●
グラウンドに転送された撃退士達の目に飛び込んできたのは、突然の事態に狼狽する6人の新人撃退士と、炎に覆われた巨大なディアボロの姿だった。
「皆を避難させなきゃ! 食い止めるから後ろで援護して!」
「じゃあ俺が行ってくる!」
「何言ってるの! あんたも盾でしょ、早く前出なさい!」
「で、でも……あんな敵の攻撃、まともに食らったら――」
「しっかりしろ、お前たち!!!」
足並みの乱れた6人に向かって、エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)が檄を飛ばす。
さすが元軍人というべきか、彼女の一喝は新人達の動揺を瞬時に消し飛ばした。
「敵は私達が引き受ける。退避しろ、今すぐにだ!」
だが、その言葉に応じるようにディアボロ――イフリートが先頭の赤川へと狙いを定め、鎚を振り上げた。
「はい、注目ゥ!」
そこへ、大鎌デビルブリンガーを構えた黒百合(
ja0422)が名乗りをあげる。
「新入生の皆さん、私が注意を逸らすので先輩の居る方角に後退して下さいィ、慌てず焦らず急がす整然と、静かに後退して下さいねェ♪ ……この程度の天魔なら先輩連中はいつも退治しているので安心ですよォ♪」
余裕の笑みを浮かべつつ、大鎌に仕込まれたフレキシブルスラスターを起動させる黒百合。
風のような速さで瞬時にイフリートの右サイドへと回り込むと、敵の脇腹めがけてランカーの一撃を叩き込む。
「ゴ……!」
衝撃でイフリートが体勢を崩し、振り下ろされた一撃が赤川の傍を掠めた。
轟音とともに地面が揺れ、グラウンドの地肌がめくれ上がる。
それを合図に、6人は黒百合の指示通りエカテリーナ達の方角へと退却した。
「イレギュラーに対応するスキルも、撃退士には必要なこと……とはいえ、若葉マークには厳しいか」
新人達の姿を視界に収めるアルジェ(
jb3603)はぽつりと呟き、出撃前に用意したミネラルウォーターを頭から被って光の翼を広げた。
「文字通り焼け石に水だろうが……無いよりましだろう」
普段通りの無表情で清澄のロザリオを握りしめ、注目を浴びるオーラを纏い、イフリートの前方へと飛ぶアルジェ。
なおも新人達を狙おうとするイフリートの進路を塞ぎ、挑発するように眼前を舞う。
「お前の相手はアルだ、余所見等させない」
ぽんぽんとロザリオから生み出される水弾が、イフリートの体に吸い込まれ、白い蒸気のアウルとなって蒸発する。
攻撃に誘われてか、敵の視線がアルジェへと向いた。まずは敵の注意を引くことには成功したようだ。
「あのイフリートの威力は、初陣の貴方達が真面に喰らったら致命傷になりかねません」
一方地上では、雫(
ja1894)がイフリートの前へと立ちはだかり、猛烈な烈風突を放ったところだった。
太陽剣ガラティンの切っ先が空気を裂き、炎に包まれた鎧ごと敵を後方へと吹き飛ばす。
「敵を恐れる事は悪い事ではありませんが、恐怖に飲まれて戦えないのならいま出来る事をやりなさい」
眼前の敵から視線を逸らさず、背中ごしに語りかける雫。
年齢こそ小学校の生徒と変わらないが、先輩撃退士としての風格は堂々たるものがある。
雫の言葉に黙って頷く6人の脇を、武器を手にした撃退士が一人、また一人と通り過ぎてゆく。
「一般人……避難させろ」
新人に一瞥をくれると、アサルトライフルNB9を手にした紅香 忍(
jb7811)がぶっきらぼうな口調で命じる。既に彼の意識は敵にのみ向いているのか、視線はイフリートから片時も離れない。
影野 恭弥(
ja0018)も同様だ。眼前の敵を見据えたまま、一直線に駆けていく。
「さあ、もう大丈夫よ」
テレポートで現われた五十鈴 響(
ja6602)が、新人達に微笑んだ。
「一緒に下がりましょう。殿は私がやるから大丈夫」
「た、助かった……」
「気を抜くな! いいか、戦いに慣れていなくてもお前たちは立派な撃退士なんだ。無理はせんでいい、今は生徒達の安全を最優先に行動しろ!」
張り詰めていた緊張の糸が切れ、その場にへたり込みそうな新人に、再びエカテリーナの檄が飛ぶ。
「敵を倒すことだけが撃退士ではない、生徒達の安全を守ることなら今のお前たちでも十分できるはずだ。奴は我々が食い止める、行け!」
「そういうこと。さあ、急ぎましょう。動かない人にはお姉さんがぎゅう〜てしちゃうぞ」
「は、はい!」
エカテリーナと響の言葉に頷くと、6人は急いで後退した。
一方ランカーの反動で飛んで行った黒百合はと言えば、全力移動で校舎の周りを走っていた。
その手には大ぶりの拡声器を持っている。先ほどランカーで後退した時、グラウンドの片隅に置いてあったものだ。
「全校生徒の皆さん、窓の傍から離れて整列してて下さいねェ。これから撃退士が校舎を回りますからァ、指示に従って順番にィ、落ち着いて避難ですよォ」
10秒ほどで校舎沿いにグラウンドを1周すると、黒百合は拡声器を戻して響らのもとへ合流した。
「とりあえず指示は出したからァ、早いところ避難の方も済ませないとねェ」
「ありがとうございます。私はこれから、新人の皆さんと校舎に行きます」
赤川から手渡された学校の地図に目を通しながら、響が言う。
「もしかしたら、動けない子がいるかもしれません。その時は私達が担いで避難させます」
「了解だわァ。校舎へは、何人連れて行くゥ?」
「東西南北で4人。小天使の翼を使える前衛と、壁走りを使える中衛がいれば……」
「オッケェ。なら後衛の2人は、私について来てくれるかしらァ?」
こうして響と新人4名は校舎へと走っていった。
●
一方、グラウンド中央。
「たかがイフリート風情が……」
ピストルを構えたエルマ・ローゼンベルク(
jc1439)がイフリートの脚部へと発砲した。
発射されたアウルの弾丸が鎧の継ぎ目の皮膚を切り裂いてゆく。
「……重心が高そう……狙うは脚……」
それを見た忍が、手に凝縮させた黒い霧――目隠をイフリートに吹き付けた。
忍のアウルが、意思を持った生物のようにイフリートの周囲に纏わりつく。
「ゴ……?」
「もらったぞ!」
黒紫色の炎を背に、エカテリーナがアウル炸裂閃光を発射。炸裂音と共に、直撃を受けたイフリートが仰け反る。
だが、敵が怯んだのは一瞬だ。忍の目隠を振り払うと、再びイフリートは攻勢に出た。
「むっ……」
振り下ろしの一撃を、アルジェがドラッヘレガースの蹴りで相殺する。
「ふむ……接近戦ではこちらが少々不利だな」
天使であるアルジェにとって、負のカオスレートを帯びた攻撃は脅威だ。一撃一撃が体の芯まで響いてくる。
追撃を繰り出さんと体を捻り、鎚を構えるイフリート。
そこへ雫が、イフリートの胴目がけて薙ぎ払いを放つ。スタンには失敗したが、注意を引くには十分だ。
砂嵐を巻き起こそうと咆哮の体勢を取れば、すかさず恭弥がシールドバッシュでそれを妨害する。
「いいですかァ、新人の皆さん」
その少し後ろでは、黒百合が戦いを新人達に解説していた。
「パワー型のデカブツはァ、ああやって盾役が抑えて後衛が蜂の巣にするのがセオリーですゥ。ここ重要ですよォ」
「でも先輩。いくら耐えても回復がないと――」
「きゃはァ、いい質問ですねェ。確かに今回のようにィ、回復役の仲間がいないことはありますゥ。ですからァ……」
黒百合の言葉に合わせるように、雫がヒールでアルジェと自分の傷をヒールで癒した。
恭弥も喰尾で敵の生命力を吸い、失われた生命力を充填する。
「ああやってェ、前衛も回復手段を持っていると戦いがスムーズに……あらァ?」
そこまで言って、黒百合がふと何かに気づいたようだ。
「はい皆さん、イフリートの後ろに注目。戦いの流れが変わりそうですよォ」
果たして黒百合の発言から5秒後、イフリートの背後を取った者がいた。
闇に身を隠していた忍だ。手には脇差「雪柳」を握っている。
「……力が弱ければ……蓄積すればいい……」
忍が狙うは膝。先ほどエルマとエカテリーナの攻撃によって、ダメージが蓄積された部位だった。
「……闇遁・闇影陣……」
一閃。二閃。忍の白い剣閃が、イフリートの膝を切り裂く。
イフリートが体勢を崩し、地に膝をついた。
●
同時刻、校舎内。
響と4人は放送室で避難を呼びかけ、教室内で動けずにいた生徒達を外に搬送していた。
「この子で最後です。お願いします」
「怖かった? でも、もう平気よ。……さあ、先生も外に」
恐怖で足がすくんだ生徒を引き受けると、響は付き添いの教師にも避難を指示した。
校舎の窓を開け、テレポートで地上へと移動する響。そこへ新人のひとりが壁走りで戻って来て報告する。
「先輩! こっちはOKです!」
「分かったわ。君はこの子をお願い。私は仲間に報告するから」
響は抱きかかえた生徒を新人に引き渡すと、黒百合に連絡を取った。
「五十鈴です。校舎内、避難完了しました」
『了解だわァ。こっちも直に片付きそうねェ……』
その言葉を裏付けるように、受話器の向こうからディアボロのものと思しき地響きの音が聞こえた。
(ふう。何とか、うまくいきそうね……)
そう思って響が通話を切った直後、巨大な衝撃が学校全体を襲った。
●
「これは……」
勝負ありかと思ったのも束の間、アルジェは敵の異変に気づいた。
どこからともなく流れる風が、イフリートへと吸い込まれるように流れている。
「ええ。まだです」
とどめの一撃を繰り出そうとした雫も、一瞬だけ足を止めた。
躊躇ではない。直感が止めたのだ。
その直後である。
イフリートの膨れ上がった体を風が渦巻き、周囲を押し返した。
砂嵐に視界を奪われ、一瞬だけ目を瞑る雫。
「……!!」
来る。
考えるよりも早く、雫はガラティンを頭上に構えた。
直後、雫の剣へと吸い込まれるようにイフリートの一撃が叩き込まれる。
とっさに体が動いたのは、ベテランの直感ゆえだ。並の撃退士ならば叩き潰され、消し炭になっていただろう。
「最後の悪あがき、という奴ですか」
痺れる体を奮い立たせ、イフリートの殺意を真正面から受け止める雫。
間近に見ると、イフリートの体表を覆う炎が、赤から青へと変わっている。
「どうやら、退く気はないようですね」
「……追う手間が省ける……好都合……」
獲物をアサルトライフルに持ち替えた忍が、再び敵との距離を開けた。
「せ、先輩。ディアボロの炎がさっきよりも激しく……」
「きゃはァ……心配は無用ですよォ」
傍目には一方的にしか映らない戦いを見守る新人達に、黒百合は心配無用とばかり笑いかける。
「その理由はァ、これから分かるわァ……」
口調を普段のそれに戻し、スナイパーライフルXG1を構えて笑顔を浮かべる黒百合。
新人2人の背に、寒気が走った。
「そうこなくてはな……さあ、イフリート。戦争をしよう。倒してみろ、この私を……!」
心底愉しそうな表情でピストルを構え、発砲するエルマ。狙うは兜に覆われたイフリートの頭部だ。
攻撃は命中。しかし、アウルの弾は兜のバイザーに阻まれ、頭を貫くには至らない。
(効かんか。顔面さえ露出させれば仕留められるのだが)
エルマが内心で舌打ちする間も、イフリートによる怒涛のラッシュは続いていた。
吹けば飛びそうな、眼前の撃退士を叩き潰そうとするイフリート。負けじと一歩も引かずに切り結ぶ雫。
鎚が振り下ろされるたび、地面が揺れ、轟音が轟き、衝撃波が走った。
後衛の集中砲火を浴びてもなお、その勢いは衰える気配がない。
「火事場の馬鹿力、というやつですかね」
冗談めいた雫の言葉通り、イフリートの猛攻は苛烈さを増してきていた。
防御と回避を織り交ぜ、敵の注意を自分へと誘う雫。
対するイフリートが鎚を振りかぶり、横薙ぎの一撃を振るったその時。
「雫!」
エカテリーナの悪鬼険乱で強化されたアウル炸裂閃光が鎚に命中。軌道を逸れた鎚が地面にめり込んだ。
渾身の一撃を盛大に外したイフリートもまた、その体勢を大きく崩す。
同時に、神威を発動した雫のガラティンが深紅の輝きを放った。
喰尾で傷を癒した恭弥が、スキルを白銀の退魔弾へと入れ替えた。
黒百合がイフリートに片手で念仏を唱えた。
「世界に死が満ちてくる――貴方に見えますか?」
雫が、静かに言った。
●
雫の猛打で手足を砕かれ、恭弥の狙撃によって兜をクズ鉄同然に変えられてもなお、イフリートは倒れなかった。
「やれやれ、信じ難い執念深さだな」
頭部を露出させるべく、エルマのエナジーアローが、ぐらつくバイザーの留め金の片方を弾き飛ばす。
さらに反対側の留め金を狙うべく、エルマが敵の向こうへ回ろうとしたところへ――
銃声。
反対側の留め金も吹き飛び、衝撃でバイザーが宙を舞う。
「分かったかしらァ?」
黒百合の構えるXG1の銃口からは、線香めいた白い煙が空へと伸びていた。
「炎ってェ……燃え尽きる寸前が一番激しいのよォ♪」
「――!!」
もはやイフリートに防ぐ術はない。
足下に駆け寄った忍が、空いた隙間から頭部を狙う。
「……死ね……」
死の宣告と共に、引き金を引く忍。
イフリートは炎の制御を失い、一本の火柱と化して燃え尽きた。
●
「きゃはァ……景気のいい最期だったわねェ」
真っ白な灰となったイフリートの残骸を眺めながら、黒百合は目を輝かせた。
念押しに、エルマがピストルを何発か撃ち込んで死亡を確認する。
「よし。やったようだな」
「……ていうか、やりすぎ……?」
興味なさげな表情でチョコポッキーをくわえた忍が、ライフルを磨きながらそれに応じた。
「点呼終了。怪我人ゼロだ」
一方、校門前ではエカテリーナが教師達から避難の報告を受けたところだった。
それを聞いた雫とアルジェ、響と新人達も安堵の溜息をつく。
「皆さん、お疲れ様でした」
「……はい。本当にありがとうございました」
か細い声で項垂れ、申し訳なさそうな視線を送る赤川の肩に、雫は傷ついた手をそっと添えた。
「誰にでも初陣はあります。あなた達が強くなったら、同じことを後輩に伝えてあげて下さい」
「うむ。……見ろ、我々が護った人たちだ、手ぐらい振ってやるといい」
雫の言葉に頷く新人達に、アルジェがそっと囁く。
そこには、撃退士達を心配そうに見つめる生徒達の姿があった。
「ディアボロの討伐は完了しました。お騒がせいたしました」
雫の言葉に、生徒達が一斉に歓声をあげた。
それに応じるように、雫が、エカテリーナが、アルジェが、響が手を振って応じる。
ほんの少し遅れて、6人も顔を上げて負けずに手を振った。
「これから経験積めば大丈夫ね。お疲れ様☆」
手を振りながら、にっこりと微笑む響。
新人達の顔に、初めて笑顔が戻った。
●
ディアボロ討伐、成功。
民間人および新人撃退士、ともに怪我人ゼロ。
周辺建築物への被害、なし。
以上をもって、本任務の報告を終えるものとする。