
「殺せ。ただし、有力騎士の子飼いの時は手を出すな。私が話をつける」
「はっ」
「どこの馬の骨とも分からん悪魔にも、人間の撃退士どもにも、指一本触れさせるなとの閣下のご命令だ。命に代えても御方様を探し出し、お迎えせよ」
「承知致しました、アルゲウス様」
 3人の悪魔は会話を終えると、木々の闇の中に消えた。


 瑞樹救出とアルバ確保の一報がD班の堺の元に届いたのは、この数分後の事であった。

 空の太陽が、少しずつ西へと沈み始めていた。

前回のシナリオを見る


リプレイ本文


「こちらC班。山小屋を出たが敵に発見された、合流ポイントの指示を頼む」
 アルジェ(jb3603)が光信機でD班へ連絡を入れると、程なくしてD班リーダーの堺から返事が返ってきた。
「こちら堺、了解したわ。南東エリアにある山小屋を合流ポイントにしましょう」
「了解した」
 アルジェは通信を切ると、仲間達を見回しながら言った。
「よし、目的は達せられた、後は帰るだけだ。疾く疾くと駆け抜けよう」
「頼まれてしまいましたものね。裏切るわけにもいかないでしょう」
 アルジェの言葉に、鍋島 鼎(jb0949)が頷く。その隣では、C班に合流し、状況の確認を終えた川澄文歌(jb7507)が、アルバと瑞樹を勇気づけていた。
「大丈夫! ふたりとも、絶対に守って見せるからね」
 仲間達を元気づけるように、笑顔の川澄が軽やかな声で歌い始める。

「マホウ☆ノコトバを唱えよう……きっと大丈夫 一言言えたらまた言えるよ 貴方に伝えたい想いを胸に……」

 川澄の歌声が軽やかな風となって仲間達を包み込むと、アルバと瑞樹の顔から、次第に不安の色が消えていった。
「これでよし、と。アルバちゃん、何かあったら意思疎通で教えてね」
「分かった。……よろしく、お姉さん」
川澄の言葉に頷くアルバの肩を、神谷春樹(jb7335)が叩く。
「アルバ、これを渡しておく。瑞樹も」
 神谷はマーキングを撃ったハンカチを、アルバと瑞樹に渡した。
「万一の時のために大事に持ってて。それがある限り絶対に見つけ出して助け出すから」
 頷く2人。
「よし、時間が惜しい。行こう」
 神谷は瑞樹を背負い、仲間達と共に移動を開始した。


 一方その頃、山頂付近のA班も敵と接触していた。

「きゃはァ、あいつら3匹を叩き潰せばいいのねェ……クヒヒヒ、どんな風に仕留めようかしらァ……♪」
 自分の背丈を遥かに超える弓を手にした黒百合(ja0422)が、待ちきれないといった風情で呟く。その隣では、光信機を持った浪風 悠人(ja3452)が、接触した敵の情報を、C班へと伝えていた。
「こちらA班、悠人。山頂前にて、敵と接触しました。壱号、弐号、肆号です」
 敵はいずれも、武器を構えて臨戦態勢を整えている。
「よし、行こう。壱号はボクが引き受けるぞ」
 スナイパーライフルを担いだ浪風 威鈴(ja8371)が言った。
「壱号の矢はボクが回避射撃で撃ち落とす。その間に皆は弐号と肆号を頼む」
 そんなヴァニタス達の姿を、日下部 司(jb5638)は怪訝そうな顔で眺めていた。
「情報通りだと、陸号以外のヴァニタスは確認したことになるな。だけど……」
 そこまで言って、ふと感じた違和感に、日下部は眉根を寄せた。
(壱号以外の2体に戦闘の痕跡が……ない? どういう事だろう。B班に一体何があったんだ?)
 突如連絡が途絶えたB班からは、未だに連絡がない。その事が日下部には、どうにも気がかりだった。
(罠に掛けられたか、それとも陸号にやられたか……いや、だめだな。今は目の前の敵に集中しないと)
 日下部はかぶりを振って、心中の疑念を振り払った。
「出来るようなら、向こう側の情報が欲しいな。特にB班の情報が欲しいところなんだけど」
「余裕があれば、捕まえて聞き出すのも手かもしれませんね」
 前方の敵を見て、悠人が呟く。
「でも、まずは撃破優先で。……行きましょう、皆さん」
 3人は頷いた。


『A班から連絡。先ほど山頂付近の道路上で、壱号、弐号、肆号の3体と接触したそうだ』
 先頭を走るアルジェが、進路上の障害物を取り除きながら、意思疎通を用いて後続のメンバーに連絡した。
「参号がいない……ということは、彼女もこちらに来ていると考えるべきでしょうね」
 瑞樹を背負った神谷がそれに応じると、最後尾を走る川澄が、鍋島と前を走る仲間達に敵の接近を告げた。
「皆さん、後ろの上空から敵が来ます。陸号です!」
「来ましたか。神谷さん、周囲に他の敵は?」
「いません。陸号だけです」
 テレスコープアイで周囲を確認した神谷が応じると、鍋島はアルバに声をかける。
「……アルバ。一応確認しておきますが、彼女と面識は?」
「……ううん」
「もしかしたらあなたの迎えかもしれませんが、それでも着いてきて貰えますか?」
 鍋島の問いかけを受け、アルバはぽつりと呟くように言った。
「君達は、瑞樹を助けてくれるんだろう?」
「勿論です」
「だったら、君達に着いて行く」
 アルバは即答すると、少し間を置いてから意思疎通を送ってきた。
『僕は瑞樹と約束したんだ。絶対に君を家に返す、って。その邪魔をする奴は、誰であろうと許さない』
 そう答えたアルバの右手は、ショットガンFS4の銃把を握り締めていた。万一の護身用のために、神谷がアルバに渡したものだ。
「……分かりました。あなたを信じましょう」
 鍋島はアルバの言葉に頷くと、前方を走るアルジェに声をかけた。
「アルジェさん。障害物は大丈夫ですか?」
「任せろ。問題ない」
 その言葉通り、アルジェは先頭を走りながら、進行の邪魔になりそうな枝や柴を完全に排除していた。
「この一年、北海道と東北で暮らしながら雪上行軍戦闘も鍛えられた。これくらいなら、余裕だ」
「皆さん、気をつけて下さい。敵が攻撃態勢に入りました」
 背後から川澄の声が聞こえると同時に、一行の背後上空を飛ぶ陸号の指先から、次々と炎の玉が生み出され、撃退士達へと発射された。


 その頃、山頂でも戦いは始まっていた。
 空を舞い、上空から敵の位置を探り出そうとする壱号。そんな壱号目がけて、
(これならどうだ!)
 悠人は、空を舞う壱号にアウルで紡いだ鎖を飛ばした。絡め取った者の飛行能力を奪う、「星の鎖」である。悠人の鎖が壱号を捉え、地面へと引き摺り下ろした。そこへすかさず、黒百合が肆号目がけてストライクショットで攻撃を加える。
「私の一撃は 弾頭は通常にあらず、って奴だわァ…多少痛いでしょうけど頑張って我慢してねェ♪」
 肆号はそれを間一髪で回避すると、後方へと下がった。
『私の影に隠れて下さい。……大丈夫ですか、肆号?』
 弐号は壱号と肆号の前に文字通り盾となって立ちはだかると、意思疎通でそう伝えてきた。
『ああ……敵は私が狙いらしいな。さっきから突き刺さるみたいな殺気を感じる』
 そこへ、大剣を抜いた日下部が襲い掛かった。弐号と背後の2人を混乱させ、後方の射線を確保するのが狙いである。だが彼にはもう1つ、前衛としてやっておきたい事があった。敵側の情報の収集である。
「お前達がディアボロを飛ばしていたのは、アルバという悪魔が理由か?」
 だが、敵からの応答は返ってこない。日下部は構うことなく、さらに言葉を続ける。
「この森に、お前達以外の戦力は……」
 日下部の言葉は途中で途切れた。言い終わる前に肆号が攻撃をしかけてきたからだ。肆号の攻撃を回避しながら、日下部は相手に会話の意思がないことを悟った。
(やはり……こうなるか)
 そうこうしている間も、肆号と弐号は撃退士達の攻撃を集中的に浴び続けていた。
 黒百合の攻撃から肆号をかばおうとする弐号。しかし、日下部のウェポンバッシュで体を弾き飛ばされ、黒百合の矢が肆号の肩に命中した。負傷した肆号の顔が苦痛に歪む。
(まずいな。このままでは、何もできずに一方的に撃退士達の的にされてしまう)
 そう感じた肆号は、壱号と弐号に意思疎通を飛ばした。
『壱号、弐号。まず剣士を先に攻撃しよう。敵が怯んだ隙に、道路脇の林に入る』
『分かったわ』
『了解しました』
 すぐさま壱号の黒い矢と弐号の盾、肆号の電撃が、同時に日下部に襲い掛かる。日下部は、弐号の盾による一撃を回避。威鈴の回避射撃によって矢が弾き飛ばされるも、肆号の一撃を避けきれずに食らった。
「ぐ、さすがに電気は効くな」
 日下部は麻痺をくらい、膝をついた。
『壱号。翼はまだ使えないか?』
『駄目ね。もうしばらくかかりそうだわ』
『分かった。お前は剣士を攻撃しながら下がれ。私と弐号は、飛んでいる奴を落とす』
 先程から、壱号の攻撃は、林の中にいる威鈴の回避射撃に全て撃ち落とされている。何とかして、後方の狙撃手を1人落としておきたかった。
『よし。行くぞ、弐号』
 肆号の言葉に弐号が頷く。

 そして、悠人が眼下の肆号にスマッシュを放った直後、その瞬間は訪れた。ふいに弐号と肆号が空へと舞い上がり、悠人の方角へと突っ込んで来たのだ。肆号の手のひらでは、発射されるのを待ちわびるように、サッカーボール大の白い光球が放電音を発していた。
(まずい……!)
 敵の狙いが自分にあると悟り、回避を試みる悠人。だが次の瞬間、肆号の手から光球が放たれた。悠人の脇で球が炸裂すると同時に、周囲に巨大な電流が放電され、悠人と召喚獣の身を貫く。
(こんなところで……倒れるわけには!)
 悠人は必死に意識を繋ぎ止めると、星の鎖で肆号を地面へと引き摺り下ろした。すかさず、スレイプニルが肆号に襲い掛かる。着地と同時に地面を転がり、召喚獣の攻撃を回避する肆号。肆号を追うように弐号が地面へと降り立ち、スレイプニルを盾で殴りつけた。
 林の中は完全に混戦の様相を呈していた。そんな光景を見た黒百合は、
「きゃはァ……私も混ぜてもらおうかしらァ」
 銀槍ロンゴミニアトを手にすると、林の中へと走っていった。


「空からの攻撃ですか。面倒ですね」
 炎の弾を躱しながら、鍋島は鳳凰を召喚した。木々を震わす鳴き声と共に、炎を纏った鳥が出現する。鳳凰に陸号への攻撃を命じると、鍋島はアルバを庇うように動いた。先頭を走るアルジェもまた、光の翼を広げて空へと飛びあがる。
(まだ、我々とは距離がある……しかし)
 敵の速度が、予想よりも遥かに速い。既に敵は、最後尾の川澄に追いつきつつあった。アルバと瑞樹のところまで追いつかれるのは時間の問題だ。
「あの子達は絶対守りますっ」
 明鏡止水で身を隠した川澄が、陸号に八卦石縛風を放つ。陸号の真下から砂塵が舞い上がり、負のオーラと共に陸号を包み込んだ。
 だが――
「ちっ」
 陸号は舌打ちと同時に、右膝を屈め、宙を蹴って加速する。陸号の体が残像となって消えると同時に、1秒前まで陸号のいた場所が砂嵐に包まれた。
 鍋島のドーマンセーマンによる進路妨害と、鳳凰の攻撃を舞うように回避しながら、瞬く間に神谷の背後へと迫る陸号。それを見たアルジェはインガルフチェーンを装着し、陸号へ襲い掛かった。
「神谷、アルバ、瑞樹。ここはアルが抑える。構わず行け、振り向くな」
 それを見た陸号も、掌から光の球を生み出すと、
(デカい鳥を狙え)
 簡潔な指示を光球に出し、アルジェに狙いを定める。
(あの出で立ちは……天使か。上等だ、お前から叩き落としてやる)
 上空でアルジェと立ち回りを演じながら、陸号は参号へと意思疎通を送った。
『参号。いるか?』
『ああ。今、林の中だ。もうすぐ標的に追いつく』
『分かった。標的とガキは、先頭の撃退士が連れている。追いついたら最初に、連中の進路を塞いで足を止めろ』
『分担はどうする?』
『標的の悪魔は守りが手薄だ、そっちを頼む。人間のガキは私がやる。危ない時は下がれ』
『了解だ。じゃあ……「借りる」ぞ、陸号』
『ああ。急げよ――』
 参号へと意思疎通を送り終える前に、アルジェの一撃が陸号へと襲い掛かった。
 返す刃で、陸号は5つの火球をアルジェに撃ち返す。迫り来る火球を全て回避し、インガルフチェーンで陸号の拘束を試みるアルジェ。打ち払う陸号。その背後では、陸号の光球と鍋島の鳳凰が戦っている。
 アルジェと戦いの火花を散らしながら、陸号は前方を走る神谷達の背中に視線をやった。神谷は、背中に瑞樹を背負いながら、標的のアルバの手を引いて走っている。そんな3人の後ろを守るように、川澄が周囲を警戒しながら走っていた。
『撃退士の足並みが乱れ始めたな。そろそろ仕掛けるぞ、参号』
『分かった。一気に勝負をつけよう』
 陸号と参号が意思疎通でやり取りを交わしたその直後、茂みの中に気配を感じた川澄が、気配の方向に向かって声をかけた。
「この人数相手に一人ってことはないですよね? ほかの人も、でてきたらどうです?」
 それを聞いた陸号の顔に、悪戯じみた笑みが浮かんだ。
『……出て行ってやれ、参号』
『ああ、そうしよう』
 そしてつぎの瞬間、茂みから姿を現し、2人の行く手を塞いだのは――

「えっ……」
(バカな……陸号!?)
 先頭を走る川澄と神谷は、先ほどまで陸号がいた上空に目をやった。だが、陸号は先ほどと同じ場所を飛んでいる。見間違いなどではない。
(陸号がふたり? これは、一体――)
「神谷さん、来ますっ」
 川澄の言葉で我に帰った神谷が前方へと視線を戻すと、地上の陸号の指先から次々と火球が生み出された。その腕には、参号の獲物である鉤爪が装着されている。
(そういう事か)
 恐らく参号は、何らかの能力で陸号に化けたのだ。だが、武器までは変える事は、恐らく出来ないのだろう。
 すぐさま右手の拳銃で参号に狙いを定める神谷。だが、陸号に化けた姿を見たことで生じた一瞬の隙を、参号と陸号は見逃さなかった。参号の火球の直撃をくらい、川澄が吹き飛ぶ。直後、神谷の前に立ちはだかる参号に、すかさず神谷が発砲して応戦する。手にした鉤爪でそれを弾く参号。
「今だ、陸号!」
 参号は真上を飛ぶ陸号に声をかけた。
 その合図と同時に、陸号は鍋島の八卦石縛風とアルジェの攻撃を振り切り、流れるような動きで瞬時に神谷の背後を取ると、瑞樹の首筋に手刀を当てて気絶させ、神谷の背中から引き剥がした。
 目的を達し、陸号が空へと飛び上がろうとしたその時、
「瑞樹から離れろ!」
 アルバが陸号に狙いを定め、銃のトリガを引いた。だが、銃弾は狙いを反れ、陸号の隣にいた参号の体に命中。
「このガキ!」
 被弾と同時に変身の解けた参号が、アルバめがけて蹴りを放った。成す術なく参号の蹴りを鳩尾に受け、意識を失い崩れ落ちたアルバを抱え、参号は陸号と一緒に空へと飛び上がった。

「アルバちゃん! 瑞樹ちゃん!」
 川澄の悲鳴が、森の中にこだました。


 同時刻、山頂のゲート内にて。
『親父。標的とガキを捕らえた。帰還する』
『よし、よくやった。すぐに戻って来い』
 顔に喜色を浮かべ、配下のヴァニタス達に帰還の命令を出そうとしたその時、ふいにグロッソの表情が曇った。
 ゲート内の装置が、領域内に侵入者がいる事を告げたからだ。
「北西の方角から侵入者あり……それも3匹だと?」


 一方、山頂付近では――

 悠人の銃撃と黒百合のロンゴミニアトによる波状攻撃を食らい、肆号の動きには次第に焦りが見え始めた。そこへ、さらに畳み掛けるように、威鈴の精密殺撃が襲い掛かる。
 肆号は上体を反らして紙一重で威鈴の攻撃を回避すると、返す刃で放電球を放った。放電球の一撃が黒百合と威鈴に命中したのを確かめると、肆号は背中を守る弐号に意思疎通を送る。
『弐号、一旦下がろう。これ以上ダメージを食らうのはまずい』
 日下部の攻撃を盾で受け流しながら、弐号は頷いた。
『分かりました』
『では、あの狙撃手だけは落としておきましょう』
 黒い矢が黒百合に命中したのを確認すると、壱号は前に出た。
(飛行能力を奪う鎖……あれは危険だわ)
 空を飛べなければ、自分達のアドバンテージは大きく損なわれる。悠人の星の鎖を受けた壱号は、その恐ろしさを身に染みて感じていた。
(敵の攻撃が肆号に集中している今のうちに、弱った空の敵を落とすべきだわ)
 敵を眠りに誘う青い矢を番え、悠人に狙いを定める壱号。だが、そんな彼女を見る悠人の顔には、笑みが浮かんでいた。
「……やっと来たか」
 悠人の腕に、壱号の青い矢が突き刺さった。悠人は遠ざかる意識を必死につなぎとめると、銃のトリガを引いて最後のスマッシュを壱号めがけて放つ。
「決めたんだ。人も、故郷も守ってみせるって――!」
 悠人の思いを込めたスマッシュが命中し、壱号の体勢が崩れた。そこへすかさず、武器を持ち替えた威鈴のストライクショットが壱号の背後から襲い掛かる。
「悠人を傷つける奴は、許さないぞ」
 壱号は反撃を試みるも、威鈴の地形把握による死角からの攻撃に対応する事が出来ない。悠人は、すでに後方へと下がった後だ。自らの軽率な行動で窮地に陥った事を、壱号は悔いた。
 その時、壱号に、弐号の意思疎通が飛んできた。
『壱号、肆号。お父様から連絡が入りました。陸号と参号が目標を達成、直ちにゲートに帰還せよとの事です』
 日下部のウェポンバッシュをさばきながら、撤退の準備に入る弐号。
『分かったわ』
『了解だ』
 壱号と肆号も意思疎通で同意を返し、撤退の態勢に入る。だが、そこへ――
「あらァ?」
 その時、ふいに壱号の背後から少女の声が聞こえた。
「まさか、もう帰っちゃう気かしらァ? これからが本番じゃないのォ」
 黒百合は目にもとまらぬ速さで壱号の背中に纏わりつくと、壱号の腕に爪をつきたてた。
「誰にしようか迷ったけどォ……あなたに決めたわァ」
 黒百合はそう言って、壱号の首筋に噛み付くと、音を立てながら血をすすり始めた。
「ぐっ……うう……」
「壱号!」
 黒百合は反撃を警戒し、すぐさま壱号の背から離れると、口元を拭いながら妖艶な笑みを壱号に投げかける。
「クヒヒヒ、乙女の生血は美味しいわねェ……ねェ、今度時間がある時で構わないから、もっともっと喰わせてもらえないかしらァ……気持ちいいわよォ……♪」
 背中を向けて逃げる壱号に向かって、からかうような、誘うような声を送る黒百合。壱号は背後の黒百合を振り返ると、敵意と羞恥の混ざった視線でそれに応えた。
 そんな彼女に、弐号と肆号から意思疎通が飛んでくる。
『急いで下さい。今、お父様から緊急の通信が入りました。領域内に、正体不明の侵入者が入り込んだそうです。すぐに戻らなければ』
『おい、急げ壱号! もう時間がない!』
『わ、分かっているわ……』
 翼を広げて空へと飛び上がる3体のヴァニタス。しかし――
「そう何度も逃げられると思わないで欲しいな!」
 悠人の放った星の鎖が壱号の足に絡みつき、壱号を地面へと引き摺り下ろした。
 すかさず銃を構え、召喚獣に追撃の指示を出そうとした悠人へ、前方の日下部が声をかける。
「待って下さい。浪風さん、壱号の様子が変です」
 日下部の言葉どおり、壱号は逃げるでもなく抵抗するでもなく、夢遊病者のように道路の上をフラフラと、おぼつかない足取りで歩いていた。
「本当……何だか……おかしい……ね……」
 訝し気な表情を浮かべる3人の横で、黒百合だけは怪しげな笑みを浮かべていた。
(あらァ。ひょっとして、吸血幻想が効いたのかしらねェ)
 黒百合は、日下部に声をかけた。
「とりあえず、縛っちゃいましょうかァ。今なら、いろいろ聞けると思うわよォ?」

「ま、待って、ふたりとも待ちなひゃい……」
 遠ざかってゆく弐号と肆号の背中に呂律の回らない言葉をかける壱号。だが、そんな彼女を助ける余裕がないと判断したのか、弐号からは無情な返事が意思疎通で返ってきた。
『ごめんなさい、壱号。父様から、すぐに戻れとの命令です』
 手にした弓を取り落とし、足をもつれさせて転倒する壱号。すかさずその周囲を、撃退士達が取り囲んだ。

 数分後、壱号は撃退士達の足元で、手足を縛られ転がっていた。日下部は壱号を起こすと、先ほどと同じ問いかけを壱号に向かって投げかけた。
「お前に聞きたいことがある、答えてもらおう。お前達の狙いは、アルバという悪魔か?」
 無言で日下部から顔を背ける壱号。
「どうなのかしらァ?」
 壱号の耳元で黒百合が囁く。壱号は顔を背けたまま、小さな声で呟いた。
「……知らないわ」
「あらァ? まだ抵抗する気力があるなんて驚きねェ」
 壱号の声から、微かな抵抗の色を聞き取った黒百合は、
「毒矢のお返しにィ、もう一回いこうかしらァ」
 そう言って、壱号の首筋に食らいついた。黒百合のスキル「吸血幻想」では、変化した黒百合の牙から生まれる快楽物質が投与されると言われている。真偽の程は定かではないが、黒百合に牙を突き立てられた壱号の顔色は、苦悶から恍惚へと変わっていった。
「あっ……あああ……はふぅ……」
「もう一度聞くわァ。あなた達の狙いは、アルバって悪魔なのかしらァ?」
 首筋から顔を離して口を拭うと、黒百合は再び壱号に問いかけた。
「し……知らない……わ……ああっ……」
 虚ろな目で壱号が答える。
「……本当に知らないんじゃ?」
「クヒヒ、甘いわねェ」
 訝しむような視線を送る日下部に黒百合はかぶりを振ると、壱号の首筋をペロリと舐めた。
「この味は嘘をついている味……って奴よォ。間違いなく何か知ってるわァ」
 そう言って、再び黒百合は壱号の首筋に顔を埋めた。
「あなた達の狙いはァ、アルバよねェ?」
「そ、そんな子……知らな……」
 2人の会話を聞いて、日下部は壱号の言葉を強い口調で遮った。
「『そんな子』だって? どうしてアルバが子供だと知っているんだ!」
「語るに落ちる、って奴ねェ。……もう一度だけ聞くわァ。あなた達の狙いは、アルバなのねェ?」
 壱号はがっくりと項垂れると、少し間を置いて力なく首肯した。
「なら、どうしてお前達はここに?」
「標的を捕まえるまで……撃退士を足止めしろと、お父様から……」
「それにしては随分あっさり引き下がったわねェ? 嘘だったら承知しないわよォ?」
「ほ……本当よ。『標的は捕らえたから、戻って来い』と言われて……」
 日下部と黒百合の顔色が変わった。


「アルバちゃん! 瑞樹ちゃん!」
 悲鳴をあげながらも、川澄の頭の中は冷静だった。とっさに発煙手榴弾を手に取ると、
(こうなったら……最後の手段ですっ)
 陸号と参号の足元めがけて投擲する川澄。
「皆。目を閉じてっ」
 手榴弾の破裂音と共に、ヴァニタス達の周囲が白煙に包まれる。
(目くらましか? バカめ)
 陸号は難なく煙の中から脱出すると、参号に意思疎通を送った。
『目的は達した。帰るぞ、参号』
 だが、参号からの返事はない。
『参号? どうし――』
 不審に思い、参号のいる方角を振り返る陸号。彼女がそこで見たのは……
「アルバちゃんを……離しなさいっ」
 アルバを抱えて宙を舞う参号と――その足に必死で縋りつく川澄の姿であった。川澄は、煙幕によってヴァニタス2人の連携が崩れる一瞬の隙をつき、参号に抱きついて森の中に引き摺り下ろそうと考えたのである。
 マホウ☆ノコトバの加護による全力跳躍によって、辛うじて川澄の手は参号に届いた。変身が解け、再び左腕を失った体へと戻った参号は、川澄に反撃する事ができずにいる。
「こ、こいつ……離せ!」
「離しませんっ! アルバちゃん、起きて!」
 気絶したアルバに必死に声をかける川澄。だが、アルバは目を覚ます気配はない。そうこうするうち、川澄に掴まれた参号の体が次第に傾き、真下の森へと落下し始めた。
「神谷さん。瑞樹とアルジェさんをお願いします。アルバと川澄さんは私が」
「分かりました」
 鍋島の言葉に頷き、銃を構える神谷。その時、神谷のテレスコープアイが、自分達のいる方角に向かって来る4つの人影を捉えた。その先頭を走っているのは……
「……堺さん」
 D班の到着まで、あと少し。

(あのバカ……!)
 陸号は内心で舌打ちした。参号の助けに入ろうとするも、逃さぬとばかりに、陸号めがけてアルジェが襲いかかってきた。それを見た陸号は、左手に火球を生成して迎撃する。だが、アルジェにひるむ様子は全くない。
(多少の被弾など覚悟の上だ。お前らに瑞樹を渡すわけにはいかない!)
 アルジェのタロットカードが戦車を模した弾へと変わり、陸号へと突進する。それを見た陸号が回避を試みようと、宙を蹴ろうとしたまさにその時――
「逃がすか!」
 神谷のロングレンジショットが、陸号の足に命中した。被弾の衝撃で体勢を崩す陸号の体に、アルジェの戦車が衝突する。直撃をくらい、きりもみ回転しながら宙を舞う陸号。その時、瑞樹を抱える陸号の脇がふいに緩んだ。
「!!!」
 陸号の手から、瑞樹が滑り落ちた。

「瑞樹!」
 全力移動で落下する瑞樹へと手を伸ばし、辛くも瑞樹の救出に成功するアルジェ。しかし――
「落ちろ、天使ィィィィ!」
 無防備にさらけ出されたアルジェの背後から、戦斧を構えた陸号が襲いかかった。アルジェと神谷の一撃を受けたにもかかわらず、陸号は殆どダメージを負った様子がない。
「落ちるのはお前だ、陸号!」
 地上から、神谷がロングレンジショットを放つも、陸号はそれを回避。アルジェの間合いへと入り込むと、戦斧を高々と振り上げる。だが、そこへ――
「アルジェさんっ」
「この子を忘れてもらっては困りますね、陸号」
 地上から放たれた川澄の乾坤網がアルジェの体を包み込むと同時に、鍋島の鳳凰が陸号目がけて体当たりを食らわせた。衝突の衝撃で、振り下ろされた陸号の戦斧の軌跡が反れる。
「ぐっ……!」
 辛うじて直撃は免れるも、陸号の一撃をアルジェは避け切れなかった。乾坤網によるアウルの保護を受けてもなお、一撃の勢いを殺しきるには至らず、アルジェは真下の林へと叩き落とされた。
(せめて……せめて瑞樹だけでも!)
 そう思い、瑞樹をしっかりと抱きしめるアルジェ。その時、彼女の落下する視界の先、林の木々の間に、鍋島の乾坤網が張り巡らされた。
「大丈夫です。そのまま網に突っ込んでください」
「すまない……助かる」
 鍋島の張ったアウルの網がアルジェを優しく包み込み、2人は無事に地面へと降り立った。

(まさか……失敗するだなんて!)
 上空でその光景を憎々しげに眺めていた陸号は、再び右手に火球を生成すると、眼下の撃退士目がけて発射しようとしたその時、
「そこまでよ!」
 女性の鋭い声と共に、地上から陸号に一斉射撃が浴びせられた。堺らD班のメンバーが到着したのだ。
「堺さん!」
「ごめんなさい、遅くなって。発煙弾の煙が見えたから、まさかと思って来てみて正解だったわ」
「ありがとうございます。……さあ、どうする陸号! まだやるか!」
 神谷の言葉に、陸号は怒気を孕んだ一瞥で応じると、山頂へと飛び去っていった。

 程なくして、周囲の安全の確認を終えると、鍋島はアルジェに報告を行った。
「瑞樹もアルバも、命に別状はありません。軽い打撲とかすり傷で済んだそうです」
「何よりだ。そういえば参号は?」
「ああ、彼女なら……」
 鍋島が視線を送った先には、D班のメンバーに拘束された参号の姿があった。
「詰所に連行して、その後撃退署に引き渡すと言っていました」
「分かった。ではA班に連絡を入れよう」
 アルジェはそう言って、光信機を手に取った。


 一方その頃。
 山頂では、黒百合と日下部の壱号に対する質問攻めが続いていた。
「お前達の中で、山の北西で撃退士と戦った奴はいるか?」
「……いないわ」
 壱号の答えを聞いて、日下部は再び壱号に強めの口調で問いかける。
「北西に向かった僕達の仲間の連絡が、先ほどから途絶えている。お前達じゃなければ、誰がやったって言うんだ」
「し……知らないわ。私達じゃない……本当よ……」
 その後も2人は追及を続けたが、壱号の口からは「知らない」という答えが返ってくるだけだった。
「……本当に知らないみたいねェ」
(彼らはB班の存在そのものを知らない。ということは、つまり……)
 任務遂行の際に予想外の事態が発生した時、最悪の状況を想定して行動するのは撃退士の基本である。当然、壱号の言葉を聞いた日下部も最悪の状況を想定した。すなわち――
(小川さん達は、おそらくもう死んでいて……今この山には、僕達の知らない第3の勢力がいるという事だ。それもB班に連絡や撤退の時間すら与えず、皆殺しに出来る程の力を持った勢力が……!)
 自分の予想が外れている事を心のどこかで願いながら、日下部は更に質問を続けた。
「この森で最近、僕達以外の戦力を確認したことは?」
「い……いいえ。でも……」
「でも? 何だ?」
「さっきお父様から……『領域に侵入者がいる』という意思疎通を最後に……ゲートからの連絡が……」
 2人は顔を見合わせた。
「それはいつだ?」
「さっき……本当に、ついさっきよ」
「きゃはァ……面白くなってきたわねェ……」
 黒百合の顔に、凄絶な笑みが浮かんだ。どうやら考えている事は、日下部と同じだったらしい。

 数分後、C班から連絡を受けた悠人が、アルバと瑞樹の奪還成功と、D班への引渡しを無事に終えた事を告げた。
「よかった。……それなら今は深追いせず、回復しながら仲間の合流を待たないか? こっちもそこそこ被害が出たし」
 その報告を受けて、負傷者の回復を提案する日下部。その言葉に、黒百合も頷く。
「そうねェ。今の状態でゲートに攻め込むのはちょっと不安が残るかもねェ」
「絶対……確実に……仕留めたい……よね……」
「分かりました。C班とD班にはそう連絡しておきます」
 仲間達の意見に頷き、光信機を操作する悠人。そんな4人の背後では、強い不安の色を浮かべる者がいた。A班に拘束された壱号である。

 ヴァニタスである壱号は、主であるグロッソとは魂を供給するラインで繋がっている。故に彼女には、グロッソの生死や心身の状態をリアルタイムで把握する事が可能なのだ。
 壱号の不安の理由はただひとつ。そのラインを隔てて伝わってくるグロッソの感情が、先ほどから異常を来たしていたからだった。動揺、狼狽、恐怖……いずれも、今まで壱号が感じた事のないほど強いものだ。それは、グロッソの身に何か恐ろしい事態が起こっている事を壱号に教えるには十分なものだった。
(お父様……みんな……)
 グロッソと仲間達の身を案じながら、壱号はひとり、恐怖に震えていた。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
白銀のそよ風・
浪風 威鈴(ja8371)

卒業 女 ナイトウォーカー
焔生み出すもの・
鍋島 鼎(jb0949)

大学部2年201組 女 陰陽師
その愛は確かなもの・
アルジェ(jb3603)

高等部2年1組 女 ルインズブレイド
この命、仲間達のために・
日下部 司(jb5638)

大学部3年259組 男 ルインズブレイド
揺れぬ覚悟・
神谷春樹(jb7335)

大学部3年1組 男 インフィルトレイター
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師