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ブォンブォンブォン――
高速回転する羽が空気を切り裂きながら体勢を保とうとする。尾を下げ過ぎず、前を上げ過ぎず。巻き起こる暴風の中、体勢を維持する。
果たして、扉は開けられた。
山間部。止まる新幹線を下に見下ろす低空で二機のヘリコプターは人を降ろそうとしていた。
「うっわぁ! すごい風ですねぇ〜」
黒葛 瑞樹(
jb8270)は目を輝かせて言った。
依頼への初参加ということでヘリコプターの中では緊張しっぱなしでぎこちない言動が目立っていたというのに、そんなことは吹っ飛んでしまったようだ。
今、瑞樹の頭の中にあるのはどうやってかっこよく着地しようか、というものである。高い所から飛び降り登場するのはヒーローの鉄則である。憧れの降下シーンを前に、瑞樹は胸の高まりを抑えきれなかった。
一方、対照的なのは緋桜 咲希(
jb8685)だ。
「ひ……ひぃ、こ、ここから飛び降りるんですかぁ?」
全開にされたヘリのドアに隠れる様にして身を縮こまらせる。
普通に日常を過ごしてきていれば、この高度から飛び降りるという体験はしたことがないのは当然である。命綱もなくその行為を行うのは一般人にとって、自殺行為に等しい。
窓から見下ろす景色でさえ、飛び降りの事を思えば身をすくませるに値する。
いくら撃退士の身体能力が一般人のそれより格段に優れていると言っても、理解するのと気持ちを抑えるのは違う。
瞳を揺らし、気弱に無理です無理ですと口にする咲希。先ほどまでは瑞樹も緊張と不安に身を寄せ合っていたのだから、瑞樹の変わり様に困惑していた。
「あら、誰もいかないというならわたくしが一番に降りさせてもらおうかしら」
後ろで座っていたシュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)が瑞樹に下がるよう言いながら、ドアの前に立つ。激しい突風が吹きつけてきてシュルヴィアの髪も服も大きく波打つ。
一方で、シュルヴィアは凛と背を伸ばし立つ。病弱な身体を抱えているとは思えに程堂々とした姿勢だ。
「こういう展開、映画でよく見たわ。一度やってみたかったのよ」
言うが早いか、躊躇なく空へと身を投げた。
素早く武器を活性化させ、鞭を手に掴む。新幹線の外装の一つに括りつけたそれを伝って、シュルヴィアは身体を車体に降ろした。
着地の衝撃を殺すために、ゴロゴロと体を転がす。
「……ちょっと野蛮だったかしら。けど緊急だもの、仕方ないわね」
体勢を立て直し、服から埃を叩き落としながら口にする。
シュルヴィアに続いて、ドアへと向かう神凪 景(
ja0078)。景が降りてゆくのを横目に、ユニ=ココスノート(
jb3500)は立ち上がり、怖がる咲希の肩を叩いた。
「怖いなら僕が下で受け止めてあげるよ。それに、ヘリから颯爽登場ってなんだかヒーローみたいでかっこいいよ?」
「ヒーローみたい、ですか……。でも、わたし……」
笑みを浮かべるユニに、咲希は恐る恐る口にした。不安はぬぐえない。
「撃退士はみんなのヒーローですよ。今も、待ってる人たちがいるんですよっ」
グッと拳を握り、力説する瑞樹に勇気づけられて咲希は立ち上がった。その様子を見てから、ユニは入口に手をかける。
「じゃぁ、僕はお先に」
ヘリから身を乗り出しながら告げられた言葉はヘリの立てる唸りに掻き消えた。だが、風の煽りを受けたはずのユニが当然のように車体に足を乗せるのを見て、咲希はゴクリと息を飲んだ。
続くように、飛び降りる瑞樹。
空中でくるくると回りながら体勢を整え、シュタッと音がなるような華麗な着地を決めた。緊張と不安がマックス状態になりながら、咲希は口を開く。
「い、いきます……っ」
銀色を太陽の光に反射させ、もう一機のヘリはホバリング状態に移行した。
操縦席の横に乗り込んでいたリィン・バゼット(
jb6820)は背をシートに預けて息を吐いた。
「犬ッコロどもは山ん中で待ち伏せしてたらしいが……外側に仲間がいる様子はねぇな」
赤坂白秋(
ja7030)が眉を潜めながら口にした。愛銃を掌中に収めている。
「群れで狩りをする習性があるのは確かだ。今は姿が見えなくとも、近くにいる可能性はある。……油断はできないな」
「だが、これ以上時間をかけるわけにもいかない。人命が懸ってるんだ、早く乗客たちを守ってやらなきゃな」
敵が潜む可能性を捨てきれない、というリィンに命図 泣留男(
jb4611)は耐えられない、とばかりに言った。
メンナクたちが敵を探す間にもう一機のヘリは乗員を降ろし終わって、現場から距離を取っている。メンナクは音頭を取る様に、ヘリのドアを豪快に開いた。一気に冷たい空気がヘリ内部に流れ込んでくる。
メンナクが宙に飛び出した。黒に身を包むその背に、真っ白な翼が出現する。
「相変わらず、俺たちに有利な戦場っていうのはないよね」
それまで黙っていた片瀬 集(
jb3954)はぽつり、と呟いた。
それでも必要と言われれば戦うことに変わりはないのだが、少しでも負担が軽くなるのならそれに越したことはない。
今回に限るなら、夜でなかっただけマシといったところか。
気分を切り替える様に、光纏して集は飛び降りた。その後を追うよう、白秋、リィンも続く。
降りる際に打ち付けた腰に手をやり、咲希は立ち上がった。
「……いたた、お尻ぶつけちゃったよぅ。あんな高さから降りたの初めてです」
第二車両、上部。二機目のヘリから降りてくる面々によって、車体に震動が走る。
「作戦はいいな、タイミング合わせて叩けばいいだけのシンプルな話だ」
白秋が耳元でイヤホンを調整しながら作戦を確認する。
「じゃ、突入―!」
瑞樹が拳を突き上げた。
二車両上部から、九人が左右に散る。A班は後方に向け、B班は前方に向かって。
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それぞれが持ち場に向かう中、シュルヴィアは己の鞭をしならせた。
「お先に失礼!」
鞭は狙った場所へと的確に向かい、シュルヴィアは車体を蹴った。そして、鞭を命綱として、ターザンのように身を揺らして第二車両の窓を蹴りつけて侵入する。
シュルヴィアは一度鞭を消し、両手両足で勢いを殺しながら着地。スカートの埃を払いながら立ち上がった。そして、口元が笑みの形に上がる。
「御対面、といったところかしら」
再び鞭を手にしながら、自らを囲む敵に優雅な笑みを向けた。
シュルヴィアの影が膨らむ様にして車内に深い闇が満ちた。その間に、白秋・景・咲希・メンナクと車内に入り込む。
白秋はすぐさま暗闇の中に入り込み、銃を乱射し始める。たちどころに獣の泣き声が銃声に入り混じり始める。
一方、景は車両後方で狼二体に圧し掛かられている存在を発見した。野球のバッティングに近いような動きで槍を動かし、狼たちを打ち据えた。
「代わります、一旦下って!」
第三車両側に向かう二人を背に庇いながら景は阻霊符を鞄から取り出した。利峰が力尽きたと同時、阻霊符の効果も消え失せていたのだ。
メンナクが帰るまでこの扉を守らなければならない、と第三車両へと続く貫通扉を背に、景は盾を構える。
その横で、咲希は肩を縮こませながらも片手を前に突き出す。
身を守る様に体に引き寄せる一方と、防御するように突き出す一方。恐る恐るといった様に、咲希はアウルを手に溜めだす。
メンナクはヒールを当てながら利峰に作戦を話す。
「これから、車両を切り離す。俺たちは戦い、お前は客たちとともに行ってくれ。駅まで行けば別働隊が保護してくれる」
ヒールで回復を掛けながら、メンナクは利峰に作戦を告げる。
「だが、俺も……」
少し回復したからか、戦線に復帰すると言いかけた利峰をメンナクは制した。
「ビューティに命賭けた伊達ワルは鉄砲玉さ……乗客を守れよ!」
客を守れるのはお前しかいない、ということを伊達ワル的に言って、メンナクは第二車両に戻る。
「……躾のなっていないイヌは駄目よね」
暗闇の中で呟く声と同時、ヒュンッと鞭のしなる音がする。
ムリはしない主義のシュルヴィアだ、自ら攻撃することはない。
ただ、敵が飛び込んでくるのだ。鼻で嗅ぎ分けた匂いを元に、シュルヴィアの元へと群がる。それを、自らを守る様に展開した鞭が撃つ。
一方、闇の空間から離れた座席に白秋は隠れていた。
最初の攻撃で潜行の効果を得た白秋だったが、大技はそう頻繁に使えるものではない。
襲い掛かって来た個体に、座席と座席の間から突き出した銃で弾を浴びせる。
「そんなに腹減ってんなら、銃弾喰っちまえよッ!」
腹部、それから大きく開いた口に銃弾をお見舞いしてから、最後には銃の腹で横殴りにして吹っ飛ばす。
その時、メンナクが帰って来た。
白秋は銃弾を嵐のように放った後、すぐさま座席に隠れた。メンナクが翼で天井に張り付くようにしながら、香水瓶を取り出す。
きゅぽん、と小気味よい音が鳴り、瓶が甲高い音と共に落ちた。
「どうだい? ウィンターリミテッドエディションさ……ホワイトムスクが効いてるだろ!」
獣の嗅覚に、香水の匂いは刺激が強すぎる。
たちまち車内に広がる香水に、狼たちは吼えまわる。怯むもの、混乱するもの、気絶するもの。
その中、白秋は第一車両に連絡を取っていた。もちろん、車両切断の為だ。
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「行かせない」
双槍の内、短槍を通路へと突き刺して足場としながら、集は長槍を回した。
突撃してきた狼の腹を穂先が穿ちながら、車両の壁に叩きつける。すぐさま襲ってきた他の狼に通路から外した短槍を突き出せば、自ら串刺しになる。
そうして空中にいる集に襲ってきたもう一体は赤い風の刃で切断された。引き戻した長槍に予め展開していた陣を破らせたのだ。
中央の通路で行われる空中戦の隣、右側座席にでは銃撃戦が行われていた。
黒い霧を纏った銃弾が狼にヒットし、キャインと甲高い鳴き声が響く。
「はいはい! 君たちは暫く近づいてこないようにねっ♪」
座席の背凭れ上から出していた銃口を引っ込めながらユニは身を隠す。
何も、突撃が得意な狼の戦闘スタイルに合わせて戦う必要はない。奇襲上等、確実に敵を潰す。
中央通路、集よりもやや後方で忍刀を片手に狼と戦う瑞樹をフォローするように、左側の座席に隠れていたリィンが数珠より生み出した光の矢を放つ。
その折、イヤホンから白秋の指示が流れた。
車両の切り離し合図、加えて作戦の決行だ。
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敵の動きが変わった。
(来たか!)
白秋は内心で声を上げる。
第一車両側から後退してくる仲間に、戸惑う第二車両の狼。素早さからヒットアンドアウェイを繰り返して攻撃していたのが、明らかに動きが鈍る。
当然だ、場所がなければ機動力は生かせず、群れであることは狭い場所で不利となる。
「おいおいどうした景気が悪いな!? 踊ろうぜ! さあ歌おうぜ! 謳歌しようぜ人生をッ!!」
白秋が煽るように言葉を投げつけた。
守備に入られては面白くない。襲ってきたのはそちら側だというのに、野生であるというのに、今更保守に走るなどとんでもない話だ。
「てめぇらまだ生きてんだ、勢い付けろよ! 簡単じゃねぇか。喰うか、喰われるかッ!」
なりふり構わず。団結力が微塵もないような、バラバラの動きで狼たちは走り出した。それが狙うのは、中央突破。
「や、やだぁ!! こっちくるなこっちくるなこっちくるなぁ……っ!!!!」
白秋とシュルヴィアの攻撃の間をすり抜けて、走るものがいる。景が盾から槍へと武器を変えたにも気づかず、咲希の混乱は深かった。
「来るな、っていいんだよォ!!」
咲希の全身から黒霧が噴き出し、豹変した。
「あハ。――そっちがその気ならぁ、殺さレても文句は言えナイって事ダよネェ!?」
槌が大きく振るわれた。
ゴキッ
音が鳴り、狼は首を曲げながら体が吹っ飛び、壁にぶち当たる。
ズル……ッ。
それは死亡していた。だが、攻撃の手が緩むことはなかった。
武器を槌から鉈に変えて咲希は振るう、振るう、振るう。
「はハ、あハはハ、ねぇどンな気分? 仲間の死体ヲ蹂躙さレルのっテさぁ?」
狂気的に笑い、咲希は他の狼へと問いかけた。
狼は本能的に危険性を感じ、特攻の勢いもなく、じりじりと後退してゆく。
だが、それで終わるものなど何もない。
「なに、してんだ? ――世界なんざ、命散らすまで弱肉強食だぜ」
後退する、撤退するからと言って、情けをかける必要はない。
「みんなで楽しく笑いながらひたすら愉快に――喰い千切ってやるよ!」
白秋はシニカルに笑い――二号車に逃げる狼たちを追った。
「んんん、なんか増えました?」
忍刀で切り裂き、今付けたばかりの傷口を蹴り付けながら瑞樹は敵から後退した。足裏が壁を蹴り、通路に着地する。
初依頼とは思えない、慣れた動きだった。
戦うごとに無駄が無くなり、自分の中にあった知識が実を持つ経験へと変わっていくのを瑞樹は感じていた。
「……二号車から押し出された狼だな。こっちの方が突破しやすいと思ったか?」
そう言いながら、リィンは視線を走らせた。
(窓は破られている。これを当てにしたのか)
だが、それにしても狼たちの様子がだいぶおかしいことに気付いた。
第二車両で狼たちは嗅覚を狂わされ、仲間の狂気的な死を見せつけられた。そして追ってくる存在がいる。天魔であるグレイウルフでも様子もおかしくなるだろう、出来事だ。
「乗客にとっての一縷の望みが撃退士なら、この窓は狼たちの命綱といったところか」
だが、みすみす逃すわけもない。
リィンが銃撃を破られた窓側にいる狼たちに集中させていることにユニは気づいた。
「なるほどね♪」
くす、と笑みをこぼしてユニもリィンに倣う。
仲間が徐々に倒れていくことに危機感を煽られた狼たちが守りも気にせず、一目散に窓に向かう。
「――敵に背中を見せるのは危険、だよ」
集は一息に窓まで距離を詰めた。そして、その足元から陣が出現し、狼がその動きを止めた。
そして、無造作に。あまりにも呆気なく。両槍が振るわれた。
穂先が狼を切り裂き、貫き、その陣の内側にいたグレイウルフが絶命した。
「取りこぼしはナシ、かな?」
未だ窓の側にまで到達していなかった狼たちを容赦なく撲殺して、景は一号車の面々に尋ねた。
一号車の様子を見に行った面々の中、メンナクは独り二号車に佇んでいた。その背中は哀愁漂っている。
「……また、新しいのを買ってこないとな(´・ω・`)」
自らの割れた香水瓶から視線を逸らし、顔を上げる。サングラスをかけているのに蛍光灯が眩しいのが不思議だった。