――進級試験を受けたことがない僕には、無用の話であるのですけれど。さて‥‥。
図書室の前を通り掛かったとき、声を耳にした彼は奇術士。
扉を開けるわけでもなく素通りし、来るべき刻の先へ向かう。
そして、昼を告げる鐘は鳴り響いた。
●図書室/昼
「そうよ学食行こう」
鐘を受けて大貫薫(jz0018)は、学食に向かおうとしたのだが。
「本、片付けた方がいいと思う。戻ってこないならなおさら、ね」
落ち着き払った、少女の声が薫を呼び止めた。声の主はどこかと探すも姿はみえない。
しかし少女の声が言うことは最もであるとして、薫は本を片付け始める。
すぐ横に本が山のように積み上がっていた。片付け損ないかとついでに手を伸ばす薫。
「あと、さっきの、声の大きな独り言だけど、悩むくらいなら進級してみたら? 留年したとして、絶対にやっておきたいことがあるわけでは無いんでしょ?」
少女の声の道しるべに、無いかもしれない、と考える薫。
「新しい事を知る方が絶対に楽しいわよ。留まることで手に入れられるものがあるなら、または誇りをもってやりたいことが『留年』であるなら、私は尊重して止めないけど、ね」
本の山を外から取り崩していくと中心で見上げる声の主、ナナシ(
jb3008)と目が合った。
「この本、私が読んでるから片付けないでいいわよ?」
「声の主、さん?」
幼い声だなとは思っていたが――まるで薫の想像を見透かしたように、
「悩める後輩の相談にのるのは先輩の仕事であると思うから。まあ、大学部に編入して長くもないけれど、多分あなたより長く生きているしね」
多分、というのは学園に保護される以前の記憶が欠損しているため、とナナシは補足する。
調査初っ端から大人びた少女悪魔による、真理に近そうな提言を受け、考えようとするが、しかし、
「悩むだけ損だとも思うわよ? それに学食に行こうとしてたのよね? そろそろ行かないと危ないんじゃない?」
ぽつり、悩み留まった結果の一例のように示すナナシ。薫は急ぎ本を片すと図書室を飛び出していった。
ナナシは訪れた静寂の中で本の文字を追う。
●学食→屋上/昼
ギリギリ手の届く距離にあった人気の焼きそばパン。
並木坂・マオ(
ja0317)は勝利を確信し掴もうとする。が、空振り。
「なぁ――!」
寸負けだ。勝者エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が爽やかな表情を浮かべている。
けれど悔しがってはいられない。ここは戦場、すぐさま転進。腹が求める獲物を直感的に選び獲る。
――‥‥
マオは戦利品を大事そうに携えて屋上にあがった。既に人の姿もあるが、邪魔にならない適当距離に腰を落とした。
「むっふっふ〜♪ 焼きそばパンは取り逃しちゃったけどっ!」
袋から取り出したのは揚げ立てカツサンド。
「しっとりも美味しいけど、今日はサクサクっ! では」
一旦カツサンドを膝の上に置き、両手を合わせて合掌。のち、
「いっただっきまーす!」
一気に包装をはがし、齧り付くマオ。噛めば噛むほど口いっぱいに広がる肉の味。
食べ始めているとはいえ、何処から何者が狙っているとしれな――などと考えていたらカラスと目があった。
黒い瞳がじっと見つめてくるが、マオも負け時と睨み返しつつむさぼる。
カラスの侵攻は一歩も認めない。
「はい、ごちそさまでした!」
勝者マオ。しばらく恨めしそうに見ていたカラスだが、やがて飛び立っていった。
ふと横をみれば厳つい風貌の男子生徒。ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が書物を読み流していた。
(むぅ、この風格。‥‥この人が今のカラスだったら勝てなかったかも)
何の書物かと、目を細めれば見覚えある同学年の参考書。
「久々に思い立ってだったが‥‥こんなもんか。忘れてるかと思ってたけどそうでもないもんやな〜」
読み解くことに一切の難などない。ゼロの言葉はそう物語る。
また別の参考書を手にとり、頁を送るが、決して解らない所を読み飛ばしているわけでなく確認し進む風。
「あ〜、そろそろ進級試験だったかぁ」
嘆息しながら思い出すマオ。
進級できないということはなかなかにないが、今年の点数を想像して、めまいがした。
さらに追い討ちをかけるよう、昼の終わりを告げる鐘が鳴る。
隣のゼロは余裕のある表情で参考書を抱えると、教室棟の方へ戻っていった。
マオは二の足を踏んでいる。次の授業はサボりも考えたくなるくらいに苦手な科目。
だけど、
「あーー! もうっ。やっぱりあたしに、考えるなんてムリっ! とりあえず駆け足っ!」
うんっ、と目いっぱい気伸びをしてからゴミを片付け、荷物をひっ下げ、マオは風のように滑らかに走りだした。
固まった気持ちを解すのは身体を動かすのしかない!
そして走りながら思い至る『そもそもサボったら成績どころか単位もヤバい!』と。
●部室棟/午後
一足早く部室に入り、支度をしている女生徒。名を長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)。
「多分このお休みは進級試験に備えて勉強を、とのことなのでしょうが‥‥まぁ一番は無理にしても、留年するような失態はおかさないでしょうからね」
勉強に関しては特別慌てる必要がない程度に進んでいる。
それよりも、今日は彼女にとって大事なボクシングの試合があった。
相手は大学部の学生。直接顔を見たことはないが、名前は聞いたことがある。
「とても‥‥お強いのでしょうね‥‥」
無意識で息をのむみずほ。握る拳に力が篭る。
「あっ‥‥と、いけませんわ。振る舞いを乱しては気も乱れてしまいます」
力を解いて壁際の棚に向き直る。あせりは禁物。
棚の中にはティーセット。他の部員たちが来ていないが、先に楽しもうと用意する。
(勉強ばかりが進級試験ではなし。実技――今回の試合も評価のひとつとして使われるという噂を耳にしております。ゆえに、わざわざこの時期の試合なのでしょうね)
勿論試験に影響しようがしまいが、試合に臨む姿勢が変わるわけではない。相手に失礼のないよう全力で挑むのみ。
程よく蒸らしたのち、軽くまぜてカップへ。部室で出来る範囲で最良の一杯。
パイプ椅子に腰掛け香りを楽しんでいると、部室の扉が勢いよく開き後輩たちが元気にやってきた。いつもの風景。
「ふふっ。お先に失礼していましてよ」
みずほは余裕を含んだ笑顔で迎える。
●放課後
授業が終わり、開放的な時間がやってきた。
はしゃぎ走り回る生徒らの傍らで箒を持ち、積もった落ち葉などの清掃に勤めているのは黄昏ひりょ(
jb3452)。
「いよいよ秋到来といったところですかね」
見上げれば、まだ青々している木もあれど、早いものは冬に向けて葉を落とし始めている。
「あ」
落ちる落ち葉を眺め、閃くひりょ。
(畑の方で収穫されはじまってるのもみたし‥‥。あ、でも間に合うかな?)
気付いてしまえばどう成すか考える。幸い天候の変化を予見する頭痛のおとずれもない。思い立ったが吉日、
「せっかくだしやってしまおう!」
ひりょは区切りのよいところで作業を中断すると、思い切りよく目的地へ駆けた。
――‥‥
学園事務局のひとつにて。
月乃宮 恋音(
jb1221)は受付窓口に座り、情報端末のキーボードを猛烈な勢いで叩いていた。
電話も丁寧に受け、冷静且つ正確に対応。高等部の学生ながら現職そのもののような仕事ぶり。けれど、
「すみませーん。学園の、進路とか進学についての資料ってすぐ見られるのかな?」
「きゃ」
対面となると、コンプレックスと赤面症が隠し通せずしどろもどろに。
(だいぶ慣れたつもりでしたが‥‥、と、突然はまだまだ、ですよぉ‥‥)
二度三度深呼吸をして応対する恋音。
「はい、ええとぉ、ど、どの学年のですかぁ‥‥?」
「中等部3年から高等部への、で合っているはず」
尋ねたマステリオ自身、現在中等部3年に属している。
「少々お待ちください‥‥」
資料一式を胸に抱え、戻った恋音だがマステリオの姿はなく、備え付けのメモ帳に走り書きが残されていた。
『まもなく必要そうな人が来ると思うのでその人に』
必要そうな人とは誰だろう?
勿論思い当たる節などなく、戸惑っていると受付に影が立った。顔を上げる恋音。
「あれ? 確か雅人さんの恋人さんで、月乃宮さん?」
「‥‥あ。奇遇ですねぇ‥‥。いつもお世話になっていますぅ‥‥」
今度は大丈夫、と胸をなでおろす恋音。落ち着いた仕草で丁寧に挨拶を返せた。そしてふと、
「この資料を必要な人は‥‥黄昏さん、では‥‥ないですよねぇ‥‥?」
「ん? 高等部への進学について? 俺はもう高等部だから、うん」
恋音はひとまず資料を脇に置き、用件を尋ねる。
「急なんだけどね。焼き芋大会を開こうと考えているんです。場所も、火も使うし、人も集まることになるから申請が必要と思いまして。どのくらいで出来るかな?」
「そうですねぇ‥‥」
情報端末の前に戻った恋音は、即座に必要となるものの利状況を確認し、今後の予定を確認。さらに人を集めるため必要な時間を考慮し予約を入れるとなると――
「明日の昼前くらいなど如何でしょう‥‥?」
「じゃあ、それでお願いできますか?」
「はい、かしこまりましたぁー」
利用許可証を手渡し、案内する恋音。
「ありがとうございます。もしよければ月乃宮さんも、雅人さんを誘って来て下さいね」
一声かければすぐに集まりそうな人数を抱える学園であるが、開催まで24時間を切っている。これよりひりょは、張り紙作りと、設置のため、学園を駆け回ることになる。
ひりょと入れ替わるようにやってきて恋音に声を掛けたのは大貫薫。
「すっみませーん! 高等部進学についての」
「あ。なるほどぉ、大貫さん、だったんですねぇ‥‥。」
「‥‥?」
どうぞ、と脇においておいた資料を手渡す恋音。
「‥‥違いましたか‥‥?」
「いや、はい。そうだけど」
恋音は同時、焼き芋大会への誘いもかけるのだった。
●図書室/放課後
日が西に傾き始め、茜色の陽光が目にささる頃、図書室のブラインドは下ろされた。
学年学部、国籍人種どころか種族を飛び越えた多様な生徒が興味を持った調べものに、あるいは将来を見据え、真剣に学業に臨んでいる。
龍崎海(
ja0565)は、いづれにも属すひとり。
「心肺蘇生法など、一年くらい経つと適切なやり方が変わるんですよね」
最新の情報を求めて、専門用語の並ぶ医学雑誌を読みふける。
「こんな技術も開発されて‥‥。うん、実用化が待たれるところだね」
実用化が待たれるといえば、撃退士の持つアウルを一般医療へ適用できないかどうかも悩ましい。
例えば『生命の芽』。海自身、まもなく習得できそうな手応えを感じ始めている。そのときに備え、自分ならどう使うかどう使えるか、仕組みから推論を展開してみる。
使用実例は極めて少ないが、回復魔法の治癒原則は『細胞の活性化』。表面的な切り傷などは恩恵を受ける。
一般に撃退士が負う『重体』は休息期間を経て回復される。また重体とは『主要部位の骨折』『激しい脳震盪』などを負った状態を示し、撃退士でさえ細胞を活性化させたからといって即時に治るものではないものと定義されている。
「やっぱり奇跡の部類か。もし重病も治せるなら――いや、仮に直せるにしても日に何人が救える? ‥‥現実問題、実用化は困難な道、か」
助けられる範囲が広がるには違いないが、数に限りはある。
下手すると救済を求めて学園に一般重病人が押し寄せかねない。その時学園は彼らを受け入れるのだろうか?
「命の優先順位――は、あるだろうね」
海はそれ以上言葉にせず、考えるのも止めることにした。将来的には考える必要があることを理解して。
海の近く、別の学習組では。
家での勉強は中々にはかどらず、とする礼野 智美(
ja3600)が、同学年で親友の美森 あやか(
jb1451)と共に居た。さなか、海の呟きが耳に入り始まるひそひそ話。
「‥‥あの人、とっても真面目に勉強してますね」
「ああ、医療系に進むんだろうな。あやかと同じく、命を大事にしたいと思って居るのかも知れない」
「う、うん。そうだといいな。お医者様かぁ。あたしは将来なにになろうかな?」
あやかは考える。自分はこの先どうしていこうか。
「とりあえず卒業しても撃退士をしてなかった場合のため、留年だけはしたくないよね」
「この学園はともかく、一般認識でははそうだろうな」
智美と認識が同じであることを確認するあやか。
「智ちゃんは、卒業してもきっと立派な撃退士でしょう? お姉さんのボディーガードになることは決まってるんだし」
智美の家は地方の土地神を祭る神社。巫女に就いている姉の護衛者としての地位は確定しているようなもの。
「まあ、この先の戦いでも五体満足で生還しつづけられた場合の話だがな。万が一再起不能になったら――そうだな、秘書にでもなるか」
日々激しくなる戦いをおもい、慎重に考える智美。
「どっちでも格好いいかも、智ちゃんにぴったり」
にこにこと微笑むあやかに、智美は話を戻す。
「戦うばかりが撃退士ではないが。あやかの場合はそうだな‥‥うん。世話好きだし、保母さんとか似合うと思うが」
「うん。子どもは好きだよ?」
「勤務先で考えるなら養護施設、介護施設とか? 孤児院のスタッフなんかはボランティアになりそうか」
「うん。お年寄りのお相手も好き‥‥なんだけど‥‥」
親友の姿勢から思いつく職を提示してみた智美だが、あやかは言葉と裏腹に表情は曇るばかり。
なぜだろう?
「あ‥‥旦那か」
「わ。さすが智ちゃん。何でもお見通し」
あやかはすごい、と驚いてみせた。
「うん。そうなんだよね。お兄ちゃ――じゃなかった。旦那様は『悪魔』だから学園を離れたら、色々心配ゴトがあると想うんです。ここでは普通でも、ここ以外の普通に天魔は居ないんだよね?」
存在を隠し生活してきた天魔も数いれど、これからも同じと限らない。学園を離れ夫婦共に普通を得るのは、現情勢では相当困難のはず。
「やはり道はこの学園関係のみか。一般科目の教官や保険医、司書辺りはどうかな」
「ふふ。益々、留年、退学とか出来ないね。頑張らないと」
撃退士は学園で撃退士をしている限り、学園の授業費などが免除される。しかし途中で道を異なろうとする場合、免除されていたものを一気に請求される世知辛い現実もある。
「うまいだけの話はない、といういい例だな。さて、長話が過ぎた。このままでは今日の分が終わらなくなってしまう」
「うん。改めて、宜しくお願いします」
あやかは、居直って礼をするのだった。
●校庭/放課後
運動部の練習風景を堂々とした仁王立ちで見つめる男は若杉 英斗(
ja4230)。
決してマネージャーなどではないのだが、堂々としすぎているため見咎める者は存在しない。
それでも尋ねる者がいれば、英斗はこう答えた。
「イメージトレーニング」
もしかすると見つめる先は目の前ではないのかもしれない――人は邪魔をしないよう静かに離れる。
現実は、
(体操着で汗を流す女の子。うん、素晴らしいよね! 最高だよねっ!)
目前の、主に女子を見つめていた。
「――って! ちがうっ! そうじゃない!」
あるとき、はっと我に返る。
突然の奇声に一部生徒が、英斗に注視するも、すぐ練習などに戻っていった。
「ふぅ、危ない危ない。最初は真面目に考えていたはずなのにおかしいな‥‥」
どこから女子の姿を追い始めたのかは置いておいて、英斗は本来の思考に戻ることにする。
最近は下級眷属のみならず、より高位の敵を相手取る機会が増えている。
「俺は防御が得意だし、やっぱり受けてからのカウンターを身につけるのがいいのかなぁ‥‥」
再び校庭に目を向けると、丁度投球した生徒がいた。
英斗はボールを攻撃を見立て考える。
単純に真っ直ぐ飛んでくるなら避ければいい。けれどカウンターを仕掛けるならば、瞬間を狙って踏み込まないと。つまり、今からでは間に合わないから避ける。又は受ける。
次の投球に備え、生徒が構えた。
(振りが大きい、つまり、大技と想定して)
踏み込みに注視し、飛んでくるボールを避けながら懐に一撃を叩き込む! カウンター成功! のはず、だったが――
「とぅぁ!?」
意図していない即頭部に激しい衝撃を受け、バランスを崩す英斗。
頭を抱えながら足元をみると、サッカーボールが転がった。
無事を心配する声が聞こえる。一方向だけの攻撃に備えていて気付けなかったようだ。不覚。
「ぜんっぜん問題なし!」
英斗は元気な様子をみせてからボールを大きく蹴り返した。
手ごろな段差に腰掛け、英斗は考える。
「なんか、こう。全方向からの攻撃が感知できて、耐えて、カウンターできるような新必殺技みたいなのがバァーン! と出来たりしないもんかなぁ」
「バァーン、とされたのはあなたの方に見えたけど、大丈夫だった?」
「あ、大貫さんじゃん――そういえば進学について悩んでるんだって?」
英斗は通りの向こうでハロウィンにはやや早い、カボチャ容姿をしたパフォーマーから聞いたことを話す。
「高校生になれば、またいろんな新しい発見、出会いもあって、楽しいと、俺は思うよ?」
薫は驚きつつも英斗の意見も参考にすると感謝を述べた。
「ところで何してたの?」
「イメージトレーニング」
校庭を眺めながら、英斗は静かに答えた。
英斗らの居場所から離れた場所で、みずほは、路上で手品をしているカボチャの人を見つけた。
人が周りを囲んで楽しそうにしている。
みずほも気にはなったが、まもなく試合の集合時間。足を止めてはいられない。
(わたくし、負けませんわ!)
表情を引き締め、試合相手のホーム、大学部へ強く歩を進める。
●討伐任務/放課後
「ァははは! 邪魔してるアナタたちが悪いのよォ♪」
飛び掛ってくる兎や土竜を相手どるのは黒百合(
ja0422)。途中まで仲間もいたのだが、今はひとり。
通りすがりの奇術士が糸で援護してくれのだが、もう居ない。
明日大会を行うこの場所を、下見にきてみればディアボロとサーバントが居ると通報があり、黒百合らがあたった。
「試験が始まったら戦闘依頼には出てられないからねェ‥‥この機会、たっぷり満足させてねェ♪」
叩き潰すことを純粋に楽しむ黒百合。敵も狂気にひるんだのか、怯えを見せ始めている。
「残念、もっと潰しがいがあると思ったのに――ネェ♪」
漆黒の巨槍は一切逃がさず、柔肉を順に串刺していった。
「ゎーすごぃ」
実力差を目の当たりにし、呆然する薫の声。
「あらァ? 薫、久しぶりねェ。よかったら手伝ってかない?」
誘う黒百合に、薫は周囲の警戒を手伝うため足を止める。
見ている間にも黒百合はローブの裾を翻しながら優美に敵を仕留めていった。これ以上槍に刺さらぬといったところで、敵の姿も見えなくなる。
「はぁぃ、お終い♪ あっけない相手だったわねェ」
蹂躙できたことを満足する笑顔で、黒百合は額の汗を拭う。
「お疲れ様‥‥に、しても一人?」
「いいえェ? かなり凄い子が一緒にいたんだけど、追撃してる間にはぐれちゃったのかしら? まあ、キリ良いところで切り上げてるでしょ」
配する様子のない黒百合は、
「それより、動いた後はお腹が空くわよねェ。どう、一緒に? この近くに良い店があるのよォ」
薫の手を引いた。
(‥‥い、いいのかしら?)
――‥‥
黒百合と共に任務に当たっていたらしい、かなり凄い撃退士・雪室 チルル(
ja0220)は今。
「あたいの直感が告げている! ヤツは必ず、この旧校舎に潜んでいると!」
敵の追撃をしている間に不穏な気配を放つ旧校舎の中へ足を踏み入れていた。旧校舎とはいえ放棄されてはいない。
「きっとツチノコがまぎれてるわね」
いついかなる時遭遇しても応対出来るよう準備しているのが一流のツチノコハンターだ。チルルも腰に結んだ虫網の存在を確かめながら廊下を進む。
「むっ!」
動くモノを感知し、網を抜き取り掬い取ると、鼠だった。
「‥‥コレじゃない」
窓を開けて外へポイ。
気を取り直して前進再開。
「はっ!?」
自分が狙われている視線を感知したチルルは素早く壁に背を預けた。
――どこから来る!?
ソレは弾丸の勢いで向かいの教室内から飛びかかってきた。
瞬時に判断し氷盾を発動、展開。氷の結晶が弾丸を受け止めるチルル。着地した相手をみると、全身が紅く輝く兎、サーバント。よくみればあちこちに夕日とは違う紅い光が見える。
「まさかこいつ等がツチノコを襲い、数を減らしている!?」
このままではこの旧校舎にいるであろうツチノコも襲われてしまう!
チルルは得物を虫網から愛用の直剣に持ち替えると、すさまじい勢いで兎らを蹴散らしはじめた。
切っては捨て、切っては捨て。獅子奮迅の大活躍。
しかし、旧校舎に潜む敵を全て倒してみても、ツチノコの姿はまるでみえなかった。
「怖くなって隠れているに違いないのよ!」
極めて前向きなチルルは夜、改めて訪れることを決心する。
●公園/夕暮
誘われるまま向かった甘味屋で、時も目的も忘れ味わい合った頃、思い出す黒百合。
「そういえばァ奇術士がいってたんだけど、進学したらいいんじゃないのォ? 青春なんて学年で決まるものじゃないしさァ♪ それにまだ若いんだから細かいことなんて気にしなァい♪」
けたけた哂いながら、陽気に相談を聞いていた黒百合も報告のため学園に戻っていった。
闇が濃くなってきた公園をランニング中だった新井司(
ja6034)は、気重そうにしている薫を見かけ、声を掛けた。
「ああ。さっきあっちで路上手品してたカボチャの人が、悩んでる人に出会うだろうとか言ってたっけ」
休憩のついでと称し、足を止める司。
「大学部ならともかく、キミ中等部でしょ? 留年しようか悩んでる人も結構珍しいとおもう」
鋭すぎる指摘に胸が痛くなりはじめる薫。真面目に、アドバイスをくれることもありがたく、かつ申し訳ないような気持ちで一杯です。
「悩むこと事態はいいことだよ。子どもで在れる私達の特権だと思うからね」
ガチャン、と音がして、自販機からトマトジュースが吐き出される。飲むのは司。
「でも、個人的には進級することを進めておくわね。流石に中学留年は、ちょっと、ね。大人になったとき後悔すると思うのよ。特に英雄であろうとする私達撃退士は――より、英雄像に近い模範であるべきだと思いたいから」
途中から。司は、どこか自身に言い聞かせるような口ぶりになった。
「英雄ってなんなのかしら?」
「私もその定義を知りたいわね。目指した全員がなれるわけじゃないことは最早しってる。なのに目指すことを止めることも最早出来ない。微妙な存在。でも撃退士は寄り近い場所だと思う」
「確かに留年した英雄候補なんて格好はつかないわねっ!」
冷静に見せながらも、司の内面は目指したいもののため、薄闇の中で輝いているようだった。
トマトジュースを飲み終えた司はまた走り出す。進むことをやめないために。
司が走っていると、清清しい表情をしたみずほとすれ違った。見る者も同じく暖かく嬉しく感じられる笑顔だ。
彼女は何を得たのだろう?
●深夜
夜食と酒を持参して、夜を飛ぶのはゼロ。
鳥と虫の声が支配する山中い着地すると、ひとり明るい月を見上げ月見酒に興じた。
(学園は俺ら純粋な天魔だけでなく、半端モノも受け入れた。そしてまた、新たなモノを受け入れようとしている?)
ゼロは勉強の片手間、いくらか調べてみたが明確な答えは得られなかった。だがしかし、多くのものは気付いている、
「少なくとも、お前らじゃぁないんや」
大鎌を一閃すると、獣の骸が出来上がった。モノは光に溶けて消える。紅い兎。
「無粋なやつやなぁ。兎なら大人しく月ん中に居るとか、風情くらいだしてくれてもええやないか」
いっても聞く知能もない、と現れるモノは全て抹殺昇華。邪魔するものは消えた。
「さて。今日のお相手は月と星さんやと決まってん。のんびり、続きいこか」
ゼロは地面にどっしりと座り、再び空を見上げた。
――‥‥
ゼロが邪魔者を排除した頃、チルルは邪魔者に捕縛されていた。
「暴れてたのはあたいじゃなくて、サーバントよっ! あたいはツチ――じゃない。残党がいないか見回りにきただけなんだってばー!」
夕方、何者かが旧校舎で暴れているという情報を受け、調査に来ていた生徒らに、チルルは捕まってしまったのだ。
脱走を試みたものの、相手も任務として調査に来た撃退士。一筋縄ではいかない。
「くっ‥‥こうしてる間にもツチノコが、ツチノコがぁーー!」
泣いても喚いてもチルルを助けるものはいない。孤立無援の大窮地。
結局、ツチノコには会えていない――。
●図書室/朝
授業が始まるよりも早く図書室にいるのは勤勉なものばかりでない。
「ここは、わかりますね?」
「タブン?」
教えているのは長田・E・勇太(
jb9116)。
教えられているのは高等部3年女生徒。宿題が終わらない! と駆け込んできたところ、勇太が見つけ、手伝っている。
「これはヒドイですネ。あまり使わない方がいいスラングばかり‥‥。知っていて損をすることはありませんが、使ってはいけナイです。オーライ?」
「ザッツ サッパリ! センセイ、どれがスラングだかわかりません‥‥!!」
「そう、デスネ。とりあえず、いくつか書きマス、ので、知ってル意味を答えてもらえまスか?」
「イ、イェス」
不安そうな声を察しつつも、ひとまず身近なスラングを書き連ねる勇太。自身が傭兵時代に使っていた言葉も混じっているが――逆に全てわかるならそれはそれで興味深い日本人といえる。
勇太は、授業が始まるまで、根気強く、出来の悪い女生徒に付き合うことにした。
●準備中!
枯れ木の並ぶ路を掃き進むチルル。向かうは会場・畑だ。
同じように箒を持ちつつも、黒神 未来(
jb9907)は畑付近に集められてきた落ち葉を纏めていた。
「焚き火をするにも燃料は必要やからな。ってこれ、湿ってて燃やせへんがな!」
木陰にあったのか、水気の多い葉は除く。
「名プロレスラーが『いいレスラーは箒とプロレスが出来る』いうてたけど今は関係あらへんな。うん」
だが、燃えやすい相手を選ぶ目利きは鍛えられるかもしれない。
「黒神さん大分集めたね! そろそろ主役の出番かな?」
親友同士、ひりょの企画に協賛した袋井 雅人(
jb1469)も、己の落ち葉を山に掃き加えると、楽しそうに告げた。
もちろん主役というのは、
「じゃーん! そこの海を挟んで産地直送、茨城県産のベニアズマですよ!」
ひりょではなくて、芋。
「ふふん。それをいうならうちも負けてられへん。2つの秘密兵器のうち、1つをださなな! これや!」
持ち込んだトートバッグから取りい出したるは、
「あっちの海を挟んで産地直送、種子島産、種子島蜜芋や! 甘くて美味しいんやで〜」
雅人も未来も、互いに勝ち誇った表情を崩さない。二人の間に、一番芋を巡る火蓋が今、
「やあ、ふたりともありがとう。お疲れ様には早いけど、今日はよろしくお願いしますね」
切られなかった。主催者ひりょが顔をだしたのだ。
「いえいえ、こちらこそ。自主的にしてた掃除中に閃くなんて、流石なのですよ! 及ばずですがお手伝いですよー!」
雅人の言葉に、未来も頷いて同意を示した。
「さ、もう少ししたら人が来る時間です。準備を進めましょう」
「「おー!」」
●開催中!
ひとり1本持参で。とあったものの、とある教員の支給により余剰が出せた。飛び入りで来る者のことも考え、
「秘密兵器2つ目や! 新聞とアルミ‥‥あ、3つ目が潜んでおったで」
未来は手際よく芋を焚き火にくべていき、チルルは足りなくならないよう落ち葉を集め続ける。
頃合をみたひりょが来場者に、
「今日はありがとう。ゆっくり満喫していってくださいね」
参加の礼を述べながら飲み物と共に手渡してゆく。
勉強のお礼に、と誘われた勇太は女生徒と分け合い、マステリオは独力で召喚した小柄なヒリュウに焼きたての芋をむき与える。その後ろでは、彼より大きい芋を入手できた、とマオが喜んでいた。
図書室のナナシ、海、あやか、智美は、遠く立ち上る白い煙を横目に勉学につとめ。校庭では、みずほや司が走りこみを行うさまを眺める英斗がいた。
遠く山のゼロの目にも狼煙は届き、新たな獲物を狩っていた黒百合も、
「あァ、なるほどねェ」
昨日邪魔者討伐した場が無事使われていることを確認する。
少し遅れながら、小走りにやってきたのは薫に手を引かれた恋音。腕には籠を提げている。
「準備に手間取りまして、遅れてしまいましたぁ‥‥」
息をきらせ、そわそわし待っていた、恋人の雅人に謝る恋音。雅人はほっとした様子。
「これも、一緒に焼いていただけますかぁ‥‥」
差し出したのはホイル包み。人数が多くなりそうと聞いて、多めに作っていたら遅れた、とのことだ。
一番最初に焼きあがったものを確認し、恋音は雅人に食べてもらおうと差し出す。
「はい、どうぞ‥‥」
「さすが恋音」
バッチリ、と感動され、微笑む恋音。
「大貫さんも。はい、どうぞ‥‥」
「え゛!? あたしも!?」
「‥‥あまり考えすぎても、駄目ですよぉ‥‥、気楽に、ゆっくりと、‥‥です」
このこと、ではないけれど、と。恋音は付け加え差し出す。
次々焼きあがるホイル焼きを、参加者らは笑顔で頬張る。
進級試験まで、あと何日?