●YGフィールド
肉ウメェ紙ウメェと工房を取り囲む山羊達は、既にその数を倍に増やしつつあった。
「…羊年なのに山羊☆ あ、皆ハンカチと携帯持った? …じゃ、分かれよっか」
藤井 雪彦(
jb4731)が明るい口調で言いながら、周囲の仲間と共に自身に風神の加護を纏わせる。
それぞれが配置につく中、藤井が同じ草食班の酒守 夜ヱ香(
jb6073)に声をかけた。
「夜ヱ香ちゃん、呼びかけ終わったらすぐ合流するから、ボクが居ないからって寂しがらないでね〜☆」
「…別に、寂しいとかは」
「あれれ」
控えめだがしっかりと首を振られ、オーバーにがくりと肩を落とす。
「うん、でも…絶対行くから。一人で無理はしないでね」
一瞬だけ真面目な顔の後、いつもの笑顔でそう告げ、藤井は工房へと向かった。
「クラクラクラ。面白い事になってるねぇ〜」
ひしめく山羊の群れを、他人事のように楽しげに眺めながら無畏(
jc0931)が笑う。
藤井が工房へ向かったことで、山羊が少しずつそちらに集まっていた。
「救助者へ二階で待つよう伝えたみたいだ。作戦通り始めよう。…救助者が不安になってなければいいんだけど」
気をつけて、と藤井に伝え龍崎海(
ja0565)が携帯を切る。阻霊符を発動し、二人がその背にそれぞれ翼を顕現させる。
工房を取り囲む群れに極力気付かれないよう飛翔し、眼下の仲間へ合図を送った。
「よし、私達も始めるぞ」
ぱん、と拳を手で叩き、川内 日菜子(
jb7813)が長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)に声をかけた。腕に巻いたステュクスバンドの布が揺れる。
「それにしても…敵味方問わず血肉で覚醒とは気色悪い天魔だな」
共食いの様子を想像したのか、不快そうに眉根を寄せる川内に長谷川が続ける。
「下手に攻撃を受けてはなりませんわね」
「ああ。だが最初から派手にやるぞ。準備はいいか? 長谷川」
炎を思わす光纏を帯びながら尋ねた川内に、長谷川もまた、アウルを纏った拳でファイティングポーズを見せ、力強く頷いた。
「打たせずに打つ、これがボクシングの本質ですわ!」
一瞬の赤い閃光の後、派手な爆発音とともに、黒山羊が数匹宙に飛んだ。
「あ…空飛ぶ、山羊」
工房周辺の植物を物色していた酒守が、特に驚きはせず、ぽつりと呟く。
弧を描いて落下する所までを見届け、立ち上がる。黒いヴェールの光纏を纏い、銀色に冷たく光るサイスを構えるシルエットが死神の様に揺れ、
「こっちの…葉っぱは、おいしい、ぞ」
2メートル近い大鎌で大きく薙ぎ倒された周囲の植物がばさばさと音を立て、蔓や葉が周囲に積もった。
「紙…」
「紙ウメェ」
「おいで…、こっち、だよ… 」
物音に寄ってきた山羊達に、ひらひらと刈った草を揺らし与え、誘導する。
「クローバー、アケビの蔓、コウゾ…おいしい草ランキング…」
ウメェウメェと、山羊が天魔である事を忘れれば割と平和な山羊パラダイスだ。が、
「アシビ」
「ウメェ…メ゛ッ…」
「?」
さっきまで食い尽くす勢いで草を咀嚼していた山羊達が、次々と泡を吹いて倒れる。
「…」
難を逃れた一匹が、小首を傾げる酒守の背後でモグモグと口を動かす。
「あ…、ダメ、服齧っちゃ…」
口調だけはそのまま、強烈な肘鉄がスカートを食む頭部に叩きこまれた。
● 救出
「Ohヘイラッシャイ! 大したオモテナシできずにsorryね」
「精神的に不安には…あまりなってないみたいだね。良かった。ペッパーさん、もうちょっとの辛抱なので我慢して下さいね」
あまり緊張感のない救助者に少し気が抜けつつ、龍崎が外の様子を伺う。
工房から少し離れた付近で、緋色と金色のアウルの輝きと、そこから次々とふっ飛ばされている山羊が見えた。
「さて、少し待とうか、それとも…」
「あんまり急いでも良いことなんてないよぉ〜」
クラクラクラ、と笑いながら無畏が床に広げ出したそれに、龍崎がぎょっと目を見張った。
「無畏さん、あの、それは…」
「Oh! Coolオセチ!」
「お昼抜きは拷問だもんねぇ〜」
正月のJewelBoxやー! と喜ぶペッパーに無畏が寿の箸を渡す。
差し出された箸に首を振る龍崎に、依頼中だものねぇ〜と無畏が笑いながら右手のブレスレットに手をかざし、 幼体のヒリュウを出現させた。
「AmazingCute!」
「可愛いだけじゃないよぉ〜。おや、山羊さん達結構減ってきたかなぁ〜?」
「数は分からないが分散はしたみたいだ。ペッパーさん、食事の途中で申し訳ないが、今からあなたを安全地帯まで護送します」
再び翼を顕現し、龍崎が窓を開ける。
「安全な場所があるといいねぇ〜クラクラクラ」
二対の翼を揺らし、無畏が楽しげに笑った。
●山羊増量中
「ひらひらしてると齧ってくるから、低い位置で飛ばないようにね」
返事をするかのようにピーィという甲高い鳴き声を発し、鳳凰がバサリと翼を羽ばたかせ工房から飛び立った。
旋回し、ひらひらと尾羽や飾り羽を揺らし、山羊達の注目を集める。
「ほらほらおいで〜。おいしい紙だよーうーん…ヘンデルとグレーテル気分だね☆…いや牧羊犬かな」
工房内の和紙の切れ端をひらひらと撒きながら、藤井が更に誘導を掛ける。時折走りこんできた山羊の齧り付きをひょいひょいと避けつつ、酒守の元へとたどり着いた。
「夜ヱ香ちゃん怪我はない? ってうわ…どうしたのこれ」
泡まみれの地面に、山羊達がぴくぴくと転がっている。ザクザクとアシビを刈っていた酒守が作業を止め、その葉をゆらゆらと揺らした。
「おいしい草ランキング…アシビ、優勝」
「おいしい…?」
「正確には…おいしい……毒草?」
山羊がびくんっと痙攣し、倒れる。
「「…」」
若干の沈黙の後、よし! とアシビを掴んだ藤井が気を取り直し、続けた。
「結果オーライって事で! この調子で片付けていこう!」
首を傾げる酒守の頭をぽんぽんと撫で、前に出る。他の草や紙きれも混ぜながら、護符で風を巻き起こし、アシビを周囲の山羊に撒いた。
草を食べた山羊達が腹痛に倒れる中、後続の群れが襲い掛かる。
「…服、ダメ。こら…悪い子」
スカートを噛む頭部に一撃を入れ、酒守がアシビを口の中に詰め込んだ。山羊が泡を吹く。
「食べ過ぎは、ダメ…だよ」
「それにしても…倒してもきりがないねこれは。向こうは大丈夫かな」
肉ウメェ! と飛び出してきた七つ目を 呪縛陣の結界に閉じ込め、藤井が川内達が戦闘している方向を見る。
「とにかく、救助が終わるまでだ」
「…まだ、頑張れる」
酒守が頷き、小さな宝石の欠片をかざし、アウルを込めた鎖を顕現させた。
●山羊ハッスル中
「しつこい!」
肉ウメェ! と七つ目をギョロつかせて迫る山羊を炎のシールドで弾き、川内が炎のアウルを纏った足で蹴り上げる。
そのままくるりと体を捻り、背後から迫っていたもう一匹に回し蹴りを叩き込んだ。地面が焦げ付き、煙が上がる。
「長谷川、堀はまだ余裕あるか?」
「ええ、でも敵は減ってませんわ…」
堀に阻霊符を貼った即興の「檻」に、倒した肉食山羊達が纏められていた。
倒され血を流し、または炎によって焼かれたそれ何とか食いつこうと、堀の外で七つ目山羊達がガチガチと歯を鳴らす。
「肉! 肉ウメェ! 肉肉肉…」
「…気味が悪いな。本当に」
肉ウメェの大合唱に、川内が群れを睨む。食われないよう抱えていた七つ目の躯を堀に投げ込み、再び拳を構えた。
「…来ますわ!」
「かかってこい山羊怪獣!」
飛び込んできた一匹をかわし、炎を帯びた一撃を叩き込む。
花火が破裂するような爆風とともに山羊が吹き飛び、大合唱していた七つ目達が一斉に二人に首を向けた。
「肉!」
「させません!」
正面から襲いかかってきた七つ目を、阻霊符は離さぬまま長谷川が渾身のアウルを込めた拳で殴り返す。残像を帯びた金色の光が爆発し、続いていた二匹目ごと後ろへ吹き飛ばした。
「肉ウメェ! 肉! 肉!」
「そんなに肉をご所望でしたら」
どうにか齧ろうとして来る猛攻をステップで避けながらダメージを重ね、大きく前に出た所を側面に回り込む。
「これでもいかが!?」
グッと力を込め、横っ腹に向け右ストレートを放った。
「…レバーブローっていいますの。これ、『喰らう』ととても苦しいのですわよね…」
微動だにしない七つ目にそう告げ、川内と背中合わせに、取り囲む山羊達と対峙する。
「どこからこんなに湧いてくるんだ…」
川内が、呟き周囲を見渡した。
ジリジリと膠着状態が続く中、七つ目の群れの影から一匹のやぎが飛び出す。
「紙ウメェ!」
「!」
かしかしと歯を鳴らし、長谷川の抑えていた阻霊符を剥ぎ取った。
破れはしなかったものの、手を離れ阻霊符が効力を失くしたことで、「檻」が、「餌箱」に変わる。
無数の七つ目が、ぎょろぎょろと、堀を見た。
周囲に居た山羊達が、どっと堀の中へと入り込む。
雪崩れ込む山羊をどうにか止めようとするが、肉ウメェと紙ウメェの合唱は次第に大きさを増していく。
「早く堀を塞がなくては…」
「草食が入り込まないように防ぐぞ!」
堀の中で大量覚醒だけは避けなければ。怪我を覚悟で踏み込みかけたその時、突然黒い霧が噴出し、深い闇が堀の中を囲んだ。
●山羊駆逐中
「大丈夫!? 救助者は無事安全な場所まで送り届けたよ」
「なんか楽しそうなことしてるね〜」
龍崎と無畏が、顕現していた翼をしまい、地面へ降り立つ。
「肉ウェ…肉…肉ガネェ!」
堀の中から聞こえる声に、龍崎が首をすくめる。
「認識障害になれば、血肉も察知しづらくなり変化しないんじゃないかって思ってさ」
「あの鳴き声だと山羊としてのアイデンティティも崩壊してるよねぇ〜」
クラクラクラ、と笑いながら、無畏が黒い大鎌を構えた。ヒリュウを引き連れ、ナイトアンセムの暗闇の中に飄々と入っていく。
鎌の薙ぐ音、ヒリュウのブレスと雄叫び、山羊の断末魔が、途切れないクラクラクラ、という笑いとともに響き渡った。
●戦い終わって
「救助完了したって? お疲れ様! あれ? 戻ってきたの龍崎さんだけ?」
アシビを抱えた藤井と酒守が合流し、そっと指された堀の闇と阿鼻叫喚に状況を察する。
「…まあその、怪我人も出なくてよかったよ!」
「七つ目…いない」
「草ウメェ…メ゛ッ」
草食山羊にいそいそアシビを食べさせ、酒守が辺りを見渡した。川内が、ポニーテールを噛んでくる山羊に一撃を入れ答える。
「さっき阻霊符が離れた時、肉食はほぼ堀の中に流れ込んだんだ。それで今、」
「嫌だねぇ〜。つまんないのはダメだよねぇ〜、クラクラクラ」
完全に沈黙した堀の中から、所々返り血を浴び、満面の笑みの無畏がヒリュウとともにひょいと現れた。
「…ということで、堀の中は今完璧に沈黙した」
「残ったのはほぼ草食だけですわね」
腕のバンドのひらひらに寄ってきた山羊を締めあげつつ、長谷川が周囲を見る。
「まだまだあるかなぁ〜? 山をぐるっと回ってみようかぁ〜」
言うなり翼を顕現し浮かび上がった無畏が、バサリと飛び立っていく。少しして戻ってくると、不満そうに声を漏らした。
「面白いものはなかったねぇ〜。あ、牧場から撃退士達が来たみたいだよぉ〜」
先程よりも大分多くなっている気がする返り血をハンカチで拭きつつ、たいして興味がなさそうに呟き、森を指さす。
しばらくすると、がさがさと茂みをかき分け、増援の撃退士達が現れた。
「全員無事か? 凄いな、取り逃した分がこちらに向かったんで心配していたんだ…」
怪我がなくてよかった、と撃退士の青年がほっと息をつき、頭をかく。
「皆さん迅速な対応をありがとう。そのまま取り残されていたら、救助者の生命も危険にさらされていたかもしれない。感謝します」
女性撃退士が続けてそう頭を下げ、他の撃退士達に指示を出し、残りの山羊を捕獲していく。
「肉食を増やさぬよう、とは言ったが、こんなにしっかり処理してくれるとは思わなかった。おかげで今日は眠れそうだ。感謝してる」
その後、合流した撃退士達と残った山羊達や倒した七つ目達を処理し、山の脅威はひとまず去った。
そもそもの元凶についてはくまなく周囲を探索したが、何も痕跡は見つからず、謎の天魔山羊大量発生事件として幕を閉じたのだった。
●紙Like!
「Welcome! 先日はTeaも出さずにごめんなさいネ! 工房を守ってくれたお礼に、紙漉きをPresentするヨ!」
ペッパーがペーパーをPresent…ウフフ! というダジャレはスルーし、すっかり目の隈も取れた撃退士の青年が続ける。
「元はといえば、天魔に気づかず覚醒までさせた彼女にも責任があるからな、お詫びというのもアレだが君達に示す感謝として…」
「Thank you so much! そう、ゴメンナサイよりアリガトウだヨ! 作ったPaperは全部to go! オモチカエリOKだからネ! あ、ペッパーはお持ち帰りしちゃダメヨ…ウフフ!」
「するか! あとまだ人が話してるだろ大体君は昔から…」
始まった友人同士の漫才はスルーし、撃退士達は各々、自分の好みの和紙を作っていく。
「モチーフは…やはり炎だな。うん、完璧なデザインだ。あとは青と黄色…む、なかなか難しいな」
「コースターも素敵。あとは…はがきを作って、大切な人に、久しぶりに手紙を送るのもいいかもしれませんわね」
「文字も漉き込めるんだね。青系の栞なんてどうかなぁ。まあいろいろ試してみよう」
「…(今度は…志塚さんにも、見せたい…な)」
「和紙で花の髪飾りか…初挑戦にはレベル高い? いや、でも喜んでくれるなら…よし! …何色がいいかな」
「ん〜こういうの面白くないわけじゃないけどねェ〜平和すぎるっていうかぁ〜」
白と黒の絵葉書を工房に残し、無畏が退屈そうにこっそりと工房を出る。
「ここが! 喋る山羊が出没したという呪いの牧場に続き呪われた工房です! 我が番組は危険も顧みず初潜入を試み…っひ」
「へぇ〜ここそんな怖い噂があるんだぁ〜。で、そんなの流そうとしてるのは誰なんだろうねぇ〜?」
言いながらするり、と鎌の先端がマイクを引っ掛けて地面に落とす。
「クラクラクラ。じゃぁ〜、誰から肉ウメェ君に食べられに行くぅ〜? まだこの近くにいるかもねぇ〜」
最期くらいは見届けてあげるよぉ〜。と笑う無畏に、キャスターがブンブンと首を振り、カメラマンとともに大慌てて車で逃げ去っていった。
「無畏さん! お昼にするそうですよ。…今誰かいました?」
「誰もいないよぉ〜」
クラクラクラ、と笑う。まあ、こういう日があってもいいかもしれない。
「よし、天日干しするヨー! キッチリ乾燥したらちゃんと送るから楽しみにしててネ!」
板に貼り付けた色とりどりの和紙達が、作った者達の込めた思いを反射して、陽の光を浴びながら深い緑の中で優しくきらめいていた。
和紙と七つ目の山羊 了