●
幽樂 來鬼(
ja7445)はハッとして顔を上げた。
待機していたのは休憩室。急拵えのため小机と椅子数脚があるだけの狭い場所だが、予備戦力として残されていた人員数も少ないので息苦しいほどではなかった。
もっとも、空間的な話であって室内にいた者たちの醸し出す空気は重苦しい。
イラつき、神経のささくれ立った様な彼女たちに、その報は新鮮な空気をもたらした。
「敵襲!」
入って来た人物に來鬼は顔を向ける。
「数は!」
地領院 恋(
ja8071)は椅子を蹴倒しながら立ち上がり、佐原に怒鳴り返す。
「ハーピー3体、ミノタウロス6体! 距離は前方一キロっ」
聞くが早いか、夜劔零(
jb5326)は佐原の横を抜けてテントを出た。來鬼と恋が後を追う。
「……こちらは任せます……」
Viena・S・Tola(
jb2720)は佐原に告げてテントを出た。
ゲートが接続された直後、学園からの応援も到着しこの場所にテントが張られた時。ヴィエナたちは一度、学園に帰還するか否かを尋ねられている。
連戦になることが予測されるし、敵に戦闘パターンが読まれている可能性もある。だが、この場に留まることを選択した。
数日は一般人の救護やケアを主として動いた。街から流れて来た天魔の討伐には加えられなかった。だが、だからこそ今。
(全力を持って……迎え撃ちましょう……)
テント設置は街全体を見下ろすことができ、広く場所を確保できることを優先していた。当然、街から流れ出た天魔をこの場所で迎え撃つことを想定した陣取りである。
条件にあてはまった丘がなだらかな地形であったのは撃退士たちにとってはありがたかった。――敵の襲来がよく、見える。
(量産サーバント風情が……っ!)
「俺の魂を霊と化し陰陽の力を発動する!! 刧火式陰陽眼」
黒点のように未だ遠い敵を発見し、零は睨みつけるようにして体勢低く、飛び出す体勢を整える。漆黒のアウルを全身から立ち上らせ、光纏するに従い髪色が黒から白銀に、首筋に大きな文様が現れる。
瞬きのように短い間でその変化は終わった。そして、次に武器が、衣服が変わる。
ヒヒイロカネが活性化し、魔法書に変化した。発動キーワードとして設定した詠唱を紡げば狩衣姿に。右の瞳が銀色の炎を憎悪に燃やしていた。
そんな零に、その声は掛けられた。
「あんま、最初っから飛ばし過ぎんなよ」
ザッと、砂利めいた音を足元で鳴らしながら近寄った人物に、恋が尋ねた。
「あんたは?」
「向坂 玲治(
ja6214)、学園からの合流組だ」
恋たち以外の撃退士たちの多くは対策本部テントに詰めているか、避難の完了していない一般人たちいるテントの護衛、戦闘疲れで救護室に行っているはずである。
傷どころか疲れも全く見えない玲治に尋ねるのも当然だった。
「鳳 覚羅(
ja0562)だよ」
「神雷(
jb6374)です」
「ミィは狗猫 魅依(
jb6919)だよ、依頼は初めてだけどよろしく!」
それぞれ、軽く名乗るだけの自己紹介をしてその場を済ます。
「今はこれぐらいにしておこう。作戦のことだけど、」
「ハーピーか、ミノかだな。4:4で分かれるのが妥当だな」
緩んだ空気を光纏することでまとめて、恋は視線で問いかけた。玲治が光纏しながら、大まかに方針を促すと、皆が光纏しつつ希望を出す。
そのうちに、敵が遠距離攻撃の届く範囲にまでやって来た。情報に間違いはなく、ミノタウロス6体が地面に大きく足跡をつけながらやってくる。ハーピー3体は低空ながら飛行している。ミノタウロスが前衛、ハーピーが後衛といったような位置取りだ。
「おぉ、強そうなのがたくさんいますねぇ♪」
神雷が眼を輝かせながら言った。この戦場に来れば戦えると聞いて、戦闘狂の気がある神雷は飛びついて志願した。到着早々の戦闘に、言葉も跳ねるというものだろう。
「あの見えるのを倒せばいいの?」
こてん、と首を傾げて魅依は言った。幼い容姿にそぐう様な幼い動作だ。だが、異常だ。その瞳は敵と相対することに対する恐怖も緊張感も浮かんでいない。これは純粋なる質問だ。――初依頼で、ここまで自然体でいられる魅依はやはりはぐれ悪魔故の、独特な感性。
「まったく、こっちの都合も考えて襲撃してもらいたいもんだ」
そうごちて玲治は溜息ついた。
後方には守るべきものがある。作戦本部のテントもそうだが、他の都市への移動が完了していない街の住民、一般人たちだ。
彼らは自身の街が蹂躙されてゆくのを見た。突然だったろう、理不尽だったろう。すべてが壊されるのは、命を脅かされるのは――心に深い傷を負わせたはずだ。
そして、今もまだ同じ脅威に晒され続けている。
ぶっきらぼうな口調で、ぶっきらぼうな態度。どこか他人に無関心に見える玲治だが、その実面倒見がよく、人がいい。だからこそ、この状態が見過ごせない。
「じゃ、そっちはよろしくね」
足止めよろしく、と告げる覚羅に恋は敵を見据えながら獰猛な笑みを浮かべた。
「あまり時間がかかるようなら、あたしたちだけで倒すことになるかもしれないがな」
挑戦的言葉を放って、恋は敵を見据えた。敵も恋たちを認識したようだ。
「これ以上進むなら、焼き鳥とステーキにして食っちまうぜ」
冗談半分に、玲治が挑発した。
ミノタウロス対処組とハーピー対処組にそれぞれ分かれながら構えていた八人はその言葉と同時に動いた。
●
恋は一人飛び出すように、ミノタウロスとハーピーの前に躍り出た。
そして、攻撃が来るよりも早く、地面に向けて槌を振り下ろす。それが、合図だった。
大地を穿つ轟音と震動が恋を中心に周囲へ広がり、ミノタウロスたちはバランスを取るように、歩もうと上げた足を引き戻して体勢を維持することに努めた。一方、空を飛んでいたハーピーたちは攻撃を逃れる様に距離を取る。
(よし!)
狙い通り、ハーピーはミノタウロスから距離を取った。その隙に畳みかける様に、來鬼がミノタウロスへ攻撃を仕掛ける。
視界の端でハーピー組がさらに引き離すように攻撃を始める。
村雨の刃にアウルを込めてミノタウロスに斬りかかった來鬼は予想以上の頑丈さに歯噛みした。腕を切り落とすつもりで仕掛けた一撃だが、失敗だ。即座に敵から距離を取れば、寸前までいた場所を猛烈な勢いの拳が過ぎった。
「やっぱり、一撃ってわけにもいかないか」
そう簡単にいくとも思っていなかったが、攻撃は狙った場所を外れていた。それでも、敵の傷からはドクドクと血液があふれ出している。あまり痛がっている様子はないが、興奮状態に陥ったようで鼻息が荒い。でも、
「絶対にぶったおす!!」
これまでのストレスを解消するがごとく、闘争心剥きだして再度斬りかかりに距離を詰めた。
「誘うは、黄泉への粉塵。その身、固まり全てを封じる!!」
足止めという自らに割り振られた役割を忠実に、零は八卦石縛風を使用した。砂塵が巻き上がり、一番に前進していたミノタウロス一体の全身を覆う。
視界を守るがごとく腕を交差させるミノタウロスだが、極小単位の砂塵から全身を守りきるのは不可能だ。砂塵による攻撃が収まり、ミノタウロスの視界を覆っていた茶色が退き始める。だが、そう認識して動き出そうとしても動けるはずがなかった。
収まったはずの砂塵はそのままミノタウロスの体に張り付き、隙間なく密閉して体を覆って動きを阻害していた。
力技でその拘束を解こうと、身動きし始めるミノタウロス。密閉された砂は重く、固い。それでも、ただの砂塵。抵抗を続ければミノタウロスの怪力を前に罅割れはじめる。
だが、零はそんなに甘くない。
息をつく間もなく、書を開き、詠い始める。
「弾けよ、砕けよ、我が血の槍に貫かれちまえな!!」
血色の捻じれが魔法書から取り出されると、それは槍のように一直線にミノタウロスへと飛んでゆく。上半身部分しか拘束の取れていないミノタウロスを串刺しにした。
「――チッ」
だらり、と腕を垂らしミノタウロスは上半身をのけぞらせた。足元は拘束していた砂塵が残っていて、直立のまま不動だ。
そのまま、息絶えたかと思った。だが、勢いよく上半身が起き上がると同時にギロッと強く睨まれた。
ひどく好戦的で感情的、知性の欠片もないただの本能の塊のような視線だ。
対する零の瞳は冷たい。感情が高ぶるにつれて、零の思考がクリアになってゆく。――憎悪があるからこそ、確実な死を届ける。
決意と覚悟の、冷たい炎が瞳を輝かせていた。
零が踏み込むと同時、神雷は閃滅スキルを発動させた。両足に雷を纏って、体に風を纏うアウルの武装だ。それはその名の通り、速度に補助を付ける。
疾風迅雷の速さでミノタウロスの一体に接近する姿はまるで緑色をした一陣の風。
「御免遊ばせ♪」
光纏の影響で輝く金の瞳を嫌い、つけられた仮面。動物の面は神雷の表情を見せることはない。だが、楽しげに呟かれた言葉で、彼女が高揚していることが如実に伝わる。
両手に持つ剣は包丁か鉈を扱うように無造作に振るわれた。
そんな神雷の背後に、振りかぶる影があった。
だが、神雷が気づくよりも早く、それはドォンと重い音を立てて倒れ込んだ。
「あんたの相手は、アタシだっつってんだよッ!」
神雷にばかり意識を向けていたミノタウロスの足を、背後から斬りつけた。人間でいう、踵の上、アキレス腱――靭帯を狙ったのだ。立ったり歩いたり、何をするにも靭帯は伸びている。
人間であれば急所の一つだ。頭が牛で体は人に良く似ている造りであるミノタウロスにもそれは間違いなく効いた。
「――ッく!」
そんな、命を奪うとまではいかずとも見事にクリティカルを出した恋に、横から衝撃が加えられた。丸太のように太い腕が横から殴りかかって来たのだ。
緊急活性化された盾が間に入り込むことで、そして攻撃の衝撃を殺すように僅かに横へ跳んだことで威力は軽減された。
だが、確実に恋へとダメージを与えていた。
六体四、数では負けている。いくら足止めのみとはいえ、敵の攻撃力は高い。
(そう、何度もは持たないっ)
ハーピー組を待つ余裕はない。確実に、敵の数を減らしていかなければこちらの負担が大きい。
スッと、意識が切り替わる。それまでセーブされていた感情が、吹き出す。
「アハハハハッ こりゃあいい喧嘩が出来そうだぜッ!」
●
ヴィエナはバサリ、と翼をはばたかせて敵から一度距離を大きく取った。
ミノタウロスが恋たちと戦うにつれて、単独先行し、ハーピーを置いて行った。ハーピーたちは自分たちの不利を感じてか、ミノタウロスと合流しようとしたがそれを阻む様に、ヴィエナは位置取っていた。
猛禽類の瞳が睨みつけてくるのに、感慨を覚える訳でもなく。玲治たちはそんな敵を狙い攻撃する。ハーピーたちはここでの戦闘を余儀なくされていた。
ハーピーたちが合流を諦めて開き直るのを見て、ヴィエナは進路妨害を止めた。他の者たちに遅れてだが、攻撃に移る。
「あまり……長引かせるつもりはありません……」
手に持ったダンタリオンの写本から、ページが一枚外れる。それが一直線に敵へと飛んで行った。四角い紙の端が敵の腕を斬りつける様にぶつかっていったが、呆気なく躱される。
やはり、羽として動かしている状態で腕を狙うのは難しい。しかし、高度を上げてヴィエナの攻撃を避けた敵の翼に、血色の槍が突き刺さった。
「やったー! もっといくぞぉ!」
きゃいきゃいと、嬉しげに声を上げる魅依。元気なわりに、鋭い視線でもう一つ、手に持った魔法書から槍を作り出す。
飛来する槍の攻撃にあわせて、ヴィエナも攻撃を繰り出す。
魅依の連続する攻撃を敵は器用に避けながら接近してゆく。徐々に縮まる距離に魅依が後退するも、敵が仕掛けるのが早かった。前傾姿勢気味に接近していたのを反転、背を反らして丸めた足を繰り出す。
敵の足蹴りを魅依は避けた。もう一撃、とタイムラグなく繰り出そうとする敵だったが、既にヴィエナの攻撃は終わっていた。
ハーピーの首に体を巻きつけながら首筋へと毒牙を差し込む幻影の蛇。敵が魅依に引き付けられている間に作り出された蛇はハーピーの全身に牙を放ち、毒を送り込んでいた。敵は全身に回りきった毒で、昏倒したのだった。
「ようやく……廻ったようですね……」
落ちたハーピーに息がないのを確認する。
「おいおい、敵前逃亡ってことば、知らねぇのかよ天魔は」
味方と合流しようとする敵に、玲治は揶揄を投げかけた。ハーピーは知能があるけれども、基本的に言語を理解することはない。ただ、挑発されたということはわかるのだ。タウントを使用されているとは気づかず、ハーピーは敵意でギロリと黄色い眼が玲治を見据える。
天魔の外観はほとんどの物が恐ろし気であるし、ハーピーは鳥に人間が混ざった様なもので、気味の悪い外見だ。しかも見下ろされているので、多少の迫力はあるが、威圧されるほどでもない。
「来いよ、鳥公。タレと塩の好きな方を選ばせてやる」
指で手招きしながら、言った。
緩い動きで翼を動かし滞空していた敵はその言葉に、翼を高速で動かした。
圧倒的風圧と共に、敵の前で風の塊が作られ、竜巻のようにして玲治に向かって突進してゆく。
見事な早業で、それも至近距離からの攻撃。当る覚悟をして、シールドを使用しつつ、横に避けた。風である分、攻撃範囲が見分けにくく風の余波に腕の服が切り裂かれたが、ダメージまで追うことはなかった。
そして、敵の竜巻攻撃は一直線にしか動かない。これは好機だ。
玲治は敵との距離を一気に詰める。強烈な白光を帯びた掌撃が敵の胴に放たれた。玲治は敵と距離を取るよう、衝撃に動かない敵を蹴り付けた。そして、フォースを追撃として放つ。
「わざわざ出向いてきてくれたところ悪いけど残念ながら……君は終わりだ」
ハーピーが反応するよりも早く、速く、疾く。高速で、覚羅は動いた。
覚羅がしたのはただ、足にアウルを集中させること。それだけと言ってしまえばそれだけだが、多角的に動くには高速で動く足をそれ以上に速い速度で状況認識し、急ブレーキとして足を止め、角度を変え、再度高速になる。
たった一瞬で行われる、複数の工程がどれほど難しいか。その求められる技術は高い。武器で何度も斬り付けられながら、ハーピーは満足に一つも反応することが出来ない。防御に動こうとして、その攻撃は既に終わっている。攻撃を放とうとして、その場所には既に残滓しかない。
そんな攻撃の中に混ぜられた、本命。
片刃の直刀に闇色が加えられた、濃濃度のアウルは敵を貫いた。
「とりあえずゲート攻略の前哨戦は終わったってところかな?」
覚羅はそう呟いて背後を振り返った。皆、無事な様子だ。
「ひとまずこれで安心ってか」
息の塊を落とす玲治に、恋は背を叩いた。
「戻ろう」