●
人気のない駅舎に茜色の陽がかかっていた。
伸びる影の下、線路を踏みしめる足音が幾重にも重なり、止まった。
「それでは、ここら辺で」
切り出したのは北西端の目標地点に向かう守衛隊の隊長だった。後に続いていた守衛隊も足を止め並ぶ。その横に、頷いて西端に向かう守衛隊の隊長が足を止まる。同じく北西守衛隊の人員三人も倣った。
街にゲートが出現し、以来この駅は使用されていない。電車の通過も気にせず、線路上にて別れの挨拶をする。
「おう、そっちも気を付けろよ」
見送る姿勢を取った北西端守衛隊と西端守衛隊に、代表して向坂 玲治(
ja6214)が言葉を返した。
対策本部である丘から一直線に降りて駅へと来たが、街内部に潜入する上で大人数での行動は危険だ。目標地点がそれぞれ別の方向にあることもあって、ここからは別行動になる。
最も遠い北西端・西端の二か所は駅から地下に降りて現場まで向かう予定だ。ゲート接続直後、一般人の避難にもこの経路は使用された。落石等による封鎖がなかったというViena・S・Tola(
jb2720)の言葉添えもある。
「ではご武運を」
言葉と共に、一行は三手へと別れて街へと侵入を果たした。
目標地点は街の各方角五か所。うち、三か所は敵勢力が既に陣取っている。
そのため、守衛隊とは別にゲート攻略組も敵戦力の調査を兼ね要所の奪還任務についた。
「……これは、長引いたらジリ貧かな?」
北東端、公園。その中にひしめくウツボカズラ型のサーバント。
その光景に、鳳 覚羅(
ja0562)は口元を笑みの形にしたまま軽く引いた。
「植物より生物の方が好きなんですけどねぇ……」
やりがいがない、と残念そうにいう神雷(
jb6374)の横、幽樂 來鬼(
ja7445)は震えた。
「不意打ちすんのかよ!?」
隠れる気が一切感じられない敵に込み上がる怒りのツッコミをいれた。
不意打ちを好み、花壇の中に一般植物に紛れて生息すると聞いていたのが、公園中、花壇も関係なしにひしめき合っている姿はまるで様子が違う。
「木を隠すなら森の中、ってことだろうね」
覚羅は件の花壇がどこにあるか、視線を走らせながら言った。
公園に入る手前、近くの建物の影に隠れて三人は話していた。守衛隊四人の任務は要所奪還後の護りのため、今戦ってもらうわけにもいかず、建物の中で静観してもらっている。
「種を見つけて早々にカタをつけよう」
そういうと覚羅は踏み出した。
敵の視覚範囲に入り、公園内の植物たちが一斉に覚羅へと顔――花を向けた。未だ、攻撃してくる様子はない。どうやら、公園内に踏み入らなければ攻勢を取らないようで、威嚇のみの対応らしい。
ステップを早々にトップへと引き上げながら、正面から覚羅は公園に向かった。手に握るショットガンを引き絞りながら、公園内の制圧に向かう。
神雷は先行する覚羅の切り開いた道を利用しながら公園に侵入すると、ガトリング砲を構えた。
「鉄砲は嫌いですが、ガトリング砲は好きです!」
神雷は自身を中心として周囲に銃弾をばら撒く。七つの銃身が高速回転しながら弾を吐き出す様は嵐のようで、反撃の余地がない。攻撃こそ最大の防御の体現である。
攻撃は二百発の銃弾を放って、一時止まる。もうもうと、白煙が立ち上り、味方も敵も判別がつかない。
そんな中、軽々動く一つの影。敵を感知すると同時に肉薄、切り捨てる。一撃離脱を鉄則に、素早く後退。そして次の敵を屠る。
煙が晴れた頃には切り捨てられた植物が地面を覆い尽くす中、覚羅が立っていた。
「鳳様!」
素早く、神雷が注意を呼び掛けて覚羅は振り向きざまに剣を切り上げた。
「やはり、再生が……」
「攻撃しても再生する敵にあった場合、どうするか?」
懸念事項を上げる神雷に、覚羅は疑問を差し向けた。
「答えは簡単……一気に纏めて核ごと殲滅する……なんてね」
未だに手のついていない、敵の密集地に向かって覚羅は大剣を振るった。流水のようなアウルを纏っていた両刃は黒い衝撃波を生みだし、斬撃は土を抉りながら直線状にいる敵多数を薙ぎ払った。
來鬼は隠密を使用し、身を隠しながら敵を深く観察した。
敵の注意は覚羅と神雷に向いている。今のうちに、種の隠された場所を探しだし、破壊する。
隠密は姿を隠すことができるとはいえ、敵にぶつかればばれてしまう。敵の密集したこの公園内では覚羅と神雷が敵を倒した場所のみが安全地帯だ。
敵のいなくなった場所を転々と移動しつつ、件の中央花壇に向かう。
途中、ガトリング砲の弾切れを狙って神雷を攻撃しようとする敵に向かってコメットを打ち込んだが、敵に自分の位置を発見する前に來鬼は場所を移動した。
生命探知をかけ、花壇下にあるはずの核の反応を確かめる。
(――あった!)
來鬼は武器をカレンデュラから村雨に持ち替えると、アウルで生み出したナイフを投擲し、敵ごと地面に縫い付けた。その上で、村雨を力いっぱい、地面に突き立てる。
ズンッ
重い音共に、地面が揺らぐ。地盤沈下。
公園の下は下水のパイプが通っている。そして、花壇のあるその場所は以前の戦闘によって一度崩れ、脆くなっていた。
予想以上に広範囲が崩落するのに、來鬼はハッとした。
「――大丈夫ですかっ?」
伺いが聞こえた。來鬼が自身の能力を超えて即座に退避行動に移れたのは神雷が使用した風の烙印のおかげだった。來鬼と神雷の身に風のアウルが取り巻いている。
崩落までのわずかな瞬間に、來鬼まで距離を詰めてスキルを発動したのだ。それを可能とさせたのは、神雷の足裏に形成された磁場のおかげである。この磁場が地面の摩擦抵抗を限りなく少なくし、神雷の移動速度を飛躍的に向上させていた。
「おっけー! ――んじゃ、殲滅に移るかっ」
神雷に助かった、と告げて一転。崩落に巻き込まれなかったウツボカズラの残党に、にやりと來鬼は笑って見せた。
下水に隠されていた目標、種は崩落に紛れて覚羅が放った封砲によって根こそぎ、粉砕されていた。
●
「ぐ……っ!」
腕を交差して防御の姿勢を取ると、地領院 恋(
ja8071)は突っ込んできた敵の勢いに併せて後方に跳躍し、威力の軽減を図った。
猛烈な勢いで迫った敵ツクシの頭部分が下がり、恋は靴でアスファルトをこすりながら着地する。距離は稼がれたが、ダメージは少ない。
そのまま、第二陣が襲い掛かってくるのに対し、回避行動に移る。
その時、うねるツクシの懐に玲治が入り込んだ。鋼のように硬化させたアウルを乗せた槍をぐるり、回せば遠心力も加わって強烈な一撃が敵の頭部を襲った。
「これで、少しはやりやすくなったか?」
そう、口にしながらも玲治の眉は寄ったままだった。
襲い掛かってくる敵ツクシの攻撃手段は頭部に偏っている。防御も兼ねた頭部を潰すことは本体の守備を減らすことでもある。
だが、未だに敵の手数の方が多い。まだ油断するには早すぎる。
(落ち着く暇もありゃしないぜ)
早々に恋から玲治へと目標を定め直した敵が襲い掛かってくるのに、再び敵と距離を取らなければならなくなった。
ある程度の距離、敵から離れると敵は攻撃を止める。縄張りというつもりなのか、一定範囲内に入った途端に敵は猛攻を始めるのだ。巨大なツクシに、どうにも攻めきれない。
「ツクシもでかいとなんか違和感あるな」
得物である槍を肩に担ぎ、ぽつりと言葉を漏らす。
そんな玲治と対照的に、今度は恋が攻めはじめる。
「うらぁッ!」
掛け声とともに、振るわれる槌がツクシの頭部を横殴りにした。玲治を追って茎を伸ばしたツクシは頭部が吹っ飛び、別のツクシと絡まり合って団子になる。そこを容赦なく槌での追撃が行われ、潰れあう。
そのまま敵本体へ肉薄しようと駆けるも、別のツクシが既に構えていた。
「チッ!」
攻撃をすれば防御され、接近しようにも阻まれる。粘り強い敵の対応に恋の中にはイラつきが徐々に溜まっていた。それでも、
(ただ真っ直ぐなだけじゃ、勝てない! なら、アタシはっ)
めちゃくちゃに殴り飛ばして敵中に突っ込んでいきたい衝動を無理やりに押し込めて、後退する。
「――向坂君、サポートお願いできるかな」
このままでは埒が明かない。多少の無茶をしてでも、敵の本体――核の場所を暴く。
「背中なら任せろ」
生命探知をかけながら周囲を探しまわる恋に、つかず離れずの距離を取って敵と応対する。槍を横払いに、あるいは縦に起こして串刺しに。
縦横無尽と槍を振るっての取り回しで敵の接近を許さない。
「狙うは核、ただ一つ!」
見つけた位置に陣取る敵を、恋は槌で振り払った。玲治がそれに気付き、必殺の一撃を準備する。
「潰れろォオオッ!」
玲治の槍が突いたのが先か、恋の投げたアウルの槍が急所か。地面が抉れ、露出したツクシの根にあった核はぐしゃりと貫かれていた。その中に拳大の種が見えていた。赤い汁が漏れ出している。
「これが、種、か」
玲治は槍で種をついてから穂先を持ち上げた。
「種は回収しておこう。何かわかるかもしれない」
黒い螺旋模様の入った拳大の種を見ながら恋が言うのに頷くと、玲治は槍を担ぎ直してから通信機を取り出した。
「こちら東担当、ツクシ狩りは無事終わったぜ」
●
どぽっ
人が水に飲み込まれる時のそれは存外重く、小さかった。
水を吸った服が張り付いて夜劔零(
jb5326)の体を拘束していくが、それを気に掛けることもなく、水泡の多い水中を見回す。
水上、敵がこちらを発見できていない距離から放たれた血色の槍は狗猫 魅依(
jb6919)が放ったものだった。
高速で飛ぶ槍が作り出した気流は池の水面を削り、盛大に飛沫を舞い散らせた。それによって初手の攻撃は敵に発見されただろう。しかし、その注目の間に零は別の場所から池に潜りこんでいたのだ。
(どこだっ!)
暗くて視界が悪い。
それでも、以前の時ほど困難なく目的の物を見つけた。
この庭園でスイレンの天魔が暴れた。その際にも零は水に潜り、敵の核を攻撃したのだ。あの時よりもだいぶ大きい、根。
巨木の幹と見紛うような、茎の集合体。その奥に密やかに、核が仕舞い込まれているのを零は知っている。
(邪魔すんじゃねぇええええ!!!)
零の接近に気付いたらしき根が水中でそろり、と動き始めるのに、大鎌を振りかぶった。
無茶苦茶に、根を傷つけ、ひたすら奥を目指して同じ個所を何度も刻む。
(爆ぜろ!! 砕け散れ!! 切り刻まれなっ!!)
根に魔方陣を押し付ける様に設置し、発動した。水中のンかあでも深淵の劫火たる炎は消えることなく対象物を燃やす。そうして開いた隙に捻りこむ様に風の一撃を放った。
水中に重い衝撃が広がった。
「ふっとべぇ!」
ギザギザの縁を高速回転しながら接近してきた葉に、三日月形の刃を無数に放って斬り付け、対処すると同時に魅依は回避動作に移った。
魅依は敵の攻撃を真正面から受け止めることはできない。攻撃を攻撃で相殺し、怯んだ隙に回避、逃げ出すのが精一杯だ。
何せ、敵の数が多い。一体相手に押し合いをしていれば、他の敵から攻撃を食らう。だから逃げる。
今、魅依に求められているのは攻撃をし、敵を倒すことではない。仲間が敵を倒すための時間を稼ぐこと。
「うにゃぁっ!」
血色の槍を手に持った魔法書から討ち放つも、狙いが定まらずにすぐに回避される。
激しく、水面が波打っていた。水上で魅依が戦う以外に、水中での戦闘も激化しているのだ。
「ミィはこんなところで負けにゃいんだっ!」
ザッ、バーンッ!
くぐもりながら何かが弾けるような音が、魅依と少し離れた場所に発生した。
「ふっ……」
呼気を漏らし、ヴィエナは暗い中に視線を巡らした。
池の水は悪魔であるヴィエナに何の抵抗も与えない。冬季の水は凍えるような冷たさを保っているはずだが、それがヴィエナの身に届くことはない。取捨選択の末、水は体に触れない、として認識したからだ。
ただ、水底の奥深さが作り出す暗さまではどうにもできなかった。
広い池中、目標が大きくともそれを探すのに少々の手間が必要だった。
(さて……)
水中に振動が発生する。戦闘行為及びそれに類似した行動によるもの。
波の波調から、発生源を知る。
(――邪魔はさせません……)
水中で大鎌をめちゃくちゃに振りかぶり、敵の攻撃に抵抗する零の姿を前方に、ヴィエナは炎陣球を放った。
水に対して火というのはなんと無力なことであろう。しかし、それは自然界ならではだ。アウルで作られた炎は水中でも制限を受けず、植物体であるスイレンを燃やし爆発させる。
ヴィエナの存在に気付いた敵が、その根を一斉にヴィエナへと向けてきた。
(……呪縛陣……)
身体の自由を奪う結界に、根を閉じ込める。敵全体を収め切るには大きさが違いすぎる。攻撃の手たる根のみが限界だ。しかも結界の範囲を逃れた根がヴィエナへと到達を果たす。
サッと、身を捩らせて回避する。追撃をしてくる敵には水中を泳いで躱す。
手に持つイオフィエルで敵を薙ぎ払ってから、水の抵抗を受け重いのに気付く。
(……上昇……引きつけましょう……)
零へと視線を移せば既にそこに攻撃の手はなかった。スイレンの花を支える根源たる根の支柱が攻撃を受けているとはいえ、周囲を飛び回るヴィエナの方に夢中らしい。水上戦を仕掛けている魅依の存在も大きいのだろう。
更に敵の根の表面を刺激するように、攻撃を繰り返しながら根の柱を一周するように動く。徐々に零から距離を置くが、根はヴィエナを追ってきた。
根を引き付けたまま、ヴィエナは攻撃を繰り返し、あるいは攻撃を避け、――やがて水上に飛び出した。根も次いで水中から飛び出した。
ザブッ……ン!
ただ、避けるだけでよかった。攻撃の回避方向を上方に限定するだけで、根もヴィエナとともに上昇した。池面から飛び出したのも、そうして誘導した結果だ。
根は池から上がろうとしなかった。上空に向けて幾分飛び出したものの、水面に引っ込もうとする。それが、隙だった。
素早く、魅依が攻撃を根に向けて放った。ヴィエナも積極的攻撃の態勢に乗り出す。
葉が防御に回るが、遅い。
それまで大量にヴィエナを追いかけまわしていた根が二人の攻撃にこそげ落ちる。ぼとぼとと水面に落ちてゆく残滓。
葉がヴィエナを攻撃目標として再度定め、上空へと伸びあがる。その時。
止まった。
そのまま、傾ぐ。
池の水面のみが激しく波打ったまま、――それは巨体を水面に投げ打った。
「――さみぃ」
水面に、零が顔を出した。
ヴィエナに根が集中し、魅依が葉を攻撃し、その間も続けられた根柱への攻撃。取り払われた根の先には核。それを破壊した零が池から上がる。その手には真っ二つに割れた種があった。
その時、携帯が鳴った。着信源は佐原由之。嫌な予感を覚える、甲高い電子音だった。