●
6人の撃退士たちが所持品と装備の確認を終えると、ハウンド(
jb4974)は取り出した携帯を操作して、依頼人の三連沢に電話をかけた。
「撃退士ハウンドより依頼人へ、ただ今現地に到着。じゃ、これから任務に向かうね」
『了解、よろしく頼む。現地の情報はメールで送った通りだ。参考にしてくれ』
「ありがとう、使わせてもらうよ」
ハウンドは礼を言って通信を終えると、ミーティングの輪に加わった。
「打ち合わせ通り、班を3つに分けて行動しましょう。西側がA班、中央がB班、東側がC班。何かあったらすぐ連絡を」
「分かりました。指定のゲートは、日没前には片付けたいですね」
「そうですね。依頼人の話では、この辺りは夜になると完全な暗闇になるそうですから」
ハウンドから借りた地図を広げて鑑夜 翠月(
jb0681)と支倉 英蓮(
jb7524)が話をしていると、そこへ相馬凪(
jb7833)も加わった。
「依頼人の情報だと、エリア全体を縦断するかたちで、中央部分に細い道路が走っているらしい。俺と鑑夜先輩で、道路脇の木にでも蛍光テープを貼り付けておく。迷ったときの目印になるはずだ」
「オーケイ。俺も夜に備えて、ランタンを用意しといたよォ。なに、心配は無用さ。いざって時にゃ、とっておきの光の源があるからねェ」
東を担当する撃退士、阿手 嵐澄(
jb8176)が不敵に笑い、ひと目でそれと分かる頭部のカツラをぺしぺしと叩く。
「さて、他になければ、そろそろ出発するか? 全エリア探索となると、かなりシビアな任務になりそうだ。ゴミ掃除は明るいうちに済ませたいからねェ」
5人は阿手の言葉に頷くと、パートナーと言葉を交わしながら現地へ向かった。
「えーと、俺はC班か。よろしく、阿手さん。それとも嵐澄さんて呼んだ方がいい?」
「ランス、って呼んでくれ。言っとくけどフルネームで呼んだら、おにーさん激おこだからね」
「はーい。じゃあ行こうよ、ランスさん」
「よろしく、ハウンド君。まあ、適当に頑張ろうねェ」
「え、えと、よ……よろしくお願いします。A班の佐野 七海(
ja2637)です」
「支倉です、よろしく。頼りにさせてもらいますね」
佐野の挨拶に、パートナーの支倉は笑顔で返した。
「よろしくお願いします、C班の鑑夜です。頑張りましょう、相馬さん」
「こちらこそ、先輩。必ず6人、無事で戻りましょう」
――
南のエリアを探索してゲートが無い事を確認し、3手に別れた6人。彼らが持ち場に着く頃には、既に正午を過ぎていた。
(これは、思ったよりも面倒な任務になりそうだ……)
誰もが心の中で、そう予感した。
●
阿手とハウンドのC班がゲートを発見したのは、南東エリアに着いてすぐのことだった。三連沢の情報をもとに山道を歩いていくと、ふいに阿手が立ち止まって言った。
「おや? あそこじゃないかねェ」
阿手が指差した先には、黒い渦巻き状のゲートが宙に浮かんでいる。
「ホントだ。ずいぶんあっさり見つかったね」
ハウンドが拍子抜けした表情を浮かべると、阿手はその横で手帳に何かを書き始めた。
「何やってるの?」
「ゲートの形や場所をメモしてんのさ。他所のゲートも同じ野郎が作った場合を考えて、壊す前にゲートの情報を集めとけば、後々探索で役立つかもしれないからねェ」
「そっか。じゃあ俺はその間、周囲を警戒しとくよ。万が一ってこともあるしね」
「ありがとう。嬉しいねェ」
阿手が情報を集め終えると、2人はゲートの中に入った。そこにはすでに敵の影はなく、主を失ったゲートのコアだけが鈍い光を放っている。
「間違いないな。あれがコアだ」
「確かコアを破壊しても、すぐにゲートが消滅するわけじゃないんだよね?」
「ああ、そうだ。完全に消滅するまでは、最低でも数日かかるって話だねェ」
「オーケー。ということは、さっさと壊したほうがいいね」
ハウンドは光を纏うと、愛用の阿修羅曼珠を構え、ゲートめがけて鬼人一閃を放つ。だが、コアの途中で刃は阻まれ、致命傷には至らないようだ。
「ちっ。悪あがきしやがって」
予想していたとはいえ、そう簡単には破壊できないと知って、悪態をつくハウンド。普段とはうって変わり、光纏状態の彼には迸るような攻撃的な空気が漂っている。ハウンドは一気にかたをつけるべく、二度三度とコアに攻撃を繰り出す。だが、普段の戦闘と違い、自分の体を思うように動かせず、なかなか有効打が決まらない。
廃棄されたものとはいえ、ゲート内で吸収される魂の量は、結界内のそれとは比べ物にならないほど大きい。当然ふたりの撃退士の戦闘力も、それとは無縁ではいられないのだ。ハウンドの心に僅かな焦りが生じたその時、彼の背後が眩しく光り輝いた。振り返ってみると、そこにはアウルで光り輝く阿手の頭頂部が……
「ほんと、ゲートの中ってのは嫌だねェ。おにーさんも手を貸すぜ、ハウンド君。一気に片付ける」
そう言って阿手は愛銃のズラトロクを構えて射線を確認し、コアに狙いを定めてストライクショットを放つ。2人の撃退士の猛攻を浴びて、コアから次第に光が失われていった。
「食らいやがれ!」
ハウンドの一撃と阿手の弾丸が同時に命中し、コアは光を失い崩壊した。
「よしっ。一丁あがりだね」
刃を鞘に収めるハウンド。その背後で、
「神は死んだのさ…俺の毛根ごと、な!」
孤独な笑みを浮かべた阿手が、左手でカツラをくるくると回した。
――
「ふうっ」
ゲートを出たハウンドは、大きく深呼吸をした。やはり人間界の空気は旨い。
そんな彼を、カツラの装着を終えた阿手が労った。
「お見事、ハウンド君。これで目標ひとつクリアだねェ」
「ありがと。じゃ、早いうちに他の4人にも連絡しておこう」
「そうだな。善は急げってやつだ」
●
正午、南西エリア。
「どうです佐野さん、聞こえますか?」
「は、はい。聞こえます」
支倉と佐野は今、山道を少し外れた雑木林の中に立っていた。彼女達の眼前では、廃棄されたゲートが渦を巻いている。
佐野は今、ゲートが発する音を記憶していた。常人より遥かに鋭い聴覚を持つ彼女にとって、音は対象を探知する際の手がかりとなる。日没後の探索に備えて、早いうちに「音」を記憶しておきたかった。
「もう……大丈夫です。覚えました」
「分かりました。では、佐野さんは後方で警戒をお願いしますね。コアは私が」
佐野が頷くのを見ると、支倉は佐野と一緒にゲートに飛び込んだ。
ゲート内部の敵影がコアだけなのを確認すると、支倉は剣を抜き放ち、躊躇わずにコアへと駆け寄った。一気にけりをつけるべく、全身のアウルを刀身に込め、必殺の殺禍・黒鬼灯をコアめがけて繰り出す支倉。彼女の刀閃が黒い虹の軌跡を描き、爆炎を撒き散らしながらコアに襲い掛かった。
直撃を受けたコアは、数条の光束を放った後、光を失い崩れ去った。
「終わりました。行きましょう」
剣を収めた支倉の言葉を聞いて、佐野の顔に安堵の色が浮かぶ。
程なくして彼女たちの下に、阿手とハウンドがゲートを破壊したという報せが届いた。
●
阿手や支倉らと別れた鑑夜と相馬もまた、北上してゲートへと向かっていた。
「ゲート、見つかりませんでしたね」
「依頼人も一度、現地で探索してますからね。そう簡単には見つからないと思いますよ」
道の傍らに生える木に蛍光テープを貼り付けていると、隣を歩いていた鑑夜が声をかけた。
「相馬さん、あれじゃないですか? 三連沢さんの情報にあった、杉の大木って……」
それを聞いた相馬は、鑑夜の指差した方角に目を向けた。
すると、確かにそこには、情報にあったものと同じ、杉の大木がある。
「そうですね、間違いない。となれば、ゲートはあの木の真下のはずだ」
――
杉の下に立つ2人の前には、廃棄ゲートが口を開けて佇んでいた。遠目で見れば、木の洞か何かと見間違えそうだ。
(……そういや、ゲートって知識はあるけど見るの初めてだな)
「相馬さん、こっちは準備できました」
「了解です。行きましょう」
鑑夜の手には阻霊符があった。万が一、敵がいた場合に使用するつもりのようだ。
ゲートに近づいても結界が確認できなかったことから、鑑夜は、このゲートが三連沢の情報どおり廃棄ゲートであるとほぼ確信していた。だが、油断は禁物だ。前衛の相馬に何かあった時には即座に対応できるよう準備を整えると、2人はゲートへと入った。
果たして鑑夜の予想は当たり、ゲート内部には誰もいなかった。相馬は鑑夜に背中を任せてアウルを纏うと、レガースを装着した脚部で地面を蹴り、コアへと跳躍する。
相馬の放った蹴りを幾度か食らうと、コアは輝きを失い消滅した。
――
「お疲れ様です。これでひとまず、任務は完了ですね」
「そうですね。僕達は、これからどうしますか?」
ゲートの破壊を終え、4人に連絡を終えた相馬と鑑夜は、今後の方針を相談していた。
「今は……15時過ぎか。鑑夜先輩さえ良ければ、念のためにもう一度、この近辺を捜索したいんですけど、いいですか?」
「分かりました。時間にも余裕がありますし、そうしましょうか」
「ありがとうございます。ここが終わったら、もう一度中央を探索しましょう」
(ついでに、こいつも貼っておくか)
鑑夜に礼を言うと、相馬は蛍光テープを取り出した。日没後に仲間と合流・帰還する事態を想定してのことだ。
「じゃあ先輩、行きましょう」
頷く鑑夜と共に、相馬は行動を開始した。
●
「B班から連絡だよォ。北エリア、中央エリア、共に異常なしだそうだ」
「そっかあ」
18時、北東エリア。闇に包まれた山中で、切り株に腰掛けたハウンドが、右腕に括りつけたライトで膝に置いた地図を照らし、探索済みの×印をつけた。印がないのは、支倉と佐野がいる北西エリアだけだ。
阿手と共に東エリア、北東エリアの調査を終えたハウンドの表情は晴れなかった。まだ発見されていないゲートが、どこかにある。彼の勘がそう告げていたからだ。
(外れてくれればいいんだけど)
その時、阿手の携帯が着信を告げた。
「ああ、A班? お疲れ様。こっちは見つからないねェ。そっちの首尾はどう……え、見つけた?」
(あーあ。当たっちゃったか)
ハウンドは小さくため息をついた。
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4人に連絡を済ませると、支倉と佐野はゲートの偵察を始めた。
「この音……似てる」
「聞こえる方向は、向こうですね?」
「は、はい。前方に200メートルほど行ったところです」
佐野は、自身が生み出したトワイライトで前方を照らしながら、支倉の方を向いて頷いた。
佐野がゲートの発する音を感知したのは、北西エリアの探索を開始して間もなくのことだった。
今から応援を呼んでもゲートを破壊している時間はないと判断した2人は、せめて偵察だけでもと、先程からゲートの様子を伺っている。
「佐野さん。ゲート内部の音を聞き取ることはできますか?」
佐野は黙って首を横に振った。
「そう……なら、もう少し近づいて」
みましょうか、と支倉が言いかけたその時、佐野の顔に緊張が走った。
「支倉さん、気をつけてください。ゲートから何か出てきました」
支倉がはっと前を見ると、確かに前方から気配が感じられた。人並みの聴力の彼女にも、何者かが茂みを掻き分け、枝を踏み折る音が聞こえてくる。
「……気づかれました。ディアボロです」
「分かりました。佐野さんは、トワイライトで援護をお願いします」
「は、はい。気をつけて」
佐野のトワイライトに照らし出されたディアボロは、大人ほども大きさのある怪鳥の姿をしていた。
どうやらディアボロは佐野の操るトワイライトに気を引かれたらしく、鋭い奇声と共に光球にとびかかった。だが、佐野の操作によって、トワイライトは紙一重で攻撃を回避する。それを苛立たしげに見上げるディアボロ。
そして、ようやく自分の傍に敵がいると気づいた時には、眼前に支倉の刃が迫っていた。
(下級のディアボロで助かったわ。でも、あのゲート……まさか稼動中なのかしら?)
骸となって地に伏したディアボロを見下ろしながらそう考えた支倉は、すぐさまそれを否定した。ゲートというのは異界と地球を繋ぐ門。たとえ廃棄ゲートであっても、そこからディアボロが出現する可能性はゼロではないのだ。
「ここから見た限りでは、結界の放つ光は見えませんね」
「で、でも、眼で見えない結界を張ることも、可能だって習いました……」
あのゲートが廃棄されたものであることも、中に敵がいないであろうことも、九分九厘間違いない。そう2人は考えていた。だがゲートの中からディアボロが出てきたという事実を目にした今、最後の一厘の可能性をどうしても振り払えない。
(偵察を続けるべきでしょうか)
時刻は19時。タイムリミットは刻々と迫っている。2人で偵察を続行しても、万一ゲートが稼動中で、複数の敵に襲われたら、無傷で耐えるのは難しい。だが、負傷者を回復するスキルを使用できるのは、6人の中では鑑夜と阿手だけだ。
(このまま危険を承知で偵察を続けるか、仲間と合流して帰還するか……)
支倉は迷っていた。
「えと、支倉さん」
黙考する支倉の隣で、佐野が手元のトワイライトを遠くへ飛ばした。
「こ、これで、時間稼ぎにはなると思います。今のうちに」
まだ敵がいる可能性を考慮して、光球を囮にする。その間に自分達は退いた方がいい。
それが、佐野の出した結論だった。
「……分かりました。退きましょう、佐野さん」
支倉は携帯を取り出すと、待機している仲間に連絡を送る。
「支倉です。偵察を切り上げ合流します。これから、佐野さんと共にそちらの北エリアに向かいます」
通信を終えた支倉と佐野は、偵察を切り上げて仲間達のもとへ向かった。
その後、支倉と佐野は無事に他の4人と合流。出発地点の麓に戻ったのは、リミットの1時間前だった。
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合流を終えて帰還した6人は、麓で待機していた三連川の運転するライトバンに乗り込み、帰途についた。
「未発見のゲートを1個発見。まあ、まずまずの成果か」
「そうですね。皆さん、お疲れ様です。怪我人も出なくて何よりでした」
中央の座席に座って仲間達を労う相馬と鑑夜。すると、後ろの席に座る佐野が手を挙げた。
「あ、あの、皆さん。見つけたゲートの場所、記録しておきました。それと形状、周りの地形……」
それを聞いて、隣に座るハウンドと支倉が驚く。
「そんなに詳しく? あの暗闇でよく分かったね」
「は、はい。私、日が暮れて暗くなっても“ミエル”から……」
「流石です。帰ったら久遠ヶ原に報告しましょう」
そんな彼らに、助手席の阿手が声をかけた。
「何はともあれ、お疲れ様だ。破壊できなかったのは名残惜しいけど、まァやれるこたァやったしねェ」
阿手の言葉に頷く撃退士たち。6人を乗せた車は、一路街へと向かっていった。