●集まれ、ホームズ!
「あーあー、朝から大騒ぎして、楽しそうだねぇ」
何の騒ぎかな、そう言って声をかけたのは銅月 千重(
ja7829)だ。
「それが、こちらの蛯名未笑さんが、持ち物を失くされたそうで……」
答えたのはティア・ウィンスター(
jb4158)だ。るり子に今にも突っかかりそうな、険悪な雰囲気を醸し出していた未笑を通りがかりに発見し、事情を聴いていたのだ。
「今朝は検閲だなんだって、騒がしかったからね〜」
ほら、門で。と言ったのはソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)だ。彼女も通りかかりに、二人を見咎め、積極的に仲裁へ入った。周囲の人は厄介事の巻き込まれたくない、と見て見ぬふりをする者半分、興味津々と野次馬根性を出しているものが半分といったところだ。
千重も面白半分というか、野次馬の心情を少なからず持っていたが、その中心に知り合いがいるとなれば見過ごすのも申し訳ない。
千重は一緒にいたエングレイブ(
jb3852)と顔を見合わせて、協力すると申し出た。
「これは何の祭りぞ〜」
ひょこっと顔を覗かせたのはハッド(
jb3000)である。
「ここは名探偵、美具の出番じゃ!」
と美具 フランカー 29世(
jb3882)が続いた。
とりあえずは場所を変えましょう、と提案したのはマリー・ベルリオーズ(
ja6276)だ。長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)が紅茶でも飲みませんか、とるり子たちに微笑み促す。
「ところで、夢二さん。さっきから気になってはいたのですが……トイレはどちらに?」
マリーの言葉にえ、と目を点にさせた夢二。そして顔をほんのり染めると、
「やだなぁ、もう。共同のトイレだよ」
ほら、各所にあるでしょ。と言ってのけた。なぜ頬を染めるのかは不明だが、ぼかされたことだけはわかった。
「ポストカードでも良かったじゃない」
場所を移すことになって、彼らは空き教室にきていた。授業は始まっている時間だが、学内は広い。廊下にも依頼から帰って来たのか、依頼に行くところなのか、ちらhじょらと生徒たちが見える。
落ち着きますよ、とティアの出した紅茶に口をつける三人を見ながら、彼らに聞こえない声でマリーは自らの感想を口にした。
女性からチョコを贈る、というのは日本のバレンタインに限った話だ。他の国では男性から女性に花を送ったり、ポストカードに託すのだ。
う〜ん、そうですね……とティアは悩んだ後、他に話を振った。
「皆さんはバレンタイン、何かしましたか?」
ティアは自身が天使であるためか、バレンタインそのものに縁がない。日本の場合でも、外国の場合においてもそういう風習があるのか、としか感想が出てこない。他の人の方がよく知っているだろう。
「あたしはもう、あげたよ。板チョコだけどね」
千重は軽く答えたが、他の反応は得られなかった。困ったように笑うソフィアとみずほ。共に日本の出身ではない、マリーと同じで風習が違うのだ。エングレイブはロボ着ぐるみのまま無言、そしてハッドに関しては行事そのものがわからないようだ。ソフィアが捜査はじめよう、とその場をまとめた。
「推理ですか。ホームズのように上手くいけばいいのですが……」
事情を聞けば聞くほど、不可解な事柄が出てくるということを、彼らはまだ知らない。
●調査開始!
「むむむ〜。ジャパンの「ばれんたいん」なる行事がいかなるものかはわからぬが、ここはひとつ。ズバッと解決して王の威光を示すしかあるまいて〜」
にぱっと笑顔を浮かべて聞き込みを開始する、ハッド。
「唸れ、美具の灰色の能天使細胞っ」
と言って、インバネスコートに鳥打帽と往年のシャーロック・ホームズのコスプレ+付け髭で形から入る、美具もノリノリだ。
放課後までに何とかしなければ、未笑たちのチョコをあげたい人物が帰ってしまう。なるべく時間は欠けないためにも手分けをした方がいい。
「パターンはいくつか考えられるけど、全部捨てずに確かめてみる感じで行こうか」
ソフィアの提案に、八人は二班に分かれた。
聞き込み班と実働班だ。実働班にはハッド・美具・ソフィア・エングレイブの四人。ただし、エングレイブは今ここにいない。
ティアが最初に思い浮かべたのは落とした可能性だった。盗んだ、盗まれた、という未笑とるり子たちに煽られてソフィアたちも事件として犯人を、と考えていたところだったので、その言葉にはっと気づかされた。
その確認のため、エングレイブは遺失物センターに向かったのである。
聞き込み班は現在、未笑・るり子・夢二の三人に事件の詳細を教えてもらっている最中だ。既に、ソフィアは三人に対してシンパシーを使ってある程度の情報は理解している。だから、本当のところを言うと、今聞き込み班がしていることは単に三人が互いに疑いあっている状況を打破するための形式的なものである。
その間に、確実な証拠を集め、犯人をあぶりだす。それが実働班だ。
「確か、警備隊を迂回するために三人はここから侵入したのじゃったな?」
美具が真剣味を加えてソフィアに問いかける。
「ならば我輩はここで目撃者を探すのじゃ! その先輩とやらにも話を聞きに行くぞっ」
ハッドは名乗りを上げるとすぐさま、周囲の生徒たちに該当時刻のことを聞き始める。
犯人がチョコを盗んだのなら、捨てられたにしろ所持しているにしろ、犯人の行動範囲にあるはずだ。そのことを踏まえて三人の辿った道筋を順次に確認したのだが、朝はと言えばあの混雑だ、他人に気を配る余裕もなかったのが実情である。そう簡単には目撃証言さえ集まらず、実働班の内、美具は聞き込み班に情報を伝えるため一端、会議室に戻ってきていた。同時に、会議室で三人と話をしていたマリーとティアは実働班として、特別警備隊に話を聞きに行くと出て行ってしまった。
美具は今、三人が鞄を開けるのを渋る態度に説得を繰り返していた。
「人間の記憶はあてにならないので、別の場所にしまっておいて忘れてしまうなんてことも考えられるじゃろう?」
みずほの出した紅茶に口をつけたのは最初のみ、落ち着いた様子は取り戻したようだが互いへの疑心の目が強く、険悪なムードは冷戦状態に突入していた。マリーが互いの潔白の証明のため、といっても譲ろうとしない頑固さだ。
「一体なんで、そんな敵意をむき出してるんだい?」
友達なんだろう、と千重が言った。けれど、
「だからこそ、よ。互いにだけは決して譲れない勝負なのっ」
「そうよ。何か文句があれば真正面からいう、それがライバルじゃない」
るり子は憤懣も露わに、未笑に向けて言い放った。その後に続いたのは先輩と仲がいいのは私、だとかあんたなんて相手にされてない、だとか互いを罵る言葉。
その様子に千重はやれやれ、と肩を降ろして他へと視線を向けた。ただ、夢二が考え込むような表情であることは気がかりだった。
●犯人に迫る!
美具はこのことで三人の友情関係が壊れるのは阻止したい、とは思っていたが、友人だからこそ敵意があると聞いて、納得してしまった。相手の悪い所、嫌なところも受け止めてこその絆である。その点、三人が互いに正面から疑いあっているという状況は三人の友情がそれで壊れないという確信し合っている分、堅い絆といえよう。
(じゃが、問題はそこじゃないということじゃな)
これではまるで膠着状態。一進一退、一歩も引かぬというのはつまりそういうことだ。さてどうするか、と考え始めた美具。
「三人別々にならよいかのう?」
三人が別々の部屋で鞄を開けるというのなら、互いの疑いの視線を気にすることもない。
「夢二さん、状況は理解していると思いますが――未笑さんのチョコレートが無くなったんです」
それで鞄を見聞させてもらった結果、と言いながらみずほは用意した包みを机に出した。
――未笑のチョコレート、の偽物である。
犯人へと揺さぶりをかけるため、盗まれたものを目の前に出す。些細な表情の変化を見逃すまい、と見つめていたみずほは、夢二の表情が一瞬だけ崩れたのを確かに見た。
「あなたの鞄から見つけたものです。覚えは?」
「ありますよ。だって、未笑ちゃんともるりちゃんとも一緒にいましたし、僕が二人に作り方を教えて、買い物にも付き合って、包装紙を選んだりとかしたんです」
見覚え、あって当然でしょう?と微笑みを崩さない夢二。余裕の切り返しに、本当のことを言っているのかと思いかけた。
「これは未笑さんが失くしたというチョコレートだと?」
「いいえ、偽物でしょう?だって、見つかっていたら、さっさと未笑ちゃんたちに返して、盗難も事件も依頼も、ぜんぶ終わってるでしょう?」
でもこうやって未だに僕と話してる。そう言った夢二にみずほは何も言えなくなった。
「夢二さんは何かを隠してます」
みずの結論に千恵も美具も頷いた。
「隠してる、イコールで犯人ってわけでもない」
そう、千重は言った。美具としては三人の友情が壊れないとしても、三人の中に犯人がいる、というような状況は考えたくない。――実働班を待つしかなさそうだった。
一方その頃の実働班。
「君、何してるの〜?」
かわいい、とでも後ろに付きそうな声音の女子生徒たちに囲まれていたハッド。
「蛯名未笑のなくし物を探してるのじゃぞ〜」
名乗りとともに聞き込みをするが、どんどんと集まってくる女生徒たちに身動きができない状態であった。
うむむ、どうするべきか。と考えていたところだが、視界の隅っこにセンターから帰って来たらしい、エングレイブを見つけた。
「おーい、ここぞ!」
声を張り上げるハッドに、やはり無言、ロボを着込んで近づくエングレイブ。しかし、女生徒の群れは二人共を飲み込む。
「あ、でも見たよ。そっちの子」
「おお! それで、どうだったんじゃ?」
二人の相乗効果で聞きこむことによって、ようやっと、目撃情報が出てきた。それに食いついたハッドはけれど、次には首を傾げた。
「あのね……」
●発見!
「本当にあっておるのじゃろうか?」
「確カニ、本当ナラ盲点デシタ」
こそっと壁に隠れて目的の場所の入口を見張るハッド。その後ろに同じような体勢で入口を見つめている、はずのエングレイブ。その光景をちょっとぽつん、とした気持ちでソフィアは見ていた。――まるで、隠れられていない。
後ろから丸見え、前からも半分以上丸見え状態の二人にノルかどうかと考え、結局はコソコソする必要もないのだから、と目的の場所へとソフィアは足を進めた。
ソフィアの後ろに隠れるようにして扉に近づく、二人。エングレイブに関しては、ソフィアよりも随分と体が大きいので、逆にハッドがエングレイブに隠されているような状態なのだが。
(今回の容疑者、今は千重さんたちが話聞いてる最中だからここにいるわけじゃないし……)
警戒している二人には申し訳ないが、ここは隠れ家でもなんでもなく、学内の一教室である。特別棟ではあるものも、さっきから奇妙な三人に視線が集まるぐらいには人口密度も多い廊下でもあるのだ。
待つのじゃ、我輩が開ける! とナイトウォーカーのジョブを最大限利用して教室の扉を開けるハッド。
「……なんじゃ、誰もいないのじゃ」
ハッドは若干残念そうに言葉を漏らす。だが、目的を思い出すと、すぐさま冷蔵庫に駆け寄った。
家庭科室には調理器具が揃っている。調理実習の時などは材料持込みであるため、冷蔵庫の中身は普段は空だ。けれど、電源が点いていないわけでもない。
「ラッピングはスカイブルーの包装紙に臙脂色のリボン、桜色の造花で留めてあるもの……これだね」
「大当タリデス」
「見えないのじゃ!」
冷蔵庫の中を覗き込んで、ソフィアとエングレイブが呟く。ハッドは高さが届かず、眼にすることはないが、確かにそこには二つの入れ物に分けてある、チョコレートが安置してあった。
「サテ、問題ハドウヤッテ警備隊ヲ潜リ抜ケルカ、デスネ」
「なんじゃ、警備隊に会うのか?」
ポツリ、と思案するエングレイブにハッドが反応する。その言葉にソフィアは時計へと目をやった。
「そっか、警備隊はもう門じゃなくて学内にいるかもだよね。今から登校する生徒も少ないし」
見つからないようにいかなきゃ、と会議室までの道のりに難を感じたソフィアが悩みの声を漏らした。
「ワタシガ偽物ヲ持ッテ引キ付ケマス」
そうして、教室へと引き返す途中にやはり警備隊に激突した三人は、エングレイブのロボ着脱と偽チョコの作戦でまんまと警備隊を出し抜き、無事にチョコを未笑・るり子・夢二の三人の前に見せたのだ。――夢二が家庭科室に入った、という目撃証言とともに。
「何故、アナタハコンナ事ヲシタノデスカ?」
ロボの中、エングレイブはスピーカーを通して問うた。
持ってきちゃったんだね、そう言って夢二はうなだれた。そうして、ぽつりと付け足す。
「……ただ、僕は直そうと思っただけだよ」
夢二は顔を上げると、未笑に目を合わせ、これはいいわけだよ、と前置きをして事情を話し出した。
「警備隊とのやり取りの間に、鞄から落ちたんだ。そのまま返そうと思ったけど、割れてて……だから家庭科室で割れを修正して冷やしてたの」
だから、盗んだわけではない。そういった後に、ごめん、と言葉を漏らした。
「僕が悪いのはわかってるよ。ただ、一生懸命作ったものが割れちゃってたら、二人とも悲しむと思ったから」
「夢二サンハナゼ警備隊ヲ迂回シタノデスカ?」
そう尋ねたエングレイブに夢二が答えたのは、
「友チョコかぁ」
未笑とるり子は共に先輩にあげるつもりで用意し、それを盗まれたと互いに主張した。でも、夢二を糾弾することはなかった。普通なら、真っ先に疑うのは何も盗まれていない夢二。先輩と近しいし、スキルには手品がある。
二人に気づかれずになしてしまうことは容易い。それでも、疑わなかった。人間性を、信じたのか、夢二の心が先輩にないとわかっていたからなのか。
「あれは本当に友チョコかのう? 本命じゃなかろうか」
軽く、美具は呟いたが、誰も、夢二以外はその答えを知らない。
「何はともあれ、解決ですよ」
チョコレートも取り戻せましたし、とみずほは微笑んだ。
「いやぁ、また何か面白そうなことがあればいつでも呼んでくれよ?」
そういって、千重が片手をあげて背を向ける。
「私も、人界の知識を知れてよかったです。人が人を好きになる気持ち……感情はやはり、本だけではわからないものですね」
ティアが感心したように呟き、エングレイブもうなずいた。
「また事件がある時は名探偵が飛んでくるからのう、また当てて見せようのう!」
美具が満面の笑みに自信を乗せて言うと、それに反論するようにハッドが主張する。
「今度は、今度は我輩が推理するのじゃ! それに今回は我輩の功績が大きいのじゃっ」
そうして、臨時に組まれた探偵八人は解散したのだった。