●白銀の畑
指定された畑へ近づくにつれ、雪は深くなっていった。通報者兼被害者一人分の足跡を除けば他は新雪状態。
「‥‥寒い‥‥早く倒して‥‥戻って、暖まりたい‥‥」
陽光を浴び白銀に煌く雪原を前に、ダッシュ・アナザー(
jb3147)が白い息を吐きながら言葉を漏らすと、
「あら。では踏み込む前に暖かい紅茶でもいかがかしら? リラックス効果や集中力向上効果もありますのよ?」
こんなこともあろうかと。長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)は携帯してきた魔法瓶の中身を手早く仲間に振舞っていく。礼を述べながらひとくちふたくちで飲み干して、
「ん‥‥少し、落ち着いた。どんな敵かも、分からない‥‥。気を引き締めないと‥‥」
再び雪原を見たダッシュの目は鋭かった。
「それではまいりますわよ!」
正直、みずほ自身も緊張を解したくていた。学園で、偶然ではあるが初めての実戦任務になってしまった授業。必ず成功させて帰還する――昂る気を抑え、雪原に足を踏み入れた。
一先ず目指すは中央。
道中、楊 礼信(
jb3855)等は念のため阻霊符を展開しながら進行した。
「‥‥正体不明なのが少し心持たないですが、大きな被害が出る前に僕たちがどうにかしないと、ですよ」
得られている情報は一般人の体験のみ。雪の下、紅く輝くもの、流れた血。他に想定されることとして、天魔ならば雪の更に下、地面にも潜ることも可能だ。奇襲を警戒するに越したことはない。
「‥‥紅い、雪。近づくまで、何もしてこなかった‥‥。近づかなければ‥‥攻撃されない?」
ダッシュは情報を反芻しながら、誰にでもなくぽそりと呟くのであった――。
●適材適所
「それではここを基点としようか。長谷川さんと楊君はこの場で待機を」
的が潜むと予測される戦域の、およそ中央で美森 仁也(
jb2552)は、擬態を捨て、悪魔としての姿に戻りながら告げる。被膜の翼が大きく羽撃たかせると、間もなく飛翔。歩いてきた方角に残る足跡を基準にし、向かうは南。
「怪しいものを見つけたらすぐ連絡するから! 通信受けられるようにしといてねー!」
続いてシオン=シィン(
jb4056)も、担当である西へ向かい飛んだ。帽子からあふれ出た長い銀の髪を、銀狐の尾のように揺らしながら――時折不安になるように不安定気味なのかふらふらと。
「う‥‥や、やっぱし独りでいかなきゃならないっすか‥‥? ならないんすよね‥‥。うぅ‥‥」
おどおどしながら猫背に翼を現すのは虎守 恭飛虎(
jb3956)。確かに初任務で独りになるのは心細いことだろう。けれども与えられた役目、
「こ、怖いけど頑張るッす! お役に立てたら嬉しいっすからねっ!」
意を決し東の空へ飛び立った。間もなくダッシュも黒翼に混じる茶色い羽先で風を切り、北へ。
そんな翼持つ者たちの影を、みずほと礼信は見送るのであった。
●四翼の智恵
きっかけはたいしたことではなかった。巧く飛ぶため集中し、必要より高く舞い上がっただけ。
「あれ? なんだろう? あかいキラキラ?」
シオンの鋭い感性に引っかかるものが在ったのだ。高く、遠く離れていてまだはっきりとは分からない。けれども周囲と輝き方が違う。
滞空時間に気をつけながらも慎重に高度を落とし、近づくと、色は徐々に鮮明になっていった。
血のような紅。
「もしかしてこれが‥‥?」
思わず興味本位で手を出してしまいそうに。けれどそうして難を受けたのが通報者だ。二の舞にはなれない。
シオンに気づいて居ないのか紅い光はもぞもぞと蠢くのみ。間違いだったらごめんなさい‥‥!
そんなことを考えながら手の中に両刃の戦斧、ポリュフェモスを顕し、振り上げ、光目掛け、飛行体勢から一気に振り下ろした。
粉雪が辺りに舞う。
反撃はない、出来ない。だが、傷もない。違えたか避けられたか。
「う、兎!?」
視界が晴れた後、シオンは確認する。発光体が兎であることを。
おっかなビックリ索敵中であった恭飛虎はシオンからの通信に真っ先に飛びついた。
「み、見つかったっすか!? 中央へ追ってるっすね、了解っす! 俺の方はまだみつかってないッすけど‥‥戻った方がいいっすかね? ――え? いるか居ないかだけならすぐ見分けられる? ――やってみるっす!」
内容は敵の様相が紅く光る兎であるという報告と、高度を上げて高い位置から見渡せば見つけやすい、という提案。いづれも多元接続で全員にすぐさまいきわたった情報だ。
仲間の声に勇気を貰い、高く飛ぶ恭飛虎。
(‥‥見つかって欲しいけど、見つかって欲しくもないというか――い‥‥なそう‥‥っすかねぇ‥‥)
最大高度は30m。高すぎては視力で捕捉しきれない可能性もある。視認できる限りの高さから一望――するも、紅く光るものは確認できなかった。自由に光を操れるなら潜んでいる可能性もあるが、シオンによると、常時光っているとのことだった。
「この方角にはいない、ってことっすね! ええっと、長谷川さんに連絡して、戻るっす!」
中央に集められるであろう敵を待ち伏せる為、恭飛虎は全力で戻る。
「見つけた‥‥発光体!」
滞空したまま、仁也は兎の正体を暴く為、中立者で挑む。伝わってくるアウルの波動‥‥、
「これは――天、奉仕種族か‥‥!」
見事見破る。仲間を思えばはぐれ悪魔が4翼に、守護者――アストラルヴァンガード――の礼信に、人間であれど冥魔の力を行使可能な阿修羅のみずほ。殲滅力として優位に立てたようにも思えた。けれど、
(こちらの力も増すが、奴らの力も同じく増して返って来る‥‥少し厄介か)
注意を促すことも含め、仲間達に兎が奉仕種族であることを告げた。同時に他の区画の索敵情報も返される。一対一は極力避け、やはり集まるべきと判断。
兎はシオンの時と同じように、仁也に攻撃を返すことはなかった。間近、真下によってはくるが、反撃がない。しかし向けられる鋭い敵意は確かだ。ではなぜ?
疑念を抱きながらも、ウィンドクロスボウを構え移動すると兎も付いてきた。
(飛行時間にも限界がある‥‥このまま連れて行く‥‥!)
仁也は付かず離れず、合間をみて技の活性化を変更しながら飛び続けた。
ほぼ同じ頃、ダッシュも兎を見つけたものの、巧く誘導できずに苦戦していた。
(応援を待つ? ‥‥足止めに、徹するべき‥‥?)
中央に向かうよう追い込もうと距離を置くと、付いてくる兎。一時的に着地してしまった時噛まれた足が痛んだ。だが兎にも言葉どおり一矢浴びせている。敵意が鋭く刺さる、けれど。
「‥‥遠距離攻撃は‥‥できないの?」
着地した時は受けて、飛んでいる時は受けなくて。ダッシュはひとつの結論を得る。畳みかけ倒せるならばいいが、滞空出来なくなった時、地上で優位に立ち回れるとは思えない。一度引くべきか‥‥? と唇を噛んだ時、聞こえた。
『現在2羽目を誘導中。兎は奉仕種族だ、痛手を与えられるが痛手を受ける可能性も高い、注意を。また、反撃はないが付いてくる特性‥‥? があるようだ、無理に立ち回らず、中央に向かえば――』
声の主は仁也だった。
「兎‥‥、多分、遠距離攻撃手段が、ない‥‥。私も、1体、見つけてる‥‥。移動、連れてく‥‥」
通信から誘導の方法を知り、ダッシュが試みると、言葉どおり兎は付いてきた。向かってくるならば追いかけるのではなく、追いかけさせればいいのだ。飛翔可能時間はあとわずか。
「そっちは、ダメ‥‥、こっち、だよ‥‥」
ダッシュは雪原に紅い雫を落としながら仲間の待つ、向かう中央目掛け翼をはためかせた。合間合間にショットガンST5から弾丸を発射しながら。
●紅兎駆り
「さ、そろそろ敵のご到着でしょうかしら? 寒くて動けなかった、ではお話になりませんからね」
各方面からの通信を確認したみずほは、身体を動かし始めた。母国イギリス、そして学園ではたしなみとしてボクシングを倣っている。仮想の敵を想定し、手足を大きく振り、身体を解していく。
「遠距離攻撃の出来ない敵なら、それほど厄介ではないですね。でも、気を抜かないようにしないと‥‥」
戻ってくる仲間の盾になるべく、ブロズシールドを前面に構え、各方角に注意を走らすのは礼信。
そうしていると、敵を連れて居ない恭飛虎が最初に戻ってきた。
「敵はまだっすかね!?」
独りの時とはうって変わり、合流した途端快活に。迎撃の為の戦線に加わる。誘導に時間を取られずに済んだ分、もう一度程度は飛翔できるだろうが、一先ず地に足を付ける。
「着ましてよ!」
第一の敵影は仁也と共にやってきた。翼を広げ、兎より一足早く礼信の頭上を通過し、基点へ降り立つ。
「俺の翼はしばらく飛べない、、な。援護に回らせてもらう」
弓を構え、振り返りざまに一隻を放つ仁也。兎は側面を掠られたが、まだ威は落ちない。突進し続け、
「これ以上は生かせません!」
正対する礼信が兎の体当たりを受け止めた。属性的な影響がない分、他の仲間全ての盾に相応しい。兎は突進の後、雪上に未を丸めた。
「単騎で挑んできますなんて、頭はあまりよろしくないようですわね。打って出ます、恭飛虎さんフォローを!」
みずほが踏み固められた足場を蹴り、跳ねる。盾である礼信の横をすり抜け、兎の側面に入る。腰を低く落とし、ナックルダスターを嵌めた拳にアウルを込め、雪中から一気に打ち上げる。
腹を打たれ、無防備に跳ね上がる兎。
「追撃まかせるっす!」
呼応するようにみずほの対面、兎の側面に近接した恭飛虎は、一息で飛天を鞘から抜き出し、
「逃がさないっすよ!」
石火。爆発的なアウルの煌きで一閃。紅く輝く兎は恭飛虎により頭と胴を断たれることになる。まず一匹。
息継ぐ暇はない。
雪原の中に映える小麦色の肌、黒い翼を背負うダッシュが、足を引きずりながら姿を現したから。
「動きにくい‥‥けど、問題は‥‥ない」
痛みに耐えつつ、白い息を吐く。すぐ後ろには兎が迫っていた。翼は既に疲弊し、飛ぶだけの力がないのだろう。追いつかれるのも時間の問題。
「楊君、彼女の傷を!」
「はい、任せてください!」
盾を脇に抱え掌に光を集める礼信。光は念じるとダッシュに向かい、包み込んだ。一瞬にして足回りの傷が癒える。
「‥‥感謝。‥‥存分に、揮える。‥‥お返し、させて‥‥もらう!」
ダッシュはその場で兎と対峙すべく振り返り。烈光丸を抜き、迎え撃つべく構えた。
この合間に、駆けつけるみずほ、仁也、恭飛虎。
まず身軽で移動に長けた恭飛虎が背後に回りこみ逃げ道を塞ぐ。同時に切りかかり仲間側へ背を向けさせた。
「戦(リング)上で余所見は危険でしてよ!」
注意が逸れたところを狙い、拳を兎ごと地面に力強く叩き付ける。衝撃で白い雪が穿たれ、地肌が露になる。
「これで、止め‥‥だね。さよなら‥‥」
煩わせてくれた礼。ダッシュは翼を失ったことで活性化させなおした技。影を操り、手の中に手裏剣を表した。すぐさま投げつける。羽根のように黒い刃は紅く蠢く兎の中心を確かに射抜いた。
念を入れて仁也の矢が兎に追い討ちをかける。もう動くことはないだろう。各所からまだ荒い呼気を感じるが、一先ずの静寂を迎える。
最初に発見の知らせをもたらしたシオンの足が遅い。西の方角を見やると、銀の髪が揺れているのが見えた。どうやら上手く動けずに居るようだ。間もなく通信が入る。
「あそこなら全力で飛べば‥‥すぐっす! 先行するっすよ!」
翼に力が残っていた恭飛虎が羽ばたき、一直線に応援に向かった。他の仲間も新雪を踏みしめながら続く。
「か、かわいさで誑かされてなんかないんだからね‥‥!」
身丈よりも大きな斧を振り回し、振り回されながらゴーストバレットを併用して兎の近接を牽制。攻撃こそ最大の防御。仲間が応援に駆けつけるまで威を削ぎ、現場の維持に努める。
間もなく頭上に影が落ちる。恭飛虎だ。
「よかった、無事っすね!」
兎の目が新たに現れた獲物――恭飛虎に向くが、攻撃の手は届かない上空。しかしそんな注意が逸れた隙を見逃さず、シオンは踏み込んだ。
「油断たいてーきっ!」
ずしん、と地を揺るがす振動と共に斧がたたき付けられた。下半身が打ち砕かれる兎。まだ息はある。場が悪ければ一撃で仕留められたろうが、本能が回避させたのだろう。
「あー、もうっ! すばしっこい。というか、この斧が大きすぎだよう‥‥」
威力はすさまじくとも思うように制御できなくては、とシオンはため息を漏らした。けれども仲間の到着を受けて先ほどまでよりは気が軽くなっている。
動きを封じられた兎を仕留めるのはさほど難しいことではなかった。コロコロと身を捩るが、回避に使える範囲は限られているも同然。
恭飛虎とシオンによる暇を与えない交互の攻撃に、終には、
「これで、終わりだよっ!」
扱いに慣れてきたのか、シオンの狙いは確実で。兎の頭を打ち砕いた。紅い光は止んだが、全身が己が血で赤く染まった亡骸がひとつ、雪の上に転がった。
●銀の夕焼
「他に敵はいないようですわね。皆様おつかれさまでした」
念のため捜索をしてみたが、最初に上空から確認した3体以上の敵は居ないようだった。みずほは各人の報告が終わったところでやっと肩の力を抜いた。
「紅茶、まだ残っていますけれど如何でしょう?」
そして、よければ、と自前の紅茶を勧め、分けた。
「ん。貰う。寒いし‥‥」
初めと同じように受け、口をつけるダッシュ。
その近くでは、
「雪ー! せっかくだから遊んでってもいいよね?」
と、シオンが小さな雪玉を転がし、駆け回る。雪玉は残っている雪をひっつけ、徐々に大きくなっていった。何処まで大きくなるかは‥‥シオンの力の限界まで?
はしゃぐシオンを横目に、
「‥‥せっかくだし、僕も何か作ろうかな‥‥よしっ!」
仲間の目が方々へ向いたことから緊張の糸を切らせた礼信。普段は大人びた口調や態度を取っているが、周りの目が逸れれば年相応の少年らしさを顕す。
何を作ろうか、と考えを巡らせて――雪兎に決定。紅くない、白い小さな兎。土が混じらないように気をつけながら、農道の路肩に作って並べてみた。
また、報告を兼ねて一足早く校舎へ戻っていたのは恭飛虎と仁也。
「初めてでドキドキしたっすけど、無事退治できたっすよ!」
興奮冷めやらぬというべきか、正確というべきか、恭飛虎は告げる。
「敵は奉仕種族のようでした。仲間がまだ捜索に当たっているはずですが、殲滅は終われたものと考えます」
続いて仁也が捕捉。
報告を受けたライゼは終始笑顔でふたりを労った。ふたりの怪我を見るなり、癒し手を呼ぶかと提案もされたが、
「いえ。僕は大丈夫です。このまま帰らせていただきます」
癒し手には心当たりがあるから、と仁也は気持ち急ぎ足で部屋を後にするのであった。