.


マスター:Barracuda
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/04/19


みんなの思い出



オープニング


 つくば上空に浮かぶエンハンブレの一室で、ケッツァーの協力者である悪魔チャールストンは言葉を失っていた。
 彼とザンスカルを擁する直属の上官の命令が、あまりに唐突だったからだ。
「……失礼ですが、それは命令ですか? 少将グリマルディ」
「そう取ってくれて構わない」
 部屋に設けられた魔界との通信用ディスプレイの向こう側で、金髪碧眼の青年が穏やかに微笑む。三日月の文様が刺繍された灰色のネクタイに漆黒のスーツというその姿は、どこかの実業家と言った方が通用しそうな出で立ちだ。
「僕の部下は、全員速やかに人間界から撤収させる。当然、君とザンスカルもね」
「理由を伺っても?」
「天界との不戦協定の破綻。撃退士の祭器開発による大幅な戦力増強。明かせる範囲で言えば、このくらいかな。人間界は狩場として不可逆的なリスクが増えすぎた。戦力の投資をこれ以上続けても、いたずらに損失を増やすだけだ」
 今はまだ冥魔が優勢といえる状態を保っているが、今後も学園が祭器の開発を進め、天界との敵対関係が続けば、こちらの損失はじわじわと拡大していくだろう。
 戦争というのは往々にして、趨勢が決まってから動いても遅いものだ。だからこそ今のうちに、人間界からは完全に手を引く……グリマルディの方針を簡潔に言えば、そういうことだった。
「しかし、よろしいのですか? これからという時に我々だけが撤退など……」
「上のお歴々には迷惑料を支払っておいた。ベリアル様が強欲とは無縁のお方でずいぶん助かったよ」
「承知致しました。そのような事情ならば、仕方ありません」
 もはやどう抗おうとも、上の決定が覆らない事をチャールストンは悟った。これ以上渋っては、目の前の上官だけでなく、ベリアルの面子さえも潰す事になる。
「チャールストン、部下たちが撤退を完了するまで、人間界での指揮を君に任せたい。僕はまだ、魔界に何人か、交渉が必要な連中がいてね。そっちに行く余裕はなさそうだ」
「承知いたしました。謹んでお受けいたします」
「それともう一つ。これは上官ではない、僕個人の頼みなんだが」
「あなたとは長い付き合いだ。伺いましょう」
 何も聞かずに承諾するチャールストンに、グリマルディは小さく頷いて感謝の意を示した。
「助かるよ。実は、ザンスカルのことなんだが――」


「『最高潮の時にお暇するのが一番なのさ。戦いも踊りもね』……か」
 都心から少し離れた市街地。
 通りに面した喫茶店のテラスで、ザンスカルは缶コーヒーを片手に溜息をついた。
『ほう。少将の受け売りか?』
 テーブルに置いたスマホの向こうから、チャールストンの声が返ってきた。
「ううん。あいつが私を捨てたときに言ったセリフ」
「ブブブブ」
「いやああああ!」
『それは悪い事を聞いてしまったな』
「別にいいよ。昔のことだし」
「助けてくれえ!」
「ブブブブブ!」
『どうやら、送ったディアボロの方も問題なさそうだな』
 先程から街の往来では、巨大な黒蝿を頭に乗せた市民たちが、口々に悲鳴をあげて走り回っていた。
 黒蝿の正体は下級天魔――取りついた人間の体を乗っ取り、意のままに操るディアボロである。
「可愛い子たちだよね。わたしはクロハエーちゃんて呼んでるの。それで用件ってなに?」
『使いの書簡は受け取ったか?』
「三日月のエンブレムと、グリマルディの指令書のこと?」
『届いたならばいい。そこに書いてある通り、付近で行動中のヒエマリスと合流し、エンハンブレに戻ってこい』
「えー。わたしヒエちゃん苦手。ていうかあの子、まだあの体のままなの?」
『ああ。今頃は、例の物を得ようと必死だろう。魔界に戻ってしまえば、大人の体を手に入れるチャンスなど、どれだけ先になるか分からんからな』
「しょーがないなー。ぐずったら簀巻きにして撃退士に突き出してもいい?」
『駄目だ。帰還するまではお前の指示に従うよう伝えてある、我慢しろ』
「ちぇっ」
『それと、制御装置の具合はどうだ』
「まずまずだね。『そこのきみ、踊りながら走れ』!」
「ブブブブブー!」
「うわあああ! 助け……むががが」
 三日月のエンブレムを手に、ザンスカルが傍のディアボロを指差すと、市民のひとりが店先のストローを鼻に刺し、舞を踊りながら走り去った。
「ウエヘヒヒー! ドジョウすくいとか、なかなか渋いセンスだねえ」
『……続けていいか』
「あっ、ごめん。まだ何かあるの?」
 目尻の涙をぬぐうザンスカルに、チャールストンは淡々と要件を伝えた。
『今回の撤収にあたり、少将は我々にも幾ばくかの慰労手当を下さるそうだ』
「配下を慰労? 相変わらずだねえ。わたしなんかより、よっぽど変人の物好きだよ。チャールストンは貰ったの?」
『半分ほどな。俺は研究開発の経費さえ下りれば十分だ』
「負けず劣らず変人だねえ、きみも。ところでわたしの分は? いくらか魂でもくれるわけ?」
『いや。その制御装置が、お前への慰労手当だそうだ』
 それを聞いて、ふいにザンスカルの目が明るくなった。
「ふうん……ねえ、チャールストン」
『何だ』
「グリマルディは本当にそう言ったんだね? この装置を私にくれるって」
『ああ。彼はそう言っていた』
「ということは、クロハエーちゃんは一匹残らず、私が自由にしていいってことだよね?」
『無論だ』
「当然、操ってる人間も、私が好きにしていいんだよね?」
『そうなるな』
「ウエヘ! よーく分かったよ。それとさ、最後にわたしから質問ね」
『何だ?』
「きみ、わたしに何か隠してない?」
『愚問だな。お前に話せないことなど、多すぎて数え切れん』
「グリマルディから何か頼まれなかった? わたしのことで」
『……勘繰りすぎだ』
 それだけ言うと、チャールストンは一方的に通信を切った。

「ウエヘ! どうして男って、こう分かりやすいのかな?」
 子供のような笑みを浮かべてコーヒーを飲み干すと、ザンスカルは席を立った。
 撃退士たちとの踊り、その最後の舞台を整えるために。


 突如飛来したディアボロによって市民が操られ、街が大混乱に陥っている。至急応援を請う……そんな一報が学園に入ったのは、数十分ほど前のことだ。事態を重く見た学園は、すぐさま撃退士の派遣を決定。あなたは派遣部隊のひとりとして、撃退署の手配した車両で現地に向かっていた。

 もう間もなく到着するという連絡を運転手の署員から受けた直後、上空から飛来した矢が車を貫いた。
 負傷した署員がハンドルを誤り、派手なスキール音と共に車両が道路脇のビルに激突、横転する。
「やあこんにちは、撃退士のみんな」
 車から脱出したあなたたちを上空から見下ろすのは、蝶の翅を広げ、黒いドレスに身を包んだ黒髪の女性。
 ケッツァーとの繋がりを疑われ、学園からマークされていた、女悪魔ザンスカルだ。これまでの装いとは違い、ドレスの右腕には、銀色の三日月のエンブレムが見える。
「ちょっとだけ付き合ってよ。少ししたらお暇するから! ウエヘヒヒー!」
 横転した車両の後方で、玉を突いて停車した車両から、次々と武器を手に飛び出てくる撃退署の署員たち。

 道路の周りでは、黒蠅のディアボロに取り付かれ、体を操られた者達の姿があちこちに見える。
 彼らを戦闘に巻き込む事は、極力避けねばならない。
 あなたは撃退署の署員を下がらせ、ディアボロへの対応を要請すると、仲間とともにザンスカルと向き合った。

 戦いの幕開けである。


リプレイ本文


 関東郊外、白昼の市街地。
 踊りを誘う女悪魔ザンスカルに、8人の撃退士が向かい合う。

「……まるで、自分の力を試すかの様な言い方ですね」
 ソムニウムD99を構え、上空のザンスカルに目を細める雫(ja1894)。
 その言葉に、大槍シュトレンを握りしめた龍崎海(ja0565)が頷く。
「この規模なら悪魔そのものがいると思っていたから、そっちから出てきてくれて探す手間が省けたよ」
「彼女がザンスカルか。かつては『恒久の聖女』にも所属していたと聞くが……」
 ファーフナー(jb7826)が、阻霊符を展開。羽織ったコートをひるがえし、魔槍ゲイ・ボルグを構える。
「久し振りだね、今日も一緒に踊ってくれるかな?」
 佐藤 としお(ja2489)が伊達眼鏡を天高く放り投げ、光纏。黄金の龍が浮かび上がり、としおの体を包んで吼える。
「きゃはァ、踊りましょう、歌いましょうォ、これは楽しい舞踏会だわァ♪」
 黒百合(ja0422)が漆黒の大鎌デビルブリンガーを軽々と振るい、道端の障害物を排除した。
「今日のダンスは街中か。OK、イイ女の誘いだ、付き合おう。今日も楽しく踊ろうぜ」
「また、会いに来たよ……! 賭けとかじゃなくて、ちゃんと最後まで遊びにきたのっ!」
 久しぶりに相見えた旧敵に、ミハイル・エッカート(jb0544)と若松 匁(jb7995)は、どこか懐かし気な表情を滲ませる。
「ん〜…ザンスカルって…テンション…外奪のおにーさんに…似てる…気が…する…」
 誰にも聞こえないほど小さな声で、髑髏を抱えたベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)がぽつりと呟いた。

「さあ皆さん! 楽しいダンスの始まり始まり!」
 ザンスカルのイヤリングが光り、その左手に弓が現れる。反対の右手には、黒く長いアウルの矢。
 羽を広げて上空へと昇るザンスカルに、撃退士は武器を手に駆け出した。


 翼を広げたベアトリーチェとファーフナーが、黒百合が、EOHを発動した匁が、次々と飛び立ってゆく。
 一方、飛行能力を持たないミハイル、としお、雫は、飛び道具を手に物陰から機会を伺った。
「出会い頭での貴方の台詞……此処で私達と決着を付ける算段は無いと見ましたが?」
「ウエヘ! まずは軽くウォーミングアップってやつかな? 決着はその後!」
 鋭い声で問う雫に、ザンスカルが笑って言い返す。
「なら、一勝負と行きませんか? 私達が貴方のスキルを破れるか破れないかを!」
 言い終えるや、雫が<忍法・髪芝居>を発動。幻影となった髪がするすると伸びる。
 幻影がビルの壁を這いあがり、瞬く間にザンスカルの体に絡みついていった。
「面白い技だね。だったらこんなのどう? ウエヘ!」
 一方ザンスカルは、髪の束縛をものともせず、虹色の鱗粉をまき散らし始めた。
 開幕からの喋々叭止である。
「これは……ドア閉まります? ドア閉まります!」
「気をつけて、雫さん! いろはにほへと、ちりぬるを!」
 雫ととしおが鱗粉を吸い込み、言葉が支離滅裂なものへと変わる。
 それを見た海が、眼下のミハイルを振り返った。
「あれが喋々叭止ですか?」
「ああ。どうやら何人か食らったようだな」
 すでに上空では、猛烈な撃ち合いが始まっていた。
 幻惑蟲を駆使した黒百合の一撃を、匁の封魔のルーンを、ファーフナーの予測攻撃を、ベアトリーチェの援護射撃を、上下左右から襲い来る攻撃を、驚異的な動作で次々と回避するザンスカル。
 そこへ更なる追撃。雫が発射した星の鎖が、とぐろを巻いてザンスカルの足首に絡みつく。
「ドア閉まります! ……観念しなさい!」
「ウエヘ! ざーんねん!」
 絡みついた星の鎖が、白い霧となって蒸発。引き下ろしに失敗し、雫が歯噛みする。
「奴め、相変わらずのようだな。それでこそ踊り甲斐があるってもんだぜ。――龍崎!」
 ミハイルがニヤリと笑い、海にハンドサインを送った。
 意味は、そう――
『勝負に出る。ヤバイときは援護頼むぜ』
 ミハイルはそれだけ告げると、ザンスカルに駆け寄った。
「よう、ザンスカル。以前、俺が隠し技を見たかったと言ったとき、命と引き換えと応えたよな?」
 不敵な笑みで好敵手を見上げるミハイルに、ザンスカルはぱあっと顔を輝かせる。
「あっ、ミハイルさん! もう一個飴玉欲しくなった? ウエヘ!」
「いや、今日は俺からプレゼントだぜ。こいつをな!」
 ワンアクションでミハイルが発砲。PDW SQ17の銃口から放たれた一条の閃光がザンスカルの胸に突き刺さる。
 正のカオスレートが乗った一撃、スターショット『SS』だ。並のディアボロならば、撃墜は免れない。
 だが――当然のように、ザンスカルは無傷。
「あれ? もしかして本気なわけ?」
「勿論だ。お前も本気で来ていいんだぜ?」
 頭上のザンスカルをミハイルは手招きで挑発。
 すると『SS』の光がドレスに吸い込まれるように消え、ザンスカルの輪郭がぼんやりと発光し始めた。
「ウエヘヒヒー! なら、まずはこれを凌いでからだね!」
「くっ!」
 ザンスカルの指先に輪郭の光が収束し、白い矢となってミハイルの体を貫いた。
(幸先いいぜ……! お前のスキル、暴いてやる!)
 ミハイルは内心で小さくガッツポーズ。この攻撃は未知のスキルに間違いない。
 撃退士の目的は「ザンスカルの手札を暴くこと」。ミハイルは今、一枚目のカードを覗き込んでいるのだ。
(いつでも来い。その威力、俺が測ってやろうじゃないか)

 スキル「蝶々腐塵(ちょうちょうふじん)」。ザンスカルの切札のひとつだ。
 ミハイルはこのスキルを、ダメージ反射系――カオスレートの乗った攻撃を叩き返すスキルと想定していた。
 故に起死回生を駆使し、龍崎に援護を頼めば、すぐ戦線に復帰できると彼は考えたのだ。

 これは致命的な判断ミスだった。
 ミハイルの予想は、実は半分しか当たっていない。
 的中したのは「カオスレート攻撃の対抗スキル」まで。その先を彼は外してしまったのだ。

(よし。起死回生、発動!)
 襲い来るであろうダメージに備え、神経を集中するミハイル。だが――
(発、動……?)
「ぷっ。あはははは! ウエヘヒヒヒー!」
 起死回生は発動せず。それどころか、ミハイルは傷ひとつ負っていない。
 緊張に強張るミハイルの顔を指差し、腹を抱えるザンスカル。これにはミハイルも憤りを覚えた。
「おいザンスカル。これのどこが」
 どこが隠し技なんだ。そうミハイルが言おうとしたときだった。
「えい♪」
「ぐ……っ!?」
 ザンスカルの矢が風を切って飛び、ミハイルの腹に突き刺さる。
 起死回生、発動。
「ミハイルさん、しっかり!」
「ウエヘヒヒー! 効いてるねえ、ミハイルさん! えいえい♪」
 道路に降り立った海がミハイルに駆け寄り、ライトヒールで傷を回復。
 ザンスカルは攻撃の手を緩めず、上空から弓を引き絞って矢を放つ。
 ミハイルはこれを、腕をクロスしてガード。矢が腕に突き刺さった。
「ぐおぉっ!?」
 雷に打たれたような衝撃が走り、ミハイルの口から漏れた血がアスファルトに飛び散る。
 一撃で生命力をもぎ取られ、吹き飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止めるミハイル。
 彼はこのとき、身に着けた魔具と魔装が信じられないほど重くなっていることに気付いた。
(まさか……まさかあのスキル、装備コストを……!?)
 一方ザンスカルは、撃退士の攻撃を踊るようにして避けながら、みたび弓に手をかける。
 狙いは無論、ミハイルだ。弓弦の音から少し遅れて、矢が二本三本と襲いかかる。
「ウエヘ! いいねえ、ミハイルさん。その顔、もっと眺めていたいな!」
「おっと。そうはさせないよ!」
 即座にとしおが射線に割り込み、援護射撃で矢を撃ち落とす。
 しかし、落とし損ねた1本がミハイルの肩を貫通した。
「ミハイルさん!」
(ザンスカル、お前はいったいどこまで……)
 ミハイルは理解した。ザンスカルの切札が、ダメージ反射などという可愛らしいものではなかったことを。
 「命と引き換え」というザンスカルの言葉が、誇張などではなかったことを。
 もはや起死回生は使えない。このまま攻撃を受け続ければ、冗談ではなく自分は死ぬ。
「龍崎さん! ミハイルさんを早く――」
 やけに遠くから聞こえる雫の声を最後に、ミハイルの意識は途切れた。


「うそ、ミハイルさんが!?」
「きゃはァ……倒れたですってェ……?」
 上空で撃ち合いを演じる撃退士の目にも、地上の光景ははっきりと見えた。
 ミハイルは作戦に欠かせない存在のひとり。その彼が初端から抜けてしまったのだ。
 さらに雫と海も、傷ついたミハイルを助けるために後退し、戦いに手が回らない状態である。
(まずいな。ここで味方が抜けるのは痛恨事だぞ)
 ファーフナーの額に、ひとすじの冷や汗が伝う。
 敵は四方向からの同時攻撃すら楽々と回避し続ける悪魔なのだ。漫然と仕掛けて追い込める相手ではない。
「5対1…少し…厳しい…デスネー…」
「ざーんねん。今から5対4になるよ! ウエヘ!」
 ベアトリーチェの呟きに、胸を張って返すザンスカル。
 すると、どこからともなく、彼女の周りを3羽の蝶が舞い始めた。
「蜂蝶随光……!」
 蝶の群れを見た匁の顔色が蒼白へと転じる。
 かつて刑務所での戦いで目にしてから、あの蝶の恐ろしさは身に沁みていた。
 自爆に巻き込まれれば、バッドステータスの雨アラレ。下手をすれば、石化して地面にまっ逆さまだ。
 緊迫した空気のなか、3羽の蝶がひらひらと舞いながら、撃退士を取り囲もうとした、その時――
 蝶の1羽が、としおの銃撃を受けて砕け散った。
「蝶は僕に任せてください! 皆さんはザンスカルを!」
「ウエヘ! としおくん、邪魔する気? なら足止めさせてもらうね!」
 次なる蝶に狙いを定めたとしお目がけて、ザンスカルが矢を発射。としおの足に矢が突き刺さる。
「ぐ……っ!」
「きみはちょっと厄介だからね、少し大人しくしててもらうよ! ウエヘヒヒー!」
 膝をついたとしおの頭上から、さらにザンスカルが二の矢を番える。
「そうはさせないよ、ザンちゃん!」
 そこへ割って入ったのは、自信満々の表情で胸を張る匁。
 それを見たザンスカルが、興味津々で見つめてくる。
「おや? なにする気なの、匁ちゃん?」
「ふっふーん、当ててみなさい!」
「背後から抱き着く!」
「惜しい! 違いまーす!」
 欠けた蝶を補充しながら、にっこりと笑うザンスカル。
 匁はかぶりを振って、宙に「飛」の字を描いた。
 召還顕現・飛。匁の召喚獣、ヒリュウのクーヤの召喚である。
(大丈夫。この距離なら、ギリギリ脇からいけるはず!)
 ザンスカルの顔前に召喚するのがベストだったが、今は蜂蝶随光が前方を塞いでいる。
 幸いにして、ザンスカルは蜂黽六飛も発動していない。興味も完全に匁へと向いていた。
 不測の事態がつきものの戦場で、これ以上のコンディションを求めるのは贅沢に過ぎよう。
「いけっ、クーヤ! 目標はザンちゃんだよ!」
 キィ、という鳴き声と共に、クーヤは翼を広げ――ふたりの足下へと滑るように落ちていった。
「……あれ? ク、クーヤ?」
「ウエヘ?」
「あー、これはその、えーとですね、いわゆるひとつのなんというか」
 周囲に気まずい沈黙が流れ、しどろもどろで慌てふためく匁。顔いっぱいに冷や汗が吹き出る。
 ムササビのようにふわふわと眼下を滑空していくクーヤを、匁は呆然とした表情で見下ろすしかない。
(ど、どうして……? どうして落ちちゃうの!? ヒリュウって空を飛べるんじゃないの!?)
「ヒリュウは…そんなに…高い場所…飛び続け…られない…」
 アサルトライフルを手に、蝶めがけてマズルフラッシュを焚きながらベアトリーチェが解説を加える。
「自力で…飛べるのは…ハーフや…天魔が飛べる…限界高さの…3割くらい…それより高くは…ムリ…」
「ふむ。つまり、あまり高すぎる場所で呼び出しても、召喚獣は高度を維持できないわけか……」
 額に手を当て、天を仰ぐファーフナー。と、隣を飛ぶ黒百合の視線が別の方へと向いた。
「きゃはァ……これはちょっと計算外ねェ……ところでェ、あっちのヒリュウは誰がァ?」
「私が…呼んだ…カワイイ…」
 地上3階ほどの高さを漂うヒリュウを見下ろしながら、ベアトリーチェが微笑む。
「皆と…足並み合わせて…ザンスカルの…飛翔高度…落とそうと…思った…名案…」
「え? で、でもヒリュウは高いところは飛べないって」
「もちろん…それは…とっくに…知ってた…5秒も前から…ヤッター…」
(『今知った』って言わない、それ!?)
「ヒリュウが…ムリでも…結果オーライなら…ジャスティス…えいえいおー…」
 周囲の無言のツッコミなどどこへやら、無表情で右腕をぐるぐる振り回すベアトリーチェ。

 こうして撃退士の作戦は、序盤から波乱に満ちた幕開けとなった。


「ぐ……」
「気がつきましたか」
 ビルの中で意識を取り戻したミハイルの視界に、ライトヒールを施す海が映った。
 覚醒したミハイルは、すぐさま傷口の状態を確認する。幸いにも、紙一重で重体は免れたようだ。
「すまん、もう大丈夫だ。残りは他の連中に取っておいてくれ」
 海にライトヒールを止めてもらい、ミハイルは自分で応急治療を始めた。
「龍崎、外の様子は?」
「芳しくないですね。というより――」
「弄ばれている、という表現の方が正確でしょうか」
 入口を見張っていた雫が、話に入った。
 彼女の話では、外の仲間とザンスカル、双方ともに目立ったダメージは受けていないらしい。
 だが、ザンスカルの矢と蜂蝶随光によって、撃退士側の体力がじわじわと削られ始めているという。
「ザンスカルは、蝶のダメージを受けないのか」
「ゼロではないようですが……何しろあの速さですから」
「やれやれ、だな」
 ザンスカルを取り囲みやすいようビルの谷間を戦場に選んだのが、こんなかたちで裏目に出るとは。
 単独で先行した迂闊さを、ミハイルは今更ながらに悔いた。

 ザンスカルの手の内を探るべく、撃退士が取った作戦。
 それはザンスカルをビルの低いフロアに叩き込み、全員で集中攻撃を加える、というものだ。
 ビルのフロア内ならば、ザンスカルは逃げ場所を封じられ、飛行能力も使えない。
 そこを8人がかりで防戦に追い込めば、ザンスカルも切札を使わざるを得ない――そう考えたのである。

 とはいえ、これは容易な作業ではなかった。
 まずは高度30メートルを飛行するザンスカルを、低フロア部分の地上およそ5メートルまで引き降ろさねばならない。
 過去、ミハイルのイカロスバレット『IB』も、星の鎖も通じなかった相手を、である。
 そこへ加えて、低空に押し留めた状態で掌底などのスキルを当て、ビルの中に叩き込まねばならない。
 蜂蝶随光の蝶が舞うビルの谷間を、攻撃する場所と方向までもが制限された状態で、である。
 そのうえザンスカルは回避特化型。スキルを使い切ってしまえば、お終いだ。

(このまま、最初の作戦を続けるのは難しい。どうするか……)
 ミハイルが必死に対応策を考えていると、黒百合からメールが入った。
『エッカートちゃん無事かしらァ?』
『何とかな。……2階のフロアに叩き込むのは、難しそうか』
『引きずり下ろすか、叩き込むかだわねェ。どっちも、は厳しいわァ』
『分かった。少し待ってくれ』
 ミハイルは仲間のスマホを借り、守衛室で撮影したビルの間取り図を確認した。
(ガラス張りのフロアは2階と10階。いま黒百合たちは10階の高さで戦っている……)
 突如突きつけられた選択肢に、ミハイルは迷った。

 ザンスカルの高度を2階まで落とさせて、外で戦うか?
 リスクという意味では、こちらが圧倒的に低い。しかし、ミハイルととしお、そして雫は空を飛べない。
 上空の敵を相手取った戦闘では、どうしても後手に回らざるを得ないだろう。
 まして雫は接近戦をメインとするスタイルだ。彼女が戦いに加われないのは痛すぎる。

 ならばザンスカルを10階に叩き込んで、室内で戦うか?
 敵の動きを制限でき、頭数が揃うという意味では、こちらが有利だろう。
 しかしこの選択肢はリスクも高い。ザンスカルだけでなく、撃退士にも逃げ場がないからだ。
 まして10階である。飛べない3人が落下すれば怪我では済まない。

(どうする……どっちだ!?)
 ミハイルが迷っていると、ふたたび黒百合からメールが飛んできた。
『あの女ァ……明らかに誘ってるのよねェ。「一戦交えようぜ」ってェ……』
 それはすなわち、未だザンスカルが奥の手を隠していることを意味する。
『何となくだけどォ。安全な場所から攻撃しててもねェ、アレはたぶん、奥の手は見せてくれないと思うわァ……』
『……よし、叩き込んでくれ。俺達はこれから10階に向かう』
『きゃはァ……了解したわァ……』
 ミハイルの目が、エレベーターへと向いた。


(さてェ、まずはお邪魔虫を落としましょうかァ……)
 通信を終え、黒百合が視線を向けるのは蜂蝶随光で召喚された3羽。
 何をするにも、あれを片付けなければ話にならない。
「ねーザンちゃん! その三日月のエンブレム、お洒落だね! どこで買ったの?」
「これ? ひ・み・つ! ウエヘヒヒー!」
 ザンスカルは先ほどから、匁と話しながらも、常に蝶を補充し続けている。
 叩き込むならば、蝶をすべて排除し、ザンスカルが蜂蝶随光を再度発動するまでの間。
 つまり、5秒が勝負だろう。
(待機班より連絡。10階に叩き込む)
 黒百合がメールを送り、幻惑蟲で潜行しながらザンスカルを追う。
 仲間達も心得たもので、すぐさま行動に移った。
「爆発…四散…バンザイ…」
「一羽離れた、今だ!」
 蝶の一羽を、ベアトリーチェが破壊。
 続いてもう一羽も、としおが狙撃銃SB-5で破壊する。
「それっ! ……ちょっと、暴れないでクーヤ!」
 最後の一羽は、匁が破壊した。先ほどからその胸には、再召喚したクーヤを抱えている。

 気づかれないよう慎重に、黒百合はザンスカルの左後ろへと回った。
 ここからが勝負だ。

「行けっ、クーヤ!」
 ザンスカルの背中目がけて、匁がクーヤを再び投げた。
 ザンスカルはそれを、振り返りもせずに避ける。
「クーヤ、もっと全力で飛んで! もっと!」
「ウエヘヒヒー! 匁ちゃん、二番煎じは通らないよ?」
 全力移動でザンスカルの前へと回り込み、必死にクーヤに発破をかける匁。
 だが、匁の願いも空しく、クーヤはザンスカルの足下を滑るように落ちていく。
「やあレディ。こんな殺風景な場所ではなく、もっと良いダンスホールを用意した。どうかな?」
 ザンスカルの左を塞ぎ、ファーフナーが話しかけた。
「ウエヘ! 本当に?」
「ああ、もちろんだとも。さあ、手を取って……!?」
 ふいに言葉を切り、驚愕の表情を浮かべるファーフナー。視線はザンスカルの向かいのビルへと向いている。
 しかし、向かい側には何もない。ザンスカルの隙を作るための、彼の誘いである。
 だがザンスカルはそれを見抜いたらしく、にっこりと微笑をファーフナーに返した。
「ふふふ。可愛いねえ、おじさん。ウエヘ!」
「おお、ふられてしまったか。残念だよ、レディ」
 天を仰いで嘆息するファーフナー。 
 ここでザンスカルが応じれば、背中に掌底を叩き込むつもりだった。では、応じなかった時は?
「……ふっふっふ。私の勝ちだよ、ザンちゃん」
「ウエヘ?」
 ザンスカルの前を飛ぶ匁が、不敵な笑みを浮かべる。
 実はこの時、クーヤの真下で、仲間がもうひとり飛んでいた。
 そう、海である。
「行くぞ、掌底(手加減つき)!」
「キィィィ!」
 海が握るシュトレンの石突が、クーヤを上空へと突き上げる。
 飛んだ先は、ザンスカルの眼前だ。
「ウエヘ!?」
 手足をばたつかせ、ザンスカルの顔にしがみつくクーヤ。
 ザンスカルは高度を維持しながら、ビルの窓に狙いを定めて矢を番えた。
 場所は、撃退士が叩き込む目標の向かい側。強化ガラスを破壊し、室内に飛び込む気だ。
「クーヤ! 翼広げて翼! それから耳がぶり!」
「甘いねえ、匁ちゃん!」
 顔に取りついたクーヤの足を、逆にザンスカルが噛む。
「ふぎっ」
 生命力を失い、バランスを崩す匁。合わせるように、クーヤが落ちた。
 機を逃さずとばかり、ザンスカルが矢に手をかける。
(チャンス!)
 そこへ黒百合が飛び、ザンスカルの射線に割って入り――矢が、盾に弾かれた。
「きゃはァ……待ってたわよォ、この瞬間をねェ……!」
 返す刃で、黒百合のシールドリポストがクリティカルヒット。ザンスカルの体を吹き飛ばす。
 雫とミハイルが待ち構える、対面のビルへと向かって。
「結果オーライ…ウィーアー…ジャスティス…」
「こちら龍崎。ザンスカルを指定ポイントに叩き込みました」
 ベアトリーチェが、割れた強化ガラスの窓の前でサムズアップ。
 隣で海が、室内班のミハイルへと状況を報告した。


 フェンリルを召喚したベアトリーチェが室内を見回すと、ザンスカルだけでなくミハイルたちの姿もあった。
 ベアトリーチェに続くように、匁と黒百合、ファーフナーが、としおを抱えた海が、窓から次々と入ってくる。
 役者が全員揃い、第二ラウンドが始まった。

「退屈凌ぎに付き合うかわりに、こちらの話にも付き合ってくれないか」
 ザンスカルとの距離を開け、オルトスG38を構えたファーフナーが口を開く。
「前は外奪の下で働いていたようだが……今はケッツァーに所属しているのか? どちらで働く方が楽しい?」
「ケッツァーが楽しい!」
 顔を輝かせながら、ザンスカルが即答する。ファーフナーは片眉を上げ、再び質問を投げた。
「何故だ? 大暴れできるからか? それとも、特別な理由があるのか?」
「今、南の方に天使がいっぱい来てるでしょ? 北にはケッツァーもいるでしょ? それに人間だって、数は東の方が多いじゃない? 生きるも死ぬも皆で派手に、楽しい方がいいと思ったから!」
 謎めいた言葉を返しながら、ザンスカルは蜂蝶随光を発動。
 光る蝶が、ザンスカルの周囲を扇状に取り囲む。
「勝者が得るのは栄光で――」
 ザンスカルの翠色の瞳が、ひときわまばゆく光った。
「敗者が得るのは破滅」
 もう片方の黒い瞳が、光を吸うように怪しく光った。
「わたしの夢はね。全てを出し尽くして、負けること。天魔も人も及ばない、破滅の渦の中で死ぬことかな」
「まともじゃないな、君は。狂っている」
 割って入った海の言葉に、ザンスカルは笑いながらかぶりを振る。
「わたしは狂ってなんかないよ。ていうか、わたしにはわたし以外の全員が狂って見えるよ? ウエヘヒヒー!」
「あいにく世間では、そういう奴を『狂っている』と言うようだよ。レディ」
 肩をすくめ、ファーフナーが苦笑した。そこへとしおが割って入る。
「僕からも質問だ、ザンスカル。さらった人たちをどうする?」
「あの人たち? ちょっと最後に、バックダンサーをしてもらうつもり。踊るなら大勢がいいもんね!」
 緑火眼を発動したとしおがザンスカルの左目を狙い、双銃イクスパルシオンを発射。
 弓弦の音が響き、としおの銃弾が弾き反らされる。
 ザンスカルと撃退士は会話を交わしつつ、少しずつ距離を詰めていった。フロア内を、張り詰めた空気が満たしてゆく。
「さてと。そろそろ始めようか」
 光る蝶を従えて、ザンスカルが手招きした。
「皆で踊ろう! ウエヘヒヒー!」

 たんたんたん。
 ザンスカルの正面、無人の空間で軽快な足音が鳴った。
 ボディペイントで姿を隠した雫が、ガラテインを握り締めてザンスカルの間合いへと踏み込む。
「勝負です」
 雫がアークを発射。正のカオスレートを乗せた一撃を、ザンスカルはギリギリで回避する。
 すかさず海がシュトレンを手に、ザンスカルの肩めがけて掌底を繰り出す。脱臼によって動きを殺ぐのが狙いだ。
「……っ!」
 海の掌を避けるザンスカル。と、彼女の足に違和感が走った。
(食らった? どこから……)
 そんなザンスカルを、後列から無言で眺める者がいた。黒百合である。
(きゃはァ……さすがに『これ』は避けられなかったかしらァ?)
 弾丸蟲。黒百合の編み出したオリジナルスキルのひとつである。
 幻惑蟲で身を隠した彼女は、海の攻撃に合わせ、体内の蟲をアウルで発射、ザンスカルの足を撃ち貫いたのだ。
「そろそろ、他の手の内も見せてくれないかな、っと!」
「隙あり…ガンバルゾー…」
 着地したザンスカルの背後と脇から、スレイプニルとフェンリル、そして匁のスタンエッジが相次いで襲いかかった。
 身を捻り、ピンポイントブレイクとスタンエッジを避けるザンスカル。そこへすかさず、スレイプニルの体当たりが迫る。
 ザンスカルは光る蝶を再び生成しつつ、回避地点を割り出し、跳躍を試みる。
 だが、そこへ――
「生憎だが、その逃げ道は塞がせてもらう」
 ファーフナーが予測攻撃を発動。ザンスカルの回避動作を予測し、「数秒後の」ザンスカルめがけて攻撃する。
 ザンスカルは躊躇せずに跳躍。スレイプニルの突進を避けつつ、ガードした腕でファーフナーの一撃を受けた。
(ミハイルさん、どうして撃たないのかな)
 一方匁は、ザンスカルの脇を固めつつ、後方に目を走らせた。
 傷の残る体で、必殺の一撃を伺うミハイルへ。
 しかし。
 実はこの時すでに、ミハイルはバレットパレード『BP』の発射準備を終えていた。
 だが――それでも彼は、撃てなかった。

 そう。
 この『BP』は、撃てない!!

 躊躇の理由は、ミハイル自身にも分からなかった。
 強いて言うならば、第六感。ミハイルの直感が告げたのだ。

 ザンスカルは、まだ何か切札を隠し持っていると。
 いま自分が引鉄を引けば、取り返しのつかない事になると。
 その思いが一瞬、ほんの刹那の一瞬、『BP』の発動を躊躇わせた。

(……ん?)
 その時である。ミハイルはふと、ザンスカルの視線に気がついた。
 撃退士の弾幕と斬撃をかいくぐりながら、ザンスカルがミハイルに微笑んでいるのだ。
 それはミハイルが最初に街中で会ったとき、彼と匁の正体を見破ったときと同じ笑顔だった。
『撃たないんだね、ミハイルさん。さすがに2度はひっかからないか』
「……!!」
 意思疎通によるメッセージを聞いたミハイルは直感する。
 第二の切札を、ザンスカルが仕掛ける気だと。

「皆、見せてあげる。これがふたつめ、『花蝶風月』」

 ザンスカルのドレスから、墨のように黒い蝶が次々と滲み出した。
 その数、6羽。
 光る蝶と合わせて9羽の蝶が、ビルの室内を所狭しと舞う。逃げ場は、ない。
 閉所の戦闘に持ち込んだ撃退士の作戦が、完全に裏目に出た瞬間だった。

 せめてもう少し、事前に作戦を統一できていれば――
 誰か一人でも、蜂蝶随光の対策に動いていれば――
 室内で戦うリスクにも目が向いていれば――

「みんな、逃げろ――」
 ザンスカルの矢が、蝶の一羽を射抜く。
 白と黒の光の奔流が、ミハイルの視界を満たした。


 一枚残らずガラスが吹き飛んだ10階の窓から、もうもうと煙が噴き出ていた。
「きゃはァ……間一髪、って奴ねェ……」
 ビルの外で翼を広げた黒百合が、手の甲で冷や汗を拭う。

 あの黒い蝶を見た瞬間、考えるより先に黒百合の体は動いていた。
 陰陽の翼を展開し、倒れていたミハイルを掴み、ガラスを破って脱出。
 全てを瞬時かつ冷静にこなせたのは、戦い慣れたベテラン故か。
「さすがに大の男ひとり抱えてるのは骨だからァ、向こうに降ろすわよォ」
「……すまん、助かった」
 息も絶え絶えに呟くミハイルのベルトを握りしめ、黒百合は隣のビルの屋上に着地した。
 ザンスカルが見えないこの状況で、丸腰の降下はあまりに危険だ。

 助かった命を噛みしめつつ、屋上の鉄柵にもたれかかるミハイル。
 ふと気づくと、シャツの脇を血が赤く染めている。蝶の爆発による負傷だろう。
 深手を負ったことは明らかだった。
「ミハイルさん!」
「ミハイル、生きていたか。安心したぞ」
 そこへ海が雫を、ファーフナーがとしおを抱えて屋上に降りてきた。
 彼らの後ろには、匁とベアトリーチェの姿もある。
 屋上に降り立った雫が口を開いたのは、その時だった。
「黒百合さん。先ほどの戦闘で、ザンスカルをスキルで攻撃しませんでしたか」
「あらァ、気づいたァ?」
「やはり……ならばちょうど一致しますね。攻撃スキルを使った仲間と、黒い蝶の数が」
 ふたりは、先ほどの戦いで仲間が使ったスキルを思い返した。
 雫のアーク。黒百合の弾丸蟲。海の掌底。匁のスタンエッジ。ベアトリーチェが駆使するフェンリルのピンポイントブレイク。そしてファーフナーの予測攻撃。花蝶風月の発動前に使われたのは、この6つだ。確かに、黒い蝶の数と一致する。
 雫と黒百合の会話を聞きながら、ミハイルは先ほどザンスカルが話した言葉の意味を理解した。
(2度はひっかからないか……か)
 あの時自分が『BP』を撃っていたなら、ザンスカルはさらに多くの蝶を生み出すつもりだったのだ。
 そうなれば、今まで以上の被害が出ていたのは間違いなかったろう。
「よく助かったもんだぜ」
 全員の無事を確認し、ミハイルと仲間達に安堵の溜息が漏れた時だった。
「ザンちゃん?」
 匁の言葉に顔を上げると、先ほどまで戦っていたビルの屋上に、ザンスカルの姿が見えた。

――北で待つ。
――人間界(ここ)での踊りは、それで最後。

 ザンスカルは8人にそう言い残すと、羽を広げて去って行った。


 撃退士がビルの外に出たときには、すでにディアボロに操られた市民たちの姿はなかった。
 撃退署員と合流し、別働隊との合流ルートに戻る撃退士たち。
 学園の報告によれば、ザンスカルともう1体の悪魔が、市民を引き連れて北へと向かっているらしい。
 幸い、別働隊の被害は軽微で済んだとのことだった。

 果たして、撃退士は市民たちを救出できるのか?
 ザンスカルらケッツァーの悪魔に、勝利できるのか?

 交錯する思いを胸に、撃退士たちは最後の戦いへと向かう――


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: Eternal Wing・ミハイル・エッカート(jb0544)
重体: Eternal Wing・ミハイル・エッカート(jb0544)
   <スキル「花蝶風月」を受けた>という理由により『重体』となる
面白かった!:5人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
一期一会・
若松 匁(jb7995)

大学部6年7組 女 ダアト
揺籃少女・
ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)

高等部1年1組 女 バハムートテイマー