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マスター:有島由
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
参加人数:9人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/12/09


みんなの思い出



オープニング

●SIDE:久遠ヶ原
 久遠ヶ原の撃退士である利峰が以前から追い続けていたヴァニタスAOIとの交渉は既に済んでいる。
 ネット業界に歌姫、AOIが出現してからどれほど経っただろうか。多くのネットユーザーを魅了し、ファンをつけ、そしてそれは二次のみで収まることはなかった。
 実際にCDを出し、ライブを行う姿はとても精力的で、実力あり、話題性ありと早々に芸能界入りが打診されていただろう。
 けれど、そこには常に誘拐事件・失踪事件があった。巧妙に偽装されていたが、それは天魔による仕業だった。それを嗅ぎつけた利峰がAOIにヴァニタス容疑をかけ、有志を募ってAOIとの攻防を行った。
 幾度目かの衝突を経て、事件は収束し、ヴァニタスAOIは一時的な人間界への不干渉を約束して魔界へと帰って行った。結局、彼女が何を目的としていたのか、その真意は不明だったが、問答によって得た言葉を信じるならば必要な分の糧の回収だったのだろう。
 天魔はそれぞれ、自らの上司に規定分の糧を上納しなければならない。悪魔ならば人間の感情を。――そんなルールが嫌で、学園に降りて来た者も多い。
 もし、何らかの切っ掛けがあればAOIは悪魔もろとも人間側につくのではないか。現在、活動中である彼らが学園に降り立てば不満を抱く者も多いだろうが、元天魔の学生たちとて、以前は人間を食料としていた時代が少なからずあるのだ。条件は同じである。
(もし、本当に約束を守り、その心根が真に人へ友好的であるならば、か……希望的観測だな)
 明確に、敵として認識していた方が向こうもこちらも、共に易いだろう。

 そんな折、一つの事件が起こった。
 ネット上にAOI宛の手紙が公開されたのだ。
 話題になったのは、AOIの過去に迫るものだったからだ。送り主が有名だったことも拍車をかけている。
 利峰が即急に調べた結果、AOIの生前と思われる人物「葵」とは、バンド芙蓉のボーカルで、病を抱えたうえで自殺したという。正確には、状況から自殺と判断された失踪者だった。
 AOIがヴァニタスである以上、葵という少女は自殺したのだろう。そして、悪魔によって回収された。
 手紙の送り主は芙蓉のリーダーであり、葵の恋人だった。会いたい、という手紙の内容は真摯な願いだ。

 しかし、
「危険だ……」
 現在のAOIはヴァニタスである。ヴァニタスは基本的に生前の記憶を失っている場合が多い。待ち合わせ場所に現れないだけならまだしも、待ち合わせ場所だけは覚えていて、錦自身を覚えていない可能性もある。
 AOIが再び、人類に牙を向けるかもしれない。約束など、あってなきものだ。
「なぜ、このタイミングで――っ!」
 何を言っても現状が変わるわけではない。対処を、しなければ。
(保護するしかないな。いや、しかしどうやって……)
 AOIと錦が密会する、その場所に行かなければ止めることはできない。だが、利峰は、バンド芙蓉が結成された場所など知らない。

「……ニシキとウツミ、ニシキ?」
 どこかで聞いたような名だ。
 バンド芙蓉のメンバー名を繰り返し、口の中だけで反芻する。
 それは以前、利峰がAOIの情報収集をしていた時に寄った、音楽関係者の喫茶で、二人の男性が互いに口にしていた名ではなかったか。
「あそこか……っ!」
 利峰はメモから住所を確認すると、上着をひったくるように引き寄せ部屋を飛び出す。「バンド結成の場所」を聞き出すべく件の喫茶店へと向かった。

●SIDE:芙蓉――慈
 ネット歌手AOIは何かと騒動の多い人物である。
 個人サイトを開いたかと思えば、音楽を各所に投稿。たちまち人気になるやCDを自費で出版、その売れ行きも順調な内から行った生ライブは数回で黒い噂が立った。
 もともと、急激な成長と仮装というのだけで実はプロなのではないかといったような推測も出るぐらいだ。話題性は十分。――ライブに行くと行方不明になるという噂の真偽は不明のまま、更に人気を煽る結果となった。
 そんなAOIが突如、サイトを仮閉鎖、活動を自粛。そうかと思えば復活ライブを行い、ラジオジャック。
 天魔の関係者なのだというのもどこからか聞いた噂だ。

 それだというのに、
「あのっ馬鹿――!!」

 ソレを知ったのは慈が常日頃からAOIについて情報を集めていたからだ。
 ネットに、AOI宛のメッセージが流れた。
 AOIの熱狂的なファンなどいくらでもいるので、普通ならば誰にも見向きされなかっただろう。だが、そこにはAOIの正体に関する情報が付随されていた。加え、送り主もこの業界では有名だったのだ。
 ――慈のよく知る人物。一時はプロにと呼び声高かったインディーズバンドグループ芙蓉のリーダー、錦。
 内容はごく簡潔で、AOIとは芙蓉のボーカル葵ではないかという質問。そして、一方的な再会の約束。バンド結成をした思い出の場所で待つ、とだけある。
(なんで、一言も……)
 バンドメンバーは結成当時から入れ替わることはなかった。もちろん、メンバーである慈もその場所は知っている。
 問題は、錦がそんな行動を起こしておいて慈に連絡をしないことだ。きっと、もう一人のメンバーである樒にも、何も告げていないに違いない。

 ――AOIを見つけたのは慈だというのに。
 葵と最も付き合いが長かったのは慈だ。中学の頃に出会って、一時期は恋情めいたものを抱いたこともある。高校生になってから、錦たちに出会い、葵をバンドに誘って四人で結成した。錦と葵が付き合うよう、手助けをしたのも慈だ。
 想い入れは、恋人であった錦と同等、いやそれ以上だと……。それなのに。

「なにが、来ないでほしい、だっ!」
 握った拳を机にぶつければ痛かった。悔しい。涙さえ、出そうだった。
 八つ当たりのまま、グラスの中身を飲み干して店員にお代わりを注文する。

 すぐさま錦へと連絡を取った。慈に返って来たのは、そんな簡潔した返答のみだ。
 二人で会いたいという、その心情が分かるからこそ、慈はどうするべきか迷っていた。

 いつもの喫茶店で携帯の画面を握りしめる慈に、声をかける人物がいた。


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リプレイ本文


 昼の心地よい風が河原を吹き抜ける。
「利峰から連絡が来た。錦が通った様だ、今から道の封鎖を開始するらしい」
 携帯を仕舞いながら命図 泣留男(jb4611)もといメンナクは仲間に声をかけた。
 ネットに手紙を流すという強引な方法でAOIへと連絡を付けた青年・錦。
 彼の行動から派生した今回の依頼は撃退署や警察と連携して道を封鎖することで一般人への被害を失くす方向性で動いている。念入りに警戒して過ぎることはない。
 現場を確認をしていた他八名はその言葉を聞いて頷いた。
「じゃぁ、予定通りということでいいね」
 確認を取る様に面々の顔を見回すジェンティアン・砂原(jb7192)。
「ああ、ここは任せておけ」
 頷く黒羽 拓海(jb7256)。この河原でAOIを警戒しつつ待機するのは拓海に加え、ソーニャ(jb2649)と九十九(ja1149)。
「では、私も行かせてもらいますわ」
 微笑を堪えながらヒラリ空に舞ったのはロジー・ビィ(jb6232)。頭を下げて続いたのはアステリア・ヴェルトール(jb3216)だ。約束の時刻が迫っている今、周囲の警戒は必要だ。AOIが空から飛来する可能性もないではない。
「錦様……」
 錦の元へ向かうイリン・フーダット(jb2959)・メンナク・ジェンティアンの後ろに続きながら織宮 歌乃(jb5789)は口にした。
「納得していただけるとよいのですが……」
 今回、行動するにあたって歌乃は錦とAOI――葵の関係を軽くだが聞き知った。
(魔歌の姫君、貴方は共に音を並べた殿方に何を思ったのですか――?)
 病であれ、時であれ。失ったものはそう簡単に戻るものではない。それを、歌乃は知っている。
 河原を背にする。

「過去は過去だよ。AOIと葵は別人なのに、なんで押し付けるかな……」
 鉄橋の下、橋脚の影に隠れながらソーニャは呟いた。
 ヴァニタスであるAOIに過去はない。
 けれど手紙はAOIを葵という過去へと繋ぐ。そのことに、ヴァニタスとして生きるAOIが何を抱いたのか。
 来てほしくない、来なければいいのに。
 そうであれば、錦は葵という少女を胸に抱いたまま。ヴァニタスを知ることなく済む。そして、AOIもまた人であったことなど知らぬ方が――人外である彼女には幸せなように思う。
(責めないでよ)
 まるで、記憶がないことが罪のようだ。
 きつく握った拳を抱きしめながら、記憶のない天使――ソーニャはせせらぎを見つめ続ける。

「厄介さねぇ……」
 感情移入しているソーニャの様子を見て、九十九は呟いた。その口調はまるで他人事だ。いや、AOIと錦の事情は心情的には理解できるが、だからといって他人事でしかない。
 AOIが生前、葵だったとして。ヴァニタスになった時点で葵の肉体は死に、現在AOIにも生前の記憶はないだろう。ならばそれは同一人物ではない。ややこしいのは一般人である錦が入って来たからだ。
 やれやれ、と息を吐くがそういう厄介さは撃退士の仕事にはつきものだ。けれど仕事だ、線引きして感情とは別に対処するのが正しい。
「AOIも、ねぇ出張らなくていいと思うんさね」
 AOIは人間界にちょっかいを出さない、と言ったのだから引っ込んでいればいい。警戒は気負い過ぎただけ、笑い話になるだけだ。
 もう一度溜息を吐き、九十九は手に持つ弓の握りを強くした。

 翼をはためかせ、中空を巡回したアステリアはロジーの姿を見つけて声をかけた。
「ロジーさん、こちらは異常なしでした」
「私もよ」
 振り返ったロジーがほらあそこ、と示す場所にアステリアは目を凝らした。
「錦さんたち、ですね」
 歩く男性を引き留めるように、二人の男女が追っている。そんな三人から少し離れた場所で尾行している者が二人。どうやら説得は難航しているようだ。
「正直、」
 口を開いたロジーにアステリアは目を向けた。
「錦の気持ち……判らなくはないですわ。けれど」
 言わずとも知れた。今のAOIにその思いが通じるか否か。そして通じなければ――
「危険、でしょうね」
「……姿形は同じでも生前とヴァニタスは別物です。隔てるものはたった一つ、けれど他の総てが同じとて別であると思うのです」
「――錦自身が身を持って知るのでなければ、納得しないでしょう」
 錦はAOIに会いに行こうとする。それは絶対だろう。しかしAOIはどうだろうか。
 けれど、結局のところ
「私たちはわたくし達のできることをするだけですわね」
 アステリアは頷き、またも散開した。


 ジェンティアンの説明に、ようやく錦は歩みを止めた。
 ジェンティアンが口を開くたびに刻まれていった眉の溝は未だ深く、その表情も強張っている。
「どうにか、留まっては下さりませんか」
 歌乃が訴えかけるも、錦から返る答えはなかった。諾と言う代わり、否もない。ジェンティアンは錦が答えを出すのを待った。
 今、錦の心の中ではいろいろなものがせめぎ合っているのだろう。行方不明だった人物に会えるかもしれない、そう聞かされればジェンティアンだって会いたくなるだろう。ましてそれが恋人であったならば、居ても立っても居られない。
 それでも、ヴァニタスと二人きりで会うなど無謀すぎる。
「慈さまにとっての御友人は錦様も同様――どうかご自愛ください」
「――慈……」
 小さく友の名を口にすると、錦は何かを決意するかのように瞼を閉じた。そして、目を開いた時には強い意志が灯っていた。
「それでも。会わなきゃ、前に進めないんだ」

「……強情だねぇ」
「砂原さま……っ」
 困ったように苦笑するジェンティアンに、歌乃が泣きそうな声で名を呼んだ。しかし、ジェンティアンは首を振る。止まらない、止められない。
 力づくで抑えることはできる。待ち合わせ場所に行かないよう、意識を刈り取るでも一時的にでもどこかに隔離することもできる。だが、それでは問題が先送りにされるだけだ。
 現実を知らなきゃいけない。たとえそれが残酷な本当だとしても。
「ただし、不用意にAOIへ近寄らないこと。僕らを護衛とし、僕らの言うことを聞くこと。――約束できるね?」
「ああ」
 深く頷く錦に仕方がないな、と言葉を漏らしてジェンティアンは錦の横についた。歌乃は目を伏せ、これ以上言っても、と二人に続いた。

「く……っ! 錦、なんて奴だ!」
 そんな三人の後ろ、サングラスの下で涙を流す者がいた。
「哀愁を背負った男に女は心を動かされるものだが……お前は少し、哀しすぎるぜ」
 心優しき堕天使メンナクは錦に強く同情していた。今までは考えてもみなかった、AOIというヴァニタスの過去。人から逸脱した存在であり、天魔の配下。今は人類の敵として人を搾取する存在だとしても、人間であった時代が――生前が誰にでもあるものだ。
 そして、人間であれば思い出が、関わった人が、絆がある。少なくとも、生前の葵の人生は――第三者の立場から見て、悲劇であったのだ。
 親切心溢れるが故に人間界に降りてきた堕天使、メンナクにとってそれは強く心を打つ。
「メンナクさん、行きましょう。見失ってしまいます」
 そんな感情的なメンナクとは対照的に、イリンは事務的に声をかけた。錦の護衛として忠実に尾行の再開を促す。既に錦含む前方の三人は角を曲がるところだった。

 待ち合わせの河原について、錦は淀みなく歩くと不意に止まった。
「いない、か――」
 周囲を見渡す錦が呟くのを二歩下がって護衛する歌乃が見守る。ジェンティアンは錦と同じく、周囲へと視線を巡らせている。
 見晴らしの良い河原だ。水の流れる音が耳に心地よい。長閑そのものだ。
 だが、近くでは他の仲間たちが光纏しながらAOIが来ることを警戒している。一見して光纏を知られてしまう歌乃は別として、ジェンティアンは眼鏡の下に青紫色の瞳を隠す。

 待ち合わせの時間まで、あとどのくらいか。錦は手首を返し、時計を確認する。
「――下がってください!」
 鋭い刃が空を切って飛来する。
 渓谷に体を強張らせ、けれど動けなかった錦の見開かれた目の前には白い羽根が宙を舞っていた。
「な――」
 全身が白く、大きな翼を持つ青年が何かを堪えるようにしながら錦を背後に庇っていた。
「天使……?」
「久遠ヶ原から全世界を支配する黒い呪文がFUGA!」
 またしても割り込んだのは白い翼を持つ、
「天使、なのか……?」
 全身が黒い男だった。


 遠方からの攻撃に、錦の前へと割り込んだイリンは自らの翼で受け止めた。そこに追撃が来ないよう、メンナクが前に出てシールゾーンを展開する。敵の攻撃が届くのだ、よほど広範囲の攻撃ではなければメンナクの攻撃も届くはず。
「大丈夫だ、俺様は人情を知る伊達ワル、お前の味方さ」
「伊達ワル……?」

「あれを防いだのは流石、というべきかしら。憎々しい位にね」
 空から落ちた言葉に、河原に潜んでいた面々は武器を手に飛び出した。
「葵?」
 スッと地面に足を付けると黒々とした翼を仕舞い込む少女――AOIはキッと錦を睨みつけた。ゾワッと錦の背に怖気が登る。
「あなたが錦?」
 撃退士たちの警戒を意もせず、ただAOIは錦に問う。ただ、そこには程の凄まじい殺気が乗せられている。そして、そのオデコの瞳はぎょろり、と目を向いていた。
「はい……」
 顔色を悪くさせながら、けれどなぜだか敬語で質問に答えを返す錦。AOIのオデコにある瞳に見つめられた瞬間、言葉がするりと出ていた。
 暗示か何かか、と思い九十九は視線が届かないよう仲立ちした。もちろん、錦の両横にはメンナクとイリンがそれぞれ張り付いている。

 その時、まったく別の方向からゴロゴロと音を立てて何かが転がって来た。しかも、左右から二つだ。透過したまま接近する予定だったディアボロ達だが、阻霊符の影響によって姿を現し、遠距離からの登場となったのだ。
「回避だっ」
 近づくにつれ、その大きさが分かる。拓海は叫んだ。皆、それぞれに進路から外れる様に散開する。
 回転速度によって強大な威力を身に着けただろう、茶色い丸玉は二つともメンナク達を追うこともなく真っ直ぐと転がり、通り過ぎて川に入り込んだ。そこでようやく止まる。そして、二つは合体した。
「達磨か?」
 土の、いや今は濡れて泥となった丸玉は二つ上下に重なった。ほんの少しだけ大きさの違う二つの丸による二等身はまさに、雪だるまの茶色バージョン。
「あたしは悪魔の下僕、ヴァニタスのAOI。――あなたを殺す者よ!」
 皆が土達磨の挙動に注目していた隙に、距離を詰めようと前に出るAOI。名乗り上げの言葉に気付くも、既にAOIは錦と、錦を回避していたイリンに向かっている。
「あら、物騒なことね」
 黒い光の衝撃派がAOIの踏み出そうとしていた前方に落ちた。
 直撃はしなかったものの、間近でその威力を受けたAOIは吹き飛ばされながら体勢を立て直す。その背に、剣が振り下ろされた。
「っぁぁあ!」
 すぐさま身を翻したAOIは禍々しい色のアウルを纏った二振りの剣を振り抜いた体勢のままでいるアステリアに蹴りを放った。アステリアもそれをすんでで躱す。
「浅い、ですか……」
 死角からの不意打ちによって確実に攻撃は入った。その証拠にAOIの背にある翼から剥ぎ取られた羽が舞っている。しかし、はぐれ悪魔たるアステリアの攻撃はあまり、効果のあるものではない。
「きさまら……っ!」
「まぁ。顔が怖いことになっていてよ」
 怒気を表すAOIを挑発する詞を投げつけるのは土煙が晴れたそこから現れたロジーだった。

「あんたもわかっただろう。アレはあんたの恋人だった葵じゃない、悪魔に操られた人形だ!」
 拓海はゴロゴロと突撃してきた達磨の半身を、小太刀を交差させることで受け止た。増加した土達磨のせいで既に状況は混戦状態。皆、それぞれに必死に戦っている。
 AOIは錦を殺そうと、歌乃とジェンティアンはAOIを抑えようと。他の皆は八体もの土達磨に対峙している。河原は先ほどまでと様子を変え、草が押しつぶされ、土が露出され、クレーターが幾つもできている。
 余裕などない、一般人にはさっさと退避してほしい。
「強制離脱します」
 イリンが錦を抱えて、戦闘区域から離脱しようと空に飛ぶ。抵抗は、なかった。
「……葵は、もう――」
 錦の口から、何かが呟かれる。
「行かせるかぁああ!!」
 追いすがるよう、AOIが空へと立とうとし、歌乃が斬りかかった。緋色の剣から獅子が飛び出し、AOIへと噛み付かんとする。
「待っていろ、絶対、絶対にお前ぉおお――!!」
 言葉が、遠のいた。


 錆血風を使用した達磨を蹴飛ばして進路を変更させると、九十九は次の相手に向けて蒼天風を向ける。
 蹴飛ばされた達磨は拓海の刃に切り伏される。そんな拓海のモーションを狙う達磨がこんどはソーニャの援護によって弾き飛ばされ、低空で滑空したアステリアの双剣に斬られる。そうかと思えばロジーの封砲が河原を根こそぎ蹂躙した。

 その間、AOIと相対していたのは歌乃とジェンティアンだった。
 踏み込む歌乃に対して、AOIは避けた。切り結べばその瞬間、獅子が飛んでくるのはわかっている。
 だが避ければその場所にジェンティアンの銃撃がやってくる。またも回避を取らされ、今度はそこに歌乃が待ち構えている。
「キミが好きだった曲だってさ」
 口ずさむジェンティアン、心で訴えかける歌乃。しかし、AOIは微塵も心を動かすことがない。
「あたしはヴァニタス、ヴァニタスのAOI。葵など知らない、そんなもの……っ!」
 人間であった頃。それは今この場にいるAOIそのものを否定する。ここにいるのはヴァニタスであり、ヴァニタスでしかない。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる」
 呪詛のように呟くAOIに歌乃はグッと眉を寄せ、想いを強くする。
「私は貴女を認められない」
 歌乃の突き出した剣を避け、距離を取るAOI。その視線の先、戦場を離脱しようとする二人の姿。一方は白い、翼を持つ者。もう一方は。
「っ――?」
 殺意を滾らせて、何事かを言おうとしたAOIは完全に動きを止めた。隙あり、と歌乃が距離を詰める。しかし、
「ウェイブ!」
 AOIから放たれた言葉は歌乃とジェンティアンの動きを止める。
「――チッ」
 中距離から出てしまったイリンと錦に効果はなく、言葉を投げつけるもAOIは遠のいた背に舌打ちした。
(なぜだ?)
 シールゾーンの効果は効いていたはずだ、と思うジェンティアンの目に、AOIの握るものが眼に入った。それは、マイク。
「増強効果でもあるのかな、それは……」
 それならば今、シールゾーンの効果が発揮されない理由がわかる。以前は一瞬のみしかかからなかった動きを停止させる攻撃が、ジェンティアンたちを今なお身動きさせずにいることの説明にもなる。
「もう、めちゃくちゃよ……出直すことにするわ。アイツは、必ず殺す」
 アッと気づいた時には、AOIは空へと飛んでいた。翼を切られ、あちこちに傷を作りながらヨロヨロと帰っていくのを、けれど黙って見ているしかなかった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
カリスマ猫・
ソーニャ(jb2649)

大学部3年129組 女 インフィルトレイター
守護天使・
イリン・フーダット(jb2959)

卒業 男 ディバインナイト
撃退士・
アステリア・ヴェルトール(jb3216)

大学部3年264組 女 ナイトウォーカー
ソウルこそが道標・
命図 泣留男(jb4611)

大学部3年68組 男 アストラルヴァンガード
闇を祓う朱き破魔刀・
織宮 歌乃(jb5789)

大学部3年138組 女 陰陽師
撃退士・
ロジー・ビィ(jb6232)

大学部8年6組 女 ルインズブレイド
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
シスのソウルメイト(仮)・
黒羽 拓海(jb7256)

大学部3年217組 男 阿修羅